晴林雨読願望
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勇払原野のコナラ主体の雑木林。ここは中下層をウシコロシの黄色が占めている

一燈照隅
雑木林だより

 新里山からの日常発信

地域活動15年の歩みとこれから

 勇払原野の風土を共有する

  

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●日々の迷想 2023 & 2024 & 2025
2021
first upload: Nov. 29 , 1998
last upload: Aug 04 ,2026



日々迷想

■8/04 ジムへ顔出し

時々、筋力もつけておきたいなどと思う。歩き続けるのが最終目標だが、歩くだけでは飽きるしどうも物足りない。そこで気まぐれにコミセン2階のトレーニングルームに行ってみた。昼飯時だったので利用者はほとんどおらずランニングマシンなど小一時間、ちょっとした気分転換だ。ランニングとまではいかず時速5km程度のジョギング、それに自転車もやって心拍数をあげてみる。こうしていると、人工股関節周りの可動範囲は広がるようだ。

気になるっているのはふらつきだ。片足立ちができなくなって大分なる。めまいではなく、靴を履くとか階段を上下する際に必ず手すりを使うように、支えを要するようになったのである。メニエールではないと専門医に言われたことがあり、AIの解答を見る限りでは軽い小脳梗塞の線が近い。少し気を付けておこうと思う。

ところでコミセンに出入りする高齢者には完全によぼよぼの人も多かった。きっと将棋や囲碁のサークルかと思う。ジムに来た高齢者はたしかに髪は薄くともしっかりしていた。それに比べればこっちの方がヨボヨボだった。本来ならジムではなく文化サークルの方なのだろうが、逆らいたいのである。放置すれば錆びるのは何度も経験してきたからだ。老化、衰退に反抗してさてどこまでいけるか。

■8/03 花々がやっと誇り始める



ハンギングバスケットやコンテナの花々がようやくもりもりになってきた。園芸店の店先ではもっとも安価な花ばかりだが、何の心配もなくただ咲き競う花が100個も揃えばちょっとした壮観で「氣」が発し始めるように毎年感じている。これからは咲く傍らから種を着けて10月を迎える。

雨ばかりの毎日から急に日が差して花弁が少し焼けたように見える。ちょうどシーズン折り返しのような日なので、念のため化学肥料をあげた。丸いハンギングのために脚立で上部もチェックしたが、花柄がたまることもなくきれいだった。撮影は朝5時ころ。

■8/02 小屋番

10時、雑木林の小屋着。長雨で落ちた林道の枝を拾い、帰りはフットパスを通って戻る。今日の万歩計は3.2kmだった。自ら勝手に引き受けている小屋番は、「できるだけ足繫く来て」「居る」のがメインの仕事で、特に今は山仕事はほぼ休業。刈払いなど暑くてごめんだ。不快な作業は年寄りの体に悪い。居るだけでいい仕事とはわれながらうまい言い訳で、風呂屋の番台みたいだ。そんな事情でテラスの木陰で『イギリス的風景~教養の旅から感性の旅へ~』を読む。早朝の続き、佳境に入ってきた。

■8/01 なぜか懐かしさがあふれる風景



今年6月の旧陸別駅の朝の風景。郷里に鉄道も駅もなかったにもかかわらず、初めて訪れた昨年も今年も、なぜなのか懐かしさのようなものを感じるのである。

大きく開けた早朝の青空、錆びた鉄路、どこにでもある線路わきの木立、目に入るのはただそれだけである。70歳を超えるころにこちらに開拓に入った関寛斎翁の功績など思い浮かべずとも、平和で平穏な人々の営みを連想させるような何かがある。ひょっとして昨今失いつつある鉄路への哀愁なのか、とも思われるがよくわからず、ひょっとして来年も訪れることになりそうな予感がする。

■7/31 ホザキシモツケの夢

何の暗喩だろうか、朝方にホザキシモツケの夢を見た。ホザキシモツケといえば、湿原がちょっと乾いたあたりとか原野にふつうにあって、あまりに特徴がなく地味すぎて、しばしば邪魔な藪であった。近年は、ハスカップを被圧している、とわたしが糾弾して先日の踏査ではホザキシモツケの濃密な藪を漕ぐのを回避して回り道したくらいのものだ。

