ドイツで見た森林と農村の散策コース
2000年10月、南ドイツの緑の小旅行をレポート

report1 ドイツの森と緑を見て考えたこと
report2 ドイツに見る農村風景と森の散策

去る10月の上中旬、駆け足で南ドイツを巡りました。仕事の旅行だったのですが
プランから関わったこと、世話係だったこと、ごく少人数でバスを借りたこと
などのおかげで、花や緑のポイントをいくつか見ることができました。
今後、「花の庭から質の高い緑へ」と庭づくりの主流が移っていきそうな気配があることから、
気持ちのいい緑の風景づくりという視点で、
「我が村は美しく」「農村景観」などについて感じたことを述べてみます。
「森の散策」は次の report 3 でレポートです。


森関係はここでクリック! report 3  森の散策コース  new!



report 1
 
ドイツの森と緑をみて考えたこと     〜すべての森林は保養地の可能性を持っている〜
                        2000/11/1発行 イプツ第18号へ投稿したものを加筆修正 ↓ バスから見たシュバルツバルトはやはり黒く林は暗い

 最近ドイツにとても関心がある。日本と同様、第二次世界大戦の敗戦国
で、敗戦後周辺各国に多額の補償をしながら、東西に分断された国を粘り
強くまとめ、経済的にも欧州を引っ張る力をもって、そしてそのリーダーシ
ップは経済だけにとどまらない。社会システムの充実、労働時間の短縮など
働く市民の労働環境もすこぶるいい。憲法改正を46回もやっており、一方、
国を守るための徴兵制度を存続させている。自然と共生するビオトープで
は先進地で、エネルギーを分散させて、バイオガス・バイオマス及びごみ
発電、自然エネルギー利用など、脱石油の発電・熱源ネットワークを整備して
いる。 そんなドイツをはまなす財団の業務の一環として10月の上中旬、
駆け足で訪れることができた。地域の色々な資源をつなぐ観光街道のようなものを
北海道にどうあてはめることができるか、という視点で、農村景観、情報センター、グリーンツーリズム、
ルーラルパスなどを南ドイツの町や村に探ったものである。

「わが村は美しく」という農村を総合的に整備していく運動で金賞をもらった村もふたつ立ち寄った。そこでは
花は最後の引き立て役で、快適と感じさせる骨格は家々と農村景観、そして緑であった。
 そんな中、わたしは個人的にもうひとつの目的をつくって持っていった。それは森の散策ルートである。森好
きのドイツ人が普段歩く森の散策路が、わが胆振や北海道のそれとどんなふうに違うのか、そしてどんな森林景
観が用意され、どんな園路などの施設が整備されているのか。これは、今日のわたし達の日常の中から心と触れ
合うような緑の入り口が見えなくなっているという個人的な問題意識によるものであり、現在手がけている森林
保育のゴールのモデルのひとつになるものである。

↓ ヒュッセンの森の道。舗装された小道はバリアフリーであることに気づいた。雰囲気は北海道の森とそっくり。

 ちなみに、農村のルーラルパスは実はものすごく気持ちのいい
ルートであった。うねうねとうねった畑の中の小道を、散策ルート
(ドイツ語でweg)としてサインが整備されている。それだけでも
十分うらやましかったが、森林のそれはもっと印象が深かった。
建築物との調和、市街地とのコントラスト、ビューポイントの作り方など
である。


↓ ヘルゲンスバイラーからオーバースターフェンに向かう途中出会ったのがアルゴイの農村景観。
スイスのエンメンタールとよく似ているらしい。うるわしいこの風景がバスで1時間以上続いた

 保養地のバーデンバーデン、ロマンチック街道の
宝石箱と言われるローテンブルク、高級保養地
オーバースターフェン、そしてスイスに近いフュッセン。
森林療法のクナイプ療法のルート探しによって、散策路の概観は大
体見えてきて目標は達せられた。
 百万言を費やすよりも若い同行者がフュッセンの散策コースで
言った一言、「こりゃ、病人でなくとも元気になれる」に集約される
と思った。日本人は町の反対側のノイシュバンシュタイン城に行って
こちらはまったく来ない、と森林カウンセリング研究者のUさんに
紹介されたところがそこだったのだが、大きくない湖を一周する
コースは紅葉が始まったばかりだった。別に原始林のようなものでなく、丁寧に保育された一見自然林風に仕立
てた半人工林だと思う。

