晴林雨読願望
take /草苅 健のホームページ

 



勇払原野のコナラ主体の雑木林。ここは中下層をウシコロシの黄色が占めている

一燈照隅
雑木林だより

 新里山からの日常発信

地域活動15年の歩みとこれから

 勇払原野の風土を共有する

  

●コンテンツ一覧
●日々の迷想 2023 & 2024 & 2025
2021
first upload: Nov. 29 , 1998
last upload: Jun 07 ,2026



日々迷想

■6/07 初夏の白い花



数日前にウシコロシの白い花がデビューした(右)。今日は左のミズキが開花した。隣のミズナラやコナラは毛虫に食われて裸になっているときに、蓼食う虫も好き好きで、初夏を謳歌している。ミズキは晴れていれば恐らくカラスアゲハモドキが花の周りを飛び回っただろうに、あいにくの寒い雨上がりで残念だった。いずれも小屋の前の風景。

■6/06 AIはよき理解者か

周りではAIに模範解答を求めてみたという話を聞く。試しに当方も、当ホームページの今後について見解を聞いてみた。ほんの軽~い気持ちだった。だが、その問いに対して、制作者からみるとよくできた4ページのレポートがすぐに出された。生身の関係者からは到底聞かれそうもない、一見、的を得たものだったので正直驚いた。その1ページ目の冒頭が下記である。

『結論として、「雑木林&庭づくり研究室」がこれから目指すべき方向は、すでに草苅健さんが実践してきた“勇払原野の風土に根ざした思想と実践”をさらに深化させつつ、地域社会・次世代・環境変動に応答する形で“開かれたコモンズ”へ進化させることだと考えます。 以下では、あなたが苫小牧に住み、勇払原野の文脈をよく知っていることを前提に、現状の課題 → 目指す方向 → 具体的なアクションの順で整理します。

1. これからの方向性(結論)

①「風土の思想」を言語化し、共有財として残す ② 高齢化する地域社会に合わせた“無理のない雑木林管理モデル”を提示する ③ 気候変動・害虫多発(ナラ枯れ・食害)に対応した“レジリエントな林づくり”へ移行する ④ 庭づくり・雑木林づくりを“生活文化”として再定義し、次世代へ継承する ⑤ 個人の私的実践から、地域・行政・市民を巻き込む“コモンズのプラットフォーム”へ
これらは、草苅さんの「日々迷想」や地域活動の歩み(勇払原野の風土共有、雑木林だより)、そして全国的な雑木林管理研究の潮流(植生と土壌の相互関係に基づく管理手法)KAKENを踏まえた方向性です。…』


AIは結論として、勇払原野の風土論としてまとめ書籍化やアーカイブ化を進めること、市民参加の機会を作ること、さらに地域理解を深めるために地域と次世代に開く”風土コモンズ研究室”を目指すこと、などをアドバイスをしてきた。なるほど、と思わせるキーワードの選び方はさすがで、それだけ当方がそのワードを用いて発信していることの裏返している。そこに昨今のオールジャパンの雑木林管理研究の知見もプラスしてある。確かに面白く、かつ、よき理解者とか仲間を得た感覚がするから不思議である。

■6/05 スドキの壁紙



先週からパソコンの壁紙をこの山菜モードにしてなかなかいいなと思って、パソコンを立ち上げた際の束の間だけだが鑑賞していた。しかし現場の雑木林の春の深化は早く、先日はいたく新鮮だったのにもう古い感じがプンプンする。毎日食べた好物のスドキですら活きが下がったように見える。季節はまるでファッションのように常に先取りであり、思い出にはなじまないようだ。春のぬくもったある日から、あんなに重宝したフリースが急に疎ましく見えるのに少し似ている。

■6/04 開高健の『フィッシュ・オン』

いつの間にか歴史ものの固い本を読むようになり、SNSは正邪まみれた政治っぽい書き込みを読むことが多くなってちょっとウンザリしたころ、雑木林の小屋に寄贈した本の中から再びこれを取り出して、氏特有の言葉のきらめきと機知の別世界を楽しんだ。いつも通り、少しずつ楽しみながら昨日読了。

何かで読んだが、氏は出版の前あたりか鬱に悩まされていてモノを書くのを断っていた時期があったようだ。そのころだろうか、あの有名なベトナム戦記は1965年、69年に『私の釣魚大全』をだして、「釣魚大全」の著者・アイザック・ウォルトンを伴侶にして釣りを云々している。『フィッシュ・オン』はその2年後に出された。まだルアーを完全にマスターしたとは言いがたい段階で、無手勝流のなんでもあり、どちらといえば80年代のオーパシリーズの前哨戦のようだ。

