晴林雨読願望
take /草苅 健のホームページ

 

勇払原野のコナラ主体の雑木林。ここは中層をウシコロシの黄色が占めている
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●日々の迷想 2021& 2022 & 2023 & 2024

2021
first upload: Nov. 29 , 1998
last upload: May 25
, 2024

日々の迷想

■5/25 青もみじ



週の初めから大阪、京都方面を訪れた。今回の大きな目的地はまず仁徳天皇の古墳として有名な世界遺産「百舌鳥・古市古墳群」。最終日の昨日は北野天満宮で、そこではたまたま「青もみじ」なる緑の有料フットパスを巡った。秋のもみじの名所を、春もこの名称で大人一人500円を申し受ける。視界に入る樹木のほとんどが、紅葉するカエデということになるが、青もみじと謳って、通年営業するとはさすが。気温は30℃ちょっと、帰った苫小牧は10℃。低温の新緑こそよけれ。

■5/18 小屋とフットパスの緑



百花繚乱ならぬ万緑大繁盛。このために樹木の一年があるように。

ささみちフットパスで輝いていたサワシバ。逆光でもっとも美しい葉のひとつ。

■5/17 コシアブラの雑木林がなくなっていた

雨上がりにコシアブラ採りに裏山に出た。驚いたことに一帯は皆伐され土が盛られていた。しかも、少し残された林のコシアブラはのこぎりで切られて採られていた。なんということだ。写真はその上流部の湧き水の一帯。

■5/14 日本という国柄(くにがら)


日本という国がどう生れたのか、どんな歴史を越えてきて、おりおりの背景はどうだったのか・・・。いわゆる国柄に対する興味は尽きない。幸い、書籍の世界では尋ねるべき世界は無限。

そんななか、作家・司馬遼太郎氏と宗教学者・山折哲雄氏の、国柄に関する対談集を読んでいると、立ち止まることが多くて読み進めない。並行して司馬氏の『街道をゆく』の関連書を紐解いていると、通り一遍ではうかがい知れなかった司馬氏の思い入れがエピソードとして解説され伝わってくる。

薪割りと、庭の造作を整える作業の合間に、コツコツとページをめくる。

5/11 フットパス脇の根返りを修復




放置されていた大島山林の除間伐は順調に推移している。そんななか、勇払原野の泣き所でもある大木から順に倒れてしまうという現実に向かい合っている。フットパス沿いのハルニレ大木の根返りは、美観と安全上から2年前から戻しておきたかった案件。このたびウインチを借りたので、さっそく取り掛かって大きな二つを片づけた。午前はこのほか、切り株20以上に500のシイタケの駒を植えた。

5/09 まだあった山仕事は新緑のなか



2024/11 からの薪の用意はほぼ終わったが、来年2025年冬用の薪仕事はまだ残っている。ひと玉20kg以上もある丸太を、フットパスの中に入り込んでタウンエーストラックに積み込んだ。ゆっくりと休み休みやる、これがシニア流の山仕事だ。なかなか年齢にあったスローなリズムが身についていないから、こんなはずはないという呟きのような内なる声がする。

■5/07 ついに実現、「晴林雨読」の生活


雑木林や薪のある暮らしがここまで日常のものとなると、さすがに夢の「晴林雨読生活」と謳歌してもいいような気がする。

体を動かす仕事の連続を苦役と思うか至福と感じるかは、人の感性次第で評価は分かれるけれども、長い間待ち望んだ理想的な生活に突入している、とわたしは実感している。雨が降らなければウラヤマニストとして裏山風里山の雑木林で山仕事をし、その合間の日は本を読み、その刺激を背負って時々は旅に出て各地の人と歴史に触れてくる、その繰り返しによって、日本が世界でも稀有な国だったことを、じわじわと認識を新たにできるのは人生冥利に尽きる。70歳を過ぎてこんな日々を送れるとは、実は若いころには想像すらできなかった。有難い。 合掌

5/03 ついに来年秋分の薪も積み終える



薪仕事の4日目、帰省中の娘の応援も得て、一家3人、2棚の薪を積み終えた。体には自信があったわたしも、実はくたくたに疲れている。しかし、まだ小型トラック1,2往復分の自宅用薪が運搬を残っている。大変な手作業だ、と毎年言いながら半分は家族みんなを巻き込む恒例行事になっているようだ。

■5/02 今日も明日も薪片付け

風邪を押して薪の片付けが続く。今日は家人も自宅薪小屋に薪を収める仕事を終日した。「もう、ちょっと辛い」という。わたしの方は疲れが取れない。しかし、明日も薪ヤードの丸太を割って積んでしまいたい。娘が帰省したので、そば哲のそばをご馳走することにして手伝ってもらう予定。今日は7時過ぎに就寝。

■4/29 自宅に薪を運ぶ



北海道とシンガポールとの気温差は20℃以上と相当なものだが、彼の地の戸外とバスや室内の温度差も作用したのだろう、帰国翌日37.5℃という自分としては高熱が出て一進一退、27日の山仕事は休んだ。28日はそろそろ始まる自宅薪小屋への薪運びのために時々ソファで横になりながら物置を片づけた。山積した不作為の整理だから仕方がないがこれに正味3時間もかかったら、また熱が出てきた。

そして29日予約していたタウンエーストラックをレンタルして、ヤードに置いてある2棚5.4立方の薪運びをはじめ3往復、走行距離は150kmだった。一年分を運びきるにはあと1往復が必要だ。車を使いこそしたが、実にのんびりした手づくりの縄文人的生活に戻った。物事の因果がわかりにくくなった現代、暖房という温もりが、あるいは山菜という野菜がどのように生れどう加工され、日常の手元に来たったかがわかるアナログ生活は、それこそ手応えたっぷりの待望の時間である。経済的に豊かになることはないが、こころが満たされるような別の豊かさが感じられる。安心に近いかもしれないと思いついて字を見ると「心を安んじる」と書くことに気づいた。現代はここを捨て去ろうとしている一方、日本人の何割かは密かにここにノスタルジーを感じているとわたしはみる。

■4/26 シンガポールにて

今週初め 4/21 からシンガポールとマレーシアを旅行した。アジアで最も経済的に豊かとされるシンガポールとはいったいどんな国なのか、以前から興味があって機会を探っている間にコロナ蔓延となり、幸運なことに今回はシンガポールからマレーシアに移動する小さなツアーだった。陸を移動したかったのだ。マレーシアは2度目になるせいもあり、強烈な印象は小さな都市国家シンガポールであった。明るい北朝鮮と称される意味は、多少わかって来た。そしてシンガポール的豊かさというものが実はグローバリゼーションの果実だということを知った。豊かさとは何か、考え感じる旅だった。








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