ローカルであることの手応え

NO.100
2018/06/02~


このごろ、地方の、地域に住む手応えと幸せを考えます。
庭をいじり、人によっては畑をつくり、薪ストーブを楽しむような、一方、町内や地域の人がごちゃごちゃ集まって、祭りや何かをやっていく。そんな日常。

地方の、ある地域に住むということは、にぎやかで色々な人がいて様々な情報の飛び交う、選択肢の多い都会の暮らしよりも、意図的に、より自覚的に決めていかねばならない、といいます。
端的に言えば都会は人と遊んでくれるが、地方はアソビ(生きがい)を見つける必要がある・・・。

流れに流されて生きていくわけにいかない・・・。一般的に地方の情報量は東京などに比べると少ないとされてきましたが、インターネットの普及でそれも解消されてくると、都会と地方でどっちが有利か、ということになります。

ローカルにある暮らしの手応え。東京一極集中から地方への分散居住。梅田安治北大名誉教授(わたしに『林とこころ』の本を出すよう勧めてくれた先生)の、北海道の風土に関する論考を読みながらそんなことを考えました。

先生は(地方の田園地帯=生産空間)コミュニティは藁(わら)をよじって縄をなうようなものだとおっしゃる。一本一本の藁はかなりの圧力でもみ込まれて一本の縄になっていくというのでした。

この歳になって初めてわかること、このごろ、多いのです。どうでもいいことですが。


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雑木林だより トップ



軽トラック3台で薪と丸太を運びきる

2018/08/11 sat 20℃ 曇り時々小雨
abe abe-b inaba oyama kusa tomik migita seki + fumonke-tomizawa = 9 persons

■軽トラック、侮るべからず





今月の予定は8月4日にシカの電気牧柵を設置、11日は試験地の薪と丸太(草苅推定18棚、約48㎥)の広場への搬出。この予定を達成すべく、軽トラック3台(うち一台は軽ダンプ)と大型トラクター1台が駆けつけてくれた。レンタカーはライトエースや軽トラに全く空きがなく、軽トラを遠浅町内の方二人、厚真の方1名、いずれも会員の縁故と好意で提供願った。ダンプの富沢さんは社会福祉の冨門華(ふもんけ)寮の方。リハビリ用の枝などを大島山林から提供しているのがきっかけだった。

トラクターは軽トラの切り返し用ヤードの腐った丸太を押し出して小さなパーキングをつくってくれ、あとは軽トラック3台で各々12~14往復。特に午後の丸太搬出は猛スピードで進み、午後3時に完了。万歳。

棚の配置など


ヤードは下記の配置図を念頭に、運びやすさと積みやすさに配慮。左上の写真の薪の列の中央に棚を作る。両側から薪を積む仕掛け。



作業の留意点は掲示板に。
①借り物のの車を丁寧に乗る(修理費が高い)
②往復のルートを変えてガッチンコさせない
③坂をうまく超える(止まらず)


以上はだいたいうまくいった。特に②のために私だけ別のう回路を使用したら、森林浴のような光景だ、とinabaさん。

夜、苫小牧市内で納涼会。昼の参加者に2名プラス。





ちなみに、昨年11月19日から昨日8月11までの稼働日数を多い人を中心に報告しておこう。

(薪受取人)
take・・・・・・・・・・・・・34日
kai  ・・・・・・・・・・・・21日
abe-b(予定)・・・・・・17日

(完全奉仕)
abe・・・・・・・・・・34日
oyama・・・・・・・・・・27日
inaba・・・・・・・・22日
tomik・・・・・・・・・・30日
wada・・・・・・・22日

migitaさんは当方のの間伐のカウントだけでも28日、このほかに除雪、最近は電牧チェックなど普段の応援も多々。


以上、すべての奉仕への感謝を込めて。


シカの食害と更新を観察する試験地、完成!

