親しむきっかけを探す知恵

NO.116
2021/10/02~

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ものごとは、その後の展開を暗示するはじめの頃に、重要なきっかけがある、そしてそれはしばしば感動ではないか、と想われる節があります。つまり、入口は感動ではないか、と。

たとえば雑木林にしても、美しい雑木林の新緑や小径と出会えば、きっと雑木林のファンへの一歩になりうるでしょう。そこが清々しい、胸が膨らむ、イヤシロチの雰囲気を持っていたりすればなおのことです。

小鳥を手に乗せるのが幼いころから夢みた人は、かつての苫小牧演習林の小鳥スポットで、何種類かの小鳥が手に乗ったときの驚きと感動で、この環境は大事にしようという気持ちが心に芽生えることは容易に想像できますし、早春の夕方、ウトナイ湖に戻るマガンの幾つもの大編隊を眺めれば、ああ、わたしたちはこれらの生き物と風土を共有しているんだ、これからも共有せねば、と自然に思えてくる・・・。

放置された湿原や萌芽再生林でも、小さくてもちょっとした高みや展望台から俯瞰したり、細くうねる川筋をカヌーで下ったりすると、千年、万年単位の地質年代に思いを馳せ、自分の住む土地への愛着がぐんと増すこともわたしは経験しました。釧路湿原は実に素晴らしいロケーションに絶好の展望台がしつらえてあり、霧多布湿原では草花と広大さに触れる木道が繰り返し更新されている・・・。

自然の大切さや多様性が巷間取りざたされる割に、人々の自然との関わりは停滞しているとすれば、きっとこのような感動やきっかけを作る、入口の仕組みが不足してはいないか。無理やり水を飲んでもらうことはできませんが、自然や風土に数歩近づくそんな仕掛けが配慮されてあるかどうか・・・。あるいは、人の自然への傾斜を阻害するような社会的要因、世の中の構図はないか?

雑木林の魅力をもっと前に、と心がけたつもりでも、なかなかそこに到達できない非力さを思い知ります。と同時に、大金を投入するインフラではない、里山的な営みにこそ継続できる求める姿がありそうな予感だけは、変わらずにあります。




「風土」に向きあった暮らしと旅行

2021/11/29 mon くもり 3℃

●雑木林で風土を考える


自分の持山や居住まう地域(勇払原野)で、林床の草木を観察し、春秋の山菜を満喫して、イヤシロチ(弥盛地)を目指した雑木林の修景のために、除間伐の選木などをしていると、仕事の場やかりそめの居住地というステージを遥かに超えたある存在に気づきます。目の前の生物や地面を突き抜けた、「あるもの」です。

湿原を長靴に水が入るのを心配しながら漕いでいるときなどは特に、「あるもの」に捕まって(魅了されて)人質になったような錯覚すらしたものでした。その代り、何かがいつもそばにいるような感覚、人はこれをしばしば神秘体験と呼ぶようですが、まさにそれに近かったようにお覚えています。これはここの土地の神「産土(うぶすな)」という存在なのか、としばらく後で気づきました。

あれから半世紀近くが経って、今、やっと和辻哲郎の言う「風土」の末端にあたる、土地の自然という「現場」に齧りついている虫けらのような存在(和辻らは俯瞰する哲学者、こちらは市井の実生活者)が頭の中で図式化でき、その位置づけを、なんら否定的な意味でなく、すんなりと受け入れることができます。

●オーギュスタン・ベルクの風土学

オーギュスタン・ベルクは、和辻哲郎の『風土 ~人間学的考察~』に出会って、冒頭の一行目に出てくる「人間存在の構造契機としての風土」という言葉を、本当に理解するまで何年もかかったと告白しています。

自然環境という客体、そして人間という存在、そのはざまに物理と感性を織り交ぜた世界があって、その関係性のとらえかたについて西欧の自然と文化の二元論を批判して、日本でいう風土に注目しました。和辻の「風土」に触発され、日本や中国のフィールドワークを経ながら独特の人間学を打ち立てた、とされます。

そのなかで特に北海道開拓において、日本の(本土)文化はどのように関わり、どう理解されたか、を丁寧に探っています。名著『日本の風景 西洋の景観、そして造景の時代』で、流氷の来る土地でコメを作っている北海道を、象徴的に表現しています。

わたしは、この北海道という風土を料理するのにまだ解決策を持たなかった明治政府は、米国からケプロンなどの農業技術者を呼び、鉱山開発ではどこそこ、あるジャンルはどこそこと招聘元は多岐にわたりますし、本州ではオランダの技術者から河川工学を治水の実践で学んだようです。言ってみれば、未開の大地、蝦夷地を近代的な土地に改変する「インフラ技術」を学んだことになるようです。あくまで現実的な環境改変技術です。

その時、森林の扱いをドイツ林業に学んだことはひとまず置くことにして、欧米の技術で、自然環境との折り合いを模索したことは間違いないと思います。

●勇払原野をどうみるか

風土哲学を云々する知力も考察力も当方は持ち合わせていませんから、これ以上あげつらうことはできませんが、この半世紀、勇払原野の自然環境にただただ愚直に付き合っている間に、この地に定住する一人の生活者として、自然環境を透り抜けた、その向こうにある、土地の方向性とか必然とか地勢のようなものが、この土地の深層に感じられ、知覚し言葉にするかはともかく人々は向き合っているのではないか、と考えるようになってきました。これは先の産土よりも少しだけサイエンスの匂うものだったかも知れません。

だから、初めて勤めに着いた不動産業(実際はその中の緑地造成や管理でしたが)という20年余りの年月も、ボランティアで関わったそのあとの20年余りも、「営み」としては極めて表層的なモノ、言い換えれば「旅人的な」付き合いというものが現実に存在すると考えるに至ります。土地につなげている「仕事」が終われば、人々はより便利で、気候も良い、縁の深いそれぞれの土地に往々にして移動していくのです。

土地に人々が住む動機は二層あって、丁度縦断の断面を想定することができます。上の層は通常、「経済」と呼ばれ、下の層は「風土」とわたしは呼ぶことにしました。人はどの層に根を張って生きていくのか。定住という言葉には、その経緯を含む、感性とも関連する複雑な一面を持っています。

和辻が提示した「人間存在の構造契機」を構造的きっかけと言い直し、風土を行動的契機と読み直してみるときに、(環境決定論には種々批判があるとしても)やはり産土と親和性のある宗教的動機に近い不思議な引力があるのではないか、と想像します。