↓ 保養地オーバースターフェンの散策路


 風景は「いいところを探す」こと、そして、「育てる」ことという点はこれまでもやってきたことであるが、
それを身近なところで「人々に提供する」という部分になると、まだまだである。森林は基本的に保養地である。
うまく癒されるための、林の作り方というのももっと市民権を得たいところだ。身近な林は、ユング派の心理学
医療で使う箱庭と根本的に違うから、身近な緑を箱庭と呼んで見せる知識人の発言はわたしは一種の偏見だと捉
えてきた。だから人工的、半人工的な緑へのアレルギーはもうそろそろ卒業したいところだと思うのだけれど、
その壁は意外と高い。

↓ ヒュッセンの保養コース。いろいろなコースがある。

 快適なあずましい緑を味わえる感受性を持ち合わせて初めて、
自然度の高い原野や森林もそれと認識できるのではないか、
とわたしは考えるものだ。概念が先行して実のところ
「ほったらかして」ある自然(雑木林もそのひとつ)を、
もっと守り育てるに値するものへと再提案していくには、
「しかけとしくみ」が要るし、これは時間との勝負だなあと
つぶやいたところである。



report 2

「ドイツに見る農村景観」



「我が村は美しく」

1961年にドイツで始まった運動で、3000人以下の農村の農村風景づくり、古い民家の保存などを通じた
地域活性化策です。正式な名称は「我が村はもっと美しくなるはず」という動きのあるもので、埋もれている魅力を
出して磨いて過疎化に歯止めをかけようというようなねらいがあります。


← ノイシュバンシュタイン城から見た農地

 英国のBBB運動(Beautiful Britain in Bloom)やフランスを花で飾ろう・
FF運動(Fleuriy la France)とどうも趣向が違うようだという予想は二つの
受賞村をみて見事に的中しました。一つは1969年に受賞したザスバッハバルテン。
バーデンバーデンのホテルで何気なく見ていた資料(これは前日バーデンブルテンブルグ州の
観光局のヒアリングでもらったもの)で発見したもので、バーデンバーデンから車で
小一時間の距離。この日はファンタスティック街道沿いにスイス国境近くまで南下
すればいい行程だったので、急遽変更して道草したのでした。

 ザスバッハはおそらく1000人前後の小さな村ですが、黒い森をぬけると突然明るい丘の斜面農地と赤い
屋根の村落が眼下に見え始めました。一瞬、おーっと声が出ます。沿道にシカ牧場、果物の無人販売所、
水車小屋などがいずれもこぎれいにまとめられ、iセンター(欧米で完備されている地域の情報センター。
観光案内もばっちり)が村の中心部にしっかりと構えており窓口には二人の女性がてきぱきと立ち働いています。

 木造の古い家並みが保存されて受賞の中心も建築物保存に対する評価が大きいとされていました。しかし、
町並みは実に整然として気持ちよく、酪農や畑の中に浮き出てくるような美しさといえます。花はどういう役割かというと、
骨格となる建造物を最後の最後につつましく飾る添景。存在感は小さくないけれど主役のようにしゃしゃり出ない、
というところでしょうか。95%近くアイビーゼラニウムであり、ここの特徴は一つの飾りが畳み1枚近くあることと、
ピンクと赤を適度に織り交ぜていること。


←ヘルゲンスバイラーのハンギング

 数日後、1996年に受賞したヘルゲンスバイラーにも寄ってみました。
ここは塩街道のまちで関連する博物館がありました。事前に連絡したところでは
村長が不在だったので、そのまま教会近くに車を止めてレストランに出入りして
いた老人に突撃インタビューです。年輩のその方はレストラン関係者で、
受賞のために村民が一丸になったこと、隣同士も疎遠になりつつあった村だったが、
コミュニケーションが復活した、などとずいぶん多くのことを明確に要領よく
語ってくれました。
千代紙のおみやげを渡すと、役場の説明員を呼んであげると電話してくれました。
わたしは、一人この場を去って散歩用の農道=ルーラルパスの小さなサインを探して歩いてみました。

