土地と自然は借り物?
NO.96
2017/06/03~

「50年後の北海道をイメージして、草ボーボーの台地ではなく
コモンズの手法を駆使して管理し北海道らしさを出していく意味は大きい。
ただ作る時代は終わった。」

先日のある会議で高名な先生からこんな話をされました。
2008,2009年ころに準備を始めたコモンズの取り組みをなぞりながらの
ご発言だったから、力強い応援メッセージと受け止めました。

土地は誰のものか、自然は誰のものか、という大局の視点が
人口が地域で先細る今、益々身近になり、政府と法務省は公共施設の設置などで
所有者不明や登記されていない土地など、いわゆる放置された土地は
公共サイドが使えるような道を探り始めるようです。
案の定です。これは予想された着地点。

土地、そして自然はもともと個人所有になじまないものだったのではないか・・・。




ここだけの雑木林管理
「苫東方式」を考える


2017/08/14




 


大木に印をつける

6,7年前から、将来、大木になりそうな樹木に印をつけてみている。作業個所ではその樹木の周りを透かしている。将来木施業と呼ばれる方法と似ているけれども、苫東ではそれがちょっと違う。

大木になると倒れるのである。火山灰で根が浅くしか張れないから、大きくなって風当たりがよくなった順に倒れるのだ。近く、土地の所有者の緑地検討委員会で、森林管理の提案をしてほしいというリクエストがあり、そこでわたしは「苫東方式」という、長年ここの林をいくらか実践し、見て、感じてきたことを簡単にまとめたこのワーディングでお話ししようと思う。しずかにゆっくり付き合ってたどり着いた言葉で、ここに合う方法、いや考え方である。もちろん、国内以外、あちこちの森づくりを見てのことだが、意外とシンプルなことで言わば「倒れる前に伐って利用する」という抜き切りである。

近自然森づくり

浜田久美子さんが『スイス林業と日本の森林~近自然森づくり~』という新刊で、スイスの近自然森づくりを紹介しているが、苫東方式はこれに近い。収穫がそのまま手入れになる、という優勢間伐である。皆伐を原則としてしないで持続させるという課題を持つ苫東の保全緑地と周辺では、まず風倒木、掛かり木、ツルなどに絡まれたケガレチ的林をまず改良の除間伐をしてきた。気持ちの良い林への一歩だ。

 

次のステップとして、これから風倒木予備軍を切るのである。少しずつ折に触れやってきたが、根返りの兆候を見つけるためには林をよく歩かなければならない。大木をマークし、倒れそうな木を見つけるのだ。このためもあってわたしは林を目指してきた。他人の林だが、コモンズ林という側面を持つ林の、決して多くないファンのひとりだと任じている。よく言われるほどには、林を歩くのを趣味にする人などいない。


薪単価の改訂について  (お知らせ)

                        2017/8/13 NPO法人苫東環境コモンズ事務局

ニュースレター19号(2017/5/20発行)で予報いたしましたが、このたび、わたしたちNPOが間伐材の有効利用で作っている薪の単価を29年度分(来年5月までに分譲)から改訂することにしました。その理由は

①7年前の制作当初に比べ薪の品質が向上し市販のものと遜色がなくなった半面、価格が3分の一と大きな開きが出てきたこと

②口コミでのニーズが依然多く、すべてお断りしていること

③メンバーの高齢化で生産が先細っても活動資金を維持できるようにすること


にあります。

このため、ナラを中心にシラカバやイタヤ、サクラなども交じった広葉樹の込み薪(長さ35cm)の現場わたしで

========
■みかけ1立法メートルあたり15,000円 ・・・1棚(=2尺×5尺×10尺) 2.7立方mあたり換算で40,500円
   希望者1人当たり2棚(約1年分)単位で分譲していますので、その場合は合計81,000円になります。
   (現場わたし)
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もし、この単価で予約をご希望の方は、e-mail または携帯のメッセージで8月末までにご返信ください。28年シーズンの生産量ではこの5月に分譲した方全員に2棚分確保は一応できています。みなさまからの要不要のご連絡によっては、待機中の希望者に割り振ることも考えられますので、よろしくお願いいたします。

                       連絡先:事務局 草苅 kt-884-556@nifty.com


密度調査の結果

2017/08/09 小雨 19℃ 追加 8/12

8月5日の密度調査の結果を集計してみると

いざ、密度を出すに際して面積の確定が今のデータではできないことに気づいて、9日、GPSをもって現場の小屋へ。4つの不等辺四角形の辺の長さを測っても四角は変幻自在で固定されないのである。対角線を一つ出しておけば何のことはなかったのに、二度足だ。

でもまあ、本数と照らしながらもう一度見るのもいい。ちょうどガーミンのGPSには面積計算という機能があって、ボタンを押して一周してまたもとに戻ってボタンを押すと、面積(ただしエーカー単位)ででる。

面積を測定して帰宅後集計した結果が下の画像だ。

A、B,Dは予想した通りの密度になったが、Cはどうも密度がおかしい。あれだけの込み具合なのに、最も密度が低く出たのである。面積測定の間違いか、または樹木調査の測定漏れか、あるいはなんらかの記載ミスか。どうも後者の可能性がありそうだ。tomikさんに赤いスプレーを付けてもらったから、行ってみればわかる。11日以降、チェックの要あり。


中央部に小屋とテラスあり


最も密度が低いのが、入口手前のカラマツのゾーンA。700本あるいはそれ以下に仕立てたつもりが、670本/haと出た。これの半分以下にしないと、萌芽更新は起きない、という予想である。300本/haは北大のキャンパスのようになる。ここの平均直径は21.7cm。最大は52cm。

