林と定点で接する里山

| 毎年通い詰めても、飽きることがない林。おそらく、雑木林の四季が変化に富んでいつもと同じということがないだけでなく、ここ勇払原野の里山が潜在させている魅力によるものだろう。 さらに一帯を小屋を中心にした定点で見ているからでもある。見ることは手入れすることであり、手入れは「長年月で付き合う造園」とほぼ同じだ。日常的に味わう自分にとっての理想郷、いわゆるユートピアがゴールであり、もともとはコナラの大木が居並ぶ美林を作りたかったのである。 産土を感じると何度も書いてきたけれども、それは樹木に囲まれて土地の神羅万象に神々を感じつながる場、神籬(ひもろぎ)に似た一面があることを知った。 |
| ナニワズ咲く 2026/04/01 wed 晴れ 12℃ 内部6℃ ■ そろそろチェンソー仕事 ![]() ナニワズが完全に花を広げた。殺風景な雑木林ではひときわ華やいで見える。 ![]() エゾシカの狩猟期間が前日で終了したので、もうハンターがくることはまずないだろう。それに伴って、丸太の盗難のリスクもなくなるだろう。そろそろ、丸太の運び出しに合わせて玉切りを始めようと思う。 こちらは歳を考えて今日はまず肩慣らし、腕慣らしで、倒木やかかり木を片付けながら、最後はいくつかの玉切りを行った。幸い、チェンソーの目立てがうまくいっていてよく切れる。よく切れるのは疲れない最大の対策なのだけれども、7kg近いチェンソーを持ち歩いただけで明日は特に腰に疲れが残るだろうと思う。もろもろの野外活動の要を担う腰を十分長持ちさせるために、急な無理はしないでおこう。 (写真右)神籬のようなテラスから日差しを浴びた北側の林を眺める。そこには今日も好ましい風景が広がっていた。 休み休み、長く 2026/4/4 sat 晴れ 15℃ 中5℃ ■チェンソーで肩慣らしを始める ![]() 盗難に備えて丸太で放置していた長材を本気で玉切りを開始した。チェンソーが重く感じるし安全ブーツももちろん丸太も重い。下手をすれば10分ごとに立ち上がり腰を伸ばして、まさにシニアワークらしきものを続けていたら、2時間余りで3立法m位を片付けることができた。歳をとったらとったでそれなりのスピードというのがある。今日はそのコツが体にしみ込んだ気がする。朽ちる運命の落ち葉にまみれて燃え尽きる丸太に囲まれ、なんだかとても幸せな気分になる。 4/6 は薪ヤードの薪をタウンエーストラックで4往復して自宅に運ぶ予定だ。そのすぐあとには林に残してあるたくさんの長材を早々に玉切りして、薪ヤードに運び出し、連休に薪割と薪積みをして来年再来年の薪の用意が完了する。 ■タンチョウと会う ![]() 夕方、小屋から遠浅に向かう道すがら、畑にツルが見えた。繁殖がうまくいって道央圏でもあちこちで目撃されるようになった。絶滅危惧種の扱いも危惧しなくてもよいほどの扱いに替えられたときく。 大島山林のほうは最近モモンガがみられるといううわさがあり、バードウォッチャーが来ていると、団地のAさんがいう。今年の探鳥会は鳥だけでなく獣も山菜も、ということになって、フライヤーの書きぶりを少し変更した。 ■勇払原野と半世紀 昭和51年4月に第3セクター苫東に赴任したから、苫小牧に住んでこの4月に満50年になる。 最初の職場が25年目に倒産してその後札幌勤務となって2回職場が変わったが、住居を移さず週末は雑木林の手入れを続けたから、そのあとのNPOの16年を含め、勇払原野との付き合いだけがちょうど半世紀になったわけだ。 しがない勤め人人生だったわりに、定点で個々の風土に付き合えていることは実は得難い経験だと思える。転勤はしたが主たるフィールドは変わらなかった。じっと付き合えば土地の神様、産土もたまには微笑んでくれ、やがては本当の姿を見せてもくれる。有難い経験をさせてもらっている。 玉切り、二日目 2026/4/8 wed 晴れ 13℃ ![]() 玉切りを4時間。普段から昼食を取らない習慣で林に居っぱなしだから、実は仕事はそこそこはかどる。途中から太めの材を扱っていたので、ソーチェーンを特に切れ味がよいとされる刃が鋭角な「スーパー」に替えてから特に快調だった。しかし、根返りした太い木は重過ぎる。