土地と自然は借り物?
NO.96
2017/06/03~

「50年後の北海道をイメージして、草ボーボーの台地ではなく
コモンズの手法を駆使して管理し北海道らしさを出していく意味は大きい。
ただ作る時代は終わった。」

先日のある会議で高名な先生からこんな話をされました。
2008,2009年ころに準備を始めたコモンズの取り組みをなぞりながらの
ご発言だったから、力強い応援メッセージと受け止めました。

土地は誰のものか、自然は誰のものか、という大局の視点が
人口が地域で先細る今、益々身近になり、政府と法務省は公共施設の設置などで
所有者不明や登記されていない土地など、いわゆる放置された土地は
公共サイドが使えるような道を探り始めるようです。
案の定です。これは予想された着地点。

土地、そして自然はもともと個人所有になじまないものだったのではないか・・・。




薪はそろそろエンド、刈り払い本格化
   
    ~あらためて林の恩恵を考える~



2017/06/24 sat 曇りのち雨 18℃
abe inaba oyama kai kusa tomik migita sekimura + araki = 9 persons

■フットパス刈り払いが本格化


先週からフットパスの刈り払いが本格化して、早くも1回目の刈り払いは先が見えてきた。というのも先週、abeプロが残りのフットパスの全線を終了してくれたためだ。今朝は柏原から単身スタートと掲示板に連絡があった。しかしNPOの主戦力はまだ薪にかかりっきりだ。

 

林に行ってみると、細い径ももれなく刈られてまさに交差点の各ルートが「歩いてよ~」と待っている感じだった。雨あがりなのに蚊は全くいない。これはどうしたことか。でも、マチのひとは「林は蚊が出る」と思い込んでいるだろうし、したがって緑の季節、人々がやってくるのは稀れ。そこがもったいない。PRせねば。

昼休み、単身作業のabeさんに連絡すると午後は植生復元ルートに入るとのことだったので、oyamaさんとふたりで応援のため現地に移動し、北東のスタート地点と南のつた森山林側の二つから二人対一人で刈り払いを開始した。35年前の昭和56年、台風15号で一帯42ヘクタールの保健保安林予定地の5分の4ほどあったカラマツ林が全滅し、風倒木の整理だけして放置したところだ。

 

それがいまや薄暗い広葉樹林になった。苫東の台地上の植生は放置しても復元するという心強い見本だ。ただ、当時、森林状態はなくなったため保安林の指定はストップしたままで、この箇所の扱いも開発計画でどうなったかわからない。NPOが勝手に「植生復元モデル」と称して広報しているところだ。早く、そんなモデルであることを告知する看板を作りたい。

つた森山林からここを通って、小屋のある平木沼緑地につながるベルトは、おそらくヒグマの絶好の移動ルート(コリドー)になっているはず。ざっと500ヘクタールの森林だ。その一角に雑木林ケアセンターと育林コンペの林はある。

今週は白い花が目立つ。「カンボク」という名前の灌木で、このあたりの原野ではサビタ(ノリウツギ)よりちょっと前に花が咲く。遠目にはサビタと同じなので、ずいぶんサビタは花期が長いと感じる人がいるが、内幕はカンボクからサビタに移行している。地味だが楚々として気持ち良い。先日から樹木の白い花を撮っている。

■薪作業の先が見えた

いよいよ、薪小屋の6ユニット(計12棚=32.4立方m)が埋まり、広場にも7つか8つの棚ができた。今、約20棚が完成してもうひとつができるか、という夕方の話だったから、昨年の24棚よりはいくらか生産が減ったことになるかもしれない。

とにかく、昨年11月から間伐から薪作りに携わったみなさん、お疲れ様でした。あともう少し。

 

今日は、朝いちばん、migitaトラクターが応援に来て散らばった薪を集めてくれたので、ついでに残された腐った木片は林の中に運んでもらった。土に還元だ。

林とは本来こんな風に、何でも飲み込んでくれる、分解還元ヤードだった。ここに持っていけば、ブラスチック以外はたいてい分解してくれる。これで、薪ヤードの中にも苫東の刈り払いトラクターが入ってくれるだろう。