●旅で見直す風土

先日、首都・東京で、明治の復興と天皇の功績を祝賀し祈念する明治神宮の100年の植生に直に触れ、多摩川沿いの洪水被害を被ったタワーマンションの一帯で二夜を過ごし、勇払原野と気候の近いとされる浅間山のふもとに出るという小さな旅行を通じて、自分の「地方に住む意味と動機」というこだわりが、和辻の「風土」、そしてベルク博士の「風土学」と、どこかで微妙につながっていることに気づきました。こんな旅行は実にいいものです。

ベルク博士は、流氷とコメの北海道を研究するため、札幌に居を構え北大の教養学部でフランス語を教えながら、研究生活を送っていたのではないか。その時わたしは1970年代の前半、教養の2年と、落第再履修の3年目に、このベルク先生のフランス語を聴いていたのです。

またまた推測ですが、ベルク博士は北海道開拓の「土木技術」の経過と変遷について、農業土木学の泰斗・梅田安治北大名誉教授に教えを請い、先生も北海道の風土の捕らえ方や農村景観についての知見を披瀝しながら交感し深められたのではないか。これまで先生から伺ったお話をつなぎ合わせると、どうやらそんな光景が想像されてきます。

苫東コモンズの会員としても高い視座からサポートして下さり、里山的営みについて理解を深めさせていただいたその先生が、現在も精力的に北海道農業と農村と文化について、多くを発信されているのは心強いところであります。

また、先生を通じて、来るべき循環型社会を描く『水の星を生きる』などを上梓された船木幹也氏と繋がり、時を待たずに氏が苫東コモンズの薪会員になられて薪割りの手伝いなどに来られていた、というのは偶然よりもはるかに強いきずなのようなものがあったと想わずにはおれません。船木さんは遠浅に薪暖房のテラスハウスを創れないか、そんな夢を持たれていました。

結局、力不足でまとまった話にはたどり着きませんでしたが、この歳になっての旅行というのは、移住の新天地を探すべくもない、自分のいる風土と、お客として訪れる土地の風土を、風景や文化や食や人、すべて丸ごと堪能する妙味に溢れていると感じられます。そのためにも、居住まう土地に思いのたけ耽溺する意味というのは大きい、という気がしています。


今季の選木も始める

2021/11/27 sat 晴れ 0℃
abe-aki urabe kusa kawai-family? tomi-k&m wada migita ya-taro seki = 12 persons

■選木を始める


毎年、雑木林の保育を始めるスタート時に思うこと、それは、薪ストーブのある暮らしをするものにとって、自賄いする薪を、林全体をくまなく歩き、見て、木を選び、伐倒をする段階から手をかけることができる幸運である。ひょっとして、雑木林との付き合いのなかではもっとも充実している時間かもしれない。

今日の作業は、一体、この冬の除間伐ゾーンに、十分な対象木があるのか、奥の沢までどの程度のスペースがあるのか、もう一度確認するため、午前中一杯はurabeさん、ya-taroさんと3人で、ピンクのテープをつけて回った。

結論は大人十数人が取り掛かるのには、ほぼ十分な面積と量である。ツルや枯れ木も少なくない。午後は、わたしたちがご神木とも呼ぶシンボルツリーのドロノキの、背後にあるエリアから廃屋にかけてテーピングした後、軽トラで風倒木のありかを巡って、目印をつけた。これはまだ終わっていない。




林には、あまたの倒木と傾斜木がある。非生産的なこの作業は、リハビリ中のわたしの出番かな、などと想像した。4枚目の写真は手入れの終わったエリア。勇払原野の若い雑木林のイメージだ。

ya-taro さん撮影の、urabeさんとわたし

■テントの浸水防止工事



週の初め、休日の11月23日にya-taroさんは薪ヤードの点検と薪積みに来た。丁度、migita-seki のお二人が、なにか、テント周りの作業中だった。(以上はya-taroさん情報)

懸案だった「テントの雪解け水浸水防止工事」である。

今年の2月中旬ころから、写真右のように雪解け水がブルーテント内に染み出てきて、長靴をはかないと歩けない条谷なり、結果、ストーブ脇の最も低くなったあたりが最も深く水がたまった。そこにオーガーで穴をあけ、土壌凍結の層の下に水を浸透させることとなった。

が、根本的な解決にならなかったため、今年は降雪前に、あるいは少なくとも土が凍る前までに、工事を施そうということになっていた。

わたし 「みんなでスコップ持参し、来週でもやりましょうか?」
右田氏 「いや、トラクターで溝を掘って落ち葉を敷き、埋めときますよ」

これが先週末のわたしとmigitaさんの会話だった。コモンズには河川工学の大家もいらっしゃるから、今年以降は万全の対策が取れそうだ、と基本は楽観している。ひとつ気がかりなのは、溝の流末を、低みにつなぐ手間はいらないか、という素人の心配。河川ではなく、農業の灌漑の分野だろうか。はて、どうなるか?

■丸太の盗難

あさ、テントで除間伐エリアについて3人で打ち合わせをしている所へ、育林コンペで作業中のtomi-m さんから携帯で連絡があった。育林コンペのゾーンで先週伐採した丸太が、盗まれている、ソリで運んだあとがあり、犯人と思しき車はX-TRAILだった、とのこと。その後のtomi-k さんの補足によれば、小屋の前とKAI さんの分はセーフだったとのこと。

すぐ運べるような状態にしない(残すなら丸太で)、玉切りしたらすぐ運ぶ、これが原則になってくる。大島山林の薪ヤードは、その点、衆人環視の貴重なヤードになる。角地の見苦しい産廃風景も、arakiさんの利活用で大分緩和されたので、帰途、ご主人の「森の床屋さん」に挨拶。12/4 に手直しする予定。




全員野球とトロイカ方式

2021/11/20 sat 晴れ 気温は5℃くらいか
abe-aki abe-e urabe-h&t oyama kai kuri kusa kawai-h&m naka-f&s tomi-k&m migita wada ya-taro
= 17 persons

■自分の山で仕事する

今年から、苫小牧市静川の平木沼緑地で進めている育林コンペは、従来の8ゾーンから2ブロック追加して10ゾーンになった。Gのゾーンは昨年加入のkawaiさんと、ベテランのkurita さんがオーナー。そこに先週、kawaiパパが加わって、3人体制。軽トラを持っているので、除間伐したもののうち使えるものは軽トラに積んでいた。



