林に近づくために小径をつくろう。小径を歩いて木々と会話しよう

NO.24

2004/03/07〜


最近、子供の頃のイメージを思い出していたら、まず郷里の実家裏のクスノキと小さなお宮が
浮かんできた。そういえば、あのクスノキの枝にのって、ひがな、遊んでいたことがあったっけ。
もの思いにふけってもいた。あれはなんらかの癒し手だったかもしれないなあ。
今でも都会や人の中にいるのは苦手だから、できれば林の中にじっと居たいという
衝動がしばしばある。

さて、早春。
雑木林はこれから晩秋のようなたたずまいを見せながら
突如、春の衣に着替える。この早業が、北国ならでは。



雑木林のカラス           平成16年4月25日(日)みぞれのち晴れ みぞれ交じりの雨をついてログハウスに着くと、前に積んだ薪やほだ木にからすが3羽 止まっていた。小屋にカラスがいるなんてあまり記憶がない。昨日列車の中の連想の中 に、「雑木林で自殺などがあれば厭だな」というのがあったからつい動物の死体とか何 かでもあったのかと思った。残飯も何もないから、ここはカラスにとってうまみのない 場所のはずだ。だが、雑木林の上空は、多くのカラスが行きかいトビも混じっている。 明るい林の道 随分今年は薪をたいた 今日も道作りにでる。歩いてみるとカラマツの間伐地から北に折れたルートは近道を とって緩やかな斜面の中腹部につけたのだが、どうも尾根筋が気になる。尾根筋のほう が気持ちよさそうに見える。テープを張りなおして改めてコースをたどってみると案の 定、見晴らしのいいこの方が断然勝る。歩くときに躓きそうな埋もれ木、飛び出した枝 、倒れた幹を切って片付ける。仲々一挙には進まないが、これで3分の1はできたかも 知れない。                                    昨日は石狩市のボランティアの方々に林の手入れと付き合い方について講演した。太 平洋から日本海に出て林の話しをするのは昨年秋に続いて2回目だ。ウッデイーズの河 崎さんが指名して呼んでくれたようだ。聞き手の目的がはっきりしているから焦点が絞 りやすく話がしやすい。事前の情報に反して女性が数人混じって参加してくれたのには 助かった。やわらかい話をするわたしにとっては女性が存在するというそれだけで場が 和み、安心感が増す。テーマは「林で出会う自分という自然」。           会場のある田園一帯は里山風の素敵なところだった  わたしという体と心を実験台にしてやってきた林の手入れと、その間の気づき、わた しの中に生まれた諸々の変化などを言葉にすると2時間はあっという間に過ぎた。これ まで、ヨガや気功、新たに関心をもつようになった仏教についても、隠さず思うところ を述べた。呼吸法やヨガについて意識的に系統的にしゃべったのは今回が初めてかもし れない。リラクゼーションの私流ポーズなども実演してみた。新しいことを組み込むの は勇気がいるが新鮮でメリハリがある。自分にとっても何かタネをまいたような感じが する。 午後のボランティア作業を拝見しているとき、ある参加者が、「話を聞いて気 持ちが楽になった」と感想を語ってくれた。話し手としてはこんな嬉しいことはない。 林をテーマにしつつ心の話をする、という奇妙なステージに入ってきた。      


フットパスづくりを再開する   平成16年4月18日(日)くもり時々晴れ 風強し もう鼻が乾燥するのがわかる。雪の気配が消えて土の中が少し凍っているような状態であ る。昨日はちょっと雪が舞い、毎朝のように霜が降りるから、普通の春の花は開花しない が、現場では今日ナニワズの黄色い花が満開だった。 ナニワズは沈丁花のにおい。と、そこにXに癒合した珍しい幹が  さて、今日から本格的に新ルートのフットパスづくりに手をつけた。 5月には小径のサ インを取り付け、ログのそばの大木に、千葉さんお手製のウッドデッキができそうだ。下 旬には友人知人関係がコナラの新緑の下で焚き火し呑みたいとリクエストが来ている。 6 月はじめはBBSが縁で、青森は五戸から山づくりのおじさんグループが雑木林をみに来 てくれる。その後は、癒しの小径を本格的にPRしたいと思っている。 早春の小屋の周りはこんな風。とにかく明るい  おっと横道にそれた。そんな訳で今年はいよいよお客を意識した作業になるのである。 で、「まほろば」へ続く新ルートにかぶさる倒木や枝をチェンソーやなたで片づけを始め た。ツルを落とし倒れそうな太目の枯れ木を整理してみるがなかなか進まない。そこへ厚 真の斉藤さんが顔を出した。 「ナメコの菌を打ちたいから間伐したサクラの丸太を何本かもらってくよ」 「はいよ。で、今年のカラマツ、片付けてくれる?」 「おお、そのうちトラクターで少しずつやってやるよ」 「それはかたじけない!」 世の中、持ちつ持たれつ。しかしもっぱらこっちが世話になっている。沢筋まで数百m進 んだら昼をとっくに過ぎていた。結構、歩き応えのある路になる。レーキで落ち葉を掻い て表土を見せるとだいぶ雰囲気も見え方も変わるだろう。  一休みしていると2羽のハシブトガラが近くの白樺の枯れ木にやってきた。 すかさずホ ーミーでちょっかいを出すと、さらに近くの小枝に寄ってきて囀りとは別の「声」を出し た。「チチチ」「チチチチ」。こちらの顔をうかがいに来るのだ。悪い気がしない。林の 付き合いのキャリアだと鼻を高くしたい。


