晴林雨読願望
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勇払原野のコナラ主体の雑木林。ここは中下層をウシコロシの黄色が占めている

一燈照隅
雑木林だより

 新里山からの日常発信

地域活動15年の歩みとこれから

 勇払原野の風土を共有する

  

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●日々の迷想 2023 & 2024 & 2025
2021
first upload: Nov. 29 , 1998
last upload: May 21 ,2026



日々迷想

■5/21 ひさびさの「ちゃんぽん」

苫小牧のラーメンといえば勇払市街にあった「鳥よし」が有名で、50年前に赴任した当時もすでに昼は店の外に客が並んでいた。その後、室蘭が本店の「なかよし」の濃い色の醤油ラーメンが一押しだったが、飲んだ後にはもう食べられなくなってやめた。旭川発祥の「山頭火」の流れ(そのもののように感じるが)をくむ「生成」と、3代目「鳥よし」は今でもときどき出かけることがある。いわゆるラーメン好きである。旅行先でもできるだけ食べるようにしている。思い出の風景とともに蘇ってくる。



最近気になっていたのが「ちゃんぽん」のこの店。行ってみると期待以上の味ですっかりファンになった。初めて「ちゃんぽん」なるものを食したのは高校生の時になるから、めったに食べる機会はなかったが出会ってからなんとも長いお付き合いになる。

■5/20 人の能力と価値

思想家・吉本隆明氏が語った言葉がすとんと落ちたことがある。極めて難しいジャンルを論述してきた氏は、あるころから明石家さんまの芸風や庶民的で卑近な現象にも批評対象を広げていた。それ以前は、もちろん宗教もしかりで、一時、話題となった新興宗教家・千石イエスを擁護していたのも思い出す。

その吉本氏が、人間は持っている能力を力いっぱい使い切るかが問題で、それが人としての価値だ、という意味のことを語った。ほぼ断言していたように思う。能力をいっぱい持っている人が人として偉いのではなく、与えられた才能を己の才覚に合わせ使い切ることこそ意味がある、というのである。

これは吉本氏オリジナルではなくて、さまざまな宗教家や古典的な箴言にもあったように記憶するけれども、わたしは今の歳になってこの言葉、フレーズをしみじみ理解できる。いや解釈したと思う。なぜなら、今や老いる身は能力、体力のない弱者になろうとしているからである。そこで静かに気づくものがある。

IQの高い、頭の回転の速い人は遅い人に比べ仕事の処理は格段に速く、記憶の引き出しも多いから色々なことを早くたくさんでき精度も高かったりする。確かに社会的一般評価はそうなるだろうけれども、果たして人の能力とはそんなものだろうか、とも一度立ち止まるのだ。

かつて霞が関で仕事をしていた上司が言い捨てていた。「頭のいい、高学歴は周りには捨てるほどいる」。問題はそれをどう活かすかだとその上司は言わなかったが、色々な末期はニュースにもなって、なるほど、と思わされる。。

■5/19 老いの観察

昨年末のある集まりで、その年の各自の近況を語る機会があった。特に用意したトピックがなかったので「老いの観察に発見があり面白い」と述べた。心身が衰えていくのが楽しいわけでは決してないが、失う分、得るもの、それが流れに任せる寛容というのか、諦めというのか、それらに伴い獲得する平穏、これはかつて味わったことのない境地だ、みたいなことをしゃべったと思う。開き直りでもあり、自己受容でもある。なにが幸せかといえば自分をそのままでいいと認められることほどおめでたいことはない。認めざるを得ないという負の事情があるとはいえ、越し方には到達できなかった境地であるのは間違いない。歳はとってみるものだ。

■5/18 転ばぬ先の杖「紙おむつ」

加齢への備えは十分か、は日々の体調とともに大事なチェック事項にってきた。先年、在京の同世代は車で高速道路に乗るときは紙おむつをはくと言っていて、田舎に住むものがあまり予想もしなかったことだったから驚いたことがあった。不慮の渋滞に備えるのだという。そのほか、切迫性の失禁もこれからは心配しなければならない。使用してみた人たちは、結構さらりとして違和感がないという。

