風景をどう見せるか
NO.92
2016/07/02/~

広大な苫東の景観形成に取り組んでいた30年ほど前、
人工と自然の境界、景観工学などで言ういわゆる「エッヂ」をどう見せるかが
とても意味があることに気づいた。極論すれば、道路の路肩さえモノトーンに刈りそろえれば、
近景から向こうのヨシの原野だって意味を持って見えてくるということである。
言ってみればどおってことではないけれど、
経費をかけないで風景を納める手法、原理の採集に熱心だったころ、
これは膝をたたく画期的で重要なセオリーだった。
今、北海道のテーマパーク的なガーデニングはしばらく続いていた多年草のイングリッシュガーデン、
特にボーダ―花壇への傾斜からさらに進んで
繁茂させた郷土植生の中にボードウォークなどの人工を創ってみせる。
北海道人は見知った植生で和み、欧米人やアジアのインバウンド客はなじみのない緑の景観に
はっとする。景観を藪などで一旦閉じて、急に開けた本丸を見せる。
ここでもエッヂの役割は大きく働いている。



赤とんぼが現れて、蚊が消える
~小屋を根城に疑似「里山」を演出する~

2016/08/27 sat 快晴 24℃くらい
abe inaba oyama kusa kuri tomik = 6 persons


蚊とマダニがいれば、普通、人は来ない。よし、あきらめよう!
それでいいんだ!


あんなに押し寄せてきた蚊が、今日はほとんどいない。かたや、赤とんぼが止まる。ああ、やっぱり、赤とんぼが出ると蚊が格段に減るのか。今年も同じようなことをつぶやいていた。

因果関係はわからない。赤とんぼが蚊を食べるからだ、という説もまことしやかにこの辺では飛び交う。赤とんぼが出現する頃合いと、大嫌いな憎き蚊が激減するのが一緒とあれば、やはりそう考えるのが人間の思考回路だ。それにわたしたち庶民が「赤とんぼ」という日本人の魂の歌とでも呼ぶべき童謡で親しんだ、あの赤とんぼだ。森で仕事をする人を救済するヒーローとなってもおかしくない。

それにしても不快昆虫は日本人の森への親しみを阻害している。北海道ではこの夏、ダニが媒介するウイルスで初めて人が死んだ。恐れていたことが判明してしまった。わたしなど、多い時にはズボンから首筋まで10数匹もついていることがある。数年に一度くらいの確率で肉に食い込まれる。

若いころ、石狩岳の尾根筋でテントを張っていたら、山仲間の女性は胸にダニがくっついている、といって外へ出て行ったことがある。あれはマダニを始めて意識した時だった。あのあと、勤めてからフィールド調査のデータをまとめていた夜の職場で、急に股間に痛みが走った。トイレに行ってみると、男の大事なフクロに茶色の粒がついていて足が動いていた。ぞっとして、引っ張っても取れない。思いっきり引っ張ったらとれると同時に鮮血が飛んだ。ヤツめ、血管を噛んでいたか。

余計な話が長くなったが、風土病のような恐るべき被害がでるとなれば、人はますます林から遠ざかるだろう。また、手入れのされていない、湿っぽい風通しの悪い林は、しばしば蚊の大発生地であり、心静かに散策を楽しむどころではない。競走馬を扱う牧場は特に、馬のために周りの林は風が良く通るように間伐し藪をなくす、と聞いた。なるほど社台ファームなどはそうなっている。それを見習おうと心がけてきた。またこうやって見通しをよくすることは、クマが嫌がる一方、人は安心感が増す。

実は、マダニや蚊の居る時期もおいでよ、と実は声をかけたかった。このごろ、「虫のいるうちは林なんか行かない」というのはあたりまえだ、「苫東の雑木林は、紅葉(10月末)から早春(5月末)までの間に散歩しよう」と考えるようになった。不快昆虫の居る間は避けて当然、と割り切るのである。秋のキノコ採り、春の山菜取り、刈り払いなどの仕事などはたとえ虫がいても仕方なく入るけれど、それは見返りがあるからだ。


(ささみちフットパスを刈っているとタヌキのため糞が前回より一段と広がっていた。なにかタネのあるものをもっぱら食べている。タヌキが採れる今の種子は、おそらくチョウセンゴミシだろう。)










■所詮、疑似「里山」にすぎないが、体験してみてわかることがある

薪の仕事が終わったのでルーティンワークに戻ることとなった。小屋周りの里山景観の作業だ。

年一回の小屋掃除をするにはうってつけの快晴で空気も乾燥している。inabaさんが掃除機をかけ、窓を拭いてストーブの灰で汚れた周りも吸い取って見違えるようになった。

ただ、発電機のガソリンを上厚真の農協(小屋から3.5km)に買いにいって迷子になり、大島山林まで行ってしまったことも付記しておこう。一時間半も帰ってこないのでどうしたことかと心配されたが、11時のおやつにと頼んだアイスは、お昼のちょうどよいデザートになった。爆笑の中、おいしくいただいたのはもちろん。

薪ストーブの窓も灰汁できれいに磨いた

作業のあとに憩いあり


それはともかく、「小屋は周りを里山にする」。ここは一面500haも続くのっぺらぼうの雑木林だった。そこに突如建てられた木造の構造物にいろいろな生き物が寄ってきたうえに、もちろん人も集うようになったことを、平成9年にこの小屋を作ってから気づいた。小屋を作ると、いろいろやることがある。ピザ窯や冥想テラスや、ベランダや薪置き場や、駐車場やら、明るい広場やら、と何かにとやっていると小屋の周りは人気(ひとけ)がついてきて、やがて、ああ、里山の雰囲気はこうやって出来上がるんだ、と納得した。

