| 晴林雨読願望 take /草苅 健のホームページ ![]() ![]() 勇払原野のコナラ主体の雑木林。ここは中下層をウシコロシの黄色が占めている |
| 一燈照隅 雑木林だより 新里山からの日常発信 |
地域活動15年の歩みとこれから 勇払原野の風土を共有する |
| ●コンテンツ一覧 ●日々の迷想 2023 & 2024 & 2025 2021 |
first upload: Nov. 29 , 1998 last upload: Jan 07, 2026 |
| 日々迷想 ■01/06 ねぎワンタンの新境地 ![]() 自分のためにも、そしてもてなしの時も割とよく作って評判がいいのがねぎワンタン。昔、講談社だったかの「男の料理」シリーズに掲載されていたもので、何度作ってもはずれがない。豚肉の赤みをたたいて干しエビとショウガ、ニンニク少々をよく練ってワンタンの皮で包んで熱湯でゆでる。千切りのねぎをのせ、コショウと味の素を振った生醤油をかけ、熱したサラダ油で鷹の爪を少し黒くなるまで辛みを付けたものを上から豪快にジャッとかける、というシンプルなもの。 このたび、都内のある中華料理店では、トッピングにネギのほかにかいわれ、千切りショウガ、セロリ、青じそを刻んで入れていたと聞いて、試してみた。なるほど、ねぎワンタンという最初のネーミングで縛られてしまったが、ゆでたワンタン料理と考えればバリエーションは広がる。そしてこちらの方が楽しかった。加えて、80個作ったうちの20個は翌日にしたが、一晩寝かしたものの方がぐんと美味しかった。 ■01/05 間違い携帯で旧交長話 携帯電話のボタンを押し違えて間違い電話になることがある。知人からコールの記録があったので気づいて折り返し返信のボタンを押すと、指が滑ったという、この間違い電話だった。間違いであろうがなかろうが、「これは久しぶり」とお互いに近況を語り合う。「去るものは日々に疎し」だが、ひょんなことで話のきっかけがあれば、旧交というのは温まる。 人としてなんらかの関心さえあれば、つながりは短い時間とは言え、戻る。淋しくなる年格好であればこそ、このようなきっかけは大事にしたいものだ。自ら年賀の終わりを宣言する人は多いが、心のどこかには淋しさも宿っていて、きっかけさえあれば火がつくのである。宣言されたのでこちらも出さずにいたら、寒中見舞いのような妙な便りがきたりするのだ。 追記;(二日経って)人や世間から離れていく米国の現象を論じた、ロバート・パットナムの『孤独のボウリング』を思い出した。ボランティアなど社会活動からも離れてひとりでボウリングに興じるというタイトルが、社会関係資本という概念で現代人の志向先を象徴的にとらえた。かつて所属していた財団のソーシャルキャピタル研究会では、並行するようにしてSNSの研究も継続した。社会関係資本の減少をSNSは救えるのか、北海道の地方を念頭に趨勢と可能性を議論したのである。 ■01/04 デスクのワックスがけ ![]() 正月は毎年、娘から断捨離の指導が入る。今年はわたしの仕事用デスクのワックスがけ。幅65cm、横180cm、厚さ5cmの集成材に蜜蝋のアンティークワックス(チーク色)を1時間あまりかけてこすりつけて伸ばした。35年のデスクワークですり減った集成材は、ハルニレやナラなど各々のパーツ(ピース)に木目の性格をにじませ、そのエージングが興味深い。2026年年頭のリバース。 ■01/03 酒を飲む動機 の変遷 大晦日から昨日まで、酒の縛りを少しゆるめて多めだったようなので、今日から心を改めて歳相応の、適度な酒ライフに切り替えたい。γ-GTPもはまずまずなのをいいことに休肝日を設けていないが、太宰治だったか、有名な酒のみの文豪が「お祭り以外は酒など飲むな」という趣旨の訓示を垂れていた。けだし名言というべきか。