週末も平日も木こりになりたい 晴林雨読願望・take /草苅 健のホームページ

 


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■企業所有地で展開する雑木林保育の経過と課題
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■ 「どっとねっと」の軌跡Ⅱ
 
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苫東の雑木林
To be a Greenthumb


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TERRACE mori-cafe & cottage

mountain vegetable SUDOKI &coppice

  spiritual oak in Akan  
 
produced firewood  satoyama walking
 
this is HASKAP   our working lodge
 
Finnish forest   Mt.taisetsu in early spring
 
our secret footpath  Cotswald & beech
 
our working staff   with Ramblers in UK
 
footpath in Nepal     at homeland

in Togakushi shrine

firewoods stocks





○ news letter「勇払原野のspirit」
第10号
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 第21号
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new!! 第24号

new!!
新刊『ハスカップとわたし
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 既刊 『コモンズ 地域の再生と創造』(北大出版会刊) の案内は 
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【日々の迷想】

12/13 ラジオ深夜便を聞きながら(1)

夜更けにこの番組を聞く人は少なくないようで、わたしも現役勤め人時代からいつしかファンになっていた。テーマ曲 THE CHANCE YOU TAKEに癒されるという声も多い。個人的には11時台のパイプオルガンで演奏されたような音色がもっとも好きだ。夜更けに肩の力を抜いた、アンカーによるイントロの語りも癒し系であり、そう連想していくと、いやいや癒しというならこの番組の企画そのものが、眠れない人のために、というもう一つの目的を忠実に追っていて「そんなに気張らなくていいんだよ」「わたしはあなたの味方」という祖父母のごときメッセージを送っている。まるで自己受容を促すセラピストのような…、と書いてみて、そうだこれは雑木林のそぞろ歩きに相通ずると思いついた。今日は子供の人生何度目かの旅立ちの日であり、よく頑張ったなという応援と、親としてもっとしてやれなかったのかという反省、そしてやはり「これでいいのだ」という是認にたどり着いて、マヅメ時まで再び寝についた。。

12/11 「健康とは攻めるもの」
外交評論家・加瀬英明氏の最近の対談の中に、友人でもある三浦雄一郎氏が、健康は守りや維持ではなく攻めなきゃいけない、と言ったというエピソードが紹介されていた。なるほど、その主旨は、自ら崖っぷちに立つという意味で「タバコはスポーツそのもの」とうそぶいた辻まことにつながる。かく言うわたしも若いころ、狭心症の疑いがあると誤診されて心臓神経症になり、発作の恐怖を払しょくすべく大雪山のカウンナイ沢遡行のガイドを引き受けたことを、小さな痛みとともに懐かしく思い出した。「健康とは攻めである」。これは勇気づけれる名言だ。沢遡行後まもなく、うつを伴い5年に及んだ静かな闘病は、終息を迎えたのだった。

12/10 アカエゾマツの焚き付け

昨シーズン、小面積だがアカエゾマツ造林地の除伐に着手した。昭和50年の苫東の植樹会で植えられたものだから樹齢は45年ほど。アカエゾマツと言えば、北海道を代表する針葉樹で、トドマツやカラマツよりも格上のはずだが、すっかり話題に上ることも少なくなった。本来、バイオリンの裏板やピアノの鍵盤などに使われる銘木である。ところが間伐した材は、薪として実に割りにくく、かつすぐ燃えてしまう、と薪としての評価はメンバーにさんざんである。緩衝緑地づくりの試験地などでアカエゾマツを造林し、緑化木として移植するなどして付き合ったひとりとして、せめてわたしだけでも由緒正しいアカエゾマツの価値を認め、少し申し訳ない気持ちで薪ストーブの焚き付けに利用したいと若干ストックしたのが、今年5月だった。わずか半年の乾燥だが、敬意を払って焚き付けとして使用してみると、着火がよく、しかし短い時間で燃えてしまった。焚き付けの役割としてはよくやったというべきだけれど、きわめて残念な思いが残った。

■12/09 森林人(もりびと)通信「森の本棚」
間伐ボランティア札幌ウッディーズの広報誌「森林人通信」2019年秋号の「森の本棚」欄に、拙著『林とこころ』と苫東の雑木林についての感想が掲載されています。拙著への評価はともかくとして、苫東の雑木林を遠くの関係者はどのように見ておられるかがわかり、逆に地元の関係者の新たな啓発にもつながりそうなので、全文を転載させてもらうことにしました。ご執筆にこころから感謝しつつ。
*本稿は札幌ウッディーズがエントリーしている苫東コモンズの育林コンペ作業が下地になっています。



