小鳥の手載せに願い込め

NO.136
2026/10/04

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苫東コモンズ 地域活動15年の歩みとこれから


小学校の6年生のころだったと思う。中西悟道著『定本野鳥記』を全8巻を読んで強い感銘を受けた。その後、次兄が伝書鳩を飼ったりカラス、カワセミ、ミミズクなどを飼うのをわきで見ていて、なおさら鳥たちを身近に感じる機会があった。そしてそれから12年たったころ、学卒で赴任した苫小牧という土地には、野鳥を手載せできる一角があった。

さらにそれから20年、美しい雑木林に育てる仕事に携わり、また20年経ってそのエリアに野生生物が濃く取り囲む共有空間ができていた。前年ながら街中の自宅に取り付けた野鳥の餌台は家人や町内会の見えない圧によって、小鳥の手載せはかなわなかった。

それが真冬も給餌に通いやすい篤志家の奉仕活動を得て、晴れて積雪期も餌槍が可能になった。この時とばかり、いつの間にか、やはり社会圧に負けて取りやめになった野鳥の給餌に取り組むことにした。最終的な目標は、もちろん手載せ。強い熱望、待望の源泉に、中西悟道(当時まだ20代後半)氏の小鳥を飼うこと、放し飼いの観察記が蘇る。

小鳥を手に載せる、飼いならすという、今なら世間から外れた行為も、こうしてみると一筋のつながりが読み取れる。。





名前のないオブジェを創る

2026/10/03 sat 曇りのち雨  16℃ 中8℃

■薪ストーブの初焚き




街中でも朝の最低気温が5度近くになってきた。小屋もさぞやと思う。今朝の小屋内部は6℃だったから、外は氷点近くまで下がったのではないか。が、林の外観は、ツタウルシが赤くなったことくらいしか、目にさやかに見えない。しかし注意してみればうっすらと黄色みを帯びた葉もいくらかある。街路樹はハルニレやドロノキが落葉を始めており、ナナカマドは赤い実がたわわにぶら下がっているから、紅葉のサインが乏しいのは、小屋の周りがナラを主とした単純な構成になっているからである。

先月の半ばに、Sさんと煙突掃除をしてあるので、薪ストーブの吸い込みは問題なく、マッチ一本ですぐ火が付いた。今年は焚き付けもたくさん用意してあるし、保安林の保育ではすぐ焚き付けに使える枯れ木がいくらでもある。もちろん、薪の在庫もばっちりだ。

■コシアブラの止まり木



雑木林だより136のリードに書いたように、小屋の前に今年から野鳥を観察し、あわよくば人と小鳥が遊べる一画を創りたい。餌台とシカやウサギの鉱塩の台はすでに据えたが、野鳥の警戒心はこのままではなかなか餌台に飛んでこない。薮のような、一旦隠れることのできる場や止まり木が不可欠だ。薮のオブジェである。

そう考えているときに、ちょうどテラスの真上に高さ10mのコシアブラから毛虫が落ちてきて困っていたことを結びつけた。隣接するヤマグワから毛虫が移動して繭を張るのである。木の太さは直径12,3cmと手ごろなので、餌台のそばにこのコシアブラを材料にしたオブジェをセットすることにした(写真の右が完成品)。3mの長さに切った幹の上部をテープで縛り、トライアングル状にした懐にさらに枝を入れ込む。これは簡単な藪である。ここに餌を撒くと鳥たちは安心してこの安全な枯れ枝の藪に入って採餌するのである。

このエリアは10月中に、脂身を用意しネットで吊るす工夫をしてから、餌を用意して11月初旬から開店の予定。テラスに座ったままで鳥を見てきた「北の森カフェ」の、積極バージョンである。ポリティカル・コレクトネスのような禁止圧で失われたエリアの復活願望であるから、野鳥愛護、野生愛護にいささか反抗するかもしれない。しかしもしいささかでも成功すれば、人と野生のつながりを再考する場にもなるのではないか。




