林と定点で接する里山

| 毎年通い詰めても、飽きることがない林。おそらく、雑木林の四季が変化に富んでいつもと同じということがないだけでなく、ここ勇払原野の里山が潜在させている魅力によるものだろう。 さらに一帯を小屋を中心にした定点で見ているからでもある。見ることは手入れすることであり、手入れは「長年月で付き合う造園」とほぼ同じだ。日常的に味わう自分にとっての理想郷、いわゆるユートピアがゴールであり、もともとはコナラの大木が居並ぶ美林を作りたかったのである。 産土を感じると何度も書いてきたけれども、それは樹木に囲まれて土地の神羅万象に神々を感じつながる場、神籬(ひもろぎ)に似た一面があることを知った。 |
| ナニワズ咲く 2026/04/01 wed 晴れ 12℃ 内部6℃ ■ そろそろチェンソー仕事 ![]() ナニワズが完全に花を広げた。殺風景な雑木林ではひときわ華やいで見える。 ![]() エゾシカの狩猟期間が前日で終了したので、もうハンターがくることはまずないだろう。それに伴って、丸太の盗難のリスクもなくなるだろう。そろそろ、丸太の運び出しに合わせて玉切りを始めようと思う。 こちらは歳を考えて今日はまず肩慣らし、腕慣らしで、倒木やかかり木を片付けながら、最後はいくつかの玉切りを行った。幸い、チェンソーの目立てがうまくいっていてよく切れる。よく切れるのは疲れない最大の対策なのだけれども、7kg近いチェンソーを持ち歩いただけで明日は特に腰に疲れが残るだろうと思う。もろもろの野外活動の要を担う腰を十分長持ちさせるために、急な無理はしないでおこう。 (写真右)神籬のようなテラスから日差しを浴びた北側の林を眺める。そこには今日も好ましい風景が広がっていた。 休み休み、長く 2026/4/4 sat 晴れ 15℃ 中5℃ ■チェンソーで肩慣らしを始める ![]() 盗難に備えて丸太で放置していた長材を本気で玉切りを開始した。チェンソーが重く感じるし安全ブーツももちろん丸太も重い。下手をすれば10分ごとに立ち上がり腰を伸ばして、まさにシニアワークらしきものを続けていたら、2時間余りで3立法m位を片付けることができた。歳をとったらとったでそれなりのスピードというのがある。今日はそのコツが体にしみ込んだ気がする。朽ちる運命の落ち葉にまみれて燃え尽きる丸太に囲まれ、なんだかとても幸せな気分になる。 4/6 は薪ヤードの薪をタウンエーストラックで4往復して自宅に運ぶ予定だ。そのすぐあとには林に残してあるたくさんの長材を早々に玉切りして、薪ヤードに運び出し、連休に薪割と薪積みをして来年再来年の薪の用意が完了する。 ■タンチョウと会う ![]() 夕方、小屋から遠浅に向かう道すがら、畑にツルが見えた。繁殖がうまくいって道央圏でもあちこちで目撃されるようになった。絶滅危惧種の扱いも危惧しなくてもよいほどの扱いに替えられたときく。 大島山林のほうは最近モモンガがみられるといううわさがあり、バードウォッチャーが来ていると、団地のAさんがいう。今年の探鳥会は鳥だけでなく獣も山菜も、ということになって、フライヤーの書きぶりを少し変更した。 ■勇払原野と半世紀 昭和51年4月に第3セクター苫東に赴任したから、苫小牧に住んでこの4月に満50年になる。 最初の職場が25年目に倒産してその後札幌勤務となって2回職場が変わったが、住居を移さず週末は雑木林の手入れを続けたから、そのあとのNPOの16年を含め、勇払原野との付き合いだけがちょうど半世紀になったわけだ。 しがない勤め人人生だったわりに、定点で個々の風土に付き合えていることは実は得難い経験だと思える。転勤はしたが主たるフィールドは変わらなかった。じっと付き合えば土地の神様、産土もたまには微笑んでくれ、やがては本当の姿を見せてもくれる。有難い経験をさせてもらっている。 玉切り、二日目 2026/4/8 wed 晴れ 13℃ ![]() 玉切りを4時間。普段から昼食を取らない習慣で林に居っぱなしだから、実は仕事はそこそこはかどる。途中から太めの材を扱っていたので、ソーチェーンを特に切れ味がよいとされる刃が鋭角な「スーパー」に替えてから特に快調だった。しかし、根返りした太い木は重過ぎる。