晴林雨読願望
take /草苅 健のホームページ

 

勇払原野のコナラ主体の雑木林。ここは中層をウシコロシの黄色が占めている
一燈照隅
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●日々の迷想 2021& 2022 & 2023 & 2024

2021
first upload: Nov. 29 , 1998
last upload: Jun 13
, 2024

日々の迷想

■6/13 予期しないチップ(ヒメマス)にありつく



昨夕、お隣さんから生のチップを2本いただいた。チップそのものが久々であるが、生は何十年ぶりだろう。。この輝きはヒメマス特有のものだ。チップは虫がいないので早速3枚に卸して刺身にした。切り身はタマリに着けるとパッと脂が散る。かつてオホーツクの方からいただいたクチグロ(サクラマスの幼魚)ともそっくりな脂ののり。風土の山海の美味を今年もほぼ例年通り賞味できる幸せ。これも食への関心と風土へのこだわりがあったればこそ、と思う。折も折、郷里の92歳の兄からサクランボの小箱が届いた。電話をすると、消毒もしないので実が小さいぞ、と笑っていた。脚立や梯子から落ちたら骨折必至の高齢なのに、とこちらはひやひやしながらお礼を言う。よせられる恵みと、近親縁者には感謝するのみ。合掌

■6/9 ココナツの香りのナラ薪と薪のモノリス



夜の就寝前に玄関やベランダの椅子で居眠りするのが永年の日課になって、おかげで体を冷やして鼻のぐずぐずが止まらない時が多い。冬も同じなので、もしかすると庭で凍死、なんてこともあり得ると、家人は笑い飛ばす。ここ数日、椅子の脇の薪がココナツのような香りがすることに気が付いた。ナラは玉切りや薪割りをしていても、生木状態では例えようがない実にいい大人の香りがするのだが、乾燥させて1か月余りのこの頃はココナツの香りだ。ほとんどがナラだからそう考えたが、もしそうならちょっと文献でも見てみたい。

今年の庭では、薪と花飾りの相性がいいことを思いついて、余った割り薪を駐車場の前に出した。「2001年宇宙の旅」に出たという「モノリス」なるものを思い出したが、むろん、そんなシンボルではなく、単純に刈りこまれた芝が美しいのと同様に割られてきちんと積まれた薪は素敵だというだけであり、このまわりにコンテナをあしらう予定。

■6/7 北大のキャンパス



週初め、札幌で会議があった帰り次の用務に北大のキャンパスを通過した。樹木と芝は目の保養になる。当たり前のように思われる緑の環境だが、実は東大にも京大にもこんなゆとり環境はないようだ。空間はどんどん建物が建っていくのである。右側のゆるいスロープは、昭和45年に入学した年、早くスキーがしたくてわずかな積雪に喜び勇んで滑った場所。高低差4,5mでスロープは20m、電卓で何年前かはじいたら54と出た。ああ、万感込めて合掌。

■6/5 丹田常充実

先日の雑誌「致知」で表題の言葉にスポットがあてられていた。いつも丹田に氣が込められているというのはわたしにとっても理想だが、いつもくじけて終わる。しかし、その意味は分かっているつもり。丹田に力を込めると肩や肩甲骨の内側の筋肉が緩んできて体がほどけてくる。早朝の冥想時、雑念を払い無心に向かって30分、うまくいけば疲れが飛んでいく。無念無想はたとえ正味の時間が短くてもきわめてすっきりする。そして何も考えないことが実は大変難しいことをいつも痛感する。この際に大事なことは腰骨を立てることと呼吸だ。これも理想とは違い往々にしてふにゃふにゃになってしまうが、娘がプレゼントしてくれた今評判のコルセットをしたところ、腰がしゃんと立った。これからしばらくはこれを使ってみることにしよう。

■6/3 薪の次は庭のハンギングバスケット

これが北国の春だろうか。暖房から次第と遠くなって(と言っても早朝の1時間ほどは灯油ストーブを使っているが)、せかされるようにしてすぐさま、この夏小さな庭を彩る花飾りの用意を強いられる。ハンギングとコンテナのために、昨秋にストックしておいたピートモス主体の培土を若干ふるいにかけて整えてから元肥の油かすと骨粉、園芸用の化学肥料、そして秘伝のコンポストを少々混ぜて用意万端済ませてから、100円もしない最もポピュラーな花苗を150近く植え込む。わたしの花のガーデニングは、新種やデザインなどでは特に見栄えのしない、なんでもないありきたりのベゴニアやインパチエンスなどの花を霜が降りるまでモリモリに維持してみせるというトライ。安くてボリュームはある。グリーンサムクラブという、花のまちづくりのNPOをしていたころの名残りとも言える。。

