週末は木こりになる take /草苅 健のホームページ

 


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苫東の雑木林
To be a Greenthumb


ttake's Profile































































































































































TERRACE mori-cafe

in Togakushi shrine   spiritual oak in Akan  

 
produced firewood  satoyama walking

 
this is HASKAP   our working lodge

 
Finnish forest   Mt.D in early spring
 
our secret footpath  Cotswald & beech

 
our working staff   with Ramblers in UK
 
footpath in Nepal     at homeland














○news letter「勇払原野のspirit」
第10号
第11号 第12号
第13号  第14号 15号
第16号  第17号
new 第18号!!




new!!  新刊 『コモンズ 地域の再生と創造』(北大出版会刊) の案内は 
こちら
 と こちら
























































































































































【日々の迷想】
■4/23 早春の雑木林
 
雨上がりの日曜日、フィールドをはしごして一巡り。早春の雑木林は素晴らしい。「森カフェ」もテラスにテーブルをしつらえてオープン。
■4/23 自然は誰のものか
先日「土地は誰のものか」という一文をしたためましたが、今回は「自然」。北大苫小牧研究林で長く林長を務められた石城謙吉氏の講演集で、出版社は札幌のエコ・ネットワーク。先生は講演の際に壇上でいつも胸ポケットから原稿用紙の束を出され、しかしほとんど目を落とされなかった。いつだったか直接尋ねたことがあるのですが、必ずちゃんと講演原稿を書くのだそうです。そしてたしか晩年の仕事にまとめるつもりだとおっしゃっていたような。どうもそれがこの本になったようです。
 語るような諭すような表現、語り口には科学者としての厳しさよりも教育者としての優しを感じさせ引き込まれるような雰囲気があるのは、さすが他の追随を許しません。特に先生が書かれているように「自然保護に携わっている方々への連帯のメッセージ」と位置付けられておられ、視点は明確で関係者は再確認されたのではないかと拝察しました。
 わたしは個人的に先生にはイデオロギーを越えて森づくりという土俵でいろいろアドバイスをもらい意見交換もさせてもらったので、演習林(研究林)と苫東という立場や肌合いの全く違う「都市林」という概念を共有できたつもりでしたが、しかし、そこにはやはり大きな川があったというのが今の心境です。石城先生が昭和48年に苫小牧に赴任して取り組まれた地域環境保護の運動、ずばり苫東反対運動のその「苫東」の森づくりが、51年に初任地として来た苫小牧におけるわたしの仕事だったからです。開発側に身を置いて自然に関わったわたしは、したがって今回のこの著作「自然は誰のものか」を、是々非々の立場で読ませてもらいました。
 あらためて言うまでもなく、経済的基盤の弱かった北海道は、開拓の時代からこのかた、農業・宅地・工業の各々の分野で開発は不可欠の条件にあった、そして森林や原野という自然は土地利用を替えざるを得なかった(=開発)、そうしないと道民は職と豊かさを求めて本州に渡らざるを得なかった、という状況だったと考えています。手つかずの自然の大地をすべてそのままにしておくという考え方に立つのならばともかく、維新後の開拓、戦後の入植、燃料供給等、時代の要請に応えざるを得なかったのが北海道でしたから、「手つかず」から「人の住める大地」への改変はやはり避けられなかった、いや絶対必要だったとわたしは思います。
 もちろん、国や自治体が進める公共事業の方向が間違っていたり、惰性で無駄な事業を進めることは正さなければなりません。しかし経済的でかつ文化的豊かさは求められていたのも事実で、苫東反対運動時によく言われた「煙の下のビフテキか、青空の下のおにぎりか」という、二者選択ではなく、できればクリーンで緑豊かな中での多様な文化生活をわたしたち道民は本心で望んでいました。決して北朝鮮を理想となどしていなかった。そのために、港も道路も農地も宅地も、学校や病院とともになくてはならないものだった。それらは大きな計画に基づくプロジェクトによってもたらされてきて、税金が再配分されてきたのでした。そうして100年余りで500万人以上が住む、近代的な生活を営む島ができあがったのではなかったか、歴史の中の北海道の歩みは肯定したいと振り返るのです。
 石城先生の今回の著作は、そういう観点で見ると、自然保護か開発かで揺れてきた北海道、特に苫小牧の位置づけを考えるうえでとても大切な意欲的な提言をされてきたことがよくわかります。来し方を振り返り将来を占う意味でも大事な問題提起をされていると思います。自然はみんなのもの、と考えるコモンズの視点を掲げる一市民としては尚更、学びの泉にしたいと思います。 