 わかりやすさこの上ない小さな村ですから、迷う心配もなくルーラルパスを発見しました。
息を飲むような丘と小道。谷間のトウヒの林。大木の点在する幼稚園もアイビーゼラニウムが
窓辺に下がる中心通りももちろん絵になります。そして中心はやはり教会。
 
ヘルゲンスバイラーもザスバッハも花飾りの態勢はまったく同じゼラニウムのオンパレードですが、
決して量は多くありません。そして、ゼラニウムは簡単に育つし水さえやれば放置できるのですから、
少なくともガーデニングを楽しむほどの複雑さは全然ありません。このあたりは、フランスの
サンフランボーやベルギーのワーンロードなどとまったく違うと言えます。花で飾るということを
ドイツの二つの村は捨てているように見えるのです。

確かに花飾りとしては踏み込みはないが、ではあずましさはどうか。隣り合わせの農地の美しい
たたずまいと併せて考えてみたときに、どちらがどうだと優劣をつけるのは賢明ではなさそうです。
整然とした機能美、目に気持ちよさが伝わるゆるかな風景は南ドイツの特徴と言えるのでしょうが、
いろいろなものが生きられる隙間も包含するとなると、やや村落景観としてはおおざっぱだった
サンフランボーが日本人のわたしには長く住むことのできる風景と環境かもしれない、
とイメージしたのでした。わたしたちはいい加減さも大好きなのです。

「ルーラルパスと農村風景」  

●ヘルゲンスバイラーのルーラルパス
 ここで、ちょっと村の中の道について少し細かく書いておきましょう。幹線から1本入ったところに
村のメインルートがあり、11世紀にできたという教会に続いていました。パーティの面々が博物館に
入っている間に、小さなサイン(地上2m、縦20cm、横30cm、rund wegと表示) を発見して道なりに
歩いてみました。そこは、教会から右手に折れるルートで坂を下っていき300mほどで農地の中の
農道になっていました。舗装されておりエッジの処理もしっかりしています。道はここも大きくうねり、
遠くの林の方へと続いていました。このまま歩いて行きたい衝動に駆られましたが、行きの倍の時間が
結局かかってしまう。ルーラルパスはしたがっていつも指をくわえて先を見やるだけに終わりました。
サインの記述がRund ということは回遊、周遊コースになっているのだろうか。この町はずれからみただけでも、
道は遠方に一本で消えているのだから、周遊して戻ると軽く小1時間はかかるだろうな、と思われます。

 ←ルーラルパスのサインに従い、境界から田園地帯に下る。
↓ 砂利道のパス。トンネルのような木立を抜けると田園。

 またこのルートは最初トラクターが走っていました。ルーラルパスなのだから
当たり前だけど、ほんの時折農用車が通るだけの道は、確かに歩くのには快適。
平日であるためもあるけれど、歩行者が気がねなく歩ける環境というのは、
考えてみるとわたしたちの日常からは消えてしまった環境のひとつ。
ルーラルパスを語る前に、あるいは平行して歩車分離をもっと真剣に見直されなければならないのかも。
近隣の緑地内に専用の散歩道ができてから、散歩者数は格段に増えました。
車道のそばだから自動車騒音も多いし、排ガスも少なくないけど、それでも安心できる専用空間は魅力があるのです。

 さて、村の教会の裏手に回ると、そこは細い農道がのび採草地が谷間のトウヒ林に続いてため息がもれるような
ドイツ的景観でした。トウヒ林やパスはその緑の中において、わずかな「図figure」となっており、その構成だけでも
十分絵になるしくみになっています。大面積の「地ground」と「図」、この構成を美と感ずる仕組みは多くの民族が
持っているだろうと思いますが、ドイツに見られるような、緑の「地」はしばしばヨーロッパ的と称され、
北海道がヨーロッパ的といわれるのはこの構成が似ているからだと推測されます。

