晴林雨読願望
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勇払原野のコナラ主体の雑木林。ここは中下層をウシコロシの黄色が占めている

一燈照隅
雑木林だより

 新里山からの日常発信

地域活動15年の歩みとこれから

 勇払原野の風土を共有する

  

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●日々の迷想 2023 & 2024 & 2025
2021
first upload: Nov. 29 , 1998
last upload: Jan 13,
2026

日々迷想

■01/13 歌に見る庶民の共感 44

短歌を読むのが楽しい。今手元に、一昨年あたりに入手した『歴代天皇の御製集』があって、何代目の天皇かをチェックしながら、またその時代背景を他の資料で確認しながら見ていると、千年以上前の日本の国柄が彷彿としてくる。万葉集のように身分を問わず、かつ今に至るまで時代を問わずということになると、この「歌」を読むという文化がまだしっかりと継続して生きている幸運を寿ぎたいと思う。


ばあちゃんは七十年も生きてるの樹のようだねと真顔の幼   京都市・Nさん
…確かに樹木は地球上でもっとも長生きする生き物とされる。学校などで幼子は樹木の寿命を聞いたのだろう。祖母の年に素直に反応している、眼を輝かせるような発見。敬老の風景が見える。

「よう生きた」最後の言葉吐くように九十年を五文字で括る   宇部市・Kさん
…もし九十歳まで到達するとこういう感じなのだろうか。長さと中身、自分ならどう評価するだろうか。過ぎ去った人生はもうどうしようもないから、七十代からの充実にどう魂をこめるか、だろう。老いるほどに見える世界、興味尽きず。

失せ物出て歌舞伎見て俳句載るいいことばかりで死ぬんじゃないか   宇都宮市・Oさん
…盆と正月、、、気分だ。運も実力のうちとはよく言われる。ピークがあればあとは下るだけ。下り坂が人生だとも。塞翁が馬、楽あれば苦あり、そう唱えてたまの幸運を達観したい。不安はしばし横に置いて。

夫が踏み私が踏みて朴落ち葉楽となりたる山の静寂に   尼崎市・I さん
…どこにでもある林の光景にリズムがよみがえる。歩行というのはテンポがあり、夫妻のリズムが混じる。特にホオの落ち葉は音も大袈裟に聞こえたはず。旋律のない音楽は色のない水墨画を連想させた。

茶の花が咲いていますの立札に足止め覗き込んだランナー   明石市・O さん
…鳥のように目がいいランナー。きっと日頃から花など一般の風物にアンテナを伸ばしていたのだろうか。このような好奇心は愉しい。大会ではない、散歩のようなジョギングで、それも後ずさりして戻って来たのではないかと想像した。

GONEともGO ON ! とも聞く除夜の鐘いろいろあったね蕎麦にしようか   むつ市・O さん
…言葉遊びがお上手で意味がしっかりだ。去った一年、意気込む一年。除夜の鐘は確かに振り返る引き金になるので、部屋にこもって午前零時を過ごすのが常だったが、今年はWEB を操作している間に終わった。それももう一月半ばになる。

息止めて息もこぼさず浮寝鳥   宮崎市・Nさん
…俳句の季語は面白く深い。かなり正確な視点で庶民は観察して表現している。水鳥が浮いて寝る、眠る。この選者は、水鳥は片目ずつ開いたままで眠るのだ、と解説。天敵に備え、呼吸にも集中して。


■01/12 変動帯の民の不安と覚悟

「タモリ・山中伸弥のびっくりはてな」で興味深い内容の話が紹介されていた。プレートの境界部分に位置する日本は地震が頻発するが、そのような地域を変動帯と呼び、ここに住む民は、幸せ伝達物質「セロトニン」を受け入れるセプターが不足する遺伝子を持っているというのである。

だから、人類の中ではわれわれは最も不安を感じやすい民族であり、その結果、つながりや協調を求めてコミュニケーションを活発化させてきたという。日本人に「うつ」が多いのもその辺に由来するらしい。

さらに敷衍すれば、千年万年単位で必ず発生する地震津波災害からは逃れようもなく、人は10年単位で変動帯の時間を束の間占める芥子粒のような存在ということになる。そこに、必ずどこかの誰かに悲劇が生じる。これは逃れようがない確率と運不運の問題だ。一瞬、悟ったような気になったが、わが身に置き換えるのは恐怖だ。