世のノンベは、この励行できない皮肉を自分の身と照らしあわせてみるのではないだろうか。「よく言うわ」と悪態のようなものを言いつつ、だ。 ストレス解消、リラックス、達成のお祝い、コミュニケーション、社交…。人を酒に向かわせる動機はいろいろだ。リタイヤ後は、このような酒を飲む理由というのがほとんど消えて、敢えて言えば、食事のお供、そして習慣だけとなりつつある。結局惰性のように毎日グラスを傾けるのだが、実はリラックスばかりして快楽に傾斜していないか、現実から逃げていないかなど、酒飲みはちょっとだけ後ろめたいのである。 あと、かなり重要なことがあった。飲む動機には直結しないが、飲酒は健康のリトマス試験紙である。「今晩も飲もう」という気が湧くのは健康な印、健康具合のバロメーターだったのである。誰にも迷惑をかけず愉しく飲む、友人知人がいればさらに愉しくやや大袈裟に飲む。おかしなことに、大手を振って飲める理由を、酒飲みは常に気を配ってキョロキョロ探していやしないか。ただ恐らく、少しずつ適量が先細ってくるのは間違いない。もっとも身近な幸せを求めつつ、である。 そして最近確信しつつあるのは、飲まない方がよく眠れること。少なめの適量に徹して、快眠を得た方が賢そうだ。目標は「賢い酒飲み」ということになる。 ■01/02 A I の全盛と限界 この頃、ジャーナリストなどの顏と音声が流れてきて、どうもこれはA I だなとわかるのがグンと増えたようだ。論旨は別にいいのだけれど、どうも本人ではない何者かに講釈を垂れられているようで違和感があり、見るのはやめている。先日は、わたしが書いたあるレポートのPDFファイルが求められたので応じたのだが、使い道を聞くと法人の助成申請をするにあたりA I に読み込ませるのだとのことである。申請のうえでなにか正解を用意するためにいくらかアシストになるという印象だった。 このA I に取って代わられて失業が生れると警戒もされている。しかし、日本も世界もいつも極端だった。今は、ソレーっとA I に向かっているが、EVのように意外と終わりがみえるのは近いのではないか。A I は自分では問いを発することができないことや、A I のプログラミングが基本的に英語の「もし~だったら~になる」という構造になっていて文章は自ずと決まってしまうのだという。日本語のアプローチとは大分違う。 詳しいことはわからないが、人工知能の結末と聞けば、手塚治虫のある漫画を思い出さざるを得ない。人間の労働を肩代わりするサイボーグのような高度なロボットが、自ら考えるようになり、「こんな人生はつまらない」とはかなんで、列をなして溶鉱炉に飛び込んで自殺するという未来予測のような作品だった。ここで覚醒すべきは、実は人工知能ではなく人間側であったということになる。 手作業の側面や花鳥風月と情緒の世界を捨ててしまう今の流れでよいのか。これから本格的本質的な議論と選択がありそうだが、結末をA I に聞いてみたい気がする。 ■01/01 謹賀新年 穏やかな元旦を迎えました。年の瀬から一年を振り返っていましたが、今朝になってみると2025年という365日がパッケージとなってまとまって眺められるようになったのが、いささかすこしおかしく感じる。何に時間を割いたかでいえば、圧倒的に多いのは当然ながら勇払原野にある雑木林の小屋番である。小屋の雑記帳によれば昨年は92日になる。一昨年は80日あまりだった。車で30分の裏山における、ウラヤマニストのシニアワークはなにかにと手間が必要でまさに、その時間というものは風土に浸る思いで過ごす。意外に興味深く、過ごす日数が増えるのに応じて林の風景もますます里山風になった。そのせいか、予想に反して積雪期から来訪者があったのはうれしい反応。。 読書による歴史探訪、そして旅としての古刹名刹巡りも満足のいく体験になった。