■林は働き者

なんでも飲み込んでくれるという話で思い出したが、アイヌの人たちは林はドラッグストアとみなしていたという。わたしたちも山菜など食料庫として見る時期がある。燃料の倉庫ともいえる。ヨーロッパでは、ラブホテルだった、という。姥捨て山でもあり、駆け込み寺でもあり、すべてが許される避難所、隠れ家、すなわちアジールでもあった。森林で癒されるから病院でもあり、特に精神科やセラピストだともいえる。そして大事なことを忘れていた。元気な林ならCO2を吸って酸素を供給してくれ、その収支はプラスである。日陰を作って、音も遮断する。昆虫を含む動物のすみかでもある。バクテリア、菌糸、もろもろの植物もつながっている。

こうしてみると、林というのは機能が半端でないほど多岐多様で、深い。わたしたちはそのほんの一部しか使えていない。特に腐るものを捨てる、というのは盲点だった。




やっと夏の日差し、そして蚊はいない

2017/06/17 sat 21℃ 晴れ
abe inaba oyama kusa araki = 5 persons

夏が来たかも

朝、ストーブをオンにする日が続いたけれども、6月の半ばにしてようやく暖房を忘れる日がやって来た。日差しも強く、お昼は今季初めて木陰に入った。これからしばらく晴天が続きそう。今日、運動会をした小学校は幸運だ。



●分散作業は高能率、でも、ちょっとさびしい

 

薪積みはまだまだある。inaba、arakiの女性班が二つのユニットをてがけ、この日で小屋の薪積みはほぼ終了する。わたしは先週から手掛けた小屋の前の1棚を完成させたから合計16棚を完了見込み。あと、何棚作れるか。

ざっとわたしがみるところでは、あと5、6棚というところか。とすると28年度の間伐による薪生産量は23棚程度と相成って、なんと昨年並み。ゆるゆるとやってこの程度なら良しとしたい。決して焦らず休み休みの中高年モードも捨てたものではない。

9時過ぎに着いた頃はすでにabeさんが林道の刈り払いに出発後だった。ロングコースの刈り払いに、燃料や昼食を持参したために昼は戻らなかったので、木陰で3人の昼食になった。いつも大勢だったから3人はやはりちょっとさびしい感じ。migitaさんが領収書をもって顔をだして会話にまた花が咲いた。



わたしは11時ころから、山林のフットパスを刈り払いに行き、とりあえずテントまでを刈った。なんという快適な温度だろう、しかもカラッとして蚊もいない。ちょうど昼過ぎまでで終えた。

午後は、苫東会社によるトラクター刈り払いに備え、薪回りを刈った。oyamaさんは小屋と駐車場を丸刃で、わたしはワイヤーで細かいところを仕上げ。刈りにくいイネ科植物なども交じり、微妙に取り換えたい個所がある。

●テンナンショウ、どうした?

2時過ぎ、静川の小屋に単身で移動し、小屋周りとアプローチからトイレまでを刈る。フットパスは笹がずいぶん出てきて、これは来週には刈る必要がある。植生復元のルートも繁茂状態だろう。

 

先日も書いたけれども、今年は異常にコウライテンナンショウが多い。小屋のアプローチのところに積んだ薪オブジェの裏には、実生と思われるテンナンショウの小群落までできていた。昨年の実成りが多かったのか。このオブジェの裏に赤い実をつけたままテンナンショウが秋まであっただろうか?

オニノヤガラがずいぶん目立つ年もあった。ハスカップも去年は当たり年で今年は不作の見込み。あるものが繁茂しあるものは静かに収まっている。どんな事情があるのか、毎年毎年、一瞬一瞬、同じ場面や状況というのがない。じっとこれらを見つめていると、会話が始まるような気もしてくる。

●これからの山仕事

大島山林(3人)、柏原フットパスの沢部分(0.5人)、静川のささみちフットパス(1.0人)、植生復元ルート(2.0人)で、ざっとあと7人工ほどを要する。薪積みは一日一人1棚として6人工。しかし、6月中に13人工を確保することはできないから、7月の研修後まで持ち越せばよい

薪も先が見えたから、楽しみながらのんびり進めたいところ。そうだ、楽しみながらやろう。昼休みもたっぷりとるとか。暑い日はアイスでも食べて。


コモンズの来訪者が確実に増加!?