Bはほだ木のあるゾーン。1140本/haで平均直径は17.7cmだった。これも思った通りの密度だが、この密度でも萌芽は4,5か所あるのはちょっと朗報だ。ただこのままの日照で果たして消えないで残れるかどうか。あとはシカの食害を考慮する必要がある。

Cの本数をもう一度チェックしてこの続きを書く予定。

●8/11に再検討した結果は

懸案のCの間違いの原因が判明。メモの表とエクセルの集計をもう一度チェックし、念のため転記ミスはなかったかを調べ直して発見したのがコナラ・データの入れ漏れ。もっとも大きな、大事なデータが欠落していたのです。Cの本当の結果は、面積が1525㎡、密度はヘクタールあたり830本となりました。。

AからDまでの4ブロックを集計したのが下記です。

ブロック

面積

本数

密度

平均直径

コナラ率

ミズナラ率

1130

76

670

21.7

45

2

510

58

1140

17.7

41

18

1525

126

830

17.4

44

4

590

50

840

18.8

38

16

平方m

/ha

cm

%

%


CとDの密度差があまりないのがやはり気になります。Dのコナラの大木あたりの開け具合とCのうっ閉度(うっぺいど)が高くて暗いが、実は密度はほぼ同じということになるようです。明るさと空間の広がりが感覚的に違和感を持たせているだけなのかもしれません。

今後の作業ですが、Aを500本、Bを800本、CとDを600本程度の密度にして、萌芽と食害の様子を見たいと思います。これはこの秋のスキルアップ研修で一部を手掛けたいところです。

なお、コナラの割合が40%前後以上で、ミズナラの割合の方がずっと低いのが、胆振の、特に石狩低地帯の東側の特長です。今、遺伝資源の全国規模の森林調査が大学研究機関で行われており、北大研究林本部からNPOへ丸太提供の依頼が来ました。全国規模で森林資源の調査をするとき、全国規模で生育するコナラが便利のようです。

ただ求められた丸太の量が多すぎて、土地所有者の苫東会社に引き渡しました。苫東会社ではこのような研究機関への研究協力は惜しまないとの考えで、これは8月16日の打ち合わせ(厚真町のグループが育林コンペ参加の件)でも明確にする予定です。


里山の尽きない仕事

2017/08/05 sat 曇り 24℃
oyama kusa tomik = 3 persons

広大な一続きの林(つた森山林含め約500ha)に小屋を建て、ざっと20年、少しずつ周りの手入れをしているうちに、のっぺらぼうの、何の目印もなかった林のここだけが、人臭い里山に変わってきたのには驚きます。

その間、人は入れ替わり立ち代わり主役が交代しますが、里山は、人々に次から次へと仕事を発見させ、まるでわたしたちは里山という神様に導かれて、使われているように見えます。ただ、それは使用人としてではなく自分でやるべき仕事が見えてくるのです。そこが不思議です。


今日の仕事1 「腐れた丸太の片付け」

10年以上も前に薪を作った時の残りを放置していたため、腐ってきた丸太をoyamaさんが一輪車で片付け。

どこへ?林の中へ。営みのエリアの外へ約50mバックしていただく。丸太はそこで心置きなく分解されて土に帰る・・・。

いってみれば汚い、べちょべちょの、何が出てくるかわからない作業です。小屋ができて里山っぽくなると、こういう仕事がどんどん出てくる。常に断捨離をしていないと「ケガレチ」(気分をそぐ場)になってしまうようです。

■仕事2 「切り株切り

少しずつ林の密度を替えてきましたが、その都度、切り株が残りますが、腐らないでしっかり残っているものが多いのです。この秋、もっと抜き切りをして材も効率よく運び出すためには、この切り株を切り戻しておく必要があります。

これはtomik さんとわたしが受け持ったのですが午前中で終わりませんでした。意外としぶといのです。恐らく、生木よりはるかに切りにくくなっているのだろうと3人で話しました。たかが切り株なのに燃料を3,4回補給し、2回、目立てを余儀なくされたのでした。

こんなことなら、伐倒した時に切り戻しておけばよかった・・・。後悔は先に立たず、です。その時その時、前に進むことばかり考えているからです。しかしおかげで、とてもすっきりしてきました。躓くことのないよう、小さい切り株もできるだけ伐りました。

仕事3 「密度調べ」

小屋は里山風景の真ん中にあり、林はそこを原点にして4ブロックに分かれます。そして各々が、目的が違う用途をイメージしていたために微妙に面積当たりの樹木の密度を替えてあります。

これが果たしていかほどがベストなのか、どれくらいが見た目に気持ちがよいか、など少し数値で示しておく必要が出てきました。それで3人で樹木調査です。

木の太さを図る輪尺という特別の物差しがあるのですが持ち合わせないためにコンベックスで代用。調べ終えたものには小さく赤いスプレーをつけ、樹種と太さを記録していきます。4ブロックを終了したのは3時半過ぎでした。集計結果が楽しみですが、ちょっと時間が要ります。


■里山の楽しみ

作業のさなかに、出たばかりのキノコがずいぶん目につきました。キノコ博士のoyamaさんは合間にも採集に余念がなく、わたしたちも目についた珍しいものをテラスに並べていきます。

林の入口のオオイチョウタケは今年もけなげに8月上旬の時期を守って見えてきたようですが、この外にはまだわたしが食べるものは出ていないようです。

さて、切り株を切っていると、伐りだした切片が、まるで河原の石のように独特の形をしていいることに気づきます。これにヒントを得て積み上げてみたのが上の写真右。いわば、山仕事後の一発芸です。いつ倒れるかわからない微妙なもので、うまくいけばいずれの日か夜の焚火の番兵をする火種になるでしょう。倒れる前にすかさず撮影。これがミソ。

