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2020年、日々の迷想

■7/31 ネオワイズ彗星が見えない

愉しみにしていた彗星になかなか出会えない。折からの曇り空もあるが、時々の晴れ間の早朝、夜間とも地平線や山際にはいつも雲がある。それに、晴れた日に天の川すら見えにくい。やっぱり明るすぎる。年を追って明るくなるとは信じられない。おとといは仕方なく、月齢7.4の月を撮った。これでも十分、神秘的である。
■7/30 ハスカップBONSAI のおすすめ

サイドボードに置いていたハスカップの鉢植えの葉っぱが少くなったので、鉢土ごと入れ替えて、新しい2020年もののハスカップを播いた。播いたといっても、10粒ほどを鉢土にのせて、右のようにブチュと押すだけだ。これで20日もしないうちにあちこちから可愛いハスカップの芽がでる。種は1粒に25から30ある。冷凍でも構わない。沢山出ればスプラウトでいただく。ドングリもそうだが、こうやって遊んでいると、土地の自然とどこか繋がっているような気分が少しだけ生まれる。
■7/28 補聴器生活、2日目
自分の周りを飛び交う会話が完全には把握が出来なくなって、不便に思うことが重なり、ついに写真の器具をつけた。正確には補聴器という医療器具ではなく集音器である。実は勤め人生活の晩年からすでに会議の席で発言が聞こえにくくなっていたものだ。意外と小さく、つけてみると、鼓膜の欠陥で聞こえにくくなっていたやや高い音域が良く聞こえるようになった。だが、シャー、ガチャ、などという聞こえなくてもいい音、例えば車の走行時の舗装の摩擦音などまで、今まで聞かないですんだ余計な音も聞こえてくる。ギターの高音もうるさいほど聞こえるが、これはまあいい。まずは片方が1万円弱のものを通常は左のみ挿して、ここぞというときは両方を装着のつもり。家ではお互い、難聴の人同士の会話のように少し大きめの声で話していたので、これを装着すると家人の声が実にうるさい。


■7/27 森林の所有と管理
送られてきた同窓会誌の中に、若い同窓生(林野庁勤務)による森林の所有に関する投稿があり、現在担当する森林経営管理制度にふれながら、制度を作る側の視点を述べているのを実に興味深く読みました。その中で、所有者不明土地問題(現在九州の面積ほどあるらしい)について国交省は低未利用や所有者不明土地の利用管理に、地域コミュニティや公的主体の参画を検討していること、また、「現在の潮流は森林を所有したくないという所有者に対して、行政側が管理を促す、あるいは管理を代替するという潮目を作っているところ」と述べています。これはまさに苫東コモンズの問題意識とも大いに重なる視点であり、苫東の所有者が肩代わりしてほしい(たとえば会社が森林公園として管理しているつた森山林)願望にも沿っています。「森林については資産価値以外の価値についてもしっかりと評価されるべき」としており、まさに同感。もう不動産バブルは来ないから、地域コミュニティの環境質の向上とか、ミニ森林公園として開放することを社会貢献として評価を与え、誇りが生れるような流れが必要ですが、このあたりが実はさっぱりです。住民のほとんども無関心、という背景もみのがせないでしょう。制度を作る人、地域に住む人、上からと下からのニーズがかみ合いそうでかみ合わない現状では、自ら価値観を育て固めて鼓舞しながら満喫するという、本当の自己満足の道が正解でしょう。それも大事な潮目づくりです。
■7/25 渓流のフライ、さよならに一歩

ウポポイに出かけた日、折角の白老なので、フライの用意をして1時間余りロッドを振った。釣りにくい新小ヤマメの世界だが、魚は餌釣りの攻撃にめげずタップリいる。しかし、足元がおぼつかない。不安定な大石を移動するときに、踏ん張れない。転びそうになったら耐えられないのである。いよいよ、渓流の釣りをギブアップする日がそこまで来たようだ。
残るは、広い砂浜で、ダブルハンドロッドを使う海のアメマスと、阿寒湖のような砂底の湖でのFFであろうか。また、さびしい一区切りがやって来たが、ここはひとつ、しぶとくやってみようと思う。

■7/24  林を見る感性と表現

「林の入口あたりの雰囲気がとてもいいですね」こんな風に林を表現する珍しい人に、先日久々に出会いました。再び思い出して、道新野生生物基金モーリーNO.19(2008)を本棚から探し出してみました。原稿の依頼と同時に里山風の画像も、と編集者に所望されたのでつた森山林と静川小屋のものを出したところ、それらが表紙とグラビアに選ばれたことはすでに紹介済みですが、ざっと100年の間、民間がコツコツと手入れして育てた雑木林が評価されるのは、関係者の一人として、人知れずうれしいものです。昨年もドイツの女性に「ドイツみたい」と評されて励まされました。感性のアンテナがピピピと反応して言葉にされる方が時々いらっしゃるようです。この山林の、シイタケ小屋が撤去されたあたりのハルニレ林も、明暗の対比がよく深みがあり、しばしば画像に収める風景です。(注:モーリーのわたしの原稿のタイトルは「里山とフラジリティ
■7/23 夏の季語「めまとい(目纏)」

*めまといの歩く速さでついて来る(大津市・Tさん)
夏の、あのうるさいコバエたちが夏の季語とは知りませんでした。それと、あの虫たちのねらいが涙に含まれるたんぱく質だったとは(写真はweb-moveから)。さすが俳句だなと感心していたら、ちゃんと英語にもeye gnat(アイナット、目のブヨ) とあります。
虫本番のこの頃ですが、先日のハスカップ摘みでは、何10年ぶりかで足長バチのようなものに刺されました。大粒のハスカップの株を見つけてヤブに分け入った瞬間でした。バチバチっと言うような音とともに口元と腕の二か所をやられました。翌日から猛烈なかゆみに襲われ、5日過ぎてもこの状態。
林や原野ではこの頃大きなスズメバチも飛んでいますから、要注意です。
■7/22 民族共生象徴空間ウポポイ

開園して1週間が経ったウポポイに行ってきました。広大な空間に、膨大な予算を投入していることが一目でわかりますし、その運営のために今風のデザインが随所に施されています。恐らく、アイヌ民族が持っている要素を核にして、映像と音声とコレクションによって、想像以上の幅を持たせ拡大したような印象です。わたしはシンプルに、文字を持たず祈りと神霊を大切にするのアイヌに関心を抱いてきたので、展示の最初とあちこちにあるイナウの多様さに足を止めました。歴史的史実の表現、現代の利権や運動に関して様々な指摘がされる中、ひとつのプレゼンが区切りを迎えたとだけは言えそう。入場制限中の事前申し込みながら、館内のブースによっては前は3密状態になります。
■7/21 ひと味違った地方描写はどこから来る
「東京の方から来ました~」というような言葉使いで、田舎のマチを巡る番組は意外と人気が高い。そういう範疇でとらえると、「ポツンと・・」、かつて見たダーツを使った「第一村人発見・・」と始まるモノ(今も健在?)、そしてNHKの鶴瓶に乾杯、同じく梅沢富美男らが農家を訪れる昼番組などなど、いくつも出てきます。有名人や芸人をスタジオに集めたトーク番組より、地方の名もない素人、生活者の方がはるかに面白く、情報も新鮮だったりします。しかし、番組によってはどこか中央や都会人の上から目線が鼻につくという人もやはり多いみたい。この優越感たっぷりの「東京」組と、それに迎合するかのような地方側対応も、どうかなあ、と見る向きもあるでしょう。
BS日テレの「小さな村の物語イタリア」は、その点、ありきたりの風景でなく日常景が、夫婦や親子の軋轢とか愛憎まで包み込んで描いていき、親戚、友人など小さなコミュニティに広がって息使いまで伝わるような構成が異色です。わたしがここから受け取るメッセージは「人生、これでいいのだ」。そのせいか週末の夕方に見る定番になってきました(注:同じ時刻に放映される西田敏行の『地上の楽園』も苦労や暗さを省いてしまったハッピーエンドの地方讃歌で、これも時々覗きます)。BS日テレの本番組は、人間本来の暮らしが息づくような小さな村に焦点をあて、美しく生きることを見つめる、というようなねらいが込められているらしく、ジリオラ・チンクエッティ風のやや物悲し気な音楽をバックに、しかし骨太に描かれて行きます。本当の地産地消が今も息づくイタリア。そういえばフランスもドイツも、田舎暮らしが少し堂々としているようにみえるのはどうしてなのだろう。


■7/18 ハスカップ摘み


苫小牧の夏の風物詩と言われてきて、今ではほとんど風化しそうなハスカップ摘みを、半自然の遺伝子プールで。原野のハスカップは今後遊水地となり、コモンズとしてどのように利用されるのか、注目される中、コモンズの開放性などについて、考えさせられる一日でした。詳細は雑木林だより111で。写真はいつも最も奔放な摘み方をする先輩Hさんの大鍋。
■7/17 苫東は開放的な閉鎖型コモンズか
同志社大学の三俣学先生からコモンズ関係の資料をいくつか送っていただきました。その一つは、『コモンズの環境思想~閉鎖と開放をめぐって』 という論文で、昨今、苫東コモンズでも時折問題になる開放による弊害(6/24 ブログ・日常的コモンズ考)や、つい排他的に陥りやすい自然アクセスについて、北欧の万人権などの環境思想をもとに論考したものです。
野外活動が全く下火にしか見えない、わが自然王国・北海道で、先日もある市民から「えっ、大島山林は自由に入っても良かったんですか?」と聞かれたのに、ちょっとびっくりしたことを思い出しました。野外活動への願望が低くなり、その入り口を環境学習に偏重し過ぎている影響、あるいは家庭内で親が子どもを連れだして外遊びをしなくなっているようなこともあるのでしょうか。三俣先生には再考のいい視点とチャンスををいただきました。

■7/16 神はどこに宿る

目立たない細かい部分まで手抜きせず完全に仕上げると全体の完成度が増すことを、「神は細部に宿る」と言うようですが、この言を敷衍して、わたしは神は暗がりと深みが好きで、アッケラカンの明るさを嫌うのではないかと思ってきました。
庭のレンギョウの藪は、葉を落とした冬の間、餌を食べにくるスズメたちの隠れ家でしたが、葉が茂るようになってからは、みるみる中の見えない藪に成長して、毎年、地面のギボウシ類とともに小さな闇空間を作ります。歩道にもかぶるようになったので、残念ですが剪定しました。大好きなボサボサ感覚が消えてしまいましたが、これらを見比べていると、大分昔に描いた「山辺の特性試論」(左図)を思い出しました。アッケラカンの田畑やモエレ沼公園のような丘の上にずっといるのは疲れるが、薄暗がりの林は癒されるという個人的経験を踏まえて、此岸(現世、こっち)と彼岸(あの世)を、山の辺や里山を挟んで位置付けたものです。これはドイツの森林保養地で、山の辺のフットパスが最も人気が高ったことにヒントを得たものでした。つまり、あの世の感じは暗いがアッケラカンも落ち着かない、ちょうど中間の里山風の手自然がいい・・・。庭にちょっとした暗がりがある、というのは、蚊の発生源では困りますが、こんな方法で快・不快をコントロールできれば面白い、これが庭づくりの醍醐味ではないかと思います。

■7/15 見知らぬ街に住む日本人との勝手な連帯
新聞の歌壇俳壇で投稿を鑑賞しながら居住地に目をやると、自分がいかに日本各地の市の名前を知らないかに愕然とします。全国の1700余りの自治体のうち、市だけで約790ですから、知らないのは当然ともいえるのですが、例えば、香芝市、志木市、佐野市、匝瑳市、蓮田市、羽曳野市、小美玉市、滝沢市、東金市、山武市、旭市、北本市、桜井市などなど。関東に多いので関東の方には無知を笑われるかもしれませんが。で、うまいなあ、と投稿者の居住地を見て、位置を調べその方の風土や家族環境などに思いをいたすのです。そして日本各地の市井の人々がかくも存在感のある悲喜こもごもの日常を送っておられるのだ、と胸にじんと来るのは、ほぼ連帯感に近いのではないでしょうか。俳句や短歌、これら短い詩で表現される感性への共感は、どこか万葉集の詠み人の幅の広さに通じるているような。
■7/14 北欧の名著「薪を焚く」との対話Ⅲ

やはり本書が名著であると思わせるのは、次々と北欧の薪焚き人でないと生まれない薪の名言がでてくるからです。薪割りにたっぷりページを割いた後、次には薪棚について。
『ウォールデン 森の生活』のソローの引用は、「人はみななんらかの愛情をもって自分の薪棚を見つめます。わたしも窓のすぐ外に薪を積み上げておくのが好きで、薪割り台は周りに木くずが多いほど好ましく思いました。この薪づくりがいかに満足のいく作業であったかを思い出させたからです」。
本書との最初の対話履歴は、「2020 日々の迷走3/26」、そして2回目は雑木林だよりの 6/22 に書きました。自宅の薪割りは実はまだ続いていて、そろそろ乾燥に適した置く場所が無くなってきたので、異形の薪(右上)をすこし移動してスペースを作りました。この異形の薪などは、北欧の薪焚き人は非効率で排除すべきものの極みとして敬遠するのではないでしょうか。なぜなら彼らは美しく積むことにことのほか美学を感じているからです。しかしわたしは、これら異形の薪を見ているうちに樹木の凝縮を見つけてスピリットを感じるのです。しかしこんな無駄な材はこれから生産されないはずなので、今季は大事に燃やすことになります。ともあれ、リタイヤ1年目の晴林雨読の日々に、この名著に出会えたことの幸運には感謝してもしつくすことがなさそうです。続きの引用は、aigo4-111.html (7/14) に。


*7/11のハンギング(下)、7/12の横田滋さん、7/13日常のストレスのコメント、消失



■7/10 ネオワイズ彗星

今朝未明の2時45分ころから、500mほど離れた陸橋の上で、北東方向10度以下に見えるはずのネオワイズ彗星を探しました。が、みつかりません。北東の地平線から10度の角度には薄い雲があったことや、日の出がこの方角で3時前でも白みかけていたせいもあるでしょうか。札幌の明かりである可能性もあります。持参した双眼鏡でもう一度空を探りましたが、どうも星ひとつ見えませんでした。珍しく絶好の快晴だったので残念。あとは今月中旬に日の入りの彗星をねらってみましょう。こちらの方が高度は高そうですし。空振りに終わったけれども、橋の上の360度の夜空は、自分が天体の中の、ある星に居ることをうっすらと思い起こさせました。
■7/09 助成の採択条件に立ち止まる

森や林という言葉は、ちょっといかがわしい側面を持っており、独特のプラス評価の記号性に人気があるようです。ある時、森づくり関係の助成活動募集に応募しようと、丁寧に申請書を書き上げてから、資格条件を見てみると、「女性と子供が多く参加していること」「会員の平均年齢が40歳以下であること」という趣旨が書いてあります。ガーン、わたしたちは最初から資格要件を満たさない・・・。こんなにあからさまに拒絶されたのは初めてでショックでした。森づくりや荒れた林をシェープアップするのは、楽しく木を植えたり遊んだり学んだりすることだけでなく、「伐ること」である、という逆説はわかってもらえないのです。しかも危険な作業です。この人気と現実の乖離はこれからも埋まりそうにありませんが、それも仕方ありません。もっとズシリとくる手応えを支えに黙々といくのです。思えば外部評価というものを全く気にしておらず、メディアへの発信もほとんど消極的でした。情報発信が盛んな今日、これでは自ら置き去り状態を作っていることになりますが、内なる声はそれでいい、と語りかけます。

■7/07 雨の自然風庭園



K先生らと打ち合わせがてら遠浅の「そば哲」で食事をしていると、店主の奥さんが「ジューンベリーに実がなってトンネルができました」と教えてくれました。で、さっそく一回り。旭川の上野ファームをカントリー風に仕上げたようなゆるさが好きで時々訪れてきましたが、ジューンベリーは知りませんでした。口に入れるといい味です。雨に濡れた今日の庭はイングリッシュガーデンそのものです。細いレーンの刈り込いを手伝ってあげたくなりました。
今日は、二十四節気の「小暑」。九州は豪雨の警報、こちらは20℃以下の霧雨、のち本降りに変わりました。
■7/06 苫小牧をどう描く
開発こうほうの683号に、巌谷國士(いわやくにお)氏の苫小牧紀行が4ページにわたって掲載されています。タイトルは「苫小牧老舗洋食店と宇宙ステーション」。みずみずしい好奇心と科学する心をもつ人が文学的描写をするとこうなる、みたいな感じで読みました。工業都市として開発ブームが残る苫小牧は、反開発のバイアスに常にさらされて来ましたが、何年か前に放映されたNHKの「鶴瓶に乾杯」の苫小牧描写などは、NHKは苫小牧というマチに対してなにか悪意があるのではないか、と思わせるさんざんなものでした。阪神タイガースの川藤選手が、タイガースファンで盛り上がる国道沿いの焼き鳥屋さん「鳥しん」を探しながらスポーツ用品店に立ち寄るシーンは、川藤さんがかわいそうに見えると同時に、まちの素顔がこんなところに如実に出るんだなあ、と痛感したものです。確かにそれも苫小牧の一面だったのは間違いないでしょう。しかし、同じマチが巌谷氏によると何ともまともな小都市になっております。
■7/04 里山の植生と景観を左右してみる