藪だしでトラックに積むのは一苦労するだろうと覚悟している 薪がゴールであれば、本当は根返りするほど大木にしてはいけないのであるが、ここの当初の保育のねらいは、美しいコナラの大木からなる雑木林風景を実現することにあったから、これはやむなし、だ。根返りや倒伏の都度、対応せざるを得ない。もちろん、放置も方法の一つだ。 今日の作業は数年前からの懸案だった根返り木を昨年11月に片づけた、そのまた後片付けである。来週あたり運び出す予定でそれでようやく完結である。掛かり木や周辺の間伐木の玉切りもあったので、夕方にはへとへとだった。 今日は楽ちん、里山的仕事の典型 2026/04/11 sat 曇り 13℃ 中10℃→20℃ ■小屋はエルミタージュ ![]() 雨が降りそうなので小屋周りの玉切りをする。まるで里山、あるいは裏山仕事の典型的な姿だ。小屋の丸太壁から15mしか離れていない場所で薪の丸太を玉切るのである。こんな楽な仕事ってあるだろうか。 小屋の時間とは何か、といつも思いを致す。心身ともに徹底的に「ひとり」になるのは曰く言い難い特別なひと時なのである。群れない、グループ活動はしない、という近年の姿勢転換はこの方が自然体で楽で、かつ行動より思索に向いているからである。 「楽」というのは隠れ家のように世間から断絶されるからであろう。「籠る」と表現してもいいが、となるとそれは隠れ家=エルミタージュ、ということになる。「小屋はエルミタージュ」、ふと思いついたこのフレーズはしばらく使えそうだ。 ■30年近く前の育林コンペメンバーが来訪して懇談 かつて初回の育林コンペ(平成9年スタート)で最優秀賞を獲得した女性チームのリーダーHさんらと、14時、小屋で待ち合わせた。昨年一度来た時には、かつて手がけた場所がどこかわからなかったというのを聞いて、こちらから声をかけていたもの。 小雨がぱらついて仕事をやめた時に思い立って今年最後の薪を焚いた。ひと足前にコモンズのKさんも来たのでストーブを囲んでしばし昨今の状況と昔話に花が咲く。思いがけない人つながりがわかり、随分、普段思い出しもしなかった共通した知人の名前がどんどん飛び出して脳がかなり運動した。 来月から手掛ける保安林、育林コンペゾーン、大島山林のヤードと約2時間。いったんここで別れて懇談は夜も続いた。 玉切り、一段落 2026/4/15 WED 晴れ 15℃ ■チェンソーにはもう暑い ![]() 掛かり木を処理した昨シーズン最初の手入れエリアで、玉切りが終わった。幸いすでに玉切りしておいた丸太の盗難にあうこともなく、再来週の藪だしにこぎつけたいと思う。が、割と量が多い。1.5棚はあろうか。大木のネガエリというのはこんな風に周りも巻き込むので整理する材がいつも増える。 それにしても暑い。気温は15℃くらいになっていて、長袖の下着と木綿のワークシャツを、半袖の下着と化繊のワイシャツに着替えた。 ![]() チェンソーを動かして間もなく、林床にピンクのキノコのようなものを見つけてエンジンを止めた。グーグルの植物検索では「シロキツネノサカサノモドキ」と出た。一瞬、冬虫夏草かと思った。 一方、サクラが数本あったので着々と切り進んだが、ナラに比べれば柔らかいのだろうか、切りくずがきれいだ。まるで花ガツオのようなおがくずが出てくる。樹種によって切れ味や木くずの形、香りが違うのも興味深いが、木々の一本一本が個々の樹形も、全体としての林の風景も世界に二つとないオリジナルだという点も不思議だ。 当然、木々の集合たる林の扱いというのも共通のマニュアルなどはなく、その土地にふさわしい発明が待たれるというのも面白い。その発明というのはちいさな実験である。風景を創るという未知との出会い、そこには醍醐味がある。 今年26回目の山仕事、小屋番 2026/4/18 sat 曇り時々晴れ 15℃ 週の休みが土曜半ドンから週休2日になった途端、休日の感覚が急激に変わったように、勤め人時代は雑木林の山仕事=毎週土曜日だけから、水曜、土曜の週2日に代わってからというもの、山仕事や小屋番が日常化したような錯覚に陥っている。新年に入ってわずか100日余りというのに、小屋日誌「雑木帳」によれば今日がもう26回目になっていた。