それらのうちでもっとも里山らしい作業は、間伐だった。うっそうとした周りをまずha700本ほどの密度に下げ、林床を刈った方が気持ちがいいからと刈りこんでいった。

所詮、人が住んでいないにせものの里山だが、この疑似里山を satoyama と横文字で書いてみると何やら新しい空間概念のように見えてくるから不思議だ。


萌芽更新のいろいろ

~台風あけの8/23の苫東訪問~

コモンズ関連のいくつかの打ち合わせの必要があって、台風9号の余韻を残した
23日の午後、札幌の職場から南千歳経由で苫東会社へ。

懸案というのは

①大島山林の間伐に関する伐採届と現状、そして来年度の予定
②雑木林景観を持続させるためのモザイク間伐のその後の萌芽状態
③ハスカップのもう一つの大群落さがし
④遊水地のエリア確定と工事、サンクチュアリの関係

で、かなり盛りだくさんな内容。特に②は12月のコモンズフォーラムの報告材料である。
この日の様子や所見をどこにメモしておこうかと迷った末、「雑木林だより」にたどりついた。
あとでもっとも開きやすいから、という理由。

モザイク間伐は雑木林景観の維持に効果があるのか

22年度から苫東が着手したほだ木生産を目的とした間伐は、雑木林景観を壊さない方
法を模索して計画された。柏原の将来の工業用地にある広大な広葉樹林を対象に
したもの。その考え方の基本は共著『コモンズ 地域の再生と創造』の101ペー
ジに描いたイメージである。市松模様の皆伐で、故辻井達一北大教授から聞いた
ところではカナダでも行われていた、という手法。これがどうなったか。50m四方で
皆伐した数か所を見た。結果は次のとおり。

①皆伐跡地はすべて高さ2m前後の木本、または草本に覆われていた。木本の多
くはシラカバで、攪乱後侵入する典型であるタラノキも目についた。



②草本は黄色のアワダチソウが目立った。所によって最も被度が高いのは笹で
あった。



③全般的にナラ類の切株の萌芽は少なかった。直径2cm、高さ60cm前後の
ナラは多数見られたが、シュートの形状は実生ではなく、灌木状のナラを伐採し
た後のナラである。このようなナラは少なくないので、今後年月を経ればナラ主体の
林に見える可能性が高い。
④シャープのソーラー建設地わきの皆伐跡地は、直径30cmクラスのナラが主
体だったが、萌芽はほとんど見られなかった。北大の研究では直径が太くなるに
つれ萌芽力が落ちるとされたが、それを裏付ける結果。しかし、ブルによる攪乱
のせいか、実生のナラの更新が顕著だった。


↑皆伐あと


↑不思議に萌芽がない

以上のことから、伐採後3~5年を経た現段階では、
①広葉樹林景観を損ねることなく持続されている
②萌芽更新のスピードと勢いが、千歳空港や植苗病院ほどでないがほぼ間違いな
く広葉樹林に移行していく
③直径30cm前後以上は、たとえ皆伐であっても萌芽はあまり期待できないことを念
頭において攪乱やその他の広葉樹の侵入を待たねばならない

などが考えられる。

ハスカップ・サンクチュアリは遊水地計画の外だった

NPOは苫東の勇払原野にある最大のハスカップ自生地と目されるエリアについ
て、まず密度の濃い自生地一帯を「ハスカップ・サンクチュアリ」と命名したうえで、
その核心部2haを8ブロックにわけてGPSをも用いた分布調査を行ってきた。

調査はいわゆる植生全般ではなく、ハスカップがヤチハンノキやサクラに被圧さ
れて徒長し枯死していることを発見して、ハンノキとハスカップの分布位置をプ
ロット化し、生死別に図化した。また、ハスカップと同属のベニバナヒョウタンボクが
徒長したものから順に大量に枯死しているため、これがハスカップの枯死
の前兆にあたるのではないかとの仮説をたて、ベニバナヒョウタンボクの位置も
GPSでプロット化した。原野の中の、周囲より50cmほど高い微地形の丘で
はミズナラやコナラが生立していたのでこれも記録した。

この調査は、以上のように最も生立密度が濃く、かつ大面積の群落と目されるエリアを
対象にしたものだが、この調査をはじめたころ、この一帯約1000haを安平川の遊水地と
して機能させる、という案が出され協議会のようなものが動き出した。

札幌市立大学の矢部教授や日本野鳥の会、自然保護グループなどが委員になっ
ており、平成26年に950haとされた遊水地の形がきまった。

当方が入手していた植生図のエリアが計画区域として聞いていたので、わたしは
サンクチュアリがすべてその植生図に中にあることから「サンクチュアリのうち
2haも遊水地内」と判断していた。




が、これは間違いだった。サンクチュアリの多くは遊水地だが、排水路沿いの密
度の濃い部分は工業用地となり、あの2haは遊水地と工業用地の境界線あたりに
ある。したがって土塁や土手の工事が行われる場合は、移植などの環境影響緩和
策(ミチゲーション)が行われる
ことになりそうだ。

苦言を言えば、この計画は湿原や絶滅危惧の鳥類の専門家は名を連ねるが、郷土
でなじみの深いハスカップのことはほとんど考慮されていない。ここがおそらく
日本一の大群生地であることへの配慮がなく、haあたり2500本ほどの密度の群落
表示を単に「ハンノキ林」と植生図に示している
ことにも表れている。ハスカップ植生として区分し
ているのはほんの小面積の数か所の点だ。おそらく、現地調査をしておらず、境界を決
める際にもそこがハスカップの大群生地を横切ることを誰も指摘しなかったし、できなかった
ものと思われる。生活実感とともにこのエリアを見ている人はいないということかもしれない。

こういう決定と経過から、わたしは個人的に「ハスカップの後見人はいない」
いう見方をしてきた。ハスカップはどこからきてどこへいくのか、という擬人的
な市民史の物語として描きたいという衝動はそのころ生まれてきた。NPO立ち
上げの際の活動エリアを「ハスカップ・サンクチュアリ」としたのも同じ動機であった。

