晴林雨読願望
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勇払原野のコナラ主体の雑木林。ここは中層をウシコロシの黄色が占めている
一燈照隅
雑木林だより

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●日々の迷想 2021& 2022 & 2023 & 2024

2021
first upload: Nov. 29 , 1998
last upload: Feb 22
, 2024

日々の迷想

■2/22 かた雪の雑木林



小屋までかた雪の上をツボ足で歩いた。快適そのもの。小屋内部はとてつもなく寒いが、里山時間の独占はひょっとしたらとてつもない癒しの時間、もしかしたら宗教体験かもしれない、と思う。その宗教とは「自然神道」あるいは「産土信仰」。

■2/20 70歳からの風景変化

未明の時刻にひとりで起きていると、まあ、これまで思ってもみなかった静かな、少し成熟したような不思議な気分になる。なにか余計なものを捨てたような、諦めたような、かといって希望の持てるような、家族を思い知人や関係者を思い、再び、まあなるようにしかならない、などと自分に言い聞かせたり。しかし、悲観ではない。不思議なもので、このような時間は70の頃からちょっとずつ顕著になったような気がする。いわゆる老い支度であろう。白秋期の宝物。知力と体力は衰える一方で、霊力のようなものが研ぎ澄まされるような。ボケないで大きな病にも襲われず暮らすことは、周りの同年代の物故者や先輩方をを見渡すと大変な幸運だとわかるこの頃、加齢とは実にすばらしい体験だと思う。これで召されるなら本望だ、そんな風に生きたい。

■2/18 「小鳥のようにしあわせ」

恋文の方向にことが成就した時、芥川龍之介はこうつぶやいたらしい。毎朝、庭の雀など小鳥を観察している身として、さすが文豪、言葉選びがうまいと思う。朝の、テンションの高い時の小鳥の動きはきびきびして朝が来た喜びを実に体全体で表すからである。町内会の回覧板に、鳥インフル予防の観点から各戸の餌台設置は自粛してほしい旨の広報を見て、エサ台はすぐ止めたが、今年はそっと残りの餌をレンギョウの根元にほんの少々播いている。今朝は出窓の前のイチイのてんぺんにシジュウカラが来ていて、薪小屋の床でも何かをついばんでいた。シジュウカラの動きもいつもの「しあわせ」風だ。彼らはこのような本能の動きを失った時にはもう生きてはおれないのだろう。懸命という言葉が浮かぶ。

■2/15 雑木林を持続させるために「雑木林を伐る」

気温10度の中、スノーシューをはいて林を巡った。雑木林の主たる構成種ミズナラとコナラの更新状態をみるためである。雑木林をこれからもずっと維持するために、除間伐という一見まともそうな対応をすれば問題は解決しそうに見えるが、現実は甘くないのである。除間伐だと景観は当面維持できるが、若い木が育たないのだ。林内照度が足りないのである。

その結果、結論としてたどりつく「将来的にも雑木林景観を維持するためには雑木林を皆伐しなければならない」という逆説。本州ではもう30年以上前に、議論されていたことで、北海道ではどうかと言えばまだほとんど問題にされていないのではないか。そもそも雑木林に対する評価がいまひとつ聞こえない。そのうえ勇払原野は折角萌芽した枝もことごとくシカに食べられる。食害も覚悟して、それでも皆伐するのが次善の策だろう。

重い雪を我慢しつつ2時間あまり歩きながら、静かに覚悟する。今年の秋からは、雑木林を小面積皆伐して結果を観察しよう、シカがいても皆伐によれば更新して他の樹種と高密度の薮となり、ナラの萌芽枝が生き残り萌芽林ができるのではないか…。柏原ではブッシュ状になればしのげている何か所かがあった。それを思い出し一縷の光としたい。

■2/13 デコポンのママレード



熊本から届いたデコポンでママレードを作る。
4個の果皮を茹で白い皮をそぎ取り、水洗いしてから千切りしてゆでこぼし。グラニュー糖を控えめに加えて30分以上煮込んだ。焦げないように薪ストーブの前で本を読みながら時折かき回し、瓶も煮沸。

