晴林雨読願望
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勇払原野のコナラ主体の雑木林。ここは中層をウシコロシの黄色が占めている
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●日々の迷想 2021& 2022 & 2023 & 2024

2021
first upload: Nov. 29 , 1998
last upload: Jul 21
, 2024

日々の迷想

■7/21 花々、咲き誇る


単価100円以下のごくごくありふれた花苗をメインに作ったハンギングバスケットやコンテナが、40日たったころから見られるようになった。

薪との相性は悪くないどころか、ぴったりかも。引っ込み思案の薪と目立ちたがりの花々と。

ハンギングバスケットの径は現在45cmから50cm。これがお盆のころには60~70cmに達する。まさに大きく育てる楽しみである。春に元肥をやった後は供給するのは水だけで猛暑の夏を越す。

■7/18 季節の節目



雑木林のベランダでトンボと遭遇

■7/16 庭を掃く

早朝の日課は庭掃除。花柄を摘み結んだ実をとり、ほうきでインターロッキングを掃く。ブロックの隅のオンコの枯れ葉なども見逃さず掃く。地肌を見つめてただ掃く。一日数回のこの行為には清めるという作務のような意味があるようで、やらずにはおれない。心身と身の周りを片づける、余裕があればもっと離れた場に拡大もする…。

7/14 北海道開拓の嚆矢か、屯田兵村の記憶

江別の錦山天満宮で行われる骨董市に、家人の運転手として出かけると、わたしはいつも隣接する屯田資料館をお邪魔する。ここには年配のガイド役の人が2,3名常駐していて、解説もしてくれる。今日は年表とジオラマを見ながら会話をする機会があった。こちらは苫小牧から、と話すと千人同心の話しから八王子のことに話は膨らんでまた明治の開拓の足取りのことに戻った。つい150年前の北海道に思いをはせて、なにか共感らしい時間を持てたのは予想外の幸運だった。

■7/12 夏本番。スズメバチに刺される


昨日も雑木林の林道の枝拾いをした。くぼ地の泥には熊の足跡はないし糞も落ちていないから、まだここにはいないようだ。来週あたりから、フットパスの刈り払いを始めるので多少は気になる。

ところが小屋のベランダで大量の黒スズメバチにおそわれた。痛みは大したことがないが、予想していなかった。アライグマがいつ退治に来るか楽しみだ。蚊はいないが、現場とすれば野生生物と共にいるのは時に居心地が悪い。冬はこれがシカだけになる。

今朝は早朝4時半、錦岡の砂浜にサクラマスを追った。2日前、ジャンプする多くの魚を目撃して今日も数匹を見かけた。岸辺を回遊しているサケ稚魚など小魚をねらっているようだから、次回は北からのフォローの風を背に、ダブルハンドでサケ稚魚フライを振ってみようと現地判断。1時間半で帰宅、花に水をやる。

7/10 前浜にサクラマスを求めて



霧の苫小牧の朝5時半、樽前浜にロッドを持って出かける。自宅から7km、ルアーはDaiwaのジグでファントム40g、先客はひとり。波はないでいたので護岸の端まで進んで投げること1時間。前方20mあたりの海藻のあたりで40cmくらいの魚たちが計7~8回全身を見せて近く撥ねた。ねらうサクラマスか、フクラギなど他の魚かはわからないが、ともかく通う元気が出てきた。年配の先着アングラーはわたしと同世代か、上手ななれたキャスティングでシンクタイプのプラグを、「シーズンはもう終わったと思いますよ」と言いながら投げ続けていた。次回はもう少し先の砂浜にしてみよう。

■7/7 日本人の誇り

藤原正彦著『日本人の誇り』を読む。遅ればせながら歴史を勉強し始めて見知った内容と重複する記述もが多く、逆にわたしのたどった道が間違っていなかったと再確認した。まとめられて、その分、大変わかりやすい。氏はそれを「日本人の誇りを取り戻せ」の愛国心で総ざらいし、まとめ直した感がある。おそらくお茶の水女子大で、わかい女学生らにやさしく語り掛けるように進めた講義の内容が盛り込まれたのではないか、と想像した。東京裁判が日本人に手際よく刷り込ませた効果は抜群で、米国の要人はここまで効くとは思わなかった、と述懐した話をどこかで聞いたほどだ。この処方箋によって明治以降の日本精神の破壊は未だ止む気配がない。日本人の覚醒と奮起に期待、と氏は結んでいるが、果たして自分にできることは何があるか、そこを考えてみたい。

■7/5 歌に見る庶民の共感 27

毎朝、新聞の歌壇俳壇を10から20を音読するのはそれ自身の興味のほかに、実は脳体操の効果も少しだけ期待している。一日1分、脳がシャキッと目覚めるという書評に背中を押されたのがきっかけ。斉藤孝氏もそんなことを言っていたと思う。

◎咲き休み散り休みつつ花は葉に   羽村市 Tさん
…このリズム感そのままに、季節感が変わっていく。川崎市のKさんは「
自転車を止めて駐在花仰ぐ」と俳壇に寄せていた、まさにそれである。本州以西は初夏を過ぎ猛暑日の注意報が相次ぐ。蚊がいない胆振の雑木林は、林を抜ける風が気持ちよい。

◎強き意思持ち始めたる植田かな   匝瑳市 Sさん
…野菜や花など植物を育てる習慣のある人は、恐らく植えたばかりの苗が根付いてくれたと胸をなでおろす瞬間があって、それはこの句のようにすっくと直立する姿を確認した時だろう。植物に限らず、人の病気からの快復、災害からの復興など、希望のサインでもある。

