ローカルであることの手応え

NO.100
2018/06/02~


このごろ、地方の、地域に住む手応えと幸せを考えます。
庭をいじり、人によっては畑をつくり、薪ストーブを楽しむような、一方、町内や地域の人がごちゃごちゃ集まって、祭りや何かをやっていく。そんな日常。

地方の、ある地域に住むということは、にぎやかで色々な人がいて様々な情報の飛び交う、選択肢の多い都会の暮らしよりも、意図的に、より自覚的に決めていかねばならない、といいます。
端的に言えば都会は人と遊んでくれるが、地方はアソビ(生きがい)を見つける必要がある・・・。

流れに流されて生きていくわけにいかない・・・。一般的に地方の情報量は東京などに比べると少ないとされてきましたが、インターネットの普及でそれも解消されてくると、都会と地方でどっちが有利か、ということになります。

ローカルにある暮らしの手応え。東京一極集中から地方への分散居住。梅田安治北大名誉教授(わたしに『林とこころ』の本を出すよう勧めてくれた先生)の、北海道の風土に関する論考を読みながらそんなことを考えました。

先生は(地方の田園地帯=生産空間や)コミュニティは藁(わら)をよじって縄をなうようなものだとおっしゃる。一本一本の藁はかなりの圧力でもみ込まれて一本の縄になっていくというのでした。

この歳になって初めてわかること、このごろ、多いのです。どうでもいいことですが。


home

雑木林だより トップ



林床は生命の温床か
2018/06/16 sat 曇り 13℃
abe abe-b inaba oyama kusa migita sekimura = 7 persons

木を伐った後の地面に生えるもの





林は新緑の時期を終えてたった2週間でうっそうとした様相に代わった。手入れをしていない林の中は暗いコントラストが目立つほどだ。約1000㎡を皆伐した萌芽試験地も、コブシの若木やヤマドリゼンマイが、「あれ、こんなにあったかな?」と思うくらい目立つようになった。

もっと細かく見てみると、落ち葉の間から色々なモノが芽を出している。チョウセンゴミシやツタウルシなど地面をカバーしているものに交じって、コナラやモミジや、ヤチダモの稚樹もある。ヤチダモは試験地の東端に一本立っているから、きっとそれが親木だろう。

別に植生調査をしているわけではなく、作業中のほんの観察に過ぎないが、雑木林の林床は「生命の温床」、森の植物の最初の孵化装置・インキュベーターではないかと思った。

わたしたちの作業地や昼食する広場では、このところ、キツツキの警戒音がうるさい。枯れ木を含む雑木林の産物を、鳥獣、昆虫、微生物までもろもろが共有し、ある意味、シェアしている。土地というのは地域の生き物みんなのコモンズなわけである。そこにおいて「これはオレの土地だ」と主張することは、また人間界の別次元の話になってくる。

■わたしたちの地域活動「環境コモンズ」のポジションを考える



山仕事は今日も分散。abeさんは早々にフットパスの刈り払いにでて、先週との2日で全ルートをひとりで完了させた。一方、薪割りはabe-bさん、薪積みはinabaさん。わたしを含むほかの4人は奥の試験地で、長い材の玉切りに従事した。二人であと一日のところに達したから、再来週からはここに薪割り機を持ちこんで割って、7月7日からはライトエースをレンタルし、広場に運び出そうと思う。

話は変わって、今朝の起きがけに妙な比較をしていた。

苫小牧というのは自然保護の立場からの開発反対運動が盛んで、いつも開発か自然保護かで、新聞紙上をにぎわしていた。あれは何だったのか、ということである。経済の弱い北海道が本州のように個人所得をあげ、物質面にも豊かで格差のない(公務員やメディアなど一部の高額所得者と)生活ができるようになるために、2次産業を誘致し、そのためのインフラもしなければならない、というのが基本にあった。

そこで計画されたのが、国の開発計画である。ただ、それらが今ある自然を破壊し、農民の生活をも壊すから反対だ、という、一種の社会運動が展開されてきた。苫小牧港の掘り込みと工業開発と、千歳川放水路への反対運動が記憶に新しいが、今思い起こせば両者は明らかに違うテーマの反対運動であり、前者のキャッチコピーは「大企業優先」「公害垂れ流し」であった。それが実際どうだったかという検証は奇妙にされることがないが、庶民のほとんどは知らんぷりしながらうすうす気づいている。

特に自然保護運動的だったのは千歳川放水路だった。これは開発推進の人にも反対者がかなりいたくらい、行政の暴走気味のところがあって陰では結構疑問視されていた。いわば、「熟議」がされたのか、という点であり、そのころすでに本州では実行されていた「遊水地」による治水へ、今は千歳川も本流の石狩川も方向転換されている。動き出したらなかなか止まらないビッグプロジェクトの怖さだ。

朝の起きがけの妙な比較というのは、ではわたしたちのこの、取るに足りないちっぽけな雑木林保育は何なのだろうということである。

わずか数人が数十人の会員の応援を背に受けて、コツコツ、ゆっくりと毎週関わっていく営み。ここまで来るには壁も多々あったが、地域とかコミュニティに「信託」を受けている覚悟で、可能な限り科学的に、奉仕の心で関わってきたこの活動は、あの大きな、地域を思ってのことだっただろう運動とどこが共通しどこが違うのだろうか。