藪だしでトラックに積むのは一苦労するだろうと覚悟している 薪がゴールであれば、本当は根返りするほど大木にしてはいけないのであるが、ここの当初の保育のねらいは、美しいコナラの大木からなる雑木林風景を実現することにあったから、これはやむなし、だ。根返りや倒伏の都度、対応せざるを得ない。もちろん、放置も方法の一つだ。 今日の作業は数年前からの懸案だった根返り木を昨年11月に片づけた、そのまた後片付けである。来週あたり運び出す予定でそれでようやく完結である。掛かり木や周辺の間伐木の玉切りもあったので、夕方にはへとへとだった。 今日は楽ちん、里山的仕事の典型 2026/04/11 sat 曇り 13℃ 中10℃→20℃ ■小屋はエルミタージュ ![]() 雨が降りそうなので小屋周りの玉切りをする。まるで里山、あるいは裏山仕事の典型的な姿だ。小屋の丸太壁から15mしか離れていない場所で薪の丸太を玉切るのである。こんな楽な仕事ってあるだろうか。 小屋の時間とは何か、といつも思いを致す。心身ともに徹底的に「ひとり」になるのは曰く言い難い特別なひと時なのである。群れない、グループ活動はしない、という近年の姿勢転換はこの方が自然体で楽で、かつ行動より思索に向いているからである。 「楽」というのは隠れ家のように世間から断絶されるからであろう。「籠る」と表現してもいいが、となるとそれは隠れ家=エルミタージュ、ということになる。「小屋はエルミタージュ」、ふと思いついたこのフレーズはしばらく使えそうだ。 ■30年近く前の育林コンペメンバーが来訪して懇談 かつて初回の育林コンペ(平成9年スタート)で最優秀賞を獲得した女性チームのリーダーHさんらと、14時、小屋で待ち合わせた。昨年一度来た時には、かつて手がけた場所がどこかわからなかったというのを聞いて、こちらから声をかけていたもの。 小雨がぱらついて仕事をやめた時に思い立って今年最後の薪を焚いた。ひと足前にコモンズのKさんも来たのでストーブを囲んでしばし昨今の状況と昔話に花が咲く。思いがけない人つながりがわかり、随分、普段思い出しもしなかった共通した知人の名前がどんどん飛び出して脳がかなり運動した。 来月から手掛ける保安林、育林コンペゾーン、大島山林のヤードと約2時間。いったんここで別れて懇談は夜も続いた。 玉切り、一段落 2026/4/15 WED 晴れ 15℃ ■チェンソーにはもう暑い ![]() 掛かり木を処理した昨シーズン最初の手入れエリアで、玉切りが終わった。幸いすでに玉切りしておいた丸太の盗難にあうこともなく、再来週の藪だしにこぎつけたいと思う。が、割と量が多い。1.5棚はあろうか。大木のネガエリというのはこんな風に周りも巻き込むので整理する材がいつも増える。 それにしても暑い。気温は15℃くらいになっていて、長袖の下着と木綿のワークシャツを、半袖の下着と化繊のワイシャツに着替えた。 ![]() チェンソーを動かして間もなく、林床にピンクのキノコのようなものを見つけてエンジンを止めた。グーグルの植物検索では「シロキツネノサカサノモドキ」と出た。一瞬、冬虫夏草かと思った。 一方、サクラが数本あったので着々と切り進んだが、ナラに比べれば柔らかいのだろうか、切りくずがきれいだ。まるで花ガツオのようなおがくずが出てくる。樹種によって切れ味や木くずの形、香りが違うのも興味深いが、木々の一本一本が個々の樹形も、全体としての林の風景も世界に二つとないオリジナルだという点も不思議だ。 当然、木々の集合たる林の扱いというのも共通のマニュアルなどはなく、その土地にふさわしい発明が待たれるというのも面白い。その発明というのはちいさな実験である。風景を創るという未知との出会い、そこには醍醐味がある。 今年26回目の山仕事、小屋番 2026/4/18 sat 曇り時々晴れ 15℃ 週の休みが土曜半ドンから週休2日になった途端、休日の感覚が急激に変わったように、勤め人時代は雑木林の山仕事=毎週土曜日だけから、水曜、土曜の週2日に代わってからというもの、山仕事や小屋番が日常化したような錯覚に陥っている。新年に入ってわずか100日余りというのに、小屋日誌「雑木帳」によれば今日がもう26回目になっていた。林の日常化が、晴林雨読という理想に近づいている一方で、身体能力と根気が衰退して、そのバランスたるや微妙に採れていることに驚く。