| 晴林雨読願望 take /草苅 健のホームページ ![]() ![]() 勇払原野のコナラ主体の雑木林。ここは中下層をウシコロシの黄色が占めている |
| 一燈照隅 雑木林だより 新里山からの日常発信 |
地域活動15年の歩みとこれから 勇払原野の風土を共有する |
| ●コンテンツ一覧 ●日々の迷想 2023 & 2024 & 2025 2021 |
first upload: Nov. 29 , 1998 last upload: Jun 26 ,2026 |
| 日々迷想 ■6/26 流れ星についての見解 先週の旅行では陸別の「銀河の森天文台」で、若いスタッフの方が随分と長い時間話し相手をしてくれ、色々な基礎的事項を教えてもらった。一般に公開する天文台としては日本で六番目に大きい115cmの反射型望遠鏡を有し、パソコンに星の名前をインプットすると天蓋と望遠鏡が動きレンズ中央に星が見える、という優れモノだった。平日昼過ぎで貸し切りだったせいもあって天文のイロハをここでお聞きすることができたのだが、もっとも嬉しかったのは、わたしが2026年正月から5月上旬まで4つの流れ星を見たその数が、決して少なくないことがわかったことだった。 そもそも、一晩中夜空を眺めていても見られるのは2つか3つらしく、わたしのように夕涼みのように(真冬はしかし命がけ)15分やそこら、晴れた日のみの観察でこの数なら、まず喜ぶべき幸運だと言えるのだった。流星群が巡って来れば年間で15個などという年もあった。流れ星の数がその年の幸運さを占うとするなら、当方は毎年幸運続きということになる。 ■6/25 食葉の現場発見 ![]() ついに現行犯を見つけた。マイマイガだろうか。地元民放のTVでも大発生と報道していた。勇払原野だけではなさそうでこれから本格化するのだろうか。幸いなことに、食べられた葉の跡にはもう小さな芽生えがいくつも出ていた。どういう仕組みで再発芽のスイッチがはいるのだろう。 ■6/24 裏山で山椒をいただく ![]() きのうは霧雨の中、家人と裏山で山椒の実を採った。裏山は地域では古くから山椒の丘と呼ばれていたらしく、小学生の夏休みの観察日記宿題用にアゲハ蝶の食べる葉っぱを採りに来たと地元の人に聞いた。しかし山はとてつもなく荒れていて暗く倒木だらけで、ゴミ捨て場になっている。とんでもない広葉樹林だが、どうも苫小牧市の土地だという噂もある。一時、森林ボランティアとしてこの林を整理したいと名乗りをあげようとも思ったことがあるが、市民の目というのは整理した樹木の帰属その他でコンセンサスが難しい例があり、思いとどめた。前さばきをしている間に時間がかかりすぎて、人生を終わる可能性があるのである。それは避けなければならない。そんな山だがとにかく山椒が大小生えている。しかし雌雄異株だからすべてに実が付くわけではない。 かような俗事はかまうものか、と山椒の香りがこちら側に伝わってくる。あのピリリという辛み苦味もいいし、木の芽も発する芳香も、まるで魔よけのようなきらめきがある。帰途、10分足らずの歩き時間は、霧雨が本降りに近くなった。採った実はゴミや葉っぱと二人で選別した(写真右)。半分は自家用、残り半分はいつも心待ちにする料理好きの娘に送るという。 ■6/23 歌に見る庶民の共感 51 結局人間は生まれた時も一人、死ぬ時もひとり、その手前の晩年とは人間結局一人であることを悟るように過ごす日々。それが誰もみな同じだと歌詠みの日常詠は伝える。歌詠みのいいところは、並行していつも連れ添いや世間への温かいまなざしも健在だということをさりげなく添えてくれること。所詮ひとりという真実は真実であり、とはいうものの連れ合いや家族、世間は温かい守るべきものという日常も歌う。日々は希望か、心がけか、めざすところか。 ◎健康法そんなものにはこだわらず生きて来ました貧乏だから 深谷市・Mさん …なるようにしかならないのが健康。律するのが難しい。