起きてから、彼らホザキシモツケには年輪があるのか、調査や研究の成果は出ていないのか、検索してみたが分類と園芸のほかは釧路の植栽試験レポートだけだった。さすれば、AIである。ホザキシモツケには年輪があるのか、と聞くと、あるにはあるが細すぎて判然としない、と出た。なかなか納得のできる答えだ。結局、夢に何か意味があったのか、わからずじまいだった。

■7/30 庶民の間にある目に見えない溝について

対面する相手や周りとの間に、ある時ふと気づく溝、あるいは壁のようなものがある。俗にいうイデオロギーのようなものと、それを持たない当方のようなものでも感じるもの、たとえば従軍慰安婦の問題や河野談話への反応だったりする。そこに見え隠れするのは贖罪意識である。最もわかりやすいのが南京事件の有無に関するもので、「あった」と信じ反省し贖罪すべきと主張する人との間は、溝が埋まるのは至難だと思われる。

それこそ岩盤のような信念だ。試験の勉強ばかりにうつつを抜かし近現代史のほとんど素養がなかった当方などは、いい年になってからの読書という学習によって「あったんだろうな」という何となく染みついた歴史感覚から割と楽に脱出できたが、それでも当初は「まさか」という気持ちだった。完全にマインドコントロールされていたとしか思えないし、それが周囲も常識化され、事実そう教えられていたのである。この目に見えない溝による分断が解消される日はくるのだろうか。この根深さは深刻だ。

■7/29 エドワード・グレイのFFスタイルを真似る




名著『フライ・フィッシング』を書いた英国人・エドワード・グレイは、晩年、フライで川に立つときは杖を突いていたのを昔映像で見た。たしかに危なっかしい状態であった。近年当方もこれをまねて杖を使い始めた。川に車を横付けにして、ゆっくり川床の石に気を払いながら進み、ロッドを振るときも左手は杖を握っている。が、よぼよぼは治らない。

そこまでしてやるか。答えは「やるべし」。これは老化のバロメーターであり、筋力衰えの現実を映す鏡だとわきまえている。

■7/28 コーヒー豆を挽く



このところ、梅雨のように湿っぽい日が続いている。これから数日雨が続きそうなので小屋番は内部の片づけと決めて、道具のようなものをロフトにあげたり、横移動したりした。

小屋時間をもう少し大事にしようと、今日はコーヒーミルの一式を持ち込んで、まず湯を沸かし豆を挽いて、コーヒーを淹れた。インスタントコーヒーもよくできているが、豆の香りはさすがに手作りの重さがある。

■7/27 暴れ川という風土

人工物の元で繰り広げられる東京の人々の暮らしぶりをTVで堪能した翌日、隣町を流れる川にシンコヤマメのフライ釣りにでかけた。そこはほとんど人と会わない海岸から10km近いところだが、今年の大雨で支流が決壊し小さながけになってしまっていた。そこはソロリソロリ慎重に車で通過した。1時間半のフライを終えてから、ちょっと上流も見ておこうと100m先の橋についたら、なんとコンクリートと鉄の橋がなかった…。

そうだ、ここは暴れ川でいつも流路がえぐられているのだった。砂防のダムが上流にたった一つあるだけという清流である。それと一帯は土砂採掘の業者のエリアであり、道路も彼らの事業に合わせて切り替えられるのである。そうだ、この町は暴れ川の最小限のリカバーをしながら山と海の間の砂利、つまりインフラの基礎となるコンクリートの素材を、ほぼ無限に提供している、そういう風土だったのである。

なんだか、もやもやする。帰途、遠回りして別の川をふたつ回ったが、4,5年前の記憶が危うい。目印の建造物そのものが変わっている。国道に出ると沿道はやはり廃屋が目立つ。海岸の巨大な堤防と港、そして国道という基幹インフラ以外、どうも危なっかしい土台の上にある。

たまらない荒涼感にさいなまれそうになったが、まてよ、これがここの個性なんだと思いとどまる。北海道は当面、まだまだ開拓期で再び自然に戻りかけていると思うようになった所以でもある。かたや、ヒグマもエゾシカも自然離れをして里に愁派を送っている。どうもうかうかしている間に人と自然の、とんでもないダイナミズムの中にいるようだ。