早い話が、ゆっくりと休みながら続ければいずれ終わる…。それでいて満足感と幸福感はこれまで経験したことがないほど高い。 ![]() 小屋周りで玉切りして2日目、連休前の藪だしと連休中の薪割り完了に向けて少し本腰をいれる。盗難予防のために散らかしておいた大小の枝も片づけた。人の出入りも新緑や山菜までしばし途絶えることを予想して、バリアにしていた猥雑物をところどころにまとめたのである。俄然、人の手のかかった里山らしくなってきた。 ![]() 薪づくりをすると、生活が季節とともに動いていることに気付く。どこが季節のはじめなのかはわからないが、スタートは次のシーズン用の薪づくりを無事に終え薪積みも完了したころ、といえば新緑である。このころがわたし的には季節の始まりと考えたい。 今日もさすがにチェンソー仕事には暑く、下着を半袖に替えてシャツも風を通すジャージに着替えた。脱いだものはテラスで干そうと言う気になったのは、間違いなく早春を過ぎたということか。 一年のリズムが秋の選木から伐倒、玉切り、藪だし、薪割、薪積みという単純な流れで、最後はストーブにくべて暖をとるという、きわめて個人的なことにとてつもない時間を費やしていると、まるで「雑木林と薪」に埋もれているのではないか、と思う時がしばしばだ。 ただこのような世事から離れた個人的生活のスタイルは人の道に外れているかと問われれば、いやむしろ勧めたい、というのが本音である。縄文人がそうだったかはわからないが、その日の糧を得てやや貯えもし、日々の暮らしに明け暮れながら夜は焚火を囲んで歌い踊り談笑して眠りにつく、そして朝は日の出ともに起きる。もうわたしは忙しくてハードな都会生活や高度な文明生活には入っていけそうもない。 コブシ、咲く ~雑木林の山仕事から庭仕事へ~ 2026/4/20 月 晴れ 13℃ ![]() 来年2027年の秋から焚く薪材の玉切りはこれですべて終わった。場所が4つに分散し、そのうちの一つは太い2本の根返りだったので、恐らく3棚から4棚、あるいはそれ以上あるかもしれない。 小屋につくとまずテラスの斜め上にコブシの花が咲いていた。コブシの木があったのは事実だが、去年まで花が咲いただろうか、と不思議に思った。隣はコシアブラ。その隣は毎年毛虫を発生するヤマグワ。今年の夏はテラスを毛虫が覆うような年でないように祈りたい。 作業は約2時間で完結した。たった2時間だが、長材を前にしたときは自信がなかった。休み休み、という自他ともに許したペースは、年寄りの山仕事は必須だと体で思い知った。マイペースでこなすためには、ひとり出なければならなかった。そして迷わずに、ゆっくりと、しばしば丸太に腰を掛けて林を眺めるという特典付きの仕様である。これならできる。 庭はどうしよう、今年は花飾りをやめようか、と毎年しばしためらう。しかし山仕事の例もある。焦らず、マイペースでやれるうちはやろうと肚を決めた。そうするとコンテナの配置などにすこし工夫はできないかと徳が出てきた。夏花一年草の植え付けはあと1か月後だ。そのころまでには薪割りを終えるから、「雑木林から庭へバトンタッチ」である。 一人仕事の限界 2026/4/23 thu 晴れ時々曇り 14℃ ■ウインチによる藪だし ![]() 昨秋に片づけた根返りのサクラをポータブルウインチで林道のそばに牽引した。作業は意外とスムーズにはいかず、切り株にスキッドコーンや丸太のどこかが引っかかり、そのたびにウインチから離れてコーンの場所まで戻り開放する必要があった。おかげで歩いた距離は普段の散歩よりかなり多めになった。また、積雪の上よりも摩擦が多いのか、あるいはマシーンの馬力が足りないのか、かつて使用した機材とは進み具合が違った。もう一工夫が必要で、これならむしろ、タウンエース・トラックを樹間を縫って往復させた方がはるかに効率がよさそうだった。これは新緑になってからの仕事になりそうだ。 ■保安林の扱い(選木、作業内容)で現地立会 北海道胆振総合振興局に、5月にコモンズ会員と予定しているカラマツ保安林の扱いについて照会していたところ、急遽、昼前に現地で立会することとなった。11時ころ担当者2名が室蘭から到着したので、テラスにおいてパンフレットを使って簡単にNPOと土地所有者との関係などについて説明をしてから早速懸案の林に案内した。 