← 境界そばのコーナーにあったルーラルパスのサイン。

 しかし、基本的に違う点が3つほどあります。それは道路の切り方と排水路。
道路の作り方は不勉強で資料を持ち合わせませんが、いわゆる不自然な直線がなく
いわば「地なり」。道路を作る際の切り盛り土量が最小になるような緩斜面を斜めに
横切るような位置どりをします。トランシットを覗いてエイヤッと直線で設計してしまう
単純さではなく、むしろ使いやすさや慣例を重んじるようなそんな道なり。
なにか、ドイツの地形が直線をきらっているのではないかと思えるような曲線の世界。
実際測量をしたことのある人ならばわかるけど、アップダウンと曲がりの多い場所では
小刻みにピッチを切らざるを得ずとても難儀なものです。

 もうひとつは排水路。日本では道路設計上、あらゆる所に数十年確立降雨ではじき出された
雨水をのめる排水溝が義務付けられたりしますが、牧場や採草地ではそんなものは要らないのだ、
という声をよく聞きました。少しだけくぼませておくだけで大雨が降ればその低みが排水溝として機能し、
しかも西洋芝は1週間程度の冠水では枯れない。


← 車道と並ぶルーラルパス

 この手法は、美しい田園景観を作るときに欠かせない「緑の地green ground」を
形づくります。また、掘割がないこの方法だと、路肩から採草地の本体まで一様であり、
しかも大型トラクターで安価にそして一体的に管理できるのであります。
千歳空港の芝地とまさに同じ方法であり、この路面と芝地の「ツライチ」は、
単純明快な景観管理作業につながるわけです。これはかつて自分のフィールドでも
試験済みです。ドイツの農村景観の快適さの秘訣はここに潜んでいると考えられます。
しかし、もちろん日本と同様、1割5分法勾配の道路もありました。

 さらに三つ目を上げると、ここがドイツ的なところだと思いますが、中途半端な自然・半自然がないこと。
それがいいことかどうかわからないけれど、ブッシュのようなもの、多様な植生が入り混じる雑草地がない。
芝は芝、トウヒの林はトウヒの林、というように土地利用の境界が極めて杓子定規でくっきりしています。
いわゆる、人工から自然にズルズルと移行することがあまりない。

 ヒュッセンのクナイプ療法コースで見た小川に、そんなヨシの雑草地然とした植生を見つけましたが、
その群落のぎりぎりまで芝生にしており、芝とヨシのエッジが明確でつまり自然は究極まで攻め込まれているわけです。
 ほかの農村で、農地にビオトープを作ろうというとき、農道と農地の間に約3m幅のビオトープゾーンを
設けているところもありますが、これは農村における「美しさ」の次にくる概念でしょうか。
この点は今の北海道の逆と言えます。北海道では、先の排水溝が邪魔したり、法面勾配がきつすぎたり、
はたまた、土地の所有者や管理者が異なったりで、このゾーンの管理が結構いい加減であり、沿道の農村景観を
しまらないものにすることが多いのです。それは、北海道の誇る農村景観・美瑛でもほぼ同じ。


← 芝生の「地」と小道

 しかし、こうやって日独の農村景観をおおざっぱに比較してみると、
北海道の沿道などのごちゃごちゃはビオトープだと開き直ることで昇華できそうでもあります。
実際、野生生物保護で色々な提案を続けている小川巖さん(エコネットワーク代表)は、
北海道新聞紙上で"路肩の雑草を刈るのは昆虫を殺すことになるからやめよ…"という意味の
発言をされていました。わたしは当時まったく逆の立場をとっており、沿道の原野景観などを
意味のあるものとして見せるため、縁取りのように路肩の芝(天端だけでも)を年数回は刈るべきだと
主張していたのでした。

 この辺は、モデルを3,4パターン用意して現地で実際に評価しあうようなことが望ましいのではないかと思われます。
北海道の農村の現状を考えるとき、ドイツにおける潔癖な地づくりは制度の面からも当面現実的になりにくいし、
あるいはごちゃごちゃを受け入れてしまう東洋的な美意識との折衷案がないわけでもなさそうに思われるからです。

●ビースバッハにて
10月13日の宿泊地ビーゲンスバッハwiggens bachはケンプテンの近く。ケンプテンは1600年代にドイツで初めて、
合筆による耕地の大型化と道路づくりなど、農地整備が行われた記念の地です。このビーゲンスバッハを夕方歩いてみました。
中心の教会からしっかりとした町並みが続いていて飾り気がない。花飾りらしいものもほとんど目につかない。
しかし、殺風景か、ときかれればそうでもありません。本通りから小道に入って100mもすると、そこは牧場のような
きれいな農地が広がっており、今、歩いてきた道は丘の上をゆっくり蛇行しながら、1kmほど先の別の集落に続いていました。