もっとも自宅にいるか雑木林にいるかが多いわたしにはほとんど必要はないのだが、災害時非難のことも勘案すれば用意するに越したことはない。そこで取説を読んでシミュレーションし座席下に2セットをしまい込んだ。スタック用のスコップや牽引ロープ、非常時のシュラフ、羽毛服などそれだけでも後部の荷台はちょっとした荷物になっている。そしてやがて免許返納、なんてこともやってくる。そんなときも間違いなく来る。日々ベストを尽くすのみである。

■5/17 カスミザクラ



ハスカップの湿原からハンノキ群落の方を振り返ると、浜汀列環の小高い部分にもやっとした、恐らくサクラだろうと想像の付く木が見えた。カスミザクラを意識したことはなかったが、そういえば今、遅ればせのようなサクラが山腹に時々見かける。もうサクラは終わっただろうと思う頃にである。ハスカップ探訪の一人が見つけて樹冠下から見上げると見事で木も堂々と大きかった。

こういう出会いというのも人との出会いと同様、嬉しいもので、歌を詠む人ならきっと一作ものしたに違いない。誰も訪れることのない場所だけに、このカスミザクラも愛でてもらって幸運だったと喜んでいないか。もしかしたらここに根付いてから初めてこんな大勢に見上げられたのではないか、そんな湿原のはずれの藪の中だった。

■5/16 ふたつの観察会



午前中は野鳥の会のガイドで大島山林の恒例になった探鳥会。新緑の中でさえずる鳥たちのほとんどは声だけで枝葉に隠れて確認できないのが普通で、探鳥会はいつも植物の観察会を兼ねた。この一年の間に、モモンガが確認されたらしく鳥を探すという催し名ではおかしくなる。次回は「大島山林の観察会」に名称変更だ。

午後はハスカップ自生地の観察会。初めて訪れる会員が多く、湿原の現状、植生遷移の方向性などについて意見交換。消滅しようとしている自生ハスカップについて、保全のまなざしで眺めている人がほとんどいないのが寂しいところ。今回の観察会が契機になってハスカップコモンズについての理解が進み、コモンズのミッションについてもっと認知が進めばありがたいのだが…。

■5/15 銀婚湯の蚋(ブユ)

5/6 に銀婚湯の隠し湯「トチニの湯」に入った際に、悠々と入浴シーンを自撮りし悠然として部屋に戻ったので、早々に退散してきた家族に驚かれたが、その後、2日ほどたってからあちこちに虫刺されの痕が出て、今は猛烈にかゆくなっている。ステロイド系の軟膏を塗ってしのいではいるが10か所以上の赤い斑点が強烈だ。

今まで出会ったブユは翅と胴体の長さがコロッとして外見が明らかに違っていたので、銀婚湯で群がった胴体の長い虫をブユとは思っていなかった。それが悠然とできた理由だった。ブユの痒さは何度も経験しているから、あれがブユとわかっていれば逃げるべきだった。この痒さにたまりかねて種類と分布を検索すると、ブユは日本に約60種いて北海道には約15種いるようだ。クロバネキノコバエ科のブユかブユ科のオオキタブユあたりと見当がついた。

ドクガや帯状疱疹、貨幣状湿疹など皮膚は受難続きで皮膚科通いをしてきたが、しかしながら、まさかブユの痒さごときで医者にかかるわけにはいかない。自然の中で遊ぶオヤジの意地もある。

■5/14 山仲間の新緑



山仲間の新緑探訪。気温13度、薄日さすなか、散歩中もランチ時も話が途切れない。後期高齢者の中で当方が最年少だった。新緑のシャワーを全身で浴びるのは、今だけ。さすがにいいものである。ランチでは先輩がフキとタケノコの炒め物、セリとワラビのおひたしを持参してくれた。

