晴林雨読願望
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勇払原野のコナラ主体の雑木林。ここは中層をウシコロシの黄色が占めている

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●日々の迷想 2021& 2022
2021
first upload: Nov. 29 , 1998
last upload: Nov 28
, 2022

日々の迷想

■11/28 ガジュマルの霊性

南の国で興味が尽きないのはガジュマル。くわ科の常緑樹である。ちなみのこのガジュマルは樹齢推定300年。画の下端に辛うじて人の頭が見えるように、大きくはないが、目が行くのは枝と根である。地元では、清らかな心の持ち主には妖精が見えるなどというらしく、子供たちはこの下を通ると「サッカーに行こう」などと声をかけられるという。「インド・ネパールの聖なる木」では菩提樹の下では、人々は嘘がつけないなどと言われていたが、その菩提樹も「くわ科」であった。わたしが樹木の気を探していた時に、「あ、これはなにかパワーがある」と最初に気づいたのも、近所のヤマグワの大きな街路樹だった。お釈迦様が悟りをひらいたという巨樹も、くわ科の菩提樹の根元。くわ科の樹木にはやはり霊的な働きかけがあると思えてならないが、森林科学では未科学の領域ではないだろうか。(写真は徳之島。ギネス最長寿の泉重千代さんの住まいのすぐそばである)

■11/26 奄美群島の余韻


昨夜の深夜12時ころに自宅に戻りました。6日間の国内旅行は沖縄を出て4つの島を船で巡るため、東南アジアの旅に匹敵する時間スケールがあり、旅費も相当なものです。しかし、なんとも、一つ一つの島が個性豊かで、地域愛にあふれる女性のガイドのおかげで、とても印象深い風土めぐりでした。最後の奄美大島では航空便の合間をぬって昼食抜きで「田中一村美術館」を巡りました。
奄美の印象は?と聞かれた時にとっさにイメージしそうな絵で、環境省の生物多様性戦略の秀逸なパンフの表紙絵の候補に、伊藤若冲とともに検討された、というだけあって見入ってしまうものばかりでした。特にアダンの気根、アカショウビンやトラツグミの繊細な描き方など、多様な生き物の島・奄美だけでなく、北海道を含む日本の生物多様性ポテンシャルをも彷彿とさせます。アダンやガジュマルの気根は、わが雑木林の萌芽に通じる生命力そのものです。この国に生まれて良かった、としみじみ思うひと時でした。
心残りなのは、旅のスケジュールにせかされて、4人の名ガイドさんらにお礼と共感の感想を申し上げる機会がなかったこと。彼女たちこそ、島の産土の神に呼ばれてUターンしたような方ばかりでした。島は「結い」の世界が色濃く残っていると感じさせます。

11/19 明日から奄美へ
春先に読んで感銘を受けた小野寺浩著『世界遺産奄美』を携えて、風土の旅に行ってきます。時間も旅費も、まさに海外旅行に匹敵しますが、初冬の北海道とは別天地のような気候は間違いなく、軽装で行けるのはうれしいところ。ブログの更新なども一切省略してあくまで高齢者の観光を楽しんできます。

■11/17
歌に見る庶民の共感 15
「そうだよねえ」「オレもそう思う」などという同意の語らいが、近年乏しくなっていますが、歌壇俳壇はそれを補ってくれるかのよう。

