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2020年、日々の迷想


■2/15 「話が長い」苦い思い出
機知に富んだ素晴らしいエンディングで話を閉じる方々がわたしには天才に見える。しかも時間内でこなしていたから二重に羨ましい。森さんで始まった「長い話」にまつわる苦く恥ずかしい記憶が、わたしには満載で穴があったら入りたいくらいだ。限られた時間のなか、要領よく伝えないと他のスピーカーに迷惑がかかるという配慮が飛んでしまうのだ。まさか自分の体験や考えがよそにはない特別なものとうぬぼれているのではあるまいが、開会のあいさつで主催者側の都合でしゃべり過ぎるような、なんとも間抜けでアホなシーンばかり思い出す。ああ、恥ずかしい。件の言い方を使えば、老害と呼ばれることを、若輩のころから繰り返していたことになるのである。綿密な準備をしたときはほぼ完璧だったのだから、慢心というほかない。これからはもう人前で話す機会などないと思うけれども、もしあれば今度こそ、アホと間抜けにおさらばしたい…、などと考えるから、なおさら長くなるのである。ああ、これは重症のアホだあ。(-_-;)
■2/14 手入れしながら薪をとる手間

苫東コモンズの薪を焚いている人であれば大体ご存知のことですが、雑木林の除間伐をしながら発生する材を、家庭用暖房の薪に活用するのに、こんなに手間がかかるのかとびっくりするはずです。薪屋さんなら皆伐した林から買い取ってくるだけですが、林の手入れ作業の副産物となると、全く話が違ってくるのです。極めて効率が悪い。機械化する動機もないが資金もない。林の中にスノモで丸太を取りに行き、重い丸太を人力で積んで、降ろして、これから割って積んで1年積んだまま乾燥させる。だから近間に住む人々が手間を提供して成立する、自給自足型ローカル&超スモールビジネスで、採算性はなし。耳を澄ますと、特に薪の積み下ろし作業は不評で、苦情、辞退が続いています。そんななか、比較的若手のTさんが特段の奮戦をしてくれ、本番2日目を終えました。
■2/12 地域における女性の力
平成20年代の初めころ、勤め先の財団で、地域力とソーシャルキャピタルをテーマにする研究会をやっており、23年に『これからの選択 ソーシャル・キャピタル』という一冊の本にまとめました。大学の社会科学系の教授など研究者が中心で、全6章のうち、わたしが担当したのは末尾の5,6章でした。まったく専門外のわたしは、それでも特に身近にあるソーシャル・キャピタルの事例をコツコツと取材し、「女性力が開く地域新時代」など、女性というジェンダーへの視線を、種々、勉強しながら真剣に悩みつつ分析もし執筆したことがありました。結果、我ながら驚くべき結論に達して、しかもこのまとめは複数の学識経験者から身に余るお褒めの言葉も頂いたことを思い出します。
そのことを思い出しながら、今回の森会長の挨拶内容(ほぼ雑談)を読むと、ビートたけしが言う「男も女も間抜けなヤツがしゃべると長くなる」というただそれだけの話で、当の女性の少なからざる方々もそう言っていた、実によくある話であり、女性蔑視などとそう大げさに切り取ってあげつらうことではなかったと、わたしは直観しました。地域のソーシャル・キャピタルにとって重要・不可欠な担い手である女性(男には真似出来ない)という観点からみれば、是々非々で見ておきたいと思ったものです。しかし現実はメディアによって、否、と言えないような雰囲気がいつの間にか作り上げられて、庶民もつい自分の立ち位置をそんな報道の中に求めて、結局はドツボにはまってしまうようです。妙な時代になってしまったなあと痛感ているのは、しかし、わたしだけではないようです。

