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●日々の迷想 2021
2021
first upload: Nov. 29 , 1998
last upload: Sept 24
, 2021


 日々の迷想

■9/24 薪の需給バランス
丸2年乾燥させた広葉樹だけの薪(勇払原野の雑木薪)が、最終的に2,3軒分余ったので、昨日ある人を通じて斡旋をお願いしたら、1,2時間後に2件問い合わせが来て早速成約しました。そのスピードはまるで「飛びついてくれた」感じ。そこにほの見えるのは、良質で安心な薪の不足で、事情通に聞けば、購入薪はしばしば乾燥不足で燃えなかったり、定期的に購入できなかったりと、わたしから見れば同情を禁じ得ない現状のようです。そこでこちらのスタンスを話すと、まるで奇跡でも聞くような驚きの声の表情でした。「それは大変な仕事ですねえ。よくもまあ・・・」。あと10日もすれば、薪ストーブを今シーズン初点火する頃合いです。コモンズ林業的な、狭い範囲のゆるい地域活動こそ、総合的に地域環境に貢献する、という目立たない真理は一般にはなかなか到達できない社会のようで、そこにはやっぱりちょっとした奇跡があるのかもしれません。
■9/21 秋色
「大丈夫、元気に咲いてるよ~」。入院期間の中日のころに聞いた、家人に任せたハンギングやコンテナの花の様子でしたが、2週間ぶりに目にしてみると、その差ははっきり。インパチエンスの葉が黄色に変わり始めています。朝の気温が10℃近くまで下がっているせいでしょう。その割には、まだイカリソウのようにクルクルと巻き込む果実があまり目立ちません。ほぼ4か月前の6月1日に、たっぷりの元肥を与えてずっと放置して水だけを切らさずにきたオブジェたちも、そろそろお役目が終わろうとしています。意外に頑張ってくれたのが、右上のヒメジョオンに似たペラペラヨメナ(エリゲロン)。先月刈りこんだ別の株もすっかり復元していました。わき役としてはこれからも使えそうです。
■9/19 手術による再生の記念に思う
昨年春、熊野古道を巡った際に、「再生 re-birth 」という言葉と祈りを少し深めで身近に実感しました。歳のせいでしょうか、これは新鮮でした。不思議だった後鳥羽上皇の再三の熊野歴訪の背景を、「源氏物語」の時代描写と重ねて読み込んでいるうち、その動機が度重なる不遇と再生の繰り返しの中にある、とかすかに感じ取りました。入院11日目の日の出がこの再生にとても因果が深いと感じると同時に、ぽっかりとエアポケットに入ったような入院療養というのも、追手が入り込めない安全地帯「アジール」に逃げ込み、「再生」に踏ん切る契機に近いものがあるのではないか・・・。
この度の障害と治療の原因は、個人的できわめてちっぽけな、平たく言えば林業的なまねごと、ズバリ具体的に言うと丸太という重量物の運搬のしすぎによる股関節の摩耗だったわけですが、いわゆるこの山仕事の日々をくぐって、外反母趾を患い、その一方では拙著『林とこころ』が生まれ、薪ストーブ生活が始まり、そして股関節に約400gの金属などが装填された・・・。こう書くと、これらひとつひとつがウラヤマニストであるわたしの、山仕事の折々の記念碑であり、今日の日の出もちょっとそれを象徴するなあ、などと思って、あさ5時22分、日高幌尻岳の方向にに向かってシャッターを押しました。入院最終日は、5月から9月初めまでのニュースレター「勇払原野のspirit」に取り掛かります。

■9/18 薪と万葉集
外部社会とはネット等でしっかり繋がっているとはいえ、どこかモノトーンな日々であり、これは毎日同じメニューの食事をしているに似ています。そこでおとといから、持参した2年前のサライ「万葉集を旅する」を見始めています。今朝、早々の回診を終えてからは、ノルウェーの名著『薪を焚く』を再読始めました。これらは2020/3/26迷想雑木林だより110の6/22〃111の7/14 と折りに触れて書き込んでいるのがわかりました。思えば、雑木林と薪は天に召される直前までの関心事になるのかも。万葉集といい薪の本といい、ルーチンとは別世界を瞬時にして形作る魔法を持っていて、こんな至福を味わえるのも、白秋期の養生生活のおかげでした。(^_-)-☆

