100年で500万人の開発と民藝的世界について思う

NO.119
2022/07/02

雑木林だより トップ
NPO苫東コモンズ トップ
雑木林&庭づくり研究室 home



7月に入ってからでは遅いかな、と思いつつ2回目の山椒の実を採りに出かけてみると、まったく手つかずで残っていた。近隣の人が誰もここの山椒を採取せず独占できるのはありがたいが、一方でとても残念な気もする。

柳宗悦は『手仕事の日本』のなかで、特色ある民藝(民衆の工芸品)は日本の南北の端にいくほど顕著だが、それは北は東北までで北海道は歴史が新しいために土着のものを見かけない、と道民から見れば実にツレナイ書き方をしている。

北海道は開拓という歴史が始まってから約100年で500万人が住む島に変貌した世界でも例のない脅威の大地だ。そのせいもあってか、人々の営みは本州に比べると1周どころか2周も3周も遅れてスタートしたから、きっと落ち着いた暮らしの余裕などないまま、日本的な民藝の熟成に到達しないうちに西洋の文明に席巻されたのではないか、と考えることもできる。





里山的な雰囲気の維持とは

2022/08/06 sat 曇り 23℃
oyama kuri kusa tomi-k&m ya-taro = 6 persons

“里山仕事、腐朽と延命の仕分けかな”


今日も、安平町遠浅と苫小牧市静川に分かれての山仕事。

tomi-k さんはテラスの防腐剤塗り。もう3年ぶりになるところか。仕上がりはご覧のとおり。事前に浮いた床板にネジくぎを打ち直そうとドリルを回したらバッテリーが切れていて、これはテーブルの塗りと一緒に休み中に出直して補修する予定。


小屋脇でサワシバの球果が自己主張している。そもそもこのサワシバとアズキナシは森や林において、中層を埋めるなどと、よくその存在価値が評価されるが、個人的には「木漏れ日の演出家」ではないかと思う。それほど美しい光景を創る。ホオノキや、ここにはないがブナなども太陽を透かして見ると目が休まる。


苫東コモンズでは若手で、社会的には働き盛りの中堅の二人が、フットパスの風倒木の処理に取り掛かる。数日前、土地所有者もこちらの風倒木の連絡に隣のシラカバを玉切りしてくれたので、これも一緒に持ち帰ることとなった。2,3年放置したこの風倒木は、さすがに一部腐れが入っていた。軽トラック3,4往復の模様。


わたしの仕事は窓制作。今一つ、ダボの位置がわからず設計者にも問い合わせ中だが、わかる範囲で窓の位置を確定して、チョークで枠取りを描いてみた。縦95cm、横85cmで、これで採光が十分かと言えば疑問アリだが、大幅な改善にはなる。居合わせたtomi-k yata-ro kuri の3氏とも相談して、秋までには床の絨毯をはがして洋風の椅子モードにリフォームする予定。

窓づくりのシミュレーションの合間に、薪ストーブの扉と灯り窓のガスケットを交換すべく寸法を調べてみた。9.8mmの最も太いものをビチビチに埋め込んでガスケットボンドで接着させる予定。右の写真のうち左のガスケットが薄暗がりのテーブル下にあったのを見つけて、ヘビと間違ってギャッと驚きの声を出し、「ちむどんどん」(使い方を間違った?)したのを思い出す。

こんな小屋周りの里山的仕事をしていると、表題のような小さな悟りに至る。すなわち、仕事を概観すると、腐るものと腐らせないものを仕分けして、腐るものは放置し、そうでないものは腐朽をストップさせるべく営為を施す、という構図になっていることがわかる。基本は腐らすパワーの方が圧倒的に強く、早く持ち出すなどして乾燥させないと、やがて自然に形を失って融ける。

テラスで団欒しているところへ小ぶりのキツネがやってきて、叢の昆虫をひっきりなしに食べながら小屋を回った。まるで、自分の居場所に闖入者が来ている、というような視線だ。

そういえば、開拓農家が引っ越ししたため置き去りになった猫は、原野で越冬して野生を取り戻したのか、トンボを採って食べていた。勇払原野の柏原などで7年ごとに大発生するオオスジコガネは、ある時期、キツネの主食になっていた。飛行が緩慢な甲虫は、そういえば小型哺乳動物の恰好の餌だったのだ。慣れた昆虫の獲り方をみていて、クワガタの食べ残しの犯人の1人、いや一方、はこのキツネだとみてほぼ良さそうだと思った。