林の日常化が、晴林雨読という理想に近づいている一方で、身体能力と根気が衰退して、そのバランスたるや微妙に採れていることに驚く。早い話が、ゆっくりと休みながら続ければいずれ終わる…。それでいて満足感と幸福感はこれまで経験したことがないほど高い。 ![]() 小屋周りで玉切りして2日目、連休前の藪だしと連休中の薪割り完了に向けて少し本腰をいれる。盗難予防のために散らかしておいた大小の枝も片づけた。人の出入りも新緑や山菜までしばし途絶えることを予想して、バリアにしていた猥雑物をところどころにまとめたのである。俄然、人の手のかかった里山らしくなってきた。 ![]() 薪づくりをすると、生活が季節とともに動いていることに気付く。どこが季節のはじめなのかはわからないが、スタートは次のシーズン用の薪づくりを無事に終え薪積みも完了したころ、といえば新緑である。このころがわたし的には季節の始まりと考えたい。 今日もさすがにチェンソー仕事には暑く、下着を半袖に替えてシャツも風を通すジャージに着替えた。脱いだものはテラスで干そうと言う気になったのは、間違いなく早春を過ぎたということか。 一年のリズムが秋の選木から伐倒、玉切り、藪だし、薪割、薪積みという単純な流れで、最後はストーブにくべて暖をとるという、きわめて個人的なことにとてつもない時間を費やしていると、まるで「雑木林と薪」に埋もれているのではないか、と思う時がしばしばだ。 ただこのような世事から離れた個人的生活のスタイルは人の道に外れているかと問われれば、いやむしろ勧めたい、というのが本音である。縄文人がそうだったかはわからないが、その日の糧を得てやや貯えもし、日々の暮らしに明け暮れながら夜は焚火を囲んで歌い踊り談笑して眠りにつく、そして朝は日の出ともに起きる。もうわたしは忙しくてハードな都会生活や高度な文明生活には入っていけそうもない。 コブシ、咲く ~雑木林の山仕事から庭仕事へ~ 2026/4/20 月 晴れ 13℃ ![]() 来年2027年の秋から焚く薪材の玉切りはこれですべて終わった。場所が4つに分散し、そのうちの一つは太い2本の根返りだったので、恐らく3棚から4棚、あるいはそれ以上あるかもしれない。 小屋につくとまずテラスの斜め上にコブシの花が咲いていた。コブシの木があったのは事実だが、去年まで花が咲いただろうか、と不思議に思った。隣はコシアブラ。その隣は毎年毛虫を発生するヤマグワ。今年の夏はテラスを毛虫が覆うような年でないように祈りたい。 作業は約2時間で完結した。たった2時間だが、長材を前にしたときは自信がなかった。休み休み、という自他ともに許したペースは、年寄りの山仕事は必須だと体で思い知った。マイペースでこなすためには、ひとり出なければならなかった。そして迷わずに、ゆっくりと、しばしば丸太に腰を掛けて林を眺めるという特典付きの仕様である。これならできる。 庭はどうしよう、今年は花飾りをやめようか、と毎年しばしためらう。しかし山仕事の例もある。焦らず、マイペースでやれるうちはやろうと肚を決めた。そうするとコンテナの配置などにすこし工夫はできないかと徳が出てきた。夏花一年草の植え付けはあと1か月後だ。そのころまでには薪割りを終えるから、「雑木林から庭へバトンタッチ」である。 一人仕事の限界 2026/4/23 thu 晴れ時々曇り 14℃ ■ウインチによる藪だし ![]() 昨秋に片づけた根返りのサクラをポータブルウインチで林道のそばに牽引した。作業は意外とスムーズにはいかず、切り株にスキッドコーンや丸太のどこかが引っかかり、そのたびにウインチから離れてコーンの場所まで戻り開放する必要があった。おかげで歩いた距離は普段の散歩よりかなり多めになった。また、積雪の上よりも摩擦が多いのか、あるいはマシーンの馬力が足りないのか、かつて使用した機材とは進み具合が違った。もう一工夫が必要で、これならむしろ、タウンエース・トラックを樹間を縫って往復させた方がはるかに効率がよさそうだった。これは新緑になってからの仕事になりそうだ。 ■保安林の扱い(選木、作業内容)で現地立会 北海道胆振総合振興局に、5月にコモンズ会員と予定しているカラマツ保安林の扱いについて照会していたところ、急遽、昼前に現地で立会することとなった。