それはともかく、氏の観察とボキャブラリーの結合こそ、娯楽としての読み物の骨頂といえる。小屋のライブラリーにはオーパシリーズも置いてあるが、あの厚く思い本はさすがに寝ながらは読めない。せめて1979年の『最後の晩餐』あたりかと思う。当方が「男の料理」に目を向けだしたのはこのころだったのではないか。浅野陽著『酒呑みのまよい箸』の世界に静かに迷い込んだのも発刊された1979年の翌年当たり。子供のころからの釣り好きの当方がルアーを始めたのも、カヌーの楽しみを知ったのもこのころだった。何かと多感だったろうこの時期に、その後の遊び、好みの進路が決まって世界が広がっていったような気がする。

■6/03 ナラの葉っぱが食べつくされている



今日の山仕事で、どうも風景がおかしいことに気付いた。新緑後に開葉はさらに進み林は次第に暗くなるはずなのに、明るくなっているのである。静川の作業後、よくよく観察してみると、新緑がことごとく食べられている。木によっては葉っぱが途中で枯れているようなものもあった。大島山林でも写真右のように、ナラだけが枯れたように見える。新緑早々、若葉が食べられることはこれまでもあったが、これほどではなかった。これはどうしたことか。

■6/02 神戸とのインフラギャップに

NHK-BSで新日本風土記を見た。国際港湾・神戸を前面に出した「おかえり神戸、わたしの母港」という副題だった。1995年の大震災は鉄筋コンクリートの近代都市があられもなく崩壊した姿に唖然としたのは忘れられないのだが、その2年後、訪れた時には少なくとも目抜き通りには残骸らしいものがほとんど残っていなかったことに驚いた。このスピードはどうしたのだ。元町で中華料理を食べながら、ナントモ、その変貌に再び唖然としたのだった。

リタイヤ後は、古い日本の歴史を体感するかのように、ほぼ毎年、奈良と京都を旅するようになったが、その際に利用するようになったのは神戸空港である。3か月前に予約すれば片道1万円ちょっとで行けて、どこへ行くのもわかりやすい。昨年、安来町の足立美術館と松江を旅行した時も神戸空港を利用し岡山までは新幹線、その後はJR特急だった。北陸にアクセスするより瀬戸内から中国山地を超える方がずっと行きやすいことを知った。空港からポートライナーに乗る20分余りの車窓の風景も、神戸という見知らぬ国際文化のにおう街の横顔を偲ばせて興味深い。

何より、歴史の浅い、しかし自然度は高い、誇張すればいまだ開拓期にあるともいえる北海道からみると、総合力として文化も街も近代的インフラという点でものすごいギャップのようなものを感じるのは当然だ。おそらく100年、いや1000年単位で歴史が違う。むしろそれが際立てば際立つほど、旅に来た感が募る。いつも、さすがだなあ、かなわないなあ、と思うのである。番組には5万人いるという神戸在住外国人も登場していたが、日本らしい本当の共生とはこれだな、と思わせる情景があった。

■6/01 脚立の恐怖克服法

春はオンコとレンギョウの剪定で毎年脚立に乗らねばならない。これがなかなか緊張する作業で、物置の屋根に上ってレンギョウの頭をそろえる時など、特に気を使った。何しろ、平地でも転びやすくなっているので、年寄りの冷や水そのものだ。ただ、恐怖のもとをたどると、脚立が倒れることと自分が落ちる可能性だ。そこで今年は脚立の折り畳みを伸ばして梯子にし、梯子を薪小屋の柱にロープで縛りつけた。

固定された梯子をつかんで昇降すると恐怖感が激減した。要は、捕まるものさえあればかなり安心なのだった。3次元世界で自由であるより、平面の二次元敵移動にすれば一安心、できれば自由度を棒状にすればさらによし、つまり点のようにじっとしていれば転倒の不安はない。この何でもない発見で目の前が明るくなった。オンコは梯子を枝の間に割り込ませれば固定できた。

こんな風にして、昨日と今日は自宅と隣家のオンコを剪定し、レンギョウの形を整えた。些細な春のルーチンをやり終えたことと、恐怖を克服しつつあることに人知れず達成感を味わう。おとといの山仕事もそうだったが、そんなことでもとても満足できることが幸せである。

■5/31 山椒の雌花



山椒の葉をおいしくいただく方法はないか。まず裏山に採取に出かけた。ネットであたってみると葉山椒の佃煮と山椒味噌があった。山椒味噌はすぐにできたが、佃煮がどうもうまくいかない。ぼそぼその口触りがいけない。もっと煮つけるべきだったのか、これは検討事項だ。注目したいのは山椒の花。写真は雌花で、山の宝石と称されるのは雄花の方である。雄花の花山椒はどうやら実山椒をしのぐ貴重さのようだ。雄花は葉が出る前というから、採取時期は微妙だ。第一、山椒の木を見つけにくいし、雄花は小さくて地味だ。ただ雄花の開花時期はおおむねサクラと同じ4月末頃と踏んだ。来期の山菜予定に大きくマークしておこうと思う。