年寄りの山歩きはちょっとした食養生も兼ねる。減衰した「氣」を自然と山菜から補充するのである。

■5/13 直径10cmのハスカップ発見

自生するハスカップを見て歩いた経験は人後に落ちないが、サンクチュアリでは最大で5,6cm、高さ3mはいくつか見てきた。そのうち一本を伐採して再生させる実験の時に年輪を調べると50+αだった。ところが今日の午後、コメリのついでに明徳町を散歩していたら、直径が10cmのハスカップがあり、満開の花が咲いていた。大変広い敷地だから地域の地主かもしれない。これはどうしたのだろう。このハスカップの経過、故事来歴を聞いてみたいところ。

■5/12 犬でなくても、歩けば色々事件にあたる、という話

このところ、いつもの極めて平凡で平穏な日常のなかで小さな事件が起きている。

一つは、山仕事の最中、レンタルしたトラックを樹木にぶつけて破損した。薪材の運搬で雑木林の中を運搬している最中にバック時に荷台をぶつけてアオリがへこんでしまったのである。毎年借りるのだが、保険が初めて効いて助かった。が、ショックである。去年は、このレンタルトラックのほかに知人の軽トラックを借りたが、灌木にバックミラーをひっかけポキントと折ってしまった。雑木林の樹木は乱数表のごとく実に不規則に並んでいるのであった。

二つ目はスピード違反で罰金。銀婚湯の帰り、真狩で豆腐を買った後だった。車通りがなくつい77km出ていたので減速しようとした途端、警官が飛び出してきた。即、断念。現行犯の速度表示は71kmだった。罠のようにうらめしい50km制限区間だった。

三つ目は森林科学系の若い方ふたりと小さな同窓会を市内の居酒屋でやって店をでたところで、歩道の縁石に躓いてよろめき顔面制動してしまった。鼻と額をぶつけ赤くなり、手をついた拍子に掌がよじれて腫れ、メガネはゆがんだ。眼鏡屋さんで修理を頼むとフレームが折れていた。買い替えやむなし。

動けばいつもなにか新しい出会いがある。しかし、しばしばちょっとした落とし穴もある。動くか、じっと籠るか。どうせなら動く方を選択するしかない。

■5/11 一時の至福



遠浅の薪ヤードに残した薪を家族に手伝ってもらい二人で2時間で摘み終えた。作業量と小時間の見積もりはこのごろ当たるようになってきた。散乱した木っ端をこの冬の焚き付け用に拾って、とりあえず置き場の状態もすっきりした。これで大きな一段落である。ただ、雑木林の残した2台分の丸太に使うレンタカーの手配ができない。今月はもう空車がないのである。これは少し猶予を持っての対応とあきらめ、ササに埋もれたころ運び出すことにする。しかし、薪ストーブライフというのはなんと手間がかかるものか、と改めて楽しい悲鳴、ぼやき、そして手仕事にかかわる満足。

その帰り道、コシアブラを収穫した。いつもはスドキを山菜の女王とあがめる自分だが、実はコシアブラへの執着も半端ではない。優劣をつけるのは間違いというか好みの問題だが、スドキもいただきコシアブラを天ぷらと混ぜご飯で頂いてみると、その調理の選択の楽しみがコシアブラにワンポイントあげたい。この時期の伸び、開葉が早いので収穫は一時(いっとき)の勝負と心得ていることもある。その点スドキは2週間ほど漸次萌え出てくるのでシーズンが長いのである。この味を早春の間中食せるという採取期間の長さでは、やはりスドキにも点数をあげたい。

■5/10 反省と総括

ある日気がつくと部屋の置物や庭の植込みなど、自分で買ったもの以外の多くが故人の形見で占められているとわかって驚いたことがある。思い出だらけである。人は多かれ少なかれ、思い出に囲まれて生きてきたのだろうか。その思い出がいいことばかりならいいが、えてしてそうでないものも少なからず引きずっていたりする。思い出は芋づる式に蘇るから厄介である。