11時ころ担当者2名が室蘭から到着したので、テラスにおいてパンフレットを使って簡単にNPOと土地所有者との関係などについて説明をしてから早速懸案の林に案内した。 里山景観を創造するという周辺の作業をここまで拡大していくことが目的で、実際には枯損木、倒木、ツル、根返り木など、マーキングした実物を目にしてもらった。こちらの説明にほどなく理解と賛同が得られた。一見、一目瞭然のような雰囲気もあったので要件は比較的短時間で済んだが、折角の機会なので、今般の開発行為申請の様子などについて話を聞いた。シカの食害により、ミズナラ・コナラ林の萌芽更新は勇払原野ほぼ全域で阻害されていることも伝えた。 ■2026年最初の山菜はコゴミ ![]() 立会したカラマツ保安林のへりに、毎年コゴミが出る。いつもは大きくなってから気が付いていたために、採って食べることはしないできたが、今日はかわいいサイズが目に入って「これは少しいただこう」という気になった。 ![]() といっても家人と二人ならこれだけあれば十分。鰹節を削って、シーチキンとマヨネーズを加え、隠し味にチューブわさびを加えた。春のご馳走である。 今シーズン最後の玉切り、終える 2026/4/25 sat 晴れ 早春の雑木林。5月末の新緑までこの風景2日前、ポータブルウインチで引くのを断念したサクラの根返りを、玉切りする。 好天の林は胸が膨らむ。ソーチェーンが外れたりして何度か林道の車に戻りながら、昼過ぎには終えた。これで予定した今シーズンの薪作業は、玉切りまでは完全に区切りがついた。長かった。あとは、明日から藪だしをして、薪ヤードで割って積んで、本当のひと段落だ。実に長い。これは期間でなくて循環するサイクルだ。しかも来年2027年秋からの薪であるから気も長い。。 最近どうしてますか、と世間話で聞かれるときは、「一年中、薪に絡んで雑木林で小屋番してる」と答えることにしている。おそらく、何のことかわかってもらえないだろうが、それは仕方がない。週2回の小屋番で、晴林雨読の生活をして浮世離れしてきたから。思想家・中村天風師は「晩年になったら宇宙と対話せよ」と教えているが、こちらは宇宙なんて畏れ多く、さしずめ「木や林と語る」程度だ。 相手が人でなく木であるところがミソである。間伐のための選木を、フットパスや林床を歩きながら伐るべき木に当たりをつけておいて見定め、10月ころ、テープを付けて伐り始める。それも年末に終えて雪が消えた4月、シカ猟を終えてハンターの出入りがなくなるころ(盗難のおそれがなくなって)から薪製品化に向けて玉切り、連休前に藪だし、連休から薪割、それを5月いっぱいで積み終えるのである。 このサイクルが、ほとんど一人の時間で過ごす。木や林と語らざるを得ないのである。これは天風師の言葉と比較してみても、とても幸運なことと思わざるを得ない。自分の今が晩年だという自覚も実感もないが、平均寿命から逆算すると、間違いなく20年前後以内にはこの世を去ることは疑いがない。とすると、世間や人との対話は切り上げて木や林や、お月様や星々と対話するようにしてもよいではないか。木村もちよ氏が、youtube で、75歳になったら医者にかからない、というエピソードを語っていた。そうだよなあ、と納得したのも、宇宙や木などとの対話と通底している。 家人と藪だし 2026/4/26 sun 晴れ 12℃ ![]() 2025年秋から2026年春にかけては、丸太数本がなくなっただけで、前のシーズンのような盗難はなかった。ある日突然、手塩にかけた丸太が林からなくなっている、というような悪夢がなくて本当に良かった。防犯カメラを設置していることとその告知、さらに名前を名乗って持ち出しを禁止する旨のボードを現場に掲示したのがよかったのか。 いよいよ、丸太を遠浅の薪ヤードへ運ぶ。自然よりデパートの方が好き、と公言する家人を久々に引きずり出して、藪だし作業を手伝ってもらう。太く重い丸太はわたしがやることにして、家人には手ごろな丸太を中心に頼んだ。それでも積み下ろしの時間が半減され、車の中ではたわいもない話題で退屈しない。 