焚火を囲んで

2028/10/09 wed 快晴 20℃



来週雑木林を視察予定のMさんが打ち合わせがてらやってきて、なにか山仕事を手伝うという。それならばというので、ベランダの土台の補強を少し手伝ってもらった。ながさ4m近い大引きを支える支柱がボロボロだったのを入れ替えるのである。防腐処理したカラマツを新たなブロック土台に載せ、ツーバイエイトの米杉の板材をハンマーで打ち込んだ。



フットパスを1周後は、昼食も忘れて焚火に向き合う。1時過ぎにカップ麺を食べて、また枝を拾い、焚火をつづけた。昔、北海道SNS「どっとねっと」を運営していたころの思い出話などで、4時近くまで歓談。陽が傾いて散会。今日の焚火で、また一段と林内の枝が片付いた。




そっと餌を撒く

2026/10/10 sat 晴れ 20℃ 中14℃

■ベランダ下のごみ焼き



紅葉は深まらない。そんな中、ツタウルシやキウルシだけが真っ赤に色づいている。ふだん、要らないもの、邪魔者として切ってきた彼らだが、すこし大事にしてあげねばと思ったりする。

それにしてもこの光線の弱弱しさはどうだろう。実にか細い、心もとないレベルまで力を落としていないか。数日前から自宅周りでは雪虫が飛んでいる。朝方3時ころは南の空に冬の大三角形が構えるころ合いになっていたのである。

来週の視察受け入れ時の焚き火用に枝を集めたついでに、ベランダの下のリヤカーに詰め込んでいた小枝や枯れ葉を焼いた。冬用にストックしたものだったが、別に用意したものもあったのでみればタダノのゴミだった。林を歩くたびに拾った空き缶や瓶をこのリヤカーに数年詰め込んでいたのも思い出し、缶はつぶして埋め、瓶は家に持ち帰ってごみ収集時に出すことにした。片づけ、始末は気持ちがよい。

■ついに餌を置く



ちょっとしたイベントである。

鳥見エリアに、ついに餌を置いた。ゴールは小鳥たちの手載せだが、そこをスタートから観察するためにトレイル・カメラをそばに移設した。これから、アニマル・ソルトを据え、紅葉のころに脂身を吊るしたら完成だ。さて、どうなるか。




森林ボランティア来訪

2026/10/14 wed 雨のち曇りのち晴れ

■山の人の共感




札幌から比較的高齢の森林ボランティア15名が訪問した。

9時半前後は土砂降りで、到着の10時過ぎもまだ雨が残っていたため、一応薪ストーブを焚いて待った。雨が止むまでの小一時間、ガイダンスと意見交換に使った。終えるころに雨はやんで晴れだした。




面々は札幌市の緑地の一部を管理していると聞いた。が、間伐材の処分と火気の扱いなどに大きな壁があるようだった。そのせいか、苫東コモンズのように、ある協定のもとに発生材を作業側に一任してもらえるしくみに関心が高いようであった。まして一部は薪会員という制度で買い取ってもらい活動資金に充てることなど、遠い夢になる。



また、育林コンペが希望する個人会員に約1500坪(0.5ha)の自由な雑木林があてがわれるという試みも垂涎のまとになった。「もう空きはない」と断ったうえでの説明だったが、「空いたらぜひ連絡を」と笑いながら念を押された。

当然ながら大島山林の手入れ、薪のヤードと一帯の自由な運用は、制約の多い先方にしてみると随分開きがある。しっかりと積まれた薪棚にも関心が集まった。

稼働日数の話題になって、わたしの日数を聞かれた。

「年間、100日くらいです」と答えると、「わたしたちは120日くらい」とのことで驚いた。全員が来るわけでもなく、拠点は開店中で誰かがいるという意味らしく、「家にいても家内に怒られるし…」などとボヤキのような、高齢者らしいつぶやきも聞かれ、笑いもとった。