■2/11 土地、国有化への動き

土地や自然や風土が、いったい誰のものなのか、これはなかなか興味のある問題ですが、今日の新聞報道によると、所有者不明土地を国有化するという対策を盛り込んだ改正要綱が法制審議会から法相に答申されたとのこと。昨年7月27日、所有者不明土地について書いた記事の続きに当たります。私有財産や民法に関わる重大案件はかくも深く潜行しながら地味に表に出てきますが、この間官僚たちの諸手続きもさぞかし、と想像します。土地の問題をわたし風に「自然や風土は誰のものか」と置き換えてみると、これは住民の哲学の如何に関わってくるような気がしてなりません。
■2/10 “初期化対応ができれば何も怖くない”
昨日は Wifi ルーターが不具合を起こしその復旧にたっぷり時間をとられてしまいました。結局、最後はルーターのインフォメーションセンターに連絡をとって作業手順を指示してもらい事態を脱出しましたが、その時に表題の言葉を思い出しました。これはパソコンがとてもバグを起こしやすかった時代に、最終的にはOSを初期化する羽目になった時、当時のある同僚が呟いていたものです。確かにOSをゼロから入れ直せば問題は解決でき、昨日の不具合も基本は初期化からの設定でしのぐものです。 I T 初心者のわたしは目からうろこでした。ことは I T にとどまらず、ゼロからやり直す、出直す勇気と、いささかの知恵と基礎知識があれば、人生、折々、途が開けるときもあるもので、頭を切り替える意味は想像以上に大きいものだと再認識しました。
■2/9 今年の山仕事
雑木林の仕事の折々、雑談で固まってきた苫東コモンズの今年の予定をまとめました。風土と遊ぶ「山菜採り」がいやに多いな、と気づかれる方もいらっしゃるはず。しかし、B級の自然、わが勇払原野は、ウィルダネスだけでなく、山菜のパラダイスであることを素通りしてはいけません。宝の持ち腐れになります。
■2/8 欧州の都市林

ドイツ、フランス、イギリス、オランダ、フィンランドなど欧州の各地で、都市の身近な森林を歩く都度、美しさ、アクセスのしやすさ、そして広さにうらやましさを禁じえませんでした。しかし、このような森林行脚のおかげで、野幌森林公園や北大苫小牧演習林、そうしてわたしたちのフィールドである勇払原野の雑木林・苫東緑地も、なかなか捨てたもんじゃない、欧州にひけをとらない、と心底思えるようになりました。先日、苫東のアセスや景観形成などでお世話になった村野紀雄さんと、苫東の緑地保全の件でやり取りさせてもらううち、氏が30年以上前に単身で一か月にわたる欧州の都市林巡り(道の海外派遣事業)をした際のレポートを送っていただきました。野幌森林公園事務所に勤務していたころの話で、その当時も森林公園の管理などに関する文献をお借りしていたことを思い出します。緑への国民の思いは今、決してかつてのように熱くはありませんが、気の長い森林管理の試行と実践にあたっては、村野さんのような真摯な視点を持った経験豊かな方がいらっしゃるのは、実に心強いものです。
■2/6 手入れが進む里山の風景

強い日差しが射したり、雨が降ったりの立春前後、林の手入れは着々と進む。木口がすべてこちらを向いて作業の進捗を知らせている。そこに人のいる風景には感動すら覚える。
■2/5 確定申告
という「季節」
かつては属する団体・組織でしてくれていた年末調整は、勤め人生活を終えるといよいよ本腰を入れて自分で確定申告をせざるを得ません。今日は、医療費や寄付や原稿料など若干の収入の資料を用意して家人と税務署の設けた会場へ。以前も時々手にはしてきましたが、どうも苦手な手続きの一つです。職場では、大方の事務屋さんがこれをなんの苦も無くしのいでいるようなのを、我々技術系は見ていてうらやましいという人が少なくなかったようです。今回は e-tax の手続きもしたので来年からはいよいよ自宅で対応になります。確定申告も年賀状のような、いささか気ぜわしい季節プロジェクトになっている方々も多そう。その一方で、世の中は、I T 機器を使いこなさなければ立ちいかない時代になっていることを、改めて痛感させられます。
■2/3 コブシが膨らみ立春
10日前に、雑木林から拾ってきたキタコブシの花芽が大きく膨らみ始めました。ただそれだけで、春の兆しが感じられるようです。今日は立春。留萌など日本海側は吹雪模様のようですが、太平洋側苫小牧は−6℃の空っ風が吹いています。外はかなり寒く感じますが、こんな日は薪ストーブの威力や大。3次燃焼をさせながら部屋は26℃あります。








