「杖」の効用を知る

NO.107
2019/11/01~

暇があるときは金がない、金があるときは暇がない、暇も金もあるときは命がない…。
昔の人は良く言ったものです。実に世間をみきわめた箴言で、言い得て妙です。

でも、この言葉にそうそう感心ばかりしてはいられない。山仕事の同志も、大なり小なり体の不具合と付き合っていて、一方、同窓生や親戚縁者の何人かはガンなどの重たい病と闘っています。

ただ、髪が黒くふさふさだったり、歩き方も一見ハンディがなさそうに見えると、まぎれもない健常者扱いから逃れることはできません。でも誰も気づいてくれないし労わってもくれない、という思いを胸に抱き嘆く方もいるでしょう、人間だものね。あれっ、どうしたのかな、体調悪いのかな、という気持ちはあっても、とっさに行動を起こしそっと席を譲ったり寄り添うこともなかなかできないものです。

かくいうわたしめ、1kmも歩くと股関節が痛み始め、3kmあたりで後悔し、5kmで帰りたくなるこの頃ですが、まだ歩けるうちにと、先日は欧州の世界遺産を巡りました。が、ついに、意を決して「杖」的なものを使用しました。杖では気持ちまで老け込むので、「ウォーキングポール」です。

これが功を奏して、常にグループの最後尾を気兼ねなくゆっくり歩くことができました。(笑い)

ことほどさように、これからの山仕事は自分のペースで進めなくては、と痛感するものです。幸い、「年寄、半日仕事」の合言葉は定着しつつあるし、お互いの身体の不具合と得意技も知った仲間内だから、高齢者モードの、持続的な山仕事の工夫を続けたいもの。

雑木林の日々は、ますます暮らしの潤滑剤であり、活力のビタミンであり、季節のおいしいものにも出会うことができるから、であります。かくして、生涯現役にまっしぐら。

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書評&林評  森林人(もりびと)通信「森の本棚」

2019/12/09 晴れ 0℃

■苫東の雑木林を人はどう見ているのか

間伐ボランティア札幌ウッディーズの広報誌「森林人通信」2019年秋号の「森の本棚」欄に、拙著『林とこころ』と苫東の雑木林についての感想が掲載されています。拙著への評価はともかくとして、苫東の雑木林を遠くの関係者はどのように見ておられるかがわかり、逆に地元の関係者の新たな啓発にもつながりそうなので、全文を転載させてもらうことにしました。ご執筆にこころから感謝しつつ。
*本稿は札幌ウッディーズがエントリーしている苫東コモンズの育林コンペ作業が下地になっています。


森の本棚 『林とこころ』 草苅健著~林の手入れは生き方である~

10月の定例作業は、遥か苫小牧、苫東の雑木林である(別掲参照)。久しぶりに足を踏み入れた。そこは故郷に舞い戻ったような懐かしさを覚えさせた。視線を巡らせては考えてみた。この林は、どうしてこんなに美しく、こころが休まるのだろう。仲間とも、「ホントに気持ちの良い林だなぁ」と言いあいながら帰路についたことを記憶している。苫東の林の魅力の秘密は何だろう?それを知るための恰好の一冊が本書であり、それは我が書架にホコリをかぶっていた!
改めてページを繰ってみると、この景観が生み出された仔細が余すところなく説かれている。著者は、手塩にかけて苫東の林を育ててこられた、当のご本人である。冒頭から自らの苫東における森づくりの実践と、それを導く思想と作法を生き生きと語って余すところがない。「林の手入れ、里山づくりはまさに自然とこころの出会いをつくる」、「林の手入れとは現代の一つの生き方であり、行動的冥想のひとときである」と言いきる。我が事ながら、先ごろの1週間ほどの入院加療中、まさに枕頭の書としてページを繰り、己の林との向き合い方を問うていた。それは今も。(高


山の神の参拝と直会の懇親会

2019/12/07 sat 曇り 0℃
abe-e inaba oyama kuri kusa tomi-k migita seki wada = 9 persons

