
| 「広葉樹二次林を手入れした林なんて見たことありませんね」。 道の水産林務部に勤務するた方を静川の雑木林のフットパスに案内した時に話された感想の言葉。 「いい木を伐って、そのくせ期待していた除伐もしないで手入れと称している」「林をボロボロにしていった」。 こちらのふたつは、近くで業者と契約して実施された作業跡の、森林所有者の受け止めだった。これに対して林業行政に携わった別の方は、それが林業活動として普通の姿だとみていた。 苫東方式あるいは苫東コモンズの保育は、林業の技術は使うが一般に言われる林業ではない、と大分前から気づいていた。はっきり言えば造園に近い修景作業なのである。材は結果的に発生するが目的ではない。 だから「枝なんか片づける暇があれば次の現場に移る」とある林業マンは、わたしの仕事を見て少し冷たく言ったものだ。つまり、わたしが主導して行ってきた35年余りの行為は、表題のように「森林の、林業ではない扱い」だったのである。それがこの頃、どうしたらこういう林になるのか、と聞かれる。 なぜ、これを目指したか、それは身近なところで行われる林業や森づくりがわたしのメガネにあわなかったからである。わたしは、こつこつ、ひっそりと、癒されるイヤシロチを目指したのである。庶民がつい行ってみたくなるような風景を、まず小屋の周りから始めた。 |
| 盗難もシカの躯もなし 2026/01/06 tue 晴れ -1℃ 室内-13℃ ■まずは安堵の年明け ![]() 年末年始はマイカーが使えなかったので、年末は 12/17 に小屋番を終え、今日が今年初めての小屋だった。気がかりだったのは丸太の盗難だったが、今のところいずこも無事だった。監視カメラもチェックしたが、対象画像となるものは自分以外になかった。 また、撃たれたシカの死骸も付近にはなかった。オジロワシが二羽、上空を旋回していたがそれだけだった。雪はほとんどなくて、木々の幹や梢には、ハシブトガラとゴジュウカラ、キバシリがいてフットパスを巡る時は双眼鏡を首にかけて歩いた。出会ったのはつがいのようなクマゲラだけだった。 それにしてもかなり寒い。室温は―13℃、ベランダは-1℃で気温差は12℃もある。こういう日は、入口ドアも3枚の窓も全部開放して、相対的に「温かい」外気を入れる。 薪ストーブの灯り窓を掃除しようとしてティッシュに水を付けて吹いたところ、さすがにガラス面で氷となって磨くことはできなかった。作業の意図もなかったし、薪がもったいないような気がして、フットパスを歩いた後はベランダ瞑想でしばし時間を使い、現地を離れた。気持ちのいい新年の雑木林であった。 宙づりの木をさばく話など 2026/01/11 sun 晴 -1℃ 中-6℃→16℃ ■寄贈本の本棚 ![]() 梅田先生からの寄贈本が、小さな段ボール5箱にコンパクトに収められていたのでとりあえずそのまま縦に積んでいたのだが、困ったことが起きた。当たり前のことだが下の方は重みでつぶされて、本の出し入れができないのである。迂闊だった。思い立って、安価な縦長の本棚を探し買い求めて、朝、小屋で組み立て150冊近くを収納し直した(右の黒いボックス)。しかし納め切らず後日ブックエンドでもう一段重ねることにした。 これでライブラリーは550冊あまりが、右から梅田先生、abe-b 顧問、そしてわたしの分と少し雑然とだが木製本棚に一応並んだ。英国田園&風土論など(梅田文庫)、森づくり・技術・自然関連など(abe 文庫)、そして山の随筆・雑木林・フライ・風土など(kusa 文庫)のような品揃えである。ギターは本棚の間のすき間に置いた。 ■宙づりのシラカバを降ろす ![]() 年末からの懸案だった宙づりシラカバを、マーベルプラロックで牽引して降ろした。プラロックは一見簡単そうだが、実は仕組みがまだよくわかっておらず、飲み込んでも一年以上もすればまた忘れる。手順を思い出しながら、ロープとプーリーを2度張り替えて、落下に成功した。 ■トレイルカメラの動画を見ると 数か所に分散して伐りっぱなしの丸太は、その後、持ち去られた形跡がない。まさか、「持ち出し禁止」や「監視カメラ作動中」の段ボール看板が、そんなに効果的とは思えないのだが、実際のところ盗難などはない。 トレイルカメラをリプレイしてみると、昼と夜、キツネが行ったり来たりしているほかは、映っているのはわたしだけだった。ハンターの往来も映っていない。このままだと、「なあんだ、丸太は要らないものでなかったのかい?」とか「捨ててあるものと思ってた」などと、言い訳されるような状況ということになる。しかしこれには一発反論できる。「自分の土地、自分のものでないものは、すべて他人に所属する」「あなたのものでないことだけは間違いない」。従って、無断で持ち去れば、ドロボーということになる。 ただ、コモンズのネーミングがにおわすように、ここ北の地は本州方面に比べ人口密度が低いためか所有権が明瞭でなく、きわめてゆるい共有のような慣行がある。だから、わざわざ「横取りはいけない」という意思表示はしておくべきだった、ということだろうか。いやいや、そんなに甘くはない、とわたしは見ている。 自然体で林に出向く 2026/01/14 WED 晴 -1℃ 中-6℃ ■真冬が少し億劫になって来た まとまった雪が降った13日、夜からはみぞれが雨に代わり翌朝は-8度まで下がったので、路面はすべて凍った。こういう日は山に出かけるテンションが大いに下がるようになってきた。必要な除間伐の山仕事は年末までに終わったから、どうしても片づけるべき仕事がないこともある。 そこで寝床で考えた。わたしは何者にも追われていない、自由だ、好きな時にでかけ好きなことをして過ごしてよい…、こんな呪文を繰り返していた。そうなのだ、それでこそシニアワークである。まさに後期高齢者になりかかった当方は「小屋番」で十分。そこで居眠りをしていてもいい、それが歳相応のウラヤマニストだ…。それでもゆっくりと車に乗って、11時ころには小屋に居た。 ■目に入る光景 ![]() 小屋の室内は十分に冷え込んで、マイナス6度。これは滞在する室温としては寒すぎるし、かといって3、4時間で帰るのなら薪がもったいない。2時間かかってもプラス10℃にしかならないだろうからだ。 そのようなときは薪ストーブを点火しないで林の見回り、散歩に限る。幸い、積雪は2,3cmだ。今日は北に向かう奥の笹道から、林道にもどって小屋を右手に見ながらさらに南下してフットパスの交点から小屋にもどった。2.7kmだった。 写真は途中の林道沿いにある保健保安林。国民の保健のために指定された、制限の多い民有林であるが、その未来に向けて継続させるための制限故に、結果的に手入れを拒むこととなり荒れ放題である。この頃は、もうその辺の事情を逆手にとって、法の矛盾と林業行政の至らぬところを示す見本として淡々と眺めることにした。 また風景としては決して市民が入りたくなるような状態にはなっていないが、腐れ放題の林はキノコの供給地であり野生生物にとっては格好の隠れ場所になっているだろう。それを視覚的にとらえるコントラストのためにも、小屋側はイヤシロチのように手入れする意味が膨らむのである。 ![]() また、小屋の周辺には少なくとも2羽のクマゲラがいるが、この頃、カラマツにうがかれた穴が目立つ。最近はこの穴でよく見るが縦の長さは40cm近い。かなり壮観である。 人跡まれなエリア歩く 2026/01/17 sat 晴 0度 中マイナス8度 ■「まほろばコース」にて ![]() 今朝もログハウス内はマイナス8度。相対的に外より大分低温だから、こんな日はまず窓を開けて気温零度の外気を入れる。そして薪ストーブを点火する。薪が燃えだしたことを確認して、歩く用意をする。今日は雪がないうちに「まほろばコース」を歩く。トップページに寄せた文を以下にコピー&ペースト。 『わたししか歩かない、あるいはほとんど誰にも知られていない、コモンズ内で自称する「まほろばコース」を歩いた。積雪は3cmほど。少なくとも用地買収が行われてからこの半世紀の間、人の手は入っておらず、明治の開拓後でも人跡稀な場所である。そんな手つかずの林が小さな起伏を伴いながら広がる。 かつては薪炭を採ったであろうこじれた広葉樹二次林で、枯れ木や倒木の目立つ山である。風倒木はまとまって随所に見られ、ツルにからまれているものも多々。それらを息絶え絶えとか呻吟などと従来は形容したものだが、実はこれが萌芽再生林の自然であることはわかっている。今日はそんな紋切型のネガティブな表現はしないで淡々と見て歩いた。ここ数年温めてきた思いを前に出し、思い切り気持ちをチェンジした。「荒れ放題もいいじゃないか」。 朽ちていく木々は生命力を表に出した若木に比べれば醜いという表現はできるが、次の世代につながる新しい芽生え、再生の一歩であることも間違いない。そう観察することにして、大人の見方へ一歩を刻んだ。これまでは無理に手入れが必要だと、つなげていた。 