若いkawai さんは、大きな山林をもつ法人の中堅で、土地を他人に預ける危険と希望を実体験しながら良く知っている数少ない一人。コモンズの危うさもきっと一番感じているはず。

そんな一日の終わりに、広葉樹林の取り扱いの難しさと面白さについてふたりで意見交換した。写真はkawai-papa のチェンソーワークを伝授する父子のツーショット。

Hゾーンの阿部さんは独りでさびしい、と言いながら。




naka-f&s さんは掛かり木の処理をしている所だった。結局、3本目を伐倒してすべて一緒に倒れたのは良かったが、再び掛かってしまって最後は4本目を伐って一段落のようだった。伐倒の瞬間はかなり大きな音だった。

STIHL ms201 を購入し初めてマイチェンソーを使うya-taro さんは、わたしと一緒に順調に滑り出した。2,3本手掛けて、玉切りでバーを挟まれない方法など伝えたのち当方がGとHゾーンに行って戻ると、チェーンがはずれてtomi-k さんに見てもらっている所だった。

原因は自分でカバーをはずしてばらした後、ナットの締めが甘かったようで、バーの一部が狭まってしまっていてチェーンが回転せず、現場では修復不能だった。このように、買って一週目ころにトラブってしまうのはなぜなのか。すでに同じような経験者が数人いて、ちょうど顔を出したので笑い話になってしまった。午後はわたしの持参していたms150で作業続行。

昼は小屋に戻らず各ゾーンで食事を済ます。結局、顔を合わせなかったメンバーもいた。

■全員野球と事務局のトロイカ方式

昨年から事務局を中心とした世代交代に向けて少しずつ検討の輪を広げている。先日、土地所有者3名と後継候補2名を含む6人で、現状と将来に向けた懇談をしたばかりだが、その後、具体的な事務局業務をメモしたところ、ya-taro さんが年間のスケジュールも拾ってわかりやすいチャートに図化してくれたので、その過不足と要点に打ち合わせるため、寒空のなかEゾーンの林道で1時間余り、打ち合わせをした。冬の下着とフリースを着込んでいたものの、凍えそうなくらい寒かった。

しかし内容はあつく、さすがに2候補はまだ入会して年月も経ていないのに、良く流れを見定めてくれて有意義な意見交換となった。今日話題にした中で特に重要な部分は、

①これまでの事務局が一手にカバーしてきた諸手続きや裏方仕事を、どう数名で分散するか
  (そこで表題のトロイカ方式が頭に浮かんだ)

②薪の品質レベルアップと資材準備経費、さらに市中価格との格差を考慮し、単価をあげるかどうか

③これから必要となる資材の補修費、設備増強を見越して、薪販売を中心に内部留保すべきか

④事務局仕事の引継ぎは、結構な頻度でメールおよび電話も駆使して精力的に進めて来たが、それでも十分でなくリモート会議を模索している。現役2名の勤務形態の中で、可能な範囲で今後はZOOMも利用して協議し円滑な業務分担を進める


⑤漸次、混乱しない程度に事務局ファイルを引き継ぐ

…等である。この一年、会員を減らし事務局業務軽減の流れを作る過程で、コミュニケーションを密にして来たので、気付いてみれば作業分担へのお互いの気づきが大幅に進んで、どうやら「全員野球」のような体制が出来つつある。各人ができる範囲で役目を自覚しつつ相互をカバーする方式である。

良識ある熟年ならではの様相を呈してきた。



薪の汚れ&美醜に関する一考察

 ~不要になった木材や枝の利用~

2021/11/15 mon 晴れ 11℃
solo-work

■とことん利用する木材、枝




広場があらかた片付いた土曜日の帰りしな、団地の道路わきの丸太が、ちょっとデリカシーに欠ける仕舞い方になってしまったかなと目に留まった。団地の方にも申し訳ないから、枝先が暴れたような置かれ方はなんとかせねば、そう思っていた翌朝、Aさんから携帯に連絡があって、林縁の丸太や枝がもし不要なら有償で譲ってほしい、とおっしゃる。

Aさんは薪ストーブを長年楽しむコモンズの会友だから、有償などとんでもないしいつでもOK、喜んでどうぞ、とお伝えした。遠浅ではこのような以心伝心が、何故かよくある。何かが共有されているような、そんな感じ。

それで雨上がりの月曜日、もう一度現場に来てみた。やはり無造作なこの処理の仕方は、大とびか何かで均したいし、このままでは住宅地脇の産業廃棄物に見えそうだ。

それによく見ると、使えそうな丸太は確かにあるし、直径15cm程の枝や丸太も多い。薪ストーブの材料に使いたいと想われても自然だ。ではなぜ、薪ストーブを使う会員(わたしを含め)が見捨てたかと言えば、泥混じりの、腐朽したものも合わさってゴミのように積まれていたからで、薪や焚き付けという品質にするためにはひと手間も二手間も要する。一方わたしたちにはもっと効率の良いデンとした薪用の丸太本体が確保できていたからだ。わたしたちの薪への触手は、需給によってかように伸びたり縮んだりする。

これは日本の薪需要と供給の縮図だ。「こんな丸太は要らない」という人の川下に、「要る」という方が存在する。とことん利用する、使い切るカスケード利用といったら聞こえはいいが、人は段々贅沢になり、見劣りのする材の評価は落ちて、最後は見捨ててしまうのだ。

Aさんには、泥がついているから「たわし」でこすると良いこと、不安定だから気を付けること、をお願いした。林の修景だけでなく、枝の捨て方まで、もう少し配慮が必要だったと反省し、Aさんが薪材に使った後で改めて手直しが必要か、見てみたいと思う。

■汚れた薪の反省と対策

美醜の観点で言えば、先日、薪を購入してくれた方から、「薪棚の最下段が泥に汚れていて交換してほしい」というオファーがあった。1棚の最下段は約40本、この方はとりあえず2棚の申し込みだったから、合計80本の汚れた薪を、隣の普通の薪に交換して搬出してもらった。

これも11/15、残された最下段をゆっくりみてみた。雨で泥が流れるようにと先日、めり込んだ地面から掘り出し積んでおいたのだが、まったく効果はなく、このままでは商品として引き取ってもらうのは確かに気が引ける代物だった。

これまでも汚れはあったが今年は特にひどい。何故だろうか。この原因としては、

①今回の11月の薪分譲は全くのイレギュラーで、例年は半年前の5月か6月に引き取ってもらっていた。今回は売れ残ったものをある仲介者を通じて顧客紹介をしてもらった結果だったこと。つまり分譲時期が遅れたこと。

