地域活動が継続するために

NO.99
2018/03/01~

地域活動をしているNPOなどの団体にはよくアンケートが来て、レポートもいただきます。
そこにはしばしば、活動の悩みは何かという項目があり、答えとして「後継者がいない」「活動資金が足りない」とするものが少なくありません。

苫東コモンズも現在の陣容の後継者などは期待できませんが、所詮、継続する運命にはないと割り切ってきました。
2年をかけて立ち上げたころは、一人でしたし、
高齢化して徐々にメンバーが前線から離脱する時期もくるでしょう。そうなれば、いずれまた一人になりその前に活動は閉じるかもしれません。
あるいは一人で死ぬまでやっている可能性もゼロではありません。

気を楽にして来たのは、必要性を肌で感じ活動の動機がある人が自分で起こせばよい、と思ってきたからです。
最もやる動機が濃厚で、やりやすい地点に立つ人が動けばよいだけですが、
仕組みができて共有されていないと、その人がいなくなった途端、機能不全になるのは世の常。

それもまたごく自然の流れ。となれば、随流去(ずいりゅうこ)、流れに身を任せるのが得策です。
で、その前に一石を投じておくことがもしあるとすれば、地域モデルになることでしょうか。
ここでいう地域モデルとは、誰からも中身が見え、賛同する人が多いわかりやすい活動組織のことをさしています。
それは、ミッションが確然としていて、プレイヤーが各々の自己実現目標にたいしてある程度の達成感をもってまずまず楽しくやっていること・・・。そうすれば延命の可能性は数%でもアップするかも。

しかし、そうであっても、そうでなくとも、風土はなにごともなかったように残り、関われた幸せも消えません。実はこれで十分満足でもあります。


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雑木林だより トップ



もう自家用薪の準備を始める

2018/05/21 mon 18℃
ソロ

30年秋以降の自家用薪を準備開始




先週の休日勤務の代休を取って、静川の雑木林ケアセンターへ。見慣れたこちらの雑木林も、大島山林に劣らず、春爛漫の陽気と光景で、時間を忘れて歩き回りたい気分。



と、そうしてもいられないのは、この冬のための自家用薪をそろそろ調達していかなければなりません。

昨年の秋に育林コンペゾーンで間伐したものをコツコツ小屋の奥にストックしていたのですが、今日はチェンソーで所定の長さに切ってから、マサカリで割りました。およそ、2か月分ほどは確保できたと思われます。

自家用の薪を作ることというのは、NPOの作業としてする行為とは似て非なるものがありまして、自家用はまさに「生活直結の営み」の感覚がジワリジワリと出てくるのです。

「こうしてこの冬はこれらの薪に温めてもらうのか」「この仕事をいつまでやることができるのだろう」「きっと死ぬ直前までやるんだろうな」「薪を作って積む手仕事は認知症予防にいいかもね」「しかしなんだね、薪作りって、コツコツ生きていく人生そのものだなあ」なんてことを、作業の最中に反芻し思い続けるのです。

新緑の中の憩い。そして薪を作る幸せ。山のあなたの空遠く、幸いが棲むと言われましたが、幸せとはこんなところにも転がっているもの。

*今日、気づいたこと
①屋根の苔・・・
昨年の小屋周りの間伐で陽光が射して、このままいけば苔は乾燥して消滅しそう。
②臀筋の痛み・・・
どうも重い作業靴のせいではないか。臀筋が衰え弱っている今、重い靴で臀筋が消耗しているようだ。日曜も今日も動き出して間もなく痛み出した。困ったものだが、付き合わねば。

③雑木林の生物多様性・・・
キビタキのさえずりがにぎやか。シジュウカラはベランダの下のタヌキの糞を食べていた。糞に交じった種がめあてか。小さなアゲハ、緑色のコガネムシ、ゴジュウカラ、キツツキなども来ては去っていった。色々な生き物が息づいている。


新緑に染まって

2018/05/20 sun 24℃ほどか
abe kusa tomik wada = 4 persons

■玉切りと薪割り、進む




雨の土曜日を避けて、20日の日曜日の作業日。abe kusa tomik wada の4名が参集し、tomikさんが広場で薪割り、残り三人は、大量に積まれた長い丸太を延々と玉切りして一日を終えた。

今ある材の玉切りは二人であと一日で終わるか。そのほか、残りをウインチ集材で1日、薪割りは機械で3日、ライトエースで運搬2日、というところか。

前回、堅牢な集材用ヘッドが破損したのをwadaさんが昨日、補修してくれた(写真上右)。人間の怪我で言えば「30針」ほど縫った、痛々しい姿。教訓は、ウインチ作業の場合は、ヘッドに大トビを持った人が常についてあげること。

山仕事には暑い日だった。薪割りのtomikさんには結局会わずじまいだったけれども、広場を見ると、当初のものはほぼ片付いたように見えた。試験地から新たに搬入されたもの、そしてこれから割って搬入するものを想定すると、「夏まで、いや秋まで終わるだろうか」という声が聞こえてくる。

■雑木林が一年で最も美しい日






本当に美しい新緑だった。その新緑に染まるようにして山仕事ができる幸せを実感した。勇払原野の産土(うぶすな)を思い浮かべ手を合わせたい気分。その新緑も、朝と夕方ではもう色合いを代えたのではないかと思うほど、草木が伸びている感じ。

先週はまったく目立たなかった胆振の宝物・スドキも、もう30cmにも伸びている(上の左)。サクラスミレが一輪咲いていた。ハルリンドウはそこここに。

仕事を終えた帰り、自宅の裏山に当たる有珠の沢のいつもの林に行ってみると、わずかだがコシアブラが見つかった。先週は、Oさんに支笏湖周辺のコシアブラをおすそ分けしてもらったが、それより小ぶりだった。ちょうど家人が出かけており、ひとり、コシアブラの天婦羅と、わたしのオススメ「コシアブラのごま油炒め」をつくっていただいた。もちろん、スドキも1分ほど熱湯につけてすぐ、春一番の山の恵みを頂戴した。今日は、本枯れ鰹節をかけてポン酢味。