正味3時間近くの簡単な作業にも拘らず、なんとなく精神的なプレッシャーを毎年感じる。腰を上げるまでが面倒なだけなのだが、重荷に思うのだ。それが今年はすこし要領がわかって来た。要は時間を楽しむという気持ちの切り替えだったのだが、こんな単純なことがまだ身についていない。この花飾りは実は先月末に終えて、昨日はもう一つの春の大事な作業である「オンコの刈込とレンギョウの剪定」をした。次から次へと押し寄せた春の作業もこれでようやく終わる。これらをもっとゆったりした気持ちでこなせないものだろうか?

■6/1 林にできた風倒木の穴(ギャップ)に木を植える




数年前に用意していたナラの苗を、ハルニレの風倒木の後などに植えた。エゾシカとウサギの食害に耐えるのか無理なのか、そこも見極めることになる。わたしの予想は9割がた食害にあって失敗するのではないかと思う。写真は根がえりハルニレの切り株をポータブルウインチで立て直したもの。上空はポッカリ空が開き、森林科学のせかいではギャップと呼んでいる。センスがあればオブジェを彫りたい存在感溢れるハルニレの切り株だ。直径は60~70cm。→ 
6/5 観察の結果、活着が悪い。大苗とその後の雨不足も祟ったか。

5/29 古い山の先輩らと林を歩くと



スドキはもう50cm以上になっていた。春の山菜はそろそろ終期だ。今年も胃に負担がかかるほど食べた。ワラビをもたせるため辛くして食べていたら血圧まで上がってしまった。なんと。

5/27 哲学の道



先週、混雑する銀閣寺の帰りに、琵琶湖疎水の橋から始まる「哲学の道」を歩いた。帰りに拾った高齢の個人タクシー運転手さんにとっては、近くに住んでいるというだけあって桜並木として親しみがあるという。写真は通行人がいないのを見計らって撮ったが、やはり人気のフットパスだから人通りは半端でなく、とても哲学どころではない。京都大学、西田幾多郎、すぐそばに銀閣寺となれば、エゾ地からみると羨ましい伝統と歴史文化とはいえ、この人込みはいかがなものかと、京都市民にちょっと同情したくなる。

5/25 青もみじ



週の初めから大阪、京都方面を歩いた。今回の大きな目的地はまず仁徳天皇の古墳として有名な世界遺産「百舌鳥・古市古墳群」。最終日の昨日は北野天満宮で、そこではたまたま「青もみじ」なる緑の有料フットパスを巡った。秋のもみじの名所を、春もこの名称で大人一人500円を申し受ける。視界に入る樹木のほとんどが、紅葉するカエデということになるが、青もみじと謳って、通年営業するとはさすが。気温は30℃ちょっと、帰った苫小牧は10℃。低温の新緑こそよけれ。

■5/18 小屋とフットパスの緑



百花繚乱ならぬ万緑大繁盛。このために樹木の一年があるように。

ささみちフットパスで輝いていたサワシバ。逆光でもっとも美しい葉のひとつ。

■5/17 コシアブラの雑木林がなくなっていた

雨上がりにコシアブラ採りに裏山に出た。驚いたことに一帯は皆伐され土が盛られていた。しかも、少し残された林のコシアブラはのこぎりで切られて採られていた。なんということだ。写真はその上流部の湧き水の一帯。

■5/14 日本という国柄(くにがら)


日本という国がどう生れたのか、どんな歴史を越えてきて、おりおりの背景はどうだったのか・・・。いわゆる国柄に対する興味は尽きない。幸い、書籍の世界では尋ねるべき世界は無限。

そんななか、作家・司馬遼太郎氏と宗教学者・山折哲雄氏の、国柄に関する対談集を読んでいると、立ち止まることが多くて読み進めない。並行して司馬氏の『街道をゆく』の関連書を紐解いていると、通り一遍ではうかがい知れなかった司馬氏の思い入れがエピソードとして解説され伝わってくる。