里山空間では、刈り払いとは要らないものを刈ってシンプルにしていく行為でありながら、刈り残すことによって誘導する楽しみもあります。静川の小屋では、もう何年も前から、里山景観のモデルを創ることを心がけてきましたが、近年は、遠浅にはあってここにはない、山菜の女王と呼ぶスドキを、独特の方法で繁殖させてきました。それが見事に功を奏して小さな群落があちこちに生まれてきました。
■7/03 マサラティー
気持ちに余裕があるとき、ふと思い出して作るマサラティ―。昨日は棚の整理をしていると偶然、いつもより香りのいいシナモンスティックがみつかったので、グローブ、カルダモンをショウガ数片とともに煮込んでから、紅茶、牛乳の順に足してさらに煮だし、飲む前にハチミツを加えました。飲み物でなくまるで食べ物のような、ほとんど料理のような手間のかかるお茶です。
この2、3日は料理づいて、冷凍した実山椒を使い、再びちりめん山椒をひと瓶作りました。またスイートバジルが手に入ったので冷蔵庫で何日も置かれていたパプリカを出して、ガパオライスを仕上げました。おとといはウトナイの道の駅でミニきゅうりが8本100円だったので、白ワインをふんだんに使いピクルスを作って、少し大きめの広口瓶に詰めました。ちょいの間の料理は時間つぶしの域をはるかに超えて楽しく、ぐずつく天気を忘れました。そして今日は天気が一転、晴れ渡り、割った薪のシートカバーを外し、干して片づけます。いろいろ忘れることばかりで、今日は何曜日だったかも忘れてしまいます。そんな中でも苫東コモンズの記念誌が予定通り完成し、編集スタッフと校正に入ります。

■7/02 樽前山麓の風倒の惨状
昨日、丸駒温泉に行った帰り道、樽前山から錦岡に至る道道を下りました。久々に通りましたが沿道の風倒木の惨状がそのままであることにびっくりしてしまいました。折り重なる木々の処理も追いつかず、唖然とする光景だったのです。表の通りである国道276号沿いの平成16年台風18号被害跡地が、すでに復旧され造林地らしく大きく変わったのとは実に対照的です。そのあとの大風もありましたから、追い打ちをかけられた可能性もあります。驚きが冷めやらないうちに帰宅後いろいろ検索してみると、昭和29年の洞爺丸台風の跡地が34年に天皇皇后両陛下をお招きして有名な植樹会が行われたのですが、その準備風景(2p目、当時の苫小牧営林署金田一署長撮影)を見つけました。これを見ると、写真は処理された後のきれいな裸山でしたが、片付け前はさぞやと思いを馳せました。そして、この一帯が度重なる風倒木被害を受けてきたことがわかってきます。わたしも昭和56年の台風時は、管理に関わる100haの罹災光景に腰を抜かし、数年がかりで片づけましたが、被害は繰り返され、むしろそれが自然な姿だということでしょう。約300年前の江戸時代の大噴火で森林が消失して復元したそのあと、かくも繰り返されたという事実。自然の輪廻と復元力に、どこか清々しい気分すらしてきます。これは情緒で受け取らない方がいい、サイエンスだ…。このことは今後のために肝に銘じておきたいと思います。
■7/01 今更ながらの昭和史、そして日本史の学び


昭和史の底流を博覧強記の渡部昇一氏の歴史解釈で読み解いています(左端)。近現代史の無知を補うべく、還暦に近づいてから色々な本を手にしましたが、もっとも太い柱のようなものを渡部氏に見出して、昭和史に限らずできるだけ氏の仕事をたどって何年か経ちました。日本が戦争に突入していった昭和は、各国の老獪な利害と外交の綱引き、コミンテルンに牽引される共産主義の台頭、それに米国の占領時の洗脳プログラムが見事に効いて、依然として日本人の少なからざる人々に東京裁判や南京大虐殺プロバガンダなどがそのまま受け入れられているように見えますし、メディア戦略やSNSを通じて益々2極化している気配が感じられます。意識的に目を開かなければ見えてこない歴史ながら、近年は新しい事実も世に出て、身近な出来事としては従軍慰安婦問題がでっち上げだったように間違いが遅ればせながら質されることもしばしばですし、この頃の各国の活発な駆け引きが、歴史のパターンを繰り返しているように見え、この混迷の霧を晴らすのに今ほど歴史の学びが大切だと痛感することはないのではないでしょうか。今般の人種差別問題にしても、昭和の初めころも米国の矛先が黄色人種、とりわけ日本に向かっていて、太平洋戦争突入の伏線になっていたことなども、その線で読み込んでいくとコトの根深さに気づかされます。
■6/30 指の記憶

リタイヤしたら再開しようと思っていたのが、30年間以上止めていたクラシックギターでした。独身時代に一か月分の給料に相当する出費で辛うじて入手したものです。高校時代に友人から買ったそこそこのものを、貧乏な学生時代にお金に換えて手放して以来、音の割れる変なもので代用していたために、入手当時は夢心地でした。で、このブランクをどうするか。テクは取り戻せるか。リタイヤ直後の作年7月、半信半疑で一日15分でもいいからと言い聞かせて焦らず弾くようにしておりましたところ、なんともはや、指は、ソルやタレルガなどの30曲あまりのかつてのレパートリーをところどころ覚えていて、自然に指が動き出します。音がフローリングの部屋によく響くことも幸いし、続ける動機が消えませんでした。時々発するピチュピチュ音は気長に治すことにして、まずはクラシックギターの勘を戻すことに努め、第一段階は終了です。これからはもう一度、楽譜と正確に整合させ、確かな演奏に傾注の予定。かつての山小屋のように、今更、人前で演奏することはありませんが、手指の動作は老化防止に効果がありそうですし、体質が変わったのか、右手の伸びた爪が割れません。
一年前の今日、職場で花束を贈られたその足で、札幌駅そばのお寿司屋さんでビールとお酒をいただき、20年の通勤生活を終えて、ドッコショと荷物を降ろしたのでした。ギターはそれからの充実した一年の伴走者のような役どころで、できればこれからもそうしたいものです。

6/29 現場が難局を救う日本という国
『疾病2020』を出したばかりの作家・門田隆将氏が、ある対談で、このたびのコロナ禍の世界動向、とりわけ中国の秘密や台湾の対応などについて、ニュースでは手に入らない情報と分析を示しながら、日本の医療機関の奮闘と国民の協力という、欧米とは異なった価値観が結果を生んだとしました。そのキーワードは利他。利他とは人への思いやりであり、風邪を引いたときの伝統的マスク習慣もそのひとつと言えます。そのながれで出てきた言葉が、表記の「日本は歴史的にたびたびの難局を現場が救ってきた」という主旨です。現場とは、土地土地の職域で働く人々や市井の庶民だったと。我々はいざというときに一致団結するという不思議は覚えがある方も多いはず。これに限らず、コロナは色々なことを考えさせます。同時に大きな転機にいることを、緊張感とともに痛感します。それにしてもちょっといい話です。
■6/27 霧雨の雑木林で

新緑からひと月。夏至も過ぎたから夏緑と言いたいところですが、まだ新緑の兄貴分といったところ。時々霧雨の降るフットパスで刈り払いをする。
6/26 英国からのたより
イギリスのフットパス歩きやコモンズ研究会の現地ヒアリング、そして富士吉田での国際コモンズ学会などの縁で、OSS (Open Space Society)からニュースレターが届きます。画像を見るだけでも楽しいのですが、関係団体でもある英国一のフットパスの会Ramblers とともに、人々の歩く権利と土地所有者などとの交渉のために、調整だけでなく「闘う」こわい団体、と英国民に目されています。トップページ当たりにも、「わたしたち(国民)にはオープンスペース(緑地)を楽しむ権利がある」「身近なフットパスで脅威を感じるようなことはないですか?」「私たちがお助けします」と明言しています。150年を超える歴史を持ち、ブリストルでお会いした役員の話だけでも、仕組み、活動内容、法体系など、長年培った凄み・深みを覚えたものです。たかが歩くためにでも10万人以上の会員を擁し、その積み上げが半端でない。英国の田園風景は確かに美しく快適ですが、それに集う、楽しむ市民の数もまた半端でありません。写真はどうぞリンク先で直接ご覧ください。英文活字を読まなくても風景を見るだけで十分異国情緒を楽しめます。なお、これらのことは、『生活見直し型観光とブランド形成』と小磯先生らとの共著『コモンズ 地域の再生と創造』でくわしく紹介しています。

*6/23 俳壇歌壇記事 & 6/25 実山椒の記事、消失

6/21 涼しい夏至、父の日、跪ずいて草取り
今日は夏至だそうです。北海道はこれからいよいよ暑くなってほしいところです。早朝、これから仕事だという娘からメッセージが来て、すでに届いていたプレゼントの使い勝手を簡単レポ。父の日なんて忘れていました。カラッとした午後の日差しの中でハンギングの花がらを脚立の上でとり、隣家との境の雑草を跪いて抜いていると、読書などでは得られない、はるかに濃厚な生活感覚が喜びに代わっていきます。修行僧が草引きと呼ぶ作業・作務に通じるようなひと時。自由な時間を庭に捧げる意味は小さくありません。

6/20 ミズナラなどの実生苗で苗畑を創る


林内散策用のフットパス4.2kmを、3回の刈り払いで終了すると同時に、懸案になっていたミズナラ・コナラの実生苗の苗畑をたった一日で完成させました。それだけ、林の内外に実生苗が出ていることと、地元で農家を営む長老の会員が小型トラクターで草地を起こしてくれたおかげです。奉仕のこころと分担と連携、実に見事だったと思います。地域の里山はこうしてつくるんだ、という見本のような一日でした。

6/18 通勤生活やめて1年、晴林雨読に慣れ、所要の断捨離もほぼ
6月も終わりに近づき、勤め人生活を終えて1年が経ったことになります。天気の良い日は林に行って散歩したり山仕事をする生活のリズムができ、不要なものの見切りがついて、目指した周辺整理が無理なく一段落しました。そのことが、ジワジワうれしく感じるこのごろです。この世におさらばするときには、どうせ、ほぼすべてを捨てるのだから、と、坂道を下る気分というか、気持ちも収束に向かう気構えが徐々にできてきます。方丈記ではありませんが、いつでも引っ越せるような小さい家、最小限の荷物という意味が俄然分かってきます。身軽なこの環境で好きな本が読めるのだから、加齢は総じて有難いと思わざるを得ません。

6/16 オートモアと電池のチェンソー


芝刈り機の情報を得るためにある専門店に顔を出したら、人力の芝刈り作業をちょっとフフンと笑われ、見ると裏庭では常時、自動芝刈り機が室内掃除のルンバのように動いていました(左)。充電式で約20万円、ハスクバーナ製です。GPSの盗難対策もセットされているので、もしかのときには現行犯逮捕できる。写真右はガソリンエンジンではなくリチウム電池のチェンソー。始動が簡単で振動も少なく一日もつ。これはスチール社製。人が要らない仕組みとか、労力を極力軽減していく流れがここにも。人手をかけないことに価値を創っていくビジネスをまざまざと見せつけられた。

6/15 編集者冥利
NPO苫東コモンズの10周年を記念した動画制作の前半が一段落し、このところは記念誌の編集に注力しているのですが、発刊に向けた無償の雑事をしている自分が楽しそうであることに気が付きます。我ながら妙な観察ですが、これまで関わった書籍、会誌、新聞、ニュースレターを問わず、どうも発行するものの企画から編集、そして世に出すまでの一連の流れが好きでたまらないのでしょう。何度も大量のページを読み直す校正作業すらもしかり。振り返れば、10代のころから活字と編集作業は好きだったから、きっと森林科学に関わらなければそっちの道を選んでいたかもしれないなあ、と。いやいや、好きなことならダブルでやればいいだけです。このたびも24人の寄稿がそれぞれ実に面白い。薪ストーブエッセーも出色。これは編集者冥利につきます。

6/14 昔の写真3 フランス・サンフランボー村




欧州の花のまちづくりコンクールで優勝したマチや村を訪問したのは、メモによると1992年とあります。つまりあれから約30年。感動する庭をあまた見た中で、写真のフランスはサンフランボー村(人口900人ほど、リンゴのブランデー・カルバドスの産地)の農家の薪小屋と納屋は忘れがたく、リタイヤしたら似たようなトライをしてみようと思っていました。薪とハンギングバスケットの相性はとてもいいのです。雑木林&庭づくり研究室としても、これで多少面目が立ちました。林にしろ庭にしろ、環境の改善は身の回りのイヤシロチづくりであり、気持ちのいい風水の世界に通じるようです。10日前に作ったばかりの久々のハンギングは合計4つ、あと2週間後あたりからが見ごろか。

6/11 世論調査とのずれ感
読売新聞社と韓国日報社が5月に行った日韓関係に関する世論調査結果が目を引いた。関係は確かに悪化しているのだが、元慰安婦問題は朝日が記事捏造を認めて後、国内の裁判では誤謬を正す櫻井よし子氏らが原告の植村元記者に勝訴(札幌で2回行われ、地元ではほとんど報道されないが)し、元徴用工の問題も捏造が暴かれ政府は毅然とした対応をしている。韓国大統領も数々のスキャンダルで孤立無援で、さぞや国民の支持は下がったかと思いきや、ことコロナ問題に関してとはいえ、大統領の指導力評価が66%、政府対応評価86%と高かった。先日の選挙でも与党が勝利したところをみると、コロナの対応だけでなくこの期に及んでも文大統領の支持率は低くないようで意外だった。また読売新聞社の6月の全国世論調査では、次期首相候補のトップは石破氏だという。彼の昨今の発言を見ていると、メディアなどに反安倍側の一人として利用されているだけで、国を任せられる人には見えないのはわたしだけか。

■6/9 ご訪問、ありがとうございます
このところ、アクセスカウンターが不安定で正確なところは不明ですが、ほぼ20万アクセス(page-view)になったようです。wordで作っていた初期のホームページから数えて21年8か月ですので、一日平均で25アクセスいただいたことになります。時々のご訪問、お付き合い、まことにありがとうございました。これからも精進しながら迷想してまいります。なお、アクセスカウンターはこの機会に外すことにしました。時節柄、ご自愛をお祈りいたします。

6/8 「雑」という文字の再評価
中西進先生が、日本では「雑」というと、雑音、雑多、雑念、雑談などとおよそ役に立たない代表で、「雑文」を辞書で引けば「つまらない文章」と出てくる、と嘆かれている。万葉集では男女の恋の相聞歌、人の死を悼む挽歌があり、それ以外のすべてを含む雑歌(ぞうか)が万葉集のまず最初に出てくるのに、というわけである。
そもそも「雑」には中国の辞書によれば「彩(いろどり)」の意味があり、多彩で優れたもの、とされているという。雑木林はその伝でいくと、色とりどりの、様々な木々で構成された(生態的にも、景観的にも、そしてもしかすると経済的にも)優れた林を指すことになるだろう。しかし「
勝手に生えてくる」、という極めて頼りになる、救世主のような特性が、逆に蔑まれる原因になっていないだろうか。つまり元手がかかっていない…。国木田独歩がいかに武蔵野の雑木林をほめ称えても、土地の老婆に「マチの人はのんきでいいね」とバカにされたのが可笑しいが、100年以上前のその頃から、どれほど認識が進んだかはわからない。NPO苫東コモンズの10周年記念の動画編集に取り掛かりながら、勇払原野の雑木林の再発見や復権にもっと本気でとりくもうか、と思い始めた。

■6/6 浜ボーフー

山仕事が一段落したのを見計らって、おそらくこの春の山菜の採り納めになる浜ボーフーを採りに、5人で弁天浜に向かった。すでにハマエンドウの花盛りで、浜ボーフーを食するには20日近く遅いから、もう葉っぱが大きく茎も太く固い。
でもそれもいい。見つけやすく、食べるところが沢山ある。わたしは酢味噌あえにしてみたが、葉っぱも刻んで入れてみた。やはり大丈夫、少量ならいける。黄色の若い茎なら湯どおしするだけで食するが、この固さになると、1分は必要だ。歯ごたえがあって、家人とおいしくいただいた。
弁天浜は、地域住民にとってはもっとも身近な自然海岸で、ホッキやエゾシロガイ(俗称;女郎貝)だって運が良ければ獲れる。そして何より、この浜は100年以上前にイザベラ・バードが通ったルートだ。単調でさびしい風景に驚きつつも、また来たいと書いた、そのスピリチャルなほどの風景の中で、静かにボーフーを摘む。


6/5 今日は「芒種」、昨日は久々に庭のハンギングがデビュー
今年は6月に入ってもストーブがほしい朝があった割に、草花の盛り上がりが早い感じがします。ベランダで養生していたハンギングバスケットの容器が、花でほぼ見えなくなったので、昨日の午後、丸型と壁型を各々二つずつ懸けました。朝のこと、
お隣のおばさん 「あら、久々だね。何年もやってなかったよねえ?」 
わたし 「はい、定年になったもんでまた始めようかと」
今日は24節気の芒種。穀物の種まき時、と言いますが24節気のうちでこれだけは時期感覚がわたしには合いません。


■6/4 足跡を楽しむ読書 中西進著『卒寿の自画像』

昨年、万葉集を読み始めてから、中西進先生に講演会で直接お目にかかったり、書籍や新聞のコラムなどでお見受けすることが多くなったのですが、4月に出た新刊は、ことのほか楽しい本。万葉集に惹かれていった足取りが、親子、師弟関係、交友関係とともに描かれていくのです。もちろん、万葉集や源氏物語などの古典の周辺にある小さなエピソードや所見も問わず語りに語られているので、古典がぐんと近く感じられます。時には対象の実物に直接とりかかるだけでなく、こういう回り道も必要なんだな、と痛感。