2018/08/04 sat 曇り 23℃ 蚊多し
abe inaba oyama kusa kuri tomik migita seki = 8 persons

電気牧柵の設置完了



ナラの木などの萌芽更新がうまくいかないのは、シカなどの食害のせいではないのか。

そんな疑問を解くための試験地の外周に、4段の電気牧柵を張り終えました。電気を通すラインを張ってみると、なんだか意味のある試験地に見えるから不思議です。

電源はソーラーパネル(ニュージーランド製power plus)でピーク電流は約8kvと書いてあります。すでに食害に会っているのをみつけ、急いで設置にかかったもので、機材は農家のmigita会員からレンタル。助っ人も合計8人、薪割りと並行して午後2時過ぎに完成。テスターで、7000vほどが流れていることを確認。






電気牧柵を敷設後は、再び黙々と薪割りに専念。来週は広場に運び出すために軽トラック2台とトラクターを導入予定。

それにしても蚊が多くなった。愛車プリウスを現場まで入れて駐車のために藪に突っ込んだら、蚊をまき散らしてしまって、しばらく戻ることができなかった。それでも、わたしとoyamaさんはこの現地でお湯を沸かして昼食。きれいなカミキリに会う。



■天然更新の現状は




樹木たちが次世代をつくる手法は、実にケースバイケース。この多様性には驚かされます。柏原の萌芽実態を調べ始めてから、なおさら、この不思議さに感銘を受けるのです。林齢、斜面の向き、ササのある無し、樹木の交じり方、密度など。

この試験地も、必ずしも切株からの萌芽が芳しくなく2、3割程度ですが(左上)、他の3枚のように実はしっかりとドングリから発芽した実生のナラの苗が育っているのです。しかも、シカやウサギの食害も今のところありません。

ということはどうなるか。まずは優占種のコブシが伸びてコブシ林になってそのころにナラの実生が下層に従えている構図。寿命の長くはないコブシの次の世代を、ミズナラとコナラが担うのであれば、「ミズナラ・コナラ林」は継続されることになります。

コナラが卓越する広葉樹林の大群落が勇払原野が北限だとされているので、苫東ではこのミズナラ・コナラ林を保全せよ、と環境アセスメントにうたわれており、わたしたちはその消長を最も関心を持って、身近に関わっているわけです。薪を作りながら、というのがのどかで可笑しいきもします。。



7月28日の薪割り作業
          reporter 笛木森之助

お暑うございます。15時頃からグーッと気温が上がってきました。

さて、昨日(28日)の薪割り作業ですが、inaba,tomi-k,abe-bの3人で開始。
午後からabe-eが加わったものの、見る間に片付いていく感じがせず、汗はボタボタ、薪割りはコツコツ、、、



以上、2018/07/29 掲示板から転載



試験地の萌芽は順調、しかし、もう食べられていた!!

2018/07/22 sun 曇り 24℃
kusa

■蚊に刺されながら、ひとり作業




貴重な試験地の薪割り初日だった昨日、仕事で欠席したので22日の日曜日に単身、大島山林の萌芽のこの試験地に出向いた。ひとりなので昼やお茶用のコンロもやかんも一輪車に積んで林道を移動。現地まで10分、屋台の引っ越しは随分楽だった。

途中、長袖のシャツの袖口や顔と首を蚊に刺されたが、作業に長袖は暑いのでTシャツ一枚になった。当然、あちこち刺されて、シャツの上から背中もやられた。さすがに背中は手が届かず、孫の手のような木端を探して、コキコキ。

定番のおにぎりと「とんこつ」で昼食。汗だくのまま、30分で昼食を片づけ、残りを仕上げる。やはりあと4日位はかかりそう。ここも薪の生産量は16棚~18棚、つまり前期作業と同じくらいあるようだ。

■萌芽は始まっていて、かつ食害あり。8月4日には電気牧柵を設置しよう




作業の休憩時に皆伐あとの伐根を見て歩いたら、なんと、もう萌芽は勢いよく始まっており、しかも驚くことに食害が始まっていた。しかし、シカではなく今のところウサギのように見える。(写真右下)

これは作戦変更だ。薪割りが終わってから電気牧柵、とばかり決め込んでいたが、28日にもう少しエリアの縁の薪を片づけて牧柵を張りやすく調整したら、8月4日には電気牧柵をつけてしまおう。そうでないと、「食害を防げば萌芽更新は進むのではないか」という試験の意味がなくなってしまう。