山の神参拝


11時、つた森山林の山の神鳥居前に集合して、今年無事過ごしてこれたことのお礼と報告、そして来るべきシーズンの作業の安全、家族一同健やかに暮らせることを祈願した。


続いて、大島山林のドロノキのシンボルツリーに移動して参拝。migitaさんとwadaさんが、朝早く、注連縄に新しいピカピカの御幣をつけてくれて、ツリーには新鮮な輝きがあった。苫東ウッディーズのいつもの精鋭?で記念撮影。なんだか凛とした頼もしい風情が匂ってくる。

散会後、inaba さん、abe-eさんとそば哲でそばをいただいて、わたしは林を一周。キリリとしまった晩冬の裸木の林は、高村光太郎が謳うように、冬の逞しさが漂っている。光太郎は智恵子の心の病を癒すため、たしか安達太良山の方で療養していたころだから、太平洋岸の雑木林に向かい合っていたのではないか、と想像する。そこで、わたしの頭の中では、毎年、初冬の雪のないこの林の光景と光太郎のイメージが自動的につながってくる。

■地域活動における自分の位置

夜は苫小牧市内で直会(なおらい)の懇親会を開催。

リハビリ中の abe-b さんを励まそうと即席プラカードを手に持って記念撮影。寄せ書きには、氏に習った伐倒技術のさらなる向上への願望と、abe プロに再度デモをしてもらい技術を見せてほしい、との復帰のリクエストが書かれていた。

ところで、毎年、みんなで飲む機会は少なくないが、今年は出版記念とシカの勉強会なども加わって、いつもより多い感じがする。例によって今年の反省、新年の抱負などをやりとりしたあと、地域活動との関わりの濃淡についていくつか「感想」が述べられ、やがてエスカレートし、ついに「主張」が述べられて興味深かった。

元来、みんなの知恵と技術を持ち寄り、お互いの長短を補ってひとつの組織が成り立っている。当NPOでも不足する部分は事務局や外部者が埋め、外向きは、ある程度まとまった形のある法人格を呈している。そこに濃淡が出るのは当然であり、自分はこうしている、というスタイルを他に強要することは普通ない。

ただクラブ活動を含む多くの団体、コミュニティ、プロジェクトをくぐってきて70歳を前にして思うことは、「自分事」と「他人事」、さらにその外には「無関心」というジャンルがあって、ある目的集団ですら、「自分事」の濃い薄いがあり、組織側の益と自分の益の間のwin-win のバランスは微妙に違うことである。そこでは一方的にもらうだけの「ただ乗り」もままある。

興味深いことを思い出した。町内会などは何もしないで便益だけもらう「ただ乗り」がよく議論になるわけだが、いつもは協働の清掃や地域活動に不参加の40代の男性に、祭事の寄付集めのためにある役員が伺ったところ、「いつもお世話になっているのに何もできないで申し訳ない。せめてこれだけでも協力させてほしい」と驚くような大金を寄付されたというのである。そもそもこういったフェイス・ツー・フェイスでやり取りする機会すらなかったのではないか。

これが日本人というわが同胞の一般的な常識だと思う。しかしなかなか態度や行動で示すことができにくい。発信ももどかしいものだが、発信しないために結果的に相手や周りに伝わらない。地域のそういったつながり感覚の蓄積も実は重要な社会資本で、特にこういったパーソナルな蓄積を社会学の領域では「社会関係資本」social capital と呼んできた。そのソーシャル・キャピタルをたっぷり持っているコミュニティが、もっとも充実した手ごたえ、生きがいを得ることができるのだろうと思う。熟年者の3時間のやり取り、なかなか面白いのである。


力仕事の引退を覚悟

2019/12/05 tue 晴 -1℃
solo-work

■厚真グループで運材始まる

大島山林でオイルひと缶を置いて、一輪車3台を薪小屋に格納した後、育林コンペのわたしの雑木林coppice、マイ・コピスへ。ちょうど、NPO厚真森林(もり)結びの会のエリアで、炭材の運材が行われていた。ちょうどこの1週間は来て居ないので知らなかったが、平日、作業が行われていたのだろう、ユニック車一台がもうすぐ満杯だった。