今年は今年の風が吹く

2018/05/12 sat 晴れ 25℃
abe abe-b inaba kai kusa tomik & m migita wada seki = 10 persons

■今年の風 その1 「夏返上して薪作りか」

自然相手の仕事だからとは言え、毎年、仕事のやり方が変わるのが面白い、あるいはおかしい感じがする。薪づくりに追われて、フットパスの刈り払いが滞るのを回避するために、昨年は分担して作業を進めることで同時並行することに成功した、と思っていたら、今年は萌芽試験地の伐採の必要があって材の処理も課題になってきた。どうも、春からお盆ころにかけて、延々、薪作りをしなければならない、かもしれない。

ちょうどよいことかどうか、わからないが、連休前半からフットパス界隈にヒグマが出ており、地図に出没ポイントを落とされると、「これはフットパス利用を促してはいけないのではないか」と思わされた。ヒグマの経路がまるで縦横無尽なのである。一人でよく歩いてきた所であるから、滅多なことはないだろうとはいえ、ちょっとこれは問題だ。だから、幸か不幸か薪作りに専心できるかもしれない。



12日は、ブルーシートのカバー方法を変更した。薪を配達しながら薪を観察すると、外で野積みする場合でもやはりカバーした方が色焼けが少なく商品価値が高そうな気がしてきた。それで簡単なカバー方法を左の図のようにして、さっそくinabaさんとやってみた。それが上の右の写真。1.6m×3.6mのシートがちょうどよい。あとは風にもまれてどれくらいシートが消耗するかだ。アンカーは、積むときに支障になるような変形薪を使った。滑り落ちないほどささくれがあって、ちょうどよい。




試験地の丸太をmigitaさんが早朝から運んでくれた。午前だけで6,7往復して、小山ができた。山にはその10倍ほど、いや恐らくそれ以上の丸太が長いまま残っている。広場の薪割りは19日で終えることができそうだから、26日からは現場で玉切りと薪割りが並行する。その疲れを翌週、道南の研修の際、温泉で癒す。いい段取りと進行だ・・・。

朝早く、厚真へウインチを借りに行き、午後からmigita さんが引手を担当、3人がロープ操作を行った。わたしは助手と撮影など現場をうろうろ動き回っただけ。先週の薪運びで、トラックから飛び降りたときに打った膝小僧が痛いままで、無理ができなかったせいもある。午前中にちょっと重いものを持ったのが災いして股関節も不調だった。みんなどこかに不調なところをもつ中高年集団だ。気を付けて無理しないでいきたいものだ。

■今年の風 その2 「柏原フットパスを断念か」



*5/13 掲示板から ↓

写真は今から12年前の柏原フットパスのものです。
ご覧のように当時の柏原一帯は、酪農家によって毎年きれいに刈り取られ、
肥料も施し草の色も良く、かつ林道も刈り払われていました。わたしは、以前から国内外の
フットパスを歩いていたので、柏原フットパスが美しさ、快適さで道内のベスト3に
入る、と公言し、NPO設立の際にもこのフットパス利用を事業に入れたのもそんな事情に
よります。

ただ、当時の苫東の社長には万が一事故が起きたらだれが責任を取るのか、と猛烈に
反対されたことをふと思い出します。ヒグマのことを考えれば、確かに不安はありましたが、ここは
すでにアクセスフリーのコモンズになっていたのです。
唯一、このあたりに強みがあるといえば、苫東では過去、ヒグマの事件は一度も起きていないこと。
それだけ、ヒグマは身を隠すところがあり、出会いがしらも少なく事故になりにくいということでしょうか。

今般、この一帯はヒグマの出没が4月だけでも5回確認されて、
もはや、苫東のどこでもヒグマと遭遇することになったため、
一人歩きの多いフットパス利用はしばし休止したいと土地所有者に
相談し、その旨お伝えしておきました。

下の図の②と③はもろに静川の小屋のそばで、①は柏原フットパスのあたりです。


苫小牧市ヒグマ出没情報から

また、近年、採草する農家が変わって、まじめに草を刈らないようになり、
フットパス利用の適期である6月前後も林道が刈られていません。これでは、かつての美しい、
快適なフットパスとはもはや呼べません。

薪作りで、フットパスの刈り払いに手が回らないことと並んで、これも柏原フットパスを
休止せざるを得ない大きな理由です。幸か不幸か、立派な理由があります。


という訳で、残念ですが当面フットパス利用はあきらめざるをえません。
子供たちが幼稚園のころ、ここで遊ばせていたころが懐かしく思い出されます。
防風林はウド、タラの芽のふんだんな場所でした。


薪会員への搬送2日目

2018/05/05 sat 曇り時々雨
abe abe-b inaba oyama kusa migita tomik & m seki = 9 persons

■今日も薪運ぶ



連休最後の山仕事は、3人目の薪会員に薪2棚(5.4立方)を届けました。また、小雨降る中です。おまけに、今日の会員Fさん宅はペチカなので焚口が小さいのに、これでもかというほどの太い薪が混ざっており、Fさんが80歳半ばを過ぎた高齢で、先日「薪割りがつらい」とつぶやいていたとの話がきっかけで、急きょ、太いものを選び出し薪割り(写真左上)。

右上はお宅のガレージに下ろしたところ。11から15%程度のきわめてよく乾いた含水率のためか、薪がぶつかると、カチーンといい音がします。昨シーズンはいささか残されたようでした。コーヒーとおやつをいただいて帰還。