大木でも半分ほどから萌芽が確認できるのは朗報だ。若い元気なシュート(新生枝)を見るのはなんとなくいつもうれしい。オーラがある。ちなみに、今、マチで最も元気に咲いている植物はアジサイ。気功の気分で手をかざして楽しんでいる。

林道は何だか雰囲気が違う。よく見ると、昨年秋の落ち葉が、ようやく腐れて融けて土になろうとしている。例年7月の下旬から8月だから、苫小牧は順当な夏ということになりそう。雑木林の前年の秋の落ち葉は、紅葉の3か月前にようやく表面も完全に腐れ始める。



*7/21 sat は草苅が仕事で不参加のため、
掲示板に投稿されたメンバーのレポートを、
写真とともに転載します。

《abeさんの報告》

薪割りはアツイよ、、、




7月21日 薪割り班 inaba,tomik,abe-bros 薪積み班 kai

曇天時々晴れ 最高気温 24度。日陰のない試験地は風が通らず、陽が射すと玉の汗が噴き出し、薪割りにはアツクて、アツクて、、、

薪割り機用の燃料タンクは、残量が少なくなったので、inabaさんが薪小屋に運んでくれました。薪割り機は満タンにしてあります。

21日の作業量ペースだと、まだまだ4、5日はかかりそうな感じです。



《tomi-kさんの報告》

写 真

スマホから写真がうまく添付されなかったのでPCから再送します。
スドケの花がつぼみになってました。




持続させる雑木林の伐採方法

2018/07/18 wed 曇り 22℃
oyama kusa + tomatoh-staff 3 = 5 persons

柏原の広葉樹林の萌芽に関する調査終えて

工業地域の広大な緑地を所有する苫東会社は、緑地の維持管理について、おそらく、

①お金がかからない方法
②アセスメントで言う緑地を(たとえば、ミズナラ・コナラ林)持続させる方法
③できればお金になる方法
④それで社会貢献にもなる方法

を模索(ただし、さほど積極的でなく)していると思う。これは極めて肝心なことで、NPO苫東環境コモンズの活動のねらいも、実はそこに深く関係している。

それは何も、苫東という会社を支援するという狭いことではなく、地域の植生とか自然の力を十分に利活用すること、換言すると、最も理にかなった自然体だからである。

その方法は行政が推薦する方法とはだいぶ違うので、個人的には理論武装する必要もあり、長年の経験に先達の知見を加えて、かつ、もんで、勝手に「苫東方式」と呼ぶことにして来た。

その苫東方式に沿う緑地運営を会社は会社独自の考えで平成22年度から着々と実施し、平成30年度にその実証実験的な作業箇所のその後の結果、つまり苫東方式の要諦である「広葉樹の更新」を調べてほしいというご下命を受けた。

この道の技術士でもある個人への依頼をNPOで受けることにしたのは、苫東コモンズの事業の中のミッションの一つの保全に関する調査研究にぴったり重なるからである。

雨ばかりの6月中旬から雨の晴れ間を見てのフィールド調査は、6/18のあと雨で2回流れ、7/9は雨模様の中で敢行、そして3日目の7/18で10数か所の調査ポイントの作業を終えた。NPOの調査スタッフは、わたしとoyamaさん、それに苫東会社から若いTさんを中心に常に2,3名の役職者が交代で応援してくれた。苫東の緑地はコンサルや専門家に単に丸投げすることなく、職員も一緒に現場を見て共に考える必要がある、というスタンスなのだと思う。

現場の木々は語る


上左=調査風景         上の右=期待通りの萌芽

萌芽してもシカやウサギに食べられる

状況の違う色々な雑木林(基礎データがしっかりある)を巡って萌芽の様子をつぶさに見ていると、実にいろいろと面白いことが見えてくる。まだわたしのデータ整理は緒に就いたばかりだから正確には言えないが、

①萌芽が進んでいる所と、むしろドングリが落ちて実生が育っている所がある。
 実生はおびただしく多く、シカに食べられていない
②直径25cmを超えるようなナラでは萌芽は極めて少ない。まして明るさが足りないところは萌芽は減る
③萌芽は樹木の直径と林内の明るさに関係がありそう
④モザイク状に小面積を皆伐して、景観は維持しつつ長年月をかけて更新していく手法は風土にマッチ
⑤放置して砂漠になることはなく、シラカバでもコブシでも何らかの樹木で覆われるからメンテナンスフリーは可能