②分譲した薪は間伐して約2年を経過し、板を敷いて積んでからの荷重期間も長く「(最下段の薪がめり込み)泥となじんでしまったこと


が挙げられる。そこへ今年の秋の長雨。薪棚の土台は泥でぬかるんでいた。



上の写真(左)は、交換した泥まみれを、11/15に青テント用に軽トラに積んだところ、右は、比較的乾いたものをテント内に積んだ後、泥を落とすためにテント入口に積んだもの。軍手が濡れて触りたくない。さらに、ちょっとこのままでは自宅の薪には使いたくない。

しかし、今年からはこのようなことがもう起きないよう、パレットで土台をあげ地面から離し、パレットはレベルをとって安定を確保して倒壊を予防する手立ても施した。さらにパレット供給者は増やす一手も打つことができた。副次的に、ブルーシートをバンドでくくることができるようになったので、シートとハトメの破損が軽減されることとなった。これは近年まれにみる業務改善である。

■黒カビの生えた薪(黒カビ対策について)→「薪は生もの」

以前から、積んだ丸太や割った薪を現場に長期間放置すると、木口がカビて商品価値が極度に落ちるのがわかっていて、メンバーは早めに乾燥させることを心がけてきた。そこへ長雨が来たりすればなおさらだから、気を揉んだものだった。

今年はそこへきて、夏一杯、丸太の玉切りや薪割りが続いて、ようやく積み終わるのが11月となったうえに、結構長く雨の日が続き降雨量も少なくなかった。このおかげで、丸太も薪もみるみる黒ずんでしまって、11/13 の薪棚総見(相撲みたい)では「薪が黒い」「値引きしなくて大丈夫だろうか」という声も聴かれた。

下の写真上段2枚は5,6月に積み終えた薪。これが正常な雑木薪の「実力」。下段2枚は、野積みした期間が長く木口にカビのある薪と薪棚である。






話は戻って、伐った材は早々に林外へ搬出し、できるだけ早く割って、再び、ワタワタと積んで乾かす…。この原点に再び戻っていかねば、と思う。というのもイレギュラーな材の受け入れが元となる出来事だったが、材の安定供給という希望もない訳でない。この際、「薪は生もの」という合言葉を復唱して戒めにしようか、と考えた。

■薪の最終ステージは「居間の飾り」だった

上の写真をこうして比べてみれば、余り差がないように見えるが、実際見た違いはもっとずっと大きい。というか、早めに乾燥させておけば美しい木口の薪の一塊は、家庭のリビングを飾るのだ。搬入から燃やすまでのほんのひとときとは言え、オブジェにもなると考えれば、「泥のついた」「ミミズもいる」「汚れた薪」はとんでもないことになるのは自明である。

「勇払原野の雑木薪」の乾燥した実力を知るものとしてはとても惜しい気がする。その点、薪ストーブの新規購入者らは、写真下左のペチカ屋さんの薪のディスプレイ(あれは雨露に当たっていないピカピカ)をイメージするだろうし、せめて右下の薪ストーブ屋さんの薪あたり(ここも薪の美しさを見せている)を相場と考えているのではないか。、いつか薪を自賄いするようになれば、それは夢物語だったと知ることになる。



もともと、われわれは薪屋さんではないし、雑木林の除間伐による保育がミッションである。

そうではあるが、これからは「美しさ」「快適さ」にも真剣に取り組まなくてはいけなくなったようだ。十分乾燥したきれいな薪を、顧客はたくさん待っている気配があるし、すべて間に合わせの、コミュニティ依存の苫東コモンズでも、やればできるという黄金のネットワークと循環が今季出来そうになったことは大きい。

安かろう、悪かろうから脱却して、本気で「ブランド薪」を目指す時が来ているのかもしれない。NPOが手掛けるブランド再生エネルギー「勇払原野の雑木薪」。SDGsとは容易に紐づけできるし、先日は、サケが遡上し、排水路をサケ稚魚が泳ぐ、雑木林ふんだんの勇払原野が土地所有者との懇談で語られた。新しい目標がその辺にも探せそうだった。



雪が降る前に総力戦

2021/11/13 sat 晴れ 12℃くらいか
urabe oyama kai kawa-h&f kusa naka-f&s tomi-k&m migita wada ya-taro seki = 14 persons


■薪を運びほぼ積み終え、トイレ作る

―「雪が降る前に薪は片づけたいね」。そんな声が上がっていたので、それを受け、育林コンペでの作業日を一日薪ヤードに振り替えて全員作業に着手。migita さんのトラクターも出動し、昨日に引き続き、薪運びに活躍した。これに軽トラも加わり、今年の新設ヤードへ。



今年のヤードは、一番下の薪がエラク汚れ、不安定であるとのこれまでの反省から、木製のパレットを譲り受け、つなぎ、レベルをとって、一部は防腐剤を塗って土台をつけた。丁度、薪を買ってくれたお客さんから、「最下段の薪が汚れているので、きれいなものに交換してほしい」というクレームのようなものも届いていた。だから遅ればせながらタイムリーな措置となった。

ただ残念ながら、今年も、秋の長雨で、きれいな薪に黒カビが生えキノコも散見されるなど、全体としてまた薄汚れてしまった。割ったばかりの薪は、本当に美しい匂うような薪だったのに、と思うと大変くやしい。なにか、方法はないものか。せめて、割った薪をシートの上においてはどうか、という案が出された。

(追記:昨年までは、薪は6月末までに積み終え、7月からフットパスの刈り払いに向かっていたから、これほどの黒カビはなかった)

不要になった枝や腐朽材は、トラクターで林縁に押してもらった。これで広場は見事に整然となって来た。ただし、アイリス団地に最も近い道路わきに、天を突くように丸太が暴れておかれているのは、町内の人にちょっと申し訳ないな、と思いつつ帰ったのだが、一晩明けた今朝、角のarakiさんから、「不要なら譲ってほしい」、と連絡があった。こちらは、「喜んで使ってほしい」とお伝えしたのは当然で、またまたタイムリーなこの循環は、さすが町内の里山だ、と感嘆した。



一方、懸案のトイレは瞬く間に仕上がった。広場の角地付近にある低木を4本急遽伐って用立てして組み、ティピー型のトイレが出来上がった。使用後は落ち葉をかける「リーフレット leaf-toilet 」で、ホンモノのバイオトイレだ。静川の小屋に次いで、リーフレット2号となる。