しかし開発計画というものの異形の怪物は、誰の責任でもないかのように共同責任の様
相をみせつつ、忘れるくらいゆっくり進むものだ。ましてほとんど使い物にならない湿原を
工業用地として利用することなどないかもしれないから、サンクチュアリあたりが
早々になくなってしまうなどという心配はいらない
と思う。

ただ工業用地にするのなら、ここは次代に向けた世界無二の「ハスカップ研究所」をたて、
ハスカップのご神木を祀り、ハスカップ群落を一巡りできる「木道」設置を提案したい。

また、湿原を植物生態学の観点であがめるだけの一方の考えを改め、俯瞰して湿原の
平らな広がりを体感しながら世界でたったひとつの群生地を見下ろす「展望台」を合わせて
提案したい。たとえ15mでも湿原は俯瞰することで風土としてつながりを感じられるからだ。

科学的に希少で貴重という価値判断にプラスして、ここに住んでいる住民が自分たちの
アイデンティティのために存在が欠かせないという視点も大切だ。そう発信することが必要だ
と思う。何よりそれはわたしたち住んでいるものに最も身近な風土だからだ。

ハスカップ・サンクチュアリはかつても今も遊水地として機能していた

台風9号は23日午前一杯雨を降らせたが、お昼頃から青空を見せだした。本来な
ら23日の訪問の約束は延期するのが普通だったが、大雨の後の、「将来の遊水地」
の現状をみるのも興味が深かったので、サンクチュアリのアクセス路に行ってみ
た。


まず一帯の水を集めて安平川につながる柏原幹線排水路は満々と水をたたえ、ア
クセスは20cm近く冠水していた。湿原を涵養するために排水路から西へ数km掘られた
素掘りの環境維持水路も、久々に満水である。ということはこの遊水
地予定地は、砂丘状地形などを除いて全面積が水をかぶっていることになる。

言い換えると、このエリアは、遊水地に指定されようとされなかろうと、大雨が
あれば遊水地として機能してきたところ
で、「海の水位が下がらなければ勇払原
野の洪水はひかない」と以前から言われてきた。

遊水地機能を持っていた一帯を、遊水地として正式に土地利用を図ろうというこ
とほど正しい判断はないのではないか。
地質の観点からも、支持地盤のとてつも
なく深い一帯に鉄鋼産業を呼び込もうとしたオリジナル計画からは、180度も離
れた利用だが、これが「自然」であり、自然生態系がもつ様々な機能を賢く利用
し、社会と経済に寄与する国土形成手法「グリーンインフラ」にもかなう。

アクセス路を覆っていた水はあくまで透き通って、クローバーや雑草はさながら
水草のようだった。サンクチュアリは全面数cmほど水をかぶっていた。

もうひとつのハスカップ群生地探し

苫東内の勇払原野には、国道235号から南のいすゞ周辺の柏原地区のほか、弁天
沼周辺、国道から北の柏原の沢筋や苫東会社の周辺の湿原にも自生地があるほか、
安平川左岸の静川、上流の源武地区にも群生地がある。いわばハンノキ林があれ
ばハスカップが随伴しているとみてもよさそうな状態だが、必ずしもそうではな
い。

遊水地予定のデルタ、つまり安平川と勇払川にはさまれた一帯には、サンクチュ
アリ一帯のほかに、群落が散在することが、水位観測や植生調査の折に発見され
てわかっている。しかし、それがどの程度の群落なのかはわかっていない。特に、
サンクチュアリ周辺以上か、それより小さいのか、そこが知りたい。

ただ、このデルタはアクセスが非常に悪く、行き来している人は以前から多くな
く、今年のピーク時の7月、3回、このデルタに車で行ったが誰とも合わず、出く
わすのはシカとタヌキだけであったから、目の色を変えて採りに行くハスカップ
・ユートピアがある可能性は高くない。

かつてアセスの調査で出かけてハスカップ群落を見つけた方から、「ここにあっ
た」という地図をメールで送ってもらった。先日、わたしが歩いた場所のもっと
奥にあたる。蚊がいなくなった頃、今秋か来年の5月、再踏査する予定。

なお、かつてこのデルタに中島牧場という放牧地があったころを知っている古老
にハスカップ大群落の有無を聞いたが「記憶にない」とのことだった。

勇払海岸の変貌


勇払の安平川河口周辺の海岸風景が一変している。当NPOが継続観察の対象と
している「⑩勇払原生花園」である。かつてはミニ原生花園と呼べるようなハマ
ナスなどの海浜植生群落だったが、それらは砂に埋もれた。波が運んだという砂
は旧国道235号を超えたところもあり、排除されたらしい。沿道は津波のあとの
ように発泡スチロールやごみがかなり散乱していた。ただ、汀線はきれいな自然
砂浜で東を望めば北電厚真加発のプラントと、東港のコンテナヤードのアンロー
ダーなど人工物とのコントラストが目に入る。


遊水地の冠水と言い、海岸の変貌と言い、自然パワーに抗うのは大変だと思う。
グリーンインフラを受け入れざるを得ない。省力化、積極的放置。雑木林の扱い
のヒントもその辺にあろうか。










白老の山を見せてもらう

2016/08/10 wed 28℃ 快晴

■林業の現場

職場の財団研究所で12月に北大と共催するコモンズフォーラムの打ち合わせのため、白老町役場の辻さんを訪問。フォーラムはグリーンインフラの様々な担い手と手法の事例を議論するもので、白老はNPOのウヨロ環境トラストが不在地主の森林管理を協定によって引き受けたり独特の手法を展開してきたので事例報告をしてもらうことになりその中身を相談したもの。

現在、桜が丘公園の裏手の町有林を町内のいくつかの森づくりグループが手分けして作業にあたっており、町はその原資の一部に「森林・山村多面的機能発揮対策交付金」を当てている。この動きの紹介もすることとなった。

