晴林雨読願望
take /草苅 健のホームページ

 



勇払原野のコナラ主体の雑木林。ここは中下層をウシコロシの黄色が占めている

一燈照隅
雑木林だより

 新里山からの日常発信

地域活動15年の歩みとこれから

 勇払原野の風土を共有する

  

●コンテンツ一覧
●日々の迷想 2023 & 2024 & 2025
2021
first upload: Nov. 29 , 1998
last upload: July 20 ,2026



日々迷想

■7/20 霧の朝の瞑想

朝4時半、自宅周りは濃い霧に包まれていた。それに今日は海の日という休日。通勤に向かう車もなくまったくひと気がない。この静かな時間がまた高齢者にとって豊かさを感じさせる恵みのひと時となってくる。霧が濃い朝は街の雑音を吸収でもするのか、ことのほか静けさが感じられる。こんな日は、目をつむっても雑念が抑えられ心地よい瞑想にはいることができる。自我を忘れ世間と離れ、何もない時を過ごす。深い霧は素敵だ。

■7/19 ココナッツが香る薪はどれだ?

玄関ドアの外屋根の下に仕切り代わりに、2年前に作った薪4,5日分が積んである。当初からこの薪のどれかからココナッツのようなとても良い香りがして匂いの元をさぐっているが、身元が依然として不明のままだ。この2,3日の雨で玄関の椅子でボーっと時間を過ごしていると、この香りが一段と濃い。

今までよりさらに念入りに図鑑とネットで検索しても、やはり思い当たる記事がない。積んである薪材は9割がナラで、アズキナシが10本ほど、サクラが2,3本であるから、以前からアズキナシが源と推定しているものの鼻を付けてみると、断定できないほど弱い。もちろん、アズキナシが芳香を放つという記述は依然として出会わないから、わたしの謎はそのままだ。しかしこういう案件は、ある日、必ず答えが見つかるものだ。それも意外な付録もついてくる。

■7/18 なんでもある大型書店で時間を忘れる

学生時代に3年近く一緒だった学科の同期生数人と一年ぶりくらいでビールを飲んだ。メインのその集まりの前に札幌駅界隈で何をするか、前の日からしばし思案したが結局無難な大型書店にした。

選択は正解だった。地方都市にはもう書店らしい書店はなくなったからありがたみは格別である。札幌の何でもある書店は、まるで博物館であり、美術館のようでもあり、北海道情報が満載の資料館であり、びっくりするほど時間を忘れる施設だと今回は改めて感じた。

最初に手に取ったのは恵庭の花のマチづくりを支えてきた人達の紹介雑誌。それから地元の先生が書いた一人旅エッセーなどなど、ヨガや神道やスピリチャル系、それに歴史や社会評論の数々を見て歩くと、やはりこれはネットで本を買うのとはかなりわけが違う。

■7/16 苔の美と涼風情



ログハウスの些細な普請で思案中。築30年もたつとウッドは腐る。よく持ちこたえてくれたと感謝しつつ、腐れのひどい雨覆いをいじっていると、屋根のコケが目に入る。こちらはなんとも涼しげだが、なんと気温は30℃近い。どうも仕事らしい仕事はまったくやる気が起きず、ぐずぐずして1時間余り読書して夕方になってしまった。画像左上は薪ストーブの煙突。

■7/15 第26代継体天皇

午前9時から参議院の皇室典範改正案に関する特別委員会を視聴。

最初に質問に立った山谷えり子議員は、地元福井に第26代継体天皇の銅像があったことから紐解き、武烈天皇(第25代)から次への皇位継承が難航し10親等隔てる応神天皇までさかのぼった例を示した。他の野党質問者からも同様の例示発言があり、どの議員だったかは「この間は197年」と語った。

「集中審議が3時間では審議が足りない」というメディア報道が多い中、今日の質問では「両院とも9年前から審議してようやくここに来た」と述懐する野党議員もおり、少なくとも「2年以上」あるいは4年以上などと「真相」は様々表出された。「3時間」といった野党がどこだったか忘れたが、身の周りでは印象操作は常に活発だと言わざるを得ない。今日の国会審議がたった3時間というのであれば、前後の省略によって何かが隠されたと言えるが、地味で時間のかかるこれまでの審議に国民の関心が付いていかなかったのも事実だ。

ちなみに、先日、保守系と目されてきた新聞が、審議の行方に疑問のバイアスを含んだ1面記事を掲載したことを書いたが、そのあと月刊『正論』を読んでいると、麗澤大学の八木秀次教授がこの新聞は女系天皇論とその関連事前特集報道を8回組んでいて、その8名の論者のうち5名が女性・女系天皇賛成、つまり男系男子にこだわらないという立場であり、個々の内容は論理の誤謬と事実誤認がはなはだしかったことを具体的に指摘していた。