■札幌ウッディーズ、育林コンペへ17人



今日は、道内でも伝統のある森づくりグループ「札幌ウッディーズ」の育林コンペ作業日。子供たちも含め17名が参加、半分近くは女性だった。会長のfujimotoさん、新苫東コモンズ担当のsatoさん、前任のkitayamaさんに挨拶すると、奥にはtakagawaさんがおいでだった。

去年、傘寿のお祝いをしたと聞いたからわたしとほぼ一回り違うのに、元気かくしゃく、銭函の持ち山も森の幼稚園も健在で、ボランティアも大集合、とHPなどでも見聞きしている。

わたし  「わたしも高川さんにあやかりたいなあ」
高川さん「ぜ~んぜん、ぼけぼけですよ~」

などとおっしゃいながらチェンソーを操っている。氏の手による「森人通信」の名文に出会えなくなったのはさびしいけれども、後進に道を譲って泰然、また嬉々として孫のような園児らに囲まれ良寛のようにしておられるのが素晴らしい。

実は薪ヤードで、担当のya-taro さんと薪の材積算定をしているとき、その算定方法がパズルっぽくてピンとこなかったため、ポケットからスマホを出して計算機を用いた。ya-taro さんのシンプルな見立てが最も簡単に出せる正解だとわかるまで、ちょっと時間を要した。「Aさんの母方の伯父の娘が・・・」というようなヒネリに頭の回転がついていけなくなってややなるが、takagawa さんは、ニコニコした表情で「ままよ」「それでよし」とおっしゃっている。人間、こうでなくては、といつもお会いするたびに思う。

■「そば哲」さんで

山の神の直会の会食は今年は遠浅の名物そば処「そば哲」で予定している。15人前後になりそうなので、メンバーが解散する一足先に、予約のために「そば哲」へ向かう。ご主人と裏で薪積みをしていた若旦那がメモ帳を取り出し対応してくれていると、若旦那は当方の「遠浅の山仕事」「山の神参拝の直会」にどうやら関心を示してくれる。わたしの顔も暖簾越しにご存知だった。

まさか、そう来るとは思わなかったが、折角だから大島山林でのいろいろなエピソードなどを話していると、奥の薪ストーブの部屋からオーナーの奥さんが「パンを焼いたので良かったらコーヒーで休んでいかない?~」と声をかけてくれた。

わたしより大分年配のご主人も加わり、「雑木林と庭」、「遠浅の人たち」のことで話は弾んだ。migita さんからコモンズのことも聴いているようだった。大島山林の「雑木林と薪」についても予想以上に興味を持たれていて、できれば薪を分けてもらえれば、という話も出た。言われてみれば、大島山林や遠浅にとっては当方がまぎれもない「よそ者」である。そして、庭の話にも移っていった。

わたし「そば哲さんの庭は、ホッとするカントリーガーデン。ギャラリーからの窓の風景もさすが」
ご主人「ギャラリーはもとは鳥小屋だったのですよ」
奥さん「先日はガーデナーの梅木さんが来られたし、上野ファームの上野さんとも付き合いがあります」

と続く。確かにここの庭は、上野ファームの系譜が匂う。また、わたしも旧知のガーデナー梅木さんはノーザンホースパークの専属ガーデナーでもあるので、ついでに親会社が長くコモンズに支援してくれたこと、またノーザンホースパークさんからも先日、寄付の申し入れを受けたことなどをお話する。遠浅の開拓時代、人脈と話は尽きない。

下の写真4枚カットは確か7月の庭風景で、ジューン・ベルのトンネルや芝生のたたずまいはご夫婦の人柄を偲ばせる。遠浅のこの地に13歳で引っ越したというから、半世紀は優に過ぎており、一緒に風土と人を、「雑木林と庭」を介在させて語るのは、わたしにとっては格別の至福の時間、思ってもいないめぐりあわせだった。




ちなみに、そば哲さんのギャラリーは、わたしがお連れするお客さんにいつも好評だったが、これが鳥小屋だったとは初めて知った。山の神の直会では、NPOが「鴨せいろ」を振る舞う。
(下の写真は2020年冬)



もう日が短くなった。家路に着いた頃はもう真っ暗で、奥さんが車が駐車場をバックするのを誘導してくれた。西の方には、まばゆいほどの金星が輝いていた。



引き続き自主研修へ

2021/11/6 sat 快晴 12℃くらいか
abe-aki(+2) abe-e oyama kai kawai(+3) kuri kawamura kusa tomi-k&m migita wada seki = 18 persons

■「木は伐れば倒れるものだと思っていた」


伐倒の技術を、初めての人に伝えるのは難しく、もどかしい。その理由を結論から言えば、あらゆる場が初めてのケースであり、使うノウハウが千差万別であることだ。だから、簡単にすべてを解決するマニュアルなんか、ないと思わねばならない。

しかしそういう訳に行かないので、一つ一つの場面を作り、そこにはこういう先人の知恵や科学がある、と要領よく伝える(少なくとも、各にわか講師は考える)。原理原則を伝えたのちは、もう、少しずつ経験するしかない。

それに、わたしたちは広葉樹の専門で、色々頭に入れた断片の知識を駆使し、いきなり複雑な応用問題として解かねばならない。所詮、無理な話だ。たまたま講師になったり、デモをする方々も、うまくいけば「まぐれ」、そうでない普通の、パーフェクトではない試技はしばしば盛りだくさんの言い訳を用意しなくてはいけない。ヘッポコ・にわか講師の当方は、ツルを駆使する意味と、安全優先であらゆる手を使ってこなす姿勢をつたえることしか出来なかった。言い忘れたことは、万が一の場合の、逃げる大切さ。

だから、伐倒技術を伝えるのはかようにもどかしい。ただ、身に着けようとする本人が本気で伐倒に取り組み、アブナイ思いも幾度か重ねながらますます奥へ入り込んでいくとき、初めて技術が少しずつ身についたことになるのではないか。




先週の相互研修のデモでも、各人が自分用にコツコツ創り出した方法というものが匂った。いわば、応用技術の自分流づくり、カスタマイズ化、というのだろうか。今日も、切り株で、伐倒をグループ3人で振り返り、掛かり木を処理し、狙った方向に倒せなかったことの原因を次第に増えたギャラリーと議論して、午後3時、マンツーマン研修が終わった。そこで新人のya-taro さんは、表題の言葉を呟いた。