のような結論になるだろう。これに加え、どのように薪やほだ木や炭、あるいは銘木、逆にバイオマス資源として利用できるか、何がベターか、そこはNPOの「雑木薪」のような試行錯誤が必要だ。


作業の谷間のハスカップ摘み

2018/07/15 sun 曇り時々雨
inaba kai2 kusa tomik & m migita4 seki wada kizuta kosoba2 tiba2
ikeda takeda nomura miyazaki hamanaka 2= 23 persons

雨の合間にハスカップ摘みを半日




土地所有者の好意で年に一回、ハスカップ摘みを続けている。今日は車が10数台、人数は25人ほどが集まった。この雨模様の中でもやってきた方々だからかなり好きな人たちだろう。

原野と違い、半栽培地はある程度収穫が可能なように確保されているので採取は至って容易だ。半栽培地は、手つかずなら採り過ぎて飽きない程度に、採られた後ならそれなりの要領で探せば、結構採れるものだ。ただ、山菜採りはコツがあり、見えない人にはなかなか獲物が見えないようだ。

今日、わたしは受付とハスカップ会員の会費の収納を行いつつ、広場の方々に声をかけながら2時間弱だったが、それでもほぼ3kg近く採取した(最後の写真の容器)。

3段目左の写真は、苫東OBのHさんの容器。いつも、クモや毛虫やカメムシなどと葉っぱや枝が一杯混じった昆虫採集と見まごう収穫ぶりだ。今年も記念写真を撮らせてもらった。

ところで今年のハスカップのなりだが、栽培農家のYさんの話では、今年は独特の成熟で、成りは良好だったが熟すのが速く、実が落ちて収穫は昨シーズンに比べ激減したらしい。苫東会社は、昨年より成熟が1週間早いという。

前日の14日に立地企業の福利厚生事業の一環で「ハスカップ摘み&ジンギスカン」(名称は良く知らないが)がここで行われて、だいぶ収穫していったようだが、採り残しも実に多い。採りつくされて「ない」と嘆く人もいるし、わたしのように軽く数kgゲットした人(複数人)など様々だった。

成熟が進んでいるから、実は破れやすくブヨブヨで、触ると落ちるものが多い。恐らくはゆうべから朝方までの雨でさらに落下しただろうと推測される。

つまり採るのが遅すぎた。それでもここまで採らずに維持してくれた関係者には一言お礼を申し上げたい。原野での本当のハスカップ摘みは、とてもとてもこんな風にはいかない。


間伐量が見えてきた

2018/06/30 sat うす曇り、時々薄日 22℃
abe abe-b oyama kusa kai tomik & m migita =
8 persons

やっと見えてきた昨シーズンの間伐の量、約20棚



今日も全員薪積みに従事。午後3時過ぎからブルーシートをかけて、薪小屋の屋根から撮影してみた。
薪小屋にすでに4棚、トラクターで移動してもらった薪小屋予備軍に4棚、手前の写真に4棚、この外に奥に4棚が見えているのですでに16棚が積まれている。現在進行中が2棚、あと残りもあるので合計20棚程度の量になる。

この前のシーズンが21.5棚、その前が24棚だから、若干少ないかもしれないが、少ないだろうという予測もまま当たった。ポータブル・ウインチでやや省力化した結果の印象だったかもしれないが、逆にいうとウインチの威力は小さくない、ということになる。




4枚写真の左上はoyama さんの制作。本人も「まてに作ってみた」。右上はtomimさん担当の薪小屋で、今日完成した。左下はabeブラザーズの共同作品で、ここも丁寧だった。たしか二つ目か。威力を発揮しているのが、薪移動。migitaさんが、薪のストックされた山をトラクターのバケットで一挙移動してくれている。かつては一輪車3台のフル稼働だった。


それに引き換え、わたしの作品は「あと5分」というところで、何の前触れもなく崩壊した。この無力感は体験した人でないとわからない。「対策をとれ」という内側の声に気づくまで、なかなか大人になれないもの。