■5/30 行政の刈払いが今年は早い



町内の庭巡り散歩が楽しい季節になった。個人の庭で今最も目立つのはやはりツツジだろうか。様々な種類のツツジが各々一斉に咲きだしていてボリューム感もさすが。これらが多いのは高齢者世帯が多いことの裏返しでもある。新築の庭にあまり花飾りや樹木はなく、むしろ人工芝が人気のようだ。メンテナンスを要するものは排されている模様だ。一言寸評すれば、味気ない。

ご近所では花飾りがポツポツと本番に入りそうだ。庭先、玄関先などに花飾りを見ると、町内へのメッセージが読み取れる。主役は主にややご高齢のご婦人たちである。1992年にはじまった Green Thumb Club (花のマチづくり研究会 グリーンサムクラブ)で表彰した、市内に在住していた100人の花の達人はその後どうされているだろう。

今年の異変は、道道沿いの市の緑道「こもれびの道」が 5/20 頃に刈り払われたことである。いつもなら夏の盛りころまで引っ張っていたような気がして、管理費がないんだろうな、と諦めていた。早々に刈り払われた芝生はさすがに爽快で快挙と叫びたい。この時期にするかしないかは、大違いである。

■5/29 新緑瞑想



地面に近いところで行う瞑想は格別である。暑くなく寒くなく、虫もおらず騒音もない。あるのは鳥の声だけ。こういう条件は四季の中でもあまりない。土地の産土(うぶすな)やあるいは something-great の気配を感じる短い時間である。簡単な手仕事を終えて食事をとらない昼の休みに、ふと座る。ひとりの雑木林ならではの至福。

ヨガでは梵我一如という言葉が使われる。思想家・中村天風師は、十分齢を重ねたら世間とよりももっぱら宇宙と語れと教えている。まさにそんな言葉も頷けるような旬なひと時。初めてのセルフタイマー自撮り(5/27)。

■5/28 歌に見る庶民の共感 50

生き物たちの動き活発である。昨日の雑木林は野鳥のさえずりがBGMのように心地よく、かたやでは切った丸太の上を何百匹もの毛虫がうようよいた。自宅では台所の換気扇に雀が巣を作ろうとしている。当座しのぎの簡単なバリケードをガムテープでしつらえた。生き物のさがに照らしてちょっとかわいそうだったが…。

食事終へ歯をみがかむと洗面所へ来れば右手が箸を持つてる  匝瑳市・Sさん
…老いの発見を楽しむかのようなトピック。右手に箸、なんてことはなくても類似体験は多々。老い自慢は最近多い。「あるある」を蓄積されると、認知症は病気でない、という結論になるのではないか。

行き先が異なるだけで用意するものは似ている旅と入院  坂氏・Iさん
…入院経験の乏しいわたしでもなるほどそうだねと合意。入院は歯ブラシ以外はすべてお任せになることが多いから、体一つということも。入院慣れされた方の投稿か。泊りがけの外食、という点では旅行に違いない。楽しいか、痛いか、つらいか、怖いか。

また一人影を消すごと来なくなる趣味の集いは明るくこわい  宇陀市・Wさん
…「来なくなる」はドキリ。怖いと表現されれば確かに。連絡を取り合うほどの関係でもないところが趣味の集いか。淡白はある意味で楽だが、当方はわりと入り込んでしまう方。

寒暖の厚き壁越え春は来る早咲きの花遅咲きの花  横浜市・Oさん
…途絶えることのない季節への感慨。草花はまず一番の使者だ。北海道のここでも今年は4月末にサクラが咲いたが、実はあれからひと月経った今、満開の別種のサクラもある。出遅れた昆虫の蜜源になっている。早咲き、遅咲き、自然の采配は絶妙。

わが歌を「これはいいね」と言ふ娘「老化防止に」とつけ加へけり  枚方市・Kさん
…言葉の取り方はかくも違うと笑みがわく。てっきり褒められたと喜んだのに、冷や水をかける、親思いの娘。これからはこの一見生意気な娘でも世話になろう、と。

特急が速度落とさず過ぎゆける小さな駅の町に老いゆく  新座市・Tさん
…世間が自分をパス、スルーしていくような日々。小さな町の片隅に平凡に生きてきた小さな自分。世間は特急のごとし、老いゆくの一言に寂しさだけでなく満足も見た気がする。

首周りにふとんをぎゅっと押し込んでポンと叩いてくれた母の手  ひたちなか市・Nさん
…あったあった。気恥ずかしいから目を開けないで気配だけ感じて寝たふりをした。母親だってつらい日々があったのに、こうして目と手をかけてくれる唯一のひと。