小型ユンボを操作していた年配の方と立ち話をする。

「最大では直径30cm以上も炭木にするがちょうどいい林だ」
「ほだ木は今、山土場渡しで一本200円くらいだが、太い細い問わずなのでちょうどいいサイズだと思う」
「炭木は石ナラ(コナラ)がいい」(もちろん、イタヤはもっといい)
「中には、太くもないのに腐れが入っているものがある」
「新田林業や森田さん、木本さんも炭焼きはやめてしまった」
「昨年の地震でいくつも窯が落ちた(壊れた)」

若い腐れの話で現状を話した。また厚真の小規模林産業の動向も聞いた。前の冬にほだ木500本などが盗難にあったことを例に、震災で厚真産の林産物が激減したことが原因か、情報を聞きたかったが、確とした答えはなかった。

それはともかく、胆振の初冬の雑木林は、格別だ。実に美しい。武蔵野の雑木林よりもずっと若くてワイルドで、広がりが違う。だから「未来に続く」雰囲気を持っている。水たまりも凍って、車が汚れる心配がないのでとても気分よく運転できるのだ。

■股関節が壊れる前に、ほぼ限界を知る

股関節の痛みが、日常生活を送るための限界に差し掛かっていて、このところ、もう力仕事は引退しようと思い始めている。今週の山の神と忘年会の機会に、メンバーにお願いがてら報告しようと思う。

医者の話と調べたところをまとめると、左の股関節の大腿骨頭という部位の関節包とか滑膜のあたりが擦り減って痛みが発生しているらしい。医者は人工股関節が避けられないようなことを言っていたので、養生これ務めてみたが、だんだん歩くのがつらくなって重い物を持つのは特に悪いと感じるようになってきた。

体重60㎏であれば、歩行時は股関節に3倍の180kg程度の負荷がかかるらしく、実際、歩けば歩くほど痛みは増している。なんとか人工股関節にしないでしのぐために、ではどうセーブするか。

まず力仕事の第一線、伐倒の仕事から撤退することにしなければならないようだ。伐倒は、実は切るだけでなく、風倒木をトビでずらしたり、丸太を移動したり、枝を片づけたりと、全体重をかけた力技も求められる。わたしはいつも冬山用の下着に使い古しワイシャツ1枚で山仕事をこなしてきたが、それでもよく汗だくだった。

よく言われることだが、股関節の痛みから日常が消極的にならざるを得なくなるらしい。長生きしたければ逆に股関節を鍛えよ、と専門医はいう。鍛える術は知らないが、痛みから日常と人生を、内向き、消極的になるのはぜひ避けたい。


幸か不幸か、育林コンペから毎年少量の薪を出す必要があるので、ソロリソロリ、今日もやってみた。幸い、伐倒の腕は鈍っていないようで、重心の異なる丸太をふたつ、同じ方向にきれいに倒すことができた(トップの写真)。そのほか直径20cm級を3本倒し枝を片づけ、玉切りは半分だけ仕上げて、ちょうど2時間。これが限界だった。悲鳴を上げ始めている股関節をいたわりつつビッコを曳きながら、チェンソーやコンビ缶などを一個ずつ片づけた。

セーブしながらの作業なので、丸太はできるだけ横移動せず、最寄りの林床に5つ、7つと適当に積んでおくだけ。来春、トラックに片端から積んでいく予定だ。直径30cm級の風倒木が3本、依然として倒れたままで手つかずだ。これを来週2時間で処理できるだろうか。

■原野の華をベランダに

冬を前に、ツルウメモドキが原野で輝いている。雑木林の反対側の原野の一本から、枝を少々分けてもらい、野鳥がかなり来るようになった庭のベランダに、束ねてくくり、師走の賑わいを装った。

色彩は相当なインパクトだから、野鳥たちは何故これがここにあるのか、多少いぶかしげに寄ってくるのではないか。明日の朝が楽しみだ。動物はしばしば色盲だったりするから人間の思い過ごしである可能性も大いにある。でもやっぱりツルウメモドキには華がある。ちょっとたとえが悪いが、その唐突さは「美空ひばり」的かもしれない。