■4/22 小さな感動が人を動かす
 
人をその気にさせるというのは難しいものです。いわゆる動機づけというやつですが、先日、思いがけずに気が代わる体験をしました。つまり「動かされた」。長崎の畏友・まつをさんが紹介していたあるページを開いたのがそれ。それは大滝詠一の「夢で逢えたら」でした。で、聞きなれたこの曲をいつになくガンガン聞いていたら、「音楽っていいなあ」という気分が生まれ、久々にクラシックギターを取り出すことに。
 40年以上前の中学時代に憧れ、バイトでためたお金で安いギターを買い、高校生から35歳ころまでかなり真剣にやっていたやつ。学生時代などは一日5時間もやるときがあった。勤めて間もなく給料はたいてギターを新調し一日2時間はクラシックギターをしていたから、楽譜なしでかなりの曲を行ける。アルハンブラなど今でもまあまあ大丈夫だけどやはり詰まる、そして爪がないから音量がない。だからつまらなくて遠ざかっていた。
 30年近くやる気の失せていたそのクラシックギターを、ちょっと本気で取り出したのだった。大滝詠一のおかげだ。薪ストーブを入れるためにピアノを処分するから、音楽のツールは、これからはギターとリコーダーだけになる。そんな寂しさもあったのか。

 
林を美しく整える森林美学、森で感性を磨き動機を得る森林感性。所詮、芸術のように人に何かが伝わらなければ、本当の手応えにはならない。雨で山仕事が休みになった土曜日、しょうもない書き込みをして午前を終えた。静かな雨は恵みをもたらすものです。
(追加:同じファイルに、竹内まりあの「人生の扉」もありました。他人がカバーしたものばかりが顔を出すこのごろ、久々にオリジナルに出会いました。)

■4/20 きたマップ「あなたの地域の守りたい自然を教えてください」  
このごろ、facebookのような公開するものすべてに腰が引けて、ほとんどのSNSから手を引きました。自分のホームページと唯一twitterを時折見たりホソボソと更新するくらい。SNSに大勢に自分の行動をさらすことへの強いブレーキ。また、他人からどう評価されるのか、ということから段々無縁になっているのでしょうか。
 とはいっても、自分のことではなく、ハスカップ・サンクチュアリと大島山林は別の話で、存在を公に出してあげたい気がします。標記のタイトルは「きたマップ」という、酪農大学の金子正美先生のプロジェクトで、環境活動をGISに落とし込んだデータベース「きたマップ」を創るもののようです。
 ハスカップ・サンクチュアリは、もうこんなに大きな自生地の群落はないのですが、その核心部分を遊水地の土手が横断しそうな状況にあります。別に反対運動などを起こすつもりはありませんが、NPO苫東コモンズが作成したGPSマップだけでなく、金子先生のGISでも記録しておこうと考えた次第。
 大島山林は、隣接するコミュニティと手入れする、まさに「コモンズ型里山運営」の雑木林で、少しずつ、地元の人とNPOが協働し管理の担い手となって美しい快適な林を目指しているモデル。今週末にでも登録申請をしておこうかと思います。