2017/06/11 sun くもり時々晴れ時々雨 13℃
inaba oyama kai kusa tomik uemura = 6 persons


いよいよ、作業の現地をいくつかに分担して進めることになります。薪積みはその点、一種の憩いの場でもありますから、分散したフィールドの中核と決めて、連絡を取り合い、細々と進行の予定。

町内会も清掃、訪問客も増加傾向

土曜日は雨だったので、日曜日に作業延期した今日、遠浅町内会も池周辺の一斉刈り払いだった。約20名の担当者が、神社と池の二手に分かれて精力的に作業中だった。

これは、町内会とNPOの、なかなか美しい提携になりそうだと思える。朝9時、現場に挨拶に伺うと、一見、かつてに比べればNPOははるかに認知された感がある。挨拶に返ってくる返事の雰囲気にそれが如実にわかる。

 

男性ばかりでなく、道路ではコナラの雄花を掃いているお母さんがいらっしゃった(写真右)。「これぐらいしかお手伝いができなくて」とおっしゃる。

いえいえ、そんなことはないです、とわたし。お互い、できることから手掛けるのが基本。玄関前の通りをほうきで掃く。日本古来の美学である。

そんなこんなのうちに、数名が駐車場に車を止めて入林。一方、薪の広場からは、親子二人が歩いて林に入っていった。利用者は、かくして確実に増えている様相。
かしわばらフットパスにて
 

木質系のサインと杭を使う弊害が毎年やってくる。土は凍結と融解を繰り返すから、地面に打ち込んだサインが緩んで倒れるのだ。薪の仕事に追われて昨年まで適期に補修ができなかったことを反省して、今年は作業を明確に分担して、午後一番、oyamさんとわたしが「かしわばらフットパス」のサインかけ直し補修と視認性確保作業=ササの刈り払いに向かった。

サインはできるだけ目立つように、新たに蛍光テープをつけ、サインのプレートも数枚増やした。いくつかは樹木の幹に直接ドリルでセットした。(写真左)こうすると、トラクターなどにぶつかって破損する心配はなくなる。

残念なことに「フットパスを魅せる採草地」が、まったくおざなりだ。特にT農協の部分は施肥もしていないから、スイバなどの雑草地に変わりつつあるし、一番草を採集する、あの感動のイメージにほど遠い。かつて遠浅酪農に貸し出していたころは、こうでなかった。伸ばしてすっきり刈る、という緊張感があり、それは景観形成そのものだった。もちろん、フットパスも刈られた。

あの頃の修景レベルのイメージでフットパスを利用して来たから、「北海道で最も美しいフットパス」と公言してきたが、今は撤回せざるを得ない状況だ。フットパスとは農業が支えてくれるものだ。それがなければ存在できない。






薪は佳境


 

早めに来て柏原のフットパスに焦点を当てて動くはずが、薪小屋前に腐れかけた微妙な丸太が置いてある。どなたかが、ヤードの中から探し出して集めてくれたものと考え、くやしいけど予定を大幅変更して、一人で薪割り機を出し、割り出したのだった。古い丸太の質はかなり悪いので、各ユニットに分散するよう、一輪車で配送した。

やがてメンバーが集い、この丸太を搬入したのは誰だろうとあいなったが、該当者はいなかった。そんななか、昼前、migitaさんがきて、判明。migitaさんの畑から運んで、薪割り機で割りたかったのだという。

一言言ってくれれば、わたしもoyamaさんも割らないで済んだし、作業予定もスムーズに運んだのに・・・といっても遅かった。写真のような、こじれた丸太と腐れかけたものを粛々と割ったのだった。

このままいけばあと一日で薪小屋に12棚=6軒分の薪が埋まる。外にはすでにほぼ4棚が積んであるから、あと8つの棚が積めれば昨年並みとなる。わたしのみるところ、一杯いっぱい。

あとは、楽しみながら、秋まで詰めればいい。楽しい、リフレッシュになるという方が、ときどき来てやっていただいて良い。わたしは実はタラタラとこれをしたいというのが本音だ。
  
人が来る、苫東コモンズ 



上のような現状にありながら、今日は大島山林ではまず今まであったことのない訪問者があった。

かしわばらフットパスでも、午後、oyamaさんとサインの付け替えと周辺の刈り払いを進めていると、あとから訪問者が一人。ちょうど、急に雨が降り出し、雨脚が強くなった頃だった。木の下でお話を伺った。

聞けば、航空写真のマップをもって初めてかしわばらフットパスを巡る、市内沼ノ端のKさんだった。ホームページをよくご覧になっているようで、苫小牧の環境をもともとの地元以外の方々が守ってくれていることをありがたく思う、とおっしゃる。そして森づくりではなくフットパスに関心があり歩いているとのことだった。