森づくりに関わる目的も各組織ごとにまちまちであるが、お話を聞きながら、森林には国有林のほか、道有林や市有林などの公有林には、権限や権益もからみ所有者側の担当者も腰を据えた対応ができていないことがわかる。私有林は守られた所有権蛾ある。その点、英国のパブリックフットパスや北欧の万人権と呼ばれるコモンズの制度のようなコンセンサスを得るためには、現在の日本の国民的合意とははるかにとおい、気の遠くなるような道筋を経なければいけないと痛感する。どんなに良い慣例でも、制度やルールに落とし込まないと継続や末代まで伝承するのは難しい。

その点、とりあえずだが身動きのとりやすい苫東コモンズは、あるいは何かのヒントを持っているのかもしれない。やれることからやって、先例を創っていく。これは小さな社会実験でもある。




焚火囲む総会

2026/10/17 SAT くもり

■顔合わせ総会



ツタウルシに続いてヤマモミジが色づいてきた。10日以内に2026年の紅葉のピークが来る。そんななか、焚火を囲んでNPOの第17回総会が開かれた。報告事項だけで顔合わせのようなものであるが、普段顔を合わせないのは小屋番のわたしとYさんだけである。ただ、焚火を囲んでの団欒ともなると、現場の作業テントとはわけが違って雑談もやや盛り上がる。甚兵衛のホッキ弁当とカップ麺が支給された。



静かに秋深まる、林を歩く

202/10/22 (木) 曇り時々雨 10℃ 中6℃

■板の加工



実にゆっくりと秋が深まってきた。ハリギリなど大きな葉っぱがとおに落ち、ツタウルシが赤くなったあとヤマモミジが色づき今はアズキナシやサワシバも黄色に変わった。その上に大きなホオノキの葉も加わってかぶさって林道も林床も元の地面が見えなくなった。

今日は板材を5枚用意したので、まず育林コンペの管理者名(オーナー名)を表示するプレートをとりあえず4枚、焚火で焼いた。これに白いペンキで名前を入れ、樹木に取り付ける。また、シジュウカラ用の巣箱を4個分、鉛筆で寸法を入れ次回加工する。丁寧にのこぎりを使うつもりだったが、小型のチェンソーでも充分のようだ。その方が荒っぽくてかえっていいかもしれない。しかも、手っとり早い。

■静かな秋に包まれる幸福と逍遥





9月の後半からテラスで焚火を繰り返している間に、昨シーズンの枝は大分少なくなってきた。大体、一輪車1台の枝を集めると、ほぼ3時間近く焚火ができる。そうして枝拾いに行って振り返って戻ろうとすると、このアングルがやはり小屋周りらしい。中央にサクラ、その手前にウシコロシが斜めに構え、その周囲にはモミジ、左に暗いカラマツ林が濃淡をつける。

部屋が暗いから薪ストーブの炎もわずかながら明かりになる。
風土に関する本の序文を読んでから林を歩いてみると、やっぱり秋のうら寂しい林の風景は情緒にささやきかけるものがある。目的もなく逍遥する至福の感覚は秋ならではだ。しかも、それを数日おきに眺めている身には、静かに移り変わっていく季節が紙芝居のようで、感慨もひとしおである。あと10日もしないうちに後期高齢者と呼ばれる年齢に達するが、身体や知力の衰えと秋のフェイドアウトが重なるように、思い入れも深まるのではない



野幌森林公園に野鳥の手載せスポットを探して

202/10/23 (金) 14℃ 快晴

■多様な樹種、保養のためのインフラ




小鳥や小動物を餌付けしているだろう人や場を思い出したり探したりしている。
手っ取り早いコツはないかを知るためである。そんな折、野幌森林公園には餌を求めて小鳥が飛んでくる場所があると聞いて、家人を誘って出かけてみた。