ストーブの前で読んでいた本、内館牧子著 『毛利元就』 が次第に面白くなって、昨日から中巻に差し掛かった。昨年訪問した萩や津和野、山口、あの辺の1500年頃のおさらいだ。周防、安芸、石見、備後、出雲、美作と、往時の国模様、お家存続をかけた駆け引きなど、歴史物初心者には面白すぎる。

■2/11 三月早い新緑



1か月前の1月12日、静川の小屋の周りで伐倒したナラの枝を持ってきて水に差していたところ、1か月もしないうちに緑が見え始め、今朝ははっきりと葉脈まで見えるようになった。勇払原野のナラの新緑は例年5月20日ころが始まりだから3か月早い新緑ということになる。実に可愛い。薪も残りが少なくなって、春も近いというサインがあちこちに見えて心が浮き立つけれど、新緑の芽はその点格別だ。お祝いのビールだ、「新緑先取り祭り」で。

■2/9 歌に見る庶民の共感 24

穏やかないい冬だ。立春を過ぎると陽ざしは春を感じさせるが、2/19 の「雨水」となればもう雪解けは近い。雑木林の丸太を運搬する手づくりルートの雪が消えてスノーモービルが難儀するのも近い。毎年、除雪ならぬ「加雪」をするのがおかしい。

◎ 夫には聞かれぬやうにこそこそとふたりの娘らの恋話聞く  横浜市・Kさん

……目に浮かぶ図。ワクワクの家庭のモデルみたいだ。その一方で漂うのがお父さんの仲間外れのような寂しさ、そこに共感する。父親というのはどうもそういう役割で、それはそれで良い。娘の幸せ願うのみ。

◎ 老人となりたる兄とわたくしと墓参の帰り手つなぎあるく  和歌山県・Sさん

……こちらは仲の良い兄弟のむつまじい光景だ。兄弟、親子、絵に描いたようにはいかないことも多いのだろうが、気持ちひとつで何とかなる。ぜひ、こういう関係は紡ぎたいもの。おととい、夜の外食の帰り、雪道が滑るので家人が腕を組んできた。実はこの方がお互いのためになる。杖代わりとはよくいったもの。お互い様。

◎ 暖房のほどよくきいた図書館で『遺書の書き方』ゆっくり読む   竹原市・Oさん

……これもイメージが湧く。ここ1,2年断捨離も進んで、先日は図書館でおひとり様の老後という意味のハウツウ本を借りた。誰にも迷惑をかけないでサクサクと御終いにしたいのは高齢者の共通した願いだ。それまでは旅行もし、美味しいものも食べ、飲んで、友人らともたまには語りたい。

◎ 三百が二百となりて今五十やうやくしがらみ無き賀状書く  国分寺市・Kさん

……ホントだよね、わたしも一緒だ。しがらみを越えれば賀状は実に楽しい。近年は寒中見舞いに切り替えたが、「どなたか不幸があったの?」などと聞かれることもある(笑い)。関係のリセット、良いことが多く再発見もする。

◎ 「初物じゃ」父が頬ばる焼きサンマ先週食べたことも忘れて  大津市・Nさん

……ぼけたのか、もの忘れか(爆)。前夜の食事を思い出すのが難しいことも確かにある。しかし、時間をかければほぼ間違いなく思い出す。そう、年寄はゆっくり時間をかければしのげることが多い。諦めないで考える、思い起こしてみる、、謎解きを楽しんでみる…。すこしコツをつかんできた。今年は娘が帰省した時、家人は奮発して一匹800円もする大きなサンマを買ってきてみんなで食べたのが忘れられない。

■2/7 風土を共有するのは気持ち次第



ここが工業地域の緑地の一角だとは思えないのではないか。30年近く前に手入れした雑木林では猥雑な林床が隠されて、すっくと立った樹木のシルエットが美しい造形を創っている。手頃な二股の木をみつけてデジカメを挟み、セルフタイマーで雪原の散歩を切り取る。自分のものではない環境だが、かくしてしばし共有することができる。