◎難聴の妻はかなしい顔をするわれの大声怒り含むと   東京都 Oさん
…自分もそんなことはないか、つい振り返らせられる。幸い家人とはその関係ではないものの、言葉や表情には色々な強いものが含まれる時がある。大声や逆に挨拶なし、なども意味のあるメッセージになってしまうから。この年になると、微笑んだつもりの顔が鏡でみればなんとも無表情な年寄りのつまらない風情で、内心情けなく驚くこの頃だ。口角をあげる練習もしたいと思う。

◎酢漿草(かたばみ)を抜けば慌てる団子虫お前の前世ぼくは知らない    延岡市 Kさん
…身近にいる虫や生き物を見つめていると、ふっと我にかえる時がある。でも、まさか前世に思いが及ぶとは。人に生まれて良かった、輪廻転生のリングからはみ出さない様、神様仏様、よろしく、とお祈りしたことはないけれども、宗教心が篤ければ、の話かもしれない。時節柄、草抜きなどの手仕事が多いから、この一首のような感慨には近い位置にいる。



■7/3 山の友あり、遠方より来る



本州から山仲間が遊びに来たので、雑木林のフットパスや薪ヤードを案内、そば哲でランチそば。

■6/29 懐かしき植物園




6/28の金曜日、大学同期の同窓会で午後、農学部玄関に集合、夕方から植物園で恒例の農学部同窓の園遊会に何年振りかで出席した。青年寄宿舎創設のの宮部金吾記念館(写真右正面)の前でビールを空けた。150年近い歴史を経てそびえる樹木、建物、たたずまい、身の周りには絶えてないものばかりである。集まった同期生の出席は約半分、欠席の半分は物故者、残りは健康不具合や連絡先不明者だった。健康や疾病のレベルは、当方は平均的なところで、膝や腰の不具合では、経験者として一日の長があり唯一自信もって話が出来た。健康はいまや、おたがいの共通のテーマだからこの話題も豊富になって尽きない。国の行く末を見守る視線もあり、各地に骨をうずめる覚悟も聴く。人生は面白い。死ぬまで頑張りぬこうという、小さな勇気も生まれる。

6/26 ヒグマが来ている中で



市のヒグマ情報を見ると、2週間前に小屋から1kmほどの備蓄のネットフェンスを2頭のクマが登っているのが目撃されたという。そんななか、静川のささみちフットパスの残りをは刈り払いした。4オンスの小さなクマスプレーはもったが、やはり心細い。写真の左は先週刈ったコシアブラの新ルートで、わずか1週間でもう径らしく見えてきた。

数日前、裏山に山椒を採りに行ってみたらもっとも近い目当ての木は先客に採られたあとで、しかたなく丘のてっぺんまで上がって採ることになった。やはり、あの山椒をあてにしていた人がいたのだ。地元の人で山椒を採る人がいたことにすこし安心した。

昨日は現場からの帰りにハスカップ採りの市民がどれだけいるか、路上観察したら、235号沿いに3台、いすゞ南はゼロだった。勇払原野の風物詩、残るか。7月に入ったらハスカップ・サンクチュアリに行ってみるつもりだが、ヒグマは十分注意する必要がある。

ニュースレター33号をアップしました。

6/24 これで大丈夫か、日本

新聞などの投書欄に投稿する人の年齢を見ると60~70代が圧倒的に多いことに、子供のころから不思議だったが、今ならとてもよくわかる。岡目八目とはよく言ったもので、ゆとりをもって世の中の動きを見ることができる立場だから、孫子の将来を案じて意見が醸成されるのだ。最近の日本も内憂外患が極度に達している。特に気になるのは「なし崩しの移民受け入れ」である。まやかしの技能実習制度を転換させ在留資格もゆるくなる。

西洋は移民で死んだ、と英国人が『西洋の自死』で警告たとおり、西洋は大混乱に陥り方向を大転換のその一方で、日本の入国管理はそんな事情はどこ吹く風である。シナ国に土地を売ることなど、懸念を持つ人は若干いても制度で時宜を得た手立てをする動きが見えない。気づきと手立てが遅くあとの祭りになるのが日本流、などと嘯いてもいられない。某国の駐日大使の発言や靖国神社の碑を穢した男への対応など、いったい何だろう。

追記:
しかしよくよく考えてみると根はとてつもなく深くて、日本人としての誇りも無くなったこと、それがGHQのWGIP政策にさかのぼると思われている。罪意識扶植計画である。その呪いは戦後70年過ぎても日本人の多くに浸透しその呪縛にあることも気づかないと言われる。戦後教育のもとではこの呪縛から解放されるためには自ら歴史を学ばなくてはならない。わたしの学習は遅まきながら渡部昇一氏の著作あたりから始まったが、そもそもの根本から改める必要があり、近年の歴史著作、例えば百田尚樹氏の『日本国紀』、竹田恒泰氏の『中学歴史』「天皇の国史』など、史実を改めて拾い上げ学会の偏りにも反駁しつつ開陳する歴史本に学ぶところが多かった。いま日本で最も自由度のある業界はマスメディアだとする意見があるが、報道しないことで誘導する手法が許される限り、ネットや各種SNSの異論各論を選択しながら、自分が正しそうだと思える信頼できそうな「大木」や「ながれ」を見つける必要がある、ということだけはわかった。







2024/6/22 以前は   こちら