週末も平日も木こりになりたい 晴林雨読願望・take /草苅 健のホームページ

 


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 日々の迷想

■11/28 変えられる里の山

遠浅団地のすぐそばの放置林で、ツル切りと除間伐に着手して3日目。毎回10人近くが4,5時間手間をかけただけで。林は見違えって来た。どんなことをしているのかは、こちらの雑木林だよりを見てほしい。今日は昼食後、NPO苫東コモンズの11回目の通常総会。一昨日、収支決算書の誤りを見つけ慌てて修正し、昨日、午前中にプリントを終えたばかり。三密を避けて防寒着を着込み40分で終了。

■11/27 鳥たちの来訪
餌台には2日目にスズメたちがやってきて、無念無想で見ている自分に気づ来ます。そういえば、幼少から小鳥の観察が好きだったことを思い出しました。今日4日目は、早くも待望のヤマガラが来訪。

■11/26時速10kmの林道散策
育林コンペの現場から、境界道路を南下して帰途につく。道路は大型トラックでも通ったのか、うんで痛んでおり、車体に泥を着けないようゆっくり進む。スピードメーターを見ると9~12km/hである。こうすれば辛うじてドロの汚れは軽減でき、プリウスのエンジン音はほとんど聞こえない状態。周りの林を見比べながら運転もできる。このところ、歩くのが億劫になるほど腰が悪いので、ちょうどいい。運動にはならないが雑木林散策の気分はちょっとある。いよいよ、高齢者の域だ。

■11/25 野鳥のエサ台

今年のエサ台は、昨年のペットボトル方式(右)をやめ、屋根付きにしました。家の周りに捨ててあった端材をのこぎりで切って電動のドライバーでつなぎ、焼きを入れて1時間。得意の間に合わせのやっつけ仕事。家人は「早くていい出来」とほめるので「これも数少ない実力のうち」と自嘲気味に返事。野鳥保護連盟だったかの野鳥用の餌を入れた。ミレット、マイロ、小さなヒマワリなど米国産の飼料のようだ。この中に、スズメたちが食べたがらない種が一つだけある。庭の野鳥観察、始まる。

■11/24 癒しの森、森林浴ブームは復活するのか
東大癒しの森研究所の斎藤暖生さんからも献本をいただきました。苫東コモンズにも数回おいでになり、2015年9月の第5回コモンズフォーラムでも格調高いコモンズ論を展開してもらったことがあります。拙著『林とこころ』も引用・参考文献として記載されています。そして先日は、長崎の畏友「まつを」さんから、森林浴が日本発祥というのは本当か、と掲示板を通じて問い合わせが来て、そのやり取りが彼のホームページの11/20のトップで紹介されたりしました。
森や林が人間のこころと体にそこはかとない恩恵を施していることは、大なり小なりみなさんが感じていること。それを、ことあらためて追いかける(たとえばビジネスねらいで)と、往々にして森と林は逃げていきます。無償の空気のようなものだから、これで儲けてやろうとか、天下り先をつくってやろうとか、魂胆をもって利用しようとすると、あまりいい結果を生まない、ということを、長年、林と付き合ってきて感じます。さりげなく、当たり前の日々の働きとして、癒される森と林を創っていく、そうありたいと思います。


■11/23 ローカルコモンズの位置づけと大系
苫東コモンズを研究者としてサポートしてこられた小磯修二先生が、このたび岩波書店から新書版『地方の論理』を出しました。第3章「共生の思想-独占と排除を超えて-」の50ページ余りのなかで、苫東コモンズの地域事例の要点を7ページにわたってまとめて紹介しています。章の前半で論述されている現代におけるコモンズの概論から、後半の北欧を含む国内外の事例まで読み進むと、苫東コモンズ誕生の必然と同時に、このローカルコモンズの位置が大系のなかに浮かび上がってきます。地方から発想する意味も繰り返し述べられて、コロナ禍に沈む日本と地方を再考する契機が得られるような気がします。


■11/22 今日は「小雪」
雑誌「致知」からの24節気メッセージに哲学者・森信三氏の言葉があった。「夫婦の仲というものは、良きにつけ悪しきにつけ、お互いに「業」を果たすために結ばれたと言えよう。そしてこの点に心の腰が定まるまでは、夫婦間の動揺は止まらぬと見てよい」。なるほどと思う一言である。腰が定まるというのは、希望であり諦念であり、白秋期特有の証でもある。
雪が降る前の、北国の晩秋のひと時、山仕事は格別である。物悲しそうで、静かだが、心が濡れるような癒しがある。


■11/20 神経痛と温泉の効果
毎日、温泉に2度、3度入る生活をしましたら、年寄がなぜ温泉で湯治をしたかったがやっと分かってきました。神経痛に悩む男の人体実験です。いい温泉は本当によく効く。朝まであったまっていられる。これはどんな薬にも優ると本気で感動しました。今から思えば、若い時の温泉なんて、宴会の付け足しにすぎなかったのではないか、みたいに見えてきました。昨夜、自宅に戻り、今日は一日、ヒグマフォーラムのテープ起こしをしてようやく完結しました。作業の最中に気が付いたことを、雑木林だより112に、小論「勇払原野のヒグマ考、その後」にメモとしてまとめてみました。

■11/15 和む庭、ほっとする庭
 
先日、市内Oさんのお宅に伺った折にお庭を拝見。本当に草木を世話するのが好きでたまらない人の庭である。大学や研究所の実験圃場の趣があり、美的かどうかとは離れて、手の入った跡が歴然とし感じられる。庭はそれだけで和みがある。それは人の手がかかっている里山とよく似る。その遠浅の雑木林では、今季の林のガーデニングが本格始動。なお、明日から数日、更新をお休みいたします。

■11/13 老いるにつれ、人生はより楽になる、その訳は
さすがであります。新聞の新刊紹介で、桜木紫乃さんは凡人が60年以上をかけて到達する感慨を、ひとこと、こんな言葉にまとめています。「忘れて良いものは、老いと病いの力を借りてちゃんと肩から落ちてゆくようになっているのかもしれない」。これは実にその通りで、悔いても仕方のないことを、古希を迎えるころ、すとんと落ちた。もう振りかえらなくてもいいよ、もう間もなくあの世に行くんだから、これからは前を向いて本当に楽しい、生きがいのあることを求めて生きなさい・・・。これが獲得能力でなく、衰退の一つである「忘却」による結果だというのが、なんとも人間らしくうれしくもあるわけです。耄碌する前に現れる、花園のような世界とでもいうのでしょうか。

■11/12 里山風に半日だけの山仕事

晩秋の小春日和、雑木林は和み、落ち着く。マイペースで半日だけ、掛かり木を片づけた。里は収穫を終え、秋色に染まっている。田園のはるか彼方には、日高の秀峰、幌尻岳と北トッタベツ岳が真っ白だった。いよいよ秋、深まって冬、遠からず。



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