現場はプールや野球場のある運動公園の裏手の山で、杉やトドマツ、カラマツのほかは広葉樹林である。かなり急な10ha弱の斜面林だった。風倒木処理と間伐、集材の基本としてまず林道を作らねばならないが、新規に700m敷設された林道は、度重なる大雨のなかでも崩れてはいなかった。


平坦で刈り払うだけで道ができる苫東の雑木林に比べると、こちらは伐倒も集材も難儀するうえに、林道をつくる作業は本格的な土木工事にあたり、突如、林業の現場の様相になる。発生材は土場へ集積する過程で土にまみれることになるので、薪にしても大島山林のようにきれいなものではなくなる。目的が違う。

■林業現場②

役場にお邪魔する前に、2年前に研修で伺った大西林業さんにお邪魔して、近年、力を入れている「自伐型林業」の取り組みについて聞いた。大西さんも「多面的・・」の交付金を活用して、ササ刈りで下種更新を促す作業を行っており、以前は手入れされていないヤブだったのが今はきれいに刈りこまれて、一部にはナラの萌芽も見られた。苫東で言う里山景観復活の作業である。



大西さんとは、広葉樹林を皆伐しないでいかに更新させることができるか、という点で意見交換をした。さらに、将来木施業も志向しているので、似たようなことを考えている人はいるものだと驚いた。わたしのイメージとちょっと違い、用材を取るために、将来木を囲む中層木は切らないつもりだ、といっていた。

苫東では枝先が触れると枝先から太枝まで枯れていき芯も腐れ始めるので、用材にするのを多少犠牲にしてでも周辺木は伐っていきたい。不定芽もいまのところさほど目立たない。



薪ヤードと新設の炭窯も見せてもらった。林業、林産業の現場の真っ只中、という感じだ。危険で辛く、泥にも汗にもまみれるから、決して楽な仕事ではないけれどもビジネスの隙間として現前として市場はあり、地方創生の目玉として全国の自治体がこの分野に注目し、地域おこし協力隊を募集して取り組んでいるのは当然のなりゆきだ。

(薪はそこでも有力株だ。わたしたちの15倍ほどの産出量らしかった。0.3m×1.1m×3.3mで積んで、乾燥した状態でほぼ1立法mになる。)



ただ、ファッションや見た目や機械化など、3kと呼ばれる現状から離れるもろもろの工夫と省力化にはさらに力を入れる必要があり、このジャンルの改革は先が長い。しかしそうしないと若者が寄り付かない。女性も関わる作業スタイルをめざすのはどうだろうか。

■彼我の比較から見えてくる苫東の特長

今回のように、いろいろな森や林をみてくるにつけ、苫東の雑木林はいくつかの特長をあげることができる。その前提にあるのは、苫東の自然がもともと早く大木を育てるような、いわゆる林業に向いた土地ではなかったために、薪炭やほだ木生産に主眼を置いた森林、萌芽再生林だったこと。

もう一つは、ごつごつしたミズナラではなくやや女性的で美しい樹形のコナラが中心の広葉樹林であること。苫東の雑木林との半世紀に近いつきあいのなかで、「コナラの林の美しさ」に気づかされて、個人的にコナラの大木の多い美林を目指したいという願望が強くなったのだった。そして今がある。

もう一度整理すると、苫東の進む森づくりはこんなことになるのではないだろうか。

①美しい林をつくる(作業時もできるだけ荒らさない)
②樹木や林がもつ癒しの力に注目してそれを引き出すよう工夫する
③そのために林業としての生産に重きをおかない
④技術はプロを目指し、作業はゆっくり、高齢者でも楽しめる週末作業を進める
⑤高額な機械化をめざさない
⑥心地よく歩くことのできるコミュニティの林として交流も促す
⑦枯れ木を含む除間伐木はできるだけ薪などに利用する

こうしてみると、共通するところと明らかに異なる部分が見えてくる。平坦で近い苫東の雑木林は、作業が楽で素人でも訓練すれば入っていける特別な利点を持っているといえそうだ。



トンプソン先生からの返信

2016/08/06 sat 29℃ 快晴
oyama kusa tomik = 3 persons






わたしとtomikさんは静川に移って小屋周りの刈り払いを4時ころまで。
やっぱり蚊もいた。ミドリちゃんとは会わず、抜け殻がひとつ。ベランダの椅子のホコリにアライグマのような足跡があった。



もう何種類かのキノコが出ていて、フットパスの刈り払い中にめんこいトトロのようなキノコを見つけた。さらに大きなものもあった模様。ヤマドリタケモドキとかドクヤマドリタケのようなイグチの仲間みたい。ああ、秋になる。と思ったとたん、そよ吹く風が秋風に感じられた。



■本当に、本当の薪仕事の終わり。
終わってみると24棚


平日、inabaさんが先日の予告どおり残りのほとんどを片づけてくれた形跡があって、割られている薪のほとんどが片づけてありました。しかも、先週関村さんと作業中に崩してしまった棚も修復されていました。感謝感激~。

あらためて薪の棚を数えてみると、外積み12棚、小屋10棚のほかにすでに運搬済みの荒木さん分の2棚で、合計が24棚であったことが判明。





今日は、あちこちに散らばっている薪を運んで薪小屋に積み、太いもの、細いものを伐ったり割ったりして最終整理。異形の薪も一か所に集めて昼過ぎまで。さらにそれぞれの棚を誰に分譲するかも決めて赤いマジックで4面に書き込んだ。↓


                              ⇗
■トンプソン先生からの返信

週の初め、オレゴンのトンプソン先生から、かの地のハスカップ栽培研究に関する原稿をいただいた。出版を企画している市民史『ハスカップとわたし』を飾ってもらう玉稿のひとつである。さっそくお礼を書いたらすぐに返信が届いた。原爆忌の8月6日だった。

(草の根では米国民とこんな交流が始まっていることに、なにか因縁のようなものを感じた。オバマ大統領の訪問のせいばかりでなく、原爆被爆の記憶をたどろうと広島を訪れる人は国内外を問わず増えているのだろうか。)

それはともかく、わたしのお礼のメールは下記。

Dear Dr. Maxine M. Thompson,

My name is Takeshi Kusakari, living near Yufutu Plain in Hokkaido
and engaging preservation of wild haskap as a staff of local NPO.