◎「秋の暮そろそろ晩酌良いですか」 (川崎市・Kさん)
……誰にともなくそう声をかけてビールに手を出したくなる。大相撲九州場所が始まったので、家人との申し合わせによりいつもどおり午後4時に開始。暮れも相撲も有難い。
◎「国葬儀友人代表菅さんの弔事に拍手沸くがごとくに」  (町田市・Kさん)
……報道も捜査も上滑りが目についた本件で、やっと日本的情愛を感じ取れた弔事でした。日本の葬儀の作法を知らない外国からの弔問者の一角から湧いた拍手のようでしたが、同時通訳のイヤホンから聞こえた内容に共感が湧いたとすれば意外でうれしく感じました。
◎「何もない廊下でつまづきひらめいて誰かに言いたいロウカ現象」  (太田市・Kさん)
……こういう軽快な老いを目指したいもの。川柳かな、と思いそうな軽さで笑い飛ばしながら行きたいものですが、投稿された歌には加齢をうたったものが意外と多いことに気づきます。たとえば、次の数首。
◎「弱者とふ語を聞くたびに自らを弱者にあらずと思ひてきしが」  (東京都・Eさん)
……実はわれこそが弱者だった、と気付かされのは、股関節痛で歩きたくなくなってから。周りも労わってくれて、これもまあ、指定席のようで居心地がいい、などという気持ちが手伝って、乗り物はいつしかシルバーシートに。市営バスは割引券で。自然とそこに至ったのは幸運だったのかもしれません。
◎「朝まだき見知らぬ老いの佇みて庭のバラ褒めゆるゆる去りぬ」  (高石市・Dさん)
……今年も似たようなことが苫小牧の自宅庭でありました。見知らぬ人に声をかけて返事も期待しないまま悠然としていられる、これが加齢の特権ではないでしょうか。裏返せば、何気ないメッセージの一言がないままでは、ややせちがらい、ギスギスした世間ができてしまう。良いと思ったプラスの声掛け、一言がないために招いてしまう不運は数知れず。
◎「いつまでも人は成長出来るもの女王陛下は示し給へり」  (蓑面市・Tさん)
……就任1か月余りで辞職したトラス首相の任命をスコットランドのあるお城で行って数日後にエリザベス女王は亡くなりました。終活などと言わず、最後まで現役を全うする、そして死は突然向こうからやってくる…。脳細胞は20歳前後以降は滅びるばかりという学説は間違いだったようですし、人間はいろいろ磨ける、そうあるべしと思わせた女王陛下の最後のメッセージは、世界に向けた明るい発信にもなりました。合掌

■11/15 山の遭難、2600件
新聞によると、昨年2021年の山の遭難は2600件あり、多くは中高年齢者だとか。アクセスが楽になり、時間に余裕も出て、折からの自然ブームは下火になりそうにないから、事故や遭難の件数は当面減少の傾向はないのではないか。

遭難と高齢者という点にフォーカスすれば、加齢とともに方向感覚がかなり落ちてくることも関係している、と個人的に思う。微妙なことなのでなんとも表現が難しいが、還暦のころから、旅先の一人歩きで迷子になりそうなことが出てきた。噂では聞いていたが、これほどまでとは知らなかった。林の中でもそうだ。かつては本能的なアンテナのようなものが利いていて、間違いなく元のところに戻れたのが、近年は危うい。ヘンリー・フォンダ主演の映画『黄昏』で彼が森に迷ってパニックになるシーンがあるが、あれである。認知能力はやはり加齢とともに確実にやってくる、と思う。だから、高齢者の山は遭難と背中合わせである。

だが単純に落ち込むこともないのではないか。そういうものだとと認識して、すべきことはして止めるべきことは押さえて行動すればよいのだと思う。

■11/12 里山の風景

今シーズンの林の手入れ2日目、里山の風景は少しずつ変わっていく。作業するものに、満ち足りた思いを膨らませるのは、雑木林の大事な持ち味だ。お裾分けしてあげたい和みのひと時でもある。

■11/09 立冬直後の凍えるトーク

静川の小屋で柳田良蔵先生と里山とコモンズの話しをした。小春日和の無風のオープンテラスも、3時間も座っていれば体が震えてくる。しかし、苫東コモンズの里山創出が極めて北海道らしく、実践モデルとしては意外と稀有な存在であることなどを深く認識している人は少ないなかで、柳田先生は苫東コモンズに関心をもち良き理解者だと、わたしは感謝している。縦から横から、色々な視点で話をふられ、こちらも先生の博識を訊ねて、あっという間の語り合いだった。

■11/7 ブラタモリの苫小牧描写
24節気の季節感覚は北海道に実によく合う、といつも勝手に感心している。それが今日はもう「立冬」である。先月下旬の「霜降」から約2週間、ついでそろそろ雪が降り始める「小雪」、いよいよ冬近しで、薪ストーブが快適になって来た。

先週末のブラタモリは、苫小牧だった。苫小牧という土地のメディアの描き方は、滅多にインフラの開発を褒めたりはせず、自然を破壊する、国主導の、などという切り口であり、例えば10年近く前だったかの「鶴瓶に乾杯」では、NHKは苫小牧に悪意があるのではないかというほどの仕上がりで、心ある市民は憤慨したものだ。