夏の緑、鑑賞


2022/08/04 thu 曇り 23℃
solo-work

ベンチ周りを刈る


せっかくモアで刈ってくれたのに肝心の施設周りが汚く刈り残されていたのが気になって、静川ログハウス経由で大島山林の中広場へ。大島山林の町内会利用を前に進める一環として取り組むことにしたのが、サインシステムの見直しと再配備、そしてこの休憩施設2か所である。

特にここ中広場は「団地を望む小高い丘」状になっていて、背中をアカエゾマツなどに囲まれ西日を遮断しており、北望する焦点に当たる隙間から団地がほの見える。広場の雑草を刈り払って、一見芝生状のモノトーンの風景が創れれば憩いの場になるはずだ。自分なら座ってお茶でも飲みたいな、木陰で本でも読みたいな、という場所。

椅子は約1000円のものをふたつ、テーブルはメンバーからのもらい物で、汚れていたところは、薪ストーブの木灰を紙コップに入れて持っていき、タワシでゴシゴシ。これですっかりきれいに仕上がった。間に合わせの通年施設だ。



林の奥のブルーテント前のベンチは約1万円だった。材はチーク。この椅子に座って、長い間みんなで手をかけてきた林の仕上がりを眺めるのはいい気分だ。正面は、この山林では珍しく大きめのハルニレで、周りはハリギリ、ヤマモミジとナラ類だが、林床で控えている後継樹の多くは、コブシ。

コブシが咲くまで、こちらの寿命が持つかわからないが、ジャングルのようになって旺盛に夏を生き延びようとしている眼前の木々からは、明らかに深い緑のシャワー、言うならばパワーのようなものが降り注いで気持ちが良い。今はあまり語られなくなった森林浴で、山林のど真ん中のここは森林のパワーを浴びるのに絶好だ。刈り払いや林のガーデニング風に修景をうまくやれば、パワースポットも夢でない気がする。

そういえばこの秋のフォーラムの基調講演のお一人としてコモンズがお呼びするのは、『癒しの森のつくり方』を書いた東大の齋藤さんだ。キノコも含めていい勉強会になりそうだ。

ところで林は蚊がゼロ、風もほとんどなし。むんむんという木立たちが喜ぶ熱気が伝わってくる。ここは地面はオオバコで覆われ、刈りこむと葉の裏にたまっていた水気もバシバシと顔に飛ぶ。別名「オオバコ交差点」とでも呼びたい雰囲気だ。

ログハウスのリフォームの段取りに本格着手


夏場、室内が暗いログハウスをフルシーズン利用しやすいように、今年からまじめにリフォームに取り組むこととしている。雨ざらしだったログエンドにキノコが生え始めたことに慌て、ベランダに三角屋根を取り付けたのが原因だが、当時の利用は秋から冬、早春までの落葉期がメインだったので我慢できた。しかし、この頃は小屋で暗くて字も読めない。

一念発起、夏から秋にかけて窓を取り付ける算段をしているが、丸太を縦につないでいる鉄筋のダボが、何センチおきに入っているかが今一つ不明だ。今日はスチール製の薄い板を用意してログの隙間に入れてダボの位置を確認した。なんとなくわかりつつあるが、規則性にまだ確信がなくチェンソーをズボと突っ込む自信がないのである。

恐らく45cmなのだがチェンソーで突っ込んで壁を切り落とすのにまだまだ不安が残る。枠取りの寸法さえわかればむずかしい話ではないから、この躓きはちょっと早く切り抜けたいところ。小屋の奥に記念に張り付けておいた建築確認用の設計図を、テラスに出して設計者の名前をみると、見覚えのある方だったので、早速現場から携帯で連絡を取ったら、先方は、運よく職場に居た。数日の時間をくれとのこと。この返事で頭の整理がつけば、このミニプロジェクトは流れ始めるだろう。

週末の土日はは一帯でオリエンテーリングの大会がある。関係者が何人かやってきて挨拶する。


”ヒグマが来ています”

2022/07/30 sat 曇り 27℃
abe-b urabe oyama kusa naka-f&s tomi-k wada ya-taro = 9 persons

動物王国


静川小屋のテラスは、今日もクワガタの死骸が散乱していた。死骸と言ってもほとんどは胴体がないもので、あの、クリーム状の腹部を食べたものと推測される。角のないものは頭から食べやすいのだろう、カミキリなどはほとんど見つからず、きっと固くて食べにくい角のある頭部と羽が残された。