■01/11 コモンズの林の非常識

少しまとまった考えを「雑木林だより133」のリードに書いた。
行政の主導する林業とか、世間で人気のある環境教育とか森づくりも、どうもわたしには少し距離を置きたい。どうもしっくりいかない。そこでわたしは責任をもって他人の林を預かり、方法の説明もしながら納得のいく手入れをして来た。そこにはやっぱり世間の見方との間に乖離があるようだ。そこで本音をリードに書いてみた。(雑木林だより NO.133 を一部リライト)

「広葉樹二次林を手入れした林なんて見たことありません。普通、しませんよね」。
これは道の水産林務部に勤務するた方を静川の雑木林のフットパスに案内した時に話された感想の言葉だ。

「いい木を伐って、そのくせ期待していたツル伐り除伐もしないで手入れと称している」、「林をボロボロにしていった」。
こちらのふたつは、近くで業者と契約して実施された作業跡の、森林所有者の受け止めだった。これに対して林業行政に携わった別の方は、それは林業活動として普通の姿だとみていた。見方はさまざまである。

苫東方式あるいは苫東コモンズの保育は、林業の技術は使うが一般に言われる林業ではない、と実は大分前から気づいていた。はっきり言えば造園に近い修景作業なのである。材は結果的に発生するが目的ではない。

だから「枝なんか片づける暇があれば次の現場に移る」とある林業マンは、わたしの仕事を見て少し冷たく言ったものだ。つまり、わたしが主導して行ってきた35年余りの行為は、表題のように「森林の、林業ではない扱い」だったのである。それがこの頃、どうしたらこういう林になるのか、と聞かれる。

なぜ、これを目指したか、それは身近なところで行われる林業や森づくりが、わたしのメガネにあわなかったからである。わたしは、こつこつ、ひっそりと、癒されるイヤシロチを目指したのである。庶民がつい行ってみたくなるような風景を、まず小屋の周りから始めた。


■01/10 93歳のエッセー集

外山滋比古著『知的な老い方』を読んでいる。いわゆる毎日少しずつ読みたい類の貴重な一冊。家人が図書館で借りてきて居間のテーブルに置いてあったものだから、いい加減な選択だが、「はじめに」を読んだだけで引き込まれた。「ころぶな、かぜひくな、義理は欠け」という岸信介氏の老人訓など出てくるのでそういえばこれはかつて見たことがある、などといろいろ思い出した。「ころぶな」の三訓はもっともだがネガティブ過ぎると著者は言う、もっと積極的に老いに立ち向かおうと93歳は叱咤激励するのである。こちらは欲張りだから岸三訓を守りつつ外山氏の積極心をもこれまでどおり尊重していきたい。

■01/09 母の幸せ

実家の母親がなくなる何年か前に帰省した折に、母がニコニコして言うのである。「孫、ひ孫に囲まれ大事にされて母ちゃんは今幸せだ~」。ああ、そうなの、くらいに聞き流していたが、これは大変なことなんだと後になって思った。

実家は複雑な家庭環境だったから、苦労ばかりしてきたはずで幸せとは縁遠い人生だったと思う。それが90歳近くになって、人生を総括して「幸せだった」と言うのである。これは意味が深すぎて読み切れない。昨日の天風師の言葉にも大いにつながることである。しかし当方はそんなことを思いやる思慮のある、優しい息子ではなかった。まさに不肖の息子で、自分勝手で自分のことばかり考えていた。

その前後に、確か森林療法の勉強をしている頃だったと記憶するが「内観法」を少し学んだ。「内観法」はホテル東横インの枕元に置いてあるあの本でも有名になった。このプログラムは、人を思いやることのできる人に近づけるため、あるいは人としての再出発のために、外部との交流を絶ってひたすら母親にしてもらったことを回想に回想を重ね、それに対して自分はなにをお返ししたのかを、徹底的に自分に問うのである。

わたしは内観法の合宿など体験はないが、その主旨を斟酌しながら下座、奉仕、感謝、懺悔という行法をヨガの訓えに従って形だけなぞって、この頃になってやっともうひとつ自己受容というピースをはめ込んだが、その辺に日本らしさや神々の国の本領があるように感じている。利益のある所に移動するとか、攻め込むとか、自分だけ良ければ、とかそういった思想とは違うものが根底にある。正邪分断して攻撃しあう現今の世相とも大分離れている。日本という国、国民はそもそも異質だと思う根っこに繋がっている。その国柄が薄れ始めていないか。