この挫折感は非常に大きいが、しかし無駄ではない。自分の仕事がいかに安かろう、悪かろうに偏っているか、如実に示すようなもので、しばしば政治家が使う「拙速」という言葉を地で行くようなもの。ちょっと恥ずかしいがケースバイケースだ。

「スピードは速いがガッサイ!」。あげく、速さはこれだと意味をなさないということになる。結果的に遅くなる可能性が大きいから。間伐から薪への全工程を考えるわたしの関心事の一つは、作業のサイクルタイムだった。。それがなにか速さへのプレッシャーにもなっていたのだと思う。まあ、これからはこのプレッシャーから自らを解放することにしよう。

薪積みは実に性格が出る。ただ、崩れそうなスリル、これも実は冒険的で捨てがたい、と再び言い訳しておこう。(笑い)


クマが今、このあたりに来ているという事実

2018/06/23 sat くもり 18℃
ab abe-b inaba oyama kai kusa tomik migita wada seki = 10 persons

全員で薪積む壮観





薪広場の薪割りと、試験地の玉切りがいずれも午前中に完了。午後一番に、薪割り機を試験地に移動して午後は10人で薪を積む。思えば、10人が一緒に薪を積んだという記憶があまりない。初期のころも、作業は混在していて、今日のように薪積みにみんなが専念するということはなかったように思う。

やってみるとスゴイ。みるみる積みあがっていくサマは実に圧巻である。この作業を独占するのはもったいないといつも思う。

メッセージ 「クマが来ています」


 

クマの出没情報が今年は特に多く耳にするような気がする。
今朝も遠浅の東の方で出たとの話がmigitaさんからあったようだ。

しかしそれらは想定内の話に収まる。
つまり、クマの移動ルートは、支笏湖・樽前方向からウトナイ、そしてウトナイから柏原の旧ゴミ捨て地、フットパス経由で安平川の工業用水取水口あたりへ。ここが通常のねぐらで彼らのベースキャンプ。

そこを起点としてV字転換して北電灰捨て場、環濠遺跡、安藤沼からの旧排水あたりを通って社台ファーム南、厚真の三菱マテリアル、そして穂別方面へ。このルートを支笏積丹群と日高群のヒグマが行ったり来たりする、と推測されている。

これが苫東で捕獲されテレメーター付きで移動していたトラジローのルートだった。昨今のクマの移動とその発見はその移動ルート、いわゆるコリドーの範疇であり、そこから数キロの範囲はそのバリエーションだから、想定内ということになるのである。

それでどうするか。

今、この一帯にはクマが来ています」。これはわたしの苫東時代、ヒグマが発見された時の警告案内看板の内容だった。いずれ、去るからそれまで待っててね、という意味と、もし用事で入るのなら気を付けてね、というメッセージである。

別の意味では、「この一帯はクマと共有しています」ということなる。これを段ボールを切ってマジックで書いて、付近に何十枚も木の幹に乱打するもの。段ボールが落ちてしまう頃、クマも去っている。これは北大研究林の手法をまねたものだった。

今日は静川の小屋で、昨シーズンに育林コンペにエントリーした「厚真森林(もり)むすびの会」と「札幌ウッディーズ」のオーナー看板を作ってコンペの三叉路に立てた。その真ん前にの水たまり跡に、写真の大きなクマの足跡があった。後ろ足の長さは30cm。

で、クマが来ていることを理由に、当分、入林してする作業はストップ。今季はフットパスも暫時、閉鎖。

来ただけで打たれてしまうことの無いよう、速やかに賢く行動してほしいと願う。ヒグマに。


林床は生命の温床か
2018/06/16 sat 曇り 13℃
abe abe-b inaba oyama kusa migita sekimura = 7 persons

木を伐った後の地面に生えるもの





林は新緑の時期を終えてたった2週間でうっそうとした様相に代わった。手入れをしていない林の中は暗いコントラストが目立つほどだ。約1000㎡を皆伐した萌芽試験地も、コブシの若木やヤマドリゼンマイが、「あれ、こんなにあったかな?」と思うくらい目立つようになった。