■7/26 東京のつゆ

新日本風土記で「東京 つゆのあとさき」を見た。何をいまさらと東京の風土記だろうと、多少を斜に構えて、ゆっくりストレッチをしながら見ているうちに、見入った。

太宰治の桜桃忌に集まる喫茶店、朝顔市、ほおずき市、沿線のアジサイ、水止舞、気象神社、雨の外人風景画家、傘屋さんなど路地裏から銀座まで、しかし濃い人情、抒情性はさすがであった。それを雨や梅雨でつないで見せられ、なるほど、雨やつゆは風景であり、風土そのもの、人々も雨つながりとも見れるのであった。

こういったきめ細かさから、歴史も文化も浅い北海道はかなり離れた位置にあるけれども、その軽さ、薄さ、荒っぽさもこれはこれで、「ま、いいか」と日曜の朝が始まった。

■7/25 スドキの繁殖力



コモンズの現地は今、春の名物山菜、スドキの花盛りだ。これらが年々生息範囲を拡大させる源は綿毛を付けた種の拡散だ。かつて苫小牧に赴任した半世紀も前の当時は、スドキは苫小牧演習林では「山の神林道の〇○林班」などと情報を得て林班図を基に採りに行ったものだが、今や、その現研究林ではどこにでも見られるようになっている。

■7/24 木と長く付き合う方法と限界



ベランダ(2004年制作)の床が一部へこむようになってついに2X8インチの米松(スプルース)をホームセンターで購入し、交換を要するパーツの寸法を測り裁断してはめ込んだ。ベランダはパーゴラ風になっていて街路からは立て板で緩く遮蔽されているが、この板も根元がぶれるようになったため補強した。裏からみれば不細工だが、正面は何事もなさそうに見える。

20年以上もよく持ってくれて有難かった。もともと素材は道産材をやめてレッドシーダを使ったのが長持ちの秘密だと思うが、これは外材に詳しいクラフトマン・Tさんの推奨のデザインと選択だった。が、さすがに水がたまる部位は腐ってきた。防腐剤を定期的に塗って、土台の沈下を時々補正したり、メンテナンスはよくしてきた。そしてこういった補強をすればさらに長持ちできる木材というものの面白さと限界を身をもって強く体験することになった。ベランダはわたしにとって日々の休憩スペースであり春夏秋冬、雨でも降らない限りは結構な時間をここでボーっとして過ごすから、ことさら印象が深いのだ。おかげで年間5つ以上、流れ星をみる。

奈良の法隆寺で、門の太い柱が根元の部分だけ木片で接ぎ木されているのを見た際、なるほど、補強の技と同時に木材の扱い方を教えられたような気がした。話は飛んで、ログハウスの丸太の防腐剤塗布は一昨々年ほぼ30年ぶりだったが、今年は雨覆いの部分の腐れ部分を取り換えようとしている。林のケアも興味深いが、林から生まれる木質材料の扱いまでこうして触れ合うことで、頭の知識だけだったのを、技や手触りを通じてさらに一歩本質へ近づいて深めている、といううれしい実感がある。

■7/23 タサン志麻さん風ブイヤベース



家政婦・料理人として根強い人気のある志麻さんレシピの簡単ブイヤベース、今回はサバ缶と冷凍のシーフードミックスを使ったもの。トマトの缶詰もたっぷり入れたので仕上がりはトマト風味に引っ張られたが、レシピどおりにシーフードを塩水で解凍したためか、よく出汁が出ていた。

いつものわたしのブイヤベースは、魚のあらをメインにしてクルマエビとイカを入れてきたが、実のところ多少構えなければいけなかった。その点、志麻さんは「ブイヤベースってめんどくさいからあまり作らないのですが」と前置きしたので、すっかり安心。家政婦・料理人ってこれか~、とぐっと親近感が湧いた。

■7/22 50代以降をどう生きるか(林住期の人生論)

作家の五木寛之氏が『林住期』を書いたのが2007年だった。そしてそれよりさらに20年前の1987年にエッセイスト・桐島洋子氏は林住期宣言をして再出発ののろしを上げた、となにかで読んだ。そして昨夕、桐島洋子著『林住期を愉しむ~水のように風のように~』を読み終えた。気功、ヨガ、氣、イヤシロチ、パワースポットなどの語彙に当方とも重なる道筋を感じてやさしく引き込まれた。

五木氏の方はかねてから、晩年の生き方を模索するようにして養生や仏教など年寄り応援歌のような著作を数多く書いてきたが、こちら元祖飛んでる女・桐島さんはバイタリティを溢れさせ、シングルマザーとして食や人付き合いにきらめいていて、エッセーなどで話題をまいてきた。ボキャブラリーも洗練されていて美的センスがいいのが伺われた。食と人を仲立ちに、バンクーバーとの二地域居住が楽しく描かれていた。そこに一貫するのはいわゆる美意識だろうか。