その足で、静川の小屋に残した薪を大島山林に運びました。2トントラックが半日余ったのです。途中、近道の坂道で、トラックがアズってしまうトラブルがあり、近くのSさんんのランドクルーザーで引っ張ってもらうというおまけつき。結果、5ないし6立法がヤードに搬出されました。


「雑木薪」で勇払原野の「ハスカップ市民史」出版

2018/05/03 thu 10℃ 雨
abe abe-b inaba kai kusa wada migita tuduki = 8 persons

■言葉紹介

ここ1、2週間以内にいくつかのやり取りを経て、表記のような表現をスローガンにし、ハスカップの市民史を出すことになりそうです。いわば自然な成り行きではありますが、NPO苫東環境コモンズのアイデンテティとこれからの方向に大きく関わるので、言葉の定義をしておきたいと思います。

①当NPOは、苫東の、土地所有者が手をつける余裕のない緑地の一部の雑木林(大島山林などの雑木林コモンズ)を保育して地域住民に開放して利活用を図り、合わせてハスカップ自生地というコモンズの保全に取り組む。調査もする。

②雑木林の保育の過程で発生する材を利用し、「雑木薪」と称し、会員で薪ストーブ利用を行う。

③勇払原野の自生ハスカップと原生地を筆頭に、ハスカップの多様な属性のどこかに強く惹かれ、あるいはつきあって生活してきた市民・町民を「ハスカップ市民」と呼び、各々のハスカップとのかかわりを記録保存する活動を継続してきた。開拓時代のハスカップを語れる人が少なくなる現状と、これまでハスカップの総括的な記録保存がなされていないことに鑑みた活動である。

今回、表記のような表現を採ることによって、当NPOの活動についてひとつの因果関係のようなつながりがより明確になり、同時に活動の節目が見えてきます。もっと直截に言えば、会員の高齢化に伴う作業量の軽減につなげようとする動きでもあります。

注) 雑木薪とは……
 
広葉樹の薪は大きく「ナラ薪」と「広葉樹ミックス」に分かれますが、通常「広葉樹ミックス」は広葉樹林の伐採木から熱量の高い高級薪「ナラ」を分別した残りをさすようです。コモンズの薪はそういう贅沢志向を排して、あくまで森の産物を、多少の枯れ木でも暴れ木でも使ってしまう有効利用、完全利用の観点に立っている「全樹種混合」の薪で、雑木林から出てくるナラ(ミズナラとコナラ)が平均約1/2を占める自然なスグレモノです。したがって、その保育エリアにカラマツやトドマツが混じっている場合はそれらも適当にミックスさせます。


■出版の原資を稼ぐ=雨の中、会員への薪の分譲

 
広場の先のコブシの花。      配達する薪の含水率を調べると11~15%で十分な乾燥度合い。

乾いた薪を濡らしてしまうのは忍びないが、含水率は上がらないはず。表面が濡れるだけ。

いつも通りの人海戦術。みんなでやれば辛くない。

江別のKさんの薪棚。

今日は2016年秋から2017年4月ころまでに作った薪(2018年秋から使用する1年半もの)を、薪会員に分譲搬送する初日。8時にレンタカーを借りて薪ヤードについた8時半ころはもっとも強い降りで、積み出しのころは本降り。

それでも午前6人が集い、小一時間で新札幌へ出発。午後は、愛知から顔を出した元会員tudukiさんを含め7人で積み、今度は江別へ。江別のKさんは、自宅とカフェの2か所で薪を使っていて、お客さんからあったという薪のリクエストをつないでくれました。これで残りの2棚も完全分譲ということになりました。

また、大量の薪を家の周りに分散して保管しており、下ろした脇に薪棚があるという便利さがうらやましいお宅でした(写真・下2枚)。また、この薪が地味な工程で生まれてくることを理解していただいている人たちに、感謝して使われていることはうれしいものです。先週、搬出したWさんは、「いつもながら、十分乾燥した質の高い薪をありがとうございます。」とメールをよこしてくれました。



*4/28は、abe,kai,tomikの3名、手伝いは船木、斉藤夫妻の3名、薪引き取り、中村、早稲田= 8 persons


ウインチで木寄せ

2018/04/21 sat 晴れ 20℃
abe abe-b inaba oyama kai kuri kusa tomik & m migita wada = 11 persons



■萌芽試験地の丸太をウインチで寄せる





薪割り班と材集めの班に分かれて作業。時節柄何かと忙しいこの頃、早退された人も数人いたけれども、いつの間にか11人も集まったおかげで、万事遺漏なくうまく交代してスムーズに作業が進んだ。

作業は100mのロープを使い、長い材をウインチで近くに寄せるもの。林業の現場では「木寄せ」と呼んでいる作業だ。ここで玉切りして、割って積もうかと思案中。とりあえずあと一日もあれば木寄せは終わる。だがそれからが長い。

今、ナニワズの黄色い花が満開だ。鳥のさえずりも元気だ。

山の作業後、薪割り現場を回ってみると、こちらも格段に進んだ。あと4分の1か5分の1。あと2日で割り終えるかも。少なくとも連休中には片が付く。そして、連休中にカラになった薪小屋に薪を積む。

■ポータブルウインチのちから



お借りしているポータブルのウインチは、意外とスグレモノではないかと思う。寄せるスピードは秒速20cmほどだが、いつのまにか小山になる。二つのヘッドを効率よく代わる代わる使用して、かつ、けん引中にトラブルがないようにケアすればスピード化できる。薪割り機といい、これといい、シンプルなエンジンなので難しい操作が要らないのが良い。