もっと細かく見てみると、落ち葉の間から色々なモノが芽を出している。チョウセンゴミシやツタウルシなど地面をカバーしているものに交じって、コナラやモミジや、ヤチダモの稚樹もある。ヤチダモは試験地の東端に一本立っているから、きっとそれが親木だろう。

別に植生調査をしているわけではなく、作業中のほんの観察に過ぎないが、雑木林の林床は「生命の温床」、森の植物の最初の孵化装置・インキュベーターではないかと思った。

わたしたちの作業地や昼食する広場では、このところ、キツツキの警戒音がうるさい。枯れ木を含む雑木林の産物を、鳥獣、昆虫、微生物までもろもろが共有し、ある意味、シェアしている。土地というのは地域の生き物みんなのコモンズなわけである。そこにおいて「これはオレの土地だ」と主張することは、また人間界の別次元の話になってくる。

■わたしたちの地域活動「環境コモンズ」のポジションを考える



山仕事は今日も分散。abeさんは早々にフットパスの刈り払いにでて、先週との2日で全ルートをひとりで完了させた。一方、薪割りはabe-bさん、薪積みはinabaさん。わたしを含むほかの4人は奥の試験地で、長い材の玉切りに従事した。二人であと一日のところに達したから、再来週からはここに薪割り機を持ちこんで割って、7月7日からはライトエースをレンタルし、広場に運び出そうと思う。

話は変わって、今朝の起きがけに妙な比較をしていた。

苫小牧というのは自然保護の立場からの開発反対運動が盛んで、いつも開発か自然保護かで、新聞紙上をにぎわしていた。あれは何だったのか、ということである。経済の弱い北海道が本州のように個人所得をあげ、物質面にも豊かで格差のない(公務員やメディアなど一部の高額所得者と)生活ができるようになるために、2次産業を誘致し、そのためのインフラもしなければならない、というのが基本にあった。

そこで計画されたのが、国の開発計画である。ただ、それらが今ある自然を破壊し、農民の生活をも壊すから反対だ、という、一種の社会運動が展開されてきた。苫小牧港の掘り込みと工業開発と、千歳川放水路への反対運動が記憶に新しいが、今思い起こせば両者は明らかに違うテーマの反対運動であり、前者のキャッチコピーは「大企業優先」「公害垂れ流し」であった。それが実際どうだったかという検証は奇妙にされることがないが、庶民のほとんどは知らんぷりしながらうすうす気づいている。

特に自然保護運動的だったのは千歳川放水路だった。これは開発推進の人にも反対者がかなりいたくらい、行政の暴走気味のところがあって陰では結構疑問視されていた。いわば、「熟議」がされたのか、という点であり、そのころすでに本州では実行されていた「遊水地」による治水へ、今は千歳川も本流の石狩川も方向転換されている。動き出したらなかなか止まらないビッグプロジェクトの怖さだ。

朝の起きがけの妙な比較というのは、ではわたしたちのこの、取るに足りないちっぽけな雑木林保育は何なのだろうということである。

わずか数人が数十人の会員の応援を背に受けて、コツコツ、ゆっくりと毎週関わっていく営み。ここまで来るには壁も多々あったが、地域とかコミュニティに「信託」を受けている覚悟で、可能な限り科学的に、奉仕の心で関わってきたこの活動は、あの大きな、地域を思ってのことだっただろう運動とどこが共通しどこが違うのだろうか。

この問題を解いてみることは、今、世間を読み解く格好の材料になる、とひらめいたのだった。

昭和26年、北海道の開発が本格化するときに、苫小牧港の開発と石狩川の篠津原野の農業開発は同時期に開始し、篠津原野という、松浦武四郎も踏み込めなかった原野はさぞ自然が豊かな湿原だったはずだ。

開発という言葉が持たされることになった後ろめたさは、もう他の適切な言葉で置き換えるべきだ。正面から向き直って言えば、いわば「社会基盤整備」であり、いつのまにか開発=悪というバイアスがかけられてしまったのである。恐らく、これは北海道特有の現象だ。「開発?それは人が住んで生きるための最低必要なプロジェクトだよ。そのあと?それはその土地に住む人が考えること」。今はそんな時期にあたるのではないか。