タウンエーストラック750kg積載のレンタカーで、静川と遠浅を4往復し、帰宅時はストックしておいた薪を満載して自宅に運び薪を補充した。4往復目の時、トラックをバックして立ち木にあたり荷台のあおりをへこませてしまったが、レンタカーでフルパックの保険に入っていたために出費は免れた。連休中には、家人に娘も加わって、ピクニックがてらの薪割りである。 手仕事のしあわせ 2026/4/30 WED 晴れ 16℃ ![]() ■次回の歩掛見当のための作業メモ↓ 4/06 タウンエーストラックで自宅へ薪運搬、家人と4往復、6.4m3、昨年の残り0.8m3でストック計7.2m3 (この間、トラックがレンタルできず、玉切りに専念) 4/26 タウンエーストラックで家人と藪だし、静川と遠浅薪ヤード間4往復、残り2往復か? 4/30 家人と娘と3人、薪割り機2台で11:00~16:00 薪割り、完了。約6m3。 薪積みは3人の場合3時間か? ■手仕事のしあわせ 木を伐って薪を作る前半の仕事は男の世界だが、最終産物である薪に近づくにつれ軽作業となり部分的に女性も関われる手仕事の世界になる。今月は藪だしの誘導や自宅への薪運搬などを家人に助けを借りてだいぶはかどった。今日の薪割りはこれに帰省中の娘も加わって快調に進んで終えた。 手仕事は口がフリーで手は次から次と動かしっぱなし、しかも単調。このシンプルさがいいのだろう、頭は空っぽになる。しかも家族みんなが恩恵に被る「暖」である。その生産工程に手を貸すことにあまり違和感がないのだろう。それに林や薪や炎は、気持ち次第で癒しにもなる。 ■コブシとサクラが満開のヤードを独占 こういうのを身近なリゾートと呼んでもいいのではないか。あるいは手仕事のちいさなしあわせ、と言ってもいい。風景といい、手仕事の手ごたえといい、なんとも気分がいい。 思えば、今日日(きょうび)世の中は複雑で忙しすぎる。競争も激しい。人は様々だから、きっと適応できないで主流から外れる人も少なくないだろう。そういう時、能力に恵まれ頑張って新たな世界が開ける人ばかりでなく、方向を180度かえてダウンシフター down-shifter になって別の道を探る人も少なくない。確かにそれも手である。しかしこれは敗残者のごときレッテル覚悟になる可能性があるし、えてして親や家族など世間の反対圧力も高い。 自分は果たしてどうだったのか。正直言えば無理して流れに乗った風にして、結果、あまり目標も成果もなく、半ば挫折したようにしてふらふらとかかわりの深かった林の住人になった、そんなところだろうか。しかしそこが最も居心地のいい環境だった。加齢で当然のごとくシフトダウンしたのとほぼ同時期だったかもしれない。 雑木林の小屋が待つ様々なつとめ 2026/05/03 sun 晴れのち曇り 14℃ ■成熟の風景 ![]() 先月あたりから、この風景がほとんど変わらない。勇払原野のいつもの早春風景である。この枯れた雰囲気が嫌いだという人もいるけれども、ある有名のエコロジーと植物の先生は「成熟の色」として評価軸を示してくれたことがあった。わたしも枯淡のような雰囲気がいいと思ってきた。今日は、この左奥でサクラとアカシアの丸太をトラックで出しやすいように移動した。 ![]() 実は現地には一輪車で向かったので道端まで運ぼうと意図したのだが、丸太は結構太く重いし林床は一輪車にはきつかった。トラックの藪だしルートを何度か下見をして次回トラックをレンタルする時の安全なルートを見定めたので、やはり車をここまで横づけしよう。 前回のレンタルで、バック時に立ち木とぶつけて荷台を損傷させたのでいささか慎重になっているのだ。去年は、借りた軽トラックのミラーを細い立ち木にあてて、パリンとこともなげに落ちてしまった。雑木林というのは乱数表のような意外性のある木々の中を進まざるを得ないのだ。どうしても神経質にならざるを得ない。 付近で最も開葉の早いのはシウリザクラ、次はシラカバ。カラマツは緑に見え始めた。 ■今日の手仕事 たかが小さな小屋一つだが、燃料一つとっても自賄いしようとすればこまごました作業を要する。先日残しておいたシラカバの丸太を小屋裏に一輪車で移動して、夏場の薪割に備えた。 