A few days ago, I was very glad to receive your precious report
of haskap from Shinji Kawai with his translation.
I 'd like to tell you my best thanks for your haskap story.

This year ,haskap in Yufutu have grown well like attached photos,
which two were in plain & three were in Yamaguchi farm at Atsuma
town . However haskap in plain were still under broad‐leaved trees
like alder, birch , cherry and etc,. I am so anxious for such change
of vegetation that I'll continue to watch them and there.

(below is a video of haskap-sanctuary by drone
https://www.youtube.com/watch?v=GEHEP1JvUwk )

Sincerely yours,    Takeshi Kusakari


~~~~~~~~~~~
NPO pamphlet written in English
http://seinen-kishukusha.com/280513pamph-ver8-english.pdf
Homepage in Japanese
http://homepage3.nifty.com/hayashi-kokoro/index.html
 
それに対するトンプソン先生の返信が下記。

Dear Mr. Kusakari,

Thank you so much for sending the pamphlet (in English) that tells
about your conservation activities. That sounds like a very important
program to save the environment. I am especially gratified to see that
haskap plants are being preserved . The photos are very good. Thank you
again. I would like to return to Hokkaido and search for more haskap
plants. However, at almost 90 years of age i prefer to stay close to home
and study the haskap plants that I have in my breeding program. There is
still a great deal of diversity here to work with. For example, I found a
plant with 19 BRIX, really sweet, that i will use in breeding next year..
Keep up the good work. Very sincerely, Maxine thompson



里山の営みのゴール「薪づくり」完了、
22棚11軒分生産
 ⇒ 24棚12軒分(8/6修正)

2016/07/30 sat くもりのち雨 26度
inaba kusa tomik & m sekimura




*先週7月23日は草苅が休みだったため、雑木林だよりはありませんが、薪づくりはラスト前の踏ん張りだったようです。参加者は
  abe araki inaba oyama tomk tuduki = 6 persons

 このうちabeさんは大島山林の残りのフットパスをすべて刈り払いして くれた模様。
 このほか、柏原フットパスと植生復元地も一人でこなしていただいた。 さすがプロのスピ ードと確実性。大感謝。
 おかげでメンバーは未完成の薪づくりに専念できた次第。










■里山の営み

今年も7月いっぱいまでかかってしまった。去年もたしか、こんな嘆きをしたような気がする。7月は研修や行事があるし、雨も降り作業のできない日がある。本当は6月に終わるべきが1か月余分にかかってしまうのだ。その間、薪は雨ざらし。

でも7シーズン目にしてようやく段取りがわかってきた。以前にも書いたとおり、今季は下記のようなスケジュールで行きたい。
○間伐=12月と1月、
○搬出=2月と3月の雪解けまで専念、
○薪づくり=そのあと4月5月、
○分譲=5月、さらに連休中に薪小屋を空にする。

薪づくりは秋風が吹くお盆前に、などと余計な心配をするから作業が追われるが、実は里山の修景間伐という手入れが目的であることをつい忘れがちになる。その里山の手入れで出てきた、半分腐ったような木質資源も、余さないで使い切ろうというのがそもそもの動機だった。

だから最初は、地域通貨「コモン」を介在させて、作業に参加した人の働き分に応じて「分け前」をあげようというシナリオだった訳だ。薪を使わない人は「コモン」をNPOに寄贈する方式であり、ほとんどの人が寄贈した薪の山をある業者がみつけ、30万円ほどで買い取ってくれたのが薪ビジネスの発端だ。

薪へのリクエストはご承知の通りで、潜在する顧客がいる。しかし、ノラリクラリと返事しないで約束もしないで来た。なぜなら定期的納入の約束などしてしまったら、本来の目的であった「楽しい広葉樹間伐間伐」「里山を手入れするぜいたく」が苦行に変わってしまうではないか。

それにいつも20棚ほど出るわけではない。さらに、作業者だっていつまでも若いわけでなく、年齢的なものもある。後継者となると今のところ見通しはない。