■6/3 サンショウの丘

夕方、豊川のウラヤマ、通称「サンショウの丘」へ家人と出かけました。葉サンショウはちょうどいいころで、実サンショウはあと少し。まだ蚊もおらず、ササバギンランなどが咲くいい季節ですが、いかんせんこの山は荒れ放題でゴミもあちこちに。そんな帰り道にあった、ヤマブキ、コンロンソウ、ムラサキケマンを家人が2,3本折ってテーブルへ。食卓がしぶく華やぎました。

■6/2 「行きつけの場所」の評価と創造
朝4時前に目を覚ましました。ドンヨリの外にいささかがっかりしながら、ラジオ深夜便は何をやってるかな、と昨日の聞き逃し分を開くと、なんとラッキー、雑木林のフォトグラファー今森光彦氏の『オーレリアンの丘から四季便り』インタビューが始まるところでした。日本の里山シリーズでもたっぷり紹介されていたので内容は想像できますが、耳に残ったキーワードが「行きつけの場所」。1000坪の耕作放棄地を分けてもらい、住んで、観察している、彼らしい重要なキーワードです。行きつけだから、住んでいるそばだから、わかってくる世界というのが確かにあります。チョウチョ好き(オーレリアン)ならではの環境を自らそこに創り出しているところがスゴイ。雑木林をイヤシロチ風に創っていく試みも、これからは具体的な目標を持つべきかな、と思いつきました。先週から始まった歩きやすく、美しい径づくりと、休み場所(ベンチ)づくりが次の一歩、今年のゴールになるでしょうか。

■ 6/1 新緑のニドム

苫東コモンズの新緑を堪能した2日後、リゾートはどうなっているかと家人とニドムに行ってみました。2月のニドムも凛とした立派な風景でしたが、新緑はさすがです。径や建物のインフラとメンテナンスが行き届くと雑木林はそれなりに見え方を代えます。

■5/30 コモンズ休暇の提唱とワラビ採り

歳も取ってきたので働きすぎないでゆとりのある土曜日を送ろう、そう考えて、10年前にやっていた大人の遠足「苫東休日」を思い出しました。この時期、山菜採りをしないでどうする、と今日は3時過ぎからワラビ採りに、帰途、柏原に寄りました。コモンズ休暇と呼べるようになるかどうか。4人いれば、ヒグマの心配はやや薄れますが、腰にはしっかりクマスプレー。

■5/29 コロナ後
世の中の節目節目に発信される時代解釈の中で、新聞のコラムも含めて個人的には山崎正和氏の言論に親和性を感じたことが多かったように思います。アフター・コロナについてまだ氏のコメントにお目にかかっていませんが、「その後」については、もう種々多くの言論人の発言を日々お見受けします。先日、山崎氏よりはるかに若い、斎藤幸平・大阪市立大准教授(哲学)の「群像」6月号への投稿を紹介してもらいました。新自由主義やグローバリゼーションとの決別がベースにありますが、その戻る反動か、地産地消や森林のウイルス封じ込めなどという、やや古典的な尺度が語られていて、しかも、それを東工大の若手・中島岳志教授がフォローしているのが目に入りました。古典的テーマかもしれない相互扶助のコミュニティ再形成に依然として惹かれるわたしは、斎藤氏の結びに結論を見出します。「相互扶助も環境保全もどちらも人間と自然のケアという点では同じである。他者と自然からの収奪を中心とする資本主義から、他者と自然のケアと再生産に重きを置いたポスト資本主義への「跳躍」に向けた扉が、今開かれているのだ。」
アフター・コロナの言論は始まったばかりですが、諸問題を包括するだけに終わりが見えないし、生活の価値観まで代える必然にも迫られていて目が放せません。


■5/28 薪とコモンズ
ここのところ雑木林と薪のことしか書かないね、とお叱りを受けそうですが、時節柄、このまま参ります。(-_-;) 2020年早々に、苫東コモンズについて二つの原稿を依頼され、4月の末までにつつがなく提出しました。一つは北大の森林科学科の同窓会誌「シルバ」。ここに『薪とコモンズ』を、もう一つは前の勤め先である財団の研究会に、苫東コモンズの運営と課題に関するものです。後者は26pの長編になりました。今日はとりあえず「薪とコモンズ」のみリンクしました。このテーマはちょっと煮詰まってきています。
また、5月26日の新緑を you tube にアップしました。そしてちょっとうっかりしていましたが、ニュースレター第25号も遅ればせながらアップしました。同時に今年の苫東コモンズのスケジュール(最新版)を更新しました。you tubeのアップが昨日からトラブルにあい、全部一緒になってしまいました。今日はこれからニドムの新緑を家人と見に行ってみます。

■5/26 新緑のシャワーを浴びて

薪の片付けが一段落しそうなこの頃ですが、もうこの秋からの林の手入れ個所をどうするか、oyama さんと歩いて見当をつけました。これからは枯れ木やツルを片づける作業が多くなる(=薪の材はさほど見込めない)のと、メンバーの高齢化と故障持ちのため、もうがむしゃらな仕事ができないのです。ほそぼそと自分の薪は自分で作る、まるで山へ柴刈りに行くおじいさんの世界に近づいている、と考えると我ながら微笑ましく、ひとり納得します。それにしても気持ちの良い新緑です。ふたたび、娘にLINEで「どうだ」と自慢してやりました。
これが白秋期の父親の新生活だ、と。

■5/25 マイナンバーカードの申請は超簡単だった
まだ国民の2割程度しか普及していないらしいマイナンバーカード。韓国はコロナ禍を早く切り抜けるためにも有効だったと聞くが、日本ではプライバシーが問題だという人が多いらしい。きっと国勢調査も反対なのだろう。ネット社会でこれだけ個人情報をさらしていれば、その辺の問題はとっくに通り越している。わたしは国勢調査に進んで協力するが、以前、申請しようとしたら面倒な壁を感じてやめてしまったことを思い出す。が、その後改善されたのか、今回はパソコンで15分ほどで終わった。写真もスマホで自撮りしたものを使用。もっと早くやっておけばよかった。

■ 5/23 霧雨の林

つくづく風景は道から見るものだと思います。5月下旬のこの頃合いは、勇払原野の雑木林の新緑が最も美しい時期に当たりますが、かなり強い霧雨の中で、わたしにはまだ今一つの感じでした。緑の量と濃さの関係でしょう。撮影の方も満足がいきませんが、現場にはやはりいつもどおり静かな感動はかわらず、要は画像をものする技術と準備が足りないだけのようです。そして、運。風景も一期一会。昨日はウドのおすそ分けをもらい、おとといはスーパーに待望のトキシラズが並び、小さな二切れが夕餉の食卓をかざりましたが、昨日はもう出ていなかったと言います。季節の食のチャンスは大事にしたいものです。
■5/21 世間は実に姦しいけれど

耳を澄ませば、周りはワイドショーそのものです。目と耳を奪われて一日を終わることもできますが、日が傾いてから家人とわたしたちの裏山にコシアブラ採りに出かけました。毎年変わらない「日常」です。この春も、山菜はいつもどおりフキノトウから始まって、アイヌネギ、アズキナ、スドキ、コゴミ、ミツバ、フキと来ました。これからワラビ、葉サンショウ、実サンショウでしょうか。今日は採って2時間後、1年越しの待望の天婦羅をいただき、残りはごま油で炒めて醤油で味付けし、混ぜご飯用にストックしました。ちょうどお隣から、柔らかいニラとホッケの塩漬けが届いて、卵とじなども。

■5/20 空き地と公園、そして子供の世界

今日は二十四節気の「小満」。山菜を見ていると、植物に力がみなぎっていくのがわかります。そしてあと2週間ほどで「芒種(ぼうしゅ)」、種まきの候ですが、わたしはこのころにハンギングバスケットやコンテナに花を植えこむつもり。昨日はあまり引き取り手がいないアカエゾマツの間伐木を割って、自宅へ運びました。これでプリウスで2回目。荷台はごく小さいのですがバカにできません。ようやく隣との間に3~4mの長さで薪の塀が完成。去年、育林コンペで創った薪と合わせて8mほどになるでしょうか。
山林の広場でこのアカエゾを割っていると、団地の子供たちが薪の棚あたりで遊んでいて、やがて薪小屋の屋根で走り出しました。やや興奮気味に見えます。ここは世にもまれな、広大な、気持ちのいい空き地で、それも当面はこのまま続くことが保証されていて一切負担なし、かつ、コモンズ。残念ながら、林で遊ぶ子供も大人もほとんどいないけれども、雑木林の里山はもともと偉大なプレイパークで、遊びの発見と素材には事欠かない。本当にもったいない。今日届いた地域のミニコミ紙『ひらく』の27号は、食べ物も満足に与えられず、居場所がない苫小牧の子供たちにとって公園が救いになっているとの驚くべき実態がレポートされていました。実にいたたまれない気分になりましたが、屋根に上っていた子らはその真逆にいるな、と思います。


■5/19 父母の歳になって想う父母
「針穴に糸を通され喜びゐしかの日の母にわれもなりたり」(岡田正子・読売歌壇、黒瀬選) わかるわかる、という情景です。それにとどまらず、恐らく還暦を過ぎてから両親のことを思い出すことが格段に増えました。毎日、毎朝といってもいいくらい。親父はあの時、どう思っていたのだろう、とか、特に母親には目いっぱい面倒をかけ育ててもらったのに何も恩返しができなかった、などと絵にかいたような感謝と反省。親になってやっと思いたる。選者は、「こうして親子の情愛は延々と繋がっていく」と。

■5/18 睡眠時無呼吸症候群Sleep Apnea Syndrome(SAS)のC-PAP 治療で丸2年
早いもので、C-PAP 治療を始めて2年になりました。居眠り運転のもととなる運転中の眠気はなくなり、もちろん、無呼吸もほぼ消えたようです。思い出せば病院1泊の検査時に一晩で二桁の回数で無呼吸が起き、長い場合は1分半も無呼吸でしたから、医者は立派な無呼吸だという妙な太鼓判を押しました。この治療で脳の酸欠や睡眠障害は軽減したのでしょう。喉の雑菌からくる痛みなどもありません。海外へ旅行するときも持ち歩きます。ただ、これは手術などの根治を目的とする積極治療と区別して支持治療と呼ぶのだそうで、症状の緩和・軽減を目指し、治るわけではない、と医者は少し申し訳なさそうに言います。フィリップ社製電子機器のレンタルが随分高いのですが、当分、このまま継続の予定。周りにも無呼吸の人は少なくないのですが、C-PAP に踏み切った人はおらず、タレントでは橋下徹氏がやっていると本人が言っていました。間違いなく面倒ではありますが、プラスマイナス相殺でどう考えるか。

5/16 新緑を散歩しながら、春の山菜採りを楽しむ

わたしの山菜の記録では、新緑前のこの時期が「山菜の女王・スドキ」のベストシーズンであります。先週は見えなかったし、来週は茎が少し硬くなる。思い切って今日は「山菜の日」と勝手に宣言しました。集った7人、山菜を取る人、山仕事をする人、思い思いの山の時間を過ごしました。
今日なら、スドキは熱湯をかけただけで充分いける。案の定、歯ごたえがよく、しかも筋のない、きわめて良好な味でした。野生の三つ葉、コゴミもあったので夕餉は山菜尽くしでしたが、フキは調理できませんでした。


5/14 雑木林の森カフェ

持ち山に残しておいた風倒木処理の丸太を、軽トラックを借りて運搬しました。丸太を積んだ帰り道、静川の小屋に寄ってみると、山菜はアズキナ程度でもう少しだけれども、テラスが「寄ってけ~」と誘います。北の森カフェ、個人的には雑木林の冥想テラスと呼びます。虫が出る前の新緑のなか、あるいは霜が降りる秋の、泊まった翌朝のマズメ時、まだモノノケの気配が残るころ、目をつむる醍醐味はオススメ。

5/13 サクラの俳句から、ミラクル落ち枝の原因へ波及

太き幹堅固に支え桜咲く」(杉本透作・読売俳壇・矢島渚男選) この評に「挿し木からの染井吉野の幹は実は枝なので枯れやすい(らしい)」、とあります。ナルホドと聴き流していきそうなところで、待てよ、勇払原野の雑木林は、落ち枝が多いが、あれは萌芽した枝が伸びているからか?と立ち止まりました。枝を起源に持つ樹木は、実生の幹をもつ個体と違って枝の支持力が弱くて、ちょっとしたショックで落ちやすい・・・?。では、胆振以外の人でほとんど見た人がいないのは、萌芽林でないからか・・・?。選者のコメントが、植木職人の匠らの伝承から来ているのか。耳を傾け、こころに仕舞っておこう。そうしてもうひとつ頭に浮かんだのはオーストリアのフォレスターの話で、「萌芽した樹木(萌芽再生林)は太くなれないから将来木施業に向かない」と発言したこと。枝は枝の人生を歩む、ということか。所詮、根っこが元の木のものであり、そこが実生の根と違うと理解した記憶があります。
(写真はわたしの落ち枝画像のフォルダーから過ぎし日の2枚)

5/12 自然に学ぶということ
俗に自然から学んだなどと良く言われるが、きっと自然は鏡であってこちら側の感性を映しているに過ぎないのだろう。自然の中の知行合一。そんなイメージのある、新谷さんの一冊を読んでいる。新谷さんと言えば、山やスキー関係者の間では、雪崩対策のニセコルールを提案し実践している人として有名だ。氏とは山仲間の集まりでニセコ・モイワのロッジで2回ほどお会いした。酪農大学山岳部を率いてヒマラヤを目指してきたアルピニストで、のちシーカヤックのガイドもこなしてきた。朴訥な語りに深いものがあり、本もまさにそんな雰囲気で対話ができる。山もカヤックもかじった一人として尊敬する4歳違いの先達の一人だ。氏のある本がなかなか手に入らなかったので諦めていたのが、先日、何の苦も無くこれが届いた。山や自然は思索の場でもある。それを思い出させる名著だ。例えばこんな風にアウトドアの今日をみる。「人々はいきなり自然に目覚め、アウトドアマンになった。そして修練を積まずに冒険に踏み出し始めた。アウトドア文化とは都会人の自然願望をコマーシャリズムが煽ることによって生まれた文化であり、その意味で都市文化の一つといえるのではないだろうか」。知識を経験と取り違える人々が増えたことで問題は生まれたと書く。山や自然の本当の経験とは、がむしゃらに縛り付けるような、あとで見れば修行の時間だったようにわたしには見える。(写真はamazonから)

■5/9 今年が最後となる薪配達を終える

サクラとコブシが満開の中で、薪を積み、配達した。この配達分譲も今年で終える。薪を安定的に供給を受けるのは、一種の運であり、基本は自賄か、お金か、割り切らざるを得ない。うまく入手するのは、北海道弁で言うと、ちょっとユルクナイのである。

5/8 コロナ禍、感染減少続くのは本物か、そしてイタリアの背景
全国、東京、道内各々の感染者数の速報に一喜一憂する毎日ですが、今日はいずれも減少気味で、内心ほっとし始めた道民も、少なくないだろうと思います。我々にもいつのまにか、抗体ができている可能性だってあります。
ところで、夕方、ジャーナリストの河添恵子さんのネットをみると、イタリアの爆発的感染は、近年進んでいた中国人、特に浙江省温州の労働者が、ミラノやトリエステにゴッソリいて、1月ころ帰郷して戻ったあたりが引き金だと話しました。温州は武漢のすぐそばです。ミラノに至っては、住民登録で名前リストを見ると、最近のデータでトップはイタリア人のロッシですが、2,8、10位が中国苗字だったとのこと。大発生のトリエステは、東西冷戦時、軍事的拠点でもあって、中国は一帯一路戦略でそこを押さえ、事前にこの地方の繊維業に中国人が送り込まれている、その数はもうとてつもない割合と言います。コロナ禍はこうしてみると極めて政治色もはらんでいたとみるべきです。10年ほど前、
ローマの下水溝に中国人の不法入国者がコロニーをつくっていたというニュースが思い出されます。

■5/7 焚き付けお試しセット

年明けに、茨城に住む古い山仲間のT氏から、自家製の干しイモを頂戴しました。真空パックされた、見栄えも味もプロと見まごう逸品でした。さて、お返しは何にしようと考えていて、新コロの真っ最中に、ふと彼がたまに薪ストーブを焚くことを思い出して、北海道産の「焚き付けお試しセット」にしようと思いつきました。乾燥した2年物の中から、アカエゾマツ、トドマツ、シラカバ、コブシ、アズキナシ、バッコヤナギ、それとミズナラを選び,、kindling cracker で小割りしました。火つけ時に各々の香りがわずかでも嗅げるかどうか。まとめて持ってみると結構な重さですが、焚き付けとして燃やせば何回分か。わたしなら2週間ほどもつ量です。果たして喜んでもらえるかどうか。これもコロナ以後の新しい日常とかいうものの一例か。

■5/5 立夏
北国はこの時期目まぐるしく季節が移ろいますが、胆振はようやく土の凍結がゆるむところで、新緑まであと3週間を要します。それでも24節気は立夏だそうです。