そして続きにくい。世間では健康はビジネスになるからサプリもジムも器具もそろっている。手を出さなかった当方も貧乏グループ。 ◎「でぐちどこですか」と見上げ泣き出しぬ四月の駅の制服の児は 市川市・Iさん …目に映るようにかわいい姿は、みんなが通ってきた途。恐らく地下鉄か地下街だろう、目印になるものが地上の外界に比べ、極端に少ない。地下はまるで記号の世界だ。情報は情操も駆使して安心につながる。 ◎AIが人の能力越えたとてサクラを愛でる心は持たず 宇都宮市・Tさん …確かにAIに問うことが少しずつ増えてきた。情報を集めては都度コメントをしてくれる。だが、手仕事をして自らなるほどと納得してたどり着くどろくさい境地は、幸福感というものがある。 ◎掃くほどの庭にあらねど箒持ち浄めゆくのも老いのなぐさみ 宇都宮市・Mさん …「なぐさみ」は慰められる、の意か。掃く、という作業は修行や瞑想につながる入口だ。これもAIにはない気づきである。心の支度でもあろう。何の?老いの次のステップの。 ◎優先席すわる翁のリュックから青き長ネギ顔出している 横浜市・Mさん …光景描写としてすとんと入った。ひょっとして一駅か二駅だ、昔は徒歩でも自転車でも十分だった翁は今は歩く距離も少なくなった。一人暮らしだろうか、今晩は鍋物だろうか…。 ◎理科室のにおいを愛した少年は化学会社で定年むかえ 倉敷市・Nさん …好きこそものの上手なれ。小さな、かすかな動機に人生は左右される。詠み手は自らを労っている。小さな山坂はあったが、ほぼつつがなくここまで来たささやかな達成感に浸るのである。 ◎「ああそうか」「それからどうした」大事なり此の二言にて会話はずめり 城陽市・Aさん …詠み人もあるときこの真理を発見してなりがちだった自己中心的会話癖を脱した。それからは他人の声には耳を傾け、聞く、そして話は弾む。人生の冥利。 ◎それぞれの芽吹き囃して雑木山 加須市・Fさん …八作目は俳句。単純にして壮大な自然がうたわれた。色々な木々が芽吹く雑木林は、まさに多種多様の個性の大合唱だ。下のブログのようにその芽吹きが時に破壊されるというのも雑木山の特徴か。 ■6/22 オークの受難 今月初めに始まったミズナラ・コナラ(オーク)の食害の実態がようやく少しわかってきた。どうもコモンズのフィールドあたりが食害の中心地のようだ。翻ると、コモンズのフィールドがある苫東が農業にもあまり向いていない風衝地であったことを裏付けるような結果になった。米国のレポートに、「オークは年4回芽吹くことができる」とあったのは一安心で、この芽吹きのパワーこそ、ナラの萌芽力そのものであり、勇払原野のこの一帯こそ、この萌芽力を利用した皆伐→萌芽→伐採→萌芽という、メンテナンスフリーの低林施業を推し進めてきた歴史とつながる。 ■6/21 庭の花、始める 養生のベランダからいつ表に出すか気がかりだったハンギングバスケットなどを、ようやく庭の前、つまり通路側に出した。デビューであり、ちょっとした一大転機だ。5月の20日頃に花屋さんで一鉢100円程度で調達した小さな100鉢程を、3つのハンギングバスケットといくつかのコンテナに植え付けて約ひと月養生したものだ。温かい日があったにもかかわらず意外と咲き誇らなかったが、苗は充実した顔を見せたので、さあ、これからである。 ご近所でも家庭の奥様たちがつつましく、かつ手入れよく花飾りをされていて、なかには広い庭一面に植え付け、まるで「ミニ紫竹ガーデン」のように実験的な取り組みを楽しんでおられる方もいる。当方はわずかなコンテナたちだが、玄関先でつつましく、ではなく歩道すれすれに置いている。これはヨーロッパの花飾りを見て歩いて身に着けた開き直りだ。花飾りはコミュニティへのメッセージでもあるのである。5月下旬に始まり、6月下旬にデビュー、10月中旬まで約4か月、花のケアが始まった。 ■6/20 『イギリス‐くにとひと』(ピーター・ミルワード著)を読む イギリス人が書いたイギリスあれこれ。