山の手入れから22棚11軒分の薪(昨年は込薪16棚とカラマツ2棚)

昨年は16棚にカラマツ2棚が出てきたが、例年は16棚8軒分が平均になりそう。ちなみに各シーズンの成果を書くと次のとおり。

今季    22棚⇒
24棚の間違い(8/6)
2015年 16+2
2014年 16
2013年 24
2012年 16


2013年といえば、ポニーたちが活躍した年である。一見のんびりして見えたあの年、なぜか量が多かった。せいぜい、里山の手入れが「道楽」のような営みではあっても「苦行」にならないよう気を付けたいものだ、と毎年自分に言い聞かせている。

さて、7月30日は薪づくりが99%終了した記念すべき日。午後3時近く、豪雨が来てやがて雷もなったころ、最後の薪積みとシートかけをして濡れながら薪小屋に逃げ込んだ。





下は完了後の出来形。薪小屋に、豪雨から逃げ込んだメンバーが
雨宿りしている。


広葉樹林の扱い方ゼミ

2016/7/20 wed 霧雨 18℃
kusa + アドバイザー(北大・松田彊・矢島崇名誉教授)

取り扱いの前提



北海道の森の扱いについて極めて深い造詣を持たれるお二人の名誉教授(もったいないほどの超豪華アドバイザー)に、苫東会社と苫東コモンズが目指している萌芽再生林の里山的景観維持作業についてズバリ聞いた。「萌芽再生林」を択伐だけで世代交代させていく(つまり皆伐しないで)方法である。

前提を整理すると

①ステージ区分し順次進める
  林道沿いの風倒木処理、つる切り・除伐=第1ステージ
  間伐しながら萌芽させ、更新を図る=第2ステージ
  将来木の隣接木を間伐=第3ステージ
  将来木を伐採収穫=第4ステージ
②雑木林の里山景観をこわさない 択伐し萌芽更新を促したい
③間伐した材は継続的に薪に利用
④将来木のたて木は風倒木になる前に伐採 その前に後継樹を育てておく
⑤可能な限りメンテフリーにする


教授の所見

①萌芽だけで萌芽再生林を更新するのは難しいのではないか
  なぜなら、保存した大径木の葉張りの展開は非常に早く、早晩再びうっぺいすると
  見なければならない。となれば、光条件が良く萌芽したものでも消える。
  萌芽だけでは無理と考え、萌芽は儲けもの、とすべき。
  メンテフリーは限界。

②天然下種を併用すべし
  かき起こして、種を播く。かく乱させて種を播く。径を作って実生苗が発生したら
  放置する。林内苗床をつくり適当な時期に移植する。

③モザイク間伐を併用する
  (苫東でも進めている)モザイク間伐を行う。大きさを固定しないで適当に場所を決め
  それぞれの形と大きさで。

④各々が正解
  いろいろなことを組み合わせて、まず「やってみること」が大事。

⑤東大演習林のウダイカンバ採取林は200本/ha
  広葉樹林は密度をかなり下げる必要あり。

  (草苅比較;苫東の広葉樹林例  萌芽林40~50年 2500本⇒除間伐1500本⇒
   小屋700本⇒さらに350本へ(岩手大学の山本准教授の推薦していた本数))

⑥「こわれる」のが再生の始まり
  台風の風害、火山の噴火、害虫による大量枯死、皆伐など。
   (⇒壊さないで更新させるむずかしさ)

⑦(ついでに)アカエゾマツの枯死の原因推定


  「こすれ」と「蒸れ」に弱い
  アカエゾマツは陽樹である(←かつて陰樹と考えられていた)
  混植の意味なし 逆にこすれの原因を作ってしまった
  (←植栽環境の劣悪な苫東では、リスク分散のために環境林造成の手法をとってき   た。そのため北海道林務部は緩衝緑地造成と同様の手法をとった。その後、
   苫東へ移管)


今日生れた覚悟

①萌芽だけで更新させるのは無理かも⇒少しだけ、あきらめよう!
②今年は「ヘクタール350本/haのゾーンを一つ作ろう
③ツルに絡まれた一帯で皆伐状態の穴を作り、萌芽状況をみよう
④以上により、萌芽更新可能な密度を探ろう、と同時に、モザイク間伐を併用しよう。


育林コンペと放置林


鮮やかなコントラストだった。


薪割りはあともう少し、刈り払いは一応一段落

2016/07/17 sun 霧のち雨
abe kusa araki
= 3 persons

■昨日のハスカップは豊作だったみたい(草苅は仕事で不参加)

7/16sat は恒例のハスカップ摘みで作業は休み。tomikさんによると午後からでも広場の周りでかなり採れたとのこと。やはり今年は成りが良かったみたい。昨年、一昨年の不作を挽回した格好。1週間前に、立地企業のファミリー400人ほどが来たはずだから、天然の成りものはよくできたもの。7日で実成りが復活。栽培地では収穫を1回にするようで、だらだら採っては採算に合わないと。

■別行動で作業進む

掲示板情報ではabeさんが、柏原フットパスとつた森山林の北側にある植生復元地を刈ってくれたとのこと。わたしは午前、薪割り機で数か所に散らばっていた丸太の小山を征伐し、残るは小屋に遠い(ヤードの東端)部分を残すのみになりました。上村先生が薪積みの手伝いに。自家用の薪はすでに搬出を終えており、積んであった。出来高で、量り売りの世界。
 

昼食後は早々に広場からテントへ(2回目)、そして右田さんのエリアへと向かいましたが、折からの霧雨が雨に変わり、そのうえシャツの上から蚊の猛攻をうけて意志阻喪し退散。本降り近くなってから薪割り機を小屋に上げようとしたら長靴が滑り、万事休す。思案の末、ロープでヘッドを吊り上げながら後ろから押してようやく格納完了。あのあたりは独り仕事のために改良が必要。



刈り払い機を担いでフットパスを戻ると、春、採り残したスドキが勝ち誇ったようにピカピカに自己主張していた。採りこぼしあっての山菜継続。

■ハスカップ、その後

雨がやまないので作業は中止。予定を早めて「ハスカップ市民史」編集の件で、博物館の小玉さんと情報交換、事後対策。話しているうちに、湿原の学術性と、ソールフード「ハスカップ」の価値観の差は、ちょっと埋めがたいことにあらためて気づく。