そういえば、かつて瀧澤先生と講師・西川直子さんを呼んで、森林アートセラピーというナチュラルなアートっぽい創作イベントを2回しました。1回目2009/6/20は北大研究林、2回目2010/7/3は白老のポロト湖キャンプ場。探してみるとこんなチラシも。懐かしいですねえ。




雑木林に涼風吹く

2017/07/29 sat 曇りのち晴れ 24℃
abe oyama kai kusa tomik
= 5 persons







■里山の協議

蚊のいない雑木林の夏は別天地だ。さわやかな風も吹いて涼しい。しかし、そこは夏。刈り払いや薪割りを始めれば10分もしないうちに汗ばんでくる。それにしても快適だった。小屋周りの林床を、フタリシズカ群落やシダを刈り残しながら、見通せる里山風景を整備した。

スレートの屋根に苔が生えて3年ほどになる。明らかに日照が減っているのだろう。その分、樹木が枝を張って成長している裏返しで、これは早晩、微妙な抜き切りをせねばならない。昼休み、どの木をどちら方向に、どんな方法で伐倒すればよいか、意見交換した。小屋の屋根をこわさず、テラスも傷めず、かつ、モミジとイタヤは残す・・・。これは11/4のチェンソーのスキルアップ講習で実施することになる。

■薪割り

懸案の薪割りが完了。玉切りの必要もありチェンソーを動かしたが、砂をかんで切れ味は大幅ダウンし、かつオイルが柔らかすぎて出がよすぎるのか、後半は乾いた金属音が気になってやめた。マサカリで割り残された丸太はさすがに手ごわかった。写真左下のように、チェンソーで切れ目を入れてからいくつかのクサビを打ち込んでようやく割れたものもあったが、これらは内部に複雑な結合があって容易に外部からの侵入を許さなかったようだ。割ってみて初めて内部事情がわかる。

それでもまあ、なんとかヤードに丸太はなくなった。ただ意外だったのはホオノキ。切り戻したホオノキが予想外に粘りがあって、うちこんだ刃を包み込んでしまう。チェンソーを差し込んで割れ目を作っても問題は解決しなかった。当分、放置して乾燥させてからの挑戦だ。

■ヘビの抜け殻

  

今季初めてのヘビの抜け殻が小屋の絨毯の上に見つかった。小屋の内部に蛾が発生しなくなってから、小屋にヘビが出没することがほとんどなくなった。以前なら、おっかなびっくりでドアを開けることもあったが、それがなくなったのは朗報か。



銀婚湯の林を手入れする人

2017/07/25~26  @銀婚湯




24日月曜日から学識経験者などと喜茂別を皮切りに南下し道南の2自治体でこれからの地域政策のヒアリングを行い、25日夕方6時ころ森町の銀婚湯に到着、1泊。知る人ぞ知る秘湯ですが、わたしはその庭園と林の扱いに関心を持ってきた一人でした。夜10時、3代目の川口翁がフロントで新聞を読んでいたのでいい機会と聞いてみました。

わたし「丁寧な手入れと自然な風味にいつも魅了され感服しています。」 
川口翁「いやいや、最初はゼロからのスタートで、素人の我流のはずかしいものです。
     桂並木は苗を作って植え込みました。最初は1ヘクタールだったものを離農した土地を買って今は30      ヘクタールになりました。」

野田追川沿いの敷地を自分の好きな木で好きなように覆い、少しずつ絶えず手入れし6つの露天ぶろ(写真はもみじの湯)を代々作ってきたようです。桂にこだわり、もみじに主要な役割を与え、部分的には各樹種の一斉人工林になります。それを自然仕立てに日々手をかけていくわけです。何かを慈しむように、静かににこやかに語ります。タンクなどの異物は薪で隠しますが、材料はやはり腐れにくいニセアカシヤで統一(写真右上)。

川口翁「お客さんもなにか林をそだてているんですか?」と聞かれて、人様の広葉樹林で手入れの勉強をしていますと答える。

なんとなく理想の林を時間をかけた手入れによって目指す同志、仲間のような見えない糸でつながったような気になる、そんないい時間でした。庭はゲンジボタルが飛び、空は満点の星空で天の川が天中にかかっていた。30分ほど空を仰いで流れ星ふたつ。トラツグミが鳴いていた。


雑木林の雨の一日

2017/07/23 sat 25℃ 雨上がり、曇り時々雨
kusa (tomik さんは作業断念しとんぼ返り)

フットパスの刈り払い
 

朝からパッとしない天気。前夜、帰りが遅く寝坊して、いつもよりだいぶ遅れて小屋に着く。そのやや手前で、「雨模様なので今日は帰ります」とtomik さん。天気予報も特に午前は雨の可能性が高い。というわけで入れ違いになって、終日一人の、雨を感じながらの作業とあいなった。

ささみちフットパスと小屋周りの刈り払い、それと薪割りが残っている。幸い、ささみちフットパスは、だれかわからないが幅広に丸鋸で一周すべて刈ってあった。この刈幅の広さから推測すれば作業者は恐らくabeさんかと思う。平日も刈り払い機をもって作業するのにご苦労様といいたい。

わたしは逆に座りっぱなしの日常だから、刈り払い機やチェンソーの久々の機械作業は結構疲れるし翌日は腰が痛い。しかし気分転換にはすこぶる良い。まして、虫のいない霧雨上の雑木林は、きっとマイナスイオンで充満しているのではないか。だから至福の時間と呼びたい。ワイヤーのカッターで、主として草本を刈って一周した。落穂ひろい的仕上げ作業だ。

■薪割り
 
薪の山がまだ残っている。昨年の晩秋のチェンソー講習会のなごりだ。なかなか、時間がなくてそのままだったが、見るとキクラゲやチャワンタケのようなものが付着していて、薪の商品価値としてちょっといかがなものか、と思わせる。やはり、伐って、雪が消え、連休の乾燥したころには割って積んでおきたい。