特にバンクーバーはまるで「終の棲家」を得たようなはしゃぎぶりで、まさにそうなんだろうなと思った。英国のいいところを寄せ詰めた感は、わたしも行ってみたいところだったために多少見聞きして憧れてもいた。たしか作家の大庭みな子氏だったと思うが、かの地に住んで女だてら、川の河口で船に乗って豪快にキングサーモンを釣っていたという場所だ。開高健のオーパシリーズでも覚えが土地である。

英国のいいところどりは、ニュージーランドも共通する。NZ政府観光局が「人生観が変わる国」というキャッチをのせたパンフレットを作っていたのが思い出深い。行ってみるとその通りだったので強いカルチャーショックを受けた。「世界にはこんな国があった…」。日本のガーデニングの世界でもバンクーバーのブッチャートガーデンが一時とても有名になったことがあり、そこは芦別のテーマパーク「カナディアンワールド」のモデルだと聞いた。

話は変わって先日、林真理子氏が書いた高齢期の生き方を描いた新書を手にして読んでみたが、同じ人生後半の生き方エッセーとしてはわたしが読みたいものとはだいぶ違って50ページほどで断念した。いろいろな林住期があることが分かっただけでも収穫だ。ただ、かくも人生を力強く謳歌してみせる桐島さんが現在、アルツハイマー型の認知症で介護を受ける生活を送っているようだ。人生の冬の時代、林住期の次のステージ「遊行期」を養生している姿も、後進の励みになるような気がする。

補足:五木氏は『林住期』のあとに『白秋期』も書いている。わたしは年齢的にもうこちらに属するようになった。

■7/21 『王子製紙開業秘話~鈴木梅四郎小伝~』を読む

苫小牧郷土文化研究会の「まめほん」で昭和57年の発行。著者は小林静夫氏、王子製紙の人事部に勤務した経歴を持ち、当時の郷文協の「門脇会長に依頼され」、一年余りの準備を経てまとめられたと編集後記で紹介されている。「まめほん」では王子関係3部作のひとつで、建設の立役者とされる鈴木梅四郎氏を軸に書かれてている。

実に面白く読んだ。鈴木翁は三井財閥の出身で、三井といえば北海道で民間が開拓と開発に参画する際の最も大きな牽引者であったから、その構想の規模の大きさ、計画を進める際の用意周到さと大胆さ、そして肚の据わり方など、どうも尋常でなく大がかりだ。しかも明治43年創業の功労についても鈴木翁は「育てた方々が偉い」と周囲をこそほめたたえている人物である。

長い歴史を見る時に、登場人物はいつも小さな駒でしかない。人々は大きな事業を各々の持ち場で常に役割をこなす歯車のちっぽけなひとつであることが、自分の人生と重ね合わせてみてジンとくる普遍の事実である。その己の住んで歩んだか細い足跡を土地の歴史や、ときに日本の流れの中に見つけ映しとり少しずつ納得していくのは、老いゆく者にしかできない精神活動だと思う。

その際、土地にゆかりがある、縁を持っているというのは実は得難い宝であったことが浮かび上がってくる。常々、たっぷりと風土に触れておくというのも、このような宝につながる縁ではないだろうかと思われるが、こちらはいささかスピリチャルな様相も呈していくので賛同してくれる人はまわりにまるでいない。

■7/20 霧の朝の瞑想

朝4時半、自宅周りは濃い霧に包まれていた。それに今日は海の日という休日。通勤に向かう車もなくまったくひと気がない。この静かな時間がまた高齢者にとって豊かさを感じさせる恵みのひと時となってくる。霧が濃い朝は街の雑音を吸収でもするのか、ことのほか静けさが感じられる。こんな日は、目をつむっても雑念が抑えられ心地よい瞑想にはいることができる。自我を忘れ世間と離れ、何もない時を過ごす。深い霧は素敵だ。

■7/19 ココナッツが香る薪はどれだ?