話は戻って午前の参議院質疑は静謐な、パフォーマンス味がない、きっと質問に立った本人がこれまで真摯に皇室典範と皇位継承について思慮してきたことを伺わせていた。また先日の天皇皇后両陛下が、オランダとベルギーの王室の招待で歴訪したことは、まれにみるタイムリーな皇室広報だったと思う。

■7/14 不安定な乗り物恐怖

昨日は錆び切った作業用の足場で大工仕事、今日は脚立を伸ばした簡易梯子で庭仕事と、二日続けて苦手な不安定足場に緊張した。今朝の庭仕事は猛烈に伸び始めたチョウセンレンギョウの今年2回目の剪定であった。身体能力の著しい低下を自覚して近年かなり慎重を期すようにしているせいもあるし、そもそも揺れるレンギョウの株立ちに簡易梯子ごと体重をかけるという、考えるだけでも不安定な仕掛けだったから、なおさらであった。だが、この方法はこの春に隣のイチイ剪定で編み出した、我ながらの安全策だった。樹木は簡単には倒れない、まして幹が枝分かれしたレンギョウは脚立に乗るよりも梯子で寄りかかった方がより固定される…。

危険なこと、怖いことはやめなさい、という声は外からはもちろん内なる声もよくわかる。しかし、若い時からその声をいったん胸にしまった後は、果敢にかつ慎重に挑むという方向を選んできたように思われる。さらに、ペースを落とすこともこの頃覚えた。いわゆる「年寄り仕事」と割り切るのである。できる限り危険から遠いところに身を置いて、時間を倍かけてでも目指すゴールに向かう。これもまた小さな悟りである。

■7/13 マスタケか



朝5時の自宅が20℃というこの夏一番の猛暑に、9時過ぎ、残してしまった刈払いに出た。蒸し暑さ100%だが、マスタケに出会ったのが救いだった。食欲ももろもろ、いつも季節ともに動くけれどもマスタケは撮影だけにして、食べるはパスした。

美味しいといううわさは聞かないし、海外では毒キノコの評価もある。わがボリボリも食不適と表示する図鑑もあるようだから、別に不思議ではないけれど、初物、ゲテモノを食するときは緊張はするものだ。食べない言い訳も、あまりすっきりしない(-_-;)

■7/12 歌に見る庶民の共感 52

この1週間、青空らしいものがなく雨もまだ降り足りなそう。言葉でこそ言わないけれども、本州から梅雨が北上してきたようだと感じる。洗濯ものを乾かすために、昨日はエアコンで除湿した。晴れないと星空も月も見えない。特に月が見えないのが寂しい。今回はまず心に響いた俳句から。

ひとり居の屋根に青柿また落つる   奈良市・Nさん
…情景浮かぶ、静かな深夜。柿食えば…、古池や…、これに匹敵する題材と言葉選び。様々な事情、風景が自然と湧いてきて、ひととき味わってしまった。

筍の皮に値段の書かれあり   土浦市・Hさん
…八百屋さんなどは今でもこうしている。トウキビの皮も実のところもったいない。杉の木をスライスした薄皮におにぎりを包んだりも、試すことがある。昭和の風景は和みを伴う。郷里では梅干を干す時期に重なったりして、筍の皮に仕込まれた赤ジソを包んで吸った。貧しい時代のおやつ代わりのアソビだった。

父の日や和解はせぬが礼尽くす   筑紫野市・Nさん
…なんとも渋い、重い一首だ。お互い許せない事情がわだかまっているのだろう。しかし、大人だ、ここは礼を失しない程度に。形は大事だ。いつか、雪解けが来るように。良識ある大人ですら、ままならない身近な関係。

「こころ旅」代わりに旅をしてくれる田中美佐子の風の自転車  鴻巣市・Kさん
…火野正平氏の代役でスタートしたはず。欧州の本格的な自転車縦断BS番組もあるが、こちらは日本の風景が見えてたまにみる。女性というのが最初は素人っぽさが強調されて意外だった。代わりに旅する、という趣旨がやっとわかった。

かるがもの親子が列なし池をゆく水面を閉じるファスナーのごと   匝瑳市・Sさん
…先日の道東旅行で陸別川の親子を見た。泳ぐのも歩くのも、カルガモは人々をくすぐる愛嬌がある。無防備さがヒヤヒヤさせる。しかし確かにファスナーのようなきれいな軌跡がのこる。そこにフォーカス。

働いて帰れば妻が明るくて酒が美味しいこれが幸せ   山形市・Kさん
…文句なしに賛成だ~。野菜や果物の収穫だったのだろうか。美味しそうに日本酒に口を寄せる光景が目に見える。畑と家と、今日の出来事に花咲く。そして笑顔のふたつみっつ。余計な憂いが何もない一日だ。明日も。

胃薬と風邪薬だけあれば良いあとは自然の力を借りる   秋田市・Kさん
…延命などというものに思いを致すこともある歳になればこそ、名言と思える。医者に行くころには治っているもの。腰痛や筋肉痛などはまさにそれ。養生の極意をそれとなく諭されている。作歌は励みであり、癒しだ。

■7/11 ドナルド・キーン著『明治天皇(上・下巻)』を読み切る

今年3月に読み始めてから4か月、約1100ページ、長いが充実した読書時間だった(奇しくも皇室典範の区切りの翌朝だった)。そればかりでなく、読書生活としては『源氏物語』を読み切った時の達成感にどこか似ているが、こちらはそこに日本の激動の歴史が凝縮されているという特徴があった。歴史関係の本読みとしては、渡辺京二著『私の幕末維新史』に引き続いた。

今、手元に5枚の小さな読書メモがあり、感想をしたためる時に使おうと思っていた。が、メモ内容の詳細をいちいち書くのはもうやめた。大雑把にいえば、司馬遼太郎氏などによる歴史物語と違ってほとんどが著者の思い入れや情緒表現がなく、「明治天皇紀」をはじめとする文献の引用で延々と占められていることが、形の上の大きな相違点だった。日本語の文献を読んだ著者はまず英語で本作品を書いて、「友人」と称する角地幸男氏が再び日本語に訳している。その面倒さが不明だった。が、あとがきで著者は、「英語国民にも明治天皇のことを知ってもらいたい」とねらいを述べていた。ということは英語でも出版されたということだろうか。

それにしても明治維新前後、そして明治という時代がいかにめまぐるしい激動期だったかを知るには十分すぎるものだった。大政奉還後、嫌が応にも歴史の表に立たざるを得なくなった天皇を、あがめながら利用しようとする政府や軍の様相が史実の中でもいよいよ見えてくる。その裏腹か、天皇が国を家族のように憂慮しこまごまと心悩ますさまは痛々しいほどだった。質素を旨とする日々の姿、信条など、天皇の人間臭さをここまでにじませてくれた(資料からにじんだ)おかげで、納得できる新たな維新像がわたしのなかでできつつある。

下巻の中ほどでは、「日本人はいったん国が危険にさらされるや見解の相違など吹き飛ばしてしまうような強烈な愛国心をもつ」(珍しく著者の日本人観めいて興味深い)という意味の記述が目に留まった。だが、これは明治までではないのだろうか。昨日皇室典範改正案が衆院を通過したばかりの今朝の報道では、これまで保守系と目されてきた新聞が一面に「男系維持に固執した法改正」という趣旨の批判を編集委員記名のうえでしているように、伝統的なメディア各社は逆方向へバイアスを掛けることに懸命のようである。いまや、国民の多くは既存メディアから離れてSNSに真相情報を求めているとしばしば言われるようになったが、視聴率、購読数の増に向かった既存メディアの巧妙な言辞にどこまで独立していられるか、人気投票ではない「国民の理解」なるものの真相度合も知りたいものだ。

■7/10 皇室典範改正案審議

9時から家人と審議風景を観る。言葉を選びつつ慎重に質疑され、答弁される。緊張が走っている。すでに活字化されているものを読まざるを得ないのは言葉の定義、経過、積み上げ、それぞれに意味が大きいからに相違ない。これがSNSのような言いっぱなし、瞬間芸のような無責任と基本的に違うところだ。やり取りを聞いていても言葉の奥にある意味を当方は理解できていないだろうなと自覚する。一方、関連するオールドメディアの報道を見ると批判の方が多い。国民の理解が得られていない、と。それでも万世一系の皇位継承に関する法案はひとまず壁をひとつ超えたと言えるようだ。こんな風にして物事は少しずつ進む。民主主義とは面倒くさいものとよく言ったものである。


■7/09 歩行不安定と臀筋痛

体のふらつきは終らない。片足立ちは5秒も持たない。散歩ではウォーキングポールを使用し階段は手すりを使うのが常態化してバランスをつかさどる体幹が衰えている。表題の歩行不安定はそこから来ているとみて、それなりのトレーニングをしている。また、骨盤開きすぎもある。若いころ、ヨガのアサーナで開脚前屈で胸が床について喜んでいたころ、整体師に骨盤が開いていると指摘されて以来だ。今日は思い立って矯正ベルト・カシャーンを使ってみている。

一方、久々に臀筋がひどく痛い。家人は、昨日の薪積みが原因でないかという。この歳になると、身体の変化に気づきは多種多様に及ぶ。病気や故障とは考えず、その時々のちょっとした不具合と見て対処療法を思い出して試してみる。往々にして忘れたころに治っている。

■7/08 自然の再生エネルギー

昨今、自然再生エネルギーといえば風力や太陽光や、時に小川の水力などもさすが、生まれ変わろうとする
自然の植生復元、樹木の種の発芽、萌芽こそ再生するエネルギーだ。


,
2025   こちら
2026の7/7以前は→ ここから