それが今回のブラタモリでは、支笏湖の水と港の掘り込みの歴史を知って、女性のアシスタントに「苫小牧はポテンシャルがあったんですね」とまとめになる感想を言わせた(強制ではないにしろカットしなかった、という意味で)。よくぞ、言ったものだ。タモリもインフラの積み重ねを淡々、粛々とケレン味なく受け止めているように見えた。

わたしもこの5月に、掘り込みの港を久々に目の当たりにして、先人の先見の明と、継続する不屈の精神が、経済も社会も盛り立ててきたことを痛感し再確認したばかりだった。先日、近畿地方を旅行した折には、港に日本を代表する企業が立ち並び、ある内陸のテクノパークでは車窓から延々と続く企業群を見て、あらためて土地の歴史と地域の総力みたいなものを感じた。北海道には歴史的にインフラが乏しく、自然が優っている。「企業は公害をまき散らし、貴重な自然をないがしろにし、農民から土地を奪う」というストーリーがまかりとおってきたが、ブラタモリの視点はそこを飄々としてとおり抜け、実に気持ちが良かった。身近なメディアが描く北海道は日本標準ではない、ということは認識する必要がないか。

■11/6 オンコ薪
今朝は、薪ストーブの焚き付けに、隣家がオンコを片づけた際にできたという枝を使ってみた。他の焚き付けと混ぜてあるから、決して多くない量なのだが、ものすごくパチパチ爆ぜた。異形の薪や、色々な樹種を燃やしてみるのは望むところだからこれまで使ってきたが、これは経験のない爆ぜ方だ。

となると、migitaさんからもらって、先日割って自宅に運んだオンコの薪(写真)は、どうなるのだろう。ガラス扉が壊れるほど爆ぜることはないと思うが、少なくとも扉を開けておくと火の粉が飛んで床のフローリングを焼いてしまいかねない。たった1,2cmの太さの枝がこれでは先が思いやられる。2,3年乾燥させてからの話しだが…。



■11/3 人付き合い
リタイヤ後はおのずと人との付き合いは減る。それに輪をかけるように、自分のやってきたことに時々嫌悪感が湧いて、もう世間に顔を出すようなことを止めようという意識が働いている。年始の挨拶も控えめにし色々な会合にも顔を出すのはやめた。そんなところに先日歳を一つ加えたことのアナウンスをSNSが勝手にしてくれたものだから、このやや儀礼的なものも含めて人付き合いが復活した。そのなかに、いつまでも続けたい、こころ温まる付き合いが紛れ込んでいることを知った。本当の友達なんてそうそういないものだ、と誰かが言っていたが、例え束の間でも、わずかでも、人生を意気に感じるような関係は欲しいし大事にしなければならない。加えてそれは待つのではなく積極的に発信することで関係を育てることになる。内向きは和みにつながるが、外に出る、関係を育む意味を教えられた。

■11/2 コナラの赤に見惚れる

昨日の現場で、最後のオンコ薪を運んだあとに。

■11/01 佐藤春夫『日本の風景』を読んで
財団でお世話になった役員の方に、ある日、この一冊をいただいた。わたしが景観や風土などについて書いた文章を何かで読まれてのご厚意だったようだ。ちょっとだけ読んで、あとはリタイヤしてからとしまっておいたのをやっと本格的に紐解いて、この名のある昔の作家、あるいは詩人の文章に思わず魅了されてしまった。そのうえ余りにも、情景や心象を彷彿とさせるから、なかなか読み進めない。かぐわしいのである。そのうち、無理やり読んでは大事なものを見過ごしてしまいそうだと気づいて、机に置いて気が向いたときなどに少しずつ開こうと決めた。本には譲ってくれた方の真摯な書き込みもところどころにあるから、きっと文学青年だったに違いない。また、井伏鱒二とか太宰治とか、文豪の手になる作品が実にすらすらと意味を理解しつつ読めてしまう不思議さに、あらためて気付くことが多い。意味発信力を強く持ち、流れるような文体には心底驚いてしまう。これが筆のチカラというものだろうか。ふだんから、twitter とかSNS、ネットニュースなどで、メモのような文章ばかり読んでいるせいもあって、なおさらそのギャップにたじろいでいるのではないか、と思い当たった。優れた文章は、やはりチカラがある。