夕方、厚真の西埜さんがウインチを一時引き取りに来て、立ち話。こういった森づくりと副産物の薪作りのこと、育林コンペとこれからの作業展開、苫東の平木沼緑地のうち厚真の部分のこと、国の新しい森林管理プランのこと、そして北海道に上陸して約2年になる、高知県発の自伐型林業のことなど。わたしと注目しているエリアが似ているのでしばし話が弾んだ。

■柏原試験地のその後の様子



帰りに柏原試験地に寄っってみた。

苫東に入社するきっかけになったのが、苫東緩衝緑地づくりのための、開発局の緑化試験であり、柏原と湿地と海岸の3か所に2.4haずつ設けられて約5年、土壌改良や樹種ごとの成長を調査し数年フォローして、緩衝緑地をつくる際の基本事項を開発局の成果報告会で提案した。大学を出てすぐこの仕事に携わり、任せられ、勉強しながらなんとか報告書をまとめたのだった。今思えば、冷や汗ものだ。

この柏原試験地は3か所のうち最もアクセスしやすい思い出の場所。あれから40年たって、ドロノキの直径は最大45cm、高さ13mほど、アカエゾマツも最大の太さは30cm近く、樹高も12,3mに達した。緑化の条件が劣悪とされた勇払原野の苫東でも、やり方によっては立派に緩衝緑地はできる、とした調査レポートは間違っていなかったことになる。

しかし、ここ3年ほどすっかり放置している。でどうなったか、必要なら労力をかけねばと見にきてみたが、よかった、ドロノキは適度に密度管理ができていて生育も順調だ。少なくとも混み過ぎ状態ではないように見える。アカエゾは内部の下枝は枯れあがっているが、手間をかけられないから仕方がない。

隣にある別の試験地は少し手をかけたいところだが、原野の中にある植え込みだから、周辺の原野を整理しないと修景にはならない。毎年維持することはできないのであれば、原野のままにしておこうか。

わたしも少し変わった、成長したのか、こういう判断をする時、ささやかなためらいも痛みも感じないようになった。自然でいこう、その自然で行く方法に一ひねりはないものかと思案しつつ。


ほぼ4割の薪割り完了

2018/04/14 sat 曇りのち小雨 6℃
abe abe-b inaba oyama kusa tomik migita wada = 8 persons

■薪割り40%



午前中は、薪割りと玉切りに5人、試験地の皆伐に3人。
今日は薪割りを担当。載せて割って後ろや横に片づけるまでのサイクルタイムをあげるべく、今日もハッチャキになってみたが、そんなにうまくはいかない。お尻の筋肉、臀筋が痛んでスピードを出せない。inabaさんと二人で中高年モードで、しかしテキパキと割りまくった。

migitaさんは残った丸太を玉切り、abe-bさんとtomikさんがまさかりで着々。皆伐地の枝片付けを挟んで夕方もまた着々とやって全体を眺めてみると、広場に運んだ丸太の40%を終えた感じ

今日が5日目だから、残りをあと半分と仮にすると、あと5日、つまり5月12日に薪割り終えることに。
ただ、このあと、薪積みがある。さらに、試験地の丸太が予想以上に多いから、その手間がずいぶんかかる。
幸い、31年秋以降に使う薪だから、その間に分譲の準備を完了させればいい

話は変わって、今日も個性的な、割れにくい薪を焚くさん割った。例えば写真右。こういうものまで薪にするあたりが、おじさんたちのモッタイナイ感覚であり、ズボラさであり、雑木薪の楽しみだ。

■みんなで試験地の枝を片づける



わたしが現場に着いた頃、すでにチェンソーの音が全開だったから、お、abeプロだなと思った。人のいるところでの伐倒は避けたいの思いで早出となったのではないか。残り10本前後を、早々に片づける算段だったのか、wadaさんが遅めに着いた頃は終わっていたようだ。シカの食害試験地の伐倒はこれで終了した。

現場に行けば気づくと思うが、なんとなく幹がメインのフットパス方向に倒されている。これは藪だしが実にしやすい方法で、段取りを考えた人の倒し方だ。スイス・オーストリアのフォレスターに聞いた話では、彼の地のチェンソーマンは、日本でいう「山子(やまご)」よりはるかに職業上の位置が高く、厚遇される職種という。

なぜならば、チェンソーマンによってどの方向に伐倒されるかが、その後の作業スピードに直結し、つまりは売り上げから人件費を引いた残り、結局は経済性が高くなるからであった。さすがabeプロ、それを実行していた訳である。

昼食後、集まった8人全員で、枝の片付けに入った。丸太をウインチで藪だしするためと、種から更新する天然下種更新を促すためだ。それにこれから切り株ごとの調査をするにしても歩き易い。もちろん、ウインチで引っ張る際もずっとやりやすくなる。

わたしの経験ではこの手の、遅々として進まない片付け作業というのは、人がワイワイいるうちに終わらす人海戦術が一番。ゆっくりした中高年ペースで始まったが1時間半ほどで、まあまあ、荒れ地ではない感じが生まれた。林業では通常、「地拵え(じごしらえ)」と呼んでおり、苗木を植える前の作業だ。

で、問題はこの材の量だ。モザイク間伐的な皆伐は1000㎡ほどだが予想以上に多い。もともと直径6cm以上で、ヘクタール1300本前後だと思うから、その10分の一の面積であれば、伐倒されたのが130本、そのうち見えている25cm以上の丸太が100本を超えるか、その前後だろう。しかもそれらは5m程度に玉切りされているから、これらだけでも200本の藪だしが必要になる。

どうする?と打ち合わせ(写真右下)。ここで玉切りするまではいいが、それを積んで向こうで割るよりも、ここで薪の製品化をした方がいいのではないかと、相成った。薪割り機は5月中旬に広場からこちらへ移動、その間にウインチで土場をつくる。つまり集材し、同時に玉切りも進める。