今日から2,3日、今年の訪問予定を立てておくのが愉しみだ。ただ着々と齢が積み重なり、身体にどんな不具合が起きてもおかしくない状態だから、少しだけ足腰と筋力を鍛えて、最低限の備えをしていこうと思う。新年が明けると、日々は単に前の日とつながっているにも関わらず、こうしていつもより真剣に誓いを立てられるから素晴らしい。だいたい、年頭の方向付けのとおり予定が進むのだ。だから、実にやりがいのある重要な年はじめである。 ■12/31 大晦日、山椒伐採が発覚 いつもの町内散策コース1.8km。コース北はずれにある海岸段丘の斜面には遠くから白いものが二つ見えて、近くに行くと案の定、2頭のエゾシカのお尻だった。もっと多くが付近にはいるに違いない。先週あたりから、町内のオンコの木が食べられだしておびただしい糞が落ちている。わが家も安心できないとあらためて警戒心を沸かせている。 さらに、小学校のグラウンドの角の一帯がちょっと開けて見えたので山道入口を詳しく見ていると、なんと、長らく親しんできたあの山椒の木が切られている。根元の直径が15cmほどの、山椒にしては大木で実成もよく、わが家の「実山椒」供給源だった。 力が抜けたようにしばし茫然と眺める。この下には製紙会社の水道管が埋められているから、所詮自分のものではないが、普通の山菜のように気の向いた人が採っていて、わたしはもっとも熱心な常連だった。年の瀬の、予期せぬ喪失感である。2026年はどう調達しようか。昨年見つけた高丘森林公園まで行かなければ駄目だろうか。 山椒は適期に採取すれば、貴重な有価物であるが、ところ変わればここ自宅裏山のように必要とする人はほとんどおらず放置される。ちなみに北海道などで大量に採られるボリボリはコモンズにおける共有物のように扱われるが、本州では高価な松茸となると排他的に囲い込まれる。この点、実山椒の木は、限りなくこのボリボリに近いと言えるから、対抗のしようはないが、一言、かえすがえすも残念。(-_-;) ■12/30 高齢者の新聞投稿に思う 子供のころから壮年期を過ぎる頃まで漠然と思っていたこと、それは新聞の投書欄に登場するのは60代、70代が多いがそれは仕事をリタイヤすると暇になるので政治や社会に一言コメントしたくなるのだろう、ということだった。だが自分が実際その年格好になって見ると、ことはそんな単純なものではなく、暇があるからというのが大きな動機ではなくて、むしろ社会や国の行く末について少し展望できるような確信、いわゆる人生経験というものであるが、それに基づく義憤のようなものが湧いてくるからではないかと考えるようになった。老いた分、いささか知恵がつくのである。 新聞投稿は今やSNSやホームぺージなどに代わって、かつ言い放しの一方交通でなく読者とのやり取りもあるから状況は大きく変わりつつあるが、多少の知恵が社会や国の将来に良かれという気持ちを持っているだろうことは変わりがないのではないかと思う。 つまるところ老婆心、老爺心の発露ということになる。この心はしばしば独善、長広舌になるのは避けねばならないが、歌壇俳壇、川柳などを読むにつけ、書き手らはその年寄りらしい弊害をさらすことなく上手にコンパクトに怒りのボルテージを下げるようにアースしているのかなあ、と見えるときがある。その過程に行われる凝縮とも言える。 ただしこちらにも選ばれて公表されるか、という大きな壁がある。その壁をこえて誰かと双方向でつながる、という意味は意外と根深い。少なくともわたしなど庶民はつながり欲求を持っていて、つながり加減が幸せ度をも左右している気がする。 ■12/29 干支一巡り前の今日 ![]() 12年前の平成25年、年の瀬の光景。ふと思い立って記録画像ファイルを開いてみるとこんな画像が目に入った。NPOとして助成金をもらったので、薪小屋とスノーモービルの格納庫を作っているところ。