わたし 「それは気のせい」
2会員 「うまい!」。



隣では、oyama abe-e さんコンビが静かにマンツーマン研修。二股の掛かり木はロープを使って処理していた。わたしのところは大とびで汗をかいた。大とびが良く働くことを知ってもらえたと思う。

今日は、育林コンペに入る人が5パーティ。第2のゾーンにmigita,wada,seki、第3はkai,5番目はtomi-k&m 、今季新規追加ゾーンにkurita & kawai ファミリー、もう一つに abe-aki グループ、という具合。2,3年後には、kurita & kawaiさん、abe-aki さんには、育林のねらいと結果をプレゼンしてもらうことになる予定。

お昼は小屋の前のベランダで談笑しながら。


■エノキタケが一口分



雑木林に射す光線がうら寂しいまずめ時のものになったころに、小屋の周りを「念のため」歩いてみた。2週間前に出ていたエノキタケはもうなくなっており、あらたに枝を腐らせている茂みに、ほんの少しだけ出ていた。

エノキはきれいに幹に出そろうことも、切り株に見事に出ることもあるけれども、じめじめの、腐った枝の重なりなどに、恥ずかし気に、ポツリポツリと顔を出すことも多い。1,2時間歩けばもっと見つける自信があったけれども、リハビリ中の身だから、と現場をあとにした。


伐倒技術の悩み相談

2021/10/30 sat 快晴 12℃くらいか
abe-aki abe-e urabe-h&a oyama kai kawai-h&f kuri kusa naka-f&s tomi-k&m migita wada seki = 18 persons

■落ち葉浄土の世界へ




いよいよ紅葉は本番を迎えた。わたしがピークと呼ぶ紅葉は、樹冠だけでなく紅葉が程よく落ちて地面も覆ったころだ。今年は例年より4,5日遅れていて、それらがキノコの発生にも響いているようだ。快晴の落ち葉の朝、早めに来て焚火に火をつける。落ち葉に見入ると浄土もかくや、とあの絵を思い出す。

「雑木林だより」の毎年の10月、11月あたりを振り返ってみてみると、繰り返し繰り返し飽きずに独りで紅葉の雑木林に感動している。この一帯の雑木林とはほぼ半世紀の付き合いとなった。時代の変遷を経て里山風になったこの林も小屋も、人が寄り付いて喜んでいるように見える。

■悩みつつ磨く腕



ひとくちに雑木林の除間伐といっても、付き合いの年月を経るとかなりの伐倒を経験するので、ヒヤリとした場面は少なくない。今日は半年ぶりに伐倒の勘をよみがえらせるスキルアップ研修で、今回も待望の技術講師がいないまま、代わりに先輩筋にあたるメンバーがデモをして仕上がりを寸評した。伐根に技術の力と操作の履歴が現れるから、切り株の切り口を見ながらする、意見交換と反省は格別の重みだ。

研修の冒頭は、若葉マークと自称するabe-e さんが日頃から疑問に思っていた技術上のことを整理して、座学の資料を作ってくれた(写真左)。一連のやり取りでわたしが驚いたのは、若いkawai さんがオーストリアのフォレスターに聞いたという、近年の広葉樹伐倒のスタンダードが、受け口を限りなく何回か切って深めていく伐倒方式だということだった。

日本古来のものも欧米の方式も、基本はツルを残し(蝶番のようにして)伐倒の方向をコントロールするsaved-edge 方式で、そこでクサビを使って安全性を増そうとするものだったから、フォレスターの言うこの方法は、コペルニクス的な逆転発想だ。non-edge 方式とでも言うべきか。あるいは、受け口を伐り進んで残る部分を、いわゆる伐倒方向を決める「ツル」に仕立ててしまう、ということか。安全に厳しい欧州がこの方法を進めているのだとすれば、大いに注目しなければならない。一度試してみる必要がある。

作業は、合計5人が3つの伐倒方法をデモし、意見交換した後、枝を片づけ薪用に玉切りした。伐倒は簡単でない分だけ、各人自分なりに考え試行錯誤を繰り返してきたのがわかる。だから、質疑はいつも真剣だ。テキストをマニュアルのように読むだけでなく、自分用にカスタマイズしている。このやり取りで来るべきシーズンに向けて心の準備が少しできたのではないか。シーズンへの本格突入まで、過不足ない道具の準備とケアも待っている。



キノコが匂う

   ~素顔の雑木林を歩く~


2021/10/25 mon 快晴
solo-work

■ピーク前の紅葉を歩く





午後からリハビリの散歩を兼ねて林に出かける。何十年も見てきたいつもの光景なのに、依然として見飽きない、ホッとするひと時である。小屋の周辺でヒグマが頻繁に出没するようになってから、2年ほど刈り払っていないフットパスが、まあまあ健在で、小径の真ん中に勇払原野の雑木林名物「ミラクルな落ち枝」を見つけた。(写真右下)

先週もキノコはさっぱりで、やはりまだ発生を促す「刺激」はないと見える。とはいえ、いくつかのチャナメツムタケを見つけて採取する。実は今日もキノコはない、と諦め上空を見ながら歩いていた時に匂ったのだった。においのもとの あたりを見渡すと、懐かしいチャナメがいくつかそこにある。

さらに里山景観風なところをそぞろ歩きしていると、またもや匂ってきたのが、今度はシメジらしいものだ。ハリギリの葉と枝の下に隠れていたのが、シロノハイイロシメジだったが、直径15cmもあるそれは開きすぎでボロボロになっていた。(写真左)



それにしても、見つけるより先に、においで感じるとは、「いよいよオレもデルスに近づいたかな」、と笑ってしまいそうだった。そういえば高校時代に、わたしを松茸採りに誘ってくれた友人は、赤土の林で「お、匂う」と立ち止まってから、かすかに頭を見せている松茸を見つけて掘りだしたのだった。

ちなみにその松茸は、実家に持ち帰るとちょうどお経をあげるために来ていた坊さんに土瓶蒸しとして供され、わたしの口には入らなかった。ちなみに今日のシメジは、食べれそうな所だけ、ツムタケと一緒に持ち帰って夕食で食した。

つくづくキノコは正直なものだと思う。いずれも枝を集積したあたり(写真上)に出ていた。環境の境ともいえようか。かつてこの時期にシメジとよくであったのは、広葉樹林と人工林の境界あたりだったことを思い出した。