そのあとわたしは、ここで割るなら、工事などで使うトン袋か、ホーマックで薪販売する際の網袋を使うことを思いついた。そしてユニックで運ぶのである。ボデーの短いユニックでないと林道は回れないが、なんとか方法はないものか。

それにしても、現場は毎年、同じことがない。人の一馬力と一輪車やせいぜいスノモで、商いをするのは本当に至難だ。マンパワーも限られ、何せ働ける日も週末だけ。よくやっていると思う。結果、手間の掛かる柏原のフットパスの刈り払いは、風景が悪化したために当分休止を決める。

試験地に萌芽更新が多く、それらはウサギではなく、やはりシカに食べられている



林の現場で将来を推論する思索や意見交換は面白いもの。枝を片づけながら、今日も萌芽更新をチェックして歩いた。この込み具合の割にはかなりある。照度はあまり関係ないのか。皆伐でなくても大丈夫なのか。それらのいずれも決定的要因ではないのか。そんな疑問を抱かせる現場だ。ただ、はっきりしているのは、直径が25cm前後の切り株に圧倒的に多いこと。

それと、今日みたところで、ほぼ確実にいえることは、ここの食害の犯人は、ウサギではなくシカである。昔、40年前、カシワの造林地でことごとくウサギにかみ切られた思い出があるから、食痕はよく覚えているが、ここの食べられ方は歯でしごいたような、無理やり引きちぎったようなムシリ方で、これはシカだ(写真・右下)。

油断はできないが、電気牧柵を張る場合、シカ以外にウサギも対象ということになると手間が増えるので、これは一応参考にせねばならない。

■風景の変化、ふたつ


大島山林の作業を4時過ぎに終えてから、静川の小屋(雑木林ケアセンター)に行ってみた、タヌキの溜め糞は相変わらずベランダの下に敷き詰められていますが、悪臭はなし。テラスの下は、入口が南側に代わり、もっと大きくなっていた。11月12日に割った薪の量は意外と少なく、2棚あるかどうか、というところか。

厚真森林むすびの会の作業が先月終わって、こぎれいな三叉路になった(写真左)。共栄に抜ける林道沿い、約100m、奥行き50mほどの除間伐が済んで、ナラの90cmサイズのものがコンテナにきれいに積まれている。この一画がいち早くちょっとした別天地に変化した。


もう一つの変化は、北電の送電線下地で伐採が行われ、小屋に行く林道の左側が、スカスカになっている。葉っぱが出ればまた様子は変わるが、いまのところ、林の向こう側に木がないことに気づくはず。木が大きくなって、送電線に木のてっぺんがある距離に近づくと定期的に皆伐されるもの。


雪のち雨の中で

2018/04/07 sat  小雨 2℃
abe oyama kurita kusa tomik & m = 6 persons

春の淡雪降って、忙し、分散作業




夜半は雪がぱらつき、朝から小雨のぱらつくあいにくの天気。それに時節柄、新年度の行事や人の動きが重なる頃である。ホームページの掲示板に欠席のメッセージがいくつかと電話。それでも6人が集まった。

着いた頃は広場は雪景色に代わっていた。乾き始めた薪もすべて濡れて、何やらテンションが上がりにくい環境の中、薪割り部隊に岩見沢のkuriちゃんなど4人、奥の伐採作業にabe oyama の2名。

薪割り機のガソリンが切れてテントの生ガソリンを採りに行って伐採地を回ってみる。まだ、伐らねばならない木立はある。来週の午前中に残りの伐採を終えることができれば、午後一番に枝を外へ出し、ウインチ作業ができる。

■環境と樹木の感受性を垣間見る木目、「割ってわかる雑木のストレス」




薪に向きそうにない材が多く混じっている。また、割ってみると、枝を巻き込んで節になって割れにくい丸太も多い。今年は、一見すっきりしていても中に色々な事情を抱えている木口が見つかりとても興味深い。(写真右下はコブシ。これは特別)

薪にしなくてもいいようなヒネクレモノは、もう林に残してこよう。そういうヒネクレモノを薪ストーブに焚くのは、雑木薪の楽しみだが、手間がちょっともったいない、という声も少なくない。

木口にみる様々な事情というのは、ここの立地環境だろうか。もっと環境のいい、例えば内陸部に比べれば樹木たちにとって平穏な環境とは言えないのだろう。気温や雨や火山灰土壌や風など、それに獣害だ。風は冬の季節風より、夏の海塩を含んだ霧である。

テントより遠浅川よりになると特に、樹幹が川と反対側、東側に傾いているように見える。地元の人が、海からの風が遠浅川を通って崖(海岸段丘)から上がってくるという、ソレである。

勇払原野の苫東エリアの樹木は、内陸部と比較してこのような気象上のストレスと、根が張れる空間の浅い、貧栄養の恵まれない土壌のストレスという二重苦を背負わされている。だから、旭川の森林組合ご一行が林を見に来た時に開口一番言われたように、林業の山ではなく「やぶ山」と呼ぶのが一般にはふさわしい、ということになる。

地域の知恵は、3,40年で伐って炭などにする、回転の速い林業を展開してきた。それをもし、炭などに利用しなくなった時に、更新はどうなるのか、どうすべきなのか、というのが、実は苫東の雑木林の課題でありなまなましい実験である。若いときに伐れば放置してもどんどん萌えるので、メンテフリーの林業ができるが、大きくなるとそのバイタリティが格段に落ちて、それまでのような更新をしないのである。

それでも、樹木たちはよく頑張っている。その頑張っている雑木を、丁寧に利用しようとするから、上で見たようなヒネクレモノも大事に昇天させようということになるのだろう。人情噺みたいなことになる。木口に見る立地環境という裏事情を読み取ることは、ここの風土を感じるきっかけであり、わたしはおろそかにできないと思っている。