■2/2 雑木林でソロ泊していたころ

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ace-book からこんな思い出の古い画像が送られてきました。そういえばついこの前まで、勇払原野にある雑木林の小屋で、こうして独り泊まるのを季節の習いにしてましたっけ。特に冬まつり、春まつりと称して、雪景色のなか、小屋を熱すぎるくらいに温めて、ろうそくと薪ストーブの灯りで、ビールとワインを呑む。ただそれだけで眠るのですが、朝は羽毛のシュラフでも寒いくらいに冷え込むのが常でした。原野と雑木林とそこに生きるすべての生き物たちをもっとも身近に感じる時間でした。写真右は窓の外の薪の上で冷やした白ワインか。
■2/1 ねずみ捕り

昨年の年の瀬あたりから、野鳥のエサを入れた袋が破かれ、正月には農薬オルトランも齧られ、大量に散乱したため、よしこれは駆除せねばと立ち上がったのが1月6日、かつて設置一日で捕まえたことのあるネバネバのネズミ捕り「ねずみホイホイ」をかけました。ところが、室温で組み立てた際にはあれほど粘着力を持っていたホイホイは、その後の寒の入りになって粘着度を著しく低下させ固化してしまったようで、写真のように足跡までつけられてしまいました。ネバネバの上を自由に動かれたら、わたしの行為は「餌付け」になってしまいます。ここで、設置3週間目にして、「はせがわ機械さん」からエゾシカの冷凍脂肉をもらい、最も信頼のおけるオーソドックスなネズミ捕り器を設置しました。さすがです、翌朝、本体18cm+しっぽという大きなイエネズミが掛かって、バタンと落ちる扉に挟まれて凍死していました。入りきらないほど大きかったことになります。こういう時、雑木林の藪はありがたいものです。隣の町内の藪の雪面に、トビやカラスに見えるよう置いてきました。ネズミは食べ物がなくなると、靴やププラスチックなどなんでも齧るため、釣りのネオプレーンや山仕事の安全靴も狙われます。だから早々に駆除しなくてはなりません。それと疫病対策もあります。これでひとまず安心ですが、複数いる可能性も否定できないので、あと2,3日はかけておくつもりです。
■1/31 季節を楽しむ

1週間前の山仕事の帰り片づけられた枝の先にふくらんだコブシの花芽を見つけたので、一枝を折って窓辺の花瓶に挿しました。こうすると、春を待つ気分がいや増すのです。また、昨年7月18日に採取したハスカップを8月末に播いた、あの実10個から、ざっと30ほどの芽が出て現在よく伸びて、いや、なんとなく生きています。肥料は与えていないものの、この伸びの遅さは、地質年代を生き延びてきたハスカップの秘密が隠されているのではないか。たとえば、条件が整うまでは休眠したままでいること、発芽しても急いで伸びたりしないで環境が変わるまで待つ、などです。これらも私と勇払原野をつなぐ糸のようなものでしょう。
■1/27 山岳雑誌『ケルン』

1933(昭和8)年に始まり、5年後60号で廃刊になった山岳雑誌「ケルン」。90年近く前のその復刻版全10巻を読み始めています。思えば、独身時代の最後のころに10万円で入手し、結婚後もローンを払っていたために家人に何かと糾弾される代物でした。それをゆっくり開く気持ちの余裕を得て、やっと腰を据え向き合いました。昭和8年と言えば日本に国立公園が生れ、志賀重昂の「日本風景論」や小島烏水の「日本山水論」などが出た頃で、人々を鼓舞するような時代背景のなか、「登攀記録、岳人紹介、山岳研究、随想、生物・気象などの自然研究、文学など」が投稿され、昭和13年60号で惜しまれながら廃刊になったもの。朋文堂の発刊で、復刻はアテネ書房。各編に流れる山や自然に対する敬虔さと文章の格調の高さには、思わず目を見張らざるを得ません。今日読んだなにげない、加藤文太郎の単独行の紀行をみても感性の新鮮さに読むのをしばし中断しました。そして、廃刊には編集部がこんな一文を寄せているようです。「支那事変起きてよリ本務は繁劇化し、『ケルン』に割きうる時間は激減した。今や近い機会にこの情勢の転化を見難きことが明らかになった。国はあげて長期戦下にあり、時局と共にわが山岳界の生長層が雌伏期に入ったこともピリオドを打つ上での一つの認識である」。1世紀ほどまえの先人の謦咳に触れ、ページを開くことにしり込みをしている自分がいます。
1/28追伸: 山のエッセー、紀行、省察はなぜか、昔から大変惹かれて読んできたのですが、特にケルンの格調は別格に見えます。それは書き手がすでに、人々の中の高みにあり、いわばこの雑誌そのものが「高い山」になっているからだ、と気づきました。桑原武夫、今西錦司、三田幸夫、松方三郎、西堀栄三郎、中谷宇吉郎、尾崎喜八などが並び、北海道の山関係者では加納一郎、坂本直行、伊藤秀五郎などAACH(北大山岳部)の各氏が名を連ねています。パラパラ読み進んでも1年で終わらない予感がします。