玄関ドアの外屋根の下に仕切り代わりに、2年前に作った薪4,5日分が積んである。当初からこの薪のどれかからココナッツのようなとても良い香りがして匂いの元をさぐっているが、身元が依然として不明のままだ。この2,3日の雨で玄関の椅子でボーっと時間を過ごしていると、この香りが一段と濃い。

今までよりさらに念入りに図鑑とネットで検索しても、やはり思い当たる記事がない。積んである薪材は9割がナラで、アズキナシが10本ほど、サクラが2,3本であるから、以前からアズキナシが源と推定しているものの鼻を付けてみると、断定できないほど弱い。もちろん、アズキナシが芳香を放つという記述は依然として出会わないから、わたしの謎はそのままだ。しかしこういう案件は、ある日、必ず答えが見つかるものだ。それも意外な付録もついてくる。

■7/18 なんでもある大型書店で時間を忘れる

学生時代に3年近く一緒だった学科の同期生数人と一年ぶりくらいでビールを飲んだ。メインのその集まりの前に札幌駅界隈で何をするか、前の日からしばし思案したが結局無難な大型書店にした。

選択は正解だった。地方都市にはもう書店らしい書店はなくなったからありがたみは格別である。札幌の何でもある書店は、まるで博物館であり、美術館のようでもあり、北海道情報が満載の資料館であり、びっくりするほど時間を忘れる施設だと今回は改めて感じた。

最初に手に取ったのは恵庭の花のマチづくりを支えてきた人達の紹介雑誌。それから地元の先生が書いた一人旅エッセーなどなど、ヨガや神道やスピリチャル系、それに歴史や社会評論の数々を見て歩くと、やはりこれはネットで本を買うのとはかなりわけが違う。

■7/16 苔の美と涼風情



ログハウスの些細な普請で思案中。築30年もたつとウッドは腐る。よく持ちこたえてくれたと感謝しつつ、腐れのひどい雨覆いをいじっていると、屋根のコケが目に入る。こちらはなんとも涼しげだが、なんと気温は30℃近い。どうも仕事らしい仕事はまったくやる気が起きず、ぐずぐずして1時間余り読書して夕方になってしまった。画像左上は薪ストーブの煙突。

■7/15 第26代継体天皇

午前9時から参議院の皇室典範改正案に関する特別委員会を視聴。

最初に質問に立った山谷えり子議員は、地元福井に第26代継体天皇の銅像があったことから紐解き、武烈天皇(第25代)から次への皇位継承が難航し10親等隔てる応神天皇までさかのぼった例を示した。他の野党質問者からも同様の例示発言があり、どの議員だったかは「この間は197年」と語った。

「集中審議が3時間では審議が足りない」というメディア報道が多い中、今日の質問では「両院とも9年前から審議してようやくここに来た」と述懐する野党議員もおり、少なくとも「2年以上」あるいは4年以上などと「真相」は様々表出された。「3時間」といった野党がどこだったか忘れたが、身の周りでは印象操作は常に活発だと言わざるを得ない。今日の国会審議がたった3時間というのであれば、前後の省略によって何かが隠されたと言えるが、地味で時間のかかるこれまでの審議に国民の関心が付いていかなかったのも事実だ。

ちなみに、先日、保守系と目されてきた新聞が、審議の行方に疑問のバイアスを含んだ1面記事を掲載したことを書いたが、そのあと月刊『正論』を読んでいると、麗澤大学の八木秀次教授がこの新聞は女系天皇論とその関連事前特集報道を8回組んでいて、その8名の論者のうち5名が女性・女系天皇賛成、つまり男系男子にこだわらないという立場であり、個々の内容は論理の誤謬と事実誤認がはなはだしかったことを具体的に指摘していた。

話は戻って午前の参議院質疑は静謐な、パフォーマンス味がない、きっと質問に立った本人がこれまで真摯に皇室典範と皇位継承について思慮してきたことを伺わせていた。また先日の天皇皇后両陛下が、オランダとベルギーの王室の招待で歴訪したことは、まれにみるタイムリーな皇室広報だったと思う。

■7/14 不安定な乗り物恐怖

昨日は錆び切った作業用の足場で大工仕事、今日は脚立を伸ばした簡易梯子で庭仕事と、二日続けて苦手な不安定足場に緊張した。今朝の庭仕事は猛烈に伸び始めたチョウセンレンギョウの今年2回目の剪定であった。身体能力の著しい低下を自覚して近年かなり慎重を期すようにしているせいもあるし、そもそも揺れるレンギョウの株立ちに簡易梯子ごと体重をかけるという、考えるだけでも不安定な仕掛けだったから、なおさらであった。だが、この方法はこの春に隣のイチイ剪定で編み出した、我ながらの安全策だった。樹木は簡単には倒れない、まして幹が枝分かれしたレンギョウは脚立に乗るよりも梯子で寄りかかった方がより固定される…。