武蔵野の雑木林

2019/11/30 sat 晴 10℃くらいか

■神代植物公園にて





上京した折に神代植物公園に行ってみました。武蔵野の雑木林の名残を残す都立の公園で、面積は約50ヘクタール。うらやましい環境であり、施設のインフラも素晴らしい。また高齢者の自然系ボランティア活動も盛んなようで、正面入り口付近で木の実の展示をしていて、話をうかがいました。

クヌギやイヌシデ、アカマツも交じる、まさに雑木林ですが、苫東と共通するコナラがメインの林でもあります。で、森林の風景は苫東の雑木林と相似形です。わたしたちが扱っている雑木林も、世が世なら、人々をもっと魅了できる素質を十分持っています。

芝生広場でオーラを放っていたのはパンパスグラス。大きなボリュームが遠くからでも目を引いて人気者でした。帰りは深大寺入口から出て、深大寺そば。徳川3代目将軍家光が絶賛したという、古刹の門前にある由緒正しいそばです。七五三も重なって参拝客が大勢来ており、ここで遅い昼食をいただきました。

ここへ来たのは、先週、縁があって講演したウトナイ湖サンクチュアリの「日本野鳥の会」創設者・中西悟堂がここでかつて仏道の修行をしていたのを思い出したからです。彼の『定本・野鳥記』を中学生の時に全巻を読んで、わたしは鳥の世界に目が開かれました。当時はてっきりそのまま仏道を歩まれていると思い込んでいましたが、ちょっと事情はちがったかもしれません。講演を機に改めて氏のいくつかの野鳥観察記を読んでみましたが、さすがだなあ、と今も感動させてくれます。こんな文章を書くことができれば、もっと多くの人を自然にいざなうことができるかも知れないと思うと、感性と筆・言葉の力は侮れないと気分を新たにします。


11/30 山仕事の報告  by inabaさん

曇り時々晴れ

abe-e.oyama.wada.inaba.migita.sekimura 6名

migiさんsekiさんコンビは大島山林にて、スノモの通り道を中広場からなるべく直線に近い道を作るため終日励んだそうです。山の神参拝の時に拝見できそうです。

私は先週テラスの傷が気になったのでもう一度クレオトップを塗るつもりで容器とローラーを持って静川に向かいました。

 

現場に着いてビックリ! 薄っすらと雪が積もってました。少しでも早く乾いてくれなきゃと雪を掃き3本持ってたタオルで拭きでもなかなか日差しがありません。一時半頃まで待っても木口が乾かないけど決行しました。


育林コンペが終わった人達が戻ってから倒れていたトイレの囲いを治すにも、杭がないので 側にあった丸太で応急処置燃料タンク等などwadaさんが大島のスノモ小屋まで運んでくれました。


11/23 山仕事の報告     by inabaさん

oyama tomik wada Osawa kai inaba 6名
曇り時々晴れ  (気温のわりには寒かったです。)


私は籠を編むのに夢中でそれぞれの写真を撮るのをすっかりわすれて、帰りがけにパッシャと。
最初 細いブドウ蔓をみつけて編みはじめましたが、生木のわりにはパキパキ折れやすいので
あきらめコクワの細木を探し彷徨い歩き・・・何とかいい加減ですが完成!



勇払原野を学ぶ会
 「勇払原野とハスカップの逸話、あれこれ」

~ウトナイ湖サンクチュアリで講演~


2019/11/23 sat 曇り時々晴れ 10℃
solo-work    参加者 市民の方 15名      
➡ 報道 11/29 苫小牧民報

まず野外散策、「しょうもない植生」に意味が見える





3回目という学ぶ会に呼ばれて70分の講演をさせてもらった。前2回は動植物の研究者で3回目の今回がわたし。当方は特に立派な専門性もあるわけでなく、無理に上げると勇払原野に関わった時間だけ、初めて見てからざっと半世紀になるというあたりだけが、関わりとしての取り柄だ。。

イザベラ・バードと同様、さびしい風景に度肝を抜かれながら、その微妙な魅力に惹かれていった足取りとエピソードなどを軸にして、ハスカップや雑木林のことはそのお飾りのような、そんなゆるい話をした。

10時に開催者の中村チーフレンジャーがあいさつした後、まず野外にでて、ハスカップと、混在するホザキシモツケなどを見ながらウォーミングアップした。湖は真ん中あたりが鏡状態にないでいて、中村レンジャーに聞くと2,3日前から薄氷が張っているとのことだった。