■5/4 自宅へ薪搬入

息子の帰省を当てにして予約したレンタカーでしたが、コロナ禍でままならず、急きょ家人と4往復して次シーズンの薪を運び終えました。これでは実は足りないので、育林コンペの風倒木などの丸太のストックを集めて、庭で割って足しにする予定。これも真夏では厳しいので来週の天気のいい日を選んでやるつもりでいます。基本、苦役ではなく、道楽。早々に切り上げていただく夕方のビールが目に浮かびます。その頃には、新たな山菜もまた出ているはず。

■5/2 アズキナ

4月16日に、今年の希望的山菜賞味の予定を次のように書きました。…「フキノトウ、アイヌネギと続きましたので、これからスドキ、コシアブラ、ワラビ、コゴミ、ミツバ、ウド、山椒あたりでいったん足踏みし、ハスカップ摘みで春から初夏の季節を食べる道楽が一段落します。」 実はこの間に、写真のアズキナがあるのを忘れていました。決して熱烈なファンがいるわけではありませんが、茹でたときのほのかな小豆の香りに、春の到来を嗅ぎ取るのです。で、固定ファンはいるようです。今日も家人と小鉢一杯分のおひたしにと、手のひら分、いただきました。これも雑木林の山仕事の愉しみ。

■4/28 国ごとの人口当たり死者数をどう見る

統計を拾って巧みにグラフ化してくれる方がいらっしゃる。これは twitter で見つけた人口100万人あたりの新型コロナウイルス死者数の推移【国別】図。色々要素を変更できる。ちなみに 香港から始まった2003年のSARS は8000人の感染者で10%が死亡。今回優等生の台湾もこの時は甚大な被害だった。100年近く前のスペイン風邪は世界人口の四分の一の5億人が感染とされる。死者は最低1700万人から最大1億人とか。COVID-19 はこの一両日で感染者300万人、死者20万人と報道されています。日々、北海道の感染者が納まらないことに驚き、全国の数字に一喜一憂していますが、時々こういったグラフを見ながら日本の位置も確認。米国やNZは規制を緩和し始めたけれど、米国西海岸のビーチでは人が押し寄せバカンス状態。これが米国の素顔か。

■4/27 書くこと、まとめること、そしてどうなる
4月は中旬までに環境コモンズという取り組みを総括をしレポートする必要があって、結構まとまった時間を執筆に充てた。人に読んでもらうために、筋道を立てて、独りよがりにならないように注意し、わかりやすくまとめるというのは簡単にいかず時間もかかるが、その分だけ人生冥利に尽きる。人は自分の行為に意味を見出そうとするから、意味を見つけられるよう、頑張れるのである。この書きものも中旬に仕上げて、おととい25日にはNPOの10周年記念誌の原稿に手を付けた。書きながら、何かを総括していく意味ばかりでなく、今までになかった得も言われぬ楽しみを見出し始める。この先にはさて何があるのだろうか。今日も何冊かの本に目を通しつつ、違った著者の世界に行ったり来たりした。こんなことを繰り返しつつ、いい言葉探しをして人生の終末をうまく総括できたら、その時はさらに穏やかに目を閉じることができそうな気がする。思えば目の前には生涯現役の先達がズラリと並んでいる。

■4/26 古えの画像から② 「こんな緑と人の風景が創れたら」

断捨離で見つかった古い画像の2回目。あいにくスライドスキャンがうまくいかず、あの時の感動が再現できていませんが、場所はベルギーのブルージュ。今から30年近く前の1992年、欧州の花のまちづくりコンクールで金賞を受賞したマチや村を回った時の写真です。水辺の緑地にあった大木の濃い緑とカフェ。こんな週末を送りたい、毎日ならもっと良い、と当時は強い憧れをもってシャッターを押しました。のちにある有名なガーデナーにいい写真ですね、と褒められました。(注;初回は4/9ニドムの雑木林空撮)

■4/24 国益に向けて

新コロに対応している医療従事者の不安と緊張の表情をみると、感謝の気持ちでいっぱいになります。医療も政府のかじ取りも、色々な見解が出され、辛うじて最もよさそうな策を恐る恐る選んでいる様子が伝わってきます。持ち場持ち場で言い分があるでしょうが、まずは国益を念頭に道を選ばねば。経済を柱とする社会構造はいったん組み直しを余儀なくされるでしょうから、いわば近年経験したことのない社会のリセットではないでしょうか。この先、何が待っているのでしょう。外務省の資料をみると、日本の世界の中の位置が見えて興味深い。今の施策を少なくても自虐的にとらえる必要はなさそうです。


■4/23 新コロの日々に里山的生活

昨日は三密を避けて大風の後のひとり山仕事。午後から思いついての数時間だった。倒れた木、折れた枝、ミラクルな落ち枝も目につく。捨て置かれた風倒木を玉切りして一輪車で小径まで移動させる。フットパスの切り株を切ったり、やってもキリがないような細切れのような仕事が里山には無尽蔵にあって、無心になれる。色々な風景と人に出会う里山の林。

■4/22 道新の「ひと」欄で紹介された遠いあの頃
断捨離のさなかに小さな箱があったので開けてみると、わたしの初めての出版『林とこころ』の出納関係書類と新聞記事などでした。札幌勤務になって6年目、「君の林との付き合いは名刺代わりと思って是非出しておいたら良い」と著名な先生に強く勧められて、1年余りで仕上げたような記憶があります。時は森林療法に注目があり、そのせいでしょうか、1300部刷った本が少しずつ出て、今、手元にはほぼゼロ。最近、森林でセラピーなどという話はまったく聞こえなくなりましたが、この本の林とのやりとりがこのところポツポツと聞こえるので一体どうしたのだろうと思っていた矢先の発見でした。
平成16年12月8日、北海道新聞朝刊2面の、堂々真ん中とは我ながら恐れ入ります。あれからざっと15年、本を出すことができた幸運と先生の勧めにこころから感謝すると同時に、発信する醍醐味と身の程知らずの怖さというものにも気づかされます。発信も出会いもまさに一期一会。世間における林との付き合いはこんな短い時間では変わるはずもなく、さすがに自然はゆっくりとしか教えてくれませんし、人の気づきもまた時間が止まったようにスロー。でも、せかされる必要はありません。







4/21 知床ルシャ川のヒグマ
NHKスペシャルで「ヒグマと老漁師」をみました。ルシャ川河口の番屋で、周辺に60頭余りいるというヒグマを、「コラっ」という恫喝で漁との共生をコントロールしてきた漁師をメインに、世界自然遺産の認定要件に関する調査団訪問を背後においた番組でした。まさに他人ごととは思えない気持ちで、久々にテレビに見入りました。ルシャ川は昭和46年、北海道の山を登り始めたころ、極貧の生活費から大金の旅費を工面して投入し沢登りに行った川でした。禁漁河川でしたが、小さな滝つぼで夕飯用にイワナ(たしかオショロコマ)を釣って焚火で焼いてメンバーと食したことを覚えています。また、ヤマメも交じり入れ食い状態だったので、北海道の釣りの魅力をすっかり失ったのも強烈な思い出で、それが知床でした。その後も出かければ、カラフトマスの大群が足にぶつかったり一日に何頭かのヒグマと会う、わたしにとっては自然の神々と出会うようなスピリチャルともいえる訪問となるのが常でした。そんな知床と日本人の付き合い方を、調査団のアメリカ人は理解できたのかどうか。コンパクトな番組でしたが、ヒグマとどう共生できるのか、典型的な姿が描かれており、6月に開催予定のヒグマのフォーラムでもきっと話題になるはず。とてもタイムリーでした。


■4/19 今日は穀雨
STAY HOME。今は、何よりも出歩かず、じっと家に居よ!このメッセージを国民がしぶしぶ守り始めています。諸説はありますけれども、早くこの状況を脱出すべく、辛抱です。昨日の作業テントも、2m離れて食事し、落ち着かないうちにみんな席を立って広場に戻りました。
今日は24節気の穀雨。さあ、春に向けて。


■4/18 きれいな薪と、上手な積み方

長さ35cmにした薪を2列、高さ1.5m、長さ3mにして屋外に積む現在の約1棚は、残念ながら地震や強風で比較的よく倒れます。崩れると修復に半日近くかかるので、徒労感がとてつもなく強いのです。薪小屋も薪が膨らむように崩れる時があります。どうも薪は自重で不均等に沈んで傾き始めるようです。薪の隙間も微妙に埋まって、薪の塊自体が変形してしまうのでしょう(写真左は遠浅のできたて)。
先日、長谷川機械の薪棚を見せてもらいました。NPOは1.8mの箱型でみかけ5.4立方ですが、長谷川さんは奥行きが3~4mあり、8立方が入るといいます。その薪積みがびっしり詰まって見える(写真右)ので聞いてみると、一番外側だけていねいに緻密に積んで、中の薪が膨れて崩れるのを防ぐのだとか。薪に限らず、ひとつひとつにコツがあるというのが面白く、それを謙虚に聞いて学び、自分でやってみて上達し成功体験するのがまた楽しいわけです。


■4/17 コロナはありがたいという説
(詳細は下記リンクから)
武田邦彦氏は面白いことをおっしゃる。コロナのおかげでインフルエンザの罹患者が減り、結果、年間の死亡者が減っているという。その根拠になるデータとして、ヒトのウイルスが張り付く人の患部は喉の小さな部分で、ここには先に付着したウイルスがいると、後発のウイルスが遠慮してしまうらしい。インフルエンザの発生のグラフを見ると、確かにコロナ前後からフルは減っていて、遠慮したように見えた。厚生省による統計では2018年のインフルエンザによる死亡者数は約3300人だった。別の解説にはこうある。「例年のインフルエンザの感染者数は、国内で推定約1000万人いると言われています。 国内の2000年以降の死因別死亡者数では、年間でインフルエンザによる死亡数は214(2001年)~1818(2005年)人です。また、直接的及び間接的にインフルエンザの流行によって生じた死亡を推計する超過死亡概念というものがあり、この推計によりインフルエンザによる年間死亡者数は、世界で約25~50万人、日本で約1万人と推計されています。」 日本のコロナ対策は失敗したとの評論が多いですが、騙されてはいけないということか。今、わたしたちも壮大な、うれしくない社会実験の役者のようだ。

■4/16 アイヌネギ、出始める

自発的な自宅待機の息抜きとして、雑木林に出かける。珍しく家人が若いアイヌネギをみつけ、夕食には生のまま、納豆に混ぜて酒肴に。わたしが見つけたのは若いシカの頭骨。アイヌネギ、収穫にはやはり1週間早く、例年並みの山菜の進み具合。フキノトウ、アイヌネギと続きましたので、これからスドキ、コシアブラ、ワラビ、コゴミ、ミツバ、ウド、山椒あたりでいったん足踏みし、ハスカップ摘みで春から初夏の季節を食べる道楽が一段落します。

■4/15 大木の森づくり、断念
先週から、協会の環境コモンズ研究会のため、環境コモンズの運営と課題について原稿を書いていて、今朝、やっと完成しました。最初は数枚を一晩で書く、と意気込んでいたのですが、仕上がりはA4で24Pに膨らみました。しかし、まとめてみるものです。だいぶ、頭の中が整理され、踏ん切りがつきました。コモンズ林業の要点も浮かび上がってきたので概略を雑木林だよりにもメモしました。経験しながら何かをつかみ取る、というのはこういうことなんだなと小さく悟りました。

■4/13 森まゆみ著『会いに行く旅』に出会う
スーッと心に収まる旅のエッセーに出会った。さすがの筆致である。はしゃがない、平常心の自然体がちょっと暗いかなと思わせるが、いやいや無理のない文章には憧れてしまう。メモなどしないで人の顔を優しく伺いながら、やがてエッセーに溶け込ませる語り口の再現が実に人情がこもってしみじみうまいと感じる。伝説のタウン誌『谷根千』の編集人として活躍していたころ、わたしは確か彼女の舞台の千駄木にあった北海道の宿泊施設・北海道倶楽部を東京出張時のを定宿にしていた。本書は、これまでの長い作家活動の中で、さまざまな媒体に発表した紀行文の中から選りすぐったものを一冊にまとめた、とされる。「町歩き、聞き書きの名手ならではの、いまでも色褪せない紀行文集。人に出会い、町に出会い、風景に出会い、美味に出会う……旅がとりもつ不思議な縁を滋味あふれる文章で紡いだ旅の傑作選」と紹介にあった。こんな文章を書いてみたいものだ。何か惹かれる縁があると感じたのは母方の故郷が山形だったせいか、とこじつけてみた。もと夫は北海道の人で、彼は下町の肌触れあうような人情味ある暮らしが肌に合わなかったようだと何かに書いていたのを思い出す。北海道評で聞くアッケラカンの風土という言葉を思い出した。

■4/12 トキシラズについて
昨日の新聞の小さな記事に、オヤっと思うものを見つけました。コロナウイルスで日露の漁業交渉が進まず、上限漁獲量が不明のまま出漁したというもので、その中にあったのがトキシラズ。具体的にはシロザケ、ベニザケ、カラフトマス(この辺では時々別名アオマス)と記事には書かれています。時鮭、時不知と書くように、まずマスは含まれないと思っていましたし、サケは鮭でも普段は脂ののりが少ないシロザケのみを指すと思い込んでいました。そういえば、日本料理でマスのようなトキを食べたこともありましたから、漁業関係者の間ではトキの意味の幅が広いのかもしれません。ともかくトキは脂ののりが違います。上品です。
一昨日書いた下記オホーツクのカニは、昵懇(じっこん)にしていた近所の方が北見紋別の魚卸問屋のお嬢さんで、毎年春先にカニをおすそ分けしてくれたので味を知ったのですが、一緒にご馳走になったのが「クチグロ」でした。これはサクラマスの小さなもので、なるほど口元が黒く、しょうゆ溜りにルイベの刺身をつけると、パッと脂がはじけ、まるでチップの刺身のようでした。このごろ、肉を食べると牛、豚を問わず下痢するようになってきたので、いよいよ、魚へシフトかも。今年もそろそろ、トキが出てくるでしょう。特上のトキのカマにありつくために、時々鮮魚店を見ておかねば。


■4/10 早春の珍味と言えば

有珠の沢の裏山で最後のフキノトウ、これで2回目のかき揚げとふき味噌。そして熊本のデコポン農家の友人に、お礼にいつものオホーツクのカニを送ったそのついでに、自宅にもちょっと小ぶりな毛ガニを届けてもらいました。流氷明けの身の締まった一品はさすがのバランス。意外な展開になってきた心理的コロナ封鎖に、従順に従う庶民の小さな手づくり贅沢。

■4/9 植苗と柏原の雑木林 
(古えの画像から ①)

環境コモンズ研究会が令和元年度で終了するのを受けて、ここ数日は、環境コモンズの運営と課題をテーマにした原稿を書いています。その中の雑木林のコモンズを記述するくだりで、北海道では本州とは違って雑木林がほとんど注目を浴びることがないこと、それは薪炭を取った残りのヤブヤマだからだ、と結論付けようと思います。ヤブヤマは蔑まれて「ゾウキヤマ」とも呼ばれました。それが幸か不幸か二束三文で取引されたのかは知る由もありませんが、数百から1000ヘクタールのまとまった不動産として取引され、リゾート用地の脚光を浴び続けています。
写真左は20年以上前のニドム(ポスターをコピー)、右は40年ほど前の柏原(野鼠駆除のヘリコプターから撮影)です。捨て置けばケガレチのような藪、手入れすれば心身を癒す休養のメッカ。記述は、「コモンズ林業は近傍のリゾートに似て、捨て置かれた藪の潜在力を前に出し、付加価値をつける風土マネージメントだった」と書き込もうと思います。実は断捨離のさなかに、紛失したとあきらめていた大事なスライドが数十枚見つかり、改めてスライドリーダーを入手してデジタルデータに替えてみました。上の写真もその一部です。好きな写真も見つかって、うれしさこらえてのアップです。残念ながら色合いがスライドに比べ数段劣りますが、折をみてまた好きな画像をアップしようと思います。


■4/8 出版『ハスカップとわたし』の費用対効果
昨年の3月末、「ハスカップとわたし」を出版してから1年。NPOが受け持った800冊の集計をしてみると、販売が約100冊、寄贈が約380冊でした。売れたのがたったそれだけか、と言われそうですが、ハスカップ・サンクチュアリに注目するNPOの地域貢献事業としての着手でしたので、まずまずの実績かと思います。それに文字にして残しておく意味というものもあります。今回の本は、特に研究者がハスカップの社会的背景を知るのに大変役立った、と聞きます。どこから来たのか、どのように再生するのかなど、まだまだ謎だらけのハスカップです。これからますます研究が進むことに期待したいと思います。

■4/7 勇払原野におけるヒグマの行動を考える 
~シカに続くヒグマのフォーラム~
写真は平成8年の柏原。横たわっているのは体重180kgのオスのヒグマ、その名もトラジロウ。前年、苫東内のミツバチの巣箱6か所を総なめにしたことがきっかけで、捕獲とテレメーター設置による行動範囲調査が持ち上がって、翌年、環境庁の捕獲許可、地主のわな設置許可を取って見事捕獲されました。数日後、ヒグマの研究者によって敏速に各種の検査が行われて、間もなく麻酔が切れるため、みんなが退散するところです。わたしもこの時この位置で一部始終を見ており、折角なのでトラジロウの顔を覗き込み、頭を撫でました。実に賢そうな顔でした。
このトラジロウが残した行動記録から
勇払原野のヒグマ行動を検証し今後の対応を考えるフォーラムを6月13日に当NPOが活動センターで開催します。講師は、この調査を指揮した青井俊樹岩手大学名誉教授(当時は北大苫小牧演習林長)と、当時北大の院生で調査を担当し修士論文を書いた早稲田宏一氏。あれから約25年、ヒグマの問題はより身近になりました。今回は一緒に勇払原野のヒグマとの付き合い方を考えます。
昨年11月のエゾシカの第7回フォーラムは、『エゾシカの食害が雑木林の存続を危うくしている』というタイトルでまとめましたのでご覧ください。ちなみに今年は3月24日に、柏原の国道234号でヒグマの横断が目撃されたようです。


■4/6 ハスカップとドングリの実生苗、コモンズ小世界その後
おととしの暮れに鉢土に埋めたハスカップの冷凍果実と林道で拾ったドングリが、居間の窓辺で2シーズン目の新緑を出しました。ハスカップは落葉はしないまま最近まで元気でしたが、このところ葉っぱにサビ病のような茶斑が出てきました。ナラの方は古い葉が枯れ始め見る見るうちに別に冬芽が膨らんで1週間で開葉しました。世代交代です。低温に当たらずとも冬芽を形成するようで、これはちょっと意外な結果でした。毎朝、薪ストーブに火をつける前に、コップ3分の1ほど水を上げるのですが、今朝はこの2種の健気さと色合いに不憫さを覚え、園芸用の栄養剤を与えました。春になったら、現場の露地に移し替え、秋にまたハスカップとドングリのコモンズ小世界を一から再現します。


■4/5 出会ってよかった日本書紀の入門の書
余裕ができたら是非読まねばと思っていたのが日本書紀。そんな折、全く予備知識なしの状態で、この本に出合えてラッキーでした。日本の正史と言うべき国史が720年になぜ編まれたのか、なぜ漢文なのか…。それは、漢文が当時のアジアの共通語であり、広く各国に日本を知らしめる意図があったことなどに始まり、日本書紀に付随する雑学(近現代史も、さらに昨今の政治家の言動などもふんだんに触れ)などなど、実に様々なエピソードに寄り道して日本書紀の輪郭を明確にしたため、古色蒼然さがみじんも無くなっています。2019年7月の出版。1回目は傍線をひきつつ昨年一気に読み終え、今はゆっくり2回目、1300年前の日本も、シナとの関係では今と相似する荒波の中にあり、そこをくぐって今の日本がある、という感を強くします。「本当は世界に向けた情報発信だった」と帯にあります。加えて「古事記だけでは本当の日本はわからない」。阿部國治著の古事記全7巻を読み、本書を通読しての偽らざる感想でもあります。
昨日は二十四節気の「清明」でした。今日は昼前に2回目のフキノトウ採り。まだまだ里の雑木林には花はありませんが、唯一、ナニワズだけがぽつぽつと控えめに。写真は昨日の遠浅産。

■4/3 生活感を共有する歌壇・俳壇
時間ができて開始、再開したものがいくつかあり、その開始したものの一つが新聞の歌壇・俳壇の熟読、玩味です。よくぞここまで洞察し、情感を込めて巧みに歌い上げたものだと感動することしばしば。全国の津々浦々で日々を生きる大人の投句、投歌、時にはそこに高齢者ならではの共感もあったりします。人間っていいなあ、そして日本人の感性は細やかだなあ…。
今日のなるほど俳句 「一村に合格という別れあり」 …世間では時に「学歴は故郷を捨てさせる」とも。
今日のなるほど短歌 「小春日の縁に介護の日々語り語り尽くして帰る妹」 …ご主人の親の介護でしょうか。聞き役の姉。

■4/2 ちょっと待て、捨てるのは食べてからにして、「ポルチーニ」

断捨離に限らず、人は捨て始めると色々なモノが出てくるもので、家人は台所の棚をいじくって「これも捨てようか」と言います。見ると、7,8年前にどなたかに海外旅行のお土産にもらった「乾燥ポルチーニ」です(右)。ネットで調べると、本物はイタリアや中欧などのやや高いところに生えるイグチ科イグチ属のヤマドリタケのようですが、日本産ならヤマドリタケモドキが近いとのこと。一方、流通しているのは中国産のムラサキヤマドリタケだとされていて、もらった商品のラベルには、確かに中国産とあり輸入元は英国ロンドンの会社。開封するとかなり独特なにおいがあり、水で戻すと黒茶色に代わって、さらに強烈な香りを発しました。これをオニオンスープで食してみました。なるほど、独特の風味があり、歯ごたえは意外にもボリボリ、香りはラクヨウのような癖のある強いものがあります。ただ、とてもイグチを干したとは思えません。賞味期限を5年も過ぎているのにこの風味、もう少し付き合ってみることにしました。

■4/1 断捨離で残すもの、残されるもの、そして
3月下旬から、自宅小部屋で近年2回目の本の整理を断行しました。わずかな量なのに、大げさに断行とでも言わざるを得ない、気の重さがあるものです。職場に持ち込んでいて戻した若干の専門書や資料などの箱もなんと9か月振りにようやく開けて、本棚の余裕を勘案しもう一度選別しました。末期に向けた身辺整理、いわゆる終活か、と、あらためて歳と残された時間を振り返ることになります。だから先輩、ご同輩には妙な連帯感を覚えます。本は、読みながら対話しているうちに、思いついたことを記録するメモ用紙に変わるうえ、扉の裏にいつごろからか蔵書印を押すようになったので、家人は惜しむのだけども古本屋ではもう買い取ってはくれないものがほとんど。長い間、仕事と趣味が重なっていたため、自然一般、森林と樹木関係がメインになり、山、フライフィッシング、薪ストーブなどアウトドア系のうち大事なモノが残りましたが、意外なことに結果的に最も割合が多くなったのは、ヨガと瞑想、仏教や神道などの宗教、癒し、スピリチャル系と、古典関係と近現代史に関するもの。興味の的から離れていくモノと、コトと、ヒト、いずれも「去る者は日々に疎し」、まさにこのことわざ通りに進むものだと感心してしまいます。そうしてだんだんと身辺をそぎ落とし身軽にして、あの世に行く浮力を増すのだと思えばわかりやすい、と気がつきました。 

■3/31 田渕義雄氏の訃報を知る

薪ストーブ Fire Side のホームページで、田渕さんがご逝去されたことを知りました。わたしより七歳先輩にあたり、自然生活というものを、精神と行動を総動員して向き合い満喫する時代の先頭走者でした。奇しくも、山、森、釣り、薪ストーブ、、、でわたしは氏の系譜とかなり重なる現在になっていますが、それぞれの道で常に斜め前にいる敬愛するおひとりでした。訃報を知った Fire Side のエッセー集(数人が投稿)「森からの便り」の冒頭にはこうあります。「薪ストーブを中心にカントリーライフを満喫するヒントが詰まったエッセー集です。あなたのこころの栄養になりますよう・・・」。
昨年の11月、開発こうほうに、「地方に住む意味と動機~田園の風土と産土考~」という短いエッセーを書きましたが、その最後で、田渕氏にとって北海道は今も憧れの地であったことを紹介して結んだところでした。その2か月後、寒山の森の自宅で、薪ストーブの暖に包まれて亡くなられたようです。心よりご冥福をお祈りいたしします。合掌


■3/28 食の春、開幕

勇払原野の早春は、雑木林の落ち葉を掻きわけると、ひと掻きもしないうちに固い凍土に突き当たりますが、それでも日当たりを探して間もなく、小さなフキノトウが見つかりました。メンバーとの山仕事を終えてからの池の周り。本当に小さなフキノトウを8、9個ほど。早速、帰宅間もなくして、ホッキとフキノトウのかき揚げに取り掛かり、家人との二人分、たった二つを揚げました。朝、頼んでおいたホッキは大振りで1個で300円余りでしたが、二人なら十分です。「もう一つ食べたかったね」「でも、二つなら多いよ」。そんな会話をして、甘い春一番の山海の妙味を堪能。昨年の初かき揚げは、フキノトウふんだんな4月8日でした。

■3/27 遠い遠い国、ノルウェー
朝晩の野鳥の賑わいが、秋分のころ以降から鈍くなったように感じます。11月の中旬からの給餌ですから、ちょうど4か月。雪が消えれば野鳥は野外の餌に関心が向くのでしょうか。そう思ってみると、ヤマガラ、シジュウカラ、ゴジュウカラの林の鳥3種が来ていません。よし、よし。若干さびしいけれど、これも自然。間もなく餌が切れるので、今週で給餌は終わります。
ところで、昨日の下記ログをアップしながらノルウェーの薪生活(ノルウェー放送協会)を覗いていると、ノルウェーの風土が感覚的に伝わってきます。森林率は北欧にしては3分の1と低いのですが、国土の3分の1が北極圏にあることが背景だと思います。北欧はフィンランドに夏冬2回(デンマークを1回ちょいの間)で訪れましたが、イメージはやはり長い、暗い冬で、薪ストーブの炎の意味は、暖房だけではないようです。森が大好きなドイツ人が、「フィンランド人は森と語る」と一目置くのは、薪を通じて森とのつながりの深さが半端でないからでしょう。薪を仲介にして森や自然神と向き合っているようなイメージもあります。逆に、日本人、北海道人の多くはその絆がいつの間にか極めて希薄になっていないでしょうか。となれば想起されるのは、風土が精神を支配すること、そうして風土感覚を失えば自ずと精神も移ろう…。薪と森とヒトについて、そんな構図が見えてきます。


■3/26 北欧の名著『薪を焚く』との対話

北欧の薪の文化が一行ごとに伝わってくる、驚きの本が出ました。日本では2019年11月に初版、明けて2月にもう三刷です。著者ラーシュ・ミッティングはノルウェー人。訳者のあとがきで、本書は2011年にノルウェーで発行され、人口500万人の同国で16万部を超えるベストセラーとなり、クリスマスの贈り物になったと紹介されています。日本版の帯には「ただひたむきに木と対話する。そこに浮かび上がる、自然との関わり、道具への偏愛、スローライフの哲学、手仕事の喜び―。ノルウェーの伝統的な薪焚きの技術と精神を伝える薪と人の物語」とあります。本書のページをめくると最初の数行から、森や林と付き合う薪焚き人の心を、北欧ならではの感性で言葉にされていることに気づきます。そしてまだ北海道では姿を見せていない、薪を焚く文化の存在を知ります。そうして始まるこの本の描写する世界との対話。それは、寒く冬の長い北欧が、自然と対話する独特の感性を育んできたことをしのばせます。
2019年の「日々の迷想」7/21のログで紹介した、田渕義雄氏の「薪ストーブの本」も今、目の前にあり、何とも豊かな気分になります。そういえば、薪ストーブが燃える動画を延々と放映して高視聴率を記録して評判になったのもノルウェーでした。日本の民報局は、この出来事にヒントを得て90分の焚火の音の番組を制作しています。また、眠れない夜の焚火映像8時間は、視聴回数100万回超え。石油などの資源豊かな国ながら、電気が寸断されれば生活がストップするため、電気に頼らないエネルギー確保が、国の方針だともされています。同じ理由で、スウェーデンも、「脱原発」をやめました。今年の6月、NPOの森づくり研修のテーマは「薪と原子力」ですが、こんなエネルギー対応について理解を深めたいところ。


3/25 コロナ対応の不思議
日本の感染数が低いことに欧米の関心が集まっているようです。図は感染100人カウント後の推移が示されていますが、日本やシンガポール、香港に比べると、欧米は一目瞭然。ですが、縦軸は対数目盛なので実際はもっと急激なカーブですから、日本のこの現象は何故だ、検査不足か、ということになります。「米通信社ブルームバーグも、検査数の少なさを指摘しつつ、検査数が多いイタリアより致死率が低いことも紹介。握手やハグの少なさ、手洗い習慣などを肯定的な要素として挙げた」。一方、北朝鮮は感染ゼロと発表して疑念を持たれていますが、実情は逆で、金委員長は東海岸の寒い元山に避難し、それをカムフラージュするために近くからミサイルを何発か打っている、という事情通の話も聞こえます。妹に世襲を急ぐほど、健康状態は悪く末期的という見方も強まっています。いよいよ、ことは感染症でとどまらず地殻変動に進むのか。


■3/24 Land of Rebirth

武漢ウイルスの感染が懸念される微妙な時期でしたが、予定を崩さず、熊野三山をお参りしてきました。ウォーキングポール2本に体重をあずけ、鎮痛剤を服用しながらの、歳相応の旅行になりました。宿とJRとバスのフリーパスだけセットされた自由旅ですので、家人以外の誰にせかされることもありません。アジア客はゼロ、白人がチラホラ、静かなものです。初日の大門坂(写真左)では約6km、44階を昇り、那智大社、那智の御滝から那智勝浦へ戻って1泊。翌日は本宮大社、速玉神社、神倉神社など、約8km、限界でした。神倉神社のパワースポット・ゴトビキ岩は、階段数560余りの急斜を見て断念し、家人にお参りを託しました。
帰途はJRの特急で名古屋まで約4時間。山あいの風景とこの距離感は圧倒されますが、昔の人は京都と熊野を1か月で往復したと言いますから驚きです。白河院や後鳥羽上皇もしばしば往還したというので、本音としてはもっともっと楽な行程かと思っていました。
それにしても、故事来歴をものする資料を何度も読み直し、現地の世界遺産センターのモニター画像や解説を見ていると、時代を飛び越えて幾分なりとも歴史を共有できそうな感覚が湧き、そのことがなんとも新鮮でした。末法思想の渦巻く時代には、熊野をよみがえりの地(land of rebirth)として天皇から庶民までが押し寄せた背景までは、やはり現代感覚で推し量ることができませんが、どこか修行感覚だっただろうことは伺えます。
パンデミックで、五輪どころか経済も、教育界も、そして日本社会全体どころか、世界中がその対応に追われている中、のんびり旅行していたのはちょっと申し訳ない気もしますが、再生の願いを込めて日本を代表する聖地を巡るまねごとをできたのは、実に幸運でした。こんな折、わが北海道を思い起こせば、さほど遠くない昔、この地は人々の住む地として認知すらされていなかったことに思い至って、愕然とします。


■3/19 更新、しばし休みます
おはようございます。苫小牧は気持ちの良い快晴の朝を迎えました。昨日から、野鳥の訪問が激減しました。どうしたのでしょう。雪解けで自然の餌に戻っていったかな、と推測しましたが、このままでは餌が残ります。さて、時節柄、多少気にはなりますが、今日から予定通り本州方面に旅行するため、HPの更新が止まります。荷物の軽量化のためにパソコンを持たないことにしたためです。どうぞよい週末をお過ごしください。

3/17 手動の薪割り機
薪生活は、見た目ののどかさとは裏腹に、自賄いするのがとてつもなく面倒なもので、それ自体を楽しめる精神と、時間と、さらにチカラがないと、ただの夢で終わります。当方は、とりあえずやる気は満々で時間もありながら、いかんせん、チカラが微妙になってきました。薪の自賄いは、間伐に始まり薪割り・薪積みで一段落ですが、先日の薪割りでは、悪化していた股関節にとってはとうとう薪割りも良くないことが判明。昨年、間伐・伐倒を縮小・自粛したばかりですが、マサカリによる薪割りも断念しつつあります。
そこで前から物色していた手動の薪割り機をチェック。パワー10トンのものを3万円前後で買えるのですが、問題は重量です。写真のものを注文しようと思ったところ、なんと約50kg。これではちょっと扱いが難しい感じのため、40kgのものに傾いてきました。やりたいことと、やれることの間には、このようにずいぶんと開きがでてきました。歯医者さんにも常々、「入れ歯にしないでがんばって(あの世にいくまで)持たせましょう」と励まされるのですが、これからの生き方の極意は、「だましだまし、(あの世に行くまで)持たせること」と知りました。


3/16 不安と物悲しさ感
NHKのラジオ深夜便は午後11時過ぎ、アンカーの1分あるかなしかの短いトークで始まりますが、この語りのファンもきっと多いのではないでしょうか。その日、アンカーが見た風物に、個人的感想を入れ込んだ何気ないものですが、実に練られていて耳障りもよく、日本人の日常はさもありなんと思わせます。で、数あるアンカーの中のお一人に、「お仕事中の人も、病院のベッドに横になっている人も、眠れない人も、・・・どうぞお付き合い下さい」という主旨のフレーズを語る方がいて、ラジオを耳にしている大勢の人をぐっと引き寄せます。こちらの心持ちをお見通しでないのか?そんな気にもさせます。
この歳になると、夜中トイレに起きた際、目が冴えて眠れないことは多々あります。それが同年代以降の常であることは、同輩や先輩の経験談ですでに十分認識済み。その目覚めの瞬間に、何とはなしの不安と、物悲しさが湧いてくることがままあるわたしの場合は、その対応策までまじめに探ってみました。そうして行き当たったのが、数年前にも書いた、思想家・中村天風の「観念要素の更改法」でした。要約すると、「寝る前の最後の思考は朝の最初の思考となる」、「夜の世界こそはわが生命が宇宙霊の絶大な力と結び合おうとする尊い時であると同時に、心なく生きる人を向下に堕とす悪魔の跳梁する心許すまじ時なの」だ、だから、就寝前にある文言を誓いとして唱えよ、と言うのです。そして目覚めとともに、ある章句を口にする…。超越した多くの先人の偉さと卓見には唸りますが、言葉(や行動)が情緒や考えを誘導していくとする見方は、体験を通じて大いに同意します。実語教、論語など寺子屋で教えてきた心構えの朗読が、己の身の振り方を律し、方向付けをしてきた、自動車も電話もなかったやや古い時代。その心構えを置き忘れて、人々が心を病みそうになる今こそ、心の時代と言えますが、実行することは時代逆行のそしりを免れることができそうにありません。