早春、突入                             4月10日(土)晴れ 12℃

ほぼ完全に雪が解けた。いよいよ早春、って感じだ。日当たりのいい草地にはフキノトウ が見え出した。帰りにとってホッキのかき揚げをつくろう。ログのベランダから雪の消え た雑木林を半年振りに眺める。いいなあ、葉っぱのない雑木林は。明るくて、若々しくて 気温がさわやかで、静かで、生き物が生まれそうな予感がして…。 左:早春は落ち葉がたっぷり。2ヶ月でほぼ分解する。 右:小径に広がる常緑のフッキソウ。まぶしい。      まず、鉈とのこぎりを腰に下げ、手には大鎌をもって雑木林のフットパスを点検。パス に落ちている大小の枝を拾い、払い、倒木はのこで切り、この春第一弾の手入れを施す。 最後にたどり着いた間伐地は、雪が消えたら随分と丸太やうら木の乱雑さが目立ったので 小屋で作業のいでたちに衣替えしてチェンソーを持って戻る。パスに寄せた丸太と整頓し この2ヶ月の間に風で倒れてくれた懸かり木を整理する。 ところでフットパスから、手入れした林の生の素顔が見えるというのはどんなもんだろう か?見苦しくもあり、これが現実だという開き直りもあり、もっとエネルギーなどに利用 できないか、という悔しさもあり判断に困る。でもひとつ言えることは、人間の一馬力だ と林床が荒れないこと。傷跡がない。それと関係してドイツやスウェーデンでは木材の運 搬に、馬が活躍している。こちらは馬というわけにも行かず人!なんと原始的なことか。 昼過ぎ、三浦父子が小屋へ。散策後、平木沼へ出かけ、戻ってからは一緒にまほろばのシ カの角を見に行ったがあごの骨しか残っていなかった。誰かがもっていったのだろうか。 左:樹皮がはげ始めたカラマツ。   右:三浦家長男大樹くんが木に登る。 また大雪                     4月3日(土)晴れ 7℃ 林立。その神々しさにキリリとする 思いがけない昨日の大雪でまた白銀の世界に逆戻りした。そんな気候のむらっ気には一 向にめげないで、現場へ。でも、スタッドレスタイヤのままでよかった。林道はかなり の雪である。2週間前の作業から腰の筋肉痛がつらい。係り木になったカラマツを全体 重をのせて押したり、持ち上げたりの繰り返しにすっかり参ったようだ。朝、イタタ、 仕事の打ち合わせが終わって立つと、イタタ。しかし腰をかばっていては仕事にならな い。                                      わずか1時間でこれだけのバイオマスが集まるのだが…  しかし、なにか変な話だが、体がこの力仕事を嫌っていない。そのうち慣れるので気 にしなくていいから、というメッセージを出している。それでは、といつもと変わらな い作業、伐っては押し倒し、丸太を運ぶことを繰り返した。枝にたっぷり積もった雪が チェンソーの振動で落ちてきて、倒れるときには周囲の枝の雪もふるい落として、ドド ーン。一面が雪煙となる。気がつくとわたしのワイシャツにもしこたま雪が降り積もっ ている。混み具合を目で確かめつつ、ほぼ終わったなあ、と安堵の息をつく。ぼちぼち と手直しをしていこう。                             昼食後、ストーブを背中にしばし午睡。帰宅前に般若心経を読む。       