森の本棚 『林とこころ 』 草苅健著~林の手入れは生き方である~
10月の定例作業は、遥か苫小牧、苫東の雑木林である(別掲参照)。久しぶりに足を踏み入れた。そこは故郷に舞い戻ったような懐かしさを覚えさせた。視線を巡らせては考えてみた。この林は、どうしてこんなに美しく、こころが休まるのだろう。仲間とも、「ホントに気持ちの良い林だなぁ」と言いあいながら帰路についたことを記憶している。苫東の林の魅力の秘密は何だろう?それを知るための恰好の一冊が本書であり、それは我が書架にホコリをかぶっていた!
改めてページを繰ってみると、この景観が生み出された仔細が余すところなく説かれている。著者は、手塩にかけて苫東の林を育ててこられた、当のご本人である。冒頭から自らの苫東における森づくりの実践と、それを導く思想と作法を生き生きと語って余すところがない。「林の手入れ、里山づくりはまさに自然とこころの出会いをつくる」、「林の手入れとは現代の一つの生き方であり、行動的冥想のひとときである」と言いきる。我が事ながら、先ごろの1週間ほどの入院加療中、まさに枕頭の書としてページを繰り、己の林との向き合い方を問うていた。それは今も。(高


■12/08 山の神参拝

12月7日の昼前、つた森山林と大島山林で、山の神に今季の作業の安全と新しい年の家族の健康を祈願した。山の手入れを続ける、平均年齢66歳の精鋭たち。細心の注意を払いながら、今年も美しい健全な林を目指して精進することを誓う。

■12/07 軽トラックの魅力と戦力

会員のMさんが軽トラックを新調した。「古い方は薪小屋前に置いておくからNPOで使っていいよ」とおっしゃる。軽トラは山仕事ではとてつもなく役にたつスーパーな代物であり、山仕事に関わる人なら憧れの助っ人である。しかし軽トラは中古でもとても値段が高く手を出さなかった。今までも折あるごとに助けられたが、改めめての申し出に一同大感謝している。



12/05 林の力仕事を引退しよう
リタイヤ後の理想の暮らしとしたのは、「晴耕雨読」ならぬ「晴林雨読」。いい日なら畑ではなく、林に出かけて山仕事をすることだった。しかし、やっと手に入れたその機会も早々に縮小することになってしまった。それを阻んだのは、股関節痛である。短い脚で、若い時から精力的に春夏秋冬、山野を歩きすぎて酷使したツケであるが、平成10年以降の、ひとりの山仕事あたりでさらに傷めてしまったらしい。歩行も不具合を感じ始めた近年だったが、リタイヤした今年、医療機関にも見てもらったところ、医師には淡々と外科手術ですね、と言われた。数か月考えて得た結論は、親にもらった身体を長持ちさせること、だった。そのための生活改善に励まざるを得ない。もうきつい負荷は避けるのである。68歳、ま、体力に任せて動きすぎたつじつま合わせに、いい頃合いかと観念した。今日のわずかな山仕事はその決心を固いものにした。動から静へ。そう考えると、まずますまともに見えてきて、少しだけ安心する。

■12/04 セザンヌの緑
 
東京都立美術館で開催されている「コート―ルド美術館展~魅惑の印象派」でセザンヌの未完成作品「曲り道」(写真右)」にであった。19世紀、産業革命がパリにも波及し郊外への交通インフラが進んで、人々は郊外に足を延ばすようになる。その頃、人々の興味に合わせるように郊外の森や田園の緑を懸命に描く絵画界の動きが見えてくる。無名のセザンヌを見出して収集を始めたコート―ルドの慧眼に驚く一方で、まだ見たこともないセザンヌの、緑の描写にこだわった作品などを眺めていて、緑のグラデーションや陰影の織りなす色彩と風景が、芸術に昇華していく過程を見るような、初めての経験をした。林や田園が都市生活者の目によって旅の目的や保養地に代わっていく図式とほぼ同時並行的に進むのだ。類稀なコレクションによる、この美術展の評価はブログ「青い日記帳」に譲ることにして、緑が芸術になる一歩のようなもの、時間の流れを垣間見て心が動いたという記憶だけでも記しておきたいと思う。画像も上記ブログからお借りした。





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