里山景観を創造するという周辺の作業をここまで拡大していくことが目的で、実際には枯損木、倒木、ツル、根返り木など、マーキングした実物を目にしてもらった。こちらの説明にほどなく理解と賛同が得られた。一見、一目瞭然のような雰囲気もあったので要件は比較的短時間で済んだが、折角の機会なので、今般の開発行為申請の様子などについて話を聞いた。シカの食害により、ミズナラ・コナラ林の萌芽更新は勇払原野ほぼ全域で阻害されていることも伝えた。 ■2026年最初の山菜はコゴミ ![]() 立会したカラマツ保安林のへりに、毎年コゴミが出る。いつもは大きくなってから気が付いていたために、採って食べることはしないできたが、今日はかわいいサイズが目に入って「これは少しいただこう」という気になった。 ![]() といっても家人と二人ならこれだけあれば十分。鰹節を削って、シーチキンとマヨネーズを加え、隠し味にチューブわさびを加えた。春のご馳走である。 今シーズン最後の玉切り、終える 2026/4/25 sat 晴れ 早春の雑木林。5月末の新緑までこの風景2日前、ポータブルウインチで引くのを断念したサクラの根返りを、玉切りする。 好天の林は胸が膨らむ。ソーチェーンが外れたりして何度か林道の車に戻りながら、昼過ぎには終えた。これで予定した今シーズンの薪作業は、玉切りまでは完全に区切りがついた。長かった。あとは、明日から藪だしをして、薪ヤードで割って積んで、本当のひと段落だ。実に長い。これは期間でなくて循環するサイクルだ。しかも来年2027年秋からの薪であるから気も長い。。 最近どうしてますか、と世間話で聞かれるときは、「一年中、薪に絡んで雑木林で小屋番してる」と答えることにしている。おそらく、何のことかわかってもらえないだろうが、それは仕方がない。週2回の小屋番で、晴林雨読の生活をして浮世離れしてきたから。思想家・中村天風師は「晩年になったら宇宙と対話せよ」と教えているが、こちらは宇宙なんて畏れ多く、さしずめ「木や林と語る」程度だ。 相手が人でなく木であるところがミソである。間伐のための選木を、フットパスや林床を歩きながら伐るべき木に当たりをつけておいて見定め、10月ころ、テープを付けて伐り始める。それも年末に終えて雪が消えた4月、シカ猟を終えてハンターの出入りがなくなるころ(盗難のおそれがなくなって)から薪製品化に向けて玉切り、連休前に藪だし、連休から薪割、それを5月いっぱいで積み終えるのである。 このサイクルが、ほとんど一人の時間で過ごす。木や林と語らざるを得ないのである。これは天風師の言葉と比較してみても、とても幸運なことと思わざるを得ない。自分の今が晩年だという自覚も実感もないが、平均寿命から逆算すると、間違いなく20年前後以内にはこの世を去ることは疑いがない。とすると、世間や人との対話は切り上げて木や林や、お月様や星々と対話するようにしてもよいではないか。木村もちよ氏が、youtube で、75歳になったら医者にかからない、というエピソードを語っていた。そうだよなあ、と納得したのも、宇宙や木などとの対話と通底している。 家人と藪だし 2026/4/26 sun 晴れ 12℃ ![]() 2025年秋から2026年春にかけては、丸太数本がなくなっただけで、前のシーズンのような盗難はなかった。ある日突然、手塩にかけた丸太が林からなくなっている、というような悪夢がなくて本当に良かった。防犯カメラを設置していることとその告知、さらに名前を名乗って持ち出しを禁止する旨のボードを現場に掲示したのがよかったのか。 いよいよ、丸太を遠浅の薪ヤードへ運ぶ。自然よりデパートの方が好き、と公言する家人を久々に引きずり出して、藪だし作業を手伝ってもらう。太く重い丸太はわたしがやることにして、家人には手ごろな丸太を中心に頼んだ。それでも積み下ろしの時間が半減され、車の中ではたわいもない話題で退屈しない。 タウンエーストラック750kg積載のレンタカーで、静川と遠浅を4往復し、帰宅時はストックしておいた薪を満載して自宅に運び薪を補充した。4往復目の時、トラックをバックして立ち木にあたり荷台のあおりをへこませてしまったが、レンタカーでフルパックの保険に入っていたために出費は免れた。連休中には、家人に娘も加わって、ピクニックがてらの薪割りである。 |