■1/25 薪の炎と似つかわしいのは、おしゃべりの対極にある
最近、「魂のタキ火」なる番組をタイトルに釣られて2度見ました。フジイフミヤとか宮本亜門などが焚火を囲んで語り合うもので、直観的に、ミスマッチだと判断しました。小道具として焚火はいろいろ使いではあるのはわかりますが、基本、「能弁」「おしゃべり」とはあまり合わない。だから道具立てとして間違いではないのか。親和性が高いのは「沈黙」「寡黙」で、コーフンとは合わないのだ。以前、雑木林の風景が見たいというので案内した客人が、林に入ってもずっと関係のないお喋りばかりしていて、げんなりしたことを思い出しました。それも一度や二度ではないのが面白いと思います。コーフンと寡黙。きっと、なにか大事な意味が隠されているはず。
■1/23 ふだんの山仕事とは

東京などでは4,5cmの雪が降るので対策を!などと予報されている厳冬期、勇払原野の雑木林では、写真のような山仕事が淡々、粛々と行われている。総勢11名。左は、なかなか達成感の得られない骨の折れるツル伐り、右はかかり木を大とびで引きずって片づけている所。
■1/22 庭のエサ台、やむなく撤去す

1/11 に書いた庭のエサ台の続報ですが、余りに無様なので程なく強力なナイロンのネットを用意して、写真のように囲い、スズメたち小鳥が入れるような小さな入口を数個もうけ待つこと3日。ところがスズメたちは、警戒して入り込まず、主の良かれと思った手仕事が不発に終わりました。そこでちょっとだけ穴を大きくしたところ、今度はすかさず、鳩がさらなる大群でやってきて無理やり入り込み占拠するようになりました。鳥に対してわたしより凶暴な?家人が追い払っても逃げません。ちょうどその頃、鳥インフルエンザのニュースが飛び込んで、家人は全面撤去を主張。しかしなんとか群がるのは小鳥だけにしようと、吊り下げ型2本に変更しました。大分前、千歳の蘭越にあるレストラン・ミオンでは、エサ台を大きな鳥かごに入れていました(写真右)が、あのようにして welcome モードをアピールするか、十分時間をかけて学習させないと、小鳥だけのエサ台は無理かなあ、とひとまず断念です。ヒヨドリやレンジャク、ツグミの大きさまで居間から観察したかったのですが、これは林に出かけることにしましょう。
■1/21 大寒と暖房と熱源
昨日 1/21 は24節気の大寒、72候ではフキノトウの花が咲く頃とされます。折からのこの寒波で全国的に電力の需給が98%などとひっ迫しているとのこと。特に本州では暖房に電気を使うせいでしょう。また太陽光パネルなどの発電量が落ち、気象に左右される再生可能エネの弱点が露呈することになりました。電力各社はLNGによる火力発電に力を入れているものの、中国や韓国との競争でこれは原料不足。もう少し原発を稼働させておくべきだ、との意見が聞こえます。電気という高次のエネルギーを暖房に使う勿体なさ(無駄)はともかく、もしかの時のためにエネルギー源はできるだけ分散しておくというのが重要だという鉄則がクローズアップされます。暖房が途絶えたら、寒冷地は「死」に繋がります。エコ先進地スウェーデンでも数年前の停電で国民生活に大打撃を与えたのを教訓に、「脱原発」の方針をやめた、というのがそれを証明しています。逆に言えば、薪のような身近な原料から、もっとも原始的な熱エネルギーを取り出す意味は、俄然浮かび上がってきます。しかし、買えば高い贅沢品であり、かと言って自賄いを実践するのは、言うは易く、行うは容易でありません。北海道の薪ストーブ愛好家は、今、そんな思いの真っ只中に居ます。そしてわたしたちの山仕事は、今が本番。
■1/19 薪の愉しみ、ゆらめく炎
拙宅の薪小屋をのぞいた近所の年配の女性が、「今年はハカイクっしょ?」と言います。「結構、冷え込みますから」とわたし。確かに年の瀬あたりから、薪の減り方が早いような気がします。この薪、早朝の焚き付け時や、家人が出かけた一人の時間に、ストーブの炎を見ていると、まさに独りであることをひしひしと感じさせます。炎は人を回想や内観に引き込むのではないでしょうか。そんなひと時、たまにオーロラのようなゆらめきに出会います。