しかしどう考えても近々手入れが及ぶ可能性のない林は多くて当たり前なのだ。更新、再生の現実を見据えて、そこに利活用の仕組みが加わると地域の環境は変わるのだが、そのために越えなければならない前裁きは気が遠くなるほど過大だ。だから、一方で朽ちて、一方で萌える、そんな自然状態が続く。』 ■「まほろば」の今 ![]() まほろば、とは、20年ほど前にエゾシカが一頭息を絶えていたカラマツのくぼ地のことで、なぜシカがここを選んで死んだのかを不思議に思って見渡すと、静かで美しい別天地だったからである。シカでも最高の場所を探すのか、と、わたしのなかでは厳かな特別な風景として心に刻まれた。それ以来、ここに至る踏み跡のないフットパスを「まほろばコース」と呼ぶようになった。 テープだけがところどころに目印としてあるだけだから、普段は人々の眼にも止まらないナチュラルコースだ。草丈の低いミヤコザサの土地だからこそ可能なウォーキングである。一昨年秋につけたテープは、しかしひとつも見つからなかった。小屋を出てから約1時間、、まほろばに着いたが、見下ろすくぼ地(写真)は、やはりカラマツの風倒木が重なっていて、往時の面影はもうない。 根雪になるのか、林道閉鎖 2026/01/21 wed 0℃ 中-10℃→プラス2℃ ■大寒に突入し雑木林に本格的な雪降る ![]() (まず、トップページのコピペから) 大寒の声に合わせたかのように、今朝は自宅玄関脇の温度計はマイナス11度を指していた。この寒波は天気予報でも予想されていたので、あまり寒かったら山仕事はやめようかと、寝床では少し日和見状態だった。しかし、夜明け前の東の空は今年で一番の、雲のない快晴、拝みたくなる茜色が見えた。これは行かねば…。 ところが現場である苫小牧の東はずれ・静川は積雪が25cmもあって、かつ林道入口は除雪車の排雪で封鎖されていた。それをスコップで排除してひと汗かいてみたものの、先行車がなく、やはり途中でスタックしても大変だ。おもむろにスノーシュウを出して歩くこと30分。ソリにチェンソーなどを積んでの人力牽引だから、50mほど歩いては休んだ。 そして小屋。ふっかふかの雪だった。 ■生き物が俄然動き出した エンジン音もたてずに雪道を歩くと、エゾシカは無警戒に群れで林道に居た。原野のススキの原あたりで餌を探しているのか、足跡は無数に林道を横切っている。小屋前の整理した枝は、ナラといわずシラカバといわず、ことごとくシカの食痕がみられきれいに食べ尽くされている。もちろん足跡だらけだ。 ![]() 考えてみれば、一夜にして地面の餌が消えたわけで、地上に出た枝先には小粒とは言えあと数か月後には萌える植物の源基が眠っているのだから、これらが餌にならない訳がない。スノーシューで林を横断していると、雪面から飛び出た若木たちはことごとく新芽を食べられていて、これでは更新できるわけがないと思わざるを得なかった。 ちなみにイギリスには「ポラード仕立て」という広葉樹の更新方法があるが、シカが食べられない地上1.5mあたりで伐って萌芽させるのである。わたしは今から14年前、ロンドン北部のエッピング・フォレストでこれを見た。胆振でもこの方法を試す必要が出てくるのか。 それにしても寒い。マイナス10℃の室内より、日の当たるベランダの方が温かいのは当然である。とはいえ、フリースの上に、小屋に常備した厚手の羽毛服を着て椅子に座る。そして、高齢者特有の「ボンヤリ」である。何を考えるでもなく、目に映るものに集中するでもなく、なにか過去を思い出すでもなく、静かさの中の平穏に身を任せる。 聞こえるのはクマゲラ2羽のドラミングだけだった。恍惚とは言わないが、無為自然、大袈裟にいえば梵我一如など、とにかく若い時には考えたことがない境地に浸る。傍から見たら、ボケたのかと心配されるかもしれないが、もうその境界は自分でもわからない。 冬の森林公園 2026/01/24 sat 晴 -2℃ ![]() 今日の林の walking は高丘の森林公園に出かけた。車で5分くらいだから、近所の散歩に飽きたらここに限る。結構、ファンがいるから尾根筋の径はこなれていて非常に歩きやすい。二組3人と出会い、挨拶。枯れ木も大木も樹種様々に、放置されてただ「生えている」感じはすごくいい。 ![]() エゾシカはだいぶ慣れてきて、餌付けもできそうなくらいである。奈良に行くと奈良公園のシカと北海道のエゾシカとどちらが幸せか、とよく冗談交じりに考えたものだ。はたして、北の地で命がけで冬を越すエゾシカではあるが、自由とスピード感ならエゾの方も負けないだろう。 