■9/17 「8050」の物語

結婚も就職もできないまま50代になった子供が、80代の親の年金を頼って生きていくという現実の社会問題、「8050」。昨日もまさにこの構図の親族殺人事件が報道されたばかりです。入院生活はリハビリを始め押すな押すなのスケジュールのため、何冊かの本を読破するというわけにはいかなかったのですが、合間を縫って唯一読み終えたのが、林真理子著『小説8050』。いじめが原因で引きこもりになってしまった二十歳の青年と父親、そして弁護士が、7年前の加害者を相手に裁判を起こし、最後は満身創痍のような状態で有罪を勝ち取るという筋立て。加害者3人を含むいじめる側の心理、身勝手な忘却と変身、被害者青年の屈折と息子を持つ父親の葛藤、そして凄惨な家庭崩壊の過程をそれぞれリアルに描いており、他人事とは思えない描写に引き込まれました。息子と父親の軋轢描写も身をつまされる思いがしました。最終ページに近くなって、アレッ、何かに似ている、と思い出したのが、村上龍著『希望の国のエクソダス』でした。あれも主人公は中学生で、恵庭の病院の窓からすぐそこに見える「ノホロ」(野幌)が架空の国のラストステージだったことも、妙な既視感を呼び起こしました。あえて言えばかすかな光が見えたのが救い。とはいえ、生きにくい閉塞した世の中だ、という重苦しさは
いや増すのでした。
■9/15 団体旅行的「相部屋療養」
手術して1週間、人間の体とはよくできているもので、無事傷口がふさがり、今朝は回診時に医師が切開個所を覆っていたカバーをはがし、昼前はなかば強制されるように入浴しました。歩行器はさきほど撤去され、自立に向かってこれから一本杖で行こうと背中を押され、新しいステップのリハビリに入りました。日常に戻るための厳しい訓練といったところです。ところで、入院当初の数日、年配の男性3人と相部屋で、いつもながらこれは団体旅行に似て楽しい時間でした。団体旅行を馬鹿にする人もいるかもしれませんが、これが実に興味深い時間で、距離感をもちつつ、お互いの人生経験を背負いながらやり取りする、人生冥利に尽きるというものです。中には日本でも超有名な会社に務めていた夫婦だったり、腕に覚えのある職人さんだったり、九州の方だったり、もと公務員の夫妻だったりと様々ですが、その多様性と混とんに、日本人そして日本ていいなあと何度思ったことか。相部屋療養もきわめてそれに近いのです。PCを使用する必要と、C-PAP 対応のため予め希望していた個室に移ってからも元の部屋に顔を出して歓談し、看護士さんから「長居しないでね」とやや嫌味っぽく言われました。目は「ここは病院であって居酒屋やサロンじゃないんだから」と言っているようでした。ハイ、確かに・・・。(-_-;)
■9/13 「ありがとう」50連発
入院は普通の生活者にとっていわば別世界です。とりわけわたしの場合は突然、不自由な身体になったために実に多くの方の世話、いわゆる介護を受けるようになったことが大きいわけですが、その結果が「ありがとうございます」の連発でした。さすがに家人にもこんなにたくさんは言わないどころか、数えるほどです。もともと海外に旅行した際にレストランやホテルなどでサービスを受ける都度、サンキューを惜しまないようにしてきたせいか、抵抗なく自然に言葉は出ますが、今回の病院ではその回数のなんと多いことか。これだけ連発していると、心が軽くなってなんだか運が上向いていくような気がします。
なんとそんな今日のこと、送信されてきた月刊誌「致知」のメルマガに、心学研究家の小林正観さん(故人)の話が紹介されていました。小林さんは、ある時、この宇宙を貫く一つの法則に気づきます。「ありがとうの法則」です。――「ありがとう」という言葉を口癖のように唱えていると、自分でも信じられないような出来事が起き、健康ばかりか運命までも好転していくというのです。・・・聞き覚えのある話ですが、まさにさもありなん、です。