■4/16 台湾にて3
 
15日午前はまず台湾の兵士の霊を祀る忠烈祀で衛兵の交代の儀式などを見た。気温はすでに30℃近かった。次に世界4大博物館の一つとされる故宮博物館へ。蒋介石が台湾へ逃げる時に北京・紫禁城などの金銀財宝を持ってきたという。台湾人ガイドは「盗んできた」と断言した。虐殺、略奪、放火などが戦時は常習化している国だから当然か。翡翠やら象牙やらに細かに細工が施されたもの(白菜が有名)ばかりで、わたしはまったく関心はもてなかった。なのに超満員だったのにはあらためてガッカリした。写真などは1枚も撮らなかった。
 次に中国国民党政府の故蒋介石総統を記念して建てられた中正紀念堂へ行った(写真左)。広大な公園の造りはウィーンのシェーンブルン宮殿を模したようなシンメトリーの花壇と壮大なアプローチで、その先の高台には蒋介石の巨大の像(写真右)があった。戦後台湾にわたり現地の人々を虐殺し35年間君臨したという独裁の有様は、この像のしつらえ方に表れている通り、悪事を覆い隠すための神格化のように見える。微妙な話なのでガイドに聞けば、今はもうそんなことはないといっていた。北の某氏のシルエットに重なるところだ。ガイドは蒋介石の功績は、故宮博物館を造ったことだけだとみんな思っている、といった。なるほど。それは、このメイン施設が補修中で、昨年、国民党から民進党に政権が変わって蔡英文総統になってからは、工事が止まっているということに現れている。

■4/16 台湾にて2
 
世界有数の宝石の産地・花蓮(かれん)から、パワースポットのような国立公園「太魯閣(たろこ)渓谷」を廻ってから電車で九分(きゅうふん、本当は人偏のふん)へ。台北は270万人、その外周を取り巻く新北市は400万、従ってグレート台北はなんと670万人だ。基隆(きーるん)の港の南に位置する。200年前の金と石炭のゴールドラッシュで栄えた廃坑跡だが、15年ほど前から観光地になったという。観光地になって間もなくだと思うが「千と千尋の神隠し」の舞台のモデルになったと噂される建物(実は遊郭だった)とその界隈の石段の坂道一帯に人が集まる。小路は幅2mもなく急な階段だったりするから、もう大変な人だかりだ。ここに小さなこじゃれた店が並ぶ。客は日本人と韓国人の若い人。夕食の台湾料理はここも大変おいしかった。
 9時過ぎには台北で最も大きいとされる夜店へ。またまた想像を絶する人混み、雑踏。金曜夜の大衆の食事は屋台風、的うち‣やえび釣り(金魚ではない)などオーソドックスななゲームセンターなどに圧倒される。しかも広すぎて迷子になりそうだった。しかしこの喧騒はパワフルなものを秘めているようだ。わたしはさすがにこのひと気には疲れる。雑木林とはおよそ別世界だ。自然と人のパワーを見る日だった。

■4/13 台湾にて1
 
昨日から台湾に来ています。千歳から南部の高雄に深夜まっすぐ着いて、13日午前のちょっとした時間に、大きな通りの裏にあった庶民の店を偶然のぞいてみました。とれたばかりの見慣れない魚(左)と、とことん使いつくすホルモンたる腸や腎臓や鳥の足など(右)。ぎょっとする品々だ。野菜を含め驚く安さである。中国の言葉を使いながら中国本土の人々に対して、国民の半分以上の人々が反感を持ち、中国や韓国とは対照的に親日感覚がおそらく世界一高いともいわれる国(地域)・台湾。日本にとって中東との貿易の上でも欠かせないシーレーンはこの台湾の領海と周辺が要です。
 先週からにわかに緊張の増した世界情勢にあって、蔡総統率いる台湾も一つの重要な極にいます。恥ずかしながら今回乗ったチャイナ・エアラインの「チャイナ」を、中国ではなく人口2300万人の台湾が堂々と名乗っているのは初めて気づきました。日本は日清戦争後の下関条約後の50年間、台湾を統治しましたが、1972年の日中国交正常化で台湾との国同士の関係は断交していた。その台湾が蒋介石の国民党時代の名残でチャイナを名乗っているのか。そんな真相もわたしは知りません。今日は高雄から反時計回りに東海岸に出て、今、花蓮(かれん)という人口20万人の大理石で有名な町で夕食を終えました
熱帯を北に回帰線を超えて亜熱帯に入り、やや退屈だった海辺の風景に風土感覚だけは敏感なままでした。






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