息子と林へ                3月27日(日)晴れ 外気温7℃ ホント、春めいてきたね 長男が春休みで家に居たので、前夜の夕食時に「一緒に山仕事をしよう!」と家内がま とめた。わたしの本音としては、山仕事はやや神聖なものであり(エヘン!)生半可の 気分でくると怪我もする、などと暗にけん制したつもりだが、結果、3人で林の作業に 出向いた。昼がかかるから、家内はBQの用意も怠りない。              18歳になる長男は仕事の段取りのあと、運搬路に丸太を奥から運んでいた。わたしの 気がかりは、いつ彼がこの単調な力仕事に飽いてさじを投げるかだったが、随分遅くま で、つまりわたしがもういいよ、というまで延々丸太を運んでいた。こういうのに親は 弱い!何か、とっても大人になったのではないか、などと親は安堵しほくそ笑むのだ。 山仕事が子供の日常のどこかにプラスにつながることも願ってしまう。こころが自然に 向きあう手始めになればいいと祈る。                       働く姿は美しいぞ!      林も心底美しく感じる  日差しはもう春のそれ。気温7℃はなま温かい。迷ったマガンたちの鳴き声はもう上 空になく、もう季節は大きく春に向かったのだと思わせる。             林道が開いた                  平成16年3月21日(日)快晴 「林道が開いたよ」という電話連絡をもらったのは昨日。残念ながら、先週の小屋泊まり で引いたらしい風邪がまだ治りきらず、もう少し養生した方がいいとわたしの体がいうの で、自宅に待機して静かに仕事した。そして今日。ログまで車で行ったところ、除雪あと の雪の塊が累々。その珍しい光景に思わず写真を撮った。 何で今頃除雪なの?でもすっごく助かる!  林道に車が3台、ログにはまったく見知らぬ男子5,6人が所狭しと荷物を広げて宴のあと 風。「北大の学生さん?」とわたし。「ええ、まあ」「わたしは小屋の管理人ですが、こ こに来る人どなたかの知り合いですか?」「ええ、Kさんです」。……。こういうのって まずいんだよね。紹介した方からも、くる方からもアクセスなしってのは確か初めてでは ないだろうか。小屋に行ったら全く知らない人たちが泊まっているというのは気持ち悪い よね。管理する方としては。モラルっていうか、ルールっていうのがやはりあると思う。 だいぶ終わりが見えてきた。来週、仕上げすればいいか。  わたしはチェンソー用パンツとガソリンとチェーンオイルをもって間伐の現場に直行。 安全祈願をしてから、残りの間伐を始める。今月末には保安林内行為の許可期限が切れる から、今週と来週しかないのだ。ほんと、この2ヶ月のブランクは大きかった。しかし、 カタ雪で作業は随分はかどる。それに懸かり木にならない。ううん、腕が上がったか? ところが、今日はほっぺたにツルと枝からパンチをふたつもらった。伐採、あなどれず。 一方、間伐した後の幹の垂線はとても美しい。雪の中の幹は特に美的だから、つい色々な 角度から見ほれてしまう。 上空には枝越しにマガンたちの飛ぶ声がする。


マガンたちと風土をシェアする             3月14日(日)晴れ 13日の土曜日の日中は仕事に出なければならず、思い切って夜やってきた。運転の途中 マガンたちが採餌場からウトナイに帰ってくる大編隊に出会った。そうなんだ。3月も半 ばだからね、北へ渡る準備に忙しいんだ。いつものことながら、見とれて余所見運転にな る。相変わらず林道の雪は硬く厚く、車の進入を許さない。カタ雪の上をスキーを滑らせ た。ビールやワインなどザックに入れたら結構な荷物になって、ログに着いたのは6時半 もうすっかり暗かった。と、とるものもとりあえず、ストーブをつけ、ランタンをともし 小屋の前に焚き火の準備をする。これでちょっとしたBQをはじめビールの栓を抜いた。 無心にただ焚き火の炎を見つめる。小屋の中ではランタン。  焚き火を見つめていてふと空を仰ぐと、満天の星空だ。しかもとてもよく見える。西の 空30度にとても明るい星が見える。東60度にもきっと有名な星だろうと思われる気に なるのがひとつ。南45度には赤い星が見えた。明かりを使わず夜の林を歩いてみる。闇 の中で見るカラマツの枝ぶりは昼よりも親近感がある。自分も獣になったような、林の一 員になったような、そんな気分だ。この感覚は大事にしたいけど、マチに住むと日常的に は難しいことだ。 こずえから編隊が見える。その頃、林は朝日に照らされる。  日の出前の朝5時半、マガンたちの声に目を覚ました。まだ薄暗がりだが、もう採餌場 に向かっている。ドアを開けて編隊を眺める。早春の渡り鳥の大編隊や春のアカガエルの 大合唱を聞いたりするにつけ、この地域の環境をほかの生き物たちとシェアして生きてい ることをしみじみ思い出し実感する。特にマガンたちは季節の波動を感じ取り南北を移動 する。そして、夕べ、日没後にねぐらに帰り、今朝は日の出前に飛び立つというように、 仕組まれている自然の法則に忠実に動く鳥たち。わたしは自分の中の自然に出会うために 冥想し、あるいは林で時を過ごす。 春はまだ遠い     3月7日(日)うす曇 急にログが見え始める。ユキウサギは随分居る。足跡はシカより多い。 雪が全く減る気配がない。寒さは真冬並みだ。しかも新雪が積もってスキーは10cmほど埋 まる。今日はさらにショートカットをとるべくログの方向に直進してみたら、15分もかか らなかった。間伐中のカラマツ林から、先週貫通した新ルートをトレースしてみると、30 分ほどかかった。この春、この道作りではどの程度のヤブ払いを要求されるのか。うれし いような怖いような。 近道のためにちょっとした斜面も横切る  小屋で読書。ストーブの火加減、外の林のことなどが気になるし、結構集中できずにい るうち、もやもやした気分で小屋をあとにした。帰るころ、いつも心と体が「帰るのはま だ早い」「できれば夜までいたい」とねだる。その内からのリクエストを邪険に打ち払い 帰りの一歩を踏み出す。打ち払った主体を理性というのだろうか。とすれば、理性という のはやはり著しく人情に欠ける。それならば、来週は夕方から泊まろうか、と考える。





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