週末も平日も木こりになりたい 晴林雨読願望・take /草苅 健のホームページ

 


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苫東の雑木林
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TERRACE mori-cafe & cottage

mountain vegetable SUDOKI &coppice

  spiritual oak in Akan  
 
produced firewood  satoyama walking
 
this is HASKAP   our working lodge
 
Finnish forest   Mt.taisetsu in early spring
 
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新刊『ハスカップとわたし
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【日々の迷想】

11/17 朽ちる世界と待機する生命

細々した仕事の合間に、メンバーは誰彼ともなく林に入っていく。葉っぱも枝も切り株も、多くが朽ちていく林は、実に楽しみが多い。その循環の中にいることが心地よい。ムキタケの腐ってしまったものや、エノキタケの小さな出たてのものなどのほか、落ち葉の下にはドングリがもう芽(根)を出して春を待っている。立ち止まる楽しみが満載である。このような里山の愉しみに気づけない、気づかない現代人は、風土の貴重な恵みをみすみす捨てていることになるだろう。わたしはそう思うのだが、この多様な時代、余計なお世話だと言われるだろう。しかし、そろそろ、この余計なお世話の方に、人を引き寄せたい気もする。高齢化し、心身の病理と付き合わざるを得ない成熟社会を、自律的に健やかに生きていくためにも。

11/15 発信する動機とチャンス、そしてと幸運

去る11月9日のエゾシカと雑木林のフォーラムは、こじんまりした地味な催しとは言え、これからの胆振の雑木林の将来を予測する、貴重なものでした。地元の3紙が取材してくれ、14日の昨夕、苫小牧民報に記事が掲載されました。自分のことなら各紙にお声掛けなどしませんが、何しろ今日本の野生生物管理の中心にいる梶さんです、ここはひとつ紹介せねば、とお願いしました。先日は、開発こうほう(毎月5,000部発行)の11月号に拙文「地方に住む意味と動機」が掲載されました(写真)。6月まではどちらかといえば原稿を頼む側でしたが、退職間際にE編集長から依頼されたものです。依頼された字数が短めでちょうど良く、お蔭で風土に関する試論を凝縮させることができました。この方面の書く素材は無尽蔵ですが読むに値するものを、となると正直なところ自信もないのですが、ここは開き直って頑張るしかありません。

11/13 明鏡止水の世界へ

日高へ向かう高規格道路の上から、およそ100km近く離れたポロシリ岳、夕張岳、そして芦別岳のまぶしく雪を頂く姿が見えました。冬はもうそこだとこの風景が物語ります。ひとり山仕事に出かけた昨日、雑木林はもう落ち葉の絨毯に敷き詰められ、その静謐な風景に圧倒されました。こまごました仕事を一段落した昼下がり、ヘッドギアを脱ぐとそれまであまり気にならなかった風の音が一段と増しており、ゴーゴーと鳴っています。そんな中を残り少なくなった葉っぱがさびしく舞い散るのを見て、ああ、木枯らしだ、と今さらながら気づきました。このように無心になっている山仕事は刈り払いなどと並んで行動的冥想とわたしはみなしていますが、先日、冥想の同志の方とやり取りをしているうち、冥想中のアイデア湧出を逆利用して仕事をしてしまう癖はやめよう、と気づいて自らを戒め、初心に帰って修行を小さく再スタートしました。意識して雑念を排し到達する明鏡止水の時間をくぐると、ひとは今までの「業」をリセットし、再生することができます。ネガティブな思いから離れ積極心に身を包まれていく身軽さは格別なものです。こころの免疫力のようなものともいえましょう。マインドフルネス、ワンネス、座禅、冥想。どんなアプローチにせよ、無心の時間は訓練してでも持ちたいもので、そこにある祈りに似た世界は、雑木林がもつ底力と通底しているのではないか。神道でも仏教でもいい、キリストの世界とも切り離せられないような神聖さが漂います。これはひとに等しく埋め込まれた性(さが)ではないでしょうか。

■11/11 祝賀御列の儀で思い出したこと
先日の即位の礼に続き、昨日もTVの前で画像を見つめました。どうも雅子皇后の目がウルウルしているように見えたのが最も印象に残ります。前日もそうだったと家内は言います。新皇后さまのウルウルが象徴するものは何かと考えてみるに、国民と天皇皇后両陛下とがかくも一体となってつながっているという現実、即位されて初めて知った日本ならではの不思議な実感ではないでしょうか。ウルウルは皇后さまだけでなく、国民の側も日常は覚えたことのない特別な感動を味わったといえるからです。
今から60年ほど前、郷里の山形の小学校そばの国道で、寒河江で行われた植樹会だったかに昭和天皇が行幸された際、旗を振った思い出が浮かんできましたが、当時は頭を下げてお迎えすべし、みたいな話だったようなこともあり、ご尊顔の思い出がありません。そして天皇が国民の象徴であることの意味もしりませんでした。古事記や日本書紀や万葉集などから近現代史までをいささか齧るようになった今、半世紀以上前とはまるで違った日本という国の認識が個人的にはあります。この国に生まれて本当に良かった、ありがたいことです。一方、北海道は皇室や国の中枢、あるいは日本の太い歴史そのものから物理的にも心理的にも遠く、靖国神社や皇室行事にこんなに人が集ってくる世情というものを感じない風土です。いいことも多少ありますが、ちょっと残念なことでもあります。
季節は11月8日に立冬。令和元年そして明年と、いい年になりそうです。


11/9 雑木林保育とシカの食害に関する勉強会

先週のチェンソーのスキルアップ研修に続き、今週は雑木林の保育とシカの食害について勉強しました。道内外、国内外の野生動物管理の第一人者の梶光一・東京農工大名誉教授が講師。詳細はこちら

11/8 サライの万葉集特集

自由な時間を持てるようになって、待望だった古典と歴史の勉強は順調に進んでいますが、至福を味わいすぎるのか、なかなか前には進まないのが悩み。とはいってもとっつきにくかった日本書紀のある本などは読了後、すぐもう一度読み直しを開始。「習い読むといえども復せざれば、ただ隣の財(たから)を計(かぞ)うるが如し」の教えの通りです。一方、月刊誌サライの8月号が大特集「万葉集を旅する」を組んでくれたので、まさに宝を読むように、写真と字を丁寧にたどりました。サライが素晴らしいのは文章のこなれや正確さと並んでビジュアルな説明でしょう。臨場感もこれでいや増すのですが、さすが大人の雑誌、高級な宿泊施設や料理まで紹介します。今回の特集でありがたかったのは写真右の「大和」のマップ。飛鳥京と藤原京、そして平城京がどんな位置関係なのか、距離感が少しわかってきます。もちろん、歌もふんだんで、万葉集の世界がぐんと近くなりました。中西進氏の「万葉の秀歌」はまだ半分の巻九で足踏み中。



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