■2/5 苫小牧のシカ、まるで奈良公園化


いよいよ、予断を許さなくなった街のシカ。王子製紙の土場ではシカが、左右を確認して片道3車線の道路をゆっくり歩いて渡っていた。昨日は豊川小学校の北の斜面一帯(海岸段丘)を見て回ったら、雪が解けた斜面に10頭近くのシカが、まるで夜まで待機するかのように何かを食んで暇そうにしている。そして深夜12時ころ、床に就く前に庭を見ると角のあるオスジカがレンギョウのところに立っていた。思わず窓ガラスをたたいたところ、逃げて行った。朝、庭のオンコは無傷だったが「ついにオスジカがうちに来た」とショックだ。まるで、苫小牧は奈良公園化してきた。野生との共生など、まったく望まない。本件はいったい誰が真剣に対策を考えているのだろうか。

■2/3 長塚節 『土』 読了

小さな文字で350p、しかも茨城弁の会話が圧倒的に多い、ちょっと読みにくい一冊だったが、夏目漱石が「娘が大きくなったら是非読ませたい」といったという、さすがの力作だった。東京のすぐそばで、これほど貧しく、虫けらのような悲惨な生活を強いられていた小作農民らがいたことを、この小説は知らしめて農民文学の嚆矢とされる。土にへばりついた小作を描き出すのに、自然観察や行事などを含む風土理解が一級でなければならなかった。そうでなければ、主人公と地域社会の全体像を描けなかったのである。短歌を歌い上げる風物の観察とはそこで不可分であったのである。

長塚は地主であり、主人公は小作で、副業に開墾に携わっていたのであったが、明治40年頃の日本は関東であれ、雑木林を開拓して畑にするさなかだったことがわかる。林の描写も多く、「既に薪に伐るべき時を過ぎて、大木の相を具えて団栗がその浅いさらに載せられ右ように成れば、枯れ葉は潔く散り敷いて…」などという表現がさりげなく表れ、目をとめた。

土と向き合う農業は、社会にとってベーシックな営みであり、林はさらにそのひとつ前のステージのように描かれていることに、なにか、目からウロコの落ちるような思いで読んだ。藤沢修平の『白い瓶』から数えれば約二か月、長塚節の世界にどっぷり付き合ってきたことになる。ポッカリ、穴が開いた気分になっている。


■2/1 セキュリティの薄くない壁

かつて便利な電子メールが使われるようになってしばらくしたころ、偽メールやウイルスやアカウントの漏洩だったかもろもろで、もう電子メールは信用ならない、使えない、などと中止宣言をする人がいた。SNSも然り、現在でも悪用というべき他者の攻撃と詐欺などのため、どうも必要悪としてわきまえて使用せざるを得なくなった。

最近のカードの信用もセキュリティが益々厳しい。いや厳しすぎて、わたしが使用していたカードもある日から突如ワンタイムパスワードなるものが必要になって、聞けばこれからこのパスワード方式は他のカードも追随するらしい。スマホの操作ひとつとっても、ストレスになりかねないものも多い。このまま、難解で複雑な操作を求められたら、お手上げにしたいところ。

しかしもうすぐ70歳になる家人はついこの前まではまったくのIT弱者だったのに、テレビ番組や子供たちに聞きながらストレスなどと言わないで積極的に取り組んでいる。周りの同世代から見るともう突出しているようだ。それを見ていると、ネット社会はやはり終生付き合わざるを得ないのか、と思わざるを得ない。下手したらこういうリテラシーを進歩と呼ぶのだろうか。