危険なこと、怖いことはやめなさい、という声は外からはもちろん内なる声もよくわかる。しかし、若い時からその声をいったん胸にしまった後は、果敢にかつ慎重に挑むという方向を選んできたように思われる。さらに、ペースを落とすこともこの頃覚えた。いわゆる「年寄り仕事」と割り切るのである。できる限り危険から遠いところに身を置いて、時間を倍かけてでも目指すゴールに向かう。これもまた小さな悟りである。

■7/13 マスタケか



朝5時の自宅が20℃というこの夏一番の猛暑に、9時過ぎ、残してしまった刈払いに出た。蒸し暑さ100%だが、マスタケに出会ったのが救いだった。食欲ももろもろ、いつも季節ともに動くけれどもマスタケは撮影だけにして、食べるはパスした。

美味しいといううわさは聞かないし、海外では毒キノコの評価もある。わがボリボリも食不適と表示する図鑑もあるようだから、別に不思議ではないけれど、初物、ゲテモノを食するときは緊張はするものだ。食べない言い訳も、あまりすっきりしない(-_-;)

■7/12 歌に見る庶民の共感 52

この1週間、青空らしいものがなく雨もまだ降り足りなそう。言葉でこそ言わないけれども、本州から梅雨が北上してきたようだと感じる。洗濯ものを乾かすために、昨日はエアコンで除湿した。晴れないと星空も月も見えない。特に月が見えないのが寂しい。今回はまず心に響いた俳句から。

ひとり居の屋根に青柿また落つる   奈良市・Nさん
…情景浮かぶ、静かな深夜。柿食えば…、古池や…、これに匹敵する題材と言葉選び。様々な事情、風景が自然と湧いてきて、ひととき味わってしまった。

筍の皮に値段の書かれあり   土浦市・Hさん
…八百屋さんなどは今でもこうしている。トウキビの皮も実のところもったいない。杉の木をスライスした薄皮におにぎりを包んだりも、試すことがある。昭和の風景は和みを伴う。郷里では梅干を干す時期に重なったりして、筍の皮に仕込まれた赤ジソを包んで吸った。貧しい時代のおやつ代わりのアソビだった。

父の日や和解はせぬが礼尽くす   筑紫野市・Nさん
…なんとも渋い、重い一首だ。お互い許せない事情がわだかまっているのだろう。しかし、大人だ、ここは礼を失しない程度に。形は大事だ。いつか、雪解けが来るように。良識ある大人ですら、ままならない身近な関係。

「こころ旅」代わりに旅をしてくれる田中美佐子の風の自転車  鴻巣市・Kさん
…火野正平氏の代役でスタートしたはず。欧州の本格的な自転車縦断BS番組もあるが、こちらは日本の風景が見えてたまにみる。女性というのが最初は素人っぽさが強調されて意外だった。代わりに旅する、という趣旨がやっとわかった。

かるがもの親子が列なし池をゆく水面を閉じるファスナーのごと   匝瑳市・Sさん
…先日の道東旅行で陸別川の親子を見た。泳ぐのも歩くのも、カルガモは人々をくすぐる愛嬌がある。無防備さがヒヤヒヤさせる。しかし確かにファスナーのようなきれいな軌跡がのこる。そこにフォーカス。

働いて帰れば妻が明るくて酒が美味しいこれが幸せ   山形市・Kさん
…文句なしに賛成だ~。野菜や果物の収穫だったのだろうか。美味しそうに日本酒に口を寄せる光景が目に見える。畑と家と、今日の出来事に花咲く。そして笑顔のふたつみっつ。余計な憂いが何もない一日だ。明日も。

胃薬と風邪薬だけあれば良いあとは自然の力を借りる   秋田市・Kさん
…延命などというものに思いを致すこともある歳になればこそ、名言と思える。医者に行くころには治っているもの。腰痛や筋肉痛などはまさにそれ。養生の極意をそれとなく諭されている。作歌は励みであり、癒しだ。