■10/30ムキタケのフカヒレ風

先日のキノコの料理結果。
エノキタケ少々とやや多めのムキタケは、ていねいに昆布で出汁を採ってからお吸い物にして味わった。残りのムキタケはさてどうしよう?と思案の結果、フカヒレ風に仕上げるとよい、というレシピを見つけ、それにした。一回ゆでこぼしてから冷ました方が味が良く出るらしいので試してみると、なるほど、これがムキタケの本当の味か、と思われるものに気付いた。スープはやや黄色を帯びる。鳥ガラスープの素を加え、片栗粉でとろみをつけて出来上がり。
この春は、スドキの茎が空洞であることを思い出して空心菜のように中華の炒め物にしたのと動機は近い。

■10/26 待望のエノキタケに出会う

ちょっとした山仕事のあと、大島山林の一番長いフットパスを一周した。道すがらめぼしいキノコには出会わなかったが、週末作業の段取りをしていた木の足元に、待望のエノキタケを見つけた。これですよ、これ~。
昨日は栗をたくさんいただいたので、薪ストーブのオキとオーブンで加熱し、食べ比べた。

■10/24 初霜が降りた朝に

24節気の霜降の翌朝、ねらい済ましたように霜が降り、日の出と同時にパラパラと屋根に着いた氷が落ちてきた。外に出てコンテナの花の様子を観察していると、今度は空の彼方から白鳥の声。昨日からは、渡り鳥の高度がずいぶん高いので、フォーカス力の落ちた目には焦点の合わせ方が難しくなって、数秒遅れてようやくV字編隊が見えてきた。早起きは三文の得だ。

■10/22 雑木林のオープンデッキでNPOの総会、そしてその周りでは

13回目の総会のあと、落ち葉で隠れたフットパスを探しながらあたりを歩いてみる。コシアブラは今年も白い妖精として林の中にいくつも姿を見せる。古典的な妖艶さ、というのだろうか。「枕草子」の清少納言などは、これをどううたったのだろうか。

■10/21 へばりながら頑張る人の話
人間学を学ぶ月刊誌「致知」11月号に掲載されている、病気の患者と命がけで向き合う二人の脳神経外科医の対談を読んだ。一人は旭川の医局におられたころ、テレビか何かでお見受けした、いわゆる カリスマ医師と呼ばれた方である。医療への熱い思いと、しかし平坦ではなかった中での仕事のやりようは傾聴に値するばかりでなく、どこか崇高さの漂う気合のようなものが伝わってきて、気持ちが洗われる思いだ。努力をするものにのみ神の啓示がある、などという会話のやり取りには、怠惰な日常に傾斜しやすい人間の性に対して喝が入れられたような気にもなる。当方は主だった仕事人生が終わった立場にいるが、仕事において自分はどうだったかと振り返って、忸怩たる思いにも駆られた。ここやあそこあたりはもっともっとやりようがあった…などと。

■10/19 紅葉直前の森カフェ

静川のオープンテラスのテーブルにピンクのメッシュのクロスをかけて、昼食代わりのココアを飲んだ。この1週間は、晴れた日は昼夜を問わず白鳥やガンが「鳴き飛び渡る」日が続く。室内の防音は十分なのに、彼らの鳴き声で目を覚ますのである。丁度、家の真上あたりを通過するからだ。雑木林の上空も、ガンが飛んでいたが、梢にはカラ類がにぎやかだ。こんなところに、秋の深まりを感じる。里山的に手のかかった林は、それ自体が人を癒す力があって、振り返ると肩の力が抜けているのに気付いた。にわか仕立ての森カフェは、癒しの世界のちょっとした入口になる。

■10/18 木材の寿命と多用途性

数日家を留守にして戻った翌朝、ついに外気温は4℃を示していました。今年二度目の薪ストーブ点火ですが、もう手放せないかもしれません。薪は十分にあるので、憂うことは何もありませんが、煙が出ていないか、燃やし方のどの段階ならより煙が出るか、3次燃焼にしたらどうかなど、家の中と外を行ったり来たりして確かめます。これは毎年のことです。
旅先で左のような木の台を見つけました。釣る瓶井戸の、桶を置く台で、木材の固いところを残し、やわらかい部分が削げ落ちています。経年劣化とでも呼ぶのでしょうか。エージングなどと言う人もいますが、これなどは自然のみごとな造形であり、人間で言えば顔の皺でしょうか。思えば、ことごとく木や木製品に囲まれて生活が成り立っています。この多様途の樹木、人の心まで癒すのだからすごい。昨夜は精神科医のT先生としばし歓談。森林のセラピーの話しに入りかけたところで、医療用務が入り中断。続きはまた。