さて、犯人であるが、カブトムシなどの頭部だけが残されるこのような光景は本州でも多いようで、web で探ると、昼はカラスなど、夜はタヌキが多いという。ただ、ここ静川の小屋周辺はカラスはほとんど来ない。オオタカやクマゲラ、エゾモモンガがいる自然度の高さが自慢だから、烏外の鳥だと思いたい。写真左のように、白や紫の鳥らしいフン(ヘビもこんな糞をするが)が落ちているので、恐らく鳥類だろうとoyama & tomi-k の両氏もいう。

ではなぜ、彼らがわざわざテラスにやってきて、それもテーブルの上を中心に行儀よく宴をはるのか。

テラスとテーブルの環境の特長は、上空が開いていること、明るいこと、見晴らしがよいこと、などがある。小屋のベランダもよく食痕があったことを考えると、少し高みで周りを警戒しながら餌を採る、という習性が関係しているのか。河原の石の上、大岩の上などでも動物の食べ残しは見かける。

獣の可能性はどうか。tomi-m さんは警戒心の高いキツネがしばしば台の上で餌を採るようだと話しているらしい。本州の話しに従えば、タヌキの可能性も大きい。タヌキは実はこのテラスや小屋の床下に住んでいたこともあり、多い時には3頭のタヌキがいた。彼らが夜、クワガタを捕まえ、ここで食べる可能性は容易に想像できる。ただ、木登りはするとはいえ、テーブルにピョンと飛び乗るだろうか?

まして捕まえたクワガタを一匹ずつ運ぶのだろうか?これも興味は尽きない。テラスの床をほうきで掃いたら、写真右のようになった。あっと驚く数ではある。小屋の中で観察するか、赤外線写真でも撮るか、砂場でも作って足跡を残させるか、想像は楽しいが、もうシーズンは終わる。遠くでは、アオバトとイカルが鳴いていた。


いつの水たまりだろうか、林道はあちこちでどろどろのぬかるみがあって、大きな足跡が残っていた。落ち枝も意外に多かった。そんな大風が吹いただろうか。気象データを見ると7月20日ころに大雨が降ったがそのあとは大したまとまった雨はない。水がひいたあとに歩いた生々しいもので、左の写真は、上の足跡はズルッと滑ったもののようだ。

別の足跡にスケールをあててみると(右)、横幅が20cmほど、長さは30cm以上あった。urabeさんによると、道東で牛を襲っているクマは、足の幅が18cmで体重300kgとされる。あのトラジロウは、180kgで体長180cmだった。それに比べれば、このヒグマはかなりでかい。

来道して大学1年生だった昭和45年ころ、北大植物園で飼われていたヒグマが当時道内で最大だろうと言われ、見に来ていた子供の手をかじって殺されたが、あれはホルスタインの大きさ(恐らく500kg以上)で、北海道のヒグマを初めて見たこの瞬間、「これはとうてい勝てない」と思わせた。この時の強烈な洗礼に大いにビビったせいか、その後、沢や山々の折々に音やコール(声を出す習慣が自然にできた。北海道の山野を年間100~150日も跋渉することになったが、その頃は山で一度もヒグマと出くわすことはなかった。

先々週、せっかくフットパスを再開すべく刈りこんだばかりだが、また、気持ちはしぼんでしまった。

■abe-b さんから作業機材が寄贈


当NPOの技術顧問であるabe-b さんが、先日の書籍に続き今回は刈り払い機4台を寄贈してくれた。スチールが2台、ゼノアが一台、このほかもうひとつあった。持ってみたら、実に重たいものが2台あった。排気量が多い馬力優先のプロ仕様と見たが、わたしには到底使える重さではない。これを一日振り回すなど、信じられない。暑いさなか、スズメバチの対策もして長袖姿でネットをかぶって、と想像すると、地獄である。林業が3Kと呼ばれる所以にもなっただろう。

静川から遠浅に戻った一日の終わりにこれを見せられ、持ってみてちょっと絶句してしまった。


厚真の本田さんの林を見せてもらう


2022/07/23 sat 曇り時々雨 25℃
abe-aki abe-e oyama kawai-m&f kuri kusa migita tomi-k&m wada ya-taro +
ゲスト hamada-t =13 persons  祝賀会= kai