■1/30 満72年の歯を抜く

すでに40年近くお世話になっている歯のかかりつけ医は、「可能な限り抜かないでいきましょう。そのつもりで歯をケアしてください」と励ましてくれていたが、ついに奥歯を一本抜いて数日後ブリッジをかけて埋めることになった。昨年から大きく揺れ動くようになり、モノを噛むのが難しくなったことと、歯周病菌が隣に感染するのを防ぐためだ。思えば抜いた歯は10代の後半にはすでに時々出血していた問題児(歯)だったから、われながらよく持ったなあ、という意味もあって、抜いた歯をもらって家で歯ブラシで磨き机の上でシゲシゲと眺めてみた。感慨もひとしお、ご苦労さんと声をかけたくなる姿である。と同時に、人の一生、余命、これからの養生などモロモロが偲ばれて、歯一本に凝縮された来し方を見る思いがする。がんばっておいしいものを食べて飲むために、というのは将来への欲張りな希望だが、老い仕舞いとでもいうような山型のグラフのような図が浮かび上がってくる。

■1/28  現役として動くことの限界と展望



除間伐材の有効利用として、伐倒した丸太の藪だし運搬が始まった。先週から十分雪が降ったおかげだが、降り過ぎてまだ雪が落ち着いていない。そんな中、雪に埋まった丸太を掘り出して鉄ソリに積みスノーモービルで作業ヤードまで運ぶのである。いつもの静川の里山はもうスノーシューでしかアクセスできないことと、今日は大島山林の運搬車スノーモービルのドライバーがいるのか心配だったのでメンバーが集結するこちらの山林に顔を出し、夕方まで藪だしやら積み下ろしなどの作業をした。若手会員と一緒の行動をするのは実に久々だ。静川の小屋は雪が落ち着いてからにしようと思う。

鉄ソリに載せスノモで曳かせる丸太の重量はは700kgから時に1トン。今日は新雪が40cm近いので数回スタックしてドライバーは一苦労した。今日のわたしはあくまでピンチヒッターだが、スノモの始動や運搬時の微妙なコツ、ルートの取り方など、若い人に伝えておくべきこともあるな、と思った。いわゆる、キャリアの長さに伴う、格好良く言えば、ここの里山作業の経験知であろうか。

こうして活動しながら、シニア世代の山仕事における働き方を改革、開発しておくことも少し意味がありそうだな、と感じている。足跡をつけておいてのち,、各々が各自の方法で獲得してこそ、年寄になってからめざす長い里山ライフを続けることが可能になる。90歳あたりまで生き延びるのは普通になった昨今、これからは生きがいと養生の選択が問われる。

作業をしながら 今日のパートナーの kuri ちゃんは、「北海道で丸太を人力で雪の中から掘り出すような、こんな本格的な山仕事をして薪を産み出しているなんて想像もつかないでしょうね」としみじみ言う。わたしが見ているSNSで発信されている本州の「薪活」の実情を話していた時の反応だ。逆に、この自賄いの手ごたえを感じて評価できる人がどれだけいるかはわからない。

■1/25 海のサクラマス用フライ



余市の「現代を生きる縄文人」と自称する山の先輩からサクラマスのフライ(左上)が届いた。今年は樽前浜でがんばってみる、というわたしの決意を聞いての、有難い応援である。

フライは、これまた岩内の後期高齢フライフィッシャー岩田さんのオリジナルで、仲間内の名称は「イワタ・スペシャル」。シンプルなシルエットでマテリアルも普通のものだが、なんとなく釣れそうに見える。サケなどの稚魚を模したものだと思うが、右下の赤、黒、黄緑のフライは熊石を中心にわたしが使い古したアメマス用のフライ。20年以上前に地元のフライマンが使っていて実績のあることから試作して愛用してきたものだが、これもポーラーベアーとエルクだけのシンプルなものだ。しかし、良く釣れるから不思議だ。その点、バルサを使うミノータイプなどは、かっこいいが消耗するのがもったいないという愛着が作用して、ついチャレンジを大人しくする。さて、これから気分を盛り立て、よたよた歩きでも今年は前浜をロッドを抱えてさ迷ってみようと思う。







2024/1/23 以前は   こちら