会では名棟梁と評判の oya さんが大引き(太い角材)を加工している。 当時はNPO苫東コモンズを立ち上げてまだ4年目で、除間伐の現場はこの広場から400m近く離れた場所にあり、6,7人でいっぱいになる緑色のにわかビニールテントに集って細々と作業をしていた。今はメンバーの半分以上が入れ替わって、昔日の感は否めない。 ああ、またもや、遠い以前の話にたどり着いた。追憶は年寄りの特権であり、こんなアルバムには、正直、束の間だが時間を忘れ和むのである。 ■12/28 50年前の山 このところ、半世紀も前の山仲間との交流が続いている。年の瀬もあるけれども、そればかりでなくどうも因縁が深いのだろうか。さきおとといは、先週まで北京の大学で半月の間講義していたという同期の先生が一升瓶をもってきてくれて、日本の歴史やら日中のことなどが話題になった。お互いに山は遠ざかったが、山仲間の話も尽きない。多感な一時期を、テントや小屋で寝食を共にするというのは、こういう余韻のような付き合いを生むのだろうか。 ■12/27 冬の支笏湖 ![]() 昨夜は久々に支笏湖畔の宿に泊まった。いつもながら冬の支笏湖は湖面を渡る風が日本海よりも寒く、フライフィッシングの仲間は身も心も凍りそうとよく言った。しばしば、洞爺湖温泉に比べて何もなく淋しいと評する人は今も多いようだが、長年、フライフィッシングで支笏湖と付き合った身は、そういう表面的な観光の目線ではないところで見てきたのは当然である。 一晩中、宿の湖岸に押し寄せる波の音はうるさいほどで、朝方までおさまらなかった。わたしは時々目を覚まし支笏湖での、釣れなかった思い出をたどりつつ、波の音を聴いて愉しんでいた。こんな時間はたまらなく優雅ですらある。老いの特権だ。 この夜のイタリアン料理の食事時、昔の巨大魚が話題になったため、娘が「支笏湖、巨大魚」で検索したら「お父さんのホームページ(「森のフライフィッシング」)のブログが2番目に引っかかった」、というのである。あとで確かめると2002年の4月7日のことだった。この年の6月1日のブログでは、もう一人の山仲間 aoike シェフのアメマス釣りをガイドしていた。今は遠い昔の話。 (編集が追い付かずフォントが小さいので、もしご訪問の際に読みにくい場合は150%あたりに拡大してご覧ください)(-_-;) ■12/26 歌に見る庶民の共感 43 若い山仲間のT君(と言っても古希あたり)が、有名な新聞などの歌壇俳壇でしばしば入選しているらしい。ヒマラヤにもよくでかけ、自宅の多年草のガーデニングもうまく、釣りもする。そんな共通する趣味の分野もある一方、決定的にこちらはとうに山を下りてぐうたらな「ウラヤマニスト」でしかない。加えて短歌も俳句も当方は客として見るだけ。ちなみに、人気の若手歌人のH氏は、山のクラブの後輩であることがわかった。道楽などで何か共有するものがあれば、細くてもつながりが見いだせて勝手に近くなる。さて、今回は… ◎捕まりて檻の錆噛む月の輪熊 川越市・Oさん …今年はあちこちでこの光景があっただろう。捕獲と駆除数は約1万頭弱だというからすごい。歯を向いたこんな画像もみた。お互いの身のため是非棲み分けを、と祈りたい。 ◎熊除に柿の木剪って栗剪って 埼玉県・O さん …本当にリンゴやカキの木を伐った話を聞いた。かと思えば11月の奈良は山の辺の道で熟した柿の実がたわわになって、採る人もなく落ちるところだった。里山に守り手がいるのが崩れてきている。 ◎豪快にこんにゃくをちぎる芋煮鍋 山形市・Kさん …堅めのこんにゃくが大きめにちぎってあると特にうまい。この秋も何回か夕餉を飾った。ふんだんな牛肉が濃い目の醤油味とよくあう。 ◎我も又大地に還る枯葉かな 東京都・I さん …こう大きく描かれると循環の図が見える。人間もその循環の構成員だ。あくせく、くよくよせずに身を任せよう。