乱暴な言い方だが、サイエンス優先で来た苫小牧の自然理解は限界だと思う。通奏低音のようにベースにある風土理解からハスカップをとらえることなくして、ハスカップは悲劇の「自生地群落ゼロ」に向かう。ハスカップには経済目線の旅人でなく風土に根差した側の「後見人」がいるのだ。「ハスカップ・サンクチュアリ」と「コモンプール資源」「コモンズの概念」いずれもについてもう少し熟考、熟議の必要が出てきた。


分散活動 薪&刈り払い&報告会

2016/07/09 sat 曇り時々晴れ
abe inaba oyama kai seki = 5 persons   
草苅は札幌で報告会

■inabaさんからのプチ報告


sekiさんが手伝いに参上、午前中だけだったが、鉞で割るのは手慣れた様子。
・安部さんはずっと刈払いでフットパス完了の模様。
・他は全員、薪割に集中。甲斐さんが午後からいくらか薪積。
・広場は蚊もでてなく、風があったのでランチタイムは快適。
・丸太があちこち残っていて、あと2日はかかるという予想。


↑kaiさんのプチパノラマ写真 ↓憩いのひと時  右下=全景(inabaさん)
 

前田一歩園財団の助成活動報告会

12時に集合して終了が7時ころ。秋山財団との合同発表会で約100人が参加。19団体の16番目に、
「勇払原野における自生ハスカップの今昔を可視化する ~分布調査及び採取の記憶ヒアリング~」を15分の制限時間をややオーバーして発表。


前田一歩園財団の理事をしておられる北大農学部のM名誉教授とお会いしたので近日中に、コモンズ林業のフューチャー間伐(将来木施業)などについて現地訪問してもらう約束をした。

M名誉教授は、今の北大の森林科学関係者の中でも森林の長期的遷移や取り扱いを評価できる最も深く豊富な経験を持たれる方。この日お会いできるはずだから頼むつもりで楽しみにしてお声掛けしたら、即、快諾していただいた。「草苅のところの林を見てみたい」というかねてのリクエストにこたえる形。ラッキー。私だけでは大変もったいないので、関心のある方は、NPO以外の方でも歓迎。7月20日の予定。



*7月10日、雨の予報の中、薪仕事に広場へ。薪を割って、運び、積んでいる間に急きょ、豪雨になり、薪小屋に幽閉状態。薪小屋の薪積みなおしに。1時半ごろの雨上がりに、ハスカップのデルタ地帯に出向いて、勇払川から安平川につながる砂地の道を進んでハスカップ群生地を探す。かつてを知る人がハスカップ採取に来ていると踏んだが誰もいなかった。砂地の北側にあるハンノキ低木林にはハスカップは見つからないから、旧中島牧場と呼ばれた安平川より、つまりサンクチュアリの南側一帯を見てみる必要がありそう。


「帯広の森」研修にて

2016/07/02sat 小雨~07/03sun 晴れ

Inaba oyama kuri kusa tomim Migita wada  = 7 persons

研修の経過

NPO苫東環境コモンズでは特に森づくり部門に従事するスタッフ「苫東ウッディーズ」を中心に、理論的な蓄積と実技のスキルアップを心がけています。実技は年平均2回のスキルアップ講習があり、子これと並んで理論と事例の具体的見聞のために下記の視察研修を実施してきました。

25年;旭川のNPOもりねっとの森づくり各種
26
年;白老・堀尾さんの「仙人の森」、萩の里の広葉樹林保育、大西林業の体験林業等

27年;阿寒湖・前田一歩園の森づくり

27年の阿寒の森にて

28年は、北海道の代表的な都市林「帯広の森」で市民参加の森づくりを世話している市の施設「はぐく~む」を訪問し、副施設長の日月(たちもり)伸さんに午後一杯、ガイドしてもらいました。


日月さんから概要を聞く

 

8つの団体が個々に取り組む「育林コンペ」?!

上の①~③をかいつまんでお話いただいて、「帯広の森」は市挙げての壮大な取り組みだったことがわかります。市民が何十年も連続して植樹会をし、育樹会もした。そして今は、次のステージにいる・・・。また③の市民参加のコーディネートが「はぐく~む」に期待された機能で、ここで日月さんはボランティアの力を借りて嬉々として取り組んでおられることを知りました。

2015年は年間のイベントが
6044団体、2200人余りと活動を共にした模様。いわゆる森林体験プログラムです。これはわたしたちコモンズが当初から今も基本的にタッチしないできたジャンルであり、苫東では「和みの森」が専門的にこれを展開をしていますから、広大な同じエリアのなかで全く異種の団体があまり重ならないで必要な活動をしているということになります。

さて、その点、帯広の森はどうしているか。年間数千本の苗木の植樹やのこぎりを使う、比較的安全な作業は市民の参加によって根イベントとして続けてきましたが、樹木が太くなってのち(と言っても最も古くて45年くらいですが)の作業は、危険が伴うということで市は早々に市民参加の道を捨てプロに事業委託しています。

そして現在は、
30年から45年ほどの林齢の、間伐後の人工林を天然林風に仕立てながら、生物多様性と帯広らしさを目指して、各団体が自由度をもってユニークな活動を展開中ということになります。これはコモンズの「育林コンペ」とかなり類似しているとい言えるでしょう。


帯広の森のメインルートはぬかるみのないインフラがされている

この点苫東では、土地所有者がこの広大な広葉樹天然林主体の森を積極的に維持管理する動機も必要性も薄かったため、苫東コモンズのコモンズ的利活用の申し出を認め、景観レベルアップの修景作業と、市民利用の前段に当たる手入れ行為を、腕に覚えのある素人集団に任せました。わたしたちは、実は自らの努力でセミプロを目指すというのが隠れた目標でもありました。そのために、森の見方と理論と、手入れの実技を身に着け腕を磨かねば、という立場にいます。


エゾリスの会が手がけている萌芽再生地

「帯広の森」に何を学ぶか

「帯広の森」は昭和40年代の中ごろ、当時の吉村博市長の肝いりでスタートした帯広の都市緑地の造成プロジェクト。当時の国土庁の下河辺淳氏ら、力のある都市政策に絡む官僚など、絶大な政策ブレーンの後押しもあって進められたものでした。

マチの適正人口規模を約
20万人と想定し、市街地の北東側を札内川と緑地とし、南西側の400haの広大な農地を運動施設を含む緑地にするもので、そのモデルはオーストリアの「ウィーンの森」でした。