上は昼の憩い@安平町遠浅の大島山林の広場。右は刈り払い機を持って移動するメンバー。


刈り払いも始まる
2018/06/09 sat
abe inaba oyama kusa tomik & m migita seki = 8 persons

ひょっとして昨シーズン並みに薪ができているかも





メンバーがいよいよ分散して色々な作業が同時進行しています。結論から言うと、間伐の量が例年より少ないかにみえたものが、積み始めてみると、いやいやほぼ例年並みの20棚はあるのではないかと推定されるようになりました。これはうれしい誤算になりそう。

写真のように、広場の方々に散らばっていた薪を、migitaさんのトラクターのバケットに積んで薪小屋の前に運んでもらったところ、分量の感覚がわかってきたのです。




それにしても積まれた薪は美しいと感じます。薪ばかりでなく、右下の丸太でも世界に二つとない木口が、シンプルに並ぶただその光景にうっとりします。丸太の写真は今日、oyamaさんが試験地でひとり玉切りしたもの。

■刈り払いも始まる




abeさんはフットパスの刈り払いを開始。さすがプロ、10時過ぎから3時ころまでに台地の上のほとんどのルートを完了させました。残るのは崖の下の道と、試験地までのルートと枝みち。




森づくり研修@道南
2018/06/02sat --03sun
abe anbe-b inaba oyama kusa tomik & m migita wada = 9 persons

造園技術で創る林





日本の秘湯100選の一つである銀婚湯は、わたしには長い間憧れの温泉でしたが、たしか結婚25周年の銀婚式の前祝の年に、家内と初めて訪問した記憶があります。そのあともう一度来た折に、先代の川口忠勝社長とお会いし、庭づくりの話をちょっと伺いました。夜遅い30分で5つほどの流れ星を見た夜でした。

聞くところでは、落部川をやや上ったところの「静寂の郷」(しじまのさと)というところが、もっと大々的に整備されていると聞き、「造園技術で創る林」をテーマに研修することを思いついたわけでした。

というのも、苫東コモンズの森づくりは、林業としての経済貢献は2の次にして、訪れる人が気持ちの良いこと、どちらかといえば造園的な景観の美しさもかなり重視したいからです。2日は午後2時から、静寂の郷の外山正幸さんに、夕食時の午後6時半からは川口先代社長から、庭づくりの経過や苦労話をそれぞれ聞きました。お二人はお互いを尊敬しあっている、同志のような間柄にも見え、柔和の表情の奥に鉄人のような意志を持っておられるようにわたしは感じました。

銀婚湯では露天風呂の貸し切り時間が長く、各自バラバラの時間をたのしみましたが、つり橋の奥の散策路をゆっくり歩く時間までは持てなかった方が多かったようです。生き物である林の風景を創り維持することは、普段の営みと造園者のセンスに負う訳ですが、外山さん、川口さんとも目的や向かうところは違っても、「風景を創る」自己実現という点で共通するものがあります。

 

黒松内のブナセンター

3日の午前中は、日本のブナの北限地、黒松内のブナセンターを訪問し、斎藤均学芸員にブナにまつわる博物学的なエピソードをふんだんにお聞きしました。



生物ごよみを写真で表現した上の写真左は、ビジュアルで黒松内の植生と季節感が良く出ていました。写真右はブナを原料にした手風琴のようなもので、意外な音量が、正確な音程で館内一杯に広がります。曲がって使い物にならない、と日本では評判が悪かったブナ材を、欧州デンマークのYチェアでは、「曲げやすい」とプラス評価して、曲げ材に昇華し付加価値をつけているエピソードはなるほどと思います。



外ではまず添別(そえべつ)のブナ二次林へ。ここは伐採跡の二次林ですが、ほとんどは実生だとのこと。残雪期に奥まで単身訪れたときには、一斉林の美しさに感動したことを思い出します。



写真左は、ネズミが運搬した実生苗。右は歌才(うたさい)で見つけたコシアブラ。林道沿いに多数見つかったところを見ると、ここにくる人のほとんどは山菜としてのコシアブラにまだ開眼していないのか、もしそうならばずっとそうであってほしい、と切に願いました(笑い)。