一方、盗難用にセットしておいたトレイルカメラを撤収して中身をざっと見てみると、エゾシカとキツネと親父の顔(わたし)が交互に相当の頻度で出てきていた。自宅で一つずつ動画を見ていると、野生動物らとこの小屋周りの環境を共にしていることがじわじわと伝わってくる 。トップのページに次のように書いた。 ![]() ~~~~~~~ 雑木林の丸太の回収がほぼ無事終わったので、盗難対策のトレイルカメラを撤去して昨年秋からの内容を確認した。一つずつ動画を見ていくと実に興味深い。野生動物とこの環境を共有していることが、入れ替わり立ち代わり、昼といい夜といい出没する人と動物の素顔が丸見えになっている。<br /> <br /> 特に頻度が多いのはキツネとエゾシカだが、特にシカは3月以降になって頻繁に小屋の窓のそばにあるカメラに映っていて、うっすらと雪の積もった中、ササを食べているように見える。それより先に食べられたのは、伐倒した奈良やシラカバの枝の先の新芽だった。食べ物がないからなんでも食べざるを得ない、という状況が肉薄する。 ~~~~~~~ このような状態が続けば、勇払原野では次世代のミズナラ・コナラ植生を維持することが困難になってくる。シカにとって採草地の草苅や夏の公園の芝は格好の餌だが、冬は樹木の萌芽枝や木の皮、ササなどになり食いつくすのである。 1時過ぎ、小屋を離れ、3時過ぎまで薪ヤードで薪積みを続けた。 ![]() 林の風景を創ってきた人 2026/05/07 thu 晴れ 20℃ ![]() 道南の銀婚湯への向かう沿道の山々はどこも鶯色や赤みがかった新緑など多彩で、よく見ると新緑は七色であることを知った。恐らく生活景と農業風景がこまぎれに混じったの特有のものだったのだろう。同じ時期、都会のビル群の林立という風景があることすら忘れていた。走行450kmの9割以上がそんな連続だった。 初日の途中、八雲の噴火湾パノラマパークに寄った。海を見下ろす牧場という立地は、春夏秋冬、パワースポットのように鎮座している。伊達という街が高速道路あたりから見下ろすと大変気持ちがよい立地であることを、あるとき風水にかなっているからではないかということに気付いた。風水にたけた松浦武四郎が長逗留していたという歴史的事実からの推論だった。 パノラマパークもそんなことと一脈通じていないか、という気がしている。後ろに玄武にあたる山を背負い、真下のふもとに理想のような朱雀の空間が、ちょうどを両手を広げたなかの空間のようにして存在するからである。こうした環境に気づき生かして設計した人がいたということで、そんなことを実行できたのだろうが、土地利用の浅いからできる、そんな側面も北海道の良さである。 風景を創るといえば、銀婚湯の経営者・Kさんとその初代、2代目という先祖も、藪と畑だったという川の両岸を、木を新たに植えることで風景を創ってきた。7日朝、Kさんと玄関でたのしい木々の話をしている中で、園内にあるカツラの並木は真狩の樹木園に倣ったものだとわかった。左が銀婚湯、右は夕方寄った真狩樹木園のカツラ並木である。 ![]() 1927年開湯だから、その前後からこつこつとモミジを移植し、カツラは種から苗をつくったというから、気の長い話である。木だけでなく石もいれ、玄関まわりにある樹齢1000年クラスのイチイ何本かも国有林から払い下げてもらい植え替えたという。なにより散策路沿いに5,6か所の露天風呂をしつらえたのも、一大プロジェクトに違いない。 下の画像は落部川に面したトチニの湯。ワンワンと虫のわくなか、やせ我慢して悠然を装って入った。が、熱くてすっぱくて翌朝まで体が温まった。さすがこの温泉随一の独立源泉だった。 ![]() マニアックな客が多く、本州でも隠れた人気だ。夕食の際、若女将に聞いた。 「いつも満室では大変でしょう?」 「そうでもないんです。人手が足りなくて手が回らないので結構空室があるんです」 たしかに、賄いや寝具だけでも相当な人が必要だが、温泉はもちろん、林や遊歩道や点在する露天風呂の手入れもある。手作りの、しかも樹木や植生など生い茂り朽ちるものの管理を含めると、手はいくらあっても足りない。わが小屋番の雑事も少し似たところがあるが、当方の場合いつやめてもあまり周囲に迷惑をかけないで行けるというのが大違いだ。 