 シュツットガルトで散見した新しい町並みは、アメリカ的というのか観光地の歴史的建造物を見てきたせいか、
とてもはすっぱに見えますが、それはまたなじみのある我が日本の都市の現状でもあります。歴史のある建造物は、
ある意味では長い時間生きている古木や大木、地質年代を生きる山々と同様、「昔から存在する」というその一点で
意義があります。それは造園家のピーター・ウォーカーだったでしょうか、白樺の木を植え付けるときに、あたかも
それが昔からあったかのように見えることを目指す、と明言していたが、「昔からずっとそこにあったかのように」
存在することそのものにわたしたちを「快」と感じさせる要素がひそんでいます。「不変」「保守」「継続」「肯定」、
これらは安心につながる。「これはいいものだ」「OKだ」「継続に値する」「誇りだ」「その中に暮らす人間はhappyだ」。
こうして日常生活を肯定と安心で包む。ビースバッハのあわただしい薄暮の散歩時、小さな落ち着いた集落・街並みとルーラルパスと
を眺め歩きホテルに戻るころ、周辺はもうとっぷりと暮れていました。


← ビース教会裏の農地とルーラルパス。農村景観の人気素材がパッケージになっている。

●ベルナウ教会のwander weg
ボーデン湖を右に見ながらリンダウに向かう途中、バロック建築で有名だというベ
ルナウ教会に寄りました。キリスト教にほとんど造詣を持たない身には、
したがって教会の存在もましてや様式も大きな関心事に見えてこないのは、さてどうしたらいいのか。
 アメフラシに似ているというボーデン湖と湖岸を展望したあと、
畑のようにみえる西側に寄ってみると、そこには垣根があって教会と農地の境に
なっていました。この垣根の伸びすぎた潅木の陰に「wander weg」のサインを発見。
この手のサインは決して自己主張させないのはちょっとした美学である。
ローテンブルグのweg サインも車のナンバープレートより一回り小さく、3mほどのポールに共架され地味だった。
ヘルゲンスバイラーも潅木に隠れていた。ここもやはり空間に飛び出してはいない。むしろ緑の中に埋め込んでいます。
 つまり、散歩のようなヒューマンスケールの行動においては、視認性は低くても大丈夫だという合意があるのではないかと思われます。
むしろ、その手法に慣れると小さいものは徒歩関係のサインだ、という割り切りもできるようになるでしょう。
そんな地味で小さなサインでも、結構歩行者は見つけることができます。地域の人が日常的に使うサインではなく、
初めて歩いてみようとする住民やたまの旅行者が対象になることを考慮しても、不用意にしゃしゃり出てはいけないものだと了
解するのです。それは「まちづくりのおしゃれ」と言えるでしょう。


← ベルナウ教会で見たルーラルパスのサイン

 さて、このwander weg ですが、畑を等高線にほぼ沿いながら湖の方へ下りながら
横断しており、湖側はブドウ畑、上手はりんごの果樹園。路面は舗装されていないけれど、
眺めはいいし変化もある。サインには2kmと5kmと小さく書いてあるので、
この距離の2コースがあるのだろうと思われます。湖に下るこのコースは、
パスの先の方が300mほどで民家の家並みに続いていたので誘惑に駆られましたが、
時間がなくてやむなくあきらめざるを得ませんでした。
 そんな逡巡をしているところへ、バババッとトラクターがやってきました。
トラクターに荷台を二つ連結した大型のもので、その農夫ら二人はまさに減速もしないで
我が物顔でパスに入ってきて、ドドドッと去って行きました。やはりどうみてもトラクターが我が物顔に走っていい道路であることが明らかなので、
道端によって見守るだけ。ドイツのルーラルパスは所詮、農道を使わせてもらっているのだと了解したのでした。
 一方、英国にはドイツのルーラルパスに似た面をもったパブリックパスがあります。これは15世紀から18世紀にかけて大地主が
農地を囲い込み(エンクロージャー)放牧をはじ