でも今回発見したことがある。大きな丸太の小口をみると、1本から2,3本、ヒビのようなものが入っており、そこをめがけてマサカリを打ち込めば簡単に割れることだ。丸太自身が「割れたい」部分を見せるわけだから、それは道理にかなっているが、その時まで外に放置すれば、湿ってキノコが生えてくるということになるから、良しあしである。

■スドキの実験


 
3年前(平成26年)の9月にinabaさんと処置したスドキ(和名モミジガサ、上2枚が作業写真))が出てこないか、常々見て回っているのだが、まだ見つかっていなかった。どこに処置したかもあやふやになっていた。雨の一日の終わり、もう薄暗い4時半ころだったが、2回目の着替えをしてからダメもとで林床を回ってみた。

あきらめずにやってみるものだ。やっと見つけた~。本当に小さい、出たばかりの草で、鳥であれば幼鳥という感じの、初々しい実に可愛らしい感じで群生していた。挿したところから1mほど離れたところに2か所だから、探せばもっと拡散している可能性がある。3年目の朗報だ。

思えばその前の年の2013年だっただろうか。S長老とスドキの話になった時、長老は独特の方法で庭にスドキを増やす実験をして成功したというのだった。その方法というのは、秋、スドキの枯れた花の穂を折って、写真のように地面に挿すだけでよい、という。ハンパでない増え方で、面白いというのだった。確かに、長老の庭のその部分は一面スドキの幼苗状態だった。

スドキまたはシドケ、わたしにとっては山菜の女王、胆振の宝である。毎年の早春、スドキとコシアブラを食べないと春は始まらない。で、毎年、飽きもしないで感動と尊敬を込めてスドキの画像を載せるわけである。

もうひとつ、面白いことに気づいた。

似たような掌状の幼苗ヤマモミジが実にたくさん見つかるのである。いずれも、日当たりを気にせず育っている。困ったことに、ここの雑木林の主たる構成種の、コナラとミズナラの稚苗は林床にはない。1m以上に育ったものを探せば、それらはサワシバやアズキナシ、あるいはホオノキなどが多く、小屋の南側では圧倒的にウシコロシ(和名ワタゲカマツカ)ということになる。

ただ、後継のコナラ、ミズナラの稚樹は、刈り払われたフットパスや林道では多数見つかるから、必要によっては落ち葉を剥いであげるだけでよい。これからはドングリが豊作の年に、地はぎ、落ち葉集めをして更新を促してやろう。

■今年の実験
そんなこんなで、今年はこんなことを試みたい。
①落ち葉をかき集めて、ドングリの実生苗観察
(上記のとおり)
②1000㎡のモザイク間伐
大島山林の傾斜した大木の周りなどで、35m四方のエリアで皆伐する。萌芽更新がこれで可能になれば、広葉樹林の持続方法にとって大事な実績となる。1000㎡で5~7本(ヘクタール50~70本)残す手法も岩手大学滝沢演習林を真似て、やってみたい。こうして行われる集中的な伐倒は、薪生産にも効率が良い。
③広葉樹丸太の買取
薪が毎年、需要に間に合うかで心配をして来たが、広葉樹を丸太でトラック一台ほど買い取ることにしたい。せめてそういうパイプだけをつくっておけば、先が読めるし一喜一憂する必要はなくなる。そうなれば薪割り機がもう一台あってもよいかも。


ハスカップを摘む

2017/07/15 sat 29℃ 快晴
inaba oyama kai kusa tomik & m nakatu migita wada ほか 計31名

■ハスカップの風景




恒例のハスカップ摘み。勇払原野の夏の風物詩といわれてきたが、いまや、本場を知る人は少なくなった。先週土曜日は立地企業の計450名によるハスカップ採りが行われたが、主催者によると、ハスカップ採りにいそしんだ人はほんの一握りで、ほとんどは家族単位のBBQだったという。よその土地からやってきた人母トにとっては「ハスカップ、なにそれ?」という印象かもしれない。それじゃもったいない、という声と、「それでいいのだ、そのままでいい」(笑い)という本音の意見も聞かれる。

が、わたしたちの年一回の集いは、オーソドックスなスタイルの、土地のおじさん・おばさんが登場し、ファッションも観察できる。効率よく摘むことができ、かつ、採った実をつぶさないよう保管できる簡易な器、虫刺され・草かぶれにも対応するいでたちからなっている。加えて言えば、紫の実がつぶれてもいい衣服ということになろうか。なんてことはない。

昨年は成り年で大豊作だったので、栽培農家からは今年は「うらなり」の不作が伝えられたものの、フィールドは実こそ小さかったが成りは平年並みということだった。

参加者は、ハスカップだけの会員「支援会員=ハスカップ会員」を含む31名。各々のいでたちで挑み、多い人は夫婦で10㎏弱、という人もいたようだった。ふつうにとっても30分で500gは可能だったから、あとは忍耐力と動機の強さだった。


■原野の恩恵



猛暑の中でハスカップ摘みをしていても、ずっとそよ風が吹いていた。思えば都市化された住宅地はほとんどがアスファルトか、鉄板の屋根などでできていて、否が応でもヒートアイランド現象が起きる。さらにエアコンの熱なども排出される。

その点、湿原はマチの温度上昇を緩和すると言われてきた。湿原がそもそも霧が出る冷涼な土地にあるために効果が見えにくいが、昨日のような炎天下の日に、そうか、ここは緑被率あるいは非建蔽率が99%以上あるかもなあ、と思わせた。今の暑さは、地球規模でも、地域規模でも人工気象ではないかという疑いは常に持つ必要がありそうだ。地球のホメオスタシス(恒常性)が崩れることはない、などと断言できないから。

こんな風に、ときどき考えるだけでいいのか。エコ・ライフはそこを問いかける。



 森づくり研修2017     

2017/07/01--02
abe inaba oyama kai kusa tomik & m migita wada = 9 persons

公共の森のあり方を考える

7月1日と2日、NPO苫東環境コモンズ恒例の森づくりに関する研修のため札幌・小樽方面に出かけた。1日は研修のプロローグとして、札幌市の白旗山の環境林(写真左上)に寄って会員のabeさんから、1000ヘクタールに及ぶ人工林の様子やここでの作業の話を聞いた。わたしたちがこれまで相手にしている里山的な山林というよりも、人工林を対象にした林業を実施しているところ、いわば「奥山」である。そこを環境林として自然観察やフットパスネットワーク、歩くスキーコースなどとして利用されている。

この規模で市民も利用するとなると、つい欧州の都市林を思い浮かべるが、ササが林床を覆い、かつ植生が多様で繁茂している状態は、欧州の都市林より一見、風致上でハンディを背負っていると直感する。つまり、市民が日常的にアクセスする適正、しやすさでは劣るといわねばならない。苫小牧の北大研究林と比べても一目瞭然だ。あるいは帯広の森を想定してもよい。

行政が用意する緑地というのは、しかし、こういうケースはままあり、市民や住民が使いやすいか、魅力的かなどは二の次になる。当別の道民の森などもいい例だ。行政は施策の効果を喧伝するために予算を投下し継続するが、民はこころ、ここにあらず、という状態になってはいないか。だから行政は施策の意義を押し通すため、赤を黒といいくるめてでも広報に努めイベントを繰り返すことになる。


高川さんの「ワオーの森」


午後に銭函・高川さんの「ワオーの森(写真右)を訪問した。高川さんは札幌ウッディーズの中心メンバーとして、abeさんやわたしとお付き合いがあり、相互の交流も続いてきた方。急な5ヘクタールの広葉樹林は、保育園の父兄などの手伝いを得ながら少しずつ作り上げた、高川さんの使命感と遊び心とネットワークの結晶だ。森づくりの過程と、その林を「森の幼稚園」の北海道の草分け的に利用してきた様子をうかがうことを目的にお邪魔した。

斜面に一日数メートルずつ小道を創っていった話や保育園の子供たちが、文字通り本場森の幼稚園が比べ物にならないくらいに果敢に遊ぶ挿話など、氏ならではのストーリーに聞き入った。

ワオーの森をコモンズの視点で見ると、オーナーの高川さんが利用者を一応限定もしつつ、排他的な占有ではなく個人公園のように開放している点が注目される。むしろ賛同する人々の自由な往来と作業意思を最大限引き出している。オーナーの寛容さと人徳の躍如たるものがある。

途中奥様が差し入れをお持ちくださった折に、ここを利用する「かもめ保育園」の背景などもお聞きした。漫画『義男の空』の主人公である高橋医師と連携した活動で、もともと脳に障害を持った子供たちの療育のために、お母さんたちが立ち上げたのがきっかけと聞いた。TVの放映ではこれまでそこには気が付かず、元気でやんちゃな園児の様子と特徴ある食育に焦点が当たっていて、結果、わたしはそこは初めて知った。

よく言われる「エコ・ライフ」の最前線とはどんなところか


2日は余市のエコビレッジを訪ねた。坂本純科さんが中心となって2012年から運営しているエコライフの実験場のようなところ。農家など地域の方々とつながり、6ヘクタールの農地と林を、環境に負荷をかけない「生活」を展開している。そこに大勢の同士の協力と、若いボランティアが国内外から集まっている。食べ物、住まいの建築、住宅の暖房、、生活排水など具体的なことをお聞きした。座学と現場を含め90分。

エコビレッジだが、まずこういう取り組みをしているコミュニティが世界中に15000あるという。わたしは40年近く前に読んだ『フィンドホーンの軌跡』で、このようなコミュニティの存在を初めて知った。それはまるで新興宗教のような怪しさも秘めていたスコットランドのコミューンだった。わたしはすごく惹かれ忘れられない。

坂本さんは北大の農学部で造園学を専攻し札幌市役所で緑地公園の仕事をしたのち、この世界を北海道で立ち上げた方。フィンドホーンなどでの生活ももちろん体験している。

長沼に産声を上げてから、余市に新天地を求めて展開を始めた様子は、坂本さんから送られてきた冊子などで個人的に窺い知ってきた。極論すると、エコはやせ我慢だ(いい意味で)と、わたしの身の回りの実践者たちをみながら見つめてきたのだが、その動機や実践を目の当たりにするのは新鮮だ。

野菜を作るのに農薬をほとんど使わなかったり、し尿を循環させたりは、生活そのものの切り替えが必要だ。ウォシュレットに慣れたわたしたちは、もう循環型の面倒なライフスタイルに戻れない気もするけれども、それは戻りたくない気持ちと、どこか、戦後までの古い日本の暮らしがほとんどエコビレッジだったと考えることによって、いつのまにか心の奥底にノスタルジアのような憧れとなって同居している。この延長で、家族とともに田舎に住み、自然分娩で赤ちゃんを産んでいるファミリーなどは、だから複雑な気持ちでみるのである。

研修を終えて

1日午後からの二つの研修は、必ずしも森づくりの部分がメインというわけではないが、自然を取り込んで、かつ関係者を巻き込んで利活用するという点で共通している。ワオーは都市型、エコビレッジは農村型といえ、いずれも土地の重層的利用と人のつながりという点でも示唆するところが大きい。苫東コモンズはその中間の里山型といえばいいだろうか。