ウトナイ湖岸はみごとに「しょうもない植生」に覆われている。ハンノキやもろもろの灌木、高茎草本が雑然と続き、倒木も枯れ木も混然一体の、いわば「しょうもない植生」だ。これがここでは意味があると思わせる。身近な里山、人の手の掛かった「手自然」を標榜する苫東コモンズと一線を画すところが良い。

わたしが「しょうもない植生」といって揶揄する代表は道ばた植生のタランボであるが、同じようにしょうもないところに良く生育しているのが「ツルウメモドキ」である。これがこの頃身の回りに見つからなくなった。都市化しているのだろうか。ところが、ウトナイの湖岸ではちょっとの間に10本前後見つかった。さすがである。帰途、駐車場のそばの藪に絡んでいた一枝を剪定ばさみでチョッキンし、居間に飾った。素晴らしい晩冬のメッセージである。「鳥たちはもう渡ったよ」と語っている。

思い出したが、「しょうもない植生」を意味ありげに見せるのは、植生と人工物の境界、いわゆるエッジである。この差を際立たせればするほど、人の向こう側の植生に意味が見いだせて、時に美も迫る。木道やアスファルト舗装などはその典型である。放置された自然に意味を感じさせるには自然と人工の比をいじることだ。

■勇払原野とハスカップの逸話で、新刊7冊買ってもらう



ここ数年、わたしは講演依頼があった場合に、未科学領域(非科学ではなく)の、エピソードのような、ゆるい話でもよければ、という条件を打診して引き受けることにしている。もう面倒でない話や好きな話に限定させてもらうという魂胆で、不思議な生き物の話とか、巫女様の予言とか、勇払原野で調査中に土地の神様「産土」の声が聞こえた話とか、掌が気を感じるようになったことなどをユルユルと話して、それにイヤシロチとパワースポットなどに脱線するのが常である。引用先や間違いに記を取られないので、聞いてもらえることそのものが、すでにうれしいからストレスがなくなった。

ウトナイ湖サンクチュアリでは、コモンズとコモンプール資源のことを紹介し、ハスカップがアムール川から流氷と千島海流に乗って勇払原野にたどり着いたのではないか、などというホラ話も混ぜた。

新刊は5冊だけ持参した。それでも股関節を傷めるほど重く感じたのだが、売れ行きがとても良く、2冊が不足して料金前払いで翌日発送することにした。


ギリギリの掛かり木処理

~ひとりではしてはいけない危険木~


2019/11/20 wed 曇り 風有り 2℃
solo-work

やはり、シラカバの枝折れは超・危ない





先週の続きに粛々と着手。先週は露払いのような足場片付けみたいな作業で終えたので、今日からが本番になる。風倒木と掛かり木処理は、どれから手を付けるかという段取りがとても重要だ。

目の前の状況は、風倒木3本と、掛かっている数本を倒さねばならないが、その前にどうしても、掛かっているシラカバの太い枝が折れてさらに掛かっているもうひとつのナラを処理しなくてはならない。いつもの連鎖状態である。

あまりしたくない仕事どころか、とくにシラカバの枝折れが絡むのは、正直逃げたい危険作業だ。なんどかヒヤリとしたし、危機一髪の思い出もあるほか、死んでいたかもしれないという忘れられない経験もした。シラカバはそういう木だ。皮は腐りにくいが材はグサグサになる。

しかし、これをクリアしないと連鎖した風倒木処理の糸口が開けない。ためらいつつ様子見し、逡巡の時間を過ぎてから、ようやく意を決して細心の注意を払いながら、チェンソーを入れた。目は、折れて幹にくっついたままのふと枝に向けながら、わずかな音の変化も逃さないように、少しずつ歯を入れる。

ミシ、と音がしたかと思うと、案の定、ふと枝はたくさんの枝ごとドシンと直下に落下した(上の写真左下)。わたしはふりこ状に振れた場合も想定して逃げの姿勢も取っていた。直撃されるからだ。

腐れて落ちる可能性は半分と見て着手したのだけれど、上の写真右下のように、生木に近く見えた折れ口は完全に切れていた。半分ではなく、ほぼ確実に落ちるとみなさなければならなかったことになる。

見よう見まねで試行錯誤し、ひとりで山仕事をしていた平成10年から20年前半にかけて、わたしはこのような「ためらい」に、泣きべそをかくようにして何度か出会ってきたが、やはり、ひとりの山仕事は避けたいと思う。危険だと自覚しているうちはまだいい方だ。

ただ、この危険な山仕事をくぐったおかげで、わたしは真剣に祈ることを覚えたし、自然観もやや大人になった。林と癒しの感性も磨かれ、それが『林とこころ』という一冊につながった。一方ではこの時期に足指の靭帯を損傷し、股関節もこの間に痛めていたのかもしれない。人生、にっちもさっちもいかないときがあるが、身近な山仕事にすらそんな時間がしばしばあった。

自分では仕方なく危険な山仕事を細心の注意を払いつつ実行するが、他の人にはすすめない。むしろやめるべきだ。危険を、科学的に回避する技術と経験はまだまだわたしにはない。

■高齢者の作業モードはこれか



その点、メソッドに乗っかった作業は別のやりがいがある。木を切ることを楽しいとは表現しないが、出来が試されているという緊張は充実と紙一重だ。

シラカバの一件をクリアしてから、一枚のクサビを使ってナラを伐倒した。スンナリ行くはずだったが、微妙に掛かり木になっていたために、大とびで切り株から外して倒した。股関節に負荷をかけないよう、玉切りした35cmは最寄りの位置に置いたままである。来春、ここまでタウンエース・トラックを入れて自宅まで積み出したい。

この風倒木処理でざっと10本くらいを伐採する必要があることがわかった。しかし、毎朝方の激痛はほぼ治ったはずだった坐骨神経痛が暴れだして、歩行が難しい。零度近い寒さのせいだろうか。股関節もきしんできた。年内に伐倒と玉切りを終えることはできるだろうか。少し暗い気分で2時過ぎに現場を離れる。


作業テントへの引っ越し

   
~間伐拠点のシーズン初めに~

2019/11/16 sat 曇り 2℃
inaba ohsawa oyama kusa tomik & m seki migita wada = 9 persons

薪ストーブの新調




新調した薪ストーブを作業用テントに搬入し、設置。煙突やストーブ台もこの際新しくなった。薪ストーブは、小樽の「薪ストーブの新保製作所」の3面窓付き、30,000円。思い切って煙突も高くしてくれたせいか、吸い込みは抜群で良く燃え、北海道弁で言えば「薪が、はかいく~(どんどん無くなる)」。よく見ると、ストーブの窓の隙間からいくらでも空気が入るから、火勢はあまり制御できない代物のようだ。

ちなみに商品名の最後に Fire Side という米国バーモントキャスティング社をイメージさせるネーミングがついているが、まったく似て非なるものであることがわかる。バーモント社は密閉こそストーブの真骨頂とばかり、完全密閉して火勢を微妙に管理下に置くが、これは隙間たっぷりなのだ。それに左右の窓が燃焼直後にたちまち煤けてしまって炎が見えにくくなる。

まあ、これは仕方がないことにしよう。とりあえず新シーズンの模様替えに欠かせない一品である。古い方を点検したら煙突の付け根が錆びてボロボロだった。コストパフォーマンスでいえば、小屋にある中国製鋳物60kgも3万円だから、密閉性と目方からみて、中国製がはるかにいいかもしれない。

焚き初めになにも供える用意がなかった。せめての思いを込めてガンピと桜の皮で初焚きすると、新品の塗料がくすぶってしばしテント内が煙った。テーブルの配置を変え、薪も運んでいよいよ12月からの間伐本番を迎える。

■スノモのルートを刈り払い、車道を付け替え



今日の仕事はそれだけでなく、スノーモービルの搬出用ショートカットのため、ohsawa さんがホザキシモツケとササを刈り払い(写真左)、痛んだ車道を付け替えるべくわずかな支障木を伐って排水溝の溝は不要木で埋めた(写真左、oyama & wada 両氏)。