好みの雑木林風景 2026/05/09 sat 14℃ ![]() 朝10時、遠浅の薪ヤードに寄ったら、山菜のスドキが出ているという一報を聞いた。15cmぐらいだというから、まあハシリというべきか。小屋でシニアワークに専念する当方には久々に会う人もいて、薪割作業を中断して立ち話をした。掲示板に書くようにしている小屋番と山仕事のショート記事はよく読んでくれているという。 厚真町共栄地区からコモンズのフィールドに入ると、時節がら私の大好きな光景(上)が迫る。毎年毎年、飽きもせずこの風景の画像を収める。曇り空で今日は映りがいい方かもしれない。この飾らない、若干アップダウンのある、かつフォーカスがあるこの構図は、四季を通じて飽きさせない。 小屋周りを巡回して、コシアブラの様子を見ながら、ほんの少し採ってみた。あと2,3日がベストとみたが、細い枝や幹をひっかける道具を今日は持ち合わせなかったから、勝負にならない。次回だ。 今年の山菜記録は、フキノトウ、コゴミ、アイヌネギ、ボウフウ、そして今回のスドキとコシアブラ。 コシアブラについて 2026/05/11 mon 曇り 14℃ ![]() 遠浅の薪ヤードに残した薪を家族に手伝ってもらい二人で2時間で積み終えた。作業量と所要時間の見積もりはこのごろほぼ正確に当たるようになってきた。散乱した木っ端をこの冬の焚き付け用に拾って、とりあえず置き場の状態もすっきりした。これで大きな一段落である。 ただ、雑木林の残した2台分の丸太に使うレンタカーの手配ができない。今月はもう空車がないのである。これは少し余裕を持っての対応とあきらめ、ササに埋もれたころ運び出すことにする。しかし、薪ストーブライフというのはなんと手間がかかるものか、と改めて楽しい悲鳴、ぼやき、そして手仕事にかかわる満足。 その帰り道、コシアブラを収穫した。いつもはスドキを山菜の女王とあがめる自分だが、実はコシアブラへの執着も半端ではない。優劣をつけるのは間違いというか好みの問題だが、スドキもいただきコシアブラを天ぷらと混ぜご飯で頂いてみると、その調理の選択の楽しみがコシアブラにワンポイントあげたい。この時期の伸び、開葉が早いので収穫は一時(いっとき)の勝負と心得ていることもある。その点スドキは2週間ほど漸次萌え出てくるのでシーズンが長いのである。この味を早春の間中食せるという採取期間の長さでは、やはりスドキにも点数をあげたい。 新緑のシャワーと冥想 2026/05/14 thu 曇り 13℃ ![]() ![]() ![]() 恒例となった山仲間が勇払原野の雑木林にきて、新緑シャワーを浴びながら数時間を過ごした。後期高齢者の男女7名が小屋にやってきた。わたしは5km近くを歩いて、一応ホスト役を務めつつ先輩らの歓談に加わった。 鳥の声もにぎやかだったが、ヒヨドリやクマゲラやイカルなど大型で明瞭な声と姿を除けば、ウグイスやセンダイムシクイのような鳥たちは藪の中でまず視認するのはむずかしい。それでも萌え出る新緑はなにがしかの波動を心身に確かに送っている。 山菜は加齢とともに「氣」が減衰するから、年寄りにとって山菜を食することは食養生にあたる、という話をしたら、女性のKさんは「裸足で歩くこともいいみたいよ」と付け加えた。女性ふたりがトイレの心配をしたので、落ち葉のエコトイレ「leaf-let」に案内し仕掛けを紹介したが、やはり屋根と壁の半分がないところでおしりを出すのはかなり抵抗があるみたいだった。ま、当然と言えば当然だが、女性獣医さんら数人が「気持ちよかった」と述べた感想をそのままうのみにしたのはまずかったかも。 そのあと、「leaf-let」の近くにある「木になるベンチ」についてKさんが「あれはなに?」と聞くので、樹木と一体となるためのベンチなんです、と説明したころから、わたしたち二人の話題は冥想に移った。そうしてしばし、お互いの冥想遍歴を交換した。当方関係ばかりでなく、意外と冥想を実践している人は身近な周りにはいないもので、色々な話をして時間が経った。こういう機会はかなり珍しいのである。 その際にはランチをとったテラスは実は冥想用に作ったことや、心の病気に悩む若者たちにここで定期的に森林療法を施していた女医さんが、現在は冥想を専門的に実践していることなどを話した。