週末も平日も木こりになりたい 晴林雨読願望・take /草苅 健のホームページ

 


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TERRACE mori-cafe & cottage





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 satoyama walking

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Finnish forest

 Mt.taisetsu in early spring

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  Cotswald & beech





○ news letter「勇払原野のspirit」
第10号
第11号 第12号
第13号  第14号 15号
第16号  第17号 第18号
第19号20号
 第21号
第22号第23号
new!! 第24号

new!!
新刊『ハスカップとわたし
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 既刊 『コモンズ 地域の再生と創造』(北大出版会刊) の案内は 
こちら
 と こちら






























































 日々の迷想

■4/8 出版『ハスカップとわたし』の費用対効果
昨年の3月末、「ハスカップとわたし」を出版してから1年。NPOが受け持った800冊の集計をしてみると、販売が約100冊、寄贈が約380冊でした。売れたのがたったそれだけか、と言われそうですが、ハスカップ・サンクチュアリに注目するNPOの地域貢献事業としての着手でしたので、まずまずの実績かと思います。それに文字にして残しておく意味というものもあります。今回の本は、特に研究者がハスカップの社会的背景を知るのに大変役立った、と聞きます。どこから来たのか、どのように再生するのかなど、まだまだ謎だらけのハスカップです。これからますます研究が進むことに期待したいと思います。

■4/7 勇払原野におけるヒグマの行動を考える 
~シカに続くヒグマのフォーラム~
写真は平成8年の柏原。横たわっているのは体重180kgのオスのヒグマ、その名もトラジロウ。前年、苫東内のミツバチの巣箱6か所を総なめにしたことがきっかけで、捕獲とテレメーター設置による行動範囲調査が持ち上がって、翌年、環境庁の捕獲許可、地主のわな設置許可を取って見事捕獲されました。数日後、ヒグマの研究者によって敏速に各種の検査が行われて、間もなく麻酔が切れるため、みんなが退散するところです。わたしもこの時この位置で一部始終を見ており、折角なのでトラジロウの顔を覗き込み、頭を撫でました。実に賢そうな顔でした。
このトラジロウが残した行動記録から勇払原野のヒグマ行動を検証し今後の対応を考えるフォーラムを6月13日に当NPOが活動センターで開催します。講師は、この調査を指揮した青井俊樹岩手大学名誉教授(当時は北大苫小牧演習林長)と、当時北大の院生で調査を担当し修士論文を書いた早稲田宏一氏。あれから約25年、ヒグマの問題はより身近になりました。今回は一緒に勇払原野のヒグマとの付き合い方を考えます。
昨年11月のエゾシカの第7回フォーラムは、『エゾシカの食害が雑木林の存続を危うくしている』というタイトルでまとめましたのでご覧ください。
ちなみに今年は3月24日に、柏原の国道234号でヒグマの横断が目撃されたようです。


■4/6 ハスカップとドングリの実生苗、コモンズ小世界その後
おととしの暮れに鉢土に埋めたハスカップの冷凍果実と林道で拾ったドングリが、居間の窓辺で2シーズン目の新緑を出しました。ハスカップは落葉はしないまま最近まで元気でしたが、このところ葉っぱにサビ病のような茶斑が出てきました。ナラの方は古い葉が枯れ始め見る見るうちに別に冬芽が膨らんで1週間で開葉しました。世代交代です。低温に当たらずとも冬芽を形成するようで、これはちょっと意外な結果でした。毎朝、薪ストーブに火をつける前に、コップ3分の1ほど水を上げるのですが、今朝はこの2種の健気さと色合いに不憫さを覚え、園芸用の栄養剤を与えました。春になったら、現場の露地に移し替え、秋にまたハスカップとドングリのコモンズ小世界を一から再現します。

■4/5 出会ってよかった日本書紀の入門の書
余裕ができたら是非読まねばと思っていたのが日本書紀。そんな折、全く予備知識なしの状態で、この本に出合えてラッキーでした。日本の正史と言うべき国史が720年になぜ編まれたのか、なぜ漢文なのか…。それは、漢文が当時のアジアの共通語であり、広く各国に日本を知らしめる意図があったことなどに始まり、日本書紀に付随する雑学(近現代史も、さらに昨今の政治家の言動などもふんだんに触れ)などなど、実に様々なエピソードに寄り道して日本書紀の輪郭を明確にしたため、古色蒼然さがみじんも無くなっています。2019年7月の出版。1回目は傍線をひきつつ昨年一気に読み終え、今はゆっくり2回目、1300年前の日本も、シナとの関係では今と相似する荒波の中にあり、そこをくぐって今の日本がある、という感を強くします。「本当は世界に向けた情報発信だった」と帯にあります。加えて「古事記だけでは本当の日本はわからない」。阿部國治著の古事記全7巻を読み、本書を通読しての偽らざる感想でもあります。
昨日は二十四節気の「清明」でした。今日は昼前に2回目のフキノトウ採り。まだまだ里の雑木林には花はありませんが、唯一、ナニワズだけがぽつぽつと控えめに。写真は昨日の遠浅産。

■4/3 生活感を共有する歌壇・俳壇
時間ができて開始、再開したものがいくつかあり、その開始したものの一つが新聞の歌壇・俳壇の熟読、玩味です。よくぞここまで洞察し、情感を込めて巧みに歌い上げたものだと感動することしばしば。全国の津々浦々で日々を生きる大人の投句、投歌、時にはそこに高齢者ならではの共感もあったりします。人間っていいなあ、そして日本人の感性は細やかだなあ…。
今日のなるほど俳句 「一村に合格という別れあり」 …世間では時に「学歴は故郷を捨てさせる」とも。
今日のなるほど短歌 「小春日の縁に介護の日々語り語り尽くして帰る妹」 …ご主人の親の介護でしょうか。聞き役の姉。


■4/2 ちょっと待て、捨てるのは食べてからにして、「ポルチーニ」

断捨離に限らず、人は捨て始めると色々なモノが出てくるもので、家人は台所の棚をいじくって「これも捨てようか」と言います。見ると、7,8年前にどなたかに海外旅行のお土産にもらった「乾燥ポルチーニ」です(右)。ネットで調べると、本物はイタリアや中欧などのやや高いところに生えるイグチ科イグチ属のヤマドリタケのようですが、日本産ならヤマドリタケモドキが近いとのこと。一方、流通しているのは中国産のムラサキヤマドリタケだとされていて、もらった商品のラベルには、確かに中国産とあり輸入元は英国ロンドンの会社。開封するとかなり独特なにおいがあり、水で戻すと黒茶色に代わって、さらに強烈な香りを発しました。これをオニオンスープで食してみました。なるほど、独特の風味があり、歯ごたえは意外にもボリボリ、香りはラクヨウのような癖のある強いものがあります。ただ、とてもイグチを干したとは思えません。賞味期限を5年も過ぎているのにこの風味、もう少し付き合ってみることにしました。

■4/1 断捨離で残すもの、残されるもの、そして
3月下旬から、自宅小部屋で近年2回目の本の整理を断行しました。わずかな量なのに、大げさに断行とでも言わざるを得ない、気の重さがあるものです。職場に持ち込んでいて戻した若干の専門書や資料などの箱もなんと9か月振りにようやく開けて、本棚の余裕を勘案しもう一度選別しました。末期に向けた身辺整理、いわゆる終活か、と、あらためて歳と残された時間を振り返ることになります。だから先輩、ご同輩には妙な連帯感を覚えます。本は、読みながら対話しているうちに、思いついたことを記録するメモ用紙に変わるうえ、扉の裏にいつごろからか蔵書印を押すようになったので、家人は惜しむのだけども古本屋ではもう買い取ってはくれないものがほとんど。長い間、仕事と趣味が重なっていたため、自然一般、森林と樹木関係がメインになり、山、フライフィッシング、薪ストーブなどアウトドア系のうち大事なモノが残りましたが、意外なことに結果的に最も割合が多くなったのは、ヨガと瞑想、仏教や神道などの宗教、癒し、スピリチャル系と、古典関係と近現代史に関するもの。興味の的から離れていくモノと、コトと、ヒト、いずれも「去る者は日々に疎し」、まさにこのことわざ通りに進むものだと感心してしまいます。そうしてだんだんと身辺をそぎ落とし身軽にして、あの世に行く浮力を増すのだと思えばわかりやすい、と気がつきました。 

