晴林雨読願望
take /草苅 健のホームページ

 



勇払原野のコナラ主体の雑木林。ここは中下層をウシコロシの黄色が占めている

一燈照隅
雑木林だより

 新里山からの日常発信

地域活動15年の歩みとこれから

 勇払原野の風土を共有する

  

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●日々の迷想 2023 & 2024 & 2025
2021
first upload: Nov. 29 , 1998
last upload: May 06 ,2026



日々迷想

■5/06 ぼちぼちと庭仕事へ

樽前山の雪形が随分小さく見える。先の冬が積雪が少なく、桜の開花からみてこの春が温かいせいだろう。となると庭の用意に気がせくものだけど、この頃は心理的にせかされる思いが少なくて済む。間に合わせでもなんとかなるし、誰との約束もないからである。昨日はレンギョウの下にビシビシになったギボウシを黒いコンテナに数株移植した。物置を整理して薪ストーブの備品(室内用の薪置きフレームや焚き付け入れなど)もしまった。立夏の日に夏モードへの移行である。

数日したら、外の窓の下にツーバイフォーで薪台を作って、ようやくハンギングやコンテナに花苗をしつらえる。これらを連休後から25日ころまでにめどを立てれば5月は準備完了である。ゆっくりと時を刻む術がやっとこの年で体得できたような気がする。あ、この間にもう一度レンタカーを借りて雑木林から丸太を運ぶ仕事が2往復だけ残っていた(-_-;)

■5/05 歌に見る庶民の共感 49

今日は24節気の立夏だそうだ。たしかに本州は数日前から真夏日がちらほらだが、北海道の稚内やオホーツクは夕べから10cm前後の雪が降った。かなり極端な、日本らしい気象差だ。

今回は俳句のみに絞ってみた。並べるとさすがに季節や春の風物を詠んだものが多い。春は希望に燃える独特の雰囲気があり気分は高揚する。当方は今、薪仕事とともに季節を味わうのだが、日本人一般はもっと広く季節を、いや一日一日、一進一退の気象に引きずられるように森羅万象と付き合い、歌に凝縮して見せる。それが日本という民族の伝統文芸になって、庶民にも日々の和みの元になって届く。

鍋底に炒めし蕗の薹わづか  東京都・Oさん
…苫小牧の1か月前の光景だった。Oさんも春一番の山菜だったか。地方は大量にとることもできるが、この頃はわきまえて食べるだけにしている。この春は少量を冷凍して連休のさなかに帰省子にもふるまった。

給食室へ一礼の子ら卒業す   伊勢市・Fさん
…礼の風景はジンとくる。こういうことを家庭でも学校でも少しずつ躾として身に着けておきたいと言うのは昭和への郷愁か。70半ばの高齢者がしみじみ述懐するのだから大事なことなのだ。

一歩一歩地球と対話麦踏みぬ   津市・Nさん
…ふにゅふにゅと地球にめり込む長靴。繰り返しで気分は解放されていく。頭を空っぽにできるこんな生活の中の営みが消えてしまっては実はもったいない。手仕事は探すべし。

この薫りわたしなのよと辛夷咲く   八街(やちまた)市・Sさん
…コブシの開花はまさにこの句のように囁く。そして先週咲いたのにもう終わった。季節はめまぐるしく移ろうから、ひとつひとつじっくり目を開いていないと感じ取れない。日常に流されないでアンカーを落とすためにも季節を見る目は持ちたい。

げんげ野に坐せば心配さるる身か   神奈川県・Nさん
…「どうしたんですか?」と声をかけられたか。高齢者は、休むこととぼんやりすることが仕事だ、と聞いた。こうして老いを悟ることは楽しい発見。

気がつきて過去が変はりし桜かな   町田市・Eさん
…公案の気づきのような。ちょうど桜の花が引き金のようにそこにあった。一瞬の気づきで過去が変わって見え始めるということがある。サクラや椿の花など、ありうるありうる。

のれそれはさながら春の水の色   町田市・Eさん
…「のれそれ」はアナゴの幼魚だそうな。ポン酢などでいただくとは贅沢な食だ。春らしい。こちらはもっぱらイワシの稚魚くらいが関の山だが、実山椒との佃煮は晩酌の常備菜。

■5/04 今年のヒグマの動き



facebook を見ていたら、市街地の北縁にあたる勇払川の源流部でルアーフィッシングをしていると対岸にクマが出たという画像がアップされていた。それを赤字で地図に入れてみた。弁天沼の北で4月上旬に見つかってから新しい情報がなかったので意外だったが、この目撃は行政の「ひぐまっぷ」に反映されていない。目撃情報を点でつなげば、ヒグマにテレメーターを付けたような追跡情報になるのに残念だ。本州では丸々と太ったクマが市街地に出没しているようだ。シカもクマも野生生物管理の対象として最重要な位置にある。安易に共生などと言わずにしっかりとした対策を今こそ立てるべきだ。ところでこのヒグマは恐らく東へ進むが、勇払川河川敷を下って弁天海岸に行くか、市街地をたむろするか、あるいは線路沿いに遠浅側まで行き苫東にでるか。