朽ちるものが多い林の愉しみ



11月16日の山仕事はこのように色々な段取りがあり、各人、細々とした下準備や作業などに取り組んできた結果が、みごとに一段落した。migitaさんの新しくなった軽トラも大活躍だった。

来春、「林内苗畑」で養生する予定の苗づくりのため、inaba & tomim コンビが大小のドングリ200個ほどを拾ってくれた。かなりが落ち葉の下で発根していたようで、発芽前を探してもらったら今度は虫食いがかなり交じっているようだった。水に浮かべて沈むもののみ保管の予定。

また昨シーズン切った大きな倒木跡を見てみた。根返りの大きな傷跡は、静かに戻ったようで写真のようにあと一年で復元するかもしれない。もし不完全でも、大人5人ほどが乗れば動くはずだ。

細々した仕事の合間に、メンバーは誰彼ともなく林に入っていく。葉っぱも枝も切り株も、多くが朽ちていく林は、実に楽しみが多い。その循環の中にいることが心地よい。ムキタケの腐ってしまったものや、エノキタケの小さなものなど、立ち止まる楽しみも満載である。このような里山の愉しみに気づけない、気づかない現代人は、風土の貴重な恵みを捨てていることになるだろう、と思うのだが、余計なお世話だと言われるだろう。しかし、そろそろ、この余計なお世話の方に、人を引き寄せたい気もする。高齢化し、心身の病理と付き合わざるを得ない成熟社会を健やかに生きていくためにも。


晩秋のひとりの山仕事

2019/11/12 tue 10℃
solo-work


■「わたしの雑木林」で



思えば、われわれは勇払原野の雑木林の自称「山持ち」だった。そして、勤め人時代にずっと夢見てきた、晴耕雨読ならぬ晴「林」雨読がやっとできる境遇にあるのでした。この境遇が有難くてつい掌を合わせたくなるほどだ。気温も下がり葉も散った先週あたりから、いつでも木こりができる待ち焦がれた日がついにやってきた。あらかた葉っぱの落ちた晩秋の雑木林はどこにも勝るパラダイスであった。格別だ。



この秋は、まず、来シーズンの自宅の薪を補完するための風倒木3本を処理する算段をしている。来春、750kgのトラックを借りて積み出すためには、車を入れるための空間が必要で、そのための道作りが必須だ。埋もれ木も小枝も片付け、スムーズな徐行を受け入れる態勢さえ整えたら、あとは一気にかかり木とともに作業ができる。そして12月の初めにはこれを終えたい。山の神の後は令和元年シーズンの大島山林である。



ところが一気にとはいかなかった。左股関節の不具合が自己主張している。そしてとっておき、ひだまりチェアリングの幸福。よし、このペース、このリズムだ。



雑木林の保育とシカの食害を考えるフォーラム

~持続可能なコモンズ林業とこれからの対策~

2019/11/09 sat 晴 10℃
abe-e inaba oyama ohsawa kusa kurita tomik & m migita wada kodama kurita = 12 persons
NPO関係者 5 報道関係者 5 参加者合計 22名

日本の野生動物管理と北海道のエゾシカの実態、そして勇払原野の現状

↑最終的な企画チラシ。右写真上に梶講師のプロフィール。



9日は午後2時から、苫小牧市市民活動センター4階で表記の勉強会を開催。NPO会員を中心とした内輪の勉強会とはいいつつ、日本を代表する野生動物管理の第一人者に胆振のエゾシカ対策を聞くとあって、土地所有者の㈱苫東の緑地担当の方や行政、育林コンペ参加団体、地元の報道関係者にも開催の連絡をした結果、合計22名が参加されました。

勉強会の呼称は、対外的な企画のチラシでは第7回のフォーラムとしました。NPOは開発協会のコモンズ研究会と共催で、平成21年から23年はコモンズとはなにかをテーマに計3回のフォーラムを実施、そのあとハスカップとコモンズをテーマに2回(以上5回は苫小牧サンガーデンで開催)、6回目は北大100年記念館で北海道におけるコモンズ展開をテーマに、それぞれ開催してきたことを踏まえたものです。