日ごろは、雑木林とは呼んでいるが萌芽再生林という比較的単純な林を相手にしていると、歴史ある野幌の森は、樹種、樹齢とも多様で森林と呼ぶにふさわしい風格を感じる。散策する人が中心だが、マウンテンバイクやランニングの人もいて、利用も多様である。そして何より、人々が利用するためのサインやトイレ、そしてもっとも肝心な道のインフラが整っている。北海道を代表する都市林とされる苫小牧の北大研究林と野幌だが、その点における軍配は明らかに野幌に上がる。

道端で、ツチアケビ(左下)を見つけた。ラン科の花である。恐らく実物では初めてではなかっただろうか。散策者も気づくのだろう、ササを踏みしだいた跡があった。

大沢の池を過ぎたあたりでキバシリやカラ類の群れと出会って、もしやとポットに忍ばせたアワとヒエを掌に載せて口笛も吹いてみたが、手に載るそぶりは見せなかった。途中、休憩中だった刈払い作業員に、このあたりで小鳥が寄ってくる場はないか、聞いたが、「わたしらは草を刈るのが仕事で、そこまでは…」と笑われた。




シジュウカラ用の巣箱

2026/10/24 (土) くもり 13℃ 中7℃くらい



次第に寒いと感じるようになった。服装のレパートリーに急にフリースが加わり、ズボンの下には七分のズボン下ではなくフルサイズのヒートテックをはくようになる。目に見える変化だ。それにしても寒さというのは、脅威のひとつだ。

静かな秋がやはり静かに静かに、ゆっくりと進んでいる。そのような季節の進行では驚くような風景の変化とは気づかずに、感動のあまりカメラを出すことも思いつかないらしい。

今日はいつもどおり薪ストーブを焚き、テラスわきでも焚火を設け、3日前に寸どりした巣箱を、チェンソーで裁断して糸鋸で穴をあけた。小屋周りでは比較的多いシジュウカラや、できれば早々に手に載ってほしいヤマガラを想定し、穴の直径は28mmから30mmにした。4セット分仕上げると午後2時近かった。

風景変化に気付かなかった帰り際、「今日は何の記念画像もない」と思いついて、切り終わって組み立てを待つ巣箱をバシャ。巣穴が整形できなかったので、カラたちに嫌がられはしまいかと少し心配だが、野生はざらざらの方を好む、と思い直した。





平年、紅葉のピークは10月25日だった

2026/10/25 (日) 晴れ 14℃ 中8℃

5月25日と10月25日は勇払原野の雑木林にとって、記念すべき特別の日である。前者は新緑の、後者は紅葉の、いずれもこの数十年の観察によるピークの日であり、ピークからピークまで5か月。春(4~6月)の盛りから秋(10~11月)の盛りまでのこの間が、勇払原野でもっとも動きやすい季節である。11月と12月は風景こそ晩秋のものではあるが、12月は土壌が凍り始め毎日ストーブを着ける、いわば冬のようなものである。

少しばかり付け足すと、雪が消える3月から新緑の5月中旬まで、これもまた晩秋の風景に戻る。だから晩秋の風景は年間5か月続くということになる。この境目の月に当たる5月と10月は、だから原野のダイナミックに変化する時間だともいえる。



そんなことから、表のページ「日々迷想」には今年の10月25日について次のように書いた。

「新緑のころから毛虫の食害にあった2026年(令和8年)は、あまりパッとしないうちに葉っぱが散り始め、ナラの紅葉は地味な茶色で終わりそうだ。例年、紅葉のピークは10月25日ごろで、ナラであっても良い年は赤みのある茶色になる。今日はたまたま忘れ物があって小屋に行ったがそこで出会った風景は、一応これ以上の盛りはないだろうなというものだった。二度芽を吹いてよく頑張ったと思う。」



育林コンペのプレートを補修

202/10/28 (水) 朝は初雪、曇り 8℃、中3℃



放置されている林では、所有者や管理するものの表示をすると、領域感が生まれて破壊行為や不法投棄をやや抑える効果が期待されるのは以前にも書いた。小屋の前の看板を新しく大型にしただけでも、管理するもの、つまりわたし自身が領域に一種の壁を感じるようになった。小屋番に来る都度、自らその壁を越えてそちら側に行くのだから、一般市民はもっとハードルを感じるのではないか。