Kさんはこんな自然のなかやテラスで冥想してみたそうだったが、そういう願望を口にされた共感者はこれまでほぼいないから、わたしは正直嬉しさがこみ上げるような思いだった。 ふたつの集いと、もうひとつの出会い 2026/05/15 sat 晴れ 16℃ ■探鳥会あらため観察会へ ![]() 朝九時から大島山林の探鳥会。今年の案内チラシには「クマゲラとモモンガを観察しよう」とうたった。というのも、最近、モモンガが見つかったらしく、町民参加を誘う仕掛け材料として早速引用してみたのである。結果は、町内会関係者はわずか3名でモモンガも出なかったが、クマゲラ、ヒヨドリ、キビタキ、オオルリ、カワラヒワ、イカル、アオジ、ウグイス、センダイムシクイ、ヤブサメ、ヤマガラなどの声を聴いた。野鳥の会のガイドの出現種の講評は聞き洩らした。20種近くだったろうと思われる。 やはり、この時期の鳥は枝葉の陰でなく鳥が多いので見つけることが難しい。そのためガイド内容の過半は植物になることと、モモンガ出現で、鳥だけでなく哺乳類も対象になってきたので、そろそろ「探鳥会」をやめて「観察会」に名称変更したいと思う。 苫東コモンズの会員の多くは実は、森を保育する木こり部隊が多いが、樹木だけでなく野草、野鳥、魚類、昆虫など多様な生物への関心が高い集団なので、このような機会に勇払原野の風土全体への興味も深めてほしいところだ。 ■苫東コモンズはハスカップの後見人の一翼を担えるか ![]() 午後一番、車でハスカップ自生地に移動した。わたしが常々報告してきたハスカップ自生地の消滅過程を案内したのである。昨年はホザキシモツケのブッシュに阻まれてハスカップ稚樹が更新しているミズゴケのブルトまで達することができずに退却を余儀なくされた。が、先月の下見で更新可能性のあるエリアに容易にアクセスできたので、ハスカップの枯れた状況や周りで先行するチシマヒョウタンボクの白骨のような枯れた灌木をみせながら、上の写真のような小さくこんもりとした植生などを入念に観察した。 ![]() 上の写真はハスカップサンクチュアリとヤチヤナギや矮小のヤチハンノキの自生する境界当たりの砂丘上のカシワ大木。標高のわずかの差で植生が大いに変わるのも興味深く、もし再度補給水を確保して水分環境を改善させる方策など、湿原や河川の現役の研究者が数人含まれていて真剣な意見交換がなされたのは有意義だった。 近在のNPOでここまでそろった専門家グループはいないから、もしハスカップ自生地保全に今より本腰を入れることになれば、勇払原野の風土保全とコモンズ的環境共有という大きな目標にとってかなり大きな前進になることは間違いない。 ■地元の木工所で ![]() 山仲間のOさんから、十勝清水の山小屋で伐倒したハリギリの木目がきれいなのでなんとか板にしたい、と相談があった。地元の木工所さんに斡旋してあげたら、Oさんは早速ハリギリ材を二本、清水から軽トラックに積んで持ってきた。わたしはハスカップ観察のあと、駆けつけて賃挽きの現場を見学した。 早めについた私は、待ち受けていたご夫妻と乾燥方法や15年前にカラマツの板材を納品してもらったことなど思い出して話しながら、地元の最近の様子について耳を傾けた。 板に挽くのはものの5分もかからなかった。Oさんの木挽きについての質問に気をよくしてくれたのか、ご主人は不要になったシナやイタヤの板材を何枚かくれて、コースター加工の残りだと称してエンジュのふと枝も一本荷台に放り込んでくれた。 この集落はよく見ると、警察の駐在所や町役場の出張所のほか、小学校、農協の販売店、商店、スタンド、畳屋さん、板金屋さんなど色々な事業所が看板を連ねていて、まとまった拠点集落になっていたことをしのばせる。その一角にこの木工所は賃挽きしてくれる貴重な作業所として機能しているわけだ。なんだか、明治から昭和にかけての地方の歴史を彷彿とさせる街並みと人情を感じた。 丁寧にお礼を告げてからOさんと雑木林センターに寄り、しばし歓談。お互い、山小屋を預かる身として共有することも多い。いろいろ思いを語るなどして散会。来月はわたしが十勝清水を訪問する約束をした。 |