■3/31 田渕義雄氏の訃報を知る

薪ストーブ Fire Side のホームページで、田渕さんがご逝去されたことを知りました。わたしより七歳先輩にあたり、自然生活というものを、精神と行動を総動員して向き合い満喫する時代の先頭走者でした。奇しくも、山、森、釣り、薪ストーブ、、、でわたしは氏の系譜とかなり重なる現在になっていますが、それぞれの道で常に斜め前にいる敬愛するおひとりでした。訃報を知った Fire Side のエッセー集(数人が投稿)「森からの便り」の冒頭にはこうあります。「薪ストーブを中心にカントリーライフを満喫するヒントが詰まったエッセー集です。あなたのこころの栄養になりますよう・・・」。
昨年の11月、開発こうほうに、「地方に住む意味と動機~田園の風土と産土考~」という短いエッセーを書きましたが、その最後で、田渕氏にとって北海道は今も憧れの地であったことを紹介して結んだところでした。その2か月後、寒山の森の自宅で、薪ストーブの暖に包まれて亡くなられたようです。心よりご冥福をお祈りいたしします。合掌


■3/28 食の春、開幕

勇払原野の早春は、雑木林の落ち葉を掻きわけると、ひと掻きもしないうちに固い凍土に突き当たりますが、それでも日当たりを探して間もなく、小さなフキノトウが見つかりました。メンバーとの山仕事を終えてからの池の周り。本当に小さなフキノトウを8、9個ほど。早速、帰宅間もなくして、ホッキとフキノトウのかき揚げに取り掛かり、家人との二人分、たった二つを揚げました。朝、頼んでおいたホッキは大振りで1個で300円余りでしたが、二人なら十分です。「もう一つ食べたかったね」「でも、二つなら多いよ」。そんな会話をして、甘い春一番の山海の妙味を堪能。昨年の初かき揚げは、フキノトウふんだんな4月8日でした。

■3/27 遠い遠い国、ノルウェー
朝晩の野鳥の賑わいが、秋分のころ以降から鈍くなったように感じます。11月の中旬からの給餌ですから、ちょうど4か月。雪が消えれば野鳥は野外の餌に関心が向くのでしょうか。そう思ってみると、ヤマガラ、シジュウカラ、ゴジュウカラの林の鳥3種が来ていません。よし、よし。若干さびしいけれど、これも自然。間もなく餌が切れるので、今週で給餌は終わります。
ところで、昨日の下記ログをアップしながらノルウェーの薪生活(ノルウェー放送協会)を覗いていると、ノルウェーの風土が感覚的に伝わってきます。森林率は北欧にしては3分の1と低いのですが、国土の3分の1が北極圏にあることが背景だと思います。北欧はフィンランドに夏冬2回(デンマークを1回ちょいの間)で訪れましたが、イメージはやはり長い、暗い冬で、薪ストーブの炎の意味は、暖房だけではないようです。森が大好きなドイツ人が、「フィンランド人は森と語る」と一目置くのは、薪を通じて森とのつながりの深さが半端でないからでしょう。薪を仲介にして森や自然神と向き合っているようなイメージもあります。逆に、日本人、北海道人の多くはその絆がいつの間にか極めて希薄になっていないでしょうか。となれば想起されるのは、風土が精神を支配すること、そうして風土感覚を失えば自ずと精神も移ろう…。薪と森とヒトについて、そんな構図が見えてきます。




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