3/14 目標は「ゆるい山仕事」
今年は材の需給のバランスが良く、余裕がある。思えば、このぐらいの余裕ある工程が、わたしたちにはふさわしいことを知る。林の保育を適切な施業でこなして、それも無理をしない方法で材を出してくる、そしてゆっくり丁寧に薪にする。この当たり前のやり方が、実は高齢者向きの「持続可能な森づくり」ではないだろうか。実のところ、青年期、壮年期の体力はもうなく、だからこそ、それぞれが腰痛持ち、膝痛持ちだったりする。そして過労は万病のもとだから、働きすぎは禁物である。
となると、やはり、わたしたちの「年寄、半日仕事」のスローガンは意味をもってくる。9時5時ではない、正味10時3時あたりがいいのではないか。前後の時間に余裕があれば、他のことに使うのも良いし、山で散策や歓談でもして一日を終えればよい。これから目指すべきは、「ゆるい山仕事」である。


3/13 パンのおいしさ
欧米人に人気の日本の食の定番は、従来は、すし、お好み焼きやたこ焼き、それとラーメンなどと言われてきましたが、そこに最近はパンが加わって注目のようです。この評判はスイーツとともに以前からじわじわと広がってきていて、メロンパンやカレーパンなどの調理パンも独自の世界が切り開かれてきた一方、コンビニでは100円そこそこでおいしいチーズケーキなどが食べられるなどというのも世界を見渡すと驚異の事実だと言います。確かに、ヨーロッパを旅行すると、朝食においしいパンと出会うことは少なく、いつもパサパサで、フランスに入国して初めておいしいものに出会えた記憶がよみがえります。15年ほど前、ドイツとオーストリアの森を見に行った時、同室になった方が旭川のパン屋さんのオーナーだったことを思い出しました。彼は毎朝、朝食のすべてのパンを食べてから「自分のパンの方がうまい」と小さくつぶやいて色々解説してくれました。欧州の国でわたしたちがパンがおいしくないと感じるその謎を解く答えとして、かつては備蓄した小麦を古い順に食べるから、という説がありましたが、どうもそればかりでなく、味覚、食習慣、そして何より日本人の食の追求もあるはずです。
今日は近くのパン屋さんで、大好きなシナモンロールとクロワッサンを買ってお昼にしましたが、レジ脇の小さなカフェをのぞくと、そこはおばさんたちのランチで満席でした。コロナ?はあ?という感じです。これも健全でよろしいのではないでしょうか。


■3/11 自然との折り合い、世間・社会との調整
地震、大雨などの気象災害は、実は自然現象の粛々たる結果であり、神様のイタズラでも悪魔の仕業でもないのですが、展開する悲劇が、単なる自然の出来事とは思えなくなります。疫病も含めると、それらは往々にして国難に発展します。800年ほど前の鴨長明の「方丈記」の世界とあまり変わりがないことがわかると同時に、わが日本は、つくづく天災の途絶えたことのない列島だったことに思い当たります。われわれのご先祖はそんな災いとなんとか折り合いを付け、生きてきたようです。無常感、むべなるかな、です。そして今はまさに内憂外患、難問山積。折り合いだけではすまない局面もあるでしょう。ここはひとつ、国難を回避すべく、賢く生きぬきたいものです。
大島山林の森林公園化で、苫東コモンズの設立前から公的な視点で地元と当方の活動の調整に尽力された、苫東コモンズの会員Aさんが他界されました。町議会議員を26年務めたほか、数多くの公職に就かれ、この4月に地方功労者として叙勲の運びだったとお聞きします。調整と言い先の折り合いと言い、令和の「和」につながる日本人らしい美徳、あるいは得意技ですが、誰にでもできるわけではありません。氏のご逝去に接したあと、葬儀の間、氏のもろもろの調整する姿が脳裏を巡りました。心よりご冥福をお祈りいたします。合掌


3/10 意外な大相撲の愉しみ
大阪場所は無観客で始まりました。そのお陰で大相撲の普段は聞こえてこない話が聞かれて、それなりに楽しんでいる方もおいでのはず。放映するNHKの工夫ももちろんあるでしょうが、観客のいない静かな館内だからこそ聞こえてくるエピソードもあります。その一つは、解説席の肉声。それが力士に聞こえないように席を覆ったとのこと。確かに、「今場所の〇〇は〇〇ですからねえ」とか余計な雑音はいけません。
また、ある相撲通が教えてくれたのは、横綱の土俵入りの際に行司が発する警蹕(けいひつ)の音。警蹕は神主さんが祝詞をあげる時に唸る「お~~」というあれだと思いますが、神様が降りてくる際とか、天皇皇后がお出ましになるときに先導しながら発するもののようです。改まった場などでうるさい人に誰かが「シ~~」ということがありますが、あれもその類でしょう。つまり毎日、土俵の上では神事が執り行われていて、その警蹕の音が今場所は聞き取れそうだ、というのです。
そのためには幕内力士の取り組みが始まる前にTVの前に、ビールではなく、お神酒をもって座る必要がある、と決めました。さて今日は聞こえるか。


3/8 白鳥たちが飛び交う雑木林にて 

雑木林は、直観的にサングラスが要る、と思うような快晴でした。気温は8℃。週の半ば、30cm近い雪が降ったため、林道も林床も雪がたっぷりで、林内の丸太を薪ヤードまで搬出を完了(動画はこちら)。渡り鳥が鳴きながら飛び交ういつもの季節が何事もなかったかのように到来。胆振の雑木林がもっともにぎやかで躍動感のある時期でしょう。

■3/06 林のゴミと熱

薪ストーブに毎朝点火するときには、新聞をねじったその上に、薪づくりの現場や林で拾ってきたゴミを載せます。今朝早く、そのゴミを載せる際に手にすると、ぼろぼろの樹皮、ちりじりになった落ち葉など、もろもろがあって、掌からこぼれ落ちる状態でした。なにやら腐食し始めた匂いもして、はて、自分は何をしているのか、というはてなと、山で腐れていくものを燃やして熱にしようとしているんだという、忘れていた発見がようやく追いかけてきます。
腐朽は虫と友達。このごろ家人は、少し多めに、居間の壁にいくつか虫を見つけています。頃は啓蟄。寒さが緩んで虫たちが外に出るその時期に、北海道では結構な大雪になりました。


■3/04 断食で正しい食を知る

この10年の間に、大腸憩室炎と食中毒で計3回、内科胃腸科の病院に入院して、そのつど、医療の処方として絶食を経験しました。初回、疾病の度合いをよそに、一体どんなことになるのか不安半分でかつ興味津々でしたが、3日目ころにやっと重湯が出て、3分粥、5分粥と少しずつ固形の食べ物に移っていく過程で、計らずも味のない重湯という食べ物のおいしさに気づき、やがて、ダシの効いた味のある食べ物に感動しました。
また、断食によって、身についていた食癖を断ち、もちろんアルコールからも離れてみて、生きている現代の宗教のヨガが、なぜ厳しく呼吸や体の在り方をただし、正しい食を言うのか、体得しました。
今朝は、土鍋を使って薪ストーブでホタテの貝柱を入れた中華粥を作り、食しました。時には少しだけ、正食に近づくべく祈って。合掌


■3/02 役に立たなくなった国語辞典
今日も新聞の歌壇、俳壇で未知の語句に出会いました。そして、調べました。吹越(ふっこし)、うすらい、松宇(しょうう)、皸(あかがり)、春隣、茎石など。特に茎石は、「茎石を探す川底暮れ残る」の投句で出会い、意味するところは、野沢菜など茎漬けをつける際の重し、のようです。う~ん、実にリアルにローカルな情景が浮かびます。これらは半世紀前になる高校生のころに使っていた旺文社・国語辞典にはどれ一つ載っていません。すべてネットで丁寧に追いかけ取捨選択して、やっと「これかな」と思える解にたどり着きます。日本の伝統文藝にはまったく恐れ入ってしまいます。と同時にネット検索なしには、いつのまにか精神生活めいたことは不可能になっていることに、あらためて唖然。.

■3/01 三月弥生の初日、一転、雪模様

昨日の山仕事のおかげか、夜中に一回も起きずに未明まで6時間、熟睡しました。たっぷり10cmも雪が積もったせいで、外が静かだったこともあったかもしれません。窓の外の鳥たちは、雪に隠れた餌を掘り出して食べ始めましたが、こんな日は特に野鳥の活性が高いようです。シメとスズメのたわいもない争奪戦が続き、ヤマガラとシジュウカラは、争いの収まった隙間にそっとやって来てさっと去ります。その朝まだき、薪ストーブ横の薪が右の写真です。なんだかくたびれた感じがありませんか。1年半も乾燥させている間に、樹皮は落ち、キノコやカビがはえ、木口は黒ずみ、なんとも朽ち果てる生き物の習いを映しているようです。今、ゆっくり三次燃焼中。
NPO苫東環境コモンズのページをリフォームしました。まったく余計なものを入れ込んで見にくくなっていました。備忘録のようにため込んでしまうのですね。一連の断捨離プロジェクトに合わせて、思い切り簡素化しました。


■2/28 星を眺める楽しみ

星や星座の知識はゼロですが、お月様が見えない日が続くと、どうもいけません。昨年は、どうしたことか、流れ星を一つも見ることができませんでした。その前の年は5つ見ました。写真の支笏湖のような星が見えるところに出向かなかったというのもありますが、苫小牧の夜空がひときわ明るくなっていないか、と疑ってもいます。(写真は借り物ですが、たまたま明るい街明かりはどうも苫小牧のようです。)というのも、かつては自宅の天窓から流れ星を見つけたこともあったのです。自慢できることではありませんが、寝る前のある時間、玄関かベランダに椅子を出して星を眺める習慣は冬の今も続いており、自分は凍死で死ぬ可能性すらあると内心思っています。
それでも冬の大三角形のリゲルやシリウスなどの一等星が南の空に輝き、それが日に日に西へ移動し、夜明け近くになって、地平線から火星が昇ってきます。しかもこの動きは確実です。天体は科学そのものであり、神であり、謎でもあります。その向こうには何があるのか・・・。そんなことを考えていると浮かんでくるのは、地球全体を一つの生命体と考える「 ガイア理論」、そして常にバランスを取っている恒常性ホメオスタシス。この不思議な天体の一か所にへばりついているヒトに、今、コロナウイルスが降りかかっています。これもこのホメオスタシスの中で飲み込んで、終息に向かってほしいところ。


■2/26 雑木林のリゾート、早春のニドムを歩く

かつてはなんてことはないヤブ山であった雑木林が、近年、国内外で人気のスポットだと聞きます。荒削りの風土をシェープアップして見せたリゾート・ニドム。観光シーズンとしては今はオフですが、この早春のリゾートを歩いてみました

■2/25 『水の星を生きる 
-ヒトはどこに向かっているのか』 船木幹也著
建築家の船木幹也さんは、梅田安治・北大名誉教授の紹介で、2012年に苫東コモンズの会員になられました。その前後から、自然エネルギーの薪と文明生活の関係などについてお茶を飲みながら時々お話を伺い、意見交換もさせていただいてきました。現在もGWには、NPOが江別の船木邸にレンタルの2トントラックで一年分の薪を届け、氏も薪割りの手伝いに遠浅の作業ヤードまで出かけてくることがあります。氏が書き溜めた文明論(標記)が(公社)日本建築家協会から2018年にだされています。間もなく啓蟄を迎える早春の日、我が家のストーブに薪をくべた折にふと本書を思い出し、氏の書かれた中から薪エッセーのような部分を拾ってみることにしました。少し長くなります。

「・・・特に電気エネルギー利用への転換により、われわれは自ら身体を使ってモノを手に入れることを忘れ、できるだけ体を使わず、スイッチのオン、オフのみで操作できる利便性を謳歌しています。人類は科学技術文明のなか、考えることを止めても、体を動かすことを忘れても何とか生きていけるようになりました。そして、このような環境の中に身を置くことが、快適性が確保された豊かさであり、進化であると錯覚しているのです。


 
ここで私の経験についても触れておきます。我が家では建設当初から壁式ペチカを使って暖房してきました。このペチカは燃料として石炭、コークス、灯油となんでも焚くことができます。我が家では初めには石炭を焚いていました。しかし新興住宅地であったこの地で、近所に家があまり建っていなかった間は良かったのですが、新しい住宅が建て込んでくるようになると、焚き始めの煙突からの煙が気になります。そこである時期から煙が出ないコークスに切り替えられました。しかし、コークスとて目に見える煙は少ないにしろ、非再生エネルギーを燃やし、二酸化炭素を出していることは変わりません。
 そして10年ほど前から、我が家は再生エネルギーである薪でペチカを暖める生活を始めています。そのためにある時期から私はNPO法人苫東環境コモンズに参加して、ささやかではありますが苫東地区の森林の環境保全に関わり、間伐材の薪割りを手伝い、廉い薪を確保しました。


 
毎日朝晩カマドで薪を焚くにはそれなりの段取りが必要です。まず毎日外から薪を運ぶ作業があり、時には大きな薪を割って焚きやすい大きさに割ることも考えなければなりません。雪が沢山降った時には、薪置き場までの除雪も必要になります。灰の始末もあります。灰と言えば薪を焚くようになってから、コークスや石炭の灰と違って、木灰は畑の肥料として使うことができるので、家の周りの小さな畑で処理し、ここでもゴミの減少に貢献しているわけです。
 このように薪を焚く生活は、現在大方の家庭で使っているタイマー付自動着火式の石油ストーブのように、スイッチひとつで操作できる利便性とはかけ離れた、手間ヒマがかかる生活です。しかしこれによって我が家の日常生活が、急に忙しくなったり、時間に追われて気ぜわしく動き出したわけではありません。むしろ私たち夫婦はカマドで薪がはぜる音、暖かい炎の動きになつかしさを感じながら、じっくり時間をかけて煮込んだ料理に舌鼓を打つ、このような生活を楽しみながら、冬の贅沢な時間をゆっくり過ごしています。・・・」


■2/23 二十四節気、雨水を過ぎて
昨日は午後から雨の中の山仕事になりました。そういえば19日は、「雪から雨へと変わり、降り積もった雪も溶けだす頃」という二十四節気の雨水だったのです。常々、これはよくできたものだと感心しますが、北海道でちょうどよいと思うのはこれも温暖化のしわざでしょうか。さらに詳しく七十二候を見ると2月23日は春霞の候とされますので、さすがにこれは北海道感覚ではズレがありそう。

古代中国で考案されたというこの二十四節気は、近年や今般の中国(中国共産党)からはちょっと想像できない、日本の精神に多大な影響を与えた「シナ」の文化の一つでした。論語や杜甫、李白の漢詩なども学んできたわたしなどは、この大きなギャップをなかなか受け入れがたいのですが、激動する昨今の世界に思いをいたせば、静穏に見えたのは日本だけ、極論すれば日本人の意識だけで、地球規模で見わたせば戦さのみならず激変、変動の連続だったことを歳とともに理解するようになりました。

さて、勤めを離れて半年以上も過ぎ、やっと本格的な断捨離に腰をあげることにしました。職場から引き揚げた専門書の箱がそのままで、箱を開き片付けに手を付け始めたのですが、既存のものも含めると、さあ、どこから手を付けるべきか。やはり、本と資料が問題。もう対外的に姿勢を正して書くこともなくなって、ホームページの小欄「迷想」など戯言だけになったので踏ん切りはつくはずが、そうもいきません。慣れ親しんだジャンル丸ごと捨てるのは、浮世への別れになるような妙な怖れが決断を鈍らせるみたい。未練を捨てきるまでにあと少しの時間がいるのか。きっとそのうち、すべてがゴミに見えてくるだろうと思います。結局、大荒れ予報の朝、ホームページの小さなリフォームをしただけで今回の試みはお茶を濁して終わりそう。



■2/21 落ち葉浄土

新聞の歌壇、俳壇は朝の脳の活性化に欠かせないものになってきました。短歌、俳句とも10首、10句くらいずつ音読して内容をイメージするのです。語彙力はなくはないはずなのにずいぶん知らない言葉に出会います。満天星(どうだん)、寒柝(かんたく)、大旦(おおあした)、広前(ひろまえ)、浮寝鳥(うきねどり)など。今日出会った不思議な言葉は「落ち葉浄土」。何気ない落ち葉をみてそこに浄土の世界が広がるというのです。わたしがいつも出会う雑木林の落ち葉が右の写真。左は、日本画家・不染鉄の「落ち葉浄土」。足元の落ち葉ひとひら、日常の瑣事にも浄土を見る・・・。こうしてみると、わたしがいつも見ている落ち葉の世界は何ともアッケラカンとしていますが、ひとりでこの落ち葉の世界に遊んでいると、確かに俗世とは少しばかり違ったなにかと対話しているような気もしていました。

■2/20 電力の選択

先日あるニュースで、北海道電力の社長か幹部の一人が、毎月おびただしい数の契約解除で困っていると発言していたのですが、なるほど、あるガソリンスタンドでも乗り換え、いわゆるエネチェンジの勧誘を受けました。調べてみると道内にはすでに24もの電力販売会社があって、勧誘を受けたのはまだネットでは記載されてない新規の会社のようでした。切り替えの割引がまずあって、エネチェンジの電力比較のシミュレーション比較結果を見ると、拙宅の現契約であれば最も多いところで年間約2万円の節約が可能だとのこと。手続きは数分でできそうですから、先の北電幹部の話とも符合します。ボーっとして生きているわたしは、発送電分離と電力(ガス)自由化の、本当の波の中にいることに,、やっと気が付きました。ですが、どうするかはまだ決めかねています。

2/19 ボストンの緑
from photolibrary
BSの世界街歩きの番組でボストンが映し出されていました。欧州から新大陸に移民して、その一部はアパラチア山脈の東側に吹き溜まりそれがボストンだと聞いたことがあります。ソローの森の生活もボストンの郊外でした。で、わたしがある時期、特に関心を寄せたのはボストンの緑地率でした。1970年代の統計でボストン市民一人当たり45㎡とトップクラスであり、当時東京や札幌は10㎡前後で、あのころ世界の都市と伍するために公園緑地を増やそうという国の施策がとられたのでした。いわば公園緑地バブルで、人々の欲する緑の質をさほど議論し成熟することはなく、もちろん緑の哲学に達することもなく、量的には増えました。「ボストンの緑」と検索するとこんな画像が出てきます。一方、「緑豊かな町」とすると、こんな日本のマチが出てきます。ボストンと日本のそれは、都市緑地と田園・里山のようなニュアンスの開きをわたしは感じますが、当方は人工的に美しく仕上がった都市公園よりも、ゆるい緑に惹かれます。ニュージーランドでとてつもなく緑地率の高い住宅地に行ってみましたが、わたしにはなんだか暗すぎました。近くでは白老の温泉分譲地に緑の多い町内がありますが、夏緑期は鬱陶しさを感じる人もいるはず。緑の快適さは理屈や数字ではなくまさに感性と習慣か。

2/18 よもや煙突火災に?!