■講演等の内容

講師の梶先生は、苫東のシカ関係で30年以上のつながりを持つほか、雑木林にも何回か訪問したこともある、当NPOの薪会員。札幌の自宅では現在、大島山林の「雑木薪」で暖房を採っています。胆振の現場の事情もよく踏まえながら、全国各地の取り組み、知床などでの先駆的実践等を1時間にわたって講演しました。

特に、エゾシカの爆発的増加によって知床の植林などが壊滅的に被害を受けていることを梶さんが指摘し近年ようやくそれが共通認識になってきたこと、生息密度を管理するためには雌ジカの捕獲が不可欠であることをデータで実証し実践に向かったことなど、科学的知見と粘り強い議論を踏まえて合意形成を図ってきた経緯などが、具体的に述べられました。

続いて、当NPOの草苅事務局長が、苫東の雑木林保育の目的、背景、現状等を、30年度の受託調査結果の報告書をもとに報告しました。このなかでは、従来の天然更新で進められてきた胆振の伝統的な広葉樹林施業のサイクルと、シカの食害によってこのサイクルが狂い始めていることなどが強調されました。

工業都市と言われる苫小牧で、雑木林に注目する人はかなり限定されるうえ、その更新がシカによって阻害されていることに関心を寄せる人はもとより限られていますが、道内外の事例と照らし、勇払原野の今の現状と将来に向けた対策について、たとえ少数の方であっても理解が進めばフォーラムの意味があったのではないか、そして意欲的な実験的な取り組みもしやすくなるのではないか、と考えられます。

なお、フォーラムの具体的内容は後日、活字にして本ホームページで公開の予定です。


伐倒技術と勘をシーズン前に呼び覚ます

2019/11/02 sat 晴 13℃
abe-e inaba oyama ohsawa kai kusa tomik & m wada = 9persons


ころっと忘れた技術と勘を蘇らす




今年もいつもは講師を務めるabeプロが不在のため、比較的経験の長い3名が講師役となって、軽いミーティング後、早速開始。クサビを使って正確に伐倒する欧州の方式で、直径30~45cmのナラを伐倒するデモンストレーション・タイプの相互研修です。

まず、何故この方法を選び、どちらの方向に伐倒しようとしているのかをプレゼンテーションした後、実技へ。最後に、伐倒技術の良しあし(履歴)を物語る証言者「切り株」を見ながら、相互に講評し反省会をします。



ちなみに研修で伐倒したのは、この一帯で最も太い通直なコナラの周りの隣接木。ベンチをセットした(木になるベンチ)ころから、樹冠の枝が触れるのでいずれ抜き切りをせねば、と話していたもの。伐倒がのびのびになって、ついに枝が枯れ、枝折れも発生したため、伐倒を決断した経緯があります。あらためて樹冠をみると、手を下すのが遅かったと見えて、完全に片枝になってしまっています。

■シメジは楽し



紅葉のころには、しばしばシメジを採っていたことを思いだすこの頃です。先週はハイイロシメジをみつけました。今日は小屋周りの敷地の中で白いキノコの丸いリングが見えました。シメジの一部は、菌糸が円を描くのです。香りが先週より強く、傘がきれいな白色なのでシロノハイイロシメジ、この辺で俗に言うシロシメジではないかと思います。

シメジは、ムラサキシメジもハイイロシメジも香りやダシがいまひとつ大人しいため、収穫がいつも大量になる割に評価が低いものですが、牧草に生えるコムラサキシメジやシロシメジは別です。明らかにダシ、香りに差があります。油揚げを少々刻んで合わせると、わたし好みのシメジのそうめんができます。

写真右は先週のハイイロシメジのそうめん。香りが大人しいといっても、そこはシメジです。上品なダシが出ました。果たして土曜日の写真左がシロなのか。白黒、いや白灰は食べればわかるはず。シメジは今が採りごろ。シロシメジは冷凍もできるので、もう少し採りたいところ。ミゾレが降るころにはエノキタケです。

追伸;11/2採集したのはシロだと思われます。虫だししている間に、特有の香り成分を揮発させ、人によってはキツイ悪臭という人がいるかも。それが出ましたし、漬けた塩水が赤っぽく変色、冷凍するころは強烈アピール。従って、11/2朝の収穫物はシロではないか、の結論。