その足で、かつて静川の小屋周辺の手入れをして来た、会友のSさんを病院に見舞った。Sさんは会話ができず反応もまばらな時が多かったので、今回は話題が共通する静川の小屋周辺の画像を2枚用意していった。小屋の赤い屋根は、足場を組んでSさんと二人で葺いたもので、保育地と小屋周辺はもっとも思い出が深いところだ。そんなことも考え、紅葉時と今週の雪の小屋一帯の写真を見せたところ、一瞬反応した。「わかる?」と聞いたのに対して、わかる、とかすかに頷いただけだった。山づくりは様々な担い手が、時折は途切れながらつなぐ、と言うことであろうか、それが正解だろうと思う。最後は縁がどれだけ深いかという点に尽きる。土地との縁が風土保全の隠れたチカラになる。 冬の雑木林を歩く人 2026/01/28 wed 晴れ -3℃ ■冬を歩く ![]() カナディアンのスノーシュウを履いて大島山林を歩く。積雪は苫小牧よりずっと多く30cm程度。カナディアンは、ジュラルミンのかんじきタイプよりも長く雪面を滑らせるので太ももを持ち上げる負荷が少なくて良い。 (スノーシュウは道北鷹栖に住むカナダ人・ダニエルさんのハンドメイド・クラフトである。小柄の日本人に合うよう、やや小ぶりに作ってあり、パートナーの kyouko-wan さんとは私が企画管理していたSNS「どっとねっと」のメンバーとして知り合った。二人が手がけた犬ぞりツアーは海外に人気だったが、ダニエルさんが今月初めに亡くなったと聞いた。これからスノーシュウを履くたびに、いつも早口の英語でしゃべるダニエルさんを思い出すことは間違いないだろう。合掌) こんな積雪なのに山林内のほとんどに踏み跡がある。町内の人たち数人が毎日歩くためだ。緑の季節よりもむしろ冬の方がよく出会う。ダニや蚊を嫌ってのことだと思うが、蚊がまったくいない年など、歩かないのはもったいないので「今年は蚊がいないよ~」とわたしはふれ歩いたりするのである。 靴の踏み跡はさりげなくていい風情なので、作業でスノモで圧雪したりするときに、無骨に感じないか、ウォーカーに聞いてみたことがある。歩くスキーの人たちなどは、他の利用者の足跡を忌避するからである。 「スノモでフットパスに跡を付けられると気分悪くしません?」 「いいえ、助かります!」 それ以来、できるだけ、メインルートのトレースを心掛けるようにしている。 ■スノモ、傾く スノーシュウで一回りした跡、スノモのトレースをすることにした。スノモのエンジンをかけてみると一発で始動した。リレーやバッテリーなど不具合があって始動できない期間があったのだが、どうやらスノモ担当が処置してくれたようだ。 ![]() 林内は、歩いてもスノモでも、とても明るく快適で、思えばいつも早春の陽気などと浮かれる頃合いだ。そんななか、サワシバの枯れ葉が美しい。 ![]() ノーマルなフットパスを巡り終えて最後に池から遠浅川に沿ったルートも、と欲を出して間もなく、倒木をよけたつもりが池に落ちそうになった。重心を左側に載せて発進させれば脱出できそうだったが、倒木と灌木が邪魔をしているので、無茶をせず仕方なく座席の下に入れてある鋸をだして伐り始めた。驚いたことに雪の下の池は凍っておらず、防寒靴を濡らしてしまった。 小一時間奮闘してようやく脱出に成功した。スノモでは横転したことなども何度かあるけれども、短気を起こさないで用心深く対処すると意外とうまくいく。脱出作業中、遠浅在住のメンバーにSOSを出そうか、とも考えたが、あとあと年寄りの冷や水などと笑われるかも、などと予想して踏みとどまった。 ■山仕事と住民のつながり 脱出したその足で、今季、若い人たちが徐間伐しているエリアに顔を出してみると、大分順調に進んでいるように見えた(上右)。 他人の土地で、冬の寒い時期に、近代的装備や重機などもたずに、人力中心で林の掃除をして、薪に使えるものは林から出して暖房を自賄いにして利用する、そこでできたスノモの径をフットパスにして住民が出入りし、徐間伐のおかげで風が通るようになって不快昆虫もいなくなる林は、地域に憩いを提供する場に変わりつつある。 そこには「さりげない」「多様な人が行き来する」「営み」がある。これが他人の土地で、無償の、GDPに表れない価値を生んでいる。こういった関係性を時間的空間的に眺めてみると、なんだか透明な、無味無臭のプロジェクトのように思われる。それを少しだけ活字にして残してきたのが、この「雑木林だより」である。 |