■10/13 白鳥が渡る朝、薪ストーブの初焚き

昨日はまずハンギングバスケットの花々を片づけた。ハンギング定番のインパチエンス(写真左)は、おびただしい花弁を散らすので、一日2,3回はほうきを持って掃いて回ったが、これももう終わりだ。ベランダの中の養生場所から表舞台に吊り下げて100日あまり、一度の追肥もせずにモリモリにほこってくれた。家の前を散歩するマチの人とも随分言葉を交わしたから、風景もそうだがちょっと寂しくなる(写真右)。
そうして今朝は、薪ストーブの今季の初焚き。よく乾いた「雑木薪」は実に快調にもえ、ややして外へ出ると、煙はなく、ちょどその時、白鳥の小さな群れが声を交わしながら南西方向に飛んでいくのが見えた。季節がダイナミックに代わろうとしている。

■10/9 再び研究林にて

フォーラムの翌朝、講師の齋藤さん夫妻と苫小牧研究林の熊ノ沢で丸半日キノコ探索に興じる。毎年食べなれたキノコの大群には出会わなかったが、それでも十分楽しい。お日柄も最高だった。写真は林道の昼餉。

■10/7 北大研究林を歩く

久々に熊ノ沢林道を歩いた。次の日曜日、キノコのお客さんが見えるので、案内の下見である。苫東コモンズの雑木林の現場は前の日の10/8 フォーラムの午前中にめぐる予定。この2,3日でキノコの状況はどう変わるか?

■10/5 ニュースレター第30号
去る9月27日に表記ニュースレターを配信しました。経営破たんする前の会社の幹部の方おふたりに、いつもどおり郵送でお送りしたところ、早速お礼がてらのご一報をいただいてしばしの懇談となった。苫東の草創期にご苦労された方々だから、プロジェクトの変遷を温かい目で見守ってくれていて、苫東コモンズという緑地管理のしくみにも関心を寄せてくれてきた。このような古いOBの方々は、コモンズの母体となる動きを始めたころに10万から数十万円のご厚志をいただいていて、それら浄財はNPOに引き継いでからも手を付けないで温存している。レターに描くトピックは、どれも草創期の礎の上にあるから情報の共有はいとも簡単で、ついつい話しに花が咲いてしまう。コモンズの今日をバックアップしてくれる、とても有難い応援団である。

■10/2 サケとサクラマスの遡上
一昨日、白老の川に行ってみるとカメラをもった数人に声をかけられた。北海道人にもあまり知られていない小さな川なのに、サケの遡上を見たくて来たのだ、という。確かにサケの群れが遡上する風景は、魂を震わせる。ヒグマやエゾシカやオジロワシとの遭遇と似て、北海道の自然の魅力の原点でもある。

一人は三重県からの年配者で、この1か月道内を車で旅行し明日フェリーで帰るのだという。川底にはポツンポツンとホッチャレはいたが、群れの遡上は眼前にはなかった。しかし旅人は、是非、サケの遡上を見たい風情だった。その三重の方は対岸に渡ってフットパスを歩いて下流にいき、背中の赤い大きな魚の群れを見た、と嬉しそうに戻って来た。となればサケではなく、まだサクラマスなのだろう。こちらもちょっとうれしくなってそう話した。早ければお盆過ぎには遡上が始まることがあり、ヤマメは急に釣りにくくなるのである。

わたしは運動とリハビリがてら、石を飛び飛びさらにヤマメのポイントを移動した。近くでは70歳以上と思しき男性が、林道奥の川べりで焚火しつつバーベキューをつついていた。あまりに孤独を愛するのか、挨拶も返さない不愛想なオヤジで、その陰気さで風景がなにか貧弱に見えてきてしまった。






●日々の迷想 2021& 2022