この問題を解いてみることは、今、世間を読み解く格好の材料になる、とひらめいたのだった。

昭和26年、北海道の開発が本格化するときに、苫小牧港の開発と石狩川の篠津原野の農業開発は同時期に開始し、篠津原野という、松浦武四郎も踏み込めなかった原野はさぞ自然が豊かな湿原だったはずだ。

開発という言葉が持たされることになった後ろめたさは、もう他の適切な言葉で置き換えるべきだ。正面から向き直って言えば、いわば「社会基盤整備」であり、いつのまにか開発=悪というバイアスがかけられてしまったのである。恐らく、これは北海道特有の現象だ。「開発?それは人が住んで生きるための最低必要なプロジェクトだよ。そのあと?それはその土地に住む人が考えること」。今はそんな時期にあたるのではないか。


上は昼の憩い@安平町遠浅の大島山林の広場。右は刈り払い機を持って移動するメンバー。


刈り払いも始まる
2018/06/09 sat
abe inaba oyama kusa tomik & m migita seki = 8 persons

ひょっとして昨シーズン並みに薪ができているかも





メンバーがいよいよ分散して色々な作業が同時進行しています。結論から言うと、間伐の量が例年より少ないかにみえたものが、積み始めてみると、いやいやほぼ例年並みの20棚はあるのではないかと推定されるようになりました。これはうれしい誤算になりそう。

写真のように、広場の方々に散らばっていた薪を、migitaさんのトラクターのバケットに積んで薪小屋の前に運んでもらったところ、分量の感覚がわかってきたのです。




それにしても積まれた薪は美しいと感じます。薪ばかりでなく、右下の丸太でも世界に二つとない木口が、シンプルに並ぶただその光景にうっとりします。丸太の写真は今日、oyamaさんが試験地でひとり玉切りしたもの。

■刈り払いも始まる




abeさんはフットパスの刈り払いを開始。さすがプロ、10時過ぎから3時ころまでに台地の上のほとんどのルートを完了させました。残るのは崖の下の道と、試験地までのルートと枝みち。




森づくり研修@道南
2018/06/02sat --03sun
abe anbe-b inaba oyama kusa tomik & m migita wada = 9 persons

造園技術で創る林





日本の秘湯100選の一つである銀婚湯は、わたしには長い間憧れの温泉でしたが、たしか結婚25周年の銀婚式の前祝の年に、家内と初めて訪問した記憶があります。そのあともう一度来た折に、先代の川口忠勝社長とお会いし、庭づくりの話をちょっと伺いました。夜遅い30分で5つほどの流れ星を見た夜でした。

聞くところでは、落部川をやや上ったところの「静寂の郷」(しじまのさと)というところが、もっと大々的に整備されていると聞き、「造園技術で創る林」をテーマに研修することを思いついたわけでした。

というのも、苫東コモンズの森づくりは、林業としての経済貢献は2の次にして、訪れる人が気持ちの良いこと、どちらかといえば造園的な景観の美しさもかなり重視したいからです。2日は午後2時から、静寂の郷の外山正幸さんに、夕食時の午後6時半からは川口先代社長から、庭づくりの経過や苦労話をそれぞれ聞きました。お二人はお互いを尊敬しあっている、同志のような間柄にも見え、柔和の表情の奥に鉄人のような意志を持っておられるようにわたしは感じました。

銀婚湯では露天風呂の貸し切り時間が長く、各自バラバラの時間をたのしみましたが、つり橋の奥の散策路をゆっくり歩く時間までは持てなかった方が多かったようです。生き物である林の風景を創り維持することは、普段の営みと造園者のセンスに負う訳ですが、外山さん、川口さんとも目的や向かうところは違っても、「風景を創る」自己実現という点で共通するものがあります。

 

黒松内のブナセンター

3日の午前中は、日本のブナの北限地、黒松内のブナセンターを訪問し、斎藤均学芸員にブナにまつわる博物学的なエピソードをふんだんにお聞きしました。



生物ごよみを写真で表現した上の写真左は、ビジュアルで黒松内の植生と季節感が良く出ていました。写真右はブナを原料にした手風琴のようなもので、意外な音量が、正確な音程で館内一杯に広がります。曲がって使い物にならない、と日本では評判が悪かったブナ材を、欧州デンマークのYチェアでは、「曲げやすい」とプラス評価して、曲げ材に昇華し付加価値をつけているエピソードはなるほどと思います。



外ではまず添別(そえべつ)のブナ二次林へ。ここは伐採跡の二次林ですが、ほとんどは実生だとのこと。残雪期に奥まで単身訪れたときには、一斉林の美しさに感動したことを思い出します。



写真左は、ネズミが運搬した実生苗。右は歌才(うたさい)で見つけたコシアブラ。林道沿いに多数見つかったところを見ると、ここにくる人のほとんどは山菜としてのコシアブラにまだ開眼していないのか、もしそうならばずっとそうであってほしい、と切に願いました(笑い)。