薪割りと、庭の造作を整える作業の合間に、コツコツとページをめくる。

5/11 フットパス脇の根返りを修復




放置されていた大島山林の除間伐は順調に推移している。そんななか、勇払原野の泣き所でもある大木から順に倒れてしまうという現実に向かい合っている。フットパス沿いのハルニレ大木の根返りは、美観と安全上から2年前から戻しておきたかった案件。このたびウインチを借りたので、さっそく取り掛かって大きな二つを片づけた。午前はこのほか、切り株20以上に500のシイタケの駒を植えた。

5/09 まだあった山仕事は新緑のなか



2024/11 からの薪の用意はほぼ終わったが、来年2025年冬用の薪仕事はまだ残っている。ひと玉20kg以上もある丸太を、フットパスの中に入り込んでタウンエーストラックに積み込んだ。ゆっくりと休み休みやる、これがシニア流の山仕事だ。なかなか年齢にあったスローなリズムが身についていないから、こんなはずはないという呟きのような内なる声がする。

■5/07 ついに実現、「晴林雨読」の生活


雑木林や薪のある暮らしがここまで日常のものとなると、さすがに夢の「晴林雨読生活」と謳歌してもいいような気がする。

体を動かす仕事の連続を苦役と思うか至福と感じるかは、人の感性次第で評価は分かれるけれども、長い間待ち望んだ理想的な生活に突入している、とわたしは実感している。雨が降らなければウラヤマニストとして裏山風里山の雑木林で山仕事をし、その合間の日は本を読み、その刺激を背負って時々は旅に出て各地の人と歴史に触れてくる、その繰り返しによって、日本が世界でも稀有な国だったことを、じわじわと認識を新たにできるのは人生冥利に尽きる。70歳を過ぎてこんな日々を送れるとは、実は若いころには想像すらできなかった。有難い。 合掌

5/03 ついに来年秋分の薪も積み終える



薪仕事の4日目、帰省中の娘の応援も得て、一家3人、2棚の薪を積み終えた。体には自信があったわたしも、実はくたくたに疲れている。しかし、まだ小型トラック1,2往復分の自宅用薪が運搬を残っている。大変な手作業だ、と毎年言いながら半分は家族みんなを巻き込む恒例行事になっているようだ。

■5/02 今日も明日も薪片付け

風邪を押して薪の片付けが続く。今日は家人も自宅薪小屋に薪を収める仕事を終日した。「もう、ちょっと辛い」という。わたしの方は疲れが取れない。しかし、明日も薪ヤードの丸太を割って積んでしまいたい。娘が帰省したので、そば哲のそばをご馳走することにして手伝ってもらう予定。今日は7時過ぎに就寝。

■4/29 自宅に薪を運ぶ



北海道とシンガポールとの気温差は20℃以上と相当なものだが、彼の地の戸外とバスや室内の温度差も作用したのだろう、帰国翌日37.5℃という自分としては高熱が出て一進一退、27日の山仕事は休んだ。28日はそろそろ始まる自宅薪小屋への薪運びのために時々ソファで横になりながら物置を片づけた。山積した不作為の整理だから仕方がないがこれに正味3時間もかかったら、また熱が出てきた。

そして29日予約していたタウンエーストラックをレンタルして、ヤードに置いてある2棚5.4立方の薪運びをはじめ3往復、走行距離は150kmだった。一年分を運びきるにはあと1往復が必要だ。車を使いこそしたが、実にのんびりした手づくりの縄文人的生活に戻った。物事の因果がわかりにくくなった現代、暖房という温もりが、あるいは山菜という野菜がどのように生れどう加工され、日常の手元に来たったかがわかるアナログ生活は、それこそ手応えたっぷりの待望の時間である。経済的に豊かになることはないが、こころが満たされるような別の豊かさが感じられる。安心に近いかもしれないと思いついて字を見ると「心を安んじる」と書くことに気づいた。現代はここを捨て去ろうとしている一方、日本人の何割かは密かにここにノスタルジーを感じているとわたしはみる。

■4/26 シンガポールにて

今週初め 4/21 からシンガポールとマレーシアを旅行した。アジアで最も経済的に豊かとされるシンガポールとはいったいどんな国なのか、以前から興味があって機会を探っている間にコロナ蔓延となり、幸運なことに今回はシンガポールからマレーシアに移動する小さなツアーだった。陸を移動したかったのだ。マレーシアは2度目になるせいもあり、強烈な印象は小さな都市国家シンガポールであった。明るい北朝鮮と称される意味は、多少わかって来た。そしてシンガポール的豊かさというものが実はグローバリゼーションの果実だということを知った。豊かさとは何か、考え感じる旅だった。








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