■5/03 野生動物の行動



雑木林の丸太の回収がほぼ無事終わったので、盗難対策のトレイルカメラを撤去して昨年秋からの内容を確認した。一つずつ動画を見ていくと実に興味深い。野生動物とこの環境を共有していることが、入れ替わり立ち代わり、昼といい夜といい出没する人と動物の素顔が丸見えになっている。

特に頻度が多いのはキツネとエゾシカだが、特にシカは3月以降になって頻繁に小屋の窓のそばにあるカメラに映っていて、うっすらと雪の積もった中、ササを食べているように見える。それより先に食べられたのは、伐倒した奈良やシラカバの枝の先の新芽だった。食べ物がないからなんでも食べざるを得ない、という状況が肉薄する。このままでは更新する若木はすべて食べられるからミズナラやコナラの植生の存続すら危ぶまれる。

■5/02 水俣病公害と勇払原野

水俣病の公式な認定から昨日で70年が経ったという。合掌

企業の経済活動から住民が過酷な被害を受けるという水俣の惨事は、あれよあれよという間に日本の数か所で発覚され始めたという記憶が、「公害」という言葉の印象とともにある。この公害を未然に防ぐべく日本最北の北海道では環境汚染を防止すると同時に十分な緩衝緑地を作って産業空間を作ろうと、国と地方自治体と企業によるプロジェクトが始まり、わたしはそのちっぽけな駒としてサラリーマン生活がスタートした。公害から市民生活を守るという緩衝緑地づくりの一翼を担うべく、昭和51年に勇払原野と向き合うこととなったのだった。なんと今から半世紀前である。

山仲間や大学の寮の同僚らに熊本の人が数人いたことから数人の熊本県人を見てきたが、穏やかな独特の雰囲気の中に強固な意志を感じさせるという独特の風格があったという記憶がある。そんなこともあり熊本はある程度身近に感じてはいても何せ距離があって実像は結べなかった。それが急激に近くなったのが明治維新前後の近代史であり、決定的だったのは石牟礼道子氏の『苦界浄土 わが水俣病』と渡辺京二氏の著書だった。

不思議な縁だと思いつつ、数年前に水俣を訪れて博物館のような施設を二つ訪問した。自分がかかわる緑地の出自を確認したくなったからだった。悲劇に学ばなければならなかった、新しい環境づくりという構図が見えた。学びは活きているのか心もとないが、もろもろの試行錯誤とは事情はともあれ向き合わざるを得ない。そして今、その経緯と地味に静かに向き合っている、しかしゴミのように小さなプレーヤーとしての位置を知る。経済社会は轟音を立てて突き進んでいる。

■5/01 オーバードーズ(over dose)

若い人のオーバードーズが問題になっていると聞く。日常や将来への不安から薬物を過剰に摂取するという。わたしなどオジサンの飲み会や晩酌に似ていなくもないが、何か気分転換にはなるしアルコールなら飲みすぎても二日酔いや一過性の不調で済む。が、ODはそれで済まない。歳をとってから自分がある種の不適応のような癖があるのを知り、それを修正するため生きづらさ感があったと思ったが、これは人間だれしもが抱く世渡り上の摩擦感であろう。これを家族、友人知人などとの間で共感したり試行錯誤で昇華したりできるかどうかが分かれ目になるような気がする。

南米やアフリカの原住民などの村を訪れたある宗教家は、村人が夜になって焚火を囲み歌って踊って眠りにつくという行為に、人間本来のあるべき姿を見たと書いていた。そんなことはもう今の時代はできないのは自明だが、そもそも選択肢が多様過ぎることにも原因がある。できれば早い時期に自覚的に好む世界を分別し隙間を縫って独自世界を築き上げてしまえば、ある程度不安は薄められるのではないか。しかし、とかく、この世はむずかしい。

■4/30 コブシとサクラが満開の薪ヤードで



4/26 に家人と運び込んだ先シーズンの徐間伐丸太を、今日は帰省していた娘にも頼んで薪割りをしてもらった。普段はクリエイティブな仕事だからまるで別世界の筋肉仕事だが、しつけがよろしかったのかあまり嫌がらないで手伝ってくれる。それどころか段取りや作業の気配りもできるから実は頼もしい。

2台の薪割り機を使い、午前11時から午後4時まで、簡単な昼休みをはさんでびっしり作業して終了。根返りの重い丸太も多かったうえに、くせ者のシラカバばかりだったので、実はかなりへとへとになった。しかし、コブシとサクラが咲き競うような早春の日差しには、リゾートのような雰囲気も漂うから、いわゆる「労働」ではなく「レクリエーション」になったのではないかと勝手に想像した。


■4/29 アイヌネギとボーフー



家人らと季節の山菜採りに出かけた。まず、アイヌネギ。予想に反してまだ少し早かったが、シカに随分食べられていた。その足で、浜ボーフー。愛用のkadota のピッケルを使ってかがまずに根と茎の中間に一打を入れて採る。