さらに底流に人の善意というものが横たわっているせいだろうか、社会の明るい一面を象徴して、二つの場所で時間を過ごしている間にあたたかく感じた人もいたのではないか。自分を磨き、関係する複数のコミュニティ(もちろん仕事も含め)にどのように向き合い、どのような創造的な関係を築きあげられるのか、これはほとんど人生の醍醐味のようなもの。お二人はその道の達人のようにわたしには見えた。


薪はそろそろエンド、刈り払い本格化
   
    ~あらためて林の恩恵を考える~



2017/06/24 sat 曇りのち雨 18℃
abe inaba oyama kai kusa tomik migita sekimura + araki = 9 persons

■フットパス刈り払いが本格化


先週からフットパスの刈り払いが本格化して、早くも1回目の刈り払いは先が見えてきた。というのも先週、abeプロが残りのフットパスの全線を終了してくれたためだ。今朝は柏原から単身スタートと掲示板に連絡があった。しかしNPOの主戦力はまだ薪にかかりっきりだ。

 

林に行ってみると、細い径ももれなく刈られてまさに交差点の各ルートが「歩いてよ~」と待っている感じだった。雨あがりなのに蚊は全くいない。これはどうしたことか。でも、マチのひとは「林は蚊が出る」と思い込んでいるだろうし、したがって緑の季節、人々がやってくるのは稀れ。そこがもったいない。PRせねば。

昼休み、単身作業のabeさんに連絡すると午後は植生復元ルートに入るとのことだったので、oyamaさんとふたりで応援のため現地に移動し、北東のスタート地点と南のつた森山林側の二つから二人対一人で刈り払いを開始した。35年前の昭和56年、台風15号で一帯42ヘクタールの保健保安林予定地の5分の4ほどあったカラマツ林が全滅し、風倒木の整理だけして放置したところだ。

 

それがいまや薄暗い広葉樹林になった。苫東の台地上の植生は放置しても復元するという心強い見本だ。ただ、当時、森林状態はなくなったため保安林の指定はストップしたままで、この箇所の扱いも開発計画でどうなったかわからない。NPOが勝手に「植生復元モデル」と称して広報しているところだ。早く、そんなモデルであることを告知する看板を作りたい

つた森山林からここを通って、小屋のある平木沼緑地につながるベルトは、おそらくヒグマの絶好の移動ルート(コリドー)になっているはず。ざっと500ヘクタールの森林だ。その一角に雑木林ケアセンターと育林コンペの林はある。

今週は白い花が目立つ。「カンボク」という名前の灌木で、このあたりの原野ではサビタ(ノリウツギ)よりちょっと前に花が咲く。遠目にはサビタと同じなので、ずいぶんサビタは花期が長いと感じる人がいるが、内幕はカンボクからサビタに移行している。地味だが楚々として気持ち良い。先日から樹木の白い花を撮っている。

■薪作業の先が見えた

いよいよ、薪小屋の6ユニット(計12棚=32.4立方m)が埋まり、広場にも7つか8つの棚ができた。今、約20棚が完成してもうひとつができるか、という夕方の話だったから、昨年の24棚よりはいくらか生産が減ったことになるかもしれない。

とにかく、昨年11月から間伐から薪作りに携わったみなさん、お疲れ様でした。あともう少し。

 

今日は、朝いちばん、migitaトラクターが応援に来て散らばった薪を集めてくれたので、ついでに残された腐った木片は林の中に運んでもらった。土に還元だ。

林とは本来こんな風に、何でも飲み込んでくれる、分解還元ヤードだった。ここに持っていけば、ブラスチック以外はたいてい分解してくれる。これで、薪ヤードの中にも苫東の刈り払いトラクターが入ってくれるだろう。

■林は働き者

なんでも飲み込んでくれるという話で思い出したが、アイヌの人たちは林はドラッグストアとみなしていたという。わたしたちも山菜など食料庫として見る時期がある。燃料の倉庫ともいえる。ヨーロッパでは、ラブホテルだった、という。姥捨て山でもあり、駆け込み寺でもあり、すべてが許される避難所、隠れ家、すなわちアジールでもあった。森林で癒されるから病院でもあり、特に精神科やセラピストだともいえる。そして大事なことを忘れていた。元気な林ならCO2を吸って酸素を供給してくれ、その収支はプラスである。日陰を作って、音も遮断する。昆虫を含む動物のすみかでもある。バクテリア、菌糸、もろもろの植物もつながっている。

こうしてみると、林というのは機能が半端でないほど多岐多様で、深い。わたしたちはそのほんの一部しか使えていない。特に腐るものを捨てる、というのは盲点だった。




やっと夏の日差し、そして蚊はいない

2017/06/17 sat 21℃ 晴れ
abe inaba oyama kusa araki = 5 persons

夏が来たかも

朝、ストーブをオンにする日が続いたけれども、6月の半ばにしてようやく暖房を忘れる日がやって来た。日差しも強く、お昼は今季初めて木陰に入った。これからしばらく晴天が続きそう。今日、運動会をした小学校は幸運だ。



●分散作業は高能率、でも、ちょっとさびしい

 

薪積みはまだまだある。inaba、arakiの女性班が二つのユニットをてがけ、この日で小屋の薪積みはほぼ終了する。わたしは先週から手掛けた小屋の前の1棚を完成させたから合計16棚を完了見込み。あと、何棚作れるか。

ざっとわたしがみるところでは、あと5、6棚というところか。とすると28年度の間伐による薪生産量は23棚程度と相成って、なんと昨年並み。ゆるゆるとやってこの程度なら良しとしたい。決して焦らず休み休みの中高年モードも捨てたものではない。