雨をついて胆振の里山を見学(研修第2弾



森づくりに励む動機は色々あるけれども、よその森林をよく見て自分の山を見直す、というのもその一つだと思う。良さや違いを見直し、いろいろな気付きがある。愛着の生れた林の手入れは自律的に持続するはずだ。そんな研修旅行は、距離がどんなに遠くとも気にしないで出かけている。今年の雨竜研究林は往復650kmだった。

2022年の森づくり研修第2弾は、大島山林からもっとも身近な本田弘さんの山林を訪問した。直線距離で10kmもないはずだ。本田さんとは、胆振の森づくりに関わる面々と作った「いぶり雑木林懇話会」の代表と事務局(わたし)の関係で、テーマを共有していたことがある。育林コンペでも一時はあるゾーンを手掛けてもらった。

研修参加者13名のうち10名は初めての訪問で、午前10時から本田さんの小屋で、里山と向き合うようになった経過や施業の概要などを聞いた。細かく張り巡らされたフットパスのような林道を案内されて歩き始めた頃は、雨も上がって湿度は高いが蚊もいない、まずまずのコンディションになった。

林の中に住み毎日出かける林は、まさに里山はこれだ、と思わせる位置関係であり、それにつれて風景も変わる。どこにどんな木があるか、いつどんな方法で径をつけ伐採をしたかなど、すべての履歴が頭にある、というのが伺われた。現在80歳だから本田さんの代で急いで収穫することもなく、択伐しながらいろいろな広葉樹を入り込ませるという、自然作業を継続して誰かに引き継ぐという印象だ。



直径40cmを超えるのはコナラである。しかもすべてが人工林のように通直であるから、100年ほど前に炭焼きのために伐採した萌芽再生林だっとことが想像される。30年以上前に拝見した時と比べ、さほど太くなったような印象は受けなかった。大島山林では直径50cmを超えそうなコナラは、決して通直ではない、おそらく実生のドングリから暴れながら大きくなった自由気ままな個体だ。萌芽した樹木は大きくならない、という噂はあるいは本当かもしれない、と実感した。

いつしか本田んさんと見方が似てきたのは「大木の林にしたい」という願望だったが、火山灰土壌では往々にして台風などで根返りを起こしてしまう。それが、本田山林でも何か所か見られた。そのうち半分は、元の位置に切り株が戻っていた(写真右)。

里山を目にするつど、この林が将来はどうなるか、どうするか、というような「継続」が気になるが、本田さんの林を見ながらも、やはり焦ることはない、という気がした。森や林は、時間スケールが長い分だけ、「時代」が方向を決める。間違った使い道や回り道になることはあっても、森や林という土地利用さえ維持されればなんとかなるし、少なくても壊れない。万が一台風ですべてが倒れてもやがては林に戻る。要は若干の収穫をするか、地域の人が楽しめるか、修景を気にするかの違いではないだろうか。

会員の卒寿を祝う



研修の日の夜、migita会員の卒寿を祝う会をもった。花束とともに、カンナを掛けて寄せ書きした薪(写真は書き込み前)をプレゼントした。ここ数年、春から夏までずっと薪割りを担当してくれたことも理由のひとつである。また、卒寿を契機にして、チェンソー仕事はもうすべて若手に任せてくれるよう頼んだところ、納得していただいた。除雪なども頼り過ぎないよう自立しなければならないのだが、これは口で言うほど容易ではない。伐倒の時期、搬出機材、除雪計画など、残されている検討課題は多い。


スドキのフットパスを歩く

2022/07/21 thu 曇り  27℃




コモンズの役員を引き受けてくれていたCさんの奥さんの個展「MICHIKO展」を訪れた。会場は「イコロの森」のギャラリー。これまで札幌で行われた何回かの個展を伺ったことがあるが、今回の出品作は切り絵のようなものが中心で、作風がガラッと変わってみえた。

作者の奥さまにお聞きすると、お嬢さんの関わるイベントにあわせて創ったもので、もともと自分が描いてきたものは展示から除いたとのことだった。今回の切り絵は、描かれた若い人々の表情が、ある平和な物語の構成員のような顔をしている。あの、民話風なジオラマ作家の描く、懐かしい表情にどこかつながる。一方、キュービズムのような、今まで拝見したモチーフの四角や丸の2作品も、見るものを和ませる、不思議な魅力があった。