日曜の朝、左のような黒い塊が屋根の下、特に外部煙突の下あたりに点々と落ちているのを見つけました。最大でも2cmに満たないポーラスなもろい塊です。まさか、煙突にこびりついたタールが燃える小規模な煙突火災が起きた可能性がないか心配になり、NPOの会員で薪ストーブ愛好家にも同じ経験がないか聞いてみる一方、薪ストーブ屋さんにも照会してみました。先方は、煙突のキャップに着いた燃えカスだろうという話。こちらが質のいい薪を上手に焚いていることはつとにご存じなので、この見立てに納得し、早速野鳥用のフィールドスコープで拡大してみると、薪ストーブ屋さんがいうモノがありました。気象データを調べると、丁度、金曜と土曜は風速12m/s程度の風が吹いていたので、このせいかも、と合点しました。昨夜は17m/s以上だったので、ならばとまた煙突の下を探すと、やはり、ありました。ほぼこれに間違いないでしょう。これでまずまず一安心です。

2/17 萌芽率データの読み直し

今月初め池田町で苫東コモンズの紹介をする際に、事前に資料やデータを再点検してみました。特に、調査レポートNO.3の88p図7のグラフ、左下の3つの数値が、柏原の調査結果をあいまいなものにしていることをもう一度考えてみました。この✖印の3か所は、発注者がコモンズに依頼した調査個所ではあるのですが、間伐実験個所ではなかったのではないかという疑問が出てきました。実はいずれもメガソーラーの南端部で工事個所として別業者が工事のために別途皆伐したと考えられるのです。そうなると例えば萌芽率の下がる夏に一斉皆伐をしたなど、広葉樹本来の萌芽力が出てこない伐採が行われたことも想定されます。
もしこの3か所を除外してグラフを見直すと、本/ha がゼロ、つまり皆伐した方が萌芽率が高く、たとえシカの食害にあったとしても雑木林の再生のためには断然欠かせない手法だということになってきます。


■2/15 林からの搬出、雪解けに追われる

一見のどかな早春の山仕事にも、懸念と危険が潜んでいた。

■2/13 ブイヤベースをつくる

お隣からたくさんのスケソウダラをいただきました。そのうちの3匹は塩を振っておいて、その夜、水炊きにしてポン酢で食べました。残り汁をみて、これは一度は作ってみたいと思っていたブイヤベースをやってみようと思いつきました。ブイヤベースは南仏マルセイユ当たりの郷土料理、もっと言えば漁師のごった煮のようですが、2,3回食べた感動は忘れがたいものがあります。固いことを言えば写真左のように地中海の魚介が4種類以上入っているものを指すようです。しかしスーパーを調達源にするとなかなかそうもいかず、アサリと海老、イカあたりがせいぜいです。今回はこのほか、ニンニク、玉ねぎ、セロリ、サフラン、オリーブ油、バター、マイタケ、ジャガイモ、トマトジュースなど。コトコト煮るという仏語の意味そのまま、薪ストーブに載せ、くつくつ、クツクツ。材料揃えと煮炊きに結構手間と時間がかかりますが、食してみると素材が混然一体、しかも各々のうまみ成分がすべて滲みだしているような和みと喜びがあります。反省は、もっと濃厚な味にするためにカジカや赤い魚など脂の多いものも混ぜるべしということでした。

2/12 『樹木たちの知られざる生活 森林管理官が聞いた森の声
 
幸いドイツにはもう4,5回行ったことになります。ドイツ人が森林なしに生きられないような、まさかの話を、その都度、見聞してきたような気がします。ドイツの森とセラピーに関する何冊かの本も読みました。ドイツの森と人は森林セラピーの現地というより、健康な人々が森とともにあることに喜びを感じている、そんな様子が伝わってくる場でした。この本は2015年にドイツで出版されベストセラーになりましたが(日本語版は2017年)、丁度この年、日本では清和研二氏の『樹は語る』(「2018/10/10日々の迷走」に簡単な書評あり)で出た年でした。両方とも森という自然のふところに深く踏み込んでおり、森林に関わる人ならぜひ手に取りたい1冊です。
わたしたちは勇払原野の雑木林で手入れと修景をしていますが、常々、手入れのために伐倒する技術はセミプロを目指し、森を見るハートはナチュラリストでありたいと願い、仕上げはアーティストの気持ちでガーデナーとしてつきあうことを心に刻んでいますが、わたし個人はそれに加えていつのまにか著者ヴォールレーベンのようなフォレスターの責任を感じるようになりました。信託を受けていると考えている勇払原野のここの林にも、本当の後見人はいないと知ったからであり、持続させるためには樹木たちの知られざる生活を知る必要があると考えたからでした。この2冊の著者の立場は違いますが、深い洞察に満ちており、いずれも一気に読むにはもったいない世界が描かれています。


2/11 報じられない裁判
2月6日、札幌高裁で注目すべき判決が出ました。5年前、元朝日新聞記者の植村隆氏が、ジャーナリストの櫻井よしこ氏を訴えていた裁判の二審で、櫻井氏が再び全面的に勝訴しました。植村氏が朝日新聞に掲載した慰安婦関連の記事が捏造だとした櫻井氏を名誉棄損で訴えたものでしたが、事実関係をよくフォローしてきた人にとっては当たり前の判決で、朝日新聞もすでに誤りを認めているものです。一昨年の一審では植村氏が女子挺身隊と慰安婦を混同(故意にかも)していると断じ、植村氏の控訴による二審では、植村氏の認識とは違って慰安婦は明らかに公娼であると明確にした点で注目されます。これは先のイ・ヨンフン教授の『反日種族主義』にも事細かく事実確認と分析がなされたとおり本件の結論でもありますが、これはかねてから櫻井氏や識者が主張してきたことでもありました。嘘が広まれば、それが違うよ、ということを示すために膨大な時間と労力が費やされる。まさに嘘は暴力とも言えます。しかし嘘をつかれそれを放置する方が悪いというのが、ふたつの隣国を相手に日本が思い知らされた教訓でした。ちなみにこの裁判はほとんどどこからも報道されていません。この根深さこそ恐るべし、です。

■2/09 間伐した雑木林の薪を燃やす(動画)

年末、今年は足りるだろうか、と危惧された薪は、2月の上旬、十分間に合うことがわかりました。10月の中頃には使い始め、暖冬とはいえしっかり焚いてきたので、木灰は段ボール箱二つを超えました。先日朝5時、熱効率のいい三次燃焼をさせていると、アヤシイ炎になりました。雑木林も薪ストーブも、こうして何度でも、かつ、深く、愉しみ味わうことができる…。雑木林つきあいの冥利(そんな言葉は聞かないけど)に尽きると思います。

■2/07 体の不具合を治すためには何でもやってみる


あっという間に立春を過ぎました。このころから本格的に雪が降って、札幌の積雪は昨日平年並みに戻ったと言います。日が長くなり、日差しに春を感じるようになりました。
さて健康関連の話です。昨年7月、時間ができてまず取り掛かったのが坐骨神経痛の治療でした。これは「緩消法」というインナーマッスルの揉みほぐしをしている間に3か月ほどで改善しました。若い施術士のもとです。年末からは股関節痛の改善に取り掛かりました。山仕事もままならなくなったため引退宣言をしてから、人工股関節の手術も念頭に入れ、まず経験者のお話を聞き、やはり手術は避けたい思いが募りました。次に評判の石部基実クリニックの著書を読んで推奨の歩き方を実践。「人は股関節から老いる」という新書の帯に目が行ったのがきっかけでした。しかしいまひとつで、散歩は続けながら次にチャレンジしたのが写真左のガイドブックにあった
「エゴスキュー体操」。これが意外なスグレモノで、翌日から変化を感じました。現在15日目、体操の日記には、「歩くのがだんだん億劫にならなくなった」、と書きました。わずか1,2kmなのに本当に歩くのを避け始めていたのです。これには我ながら驚きでした。この体操はアメリカの元軍人の方が考案したもののようで、同じ痛みでお悩みの方は是非一読とお試しをお勧めします。

■2/04 十勝・池田町でコモンズ林業を紹介

ワインで有名な池田町は林業にも熱心で、2月4日、あろうことか、苫東コモンズの森づくりを話してほしいとの依頼を受けていってきました。催しはシリーズの「森林資源フル活用セミナー」。会場は満員、篤林家の熱心な眼差しが新鮮で、寝ている人がいないのは驚きでした。久々にみる林業先進自治体の姿です。

■2/03 世界が動く

「日本の主婦が朝から連続ドラマを見ているなんて信じられない」と、英国在住のSNS仲間Mさんが語っていました。彼女は世界情勢や社会正義に敏感で政治的にもとても感度のよい方であり、問題のキャッチが早くアプローチが抜群でした。英国のEU離脱について、彼女はどんなふうに見ているのか、聞いてみたいものです。もう6,7年前になるでしょうか、コミュニティ・フォレストというとても語感のいい英国の新制度と運用について英国にでかけてヒアリングした時、制度の発端はEUによる各国へのしばりによるもので、英国人はこれを常々とても苦々しく感じていることを知りました。離脱を喜ぶデモのプラカードにも、「EUはもうたくさん」、「バイバイEU」、「私たち独自の法律」と書かれていて、ヒアリングのときの英国人の不満がやっぱりここにあるようだと偲ばれます。英国の主権をEUはもぎ取ってきたというのでしょう。令和2年、うるう年、世界は激動しています。

■2/02 丸太の搬出も始める

山仕事では昨日からスノーモービルで間伐した材を運び始めました。アカエゾは決して褒められた薪材ではありませんが、我々の主義主張から言って切り捨ててただ腐らすわけにはいきません。薪ストーブ愛好者みんなで分け合って使い切る予定。今日一日だけでも結構な量でした。
そして明けて今朝はどういう訳か、野鳥が活性化していてゴジュウカラですら何度も餌台に顔を出しました。滅多に来ないヒヨドリも来たほか、初めてツグミもやってきて正直、うれしい気分です。そうかそんな季節か、と思いをめぐらすとなんともう節分、立春と続くんですね。この調子でいくときっとキレンジャク、ヒレンジャクなども間もなく訪れるでしょう。キツツキはさすがに顔を見ません。物置の屋根の給餌はやめたので、カササギとカラスは来なくなりました。
さて、2020年の年間予定表を作りました。山仕事やコモンズの行事はこちらです。


■1/31ひいきの野鳥は今のところ、やはり林系
朝はまづめ時から野鳥が来ます。じっと見ていると、圧倒的に多いスズメに交じり、シジュウカラ、ヤマガラ、ゴジュウカらといった、普段は山林にいるだろう鳥たちも顔を出し喜ばせます。ただ警戒心が強いのでしょう、餌台の止まり木にキョロキョロとたった1秒もいないで飛び立ちます。本能にもとづく採餌の刹那。100%の野生は体調も100%でないと生き延びられないと言いますから、これがいわゆる自然なのだと思って見ています。庭の野鳥世界は、日々、自然界を引き寄せた小窓。いささか禁断のアソビのにおいもしつつ。

■1/30 コロナウイルスでみえる各国のリスク管理の甘さと本気度
新型肺炎のニュースが飛び交いますが、当局の発表を報道するだけでは真の情報になりえないことが益々明確になってきました。武漢のある医師は25日ころ、患者数は10万人を超え、病院は地獄だと発信、中国当局はこのような発信を片っ端から削除しているようですが、武漢を事実上閉鎖したことだけでも背景の深刻さがわかります。英国の専門家は2月4日まで25万人に拡大するだろうと予測。日本も週末まで店頭からマスクが無くなるという噂が出てきました。日本政府の対応にも遅すぎると批判が相次ぎ、たとえ指定感染症になっても中国人の訪日客の医療費を無料にしないような手立てをせよ、とtwitter でコメントされています。中国人の間で、日本に行けばタダで治療ができる、という情報が拡散しているとのこと。

■1/29 『反日種族主義』
わたしたち日本人、というか少なくともわたしは、嘘をつくことを自他ともに厳しく戒められ、嘘をついた日は良心の呵責のため夜も眠れないことを幼少のころから体験したものです。昨年11月、日本でも出版された李栄薫(イ・ヨンフン)著の表記の著書では、冒頭、「韓国の嘘つき文化は国際的に広く知れ渡っています」と始まります。日本での発売以前に、韓国では予想に反して(自国を嘘つき国家と断言するのですから)ベストセラーになり、日本でもたちまち30万部を超えました。確かに、もつれてきた日韓関係の真実を、ソウル大学の元教授が史実に基づき冷静に分析して見せ、教えられた歴史がことごとく嘘であることを公表していく、自制の効いた内容には多くの人が驚いたのは無理もありませんでした。ここ数年、韓国に良識はないのかと疑った日本人も多かった中での出版だったはずです。作家・百田尚樹の『今こそ、韓国に謝ろう そして「さらば」と言おう』はそんな時点で一見冗談風に表現した、しかし、大変まじめな一冊だったと思います。『反日種族主義』は出版間もなくAmazonのカスタマー・レビューで五つ星が並び、鬱屈して積もる日本人の不満や不条理への怒りが解消されるような、かつ抑制のきいた評を読むことができますが、その底に沈んで共通しているのが、なんといっても嘘に対する彼我の違いだと読みました。国と国との関係で、嘘をつき、これを国連などでのロビー活動によって国際世界にばらまくこともよしとする国々に我々は囲まれているのだと知ったことは、近年の皮肉な大収穫でした。自虐史観から解き放つ研究や著作がこれほど出てくる言論界、ネットメディアに身を浴することができるのは果たして幸福なことかどうか、一考を要します。

■1/28 ハスカップの隠れた性質と
生い立ち

冷凍していたハスカップの実と雑木林で拾ってきたミズナラのドングリを、小さな鉢のピートモスの培地に埋め込んだのは一昨年の年の瀬でしたから、もうかれこれ1年余り。ハスカップの一つはまるで先祖はツルだったかのようにヒョロヒョロと伸びて、何かに絡ませてもいいくらい。これは出窓の日当たりの良いところにあります。もう一つはサイドボードの上にあり、あまり日が当たらないのに徒長もせず、おおかたが10cmでほぼ固まったまま。秋、ドングリの葉と同じく枯れ始めるのかな、と見せかけて、結果、落葉することなく間もなく立春を迎えます。「じっと耐える」。ひょっとしてハスカップは原野の枯れ葉や禾本科の枯草の下で、こんな風にじっと出番を待つのでしょうか。年輪が50くらいしか数えられないハスカップが、いったいどうやって今日まで世代を交代してきたのか、実は何もわかっていません。それどころか、注目もされていないのではないでしょうか。
んな写真を撮っていると、冷蔵庫の中に去年とおととしのハスカップの塩漬けとシソ巻き、それと赤紫蘇の酢漬けがあったのを思い出し、炊飯ジャーの残りごはんで小さなニギリを作ってみました。冷凍ハスカップを軽く塩にまぶし軍艦巻きにしたものは意外性があり結構いけます。