■1/18 災害文学『方丈記』
を読む
阪神淡路大震災から26回目の追悼の日をはさんで、何度目かの『方丈記』を開いています。浅見和彦氏の解説を聞いて後、鴨長明の魅力に目覚めもしました。「ゆく河のながれは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。・・・」。この出だしで始まる文節の響き、意味とも、どうも今までとは違うのです。浅見氏のいうように鴨長明は「この世にとどまるものはない。・・・人間も住居も、すべていつかは消え果るものである」というのですが、長明が生きた約800年前、時代は、天変地異や疫病に見舞われ、戦が絶えず政情も不安定な、まさに厄災の連続で、大火や地震、辻風(おそらく竜巻)、飢饉(京都界隈だけでも4万人以上が餓死)、遷都など五大厄災が続くのでした。このようななか醸し出され、中世の特徴とされる無常観は、地震の多い、モンスーンの島国日本が持っていた必然だということに、この歳でやっと実感が切実になってきて、文明の進んだ現在と大きな違いがないことにも気づいた、ということでしょうか。文章の美しさもさることながら、長明の選んだ出家遁世、草庵の生活という生き方が少し共感が持てるのは、自分が終活を始めなければならない立場になった証のようです。
■1/16 林を巡ると

雑木林の除間伐に並行して、風倒木のマッピングを始める。これまで管理してきたフットパスを巡りながら、その位置をおとしていく。雪のある時期に、伐倒と玉切りができれば、春には搬出して薪に利用できる。除間伐はそのうち風倒木処理に替わるときが来るかもしれない。それだけ大木になって倒れやすくなっている。
■1/15 日本ファーストで
米国はトランプ政権になってから保守とリベラルの対立を軸に、政治バランスがかつてなく暴露されてきました。政界の腐敗、公然と選挙不正が横行して、かつメディアが無視して報じない国情も驚きです。ネットニュースしか真実は発信されていない感があり、目を凝らし耳を澄まして世界中が米国型民主主義の行方を見守っています。ともあれ日本はどうか。心ある人々は既存メディアと距離を置きつつ、日本の国益を棄損しない方向と言動に注目しています。国を任せられる方も大変でしょうが、任せる方も「もしもし、大丈夫ですか~」と呟かざるを得ないシーンが多いこの頃ですねえ。
■1/14 林真理子氏の対談を聴きながら

若いころ、「笑っていいとも」でよく茶化されてムキになっていた林さんは、名だたる文学賞の選考委員になったり、今や文壇の大御所と言うべき位置にいる。連載しているエッセーは大体都会のどこにでもありそうなおばさんネタだが、お茶飲みながらくつろぐ時などわたしにはちょうどいい。だが彼女の庶民的な低い目線はしっかり世間を見ていて、最近の美輪明宏氏との対談も、先輩を丁寧に立てながら面白かった。大意を紹介すると「スマホで知識を得るのは自分が卑しくなった気がする」(me too)、「まともな人は他人の悪口を言わない」(それが望ましい伝統的日本人の美徳)、「夜中にSNSで他人の悪口を書き込みをして貶め満足している人は所詮ろくな人でない」(最近特に目立つ)、などなど。「LGBTへの今日の理解は美輪さんあってこそ」とも言っている。SNSの一部は、相手が首相であれ誰であれ、匿名で自分を横並びにおいて罵ることのできる道具に成り下がった。「あんたはなんぼのもの?」という美輪氏の視点もオーソドックスで好ましく思えた。分をわきまえない無作法さは国会議員の質疑などにも表れ、世は虚ろなパフォーマンスに血道をあげていると言えなくもない。なんとか振り向いてもらい、認められたがっているのだろうか。

■1/11 無手勝流の鳩バリヤーや、いかに

ペットボトルを利用した吊り下げ型エサ台は一つでは物足りないし、二つでは小鳥の数は楽しめるが種類数のわりに餌代ばかりがかさむ(写真左はそのひとつ)、そこで今シーズンは右のようなオーソドックスなエサ台にしたのですが、これだと鳩が入ってきて占拠します。最初は2羽だったのが友達を呼んだのか、6,7羽に増えて、さらにこのまま増える可能性は否定できません。その間、スズメを主とした小鳥たちはレンギョウの藪で、じっと待機。これではいかがなものか、というので、テープでブラインドを試みましたが、それは鳩には全く効果なく、端材を打ち付けて当座しのぎのガード、それでもしっかり入り込むので、さらに段ボールをホッチキス止め。その結果がこれで、見るも無残なエサ台になってしまいました。
また、物置においた野鳥保護連盟の餌とヒマワリは、いつの間にかネズミが侵入したとみえ、食べ殻が見えたと思ったら、餌を入れた段ボールをかじって袋をこじ開けて食べ始めました。これはまずい、とネバネバのトラップをふたつセットしました。かつては翌日には生け捕りになったのですが、これが、もう4日目になるのにまったく掛かりません。さて、どうしたものでしょうね。


■1/10 書状をしたためる贅沢な時間

昨年、郷里の義姉が他界しましたため年頭のご挨拶を失礼しましたので、松の内が開けると同時に寒中見舞いを書き始めました。近年は年代がそうさせるのか、「来年から賀状を失礼する」というたよりが増えましたが、わたしは逆に100枚余りに減った年賀や寒中見舞いの書状を、先方を思い浮かべてビールやワインをいただきながら、ひと言を書き入れるという至福の時間を味わっています。作家の池波正太郎は、翌年の賀状を元旦早々から書き始めた、というエピソードを聴きました。気持ちはまさにこれです。ひと言で済まなくて、はみ出してしまう絵葉書など、素敵じゃありませんか。あんな風にありたいと思います。立春まで出せばいいというのもゆとりそのものです。一方、1/9は雑木林の初仕事でした。

■1/07 自己肯定感
森林セラピーに関わっていたころ、木に凭れて時間を過ごすワークショップで「今のままいいんだよ」という声が聞こえたという話をよく聞きました。一種の自己肯定感です。内観する時間に生まれる魔法でしたが、かつては祖父母が日常的に孫に送る「お前はいい子だ」というメッセージもこれに代わるものとわたしは見てきました。月刊誌「致知」2月号で、自虐史観の歴史教育と闘ってきた二人の教育者が子供たちの心の土台として正しい歴史教育を進めていくと自己肯定感が増すこと、この先生の歴史講座を、対人関係の問題を解決するセラピストが受講しに来ること、などの体験を対談の中で話しています。日本人が今でも掛かっている東京裁判史観では、自国を否定するドツボから抜け出ることは至難ですが、自己否定の根っこは、誤った史観を子供の時から教え込まれて信じ切っていることに尽きます。えらい、罪深いことを戦勝国の米国、連合国側に仕組まれたものです。このことに自分で気づいてここから立ち直ることは本当に難しい。かくいう当方も、読書などによってこの呪縛から逃れるためにずいぶん年月がかかりました。が、今、教育現場で戦っている先生方がわずかでもいて、子供たちのために奮闘されていることには光を見ましたし、救いを感じてしまいます。

■1/05 日本の風景、もう少し

24節気の季節ごよみは実に良く北海道にもあたはまるのが不思議。今日は小寒。寒さ本番とのご託宣通り、このところ毎朝-10℃を下回ります。昨日に続き、印象に残る歌壇の医療ケア3首プラスしましょう。
デイサービスフィリピン人の職員が誰か故郷を想わざるに泣く(2020/12 青森Yさん)…戦地に送られたというこの歌。士気が下がると懸念されるほど日本人の琴線に触れた。意味が分かれば異国の人の涙も誘う。
留守番の夫の話でもりあがる午後の病室秋すみわたる(2020/12 神戸市Mさん)…選者は夫の軽い悪口で盛り上がったと読む。目に浮かぶ。結句で夫との絆の固さも匂う。
われの手を握り励ます看護師の言葉やさしく瞳は美(ほ)しく(2020/12/牛久市Fさん)…男性が女性の看護師さんにこんな言葉態度で応対されたら涙である。立場替えたらできるだろうか、と。