林道入り口から約4km奥までの沿道修景でもある育林コンペのエリアも同様である。各人が責任と意図もってかかるエリアに、育林を担当する者の名前を仮のオーナーとして表記するのであるが、プレートはオーナーが替わったり放置して倒れて見えなくなったりする。今日はあたらしいコンペ参加者名をプレート表示する一環で、白文字を書き入れたり、腐った杭を止め樹木に直接打ち付けたりしていた。温かい小屋に戻ったときは1時半ころだった。



今朝一番に資材を準備するために寄った大島山林は、やはりイタヤカエデなど一部がオレンジ色のように輝いていたが、ナラ類は印象が薄かった(左上)。右上の小屋はやはり25日がピークだったのだろうか。



しかし育林コンペのゾーンに入ると、inaba さんのゾーンのヤマモミジ(左上)が最も見事だった。安藤沼と朝日沼を結ぶ水路用地はいつもながら深みを見せていた(右上)。

こんな風景のなか、ひとり作業をしていたのだが、充足感が高いうえに仕事冥利とも感じる。温まった小屋でコーヒー豆を挽き持参したビスケットで一休みすると、ジワっと幸福感がある。とりわけ、寒さ対策で冬用の下着に変え、足元は極地用の防寒ブーツをはいたせいで、足もぽかぽかだったのが良かった。つまり快適な作業環境を創っていたようだ。小屋を離れる前に小屋内で冥想したが、産土(うぶすな)に包まれているイメージが自然と湧いてきた。こういう風土との付き合いこそ、わたしが求めてきたものであった。



腐朽する自然、利用する生き物

202/10/31 土 曇り時々にわか雨 12℃ 6℃

■この秋のチェンソー初日



林道から奥行き100mの幅のなかには風倒で傾斜したものや枯れ木が何本もある。そのうちでも最も目に付くのは掛かり木で、立ち枯れが次々と出てくるから掛かり木は絶えない。しかし裏では広葉樹との混交林に進めばよい。今日は10本前後を片付けると、もう1時近かった。

腐れは過去の度重なる虫害とネズミの食害である。一本目のカラマツは上左のように芯の部分が完全に腐れていたが、伐倒後にヘッドギアの周りをなにかブンブン言うのが聞こえた。切り株にとまったのを見るとクロスズメバチである。枯れ木のどこかに巣を作っていたのだろうか。

ここまで腐ってしまえば使い道もないが、いやそうでもない(右)。何本かは啄木鳥の穴ができていた。クマゲラも含め付近ではよく見られる光景だ。かつてはエゾリスもいたし、エゾモモンガの営巣もありうる。だから、枯れ木=伐倒という図式は時々緩めねばらない。

■育林コンペの立会



午後1時前、この秋から育林コンペに参加する会員のKさんが来たので、彼のエリアに案内しながら、育林コンペの経緯などについて詳しく伝えた。コンペの各エリアオーナーは2代目、3代目と引き継がれたところも数か所あるので、思い出も交えて話した。特に左上のこのゾーンは、かつてコンペで優勝した女性チームが最初に手掛けたところで、その後、NPO最高齢の方々が順々に関わった記念の場所になる。文字を書き入れた時には気づかなかった。看板が履歴を表すとはいい仕掛けだ。

Kさんとは立会の前に、焚火を囲んでよもやま雑談。最も新しい会員だから、実は伝えたいことも少なくないし、かつて林務系の行政マンだったから育林コンペの今日的意味を最も理解できる立場の人だから、なおさらである。それに加えてわたしと同様、一冬、2棚という常識的な薪の量では足りず、拙宅と同じ7立法メートルくらいが必要のようだ。だから補充の意味でも育林コンペのオーナーになることは意味があるのである。。





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