病床の人へ春をと言ふ吾子の願ひ叶へむふきのたう探す
…若い娘さんだろうか。フキノトウで春を連想させるのだから大人かと思えた。それを、子供と思えば、なんとけなげな、と連想させた。山菜で「土を喰らう」食養生、わが仲間なり。

母は笑いハンドル握ってポーズとる何枚も撮る返納の朝  上越市・Kさん
…結句の「返納」の2字をみて胸にジンときた。いずれ来る日ではあるが、乗りこなせるほど健康だった日々との別れの日でもある。精一杯の笑みのポーズで。

格下に押し出されたる大関の深き礼せり土俵下にて  太田市・Mさん
…心がやんわりしなやかに感じるのはわたしもだ。さぞや悔しかろうに、決して相手に感情を向けずに己の未熟を反省する。激しい国技だが、心は謙譲。

■5/27 サラリーマン時代の背広などの処分

少し身の回りの整理をしなければ、という見えない圧力を感じる。常識的な、という意味であり誰に、というわけではないのだけれども、普通に考えてももう要らなくなったものは譲渡し有効利用してもらうか、やむをえな変えれば捨てるのは当然ではある。断捨離という言葉を使えば、勢いもつく。本は少しずつ処分して、いざという時には選ばず捨てるだけ、という踏ん切りもついてきた。

放置してきたのは勤め人時代のスーツやジャケットなどである。クローゼットに吊るされたまま捨てる気になれなかった。ついにそれに手を付けた。もったいない。しかし再利用はあり得ない。街角のリサイクル施設に持ち込んだところ、居合わせた職員によれば使える生地は利用するがあとは焼却だ、と言っていた。分身を手放すような後ろ髪ひかれる思いを、これから何度か繰り返すことになる。捨てるというと恥も外聞もよくつかわれるが、これからは思い出も加わる。こちらは勝手に忘れるという防御装置のようなものもあって気づかぬうちにフェイドアウトだ。

■5/26 ハルシメジを食す



変な時期に出るキノコ。そんな風にみて手も出さなかったこのキノコは春を告げるという。春告げキノコはおいしいと言われると聞いたが、このハルシメジ、形や歯ざわりはなるほどシメジだが出汁はほとんど感じなかった。キノコの先生に可食と教えられて初体験、醬油味でまずは軽く煮込んでみた。可食キノコのレパートリーがひとつ増えた。土から氣をいただく食養生の立場からは、春の山菜のひとつに加えることにしよう。桜の木の根元に結構大量に生えている。

■5/25 瞑想という連帯

雑木林に来た人とひょんなことから瞑想の話になった。確か小屋裏にある「木になるベンチ」の意味を聞かれて「樹木と一体になるんですよ」と説明したのがきっかけだった。それからその方は、ダムから水がこぼれだすように魂の遍歴について静かに語りだした。そして最後に「こんなこと人にしゃべったの、久しぶり」と言った。そしてちょうどたどり着いた小屋前のテラスについて「これ、瞑想のために作ったんですよ。新緑のころの瞑想はすごくいいですよね」と言うとすかさず「うらやましい!」と返された。

瞑想に取り組む方は内観はもちろん外にスピリチャルなアンテナも伸ばしているのかもしれない。俗にスピ系と呼ばれるらしいこの世界は、時に怪しい宗教に入れあげている変人扱いもされるだろうから、めったに口外することもなくなるのだろう。しかし雑木林や湿原など風土と長年月向き合っていれば自ずと神秘体験に近い風景も見えることがあるし感じることもある。その世界を共有する人が今は周りにほぼいないことに、わたしも少し物足りなく思うことがある。しかし人はもともと神羅万象に大なり小なり感受性を持ちあわせているのではなかろうか。

■5/24 大相撲ロス

大相撲5月場所は若隆景の優勝で閉じた。力の入った取り組みが続いた一方で、土俵際の粘りが近年の怪我を生んでいるように感じている。昔の大相撲は、初代若乃花の打っちゃりはともかく、土俵際のあきらめはいまより微妙に早かったのではないか。

話は変わって今日の千秋楽は3時半からビールをいただいた。いつもより1時間以上早く開宴である。これがノーマルに戻るのはすこし寂しい。年6回味わう相撲ロス。

大相撲は去年のロンドン巡業に続き今年はパリ巡業。こんなレアなスポーツが、世界の花の都で毎年お披露目があるというのは日本文化への欧米の関心が半端でないことを物語っているようだ。ロンドンの力士たちの表情がとてつもなく明るく驚いた。

■5/23 小屋の春



誰かに見せてあげたい春の風景だった。ウグイス色の新緑を終えて緑が濃くなる5月末。小屋に隣接する
カラマツの保安林を今日は10人余りで大掃除のような除伐作業。マークされた枯れ木を処理するのは労働だが、風景を改善するのは自己実現である。



,
2025   こちら
2026の5/22以前は→ ここから