■01/08 「晩年こそ人生のすべて」 中村天風

youtube を見ていたらサイドメニュウに思想家・中村天風師の動画が目に入った。AI の音声で内容はかつて見知ったものに近いが言葉のシャワーが実に心地よい。師の真骨頂がいかんなく発揮されていてしばし聴いていた。すると、サイドメニュウには続々と師のメッセージが出るようになった。日本経営合理化協会などとクレジットが書いてあるものもある。昨日聞いたのは「晩年こそ人生のすべて」。わたしがこの歳にいたって、そうかもしれないなあ、と思い始めたことだった。これからはしばらくこれらシリーズで力のある言葉のシャワーを浴びることができそうだ。

■01/07 一筆を添える愉しみ

年末年始にいただくお葉書に対して、リタイヤ後は寒中見舞いを差し上げることにしたが、ずいぶんと楽になった。枚数減だけでなく、後だしじゃんけんのようで相手への返事もかけるから双方向になる。なにより、ひとりひとりの顏を思い浮かべて一筆添える愉しみは格別だ。池波正太郎氏は元旦の翌日から翌年用の年賀状を書き始めたというが、その思いは少しわかるような気がする。無手勝流だが必死に相手との思い出なども回想しながら書きなぐってくれた、と思える乱文なども良い。そういう葉書きこそ忘れがたく、つづく。プリントを終えたから、明日はその一筆の日となる。一応は対話だから、酒でも飲みながらいきたいところ。

■01/06 ねぎワンタンの新境地



自分のためにも、そしてもてなしの時も割とよく作って評判がいいのがねぎワンタン。昔、講談社だったかの「男の料理」シリーズに掲載されていたもので、何度作ってもはずれがない。豚肉の赤みをたたいて干しエビとショウガ、ニンニク少々をよく練ってワンタンの皮で包んで熱湯でゆでる。千切りのねぎをのせ、コショウと味の素を振った生醤油をかけ、熱したサラダ油で鷹の爪を少し黒くなるまで辛みを付けたものを上から豪快にジャッとかける、というシンプルなもの。

このたび、都内のある中華料理店では、トッピングにネギのほかにかいわれ、千切りショウガ、セロリ、青じそを刻んで入れていたと聞いて、試してみた。なるほど、ねぎワンタンという最初のネーミングで縛られてしまったが、ゆでたワンタン料理と考えればバリエーションは広がる。そしてこちらの方が楽しかった。加えて、80個作ったうちの20個は翌日にしたが、一晩寝かしたものの方がぐんと美味しかった。

■01/05 間違い携帯で旧交長話

携帯電話のボタンを押し違えて間違い電話になることがある。知人からコールの記録があったので気づいて折り返し返信のボタンを押すと、指が滑ったという、この間違い電話だった。間違いであろうがなかろうが、「これは久しぶり」とお互いに近況を語り合う。「去るものは日々に疎し」だが、ひょんなことで話のきっかけがあれば、旧交というのは温まる。

人としてなんらかの関心さえあれば、つながりは短い時間とは言え、戻る。淋しくなる年格好であればこそ、このようなきっかけは大事にしたいものだ。自ら年賀の終わりを宣言する人は多いが、心のどこかには淋しさも宿っていて、きっかけさえあれば火がつくのである。宣言されたのでこちらも出さずにいたら、寒中見舞いのような妙な便りがきたりするのだ。

追記;(二日経って)人や世間から離れていく米国の現象を論じた、ロバート・パットナムの『孤独のボウリング』を思い出した。ボランティアなど社会活動からも離れてひとりでボウリングに興じるというタイトルが、社会関係資本という概念で現代人の志向先を象徴的にとらえた。かつて所属していた財団のソーシャルキャピタル研究会では、並行するようにしてSNSの研究も継続した。社会関係資本の減少をSNSは救えるのか、北海道の地方を念頭に趨勢と可能性を議論したのである。

■01/04 デスクのワックスがけ



正月は毎年、娘から断捨離の指導が入る。今年はわたしの仕事用デスクのワックスがけ。幅65cm、横180cm、厚さ5cmの集成材に蜜蝋のアンティークワックス(チーク色)を1時間あまりかけてこすりつけて伸ばした。35年のデスクワークですり減った集成材は、ハルニレやナラなど各々のパーツ(ピース)に木目の性格をにじませ、そのエージングが興味深い。2026年年頭のリバース。