今年はまだナラがしっかりとは紅葉していない。遠浅の林も、カエデの赤や黄色が目立っていたが、雑木林がもっとも輝くのはもうすぐである。自称ウラヤマニストとしては、できれば毎日出かけたい気分だ。

 



紅葉の中の小さな総会

2021/10/23 sat 晴れのちにわか雨
abe-e inaba urabe oyama kusa tomi-k&m migita wada = 9 persons

■ゆるやかな世代交代にむけて役割見直す

12回目の総会を苫小牧静川のログハウス前のテラスで、焚火を囲みつつ紅葉の雑木林に囲まれて開催。これまでのコモンズをけん引してきたメンバーから若い世代へバトンタッチしようとする流れを、少し具体的に示し、意見交換するのが中心課題でした。

型通りの収支決算や関係者への報告内容をおさらいしたため、メインテーマを語り合う頃にはお昼になってしまいました。この1年余りで大幅に会員数を縮小した当NPOであっても、社会的存在であり、あわせて少しばかりの活動予算も必要な関係上、やはりいくつか共有しておきたい事項はあるものです。

時代は、再生可能エネルギーがCO2の排出削減を目的にかまびすしく叫ばれているために、苫東コモンズ周辺でも、身近な林の保育作業の最終産物である「薪」が予想した以上に俎上に上り、ニーズも増えている昨今です。が、どうもこのようなトレンドにはあまり乗りたくない気がします。

いわゆるSDGsの中に位置づけておく必要はわかりますが、小さく静かなこの保育と薪の営みを、無理に施策の中にはめ込むことはしなくても良い、と自然に思えてくるからです。地域の環境改善と生産物の利用を合言葉にして、一人一人の暮らしと地域社会のいくらかでも役に立てている、というその一点だけでも、継続のエネルギーは維持できると思えるからでもあります。ここの雑木林はなんだか、そう、そっと教えてくれているようにわたしは感じています。


(左)朝の小屋とややピークには早い紅葉。(右)今季初焚きの小屋の薪ストーブの中で命を落としていたシジュウカラ。合掌

■伐倒訓練のための選木



来週はチェンソー技術のスキルアップの相互研修。遅い昼食後、初めて進行役を務めるabe-e さんとともに、10本余りの伐倒対象木を選びました。里山景観の拡充の一環で、間もなく、手をかけた広さは小屋を中心にして1ヘクタールになるのではないかと想われます。

キノコは期待したシメジは見当たらず、若干のエノキタケ、ヒラタケ、チャナメツムタケなど。




薪積みの工夫と進化

2021/10/18 mon 曇り 12℃

■薪棚は堅牢な土台にシフト、素材も調達順調





リハビリがてら薪ヤードに行ってみました。今季の薪棚は、度重なる倒壊をいかに防ぐか思案の結果、廃棄されるパレット利用に向かったのですが、さすがに正解だったようです。第一、見た感じが一見して安定して見えます。
(写真左下のパレットは 10/17 wada ya-taro さんコンビが市内と遠浅の現地から追加で運んだもの)

新しい薪小屋も、従来タイプから進化して床材が施され、堅牢なつくりになっています。床があがった分だけ小屋の薪容量が減る格好ですが、そこはoyama 棟梁が、微妙にサイズアップされているとのこと。

tomik さんが調達してくれた110×110の真四角パレットは、従来タイプの棚基礎としては無駄が出ますが、ya-taro さんが提案し、他メンバーでも機運が盛り上がっていた「スイス積み」のオブジェを作るには丁度いいかも。どうせなら広場入口にでも。



紅葉始まる

2021/10/16 sat 曇り時々雨

inaba abe-e abe-aki oyama kai kawai kawamura kuri ya-taro wada tomi-k &m urabe naka-f &s migita = 16 persons

〇kai さんの報告

今日は私は残った細材を森に持って行きやすくする短くする作業を終了しました。
本日短くして、投げる材は3枚目の画像です。
薪積み組、薪割り機組も相当進んだと思います。
紅葉も進んでいます。

道沿いの細割の山は、ゴミの山から私が切り出した「焚き付け」ですので投げないでくださいね^^;

来週は仕事のためお休みいたします。


①進む紅葉              ②竣工したばかりの薪小屋3ユニットに薪積み

③使うのはあきらめた廃棄の小枝     ④倒壊が危惧される薪棚の応急措置

〇kuri ちゃんの報告







昨日はお疲れさまでした。ドローンで空撮した薪小屋や広場の様子です。朝の作業開始すぐの様子なので、夕方にはだいぶ片付いたと思います。






〇ya-taro さんの報告


写真何枚か送ります。ほぼフルメンバーの参加で、それぞれの作業が終わって、詰め終わった小屋をみんなで眺めている光景がなんとなくいいなというのが最後の写真です。
運び込んだパレットの写真を撮り忘れた(笑)




*管理人後記

各種の作業、お疲れさまでした。王子さんと地元・terui さんからのパレット搬入の画像はありませんが、丸太を割る人、積む人、ドローンを撮る人など、様々なのが里山らしくていい感じです。今週末は総会で静川の小屋ですし、チェンソーの自主講習も11月の育林コンペも向こうなので、薪積みがこのままでは終わらない、という心配があります。これは避けたいのでなんとか手分けして対応しましょうか。




薪小屋、3ユニット増設竣工

2021/10/9 sat 晴れ
abe-aki oyama kai ya-taro wada + tomi-k&m urabe kawamura migita seki = 11 persons


〇kai さんの報告「本日の作業」

泥んこ材の玉切りは終わりました。あとは、長い材を短くして森の中に持って行きやすくするだけです。
oyama棟梁の薪小屋も出来上がって来てます。

薪は倒れることがあります(・_・;




〇ya-taro さんの報告「作業写真と提案(追伸)」

天気良く絶好の作業日和でした。
皆さんお疲れさまでした。




(追伸)
いま玉切り・薪割りしている春搬入の「雑木薪」を、薪ヤードを南側に
移して積んでいこうと話をしています。
ですが、追加搬入する予定だったパレットがもうあまりないそうです。
そこで、shukenさんが書かれていた長い材を短くする作業を70cm+αにして、積む際の底面に敷く材の下にさらに横断方向に何本か並べるというのはどうでしょうか。
少なすぎると縦方向の材がたわむと思いますので、少し多めに並べる必要はあるとは思いますが。
太さがまちまちでも、たくさんあれば似た太さを選べるかと。不安定になるかなー。