■7/11 ドナルド・キーン著『明治天皇(上・下巻)』を読み切る

今年3月に読み始めてから4か月、約1100ページ、長いが充実した読書時間だった(奇しくも皇室典範の区切りの翌朝だった)。そればかりでなく、読書生活としては『源氏物語』を読み切った時の達成感にどこか似ているが、こちらはそこに日本の激動の歴史が凝縮されているという特徴があった。歴史関係の本読みとしては、渡辺京二著『私の幕末維新史』に引き続いた。

今、手元に5枚の小さな読書メモがあり、感想をしたためる時に使おうと思っていた。が、メモ内容の詳細をいちいち書くのはもうやめた。大雑把にいえば、司馬遼太郎氏などによる歴史物語と違ってほとんどが著者の思い入れや情緒表現がなく、「明治天皇紀」をはじめとする文献の引用で延々と占められていることが、形の上の大きな相違点だった。日本語の文献を読んだ著者はまず英語で本作品を書いて、「友人」と称する角地幸男氏が再び日本語に訳している。その面倒さが不明だった。が、あとがきで著者は、「英語国民にも明治天皇のことを知ってもらいたい」とねらいを述べていた。ということは英語でも出版されたということだろうか。

それにしても明治維新前後、そして明治という時代がいかにめまぐるしい激動期だったかを知るには十分すぎるものだった。大政奉還後、嫌が応にも歴史の表に立たざるを得なくなった天皇を、あがめながら利用しようとする政府や軍の様相が史実の中でもいよいよ見えてくる。その裏腹か、天皇が国を家族のように憂慮しこまごまと心悩ますさまは痛々しいほどだった。質素を旨とする日々の姿、信条など、天皇の人間臭さをここまでにじませてくれた(資料からにじんだ)おかげで、納得できる新たな維新像がわたしのなかでできつつある。

下巻の中ほどでは、「日本人はいったん国が危険にさらされるや見解の相違など吹き飛ばしてしまうような強烈な愛国心をもつ」(珍しく著者の日本人観めいて興味深い)という意味の記述が目に留まった。だが、これは明治までではないのだろうか。昨日皇室典範改正案が衆院を通過したばかりの今朝の報道では、これまで保守系と目されてきた新聞が一面に「男系維持に固執した法改正」という趣旨の批判を編集委員記名のうえでしているように、伝統的なメディア各社は逆方向へバイアスを掛けることに懸命のようである。いまや、国民の多くは既存メディアから離れてSNSに真相情報を求めているとしばしば言われるようになったが、視聴率、購読数の増に向かった既存メディアの巧妙な言辞にどこまで独立していられるか、人気投票ではない「国民の理解」なるものの真相度合も知りたいものだ。

■7/10 皇室典範改正案審議

9時から家人と審議風景を観る。言葉を選びつつ慎重に質疑され、答弁される。緊張が走っている。すでに活字化されているものを読まざるを得ないのは言葉の定義、経過、積み上げ、それぞれに意味が大きいからに相違ない。これがSNSのような言いっぱなし、瞬間芸のような無責任と基本的に違うところだ。やり取りを聞いていても言葉の奥にある意味を当方は理解できていないだろうなと自覚する。一方、関連するオールドメディアの報道を見ると批判の方が多い。国民の理解が得られていない、と。それでも万世一系の皇位継承に関する法案はひとまず壁をひとつ超えたと言えるようだ。こんな風にして物事は少しずつ進む。民主主義とは面倒くさいものとよく言ったものである。


■7/09 歩行不安定と臀筋痛

体のふらつきは終らない。片足立ちは5秒も持たない。散歩ではウォーキングポールを使用し階段は手すりを使うのが常態化してバランスをつかさどる体幹が衰えている。表題の歩行不安定はそこから来ているとみて、それなりのトレーニングをしている。また、骨盤開きすぎもある。若いころ、ヨガのアサーナで開脚前屈で胸が床について喜んでいたころ、整体師に骨盤が開いていると指摘されて以来だ。今日は思い立って矯正ベルト・カシャーンを使ってみている。

一方、久々に臀筋がひどく痛い。家人は、昨日の薪積みが原因でないかという。この歳になると、身体の変化に気づきは多種多様に及ぶ。病気や故障とは考えず、その時々のちょっとした不具合と見て対処療法を思い出して試してみる。往々にして忘れたころに治っている。

■7/08 自然の再生エネルギー

昨今、自然再生エネルギーといえば風力や太陽光や、時に小川の水力などもさすが、生まれ変わろうとする
自然の植生復元、樹木の種の発芽、萌芽こそ再生するエネルギーだ。


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