Cさんは前の会社の先輩でもあり、土地の取り扱い(取得、交換、分譲など)のプロだった。緑地の事情と扱いにも精通しておられたので、コモンズが誕生する必然にも理解が深く、色々な面で応援していただいた。久しぶりにお会いしたので家人ともども歓談したあと、ガーデンと林の小径を歩いた。

思い出せば、イコロの森は、メニューのひとつ「森の学校」などのプロジェクトを動かす際に、農学部の別の先輩であるHさんが多年草の苗の養生管理と一緒にこのPTを担当していた関係で、ガーデンの開業当初からしばしばお邪魔してきた。

今は、庭も林も年月を経て、とても自然に仕上がって来ていてさすがである。経営の主体は替わったようだけれども、方向を大きく変えないで開業しているのはまさに敬服に値する。初代社長Sさんはとても話題の豊富な環境デザイナー&クリエーターで、植苗の地史にも造詣があって耳を傾けたのが懐かしい。なにより、勇払原野一帯の風土に愛情を感じておられたのが今でも深く印象に残る。

林の一部は短いフットパスとなっており、奥にも勇払原野の植苗地区の萌芽再生林が広がっているが、イコロの森もニドムも、そして苫東の雑木林も同じような歴史を経ている。それを林のガーデニングのように実践して見せたのが、イコロでありニドムで、林はガーデンやゴルフコースの雰囲気をうまくグレードアップしている。

左上のスドキが茂る小径は、しっかりウッドチップが撒かれた小径に仕上がってみると、スドキがなかなかの役者であることがわかる。逆光のサワシバの葉は、さすがである。他の木ではなかなか醸し出せないフィルターのような葉脈アートに時々感動する。しばしばブナやイタヤもそうである。さりげなく、多様な自然を見せている仕掛けが実にさりげないのがわたしが感じる魅力だ。そんな小径を抜けると、ガーデンのクライマックスであるボーダー花壇にでて、グリーンカーペットを大様になった気分で歩いていく訳だ。




雑木林に人が長く関わると、里山景観は自然とできる

2022/07/16 sat 曇り 22℃
abe-aki oyama kai kawamura kusa migita tomi-k tomiz wada ya-taro seki = 11 persons

山仕事の中心を静川に移動



薪炭を採った後の雑木林は数十年放置されて、人々が見向きもしないいわゆる雑木林になるが、そこに小屋を建てて人が往来すると、そこは「里山」に変わって生き物たちも集まってくる、ということを、苫小牧市静川の「雑木林ケアセンター」周辺の林が証明してきた。

森林について発信力のある本州のある研究者が「北海道には厳密な意味の里山はない」、と断言してそれが常識になっているが、確かに本州のような屋敷林のように隣接する里山はこちらではあまり見かけない。来週訪問する厚真の本田山林などは稀有な例と言える。

しかし、わたしは数百ヘクタールに及ぶノッペラボーの萌芽再生林もアプローチによってここに「里山が生れる」という体験をしており、土地を提供してくれている所有者には「里山景観の再生」としてプロジェクトの名前を報告している。気の長い取り組みだから、普通なら風化してしまいそうだが、こちらも森や林と同じように時間スケールを長くとると、うすぼんやり見えてくるものがある。これを複数の人が関わるコモンズとして進められていることに意味がある。

遠浅での薪づくりが終盤に近付いて、山仕事の主流が、今週からこの里山景観再生に振り向けられることとなった。わかい雑木林の保育をし、人が歩いて利用するフットパス管理、それらを通じて勇払原野の里山景観を維持できるとは、なんと、贅沢な話だろうか。そしてその行為のずっと後では、毎年、関わったメンバー個々の自宅や小屋での薪ストーブ生活がある。



静川のフットパスは、「ササミチ」「奥のササミチ」という2本のフットパスがあり、そのほかに距離の長い「ナチュラルコース」という、刈らない道しるべだけのワイルドなルートがある。フットパスはヒグマの出現が頻繁になった3年前に利用を中止し、刈り払いもやめていた。そこに今日は久々にメンバー5名が入って、ブッシュカッターで1回目の刈り払いと風倒木の一部を処理した。

フットパスはもう元のブッシュに戻ろうとしていたが、不思議なもので少しでも楽をしたい野生のシカが通ったような痕跡をたどると、元の道がわかるという状態だった。野生に評価されたようで、これはいささかうれしさを感じる。写真左の太い風倒木は日を改めて数人で玉切りし、ヤードに運搬することにした。この風倒木だけでも1軒の3か月分の薪が取れるだろう。この隣にあった風倒木は玉切りしたあとヤードに運搬する前に、盗難にあった。2トントラック一台程あった。フットパスは、処理のためのアクセス路でもあるが、往々にしてそれはシカのみならず盗人にも利用される。