ふと思いついたが、ここで意外とすくすく育って更新しているのは「コブシ」である。植苗病院のまわりもそうだったが、土地はコブシがもっとも合っているのだろうか。放置すればコブシの純林みたいになるのだろうか。小口にストレスを読み取れば、実はそういうことになる。


育林コンペで、厚真のグループが山仕事終える
そして、コモンズ的なメモリーゾーンの個人的イメージ


2018/04/03
tue                                        (草苅のレポート)   

■育林コンペ、今シーズンを閉じる



昨年から、苫東コモンズの育林コンペにエントリーしている厚真町の「NPOあつま森林(もり)むすびの会」が先日、このシーズンの山仕事を完了したと連絡がありました。写真は育林コンペの現場。画像はfacebookから。

ツルや枯れ木も多い、長く放置されてきた若い雑木林ですが、だいぶ、すっきりしてきました。今季の予定エリアは育林コンペの看板のある三叉路から東の共栄の田園までですが、今季はそのちょっと手前までで終期を迎えたようです。この、バラバラさ加減が育林コンペらしくていいように思います。

これでこの春から札幌ウッディーズが加われば、一帯の風景はさらに変わります。なにか、文字通りの森づくりのコンペのようになると益々面白くなります。

■林の新しい利用としてのメモリーゾーンをコモンズとして

こうやって、広大な雑木林をどう活用するのがいいのか、ずっと以前からの個人的なテーマなのですが、先日、人口減少に悩む道内自治体の墓じまいを研究している北大のU先生とお会いしているうちに、スウェーデンの森のお墓、「スコーグスシュルコゴーデン」を思い出しました。

かつて苫小牧のサンガーデンで開催したコモンズのフォーラムで、研究会座長の小磯修二先生がコモンズの例として紹介されていたのを覚えておられる方もおいででしょう。




手入れされた樹林の墓地へ、ハイキングにいく・・・。墓でなくても、何かのメモリーゾーンもいいです。出産でも結婚でも同窓会でも、選挙の当選記念や起業の記念などもOK。共同で作る公園というイメージです。コモンズ的緑地の長期間管理を委任し管理者に寄託するのです。

こぎれいに維持するための管理費を毎年いただきながら、こぎれいなゾーンを地元の人が修景管理するのです。これをこれからのコモンズの実験的研究の対象にできないだろうか。森林環境税にも向いているような気がします。


その際に大事なことは、樹木を多くしないこと。多すぎる樹木は荒れ地感を増すことが多いから。年に数回草を刈る、キャンパスや草地に仕立てることです。駐車場もトイレも完備します。そんな適度な草原が実は目にも心にもアズマシイ。大島山林の広場や、かつての柏原フットパスのように。



シカなどの食害を調べる

2018/03/31 sat 曇り 13℃
abe inaba oyama kai kusa tomik & m migita wada +seki = 10persons

雑木林の萌芽更新を妨げるもの



雑木林の天然更新は、微妙である。ほおっておけば藪になり林になるお国柄であり、風土の特徴でありながら、持続的にコントロールしようとすると思い通りにならない。切れば萌え出てくる、萌芽という更新も壁がある。

胆振では苫小牧演習林の古い調査によると、

①太くなると萌芽しにくくなる
②伐採の高さが高いと萌芽が減る


という結果が報告されていて、①は確かに直径30cmにもなるとほとんど萌芽しないものも多い。だから、木炭生産が盛んだった胆振地方では伝統的に40年前後で皆伐して更新してきた。

②の高さは、意外と萌芽はするが、地際で切った場合のように次世代を担うものに育つかというと心もとない。

実はもう一つの壁をわたしは平成4年から経験してきた。

③雑木林は間伐しても萌芽が成功しない

ということであり、その理由のひとつは「日照不足」。だから皆伐が必要なのではないか、という推論に傾斜しつつある。ヘクタール200本ほどにすれば天然更新する例を岩手大学などで見てきた。

実際に苫東会社でも25年から小面積皆伐を試験的に実施しており、今年はその結果を調べる予定だ。

そして萌芽が成功しないもう一つの原因として考えられるのは、萌芽した枝のシカとウサギによる食害である。大島山林の今回の試験地脇にも、上の写真のような切り株と萌芽があるが、高さ30cm前後で、バリカンのように刈りこまれている。見えている食痕はウサギだと思われるが、その前にシカに食べられている可能性もある。

本当にそうなのか。
皆伐して、十分な光を当て、シカとウサギを電気牧柵でシャットアウトすれば、萌芽更新は進むのか。今までは間伐の跡地を観察しただけだったが、今年は本格的にそこに探りをいれるべく突っ込んでみる。

テントの南東200mの地点で30m四方を皆伐しており、今日は午後からポータブルウインチで藪だしをした。林道わきに集めて、玉切りしてから広場に運ぶ予定だ。わずか1000㎡ほどだが、材は出る。



ウインチの工程は早いとは思えないが、スノモも重機もないこれからは、意外と頼りになるスグレモノであると、wadaさんと語った。途中から、oyamaさんが応援に来て3人体制で仕事が進んだ。

玉切りがほぼ終わった模様



今年の間伐量は例年に比べてどうか。毎年、頭を悩ましているが今年も自信がない。
しかし、5月5日に、静川の小屋の材(チェンソー講習会での発生材)を運び込み、食害の試験地の皆伐個所から出る材を足せば、例年より多いと思われる。