9時過ぎに着いた頃はすでにabeさんが林道の刈り払いに出発後だった。ロングコースの刈り払いに、燃料や昼食を持参したために昼は戻らなかったので、木陰で3人の昼食になった。いつも大勢だったから3人はやはりちょっとさびしい感じ。migitaさんが領収書をもって顔をだして会話にまた花が咲いた。



わたしは11時ころから、山林のフットパスを刈り払いに行き、とりあえずテントまでを刈った。なんという快適な温度だろう、しかもカラッとして蚊もいない。ちょうど昼過ぎまでで終えた。

午後は、苫東会社によるトラクター刈り払いに備え、薪回りを刈った。oyamaさんは小屋と駐車場を丸刃で、わたしはワイヤーで細かいところを仕上げ。刈りにくいイネ科植物なども交じり、微妙に取り換えたい個所がある。

●テンナンショウ、どうした?

2時過ぎ、静川の小屋に単身で移動し、小屋周りとアプローチからトイレまでを刈る。フットパスは笹がずいぶん出てきて、これは来週には刈る必要がある。植生復元のルートも繁茂状態だろう。

 

先日も書いたけれども、今年は異常にコウライテンナンショウが多い。小屋のアプローチのところに積んだ薪オブジェの裏には、実生と思われるテンナンショウの小群落までできていた。昨年の実成りが多かったのか。このオブジェの裏に赤い実をつけたままテンナンショウが秋まであっただろうか?

オニノヤガラがずいぶん目立つ年もあった。ハスカップも去年は当たり年で今年は不作の見込み。あるものが繁茂しあるものは静かに収まっている。どんな事情があるのか、毎年毎年、一瞬一瞬、同じ場面や状況というのがない。じっとこれらを見つめていると、会話が始まるような気もしてくる。

●これからの山仕事

大島山林(3人)、柏原フットパスの沢部分(0.5人)、静川のささみちフットパス(1.0人)、植生復元ルート(2.0人)で、ざっとあと7人工ほどを要する。薪積みは一日一人1棚として6人工。しかし、6月中に13人工を確保することはできないから、7月の研修後まで持ち越せばよい

薪も先が見えたから、楽しみながらのんびり進めたいところ。そうだ、楽しみながらやろう。昼休みもたっぷりとるとか。暑い日はアイスでも食べて。


コモンズの来訪者が確実に増加!?

2017/06/11 sun くもり時々晴れ時々雨 13℃
inaba oyama kai kusa tomik uemura = 6 persons


いよいよ、作業の現地をいくつかに分担して進めることになります。薪積みはその点、一種の憩いの場でもありますから、分散したフィールドの中核と決めて、連絡を取り合い、細々と進行の予定。

町内会も清掃、訪問客も増加傾向

土曜日は雨だったので、日曜日に作業延期した今日、遠浅町内会も池周辺の一斉刈り払いだった。約20名の担当者が、神社と池の二手に分かれて精力的に作業中だった。

これは、町内会とNPOの、なかなか美しい提携になりそうだと思える。朝9時、現場に挨拶に伺うと、一見、かつてに比べればNPOははるかに認知された感がある。挨拶に返ってくる返事の雰囲気にそれが如実にわかる。

 

男性ばかりでなく、道路ではコナラの雄花を掃いているお母さんがいらっしゃった(写真右)。「これぐらいしかお手伝いができなくて」とおっしゃる。

いえいえ、そんなことはないです、とわたし。お互い、できることから手掛けるのが基本。玄関前の通りをほうきで掃く。日本古来の美学である。

そんなこんなのうちに、数名が駐車場に車を止めて入林。一方、薪の広場からは、親子二人が歩いて林に入っていった。利用者は、かくして確実に増えている様相。
かしわばらフットパスにて
 

木質系のサインと杭を使う弊害が毎年やってくる。土は凍結と融解を繰り返すから、地面に打ち込んだサインが緩んで倒れるのだ。薪の仕事に追われて昨年まで適期に補修ができなかったことを反省して、今年は作業を明確に分担して、午後一番、oyamさんとわたしが「かしわばらフットパス」のサインかけ直し補修と視認性確保作業=ササの刈り払いに向かった。

サインはできるだけ目立つように、新たに蛍光テープをつけ、サインのプレートも数枚増やした。いくつかは樹木の幹に直接ドリルでセットした。(写真左)こうすると、トラクターなどにぶつかって破損する心配はなくなる。

残念なことに「フットパスを魅せる採草地」が、まったくおざなりだ。特にT農協の部分は施肥もしていないから、スイバなどの雑草地に変わりつつあるし、一番草を採集する、あの感動のイメージにほど遠い。かつて遠浅酪農に貸し出していたころは、こうでなかった。伸ばしてすっきり刈る、という緊張感があり、それは景観形成そのものだった。もちろん、フットパスも刈られた。

あの頃の修景レベルのイメージでフットパスを利用して来たから、「北海道で最も美しいフットパス」と公言してきたが、今は撤回せざるを得ない状況だ。フットパスとは農業が支えてくれるものだ。それがなければ存在できない。






薪は佳境


 

早めに来て柏原のフットパスに焦点を当てて動くはずが、薪小屋前に腐れかけた微妙な丸太が置いてある。どなたかが、ヤードの中から探し出して集めてくれたものと考え、くやしいけど予定を大幅変更して、一人で薪割り機を出し、割り出したのだった。古い丸太の質はかなり悪いので、各ユニットに分散するよう、一輪車で配送した。

やがてメンバーが集い、この丸太を搬入したのは誰だろうとあいなったが、該当者はいなかった。そんななか、昼前、migitaさんがきて、判明。migitaさんの畑から運んで、薪割り機で割りたかったのだという。