上智大学の先生だった筆者が英語で書いて日本人が訳したものだ。そういえば、we , Japanese とよくわたしたちは言うそうだが、その「わたしたちイギリス人は…」に近いものとも言えるが、一味ふた味違うかも。 例えばイギリス人は古いものを愛好する、というよく言われるフレーズの記述でも「時代遅れが似合うと思う」というコメントが付くとなるほどと頷けるところがある。自信だろうか、愛着だろうか。朝食へのこだわりなど、さすがのレベル感がある。 英国は庭師の国であり、田園に特別な視線を送る国であることを、日本人の友人に伝えるような書きぶりにできていて、ついつい彼我を比較しながら愉しみながら例によって少しずつ読み進むことになった。自分が見て出来上がっていた英国観をほぼ肯定してくれる愉快さもあった。コモンズ研究時に一泊した、ウインブルドンのコモンズのそばで育ったというエピソードを読んだ際にはいささか驚いて、急に親近感がわいた。 ■6/19 森林と田園の景観に浸る旅 ![]() 6/15からここ数年恒例になっている道東方面の森ツアーに出かけた。濃い緑のシャワーを浴び続ける4日間だったが、そこにフライ・フィッシングと、陸別の銀河の森天文台、関寛斎翁碑と資料館、穂別の恐竜博物館を加え盛沢山だった。4日間の走行距離は845km。 ■6/14 年寄り時間 この頃というのか、実は数年前からだが若いころと時間の感覚が大きく変わったのを自覚する。たとえば、ボーっとしていても平気なのである。最近は山仕事をしていて、きついことをあまりせず、小刻みに作業を替えるようになった。外部から強制されるノルマというものをもう認めないし、体力のためにも安全のためにも、マイペースを守るようになった。そしてそれを是とし、容認していること。ゆったりと時間を使うことに満足しているのである。こうすると年寄り時間は素晴らしい。 ■6/13 スズメの巣作りとのやりとり 2か月ほど前に台所の換気扇を丸ごと替えたせいだろうか。外の排出部も替わったその隙間に、スズメが巣作りを始めたのは先週。その外部取り付け孔をガムテープでふさいで応急処置をして一旦は収まった、はずだった。が、昨日から新手のつがいだろうか、小さなちいさな隙間からまた出入りが始まったと家人がいう。 排気口のアルミのドラムに出入りするから台所にカシャカシャというスズメの足音が筒抜けで、否が応でも対応が迫られるのである。麻袋のようなメッシュを切ってふさいだので侵入はもう無理になったが、今度はスズメたちがパニックのように騒ぐ。近所には、というのか世間の今日の住宅には、スズメたちにとって巣作りする隙間がないのだ。 一方で、庭のレンギョウは枝のジャングルジムのようになっていて、スズメたちの格好の隠れ家だし、出窓の前のオンコはどうやら寝床のようだ。物置の前には瓶を天水鉢として満々に水をたたえて水飲み場するなど、主の対応もスズメよりなのかアンチなのか、全く方針が見定められないような迷走状態であるのが問題だ。簡単な図式は主がスズメの味方、家人が排出派だ。こっそり餌付けなどしようものなら主が叱責される。 これもひとえに、スズメや野鳥と付き合いたいという、主の根っこに巣くう願望によっているから悩ましい。なにせわたしは庭で野鳥を手乗せしたいという希望を何十年も捨てきれない。実にあきらめが悪い。研究林で手乗せができなくなって久しい。密かな文化崩壊だと思う。ここにもポリコレ、コンプライアンス、同調圧力が潜んでいないか。 ■6/12 里山コミュニティのレポートを読む 一昨日6/10の水曜日に雑木林センターに来られたYさんとKさんのSUMIWAKE協議会の資料と、Yさんの「牛が拓く当別里山環境再生の野生動物との棲み分け緩衝帯づくり」というレポートを読んだ。特に後者は、里山コミュニティの可能性を追い実践してきた、理想と実行力あふれる力作であり、その中ではここ苫東環境コモンズの取り組みについて過分な評価をしつつ紹介されていた。