■9/11 手術後3日目
「左形成不全性変形性股関節症」という病名に対して「左人工股関節全置換術」、という手術を行いました。8日の朝一番の9時半、担当医は自信をみなぎらせた頼もしい女医さんでした。2時間弱で手術は終わり全看護の回復室で寝たきりの一昼夜を過ごしてから病室に戻りました。術直後、左足が無感覚で丸太のようでしたが痛みもないので、外科手術とはまあこんなものか、と楽観していたところ、翌日午前で麻酔が切れてからは大変な痛みと腫れがやってきました。初めての手術を甘く見たようです。それからは完全な身障者状態が続いて昨日はやっと歩行器でトイレに行く練習、今日はデイルームの移動許可を得て午後個室に移れてからはリハビリ士の監視のもとフロア1周が許されました。パソコンは個室だけなのでこうしてやっと報告ができました。思うに、山仕事はおろか、日常生活に戻るためのハードルが多々。どうなることやら、少なくともかつてのように山野を跋渉し、チェンソーを駆使して重い丸太を動かすのはもう無理かな、と観念しつつあります。
■9/6 お知らせ
意を決して人工股関節の置換手術をするため入院することとしました。しばし、ホームページの更新はお休みします。できるだけ早く、自分の薪は自分で軽く作れる程度に回復したいものです。

■9/5 土地ごとの気質と大泉洋
日本は狭いといっても、土地ごとにおせちや名物料理が異なるように、一部ではしばしば気質も違うと話題になりますが、それがまた結構面白いものです。血液型で性格を類型化するのが顰蹙を買ったりするように、これも大っぴらにするのが憚られるものがあります。が、でもやっぱりヒクヒク笑うほど小気味よく面白い。コロナ禍の前、あるちょっと固ぐるしい立食パーティの片隅でこの話になって、やがて札幌の人たち、という類型が話題になりました。居合わせた4,5人はいずれも東北、関東、関西の方で、では札幌人の極めつけは誰だ、ということになりました。そこで出たのは、タレントの「大泉洋」。彼が象徴するのは、飄々として、しがらみを蹴っ飛ばしている風で、あっけらかんとしてトータルで楽天的に見え前向き、、、、というあたりです。それに比べ、本州人は大なり小なり土地のしがらみがあってこんなに伸び伸びしていない、というものでした。ひがみでもありましょう。出る釘は打たれるから目立つことはするな、と諭されてきたわたしなども賛同した一人でしたが、年配の名誉教授が珍しく破顔一笑、激しく同意したのが印象的でした。やはり札幌出身の人はどこか違う、とわたしは今でも思っています。
■9/3 木を植え続けた人

世の中には、人知れずコツコツとやる大事な仕事があるものです。いや、子育てなども含めて日常的な大事なミッションというのは人の評価などをほとんど考えないところで行われるのかもしれません。先日訪問した蘭越のSさんの山もそうでした。洞爺湖の10万年前の火砕流からできた土壌が植生を受け付けない困難地で、Sさんはそこにコツコツと木を植え、やがてあちこちから人も集まって来た・・・。と言っても、壮大な夢を語るわけでもない。苗を作り少しずつ木を植え、トドマツ林は暇を見つけてササ刈りをして植生が変わってきた・・・。こうすることが楽しいとおっしゃる。その時間の流れを振り返ってすごく満足そうなのが、こちらに伝わってきてそれが周りをほっとさせる。「これでいいんだ」、という安心感に近いものでしょうか。成し遂げた成果ではなく、その姿。人はこんな発信もできるんだなあ、と感じ入りました。それが植生復元であることが、まことに絵になるのでした。

■9/01雑木林に蚊
この夏も、蚊のいないいいシーズンだと思ったら、9月に入ってやっぱり出てきた。大勢が集まるだろう「つた森山林」の育樹祭がもし行われるのなら、結構、お気の毒だと心配になったが、そんな中、いつもキノコ採りをしていたではないか、と思い直す。しかし、あれは季節の味を求めての個人的なビッグイベントで、切実な別の話だということにしよう。


●日々の迷想 2021

 
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