*管理人後記

玉切りの完了、そして増設薪小屋の竣工、おめでとうございます。ほぼ予定通りの流れで進んでいて何よりです。薪割りと薪積みに目途が着けば、11月は育林コンペで除間伐と伐木の腕を磨くことができます。

パレットはそのうちまた貯まるまで待つしかないですね。ここで、パレットのメリットに振り返れば、

①一番下の薪も乾燥する 
②一番下が泥で汚れない

でした。ということであれば、8/31パレットと同時にいただいてきた2×4や2×8が木舞より厚いのでこれを使って、その下には捨てる予定だったブルーシートを敷く、というのでしのげませんか? シートは劣化したため通水性はいいです。枝は前も使いましたが、かなり不定形で避けたいところです。木舞などは保管してあります。tomi-k さんが使っているパレットを調達できないか、聴いてみましょう。






田舎暮らしのエッセンシャル・ワーク考

2021/10/05 tue 曇り 18℃ 雪虫が飛び始め

■薪を焚く準備をしながら


週末から朝の気温が下がりそうなこととか、例年10月10日ころが、暖房を始める平均的な初日であることなどを勘案して、雨が降り始める前に「焚き付け」と「薪」を居間に入れました。

細かい焚き付けはすでに階段の下に用意したので、薪を焚く準備は整いました。三次燃焼のための触媒も掃除しました。実は数日前から、雪虫のようなものが飛び始めているので、これは確実に寒くなるな、と予想もしたのです。これから約6か月、いよいよ薪を焚く日が始まり、来春まで続きます。

で、こんな準備をしながらつくづく思うのです。

木を選び伐ることから始める薪ストーブ生活のなんと非効率なことか。

そして、この一から始めるフルスケールの仕事は、パーツに分業化された現代の効率至上社会にあっては、家庭菜園的な農業と並んで、もっとも人間的な時間の進み方で、身の丈にあった営みであることか、と静かに納得するのです。まさにふるさとに帰ったような時間のめぐり、スローライフ。

いつのころからか、起承転結を一人でこなすこのような仕事にこそ、深い満足があるのだと語られるようになりました。言葉を替えれば、生産者から消費者までを通して味わうことでもあります。こと薪にあっては、大量生産にむかずローカルの身近なところで、「地域の人々と仲良くなって」「末永く付き合いながら林を手入れ」し、「余り物をいただく」以外に、適当な方法がないのです。

お金で買えばいい、とおっしゃる向きもいそうですが、電気や灯油を買うのと同様に、やや贅沢な趣味としてあり得ます。ただそれでは薪に頼る意味は激減しますし、そもそも供給の仕組みがまだ出来上がっていないのです。これは日本の最北の土地、北海道の「薪文化」の意外な欠落と言ってもいいでしょう。産炭地ゆえの現象とも言えなくもありません。

ところで、コロナ禍でエッセンシャルワーカーが一躍脚光を浴びましたが、一家の暖房の熱を薪で自賄いすることも、家族にとってはエッセンシャル・ワークと呼んでもいいのではないか、と思いつきました。ただこちらは、一家の主の静かな奮戦であり、社会的な関係性はほとんどなく、脚光など浴びることなく、地域に潜り込んで、ただコツコツと汗をかきつついつのまにか薪の山を作るのです。そして黙々と焚いて費やす。これをうらやましく思ってみている人が意外と多い、というのが近年の発見です。

この限りなくロスの多そうな作業に集うおじさん、おばさんたち。まだ適切な評価の物差しがありませんが、不便との戦いみたいなこの姿を、うまく言葉で言えません。が、結局、社会の共有財「コモン」との正しい付き合い方ではないか、という予感がしています。留意すべきは、生まれたての概念と仕組みなので、極めてフラジャイル(こわれやすい)なことでしょうか。





増築小屋が建つ

2021/10/2 SAT 晴れのちくもり
abe-e wada oyama nak-f & s tomi-k migita urabe kawai yama seki = 11 persons


(今回もya-taroです。「頭領は今日も休みなの?」と聞かれたので、来たら動き回ってしまうので辛抱して休まれているのだと思いますと答えました)

■更地に小屋が建つ一日作業




設計図によれば丸太の柱を70cm埋め込みその上に屋根が乗る。ということで柱を立てるための穴掘り作業からスタート。

そのあと一本一本手作業で柱を立てる。いかに垂直に立てるかがポイントだけど、丸太は製材ではないので垂直をとるだけでも意外と単純ではないんだな。ああだこうだとやりながらも順調に柱が8本立つ。



 
柱が立ったので梁と軒桁(のきげた)を渡す。あとは裏に筋交いを入れて今日はここまで。あとは屋根と思うと勢いでやってしまいたいところでしたが、完成は次回のお楽しみ。

■秋の恵み


migitaさんからの収穫のおすそ分け。こんなに立派なかぼちゃ、見るからにおいしそう!















*管理人後記


おお、ついに薪小屋3ユニット立ち上がりました。
コモンズの匠 oyamaさんから掲示板にサポートと道具持参の依頼があったので、人数も十分だったようです。これで、会員の薪保管はほぼ屋根の下で可能になります。

今年の外部への分譲ベース(少し多め)で考えれば、この薪小屋に20棚確保したほかに、シート掛けを12個(棚)できあがればよいことになります。今作っている搬入薪はほぼ再来年の春用にストックされることになりそうです。

話は変わりますが、空前の薪ストーブブーム?で薪が不足しているような気配です。それも乾燥している薪。苫東でSDGsを促進するためには、ここを一大薪ヤードにして、除間伐材を流通させるのも流れに乗った一案です。しかし、そうなると今度は、コモンズの手を離れたビジネスに移行しますが、そのビジネスの調整と安定的な運営は容易でありません。薪はやはり素人の自賄い、というあたりがひとつの落ち着きどころに見えます。

一方、キノコの出具合については tomi-k さんから一報あり、まったく「顔をみなかった」とか。実に気まぐれな山菜ですが、そこが面白いとも言えるでしょう。

当方は手術してもうすぐ3週目、退院して10日になりますが、脱臼を予防しながらリハビリ生活を継続中です。ya-taro さんがお書きのように、現場にいけば平均して5km程を歩いてしまうので、骨と筋肉がコンビネーションよろしく連動するまで、ここはひとつ謹んでおこうと思います。総会に向けて事務局の雑務も少なからずあるので、当面、予算決算を含む資料づくりに励みます。