薪づくりが終わる



4月9日に始まった今年の薪づくり(薪割りと薪積み)は、今日7月16日まで約3か月でほぼ完了し、あと7棚(層積約19立方)をパレットに積んで完結する。薪積みは楽しみでもあるので、気分はすでにようやく片付いた、という感覚である。

ちなみに、この冬の間伐材で薪にできたのは合計28棚ということになりそうで、作業に携わった会員の薪も確保でき、やや余りが出ることがわかった。関わった雑木林の面積は1ヘクタール余りなので、間伐によって利用できる材積の多さに、改めて驚く。市場では薪には向かない異形のものや若干腐れ始めたものまで、微妙に混じっているせいだ。林でみすみす腐らすなら、できるだけ運び出して燃やそう、の気持ちだ。

そして林のその後は、間伐をしたような荒れた感じが全くせず、左右をよく比較すると確かに明るくなったことがわかる程度だ。写真の左が作業済みエリアである。これはツル伐りと除伐がメインであることと、丁寧に枝を切り刻んで片づけるという世話のせいだ。もともとそうであったかのような林に見えないだろうか。

また、特に延々と続いた薪割りの方は、1台の薪割り機にmigita グループの遠浅3人衆がほとんど専属で関わり、時折の人力マサカリも参加した。出来上がった薪はその都度薪小屋に移動させ、薪小屋や薪棚の周囲も先行して刈り払いをして来たので、これまでよりも一帯の修景も進んで手入れされた薪ヤードができている。

メンバー各位の自由意志がうまくつながっていて、ようやく軌道に乗って来た、という雰囲気がある。


中広場の迅速な刈り払いと試みのベンチ設置

2022/07/14 thu 曇り 24℃
solo-work

先週、暑さと現場の手ごわさから刈り払いをあきらめた中広場について、7/13 駄目もとで土地所有者の担当Mさんに窮状をメールしたところ、翌朝、「現場スタッフと相談の結果、即対応する」との返信をもらった。早速出かけてみると、芝刈り専用のモア2台がフル稼働中だった(写真左)。

伸びすぎたためと高茎のホザキシモツケなどが大量に混じっているため、仕上がりは芝生のようなわけにはいかないが、大幅改善だ。現場から、対応してくれたMさんに携帯でお礼を伝えた。これでもっと付加価値のある修景管理作業に当たれる、と申し添えた。

これで週末は静川の小屋へ現場を移動できる。



また、懸案だったフットパスのベンチだが、ようやくホームセンターで希望に見合ったベンチが入荷したので、担当のtomi-k さんと相談し、これで行くことにしたが、7/13 、郊外のホームセンターに出かけてみると、辛うじて1台だけ残っていた。その木製ベンチを10,800円で即購入したので、テント前で組み立て旧作業テント前に置いてみた(写真右)。チーク材でできている長さ120cmのベンチは、堅牢で重厚感があり、重さは約20kg、結構値ごろ感もある。これならテーブルがなくても休憩とお茶、ランチ程度はできる。

値ごろ感と言えば、めあての硬化プラスチック製ガーデンチェアが3軒のホームセンターでもう見つからず4軒目でやっと発見したのだが、その際にこの同じベンチが展示されていた。そこで表示されていた価格は、当方購入価格の倍で21,800円であった。どちらが正解かは知らないが、ひょっとして得をした可能性もある。(^_-)-☆

これらの入荷を知ったのはちょうど10日ほど前だったが、似たようなグッズを探していた客はほかにもいたのだろう。辛うじて探し当てた、というようなラッキー感が残った。キャンプや庭生活などの人気で、ニーズは高いことがしのばれる。

ちなみに、長さ30cm、直径25cm程の丸太を6分割した薪は、一束約800円で並んでいた。恐ろしく高い。驚いたのは携帯の万歩計だ。散歩もしていないのに4.5kmほど歩いている。はて?と思い出してみると、広いコメリを東西2軒はしごし、ホーマックも2軒、このほか地元のホームセンターを1軒巡ったせいだとわかった。冬や雨の日は、イオンを歩く、という人の気持ちもわかる。