そうなると、5月いっぱいでは終わらない。刈り払い部隊と薪割り、薪積み班が並行することになりそう。

玉切りがほぼ終わりそうという日のお昼、苫東コモンズをテーマに修士論文を書いていた、中国は瀋陽から北大留学生・秦ヨクカさんが、東京の会社に就職して、お礼のお土産が届いた。上の写真右は、そのお礼の記念写真。

ところで、修士論文で、苫東コモンズとその土地利用の仕組みはどう描かれたか。本人からはなにもコンタクトはなかった。そのうち、指導教官のM先生に聞いてみようかと思う。

前回の公共政策の関係者の例を漏れ聞くと(聞こえてくるものだ)、こころ揺れることはなかった。言いにくい部分も書いただろうから、直接は送りにくいだろう。それはそれでよいが、こう考えたという先方からのメッセージもあってもよいのでは。


ナラ薪の別格さ度合い

2018/03/25 sun 晴れ10℃

白老の大西さんが、薪割りはマサカリが薪割り機に負けないと気づいた、とfacebookに書いていたことに「やっぱりね」と思いました。

大西さんは高価な薪割り機を持っていて、薪販売も重要な生業にしている人ですが、彼10年目にしてやっとその境地に達したと暴露しています。ホント、実際のところ、3月の薪割りでは特にそう思われます。これが乾燥を始めた5月6月やそれ以降だと、その印象も著しく薄れるのではないでしょうか。




さて、自宅のそばのお医者さんの家にいつもきれいに薪が積んでありますが、それが典型的なナラだけの薪、いわゆる「ナラ薪」です。今日、チャリで散歩の折に画像を数枚撮りました。ご覧ください。これがプロの積むナラだけの薪です。

やっかみで言うのではありませんが、そろい過ぎた不自然というか、エクステリアとして薪を見ていることもしのばれ、ああ、業者に積ませた薪だな、とわかります。しつこいようですが、薪のある暮らしの自然、というものもあります。憧れという観点で見れば、ナラだけの薪という不自然さには、どうもついていけません。

4枚目をご覧ください。これはわたしのカーポートの下に積んだ、大島山林産の平均的な薪です。この個性、バラエティ、天真爛漫、混乱。おのずと、目指すところが違うことが判然としてきます。ナラ薪と「雑木薪」。あなたはどちらにより親しみを感じるでしょうか。


~3月24日 memberからの報告~  画像のうち薪広場はinabaさん提供

abe さんからの報告
24日の参加者は、
abe inaba kai oyama tomik & m migita wada + seki = 9 persons です。(記憶が正しければ、、、)

気温は、tomim さんが10°と話しされていたような、、、(気象庁の苫小牧観測データでは、最低 -3.6°、最高 +8.0°)

伐木班の作業写真です。(伐倒作業は撮れず、玉切り作業になりました)


inabaさんから提供してもらったの薪ヤードの画像
 
pngファイルだったため、後日、変換してプラスします


kaiさんからの画像







3月半ば、薪割りへ

2018/03/17 sat 晴れ 4℃
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薪づくりへ




 

先週、間伐材の運搬はすべて終わって、いよいよ今週からは薪のサイズに裁断する作業と、それを割る仕事に取り掛かりました。チョコチョコ移動する現場仕事から、チェンソーなりマサカリなり薪割り機なり、各々に定点でやや引き込もりっぽく、黙々とする仕事です。

エンジン音もうるさいし、繰り返し作業なので、つい楽しい無駄口をかわしながらという光景とは無縁な作業風景が展開します。うーん、これは何とかしなければ。没頭すれば仕事は進むけど、疲れが残る・・。

イタヤの樹液はどんどん集まっている模様。目をあげれば、のどかな3月の雑木林。この幸せを満喫せねば雑木林に関わる喜びは半減してしまうでしょう。言葉にはしないが胸膨らむ晴れた早春です。

シカの食害の様子を調べる
 
今年伐採届をしている安平38-57小班のうちの3.06haのちょうど角地に、シカによる萌芽枝の食害を調べる1000㎡の試験地をもうけて、abeさんとwadaさんが今日伐採に着手しました。そこを、昨年、NPOに寄付を申しでてくれた白老の陶芸作家・前田育子さんが訪問(写真右)。

試験地は一度伐採して切り株をつくり、春に電気牧柵を設置してシカの侵入を防ぎ、萌芽する枝がどの程度出て、それがシカの食害がない状態でどの程度残って更新がすすむのか、を調べるもの。



メンタルにも何かが届く、早春の雑木林

   ~搬出、計6回で終了~


2018/03/10 sat 晴れ 2℃
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■3月弥生の空と雑木林





3月弥生の空とはかくも明るいものだった・・・。明らかに冬は終わった、と雑木林の風景が語っていた。そればかりでなく、毎年この時期の雑木林は、ヒトのメンタルにワクワク感や希望に似たものを波動のようなもので伝えてくれるようだ。

単純なわたしなどは、それだけで早春の雑木林に遊ぶ意味を感じる。

恒例のイタヤカエデの樹液採取も始まった。昼は春の山菜の話で盛り上がった。

搬出の行程を振り返ると

今季の間伐を始めたのは昨年の11月25日、それから18日目。薪を積み終わるのは5月末頃にしたいが、果たしてうまくいくか。このところ、作業サイクルを前倒しにしてきてほとんど予定通りきているから、まあ、うまく分担できれば大丈夫ではないかと思う。

さて、搬出を始めたのは間伐を一段落させ雪が落ち着いた2月2日で、それから合計6回スノーモービルで材を広場へ搬出した。その足取りはしかし、はかばかしくなく、操作が難しい日が2,3日あったし、ルンルンで運べる状態というのは意外とないもの。

今日も、スノモとソリをつなぐロープが2度も切れて、その都度、別のロープにつけ直した。ロープだって500kg以上の材をこのサイクルで引っ張りまわされたら疲労もする。