そしてある朝、起きがけに「人は行いが悪いと死ぬまで良心の呵責に悩まされる」とすんなりとひらめいた。よっぽど行いが悪かったか、懺悔、反省の連続なのかと我ながらあきれそうだった。しかしその一方で、そうか、それなら反省と後悔は一生の付き合いなんだ、と割り切ることもできそうになった。なんだかそう覚悟し言い聞かせるとそれだけで気が楽になるような気がする。修験者が懺悔と六根清浄を唱えながら行を積む姿勢と越し方を重ねてみるのだが、お門違いか。悪い行いのバチというのか罰というのか、「一生死ぬまで」と自然に考えラサルのが、なにより年寄りになったせいである。こういう総括がすでに始まっている。老いの境地は自ら「学バサル」ことが多い。

■5/09 今年5番目、6番目の山菜



ついに山菜の王者ら、続々登場。スドキ(しどけ、あるいはモミジガサ)とコシアブラ。

スドキはゆでてから、夕方の会合にお土産として持参するつもりで二袋用意した。コシアブラは少量だったので明日の朝食用に炒めてコシアブラご飯に。

スドキはこれからが本番。次回採ったあとは毎食欠かさず食することになる。

ちなみに今年の採取順は、フキノトウ、コゴミ、アイヌネギ、ボウフウ、スドキ、コシアブラである。歳とともに気は衰えていくから、地面から生えてきた植物を食して養生するのだと学んだ。「土を喰らう」(水上勉)のである。

■5/08 微妙に難聴すすむ

補聴器の定期点検。高額な機器なので長く使うために数か月おきに専門店で診てもらっている。ただ身体のほうの聴力は衰える一方のような気がする。しかし、医療機関や専門店の機器による聴力測定では、難聴に悩む本人の微妙な聞こえなさがつかみ切れない。言葉のはしばしのわずかな発音が聞き取れないために言葉そのものが耳に入らず、結果的に会話が不能になって聞き返すか、聞き飛ばすことになる。認知能力はどんどん落ちていくのは当然で、意味のある会話から離れた位置にポツネンと年寄りは置かれることになる。どう対処すべきか。人に言えない、言ってもわかってもらえない、もうすぐ後期高齢者になるものの耳事情である。

■5/07 七色の新緑とGW



GW最後の休みの6日に道南に向かう。有珠山や羊蹄山、それと噴火湾から駒ヶ岳の眺められる展望台から、もっとも感性に触れた風景は何でもない新緑だった。七色である。ある時期、場所によって緑は七色になることを実感した。



泊った宿の3代目Kさんと久々に歓談する機会があった。木や林や造園のことに恐らく一生を費やしてこられた方は、今年米寿を迎えたという。林は植えたものがほとんどで手入れが見せ場である。館内は無駄なものがなく静かで熟睡できる。

清流のわきのプライベートの手作り露天風呂は虫が異常に多く、都市生活する凡人には向かない環境だったはずだ。が、勇払原野の虫と否応なくともにいた当方は、あきらめてじっくり入ることができた。しかも、ここだけは源泉が別で濃く、この温泉のほかの泉質と違っていた。おかげで久々に熟睡した。

■5/06 ぼちぼちと庭仕事へ

樽前山の雪形が随分小さく見える。先の冬が積雪が少なく、桜の開花からみてこの春が温かいせいだろう。となると庭の用意に気がせくものだけど、この頃は心理的にせかされる思いが少なくて済む。間に合わせでもなんとかなるし、誰との約束もないからである。昨日はレンギョウの下にビシビシになったギボウシを黒いコンテナに数株移植した。物置を整理して薪ストーブの備品(室内用の薪置きフレームや焚き付け入れなど)もしまった。立夏の日に夏モードへの移行である。

数日したら、外の窓の下にツーバイフォーで薪台を作って、ようやくハンギングやコンテナに花苗をしつらえる。これらを連休後から25日ころまでにめどを立てれば5月は準備完了である。ゆっくりと時を刻む術がやっとこの年で体得できたような気がする。あ、この間にもう一度レンタカーを借りて雑木林から丸太を運ぶ仕事が2往復だけ残っていた(-_-;)





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