さて、苫東のコモンズ。このようにして少しずつ人が来るようになっているのか。社会貢献はできているのか。もし、このスタイルとシステムが効果的な手法であれば、もっと積極的な広報もありうる。

しかし、今のおっとりした状態がわたしは好ましいと思う。自然体で自然を味わえる。使う人も維持する側も。




春は多忙、作業は並行

2017/06/03 sat 曇り 12℃
abe inaba oyama kusa tuduki tomik araki fujiike = 8 persons

都築さんが転勤・離道、チェンソー贈る

ついにtudukiさんが本州へ転勤が決まった。在任8年の北海道生活後、家族の住む愛知に戻るもの。
NPOは設立3年目の2012年に入会。夜勤もある務めなのによく参加し、地域通貨コモンを使って、薪の分譲を受けてきた。

 

送別会をいつできるかを聞くと、もう日にちがないことがわかり、送別会代わりに記念品を贈ることにし、その記念品は使いなれたスチールのチェンソー(MS201それとヘッドギア+チャップスということに衆議一決、本人も喜んでくれた。inaba理事から贈呈し、薪小屋の前で記念写真を撮った。なお、氏がこの冬働いた10日分の地域通貨10コモンは他の多くのメンバー同様、NPOへ寄付してもらう。

■白樺の樹皮

 

  

シラカバ樹皮のクラフト作家Fさんが11時ころ来て、案内。大島山林のフットパスのサイン補修作業で林内を回るのでそれに時間を合わせた。出かける前に、みんなで作品を見せてもらったが、なかなかいい肌触りと色合いだ。

ここはシラカバとしてはストレスの多い立地で白い肌は少なく、シラカバならぬ「クロカバ」が多いことなどを歩きながら説明。海風が多いことが原因と思うが、結果、皮目が多い。根返りを起こして間もなく伐倒せざるを得ないものを探して、皮をむいてみて、まだ早いのかな、という。中には皮目のところで折れたりした。使えるか、使うかは不明、しかしなにせ、原料難なのだそうだ。

道端にササバギンランを見つけた。近くにはコケイランも。そしてミラクルな落ち枝を発見。当然、初見参。初めてのシドケも少々採った。「札幌の人が来始めるとなくなるから絶対教えないこと」と口外無用の念押す

■サインの補修

 

フットパスの草が伸びてきたが、今が最高の散策シーズンだ。少し時期を逃したが、予定通りまず大島山林のフットパス・サインを補修した。杭を使うと最も視認性の高いところに立てることができるが、土が凍って凍上したり軽トラやトラクターが接触したりで、毎年立て替え・補修がいる。

今年は一部、くぎ打ちによる付け替えをした。自然保護などで厳密な方々には白い目で見られそうだが、わたしたちはシラカバやカエデの樹液利用、そして薪利用など、樹木を使う里山的なかかわりをモットーとするから、今後はダメージに気を付けながら写真左のようにネジくぎで止めるサイン設置を解禁した。とはいえ、メインは写真右のように杭を利用したものだ。手間だけど、ま、これが一番。

■薪の生産量推定と並行作業、そして積み方再考

 

今日は部分的には最大6名で薪を積んだ。いろいろな作業と並行しながらだが、このナガラ作業はこれから必須だ。今週は大島山林のフットパスサインの補修とお客さん案内、間にシドケ採取なども盛り込んで、それでも6つのユニットに段階的に入れていき、夕方数えるとすでに11棚分が積まれた計算

昨年が24棚だから、だいたいそれに近いところはいけそうだ。わたしの目測では現在の倍の22棚あたりか来週は、大島山林のフットパスの刈り払いと、柏原フットパスのサイン補修と刈り払い、静川の小屋周りとアプローチの刈り払いも、薪運び・薪積みと並行する

北大の梅田名誉教授は会費納入の振替用紙に私信をメモされ、ニュースレターの薪積み風景を懐かしくご覧になられた様子。そしてアドバイスをもらった。「こんなに高く積んだら大変」「高さ1mにすると楽だよ」とアドバイスされた。

そういえば、あまり高く積んだ薪棚は見たことがない。低く、シートなしという省力化が基本なのかも。それで考えた。薪の長さは35cmだからこれからは3列の105cm幅にして高さ1m、長さ2.7mとして2.7立方m(1棚)とするのがいいかも。これならおそらく倒れない


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