← ルーラルパスの湖側はぶどう畑、山側はりんご畑。道は集落に続く。

めたために、仕事や生活の用で土地を自由に歩けなくなった住民が自由な通行を求めた結果、
地域住民のために取られた方策がパブリックパスだとされています。土地の所有者にお願いして
確保した道であり、こうして歴史的に形成されたのが「通行権public right of way」。
このパブリックパスには徒歩のみの「footpass」、徒歩、馬、自転車の「bridle way」、
自動車を含むあらゆる交通手段が可能な「byway」の三種があるようです。
 (*参考文献:「英国におけるアウト・ドアライフ」平成11年 オホーツク委員会)
 ドイツで見るルーラルパスは、その意味では、byway に近い面があり、森の中はfootpass に
近い感じです。ミュンヘンの英国式庭園では、自転車、徒歩、馬が通るbridle way の
ようなものを見ました。おしなべて、英国の個人所有地をゲートを擦りぬけながら散策する野趣味に富んだコースとドイツのそれは、
整備グレードのうえでかなり違うものと思い始めていましたが、ベルナウ教会のルーラルパスのこの部分は、砂利道であったことも
手伝って農道という色合いが濃く、開放感がありました。

「ドイツ農村風景の北海道的応用」

 ルーラルパスという範疇に入れるべきかどうか微妙な小道に、森の中の小道、平地の山のへりにある
散策路があります。保養地のキャンパスの中のルートもパスに変わりはないけれど、ルーラルよりも
アーバン風であることが多いようです。また、森林系のパスはルーラルとは異質の物に映ります。
前者は農業と散歩、後者は基本的にフットパスであり、療養や健康と散歩が結びついたような、
あるいは少しメンタルな部分を持っているようです。そのせいかどうかはわかりませんが、森のフットパスは
遠景を眺望できるベストビューポイントにベンチがあるコースが多かったと記憶します。
その部分は別項(レポート3『ドイツの森林散策コース』)で述べてみます。

 ところで、田園地帯や里山での散歩ができればいいな、と淡い願望を持つ人は少なくありません。
ましてやドイツや英国のルーラルパスやフットパスを現地もしくは写真等でみたひとなら、「かくありたし」と願うはず。
 さてそれではそれがどんなふうにわが北海道に当てはめることができるか。空知地方など水田地帯を念頭にして漠然
とわたしが考えるのは、ひとつは「山の辺ルート」。これは、水田地帯の縁の山や森林に接する部分の利用です。
@そのあたりにとちり用の教会、または植生の境界があること。
A民有地が多く、山林側の評価額が低いこと、したがって買取りが比較的容易だったり、無償使用の網掛けが比較的しやすいと考えられること
B山の辺はあずましいこと
C水田の俯瞰景が得られること
Dルートが曲線になりやすいこと
E森林保育の活動プログラムを組みやすいこと(林の修景がしやすいこと)
F生産財の搬出がよういであること、などがそのプランの背景である。
Fなどを考えると、その仕上がり形態は、英国のbridle way もしくは byway ということになるでしょう。
 水田地帯そのものはどうかといえば、現在の方形の圃場は、散策などのレクリエーション性とは一応相いれないもの
とみえます。むしろ、休耕田の拠出、分合筆、都市住民の買い取り運動(トラスト)とリンクして、
農地(水田)の中に防風林をかねた環境林をつくり、それを新しい時代の「鎮守の森」に仕立てていってはどうかと思います。
基本的にそれは、郷土樹種の林帯(長い時間をかけた地域活動で都市住民も参加)づくりと、bridle way(作業車ok)
によって構成されるものである。緑の回廊を、農免道路をつないで事足れりとするのではあまりに利用者の快適さを
無視しているのではないかと考えます。

 いずれにしろ、日本の、いやこの際は北海道と言ったほうがよさそうだけど、ルーラルパスのような空間を
どうしたら市民側の手に入るか。まずルーラルパスへの憧れがそこへの合意の源になるはずです。田園の緑の中で
くつろぐ心地よさを感じ取る感性と時間が、北海道方式ルーラルパスを動かす原動力だと言えるでしょう。




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