一言言ってくれれば、わたしもoyamaさんも割らないで済んだし、作業予定もスムーズに運んだのに・・・といっても遅かった。写真のような、こじれた丸太と腐れかけたものを粛々と割ったのだった。

このままいけばあと一日で薪小屋に12棚=6軒分の薪が埋まる。外にはすでにほぼ4棚が積んであるから、あと8つの棚が積めれば昨年並みとなる。わたしのみるところ、一杯いっぱい。

あとは、楽しみながら、秋まで詰めればいい。楽しい、リフレッシュになるという方が、ときどき来てやっていただいて良い。わたしは実はタラタラとこれをしたいというのが本音だ。
  
人が来る、苫東コモンズ 



上のような現状にありながら、今日は大島山林ではまず今まであったことのない訪問者があった。

かしわばらフットパスでも、午後、oyamaさんとサインの付け替えと周辺の刈り払いを進めていると、あとから訪問者が一人。ちょうど、急に雨が降り出し、雨脚が強くなった頃だった。木の下でお話を伺った。

聞けば、航空写真のマップをもって初めてかしわばらフットパスを巡る、市内沼ノ端のKさんだった。ホームページをよくご覧になっているようで、苫小牧の環境をもともとの地元以外の方々が守ってくれていることをありがたく思う、とおっしゃる。そして森づくりではなくフットパスに関心があり歩いているとのことだった。


さて、苫東のコモンズ。このようにして少しずつ人が来るようになっているのか。社会貢献はできているのか。もし、このスタイルとシステムが効果的な手法であれば、もっと積極的な広報もありうる。

しかし、今のおっとりした状態がわたしは好ましいと思う。自然体で自然を味わえる。使う人も維持する側も。




春は多忙、作業は並行

2017/06/03 sat 曇り 12℃
abe inaba oyama kusa tuduki tomik araki fujiike = 8 persons

都築さんが転勤・離道、チェンソー贈る

ついにtudukiさんが本州へ転勤が決まった。在任8年の北海道生活後、家族の住む愛知に戻るもの。
NPOは設立3年目の2012年に入会。夜勤もある務めなのによく参加し、地域通貨コモンを使って、薪の分譲を受けてきた。

 

送別会をいつできるかを聞くと、もう日にちがないことがわかり、送別会代わりに記念品を贈ることにし、その記念品は使いなれたスチールのチェンソー(MS201それとヘッドギア+チャップスということに衆議一決、本人も喜んでくれた。inaba理事から贈呈し、薪小屋の前で記念写真を撮った。なお、氏がこの冬働いた10日分の地域通貨10コモンは他の多くのメンバー同様、NPOへ寄付してもらう。

■白樺の樹皮

 

  

シラカバ樹皮のクラフト作家Fさんが11時ころ来て、案内。大島山林のフットパスのサイン補修作業で林内を回るのでそれに時間を合わせた。出かける前に、みんなで作品を見せてもらったが、なかなかいい肌触りと色合いだ。

ここはシラカバとしてはストレスの多い立地で白い肌は少なく、シラカバならぬ「クロカバ」が多いことなどを歩きながら説明。海風が多いことが原因と思うが、結果、皮目が多い。根返りを起こして間もなく伐倒せざるを得ないものを探して、皮をむいてみて、まだ早いのかな、という。中には皮目のところで折れたりした。使えるか、使うかは不明、しかしなにせ、原料難なのだそうだ。

道端にササバギンランを見つけた。近くにはコケイランも。そしてミラクルな落ち枝を発見。当然、初見参。初めてのシドケも少々採った。「札幌の人が来始めるとなくなるから絶対教えないこと」と口外無用の念押す

■サインの補修

 

フットパスの草が伸びてきたが、今が最高の散策シーズンだ。少し時期を逃したが、予定通りまず大島山林のフットパス・サインを補修した。杭を使うと最も視認性の高いところに立てることができるが、土が凍って凍上したり軽トラやトラクターが接触したりで、毎年立て替え・補修がいる。

今年は一部、くぎ打ちによる付け替えをした。自然保護などで厳密な方々には白い目で見られそうだが、わたしたちはシラカバやカエデの樹液利用、そして薪利用など、樹木を使う里山的なかかわりをモットーとするから、今後はダメージに気を付けながら写真左のようにネジくぎで止めるサイン設置を解禁した。とはいえ、メインは写真右のように杭を利用したものだ。手間だけど、ま、これが一番。

■薪の生産量推定と並行作業、そして積み方再考

 

今日は部分的には最大6名で薪を積んだ。いろいろな作業と並行しながらだが、このナガラ作業はこれから必須だ。今週は大島山林のフットパスサインの補修とお客さん案内、間にシドケ採取なども盛り込んで、それでも6つのユニットに段階的に入れていき、夕方数えるとすでに11棚分が積まれた計算

昨年が24棚だから、だいたいそれに近いところはいけそうだ。わたしの目測では現在の倍の22棚あたりか⇒(結果的に21.5棚に)来週は、大島山林のフットパスの刈り払いと、柏原フットパスのサイン補修と刈り払い、静川の小屋周りとアプローチの刈り払いも、薪運び・薪積みと並行する

北大の梅田名誉教授は会費納入の振替用紙に私信をメモされ、ニュースレターの薪積み風景を懐かしくご覧になられた様子。そしてアドバイスをもらった。「こんなに高く積んだら大変」「高さ1mにすると楽だよ」とアドバイスされた。

そういえば、あまり高く積んだ薪棚は見たことがない。低く、シートなしという省力化が基本なのかも。それで考えた。薪の長さは35cmだからこれからは3列の105cm幅にして高さ1m、長さ2.7mとして2.7立方m(1棚)とするのがいいかも。これならおそらく倒れない


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