ナラという木の魅力

2022/07/12 tue 曇り 24℃



普段は、間伐して薪にするミズナラやコナラ、いわゆるナラ、英語のオークだが、実はさすがだなと思うことがある。それは、ナラの丸太を割った時に発散される芳香である。芳香とは言っても、お子様クラスには評価できないだろう、大人、それも恐らく男、あえていえばオヤジの好む匂いではないだろうか。英国を評価するのに、わたしはよくぞこれを使ってウイスキーを醸したものだ、という点にまず行きつく。きめが細かく水漏れがない、という機能の脇にある副次的な特異性、付加価値だろう。

今日は素性のいいコナラの薪を選んで鉋(かんな)をかけてみた。やはり、丸太を割った時と同様の香りが立ち込めたが、とりわけ鉋くずは枕の中にでも入れたいくらいだ。そして鉋の作業で見せるもう一つの顔は木目の美しさだ。赤身と白身の、きめ細かな肌触り。またまたさすがだなと思う。

もう一つ忘れられないのはその重さである。家具には使えないと直感する重さで、北大苫小牧研究林2階の林長室の机や調度は、持ち上げても押してもびくともしなかった。苫東コモンズの静川の小屋では、かつてコナラの大木を伐った折に太鼓に引いて継ぎ合わせ、テーブルを作ったが、幅1m、長さ1.8m、厚さ15cmのモノでも、独りでは動かせなかった。

その重みというのは詰まるところ比重だろう。人間には比重を直感でわかる特殊な能力があると思うのだが、色々な木材を手にするとナラが最も重いというのが一発でわかる。そんな気持ちよさから、一時は、ナラの枝を何本も皮むきして撫でることを趣味にしていた。杖も作った。

右の写真が、今から30年近く前に削ったナラである。削って、撫でている間に愛着がわいて、幸運の枝、ラッキーチャームとして机の筆立てに挿している。ここぞという時には、これをグイと握ってから仕事に向かったりもした。独断と偏見を承知でこの稿の結論を言えば、ナラは「気」のような特別のものを感じさせる、ということだ。単なる身びいきとはどうしても思えない。愛着が祈りにもつながるのを、わたしはいくつかの大木や丸太や枝などの、ナラで知った。



酷暑で、作業ギブアップ

2022/07/09 sat 晴れ 26℃
abe-aki abe-b urabe oyama kai kusa kuri migi tomz tomi-k&m naka-f&s ya-taro wada seki = 16 persons

先日までの快適温度が酷暑となり、作業ギブアップ



大島山林のフットパス全ルートに、精鋭3,4人が向かい、残されていた分を午前で完了(左上図)。サイン新設、薪割り、薪運搬、薪ヤードの刈り払いも並行しながらだから、かなり効率的な進捗と言えそう。

午後は取り残された中広場に6人で挑戦したが、こちらは、1時間で暑さのため「止め」の声が 指揮のtomi-k さんからかかって、いわば敗退。ジリジリくる暑さと進みの遅さにストレスが倍増して、誰かからやめようよと声がかかるのを待っていたところだった。で、アイスの休憩を1時間早めて2時に。

森林と伐倒の技術書が寄贈

伐倒技術の顧問 abe-b さんが久々に顔を出し、伐倒技術や森全般にかかわる書籍、全6箱を寄贈。200冊近いかもしれない。これは今年リフォーム予定の静川の小屋に移して貸し出し用に供する予定。氏の名前をとって「文ちゃん文庫」などの声が出ている。近く、チェンソーと刈り払い機も寄贈してくれそうなので、具合を調整して作業に役立てたい。

なお、療養が進み外出に自信が出たら、この秋のチェンソーのスキルアップでは是非、座学だけでも顔を出してほしいところ。


■刈り払いの風景


コナラの沢のフットパスが下左のように雑草で埋まった。せっかく今日、ポイント看板が立った(左上)のにこれではあんまりだから1周刈りこむことにした。作りたてだから仕方がないが、今季2回目だ。

子供たちの木登り用に、と願ってオジサンらが創った丸太梯子は、頭を冷やして眺めてみると、「コワイ」高さである。わたしは特に、落ちて脱臼などしたら大変だから、とても登る気になれなかった。でも、魅力的ではある。ビレーをとってちょっとやってみたい気もする。