■1/04 歌に見る日本の風景
読売歌壇俳壇を毎朝、何首か音読します。その作品ごとに風景が頭に浮かんでシーンが変わるから、頭の体操、いや情緒の運動にもなっているようです。感性の、と言ってもいいかもしれません。
後ろ手を組む齢となり雁渡る(2020/12君津市Kさん)…いつの間にか後ろに手を組んだ方が自然で歩きやすい。家人は年寄臭いから止めろというが。いいじゃないの、年寄なんだし(-_-;)
遠ざかるパトカーみたく母親に抱かれて外へ向かう2歳児(2020/12名古屋市Kさん)…通勤時代、JR千歳線の電車でむずかってなく赤ちゃんをすまなさそうにデッキに連れてきてあやす母親。魔の2歳児をテリブルツーと呼ぶらしい。「気にしなくていいよ、泣くのは赤ちゃんの仕事だから」。わたしもいつもそう声をかけたくて。
年賀状今年限りと決めたればつぎつぎ浮かぶ御無沙汰の友(2020/12横須賀市Kさん)…この頃は関係が終わらないのも不自然、と思いつつ、まだ継続中。しかしながら少しずつ、去る者は日々に疎し。

■1/03 源氏物語、その後
昨年9月からポツポツ読み始めた源氏物語(角田光代訳)は、上中下3巻の中過ぎ、450ページあたりに差し掛かりました。源氏物語でもっとも標高が高いとされる三十四、三十五帖「若菜」を終え、柏木に入ったあたり。光源氏が柏木と女三宮の密通を知り、一方、紫の上は病にかかり一命を取り戻したものの、しかし、きらびやかな光君の運命が崩れかけていきそうな下りです。その人間模様は各帖の初めに示される写真のような系図を何度も見返してたどりながら、ようやくその複雑な関係性を頭に入れて読み進んできました。作品を論評する素養は持ち合わせておりませんが、一言感想を述べれば「驚き」の連続です。描かれる人々はいつも「心を痛め」「涙を流して、泣き、袖を濡らし」てばかりです。1000年をさかのぼった日本の花鳥風月と人々の心理、情けの一端を、手に汗を握る思いで懸命にたどっているところで、見事というしかありません。まさに国の誇りと言えましょう。残すところあと900ページほど。

■1/02 しめ飾りと結界

年末28日に今年もシンプルな「ごぼう」を挙げました。各地で地方色豊かな注連縄ですが、「ごぼう」を初めてみたのは伊勢で、彼の地では通年これを軒に下げているようでした。大晦日のラジオ深夜便はデザイナーの森須磨子さんが注連縄のデザインについて語っていて、注連縄とは本来、家の周りを結界で囲って「年神さま」が降りるためにしつらえるもの、と定義しました。それをシンプルに玄関などにまとめたのが「しめ飾り」というわけです。北海道は稲わらのなかった時代、湿原のスゲが使われ、岡山では畳のイグサだったとか。年神さまが拙宅にお降りいただけたか定かではありませんが、スズメたちがエサ台に降りる前に、日に何度もこのレンギョウとイチイの藪に潜ります。邪気のない小鳥たちの行動は、見ようによっては小さな自然神にも思えてきます。

■2021/01/01 太平洋の初日の出を献上します

新年明けましておめでとうございます。日の出予定時刻の少し前、自宅から南へ1.5kmほどにある有明の海岸に行ってみると、例年よりもずっと多い人々が初日の出を待っていました。そこには、何か、庶民の心の奥底に宿る祈りのようなものを感じました。たった一日違いの初春を寿ぐ、こんな心のありようは、八百万の神々や土地に住まう神々と和み励まされつつ生を得てきた、日本人の共有するところでしょうか。旧年を離れ、けがれなき新年へ。今朝は、昼前に届いた年賀状のそれぞれに記された「ひと言」を、ゆっくりと玩味しながら、全国の友人知人のコロナ禍の今に思いを馳せる幸せな時間を過ごしています。今年もどうぞよろしくお願いします。