■01/03 酒を飲む動機 の変遷

大晦日から昨日まで、酒の縛りを少しゆるめて多めだったようなので、今日から心を改めて歳相応の、適度な酒ライフに切り替えたい。γ-GTPもはまずまずなのをいいことに休肝日を設けていないが、太宰治だったか、有名な酒のみの文豪が「お祭り以外は酒など飲むな」という趣旨の訓示を垂れていた。けだし名言というべきか。世のノンベは、この励行できない皮肉を自分の身と照らしあわせてみるのではないだろうか。「よく言うわ」と悪態のようなものを言いつつ、だ。

ストレス解消、リラックス、達成のお祝い、コミュニケーション、社交…。人を酒に向かわせる動機はいろいろだ。リタイヤ後は、このような酒を飲む理由というのがほとんど消えて、敢えて言えば、食事のお供、そして習慣だけとなりつつある。結局惰性のように毎日グラスを傾けるのだが、実はリラックスばかりして快楽に傾斜していないか、現実から逃げていないかなど、酒飲みはちょっとだけ後ろめたいのである。

あと、かなり重要なことがあった。飲む動機には直結しないが、飲酒は健康のリトマス試験紙である。「今晩も飲もう」という気が湧くのは健康な印、健康具合のバロメーターだったのである。誰にも迷惑をかけず愉しく飲む、友人知人がいればさらに愉しくやや大袈裟に飲む。おかしなことに、大手を振って飲める理由を、酒飲みは常に気を配ってキョロキョロ探していやしないか。ただ恐らく、少しずつ適量が先細ってくるのは間違いない。もっとも身近な幸せを求めつつ、である。

そして最近確信しつつあるのは、飲まない方がよく眠れること。少なめの適量に徹して、快眠を得た方が賢そうだ。目標は「賢い酒飲み」ということになる。

■01/02 A I の全盛と限界

この頃、ジャーナリストなどの顏と音声が流れてきて、どうもこれはA I だなとわかるのがグンと増えたようだ。論旨は別にいいのだけれど、どうも本人ではない何者かに講釈を垂れられているようで違和感があり、見るのはやめている。先日は、わたしが書いたあるレポートのPDFファイルが求められたので応じたのだが、使い道を聞くと法人の助成申請をするにあたりA I に読み込ませるのだとのことである。申請のうえでなにか正解を用意するためにいくらかアシストになるという印象だった。

このA I に取って代わられて失業が生れると警戒もされている。しかし、日本も世界もいつも極端だった。今は、ソレーっとA I に向かっているが、EVのように意外と終わりがみえるのは近いのではないか。A I は自分では問いを発することができないことや、A I のプログラミングが基本的に英語の「もし~だったら~になる」という構造になっていて文章は自ずと決まってしまうのだという。日本語のアプローチとは大分違う。

詳しいことはわからないが、人工知能の結末と聞けば、手塚治虫のある漫画を思い出さざるを得ない。人間の労働を肩代わりするサイボーグのような高度なロボットが、自ら考えるようになり、「こんな人生はつまらない」とはかなんで、列をなして溶鉱炉に飛び込んで自殺するという未来予測のような作品だった。ここで覚醒すべきは、実は人工知能ではなく人間側であったということになる。

手作業の側面や花鳥風月と情緒の世界を捨ててしまう今の流れでよいのか。これから本格的本質的な議論と選択がありそうだが、結末をA I に聞いてみたい気がする。

■01/01 謹賀新年

穏やかな元旦を迎えました。年の瀬から一年を振り返っていましたが、今朝になってみると2025年という365日がパッケージとなってまとまって眺められるようになったのが、いささかすこしおかしく感じる。何に時間を割いたかでいえば、圧倒的に多いのは当然ながら勇払原野にある雑木林の小屋番である。小屋の雑記帳によれば昨年は92日になる。一昨年は80日あまりだった。車で30分の裏山における、ウラヤマニストのシニアワークはなにかにと手間が必要でまさに、その時間というものは風土に浸る思いで過ごす。意外に興味深く、過ごす日数が増えるのに応じて林の風景もますます里山風になった。そのせいか、予想に反して積雪期から来訪者があったのはうれしい反応。。

読書による歴史探訪、そして旅としての古刹名刹巡りも満足のいく体験になった。今日から2,3日、今年の訪問予定を立てておくのが愉しみだ。ただ着々と齢が積み重なり、身体にどんな不具合が起きてもおかしくない状態だから、少しだけ足腰と筋力を鍛えて、最低限の備えをしていこうと思う。新年が明けると、日々は単に前の日とつながっているにも関わらず、こうしていつもより真剣に誓いを立てられるから素晴らしい。だいたい、年頭の方向付けのとおり予定が進むのだ。だから、実にやりがいのある重要な年はじめである。


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