当別のこれは民間と公共、研究者等が参画する壮大なネットワークがまさに壮観で、たちはだかる壁との対峙もダイナミックである。こういう意のある取り組みは世間を明るくすると思われる。 ■6/11 昨年からの丸太、最後の藪だし ![]() レンタカーの空きがなくて昨シーズン切った丸太の運び出し(通称、藪だし)がとうとう初夏、6月にずれ込んだ。嫌がる家人を丸め込んでタウンエーストラックで薪ヤードと静川を3往復。写真はそのフィニッシュの回で、サクラを主にニセアカシアを若干積んだ。その前の2回はナラ、そして3回の藪だしとも、2,3年前から気になっていた根がえりで木ある。 林道から見える傾斜木、掛かり木、根返りはどうしても片づけたいというやむに止まれぬ作業だった。たったそれだけでシーズン需要の半部以上が賄えるのだが、その手間は意外とかかる。安全に、レンタカーを傷つけずに藪だしするのは、写真は涼しく無難に見えるが、ここは実は道もない林の中。何回か車の安全なルートを捜し歩き目途をたて昨日は少しササを刈った。灌木にぶつかってもミラーが壊れるし傷もつく。やはり車の藪だしには、細かい気配りをしてくれるアシスタントがどうしても欲しい。 しかしわたしは今年もうすぐ後期高齢者、家人もそこそこになって、毎年藪だしと薪割りを手伝ってもらうわけにはいかなくなった。この秋からはトラックによる藪だしは極力しない方法を検討しなくては。そして薪づくりは家族や家人を、もうできるだけ巻き込まない形を考案しなくてはいけない。裏返せば、家族や家人が薪を本気でライフラインと快適性でどこまで評価するかにかかっているような気がする。薪ストーブ生活は趣味のようでもあるが、もうれっきとした必需品だから、お金がかかってももっとも楽な方法を見つける時が来ている。 ■6/10 林業行政と保安林 雑木林のフットパスで刈払いをしているところへ、札幌と当別からお客さんが見えて、テラスで対話した。あるプロジェクトに関して森林の多角的な利活用を図る仕組みづくりに関する興味深い話になった。当然、コモンズのアーカイブや障害となる林業行政、保安林など内容は多岐にわたり、正味3時間は後半寒さに震えながらだった。その疲れか、夕食後8時に就寝し久々に9時間も眠った。幸い天候はよく、気持ちの良い雑木林の風景は堪能してもらえたようだった。 ■6/09 Japan Depression 欧米人が日本を訪問した際の旅記録、食事レポートのようなものをネットでよく見る。このごろそこで目にする言葉が表題である。この手のものは、基本は彼らがリップサービスのように褒めることになるのはよくあることとわきまえているものの、出てくる人達がもともと日本に高い関心を持ち、しばしば何年も憧れ日本に来ることを心待ちにしていた人々だったりする。なかにはアジア各国を数か国巡った後、最後のゴールとして日本に来ることもよくあるようだ。そしてしばしば別格だったと述べたりする。 ほとんどが予想以上だったと驚いて見せる。その極致が Japan Depression 、つまり、その日本を離れることで憂鬱になってしまう、というもの。流行りの言葉使いで言えば、ジャパン・ロスであろうか。そこで語られるのは、人のやさしさ、風景と街並みの美しさ、清潔さ、食べ物のおいしさ、快適なトイレ、さらに夜でも女性が一人で歩いて行ける安心など。わたしたちが当たり前と思っていることが彼らの国では実はそうではない、というのである。 世界はいつの間にか、自由に行き来する(できる)状態になって福祉のより行き届いた国へ、まるでタダ乗りするようなことが平然と行われるなかで、グローバリゼーションの先進国では日本が「浮いて」しまっているのである。その裏返しが、表題だと理解した。生まれた国をなんとか自分たちで住みやすい国に仕立て上げていくという希望と営みを、それぞれの国の国民が共有する、その基本をゆるがせにはできない。 |