これではたしてどれだけの材が間伐で誕生したのか、今年もまだわからない。上の写真左下が示すように、昨年の材の置き方に比べると、今年はかなりコンパクトにデポしてみた。薪小屋への運搬も楽になるし、薪積みの手間も横移動が少なる分、減るだろうと思う。

10時ころは、作業する人のあまりの少なさに暗然としたが、すべてが終わった4時半ころは9人に増えていた。肩、腕、腰が疲れていて、風呂上がりにサロンパスを6枚張って熟睡。


先が見えた材の林外搬出

2018/03/03 sat 晴れのちくもり 5℃
abe inaba oyama kai kusa tomik & m migita wada = 9 persons


■いよいよ春が来たか


気温がプラスの予報で、案の定、雪は腐れ始めて、スノモのハンドルはほとんど効かない一日だった。直進したがるスノモに身を任せ微調整するしかなかった。

朝いちばん、migitaさんの軽トラのデフが雪面に引っ掛かり、スノモで前へ引いた。帰途の夕方も林道で脱輪してしまい、スノモで引いて脱出したほど。

朝の作業前はテントの雪を内側からたたいて落とし、側面を圧迫する重いそれらをはねた。重くて息が切れるほど。いやはや、野外活動はやることが一杯。ブルーシートのテントとはいえ、拠点のメンテは不可欠だ。

材の積み込みは、今日は贅沢にも最大5人いて、スノモでの運搬と積み下ろしは2人、雪下ろし、昼食準備等には女性2名の体制。運搬路の凸凹を雪で埋めて補正してもらったり、臨機応変であった。

と、丸太の端っこにエノキタケを発見。別名を「ゆきのした」というだけあって、これからの雪解けに合わせて、よく見つかることがある。そういえば、今日はひな祭り、もうすぐ、春なのだ。

今日はトリップメーターが16キロ増えたから、16往復したことがわかる。好調であれば20往復するところだけど、今日の雪質と、進入路設定の難易度を勘案すればいいところか。あと1日で終わりそうなのは朗報だ。

この日最後のミニ土場にはシラカバとコブシが少しまとまってあった。シラカバは薪として結構喜ばれるが、コブシは持った瞬間に軽いことがわかるように、薪より焚き付けに向いている。薪を外部に配る際は、ナラ、シラカバをメインに、コブシやヤナギや、時にはカラマツなども万遍に配合する必要がある。

そう意識して薪棚に積んでくれていればいいが、早い作業のせいでそうでないこともあろう。そのために、これらは広場の土場に均等に投げおろした。

そして、今年の量はどうか。何棚あるか。やはり依然として不明のまま。やってみないとわからないが、今集めている薪は2018年秋以降用ではなく、あくる2019年度の冬用だ。希望者全員に配れなければ、ゆっくりとお断りするだけ。この頃割り切りが良く、悩まないというのは喜ばしいこと限りない。

■気配り上手

大人のグループ活動では色々な対立点も浮き彫りになったりしますが、当NPOの場合は全くと言っていいほど表立った争点もなく穏やかな模様が続きます。

今朝、9時ころ、スノモの始動をすべくスノモに近づくと、84歳のmigitaさんがスコップを持ってスノモに近づいているところでした。

「おはようございます。どうなさいました?」
「昨日から大幅に溶けて、そのあと凍ったから、ソリが凍りついて難儀すると思って掘り出してやろうと。」
「これはありがとうございます。さすがに気が付きますねえ。でも、ソリに載せてある細い丸太を「てこ」にして、グイとやっていつもはがしているんです。」
「ああ、そうでしたか。いつも、この丸太は何に使うのかと思っていました。ハハハ。」

これも阿吽の呼吸の気配りの一例で、思えば、一年を通じてメンバーのそんなケアで当NPOは持っているのかも。自分のことばかりでなく、常にみんなのために・・・。それが日常の活動の中で潤滑油になっているのでしょう。実はこれも立派な社会的な資本であり、何かを達成する際には欠かせない一つとされているソーシャル・キャピタルなんだなあ、と解釈。

また、先週はいつもご夫婦で林の散策を続けるNさんからわざわざ小さなソリに乗せた甘酒をいただきました。今週は町内会のA先生からカレーライス(写真)と手作りパンを差し入れしていただきました。「来週は何が届くんだろう?」と冗談が出るほど、なにかラッキーな心温まる申し出でした。


雑木林から生産された薪を「雑木薪」と命名

2018/03/01 at home



薪のカタログを見ていたら、広葉樹ミックスという薪は、広葉樹のうち、ナラを除いたものをいうことがわかった。
ナラだけを除くという発想がないのでこの意味を最初はわかりかねたが、なんのことはない、金持ちはナラだけの薪を欲しがるということだ。ナラの薪をエネルギーの高い高級なモノとして高価格が付くという意味になる。

随分、不自然な話だ。それに薪ストーブを使うという自然資源活用の趣旨からも遠い、と異論を言いたいところだが、お金持ちは同じ牛肉を食べるにしても、サシの入ったA5を所望するのと同じだと気づいて気持ちの整理がついた。

それはそれでいいことにして、薪ストーブの暮らしの満足度を考えてみると、個人的には自然資源の利活用のサイクルに飛び込んで木質エネルギーを入手できるシアワセをまずあげたい。それも、形のそろった三方六のきれいなばかりでなく、割れにくくささくれだった、しかも割ることができなかった不細工な大きな薪や、もったいなくて運んできてしまった半腐れの薪などにも点数と軍配をあげてあげたい。雑木林から愚直に生産した手作り薪だ。上の画像はまさにそんなものばかりだ。これらは「ナラ100%の不自然薪」に対して、「雑木薪」と呼ぶことにしたい。


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