刈り払っているうちに結構な太さのコナラに出会った。根元から分かれているが、恐らく100年を超えるコナラが山林内に結構散らばっている。再来週訪問する本田山林にもコナラの大径木はあるが、比べるとどうだろう。

そんなこんなで、万歩計は今日は10,500歩、7km以上歩いていた。わたしには歩きすぎ。



ドイツ人のバーバラさんと大島山林を歩く


2022/07/02 sat 曇り 20℃
abe-e oyama kawam kusa tomi-k tomiz migita wada ya-taro seki = 10 persons + バーバラさん

1回目の刈り払いが一挙に進む




いよいよ、フットパスの刈り払いが本格化した。担当者が用意した未着手ルートを表示するマップを頼りに、メンバーは個別の路線に刈り払い機を担いで出かけた。oyama さんはコナラの樹冠下のシウリザクラなどの下生えも刈り、広場が見えてきた(左上)。

ササがはびこって小径に覆いかぶさってきている。昨年、手を施せなかったところもあるので、雑草に圧倒されるところもある(右上、tomi-kさんとバーバラさん)。これらを丹念に刈り進むことになる。入会して日の浅いメンバーにとっては、自分たちが管理するmy forest の入り組んだ路網を頭に刻むいい機会になる。知るは歩く楽しみとなり、歩けば小径はますます径らしくなる道理だ。

また、サインが増えたので、途端ににぎやかになって来た。文字がクリアで、しかも風景を邪魔しない。仕事の最後には懸案の中広場をちょっと刈ってみた。いずれ、休憩用のテーブルとベンチを置こうか、と話しているあたりだ(上)。

大きな広場は今週、土地所有者がトラクター・モアで刈りこんでくれたが、先方もきっと忙しいのだろう、薪ヤードはたっぷり手つかずで、この中広場は刈られていなかった。これらは来週、総がかりで片づけることになる。結構な大仕事だが、これをこなして静川に移動し、育林コンペの沿道などもきれいにしたい。

ドイツ人のバーバラさん来訪


2,3日前にドイツ人のバーバラさんからメールがあり、なにかNPOに手伝うことはないか、という内容だった。バーバラさんはドイツはデュッセルドルフ生まれのドイツ人で、神戸在住、数年前のハスカップ摘みに人づてに顔を出して以来の知り合いとなった。前回はハスカップ摘みの合間につた森山林の散策コースを案内して喜ばれた。「ドイツのような林だ」と言われると、4半世紀にわたりこの森に関わってきた人間として正直、ちょっとうれしかった。

こちらは山仕事はいくらでもあるけれども、バーバラさんにはむしろ彼女の目から見た、大島山林という森の感想を聞きたい。公的な組織でない、純粋の民間人だけの手づくりの林が森好きのドイツの人にどんな印象を持たれるか、実は興味深い。だから久々の挨拶もそこそこに正門入口から歩き始めた。

彼女は、住宅地に隣接するロケーションにまず驚き、「開発されてなくならなければいいのだけど」というから、「ここはプロジェクトの環境アセスメントで将来的に保全することを約束したオープンスペースなんですよ」と胸を張っったところ、大きくうなづいていた。

文化人類学的なアイヌ民族に関心を寄せていて、今回の旅行も日本人の御主人と阿寒でアイヌ人の木彫り作家(故人)の映像の仕事で来たという。そのアイヌが動物を食料として射止めて食料としていただく時に、感謝の意を捧げることを、自らの出自に関わるケルトの逸話と重ね、ポツポツと話す。アイヌ民族に限らずマタギもイヌイットなど狩猟する人たちや民族は往々にして生命に対して宗教的な感謝の祈りのような慣習を持つこと、日本のような稲作地帯でも収穫を祝って祭りをして来たこと、などをこちらからも歩きながら、時折は立ち止まって話す。

林を歩きながら「いいにおいがするね」とおっしゃる。どうやらジャムやハーブやお菓子などはプロのようだから、印象表現はまず嗅覚から始まった。大雨の後なので特に林のにおいが立ち込めている。さいわい、蚊がいなくて案内者をほっとさせた。

昼は、外のテーブルで一緒にランチをとったが、これも静かに楽しそうだった。食後は、migita さんの農園のハスカップを30分近く初もぎさせてもらった。さらになにか手伝いたいというので、薪小屋で薪積みしてもらった(右上)。昨日までのロングドライブで疲れている様子だったが、日曜日は伊達市大滝区で行われるノルディック・ウォークで8kmを歩くの、と話していた。