■1/27 薪と原子力
毎年、NPOの研修先を考えるのが、少し面倒で、しかし楽しいひと時なのですが、今年のテーマは森づくりというより、エネルギーを考える時間ではどうかと考え、「薪と原子力」をテーマに選ぶよう提案し動き始めました。それで昨日に続き今日も宿泊先のアポを取り始めたところです。
ちなみに、世界の流れはCO2排出ゼロに向かっていますが、スウェーデンはいち早く脱原発を唱えた国で有名で環境少女Tさんもそんな中で社会的誕生を見たのでしょう。しかし、過去はそうでありながら、いま、スウェーデンは過去とは真逆の「脱・脱原発」の賛成派が80%となったとか。近年の暴風により災害が発生し電力が寸断された結果の、民意の変化のようです。
わたしはもともと当面の策として日本も原子力は利用せざるを得ない、とみるひとりですが、CO2排出を本気でやるのであれば、「再エネと原子力」が最有力です。このコンビが実は今回の研修テーマになります。薪と原子力。ハイテクとローテクという意味では両極端ですが、CO2からみれば、薪は再生可能のエネルギー源として最有力のひとつ。薪の時代が来て、地域の人々が林の手入れの腕を磨いて、コモンズのような森林公園を育てながらコミュニティが薪を利用する。こんな時代の到来を期待し夢見ながら、研修の企画書を書こうと思っています。補助金から林業を考えるのはもうやめて、コミュニティから森林を見る、という新しいトレンドが産まれれば面白い。遠浅に薪ストーブのテラスハウスなどができれば、マチはその最先端になるでしょう。
建築家の船木・薪会員に、持論でもある薪のある建築と暮らしの話を改めてお聞きしたい気もします。


■1/26 機械力 vs 手仕事

掛かり木の多いアカエゾマツの間伐で、見るに見かねた農家のmigita さんが除雪がてらトラクターで応援。まだ慣れない仕事の流れに作業の連携があと一歩でしたが、先週と今週だけで7、8本が片付いたので、確かに機械力に人が適度に加わればさすがだ。ふと、わたしがこだわる手仕事の山仕事について考えた。

■1/25 じっくり相撲を見る

時間が十分あって感謝していることのひとつは晴林雨読ができること、身体の治療に専心できること、、ささやかな野鳥の餌付け、料理、そして相撲観戦、と続きます(つまり、まだある)。特に今場所は、4時過ぎにビールをもってテレビの前に座り、家人も5時ころに同じいでたちで加わり、貴景勝が勝てばハイタッチとなります。で、今場所は特に面白い展開となって、横綱がいない下克上のような波乱万丈に息を止めて見入ることになりました。先日、解説の北の富士親方がある力士について、「本来なら休むべきじゃないの?」、と言っていたように力士の多くは満身創痍、相撲は相手はもとより怪我との闘いであると痛感します。貴景勝が昨年大きなけがを二つして土俵に戻ってきたのを見てもその意を強くし、彼の気概に感服します。天覧相撲も和みました。白鵬の場違いな振る舞いを明日は見なくて済んだというのもうれしい気がします。あとは誰が勝ってもOK。千秋楽はいかに。

1/23 ぼたん鍋

猪の肉を2ブロックいただいたので、大きい方はおすそ分けし小さい方で牡丹鍋をしました。牡丹は2,3度食しましたが一番最近は15年ほど前、大分県の長湯温泉で、主の観光カリスマ・首藤社長が会食時に差し入れてくれたものでした。今回はネットでいくつかレシピを見ましたが、おいしかった記憶のなかに、アクが出たこと、脂がしっかりあったこと、ゴボウが入っていたことが浮かんだので、肉は茹でこぼししました。味は味噌、お酒もたっぷりと。セリを入れたいところでしたが見つからず、三つ葉はやや高く、結局最後にミズナを載せました。ミズナではやはり料理がぼけます。ほかに白菜、ゴボウ、ニンジン、マイタケ、エノキタケ、長ネギ、焼き豆腐。自分で作るのは初めてですので、こういったジビエ料理は結構緊張します。珍しいものはたいてい剣呑がる家内の箸の出具合をよそに、マイペースで美味しくいただきました。野生の肉はやや硬いもので、ネパールやインド食べた放し飼いの鶏しかり、水牛に至ってはゴムのようでした。牡丹はそれにくらべてずっと上品。いただいたのは確か和歌山の猪だったでしょうか。この春、そちらに旅行をしようと思っていたので、いいつながりができました。合掌

■1/21 『絶望の林業』(その2)
先月の16日に続いて後半の感想を書きます。まず、第1部の絶望、第2部の失望、第3部が希望の林業と目次は続いていますが、読み終えてもやはり希望の光は見えてきませんでした。読んでいる途中から、この本は補助金のあり方、そして林業の採算をどう合わせるのか、という話に絞られているのがわかりました。森林行政と林業という産業です。だからGDPから離れない。国土保全と人の生業がかかるのですから、それはそれで当然なことで、国の政策として大変大事なことです。
ただ、森林の扱いという視点に立つと、林業とは別のところで、地方の森林は大きな課題を抱えているのではないかと思うのです。どこにも何にも役立たないで地方の林は腐っており、腐るだけでなく、里山的に人手が入れば、気持ちのよい人々の憩いのスペースになるチャンスを、行政も地域の人も無関心によって捨てているのが現状です。
今、日本の林業は膨大な経費で収穫し海外へ採算度外視の輸出をし、そのコストの70%は実は補助金という税金だと著者は暴いて見せます。その一方、GDPには出てこない地域通貨のようなもので動く、狭い範囲の流通こそ身近な林のささやかな林業ですが、思えば、それを無理やり「林業」の一部と位置付けるから居心地が悪かったのでした。地域に住む人々が身近な林に誰でも行けるスペースを「林業の技術」で創ること、換言するとそれは「里山コモンズの造園活動」であると言えるでしょう。国の補助金などあてにしないのは当然で、それでも自由な発想と動機で身の回りの環境を改善することは十分可能だと、今なら確信できます。地域の環境に関心があり、もっと快適な暮らしがしたいと望む気持ちがあればそんなに難しいことではないように思います。
雑木林だより108に続けて掲載しました)

■1/20 大寒に久々雪降る、申し訳なさそうに
今日は大寒。昔、子供心にも、親から大寒だぞと言われ身構えたような。その頃はまだ七草なども生きていて、セリやナズナをいただいたような気がします。まだ、天気が穏やかで風土とともに生きていたころのみちのくの話。季節とともに人々は暮らしていました。新聞の歌壇に秋田県大仙市の方の歌、『九十歳まで生きるならあと八年このうち半分雪との暮らし』。雪が消えるまで長いんでしょうねえ、豪雪地帯は。でも、大寒、折り返しです、春は近い。そう思えば冬は何とも短い。

■1/19 晴林雨読の近況

外は雪がないのに薪がどんどん減って、当初予定の見かけ5.4立方メートルはあと2割ほどになりました。育林コンペで個人的に確保したものを合わせてやっと足りる、という感じで、何とも心もとない。やはり大寒近くは立派に寒いのです。今朝は、夜明けとともに庭にヤマガラがやってきて、ゴジュウカラも昨朝に続き顔を見せました。シジュウカラはいつもちょいの間、止まってすぐ飛び立ちますが、スズメがアワ・ヒエなど小粒を好むのに対してシジュウカラはヒマワリをひとつだけ咥えて地面や薪の上に陣取り、ゆっくり、いやせわしなくつついて食べています。シメもヒマワリの方が向いているみたい。
山仕事では40数年生のアカエゾマツの造林地を間伐しているために、きれいなアカエゾマツ丸太が生まれて、昨日の昼休みにさてどう使うかと話題になりました。写真のように、焚き付けにはちょうど良く燃えるのですが、火の粉が飛ぶのでストーブのドアを開けておく初期段階は、火の粉で床を焦がさないよう離れられません。山ではアカエゾマツの林内に入るとテレペン油の香りが立ち込め、コブシの丸太のそばではコブシ独特の芳香が漂っています。健康に効能のあるシャワーのようです。


■1/16 中村哲氏のこと
先日、新年のご挨拶に伺ったU先生のオフィスで、ペシャワールの会の医師・中村哲さんが反政府勢力による殺害ではなく水利権の争いに巻き込まれたようだ、という噂をお伝えすると、先生もその情報を聞いており、すでに12月号のnewsletter のトップに心のこもった追悼文が書かれ発信されていました。12月にお邪魔できなかったわたし用にと、カレンダーとともに用意してあったものを出して下さいました。中村氏はアフガンでの灌漑の水路建設のために「土地改良事業の設計基準」をテキストにして取り組んでいたことがわかり、農業土木学会の著作賞を贈呈し、その一環で札幌で講演してもらったことも初めて知りました。写真は1月11日に開かれた偲ぶ会のフライヤーですが、左端に書かれた「あなたを郷土の先輩に持つことができ、心から誇りに思う」との一言に胸が詰まります。ご冥福をお祈りいたします。合掌



 2018年制作のDVD予告→アフガニスタン用水路が運ぶ恵みと平和

■1/14 勇払原野の動画作品『森と水の庭・ウトナイ』


下記のIRのブログを書いているうちに、動画作品『森と水の庭・ウトナイ』を突然思い出した。この中で、丹治一三氏が植苗を、わたしが苫東を、つまり勇払原野で隣接する二つの大きなエリアの変遷と定点観測の感想をさりげなく述べていたのだった。もう一五年ほど前の話で、これが龍村仁監督の「地球交響曲(ガイアシンフォニー)」の第7番か8番だったかと一緒に、北大のクラーク会館で上映されたこともあった。監督は北川陽念氏。わたしが登場するのは「夏」編。懐かしい作品です。初めての方は下記からどうぞ。
動画作品『森と水の庭・ウトナイ』➡  早春  

■1/14 I Rの結末

道内外を騒がせた苫小牧へのIR誘致は、鈴木知事が断念を表明して一段落の形となった。地元苫小牧の市長も市議会も、そして住民説明会に参集した市民も自治体担当者も、なんだかおさまりの悪い終結だったのではないか。丁寧に随時経過をフォローしてきた紙の街の小さな新聞「ひらく」も12月号のトップで簡単な総括をしていて、目を引いた。次ページに詳細、さらに石城謙吉氏の記事が続く。今となっては進め方自体への問題指摘も数々ありそうだ。スタート時はギャンブル依存症が問題だったが、結局は絶滅危惧種の存在など環境問題と調査準備が致命的になったようだ。ゴールポストも動きつつ行政の対応も後手後手で、市民との間に不信感だけが残った感がある。個人的には植苗のあの一帯の基礎的な自然環境調査が全く行われていなかったというのも意外だった。開発の事業計画がない以上、調査の主体が明確でないから仕方がないが、場所が場所だけに行政がウトナイ湖の保全のために基礎的な環境調査を先行しておくべきではなかったのか。IR一帯がウトナイ湖への重要な水源であることを思えば、もし絶滅危惧種の問題がクリアされた場合でも、トドメとなる最後の砦はリゾートホテルの地下水利用による、ウトナイ湖への水脈問題になったのではないか。2500ものベッド数の宿泊を地下水で賄うという計画はその時点でアウト予測できたのではないか。そのずっと手前の早々の断念であった。繰り返しになるが、ジェット機が頭上をかすめる勇払原野の広大なヤブ山が、ディベロッパーの大きなリゾート用地として眠っている訳で、話は今回のIRで終わったわけではない。今回、問題にならなかったが聴くところではIRを実施する際は、エクイティ投資と呼ばれる元本保証なし、返済期限なしの地元負担が一割という。それが事実なら仮に事業費が3000億だとすると、地元で300億の資金を準備することになるわけだが、そんな話は議論されたのだろうか。計画性のない不勉強のようなところが気になる動きだった。(ちなみに「ひらく」1月号には市議会各派の悲喜こもごもの見解が紹介されている)

■1/12 野鳥の愉しみ

昨年の11月半ばから、庭に簡単な餌台をふたつ用意し野鳥を呼んでいる。野鳥の会のサンクチュアリで小さな講演をすることになったので、中学生のころに読んだ、日本野鳥の会の創始者・中西悟堂の「定本野鳥記」を思い出し、氏のエッセーを読み直したことが発端である。幼少の記憶がよみがえり、むくむくと野鳥観察への思いが募った。鳥たちへのお披露目の意味もあってベランダや物置、薪小屋の屋根にも1週間ほどヒマワリやヒエなどを播いたので、設置して間もなく、スズメとカラス、カササギが来て賑わいが始まった。何よりうれしかったのは、ヤマガラやシジュウカラ、ゴジュウカラなど森林性の鳥たちが、餌ではなく薪小屋にきて樹皮をつついていたことである。今、シメの群れがやってきて、不器用に小さな台に載っている。スズメたちは、道路に面したレンギョウの藪を足場に、出窓の前のオンコの中にもぐって隙間からひょいと顔を出し、餌台に来る。

■1/10 日の出に思わず祈ること


気象庁の今日の日の出時刻は7:03。今年一番の快〃晴を見て、7時10分前に家をでてまだ太陽が雲から顔を出す前に余裕をもって海岸に着いた。何の心の準備もしていなかったので、何を祈るか自問しているうち、最初に頭に浮かんだのが、争いと貧困のない平和な世界、である。世界的視野などあまり持ち合わせていない自分なのに妙であるが、かくも世界は動いている一つの証か、市井の庶民まで平和を連想する。首相が「もう疲れた」と漏らしたかのような週刊誌の見出しも朝刊で見た。日本の令和2年は正念場である。平和ボケして平成から持ち越した懸案すべてを令和で片づけざるを得ないとある識者は言っていた。内憂外患の周辺事情、さすがにこれは一理ある。新年も10日を過ぎて再び新たな気分になる。

1/08 グローバリゼーションの悪夢
ふだんは雑木林という一見のどかなテーマを通して世間と世界を見ていますが、近年ほど国際情勢や政治と施策に首を突っ込んで、情報のシャワーを浴びざる得ないと感じることはかつてありませんでした。そのために複数の配信ネットから有料で情報を取り寄せ、情報誌や書籍なども、ギスギスしたものが多く読マサリマス。今、世界は何が起きてもおかしくない状況にあり、最近は第3次世界大戦という言葉も聞こえます。そしてそれを裏付けるような今日の中東のニュース。日本の足元も中国からジワジワと尖閣を狙われ、韓国からは捏造された情報発信で国連や国際会議周辺が汚染され続けたお蔭で、国民の目もようやく変わってきたという噂もあります。特に韓国とのやり取りでは日本がいかに情報操作に無頓着で放置し国益の守りに疎く甘かったかが示されて、政府もやっと本来あるべき方向に舵を切りだしたことは、絵にかいたような不幸中の幸いでした。
ここで見えているのは行き過ぎたグローバリゼーションが先進各国の国益をいかに損なうかが明白になったことではないでしょうか。しかし複雑化した国内外の関係性は、強力なトップでもその一部のパーツしかハンドリングができない。だから大きな流れとして移民の絡む入管法、水道の民営化、種子法、基礎的財政収支の黒字化目標、働き方や教育などなど、一連の改革という名の改悪に歯止めが効かない。そもそも仕組みが次第にきわめて難解になって、ついていくことも難しくなりました。その一方で、公にろくに
議論もされないうちに骨太の方針が固まるなんて言うのは全くおかしい・・・。この歳になって、出遅れたノンポリ老人は俄然目覚めてきたような気がしています。リタイヤ後の晴林雨読生活は、かくしてますます充実の方向に向かうことになります。


1/06 寒の入り

いよいよ寒くなるらしい寒の入りで、今日は小寒。薪小屋の薪は優に半分を割り、いささか心細くなってきました。こんな折、特別にストックしてある異形の薪が心強い。よほど苦労してこじれたのだろう、割れなかった硬い部分、節や二股部分は火がとても長持ちする。十分乾燥しているのに、なにせ、とても重たい。寒に入ってからのこれからにもってこいだ。人間学を学ぶ雑誌「致知」ではこんな「小寒」が紹介がされています。

1/04 雪のない初仕事
雪のない山仕事は内心うれしい。気温は−6℃だ。しかし雪がなければスノーモービルでの運材ができない。雪が少なければ、林道の雪はたちまち消えてしまう。「大丈夫、帳尻はあうから」と言われるが、できれば突然ではなく徐々に願いたいところ。








01/03 ボールペンの替え芯が象徴すること
新年早々、どうでもいい話をひとつ。ボールペンの替え芯である。ボールペンは景品などであまたの種類が手元に残るが、そういった使い捨ての他にもボディがしっかりした大事にしたいモノも中にはある。しかし、替え芯が文房具屋にそろっているかと言えばそうでなく、不都合というのか、不完全燃焼を感じる時が多い。このたび、捨てるには忍びない数本のボールペンを手にして、ついに Amazon でカタログと品番を相互に読み取って照合し、注文した。待てよ、この面倒さは何かを象徴していないか。細分化されたアイテムの、需給マッチングである。世の中のモノの好みが細分化されると、いざというときに丁寧に追いかけ、A と A、B と B というように一字たりとも違わぬように照合せざるを得ない。トレースも照合も面倒だが、今やここまで覚悟しないと便利さは手に入らないのである。さすがに最近は、焦らず、コツコツとこの手間をこなすようになってきた。これは我ながら便利さへの迎合、別の名を進歩というような気がする。

令和2年1月元旦 
新年あけましておめでとうございます
新しい年、令和2年を迎えました。昨年同様、今年もどうぞよろしくお付き合い下さいますよう。
年が替わるのはどこか脱皮に似た感覚を味わうのはわたしだけでしょうか。前の日が次の日になっただけなのに、昨日までの自分より少しだけ成長した自分を目指したい、そんな願いを含んでるのでしょう。念ずることでことが始まる、希望することでその方向にすでに一歩踏み込んでいるのだ、と言われます。毎年元旦には来し方を振り返り、行く末を一年分だけ現実的な目標を書き記すことにしていますが、昨年の元日に列記したあるべき姿はほぼ6、7割でかなっているかなと見ました。もとより目標が高くないのです。みなさまとともに、健康で実りある一年になりますように。