両者の規模を比較すればウィーンの森が
12haですから帯広は300分の1に過ぎませんが、札内川をドナウ川に見立て、市街地の反対側に広大な森で囲むという構図はまさにウィーンの都市計画のミニチュア版であり、当時の市長や関係者がいかに理想に燃えていたかがしのばれます。が、近年、このような快適なマチを標榜する希望に満ちたプランはとんと日本から影をひそめてしまいました。あのころはそんな時代の勢いもありました。

さて、昭和46年に造成が始まり、市民参加の植樹や育樹も一段落して、今は3番目のステージにあたる利活用が精力的に進められ、「はぐくーむ」はその利活用の拠点施設です。

日月副施設長に当方から事前にお送りした「お聞きしたいこと」は大きく次の3つでした。
①北海道を代表する都市林「帯広の森」の経過と現状
②人工林保育の現状と課題
③市民参加の現状と課題



林の中で説明を受け、質疑


ベニバナイチヤクソウ。苫東とはちょっと違って見える。



フットパスを歩いた。初日は10,000歩、2日目は8,000歩。




7/3 緑ヶ丘公園でお会いしたボランティアの方から
植生の変化や活動を聞いた
























 

わたしの個人的感想とひらめき

森を管理する人、または森づくりを志す方々は他人の山(林)をみにいくととても参考になるとよく言います。わたしはかつて登山をしながら山々の森を中心にみているうちに森林美学というジャンルに足を踏み入れることになり、美しい森のヒントは何かという視点でも眺めるようになりました。環境も生い立ちも全く異なる個性的な現実を目の当たりにするとおのずとわが身、わが林を振り返るのです。これは扱い方に責任を感じているものの特徴といえるかもしれません。

今回の研修は、森づくりというよりも利活用の多様性という点で目からうろこでした。そして今、帯広の森の利活用でおこなわれているのは、まぎれもなく「育林コンペ」だということ。この気づきは大きかった。これからの管理の手法の一翼は、多用な主体による「育林コンペ」なのです。そのためには一定のルールが要るのですが、そういった中間組織や協議会のマニュアルのもとにいろいろな主体が関与できるオープンスペース、それが「環境コモンズ」だ、という図式が浮かびます。


それにしてもさすが帯広という気がします。緑ヶ丘公園でお会いした保全ボランティアの方の話によると、かつて確認されていた植物540種が今は380種ほどに減少してきた軌跡を、市民ボランティア20名ほどで支えていると言いますし、帯広の森の保全ボランティアがたてている各々の方針(ある種の理屈)みたいなものもなるほどと思わせるもので、さらにいえば、そういった微妙に異なる育林の手法を寛容に認めつつ市民参加を促そうとする市役所はエライ、そして「はぐく~む」の設立。これは立派に「帯広方式の森づくり」として日本中から視察旅行を集められる性質のものだとわたしは思います。

このように帯広の森が到達した都市計画と緑地の理想はまぎれもなくサクセス・ストーリーと考えられますが、到達点が必ずしも市民の誇りとして発信されることはないようにも見えます。建設から維持と利活用段階に入ると、人々の関心はトーンダウンするのでしょうか。もしそうならば、もう一度プロジェクトの原点に返って、市民が集ってウィーンの森を見てみるのもいいのではないか、という気がします。

ウィーンでは明るいブナ林を多くの市民が散歩にやってきて、広大な森のあちこちに入口がありその一つは地下鉄の駅と直結もしているようでした。ともかく森の散策人口が桁違い。出来上がっている都市の環境に動機づけられた元市長の40年後、今度は人々がその利用実態に刺激を受ける・・・。そんなことをやれるのも、身近に創られた森の歴史を持つ帯広ならでは。

こんなことを考えながら、この頃の「緑」を取り巻く世論や雰囲気で気づいたことを思いだします。それはある意味で、「緑はインフラは先行したが感性や哲学は根を下ろしたのか」という点。昭和
40年代からの緑への傾斜は「みどりのマスタープラン」などの施策の形へつながって、人口一人当たりの都市公園面積の向上、さらに緑化バブルとなりました。確かに街路樹や都市公園は増え、札幌などは郊外の里山も身近な緑地にカウントされて、さながらみどりのインフラは進展したかのようでした。

しかし、どうだったのでしょう。快適さへの感性とか町へのみどりの取り込みかたなど、庶民の間のでは哲学は何も生まれなかったのではないか。緑化バブルは、「緑」が代表する環境先進国への仲間入りを目指した追い越し追い越せだったのではないか・・・。これは国や行政のパターナリズム(転ばぬ先の杖)だったのではないか。

いや、そうではなく、おそらくは感性というものがマヒするせいかもしれない。例えばマチの街路樹など沿道景観、公園の充実などは着実に環境がかわり、半世紀前に比べれば格段の開きがあります。
 
緑ヶ丘公園隣のグリーンパークにて

その証拠に、ランドスケープの最先端である商業庭園は、人々の感性をリードするかのように、目を見張る成熟を見せ、ガーデンは欧州などに見に行くものと考えられていたのが、これからは欧米人がガーデンツアーに来る時代が来ました。繁茂する郷土植物を上手に活かして、西洋起源の草花の独特のアレンジで見せ場を作り食でもてなす。研修2日目の、「六花の森」「十勝千年の森」はそこを如実に示しています。真鍋庭園や紫竹ガーデンなど界隈にはまだまだスポットがあり、上川までガーデン街道を形成するまでになりました。

同じくグリーンパークにて。「町の真ん中にこんなのがあればいいなあ」と

これは十勝の蓄積ともいえます。2日目の前段、マチの中心部にあるグリーンパークと緑ヶ丘公園を訪れたときに、心のどこかで「こんな街に住みたいな」と思わせるのが帯広でもあります。参加者のみなさんは、さて、どのように感じたでしょうか。



六花の森にて。里山、里川の自然庭園


十勝千年の森にて。郷土植生のフットパスをでてボードウォークへ




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