楽あれば苦あり、繰り返しこそ世の習い。 ◎猪鍋に招ばれるほどに馴染みけり 葛城市・Hさん …移住して〇年、ようやく仲間入りできた。出会ってみれば、みんないい人ばかり。酒を注がれてすっかり土地の人になっていく。これはうれしいお呼ばれだ。こうして土地に根が生える。 ◎小三のわれ教室でヨイトマケの唄をうたえば鬼の師も泣けり 東京都・Aさん …この光景にこそ泣ける。ヨイトマケを小学生が歌うのだから年月は大きくさかのぼる。紅白で美輪明宏氏が歌ったこの歌も鬼気迫り驚いた。鬼のように拳骨をふる先生は確かにいた。 ◎届くのに三日かかったその文字の重さをそっと手のひらに置く 大阪市・Hさん …葉書き、手紙はいいなあ。ここぞという時はお礼などは葉書き、手紙に限る。メールの数倍、思いがこもる。と、我が机のはしっこにはこの数か月中に届いたそれらが無造作に立てかけてある。時々、思い出したようにまた読む。 ◎世の愁ひなべて己に負ふごときブラームス聴く夜の落ち葉探し 静岡県・Hさん …濃厚で重い旋律、チェロの低温が効いた一節など思い浮かべ。落ち葉を探す夜というシチュエーションもピッタリ。風が愁いをかきたてて。 ◎ここの人あそこの人もいなくなり散歩の道に咲くアカマンマ 浜松市・Fさん …地方のマチの縮図、常風景となりつつある。ススキなども生え始めていよいよ、ますます虫の声も大きく響く。しかし嘆いていても仕方がない。畑に利用するなり、リフォームして住み直すなり、動きがあってほしい。 ◎城を見て寺見て縄文土器も見て脈絡もなき一人旅かな 会津若松市・Sさん …このごろは家人と別行程で一人旅をすることもある、まさに歌のとおり。寺や神社や博物館と居酒屋を巡るだけでも人生のご褒美のようなひと時だ。 ■12/25 難聴が進む 難聴が進んだのか? この頃とみに音声を正確に聞き取れない。したがって意味がわからない。極論すれば、アナウンサーのような言語明瞭な語り以外は聞き取りが無理になりつつある。補聴器を使ってもやはり解決しない。特にテレビドラマのつぶやき、そこに方言を使われると完全にアウト。聞こえるか聞こえないか、そして言葉を正確にキャッチできているか、結果、意味が分かるか。 一口に難聴というが、理解まで段階があることが体験的にわかった。解決策としては、聞き耳を立てる、途切れないように集中する、この二つが必要であって、漫然と聞いていてはコミュニケーションというのが成立しないことが今頃になって痛烈にわかる。ことは認知能力の維持継続、ひいては認知症への道筋に直結すると思われる。これはツンボさじきの世界が近いことを意味する…。日常生活に支障があると本人が訴えるのにも関わらず、医師は問題ないレベルだという。さあ、どうする (-_-;) ■12/24 時節柄、一年をふり返り始める 2025年、令和7年も残すところわずかとなった。折からの温暖さと雨で、苫小牧の雪はほぼ消えた。と、どんよりした天気に、この一年はと振り返れば思いは多々。忘れたいことよりも、慈しみたいことの方がずっと多いような感覚は良しとしたい。これも老化の恩恵か。なにより大過なく来れたことにまず感謝せねば。そして足らざることを省みてこれからの踏み台にしたい。 おとといの22日は冬至。季節はもうそろそろ折り返すが、このところの朝の薄暗さはちょっと滅入る。ああ日が長くなったという、あの明転の感じを早く迎えたいもの。厚い雲の上はいつも青空であることに思いをいたして。 そういえば、かつてはこの時期といえば小屋で「冬まつり」と称するひとり飲み泊をしていた。春まつり、秋まつりも節目らしく思い出深かった。冬至とクリスマス前後というのは季節の変わり目としては特に明白で、希望や再生と親和性が高い。古来、年始にかけて心機一転を誓うのも実に良くわかる。しばらくはこの情緒にどっぷりと漬かる。お酒もややゆるく。 |