アイヌネギは久々にまず30個の餃子、次に小瓶にひとつ贈り物用に醤油漬けにして、残りは甜麵醬(てんめんじゃん)で炒めた。ボーフーは酢味噌とポン酢のふた通り。今期の初回は蕗の薹のフキ味噌だったから、コゴミに続き実は3つ目4つ目の山菜となる。

■4/28 「ニュースな日々」とイラン戦争の行方

新聞は、お悔やみ欄と川柳とBS番組と若干のコラム、そして4コマ漫画を中心に見て、あとはタイトルを流し読みして30分で終わるようにいつのまにかなった。いつかどこかで聞いたパターンだ。朝は起きがけの夜明けの瞑想で始まり、7時のNHKラジオの気象概況とニュースを聞きながらヨガのストレッチで固まった体をほぐす。大事な朝の日課となって30年もたった。

これで一日のアタリをとってから、晴林雨読の読書体制に入り、晴れれば林か庭へ、雨なら迷わず読書に落ち着く。いずれの場合も夕方からはビール片手にSNSや you tube の時間となる。こちらで番組を飛び跳ねるように選びながら世間をつかむに値すると思われるジャーナリストや学者の意見に耳をそばだてる。意味不明の専門用語は躓かずできるだけ飛ばす。合間には月刊誌2冊を交互に読んで心の肥やしにし、政治ネタを深堀したりして、情報アンテナについたホコリなどをとる。人生初めての単純な構成の一日だ。

一方、もう仕事の段取りを考えたり気をもむようなことはなくなって、しかも、思考力も判断力も大幅に鈍ってきたおかげで、シンプルで穏やかに一日が仕上がっているように思う。日ごろから確実にボケているという自覚も増えた。だから自分の役目はもう終わっていると言い聞かすことにもなる。ただ、日本の行く末は気が抜けないから情報は入れていこうという気持ちだけは一応ある。

また、失敗と後悔を主として過去を思い出す機会は依然として多いので、行動を断罪し総括しながら日々を送ることになった。歳相応というべきか、人生に折り合いをつけるのである。ボケ、折り合いが穏やかな日々を確実にする。

こんな風にしている間に、トランプの「2週間の停戦延長」の意味と収束がほの見えてきたりする。しかしどうみても明らかな情報過多である。そしてそこにはかなりの嘘情報が混在している。信じるに値するものを見定めるのがこれほど大変な時代はかつてあったのだろうか。これを突き放してしまえばもっと穏やかな日々が約束されるだろうが、人生それではつまらない、と今度は天邪鬼が囁きかける。

■4/27 吉里吉里の山火事と勇払原野火災

岩手県大槌町の山火事が連日トップニュースだ。井上ひさし氏の小説でも有名になったその吉里吉里の杉林を見たことがある。手入れがされていない込んだ杉人工林の林床は、風呂やかまどで焚き付けによく使う杉の枯れ葉がじゅうたんのように敷き詰められていた。その焚き付けに火が付くのだから火は広がるのは当然である。杉林の林床など日本全国似たようなものだから、山火事の可能性はどこも秘めていることになる。

近年心配になるのが勇払原野の火災だ。かつてハスカップ摘みが盛んだったころ、原野の泥炭にタバコの火が移り毎年のように仕事を中断しての消火活動に従事したものだ。今、不幸にもハスカップ自生地のハスカップは衰退し踏み込む人もいなくなったおかげで原野火災はないが、原野のヨシや泥炭は、吉里吉里の杉枯れ葉と同様、燃え始めたら止まらない。燃やす人と燃えるモノがそろえばいつでも原野火災は起きる。

昨年、勇払川の岸辺で春先に焚火をしているグループを見かけた。山火事も天災になっていて、忘れたころに来るとは古来の金言である。自分が燃やす人にならないよう、どこかで啓蒙活動が行われていればよいが、後の祭り、のパターンだろうか。

■4/26 家人と「藪出し」始める



レンタカー・タウンエーストラックで小屋周りと薪ヤードを4往復。あと2,3台分が残っている。暖房用薪の自給自足はもう一人でやろうなんてやせ我慢はやめて、ヘルプモードを惜しまず出す。藪出しから薪積み、薪運びの工程は女性にも手伝ってもらえる。たまの山仕事は癒しになるはずなので、逆有償で助っ人を頼みたいくらいだが甘いだろうか。

■4/25 75歳以上に医療は不要

こんなキャッチをみて発信源を見ると、あの木村もりよ氏だった。以前から彼女の出演する you tube は時々見てきたが、このたびまとまったページを見て納得した。ほぼ1時間もので、彼女の来歴がわかり医療界の仕組みやコロナのからくりも赤裸々に描かれている。厚労省界の戦う人だった。人生、かくありたしと思わせるところあり。

そのなかで、夕方5時ころから大好きなビールを飲み始めること、を目下の大切な日課とし、人生最大の楽しみは好きな人と飲み食いして語ること、という点はまさに「わが意を得たり」である。わが意を得るという出会いは、人生の強力な支援にあたる。いろいろな人生を垣間見るという出会い、実に面白いものだ。




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