晴林雨読願望
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●日々の迷想 2021
2021
first upload: Nov. 29 , 1998
last upload: Oct 19
, 2021


 日々の迷想

■10/19 白鳥が悲し気に南へ渡り、冬をここで迎える当方は楽し気に薪焚く
このところ、昼と夜とを問わず、南へ渡る白鳥の鳴き声が上空で聞こえます。街路灯を目印に国道36号にそって室蘭の地球岬方面、そこから噴火湾を渡って大沼方面に行くのでしょうか。昨夕はかすかに声はすれども群れが見えずよく目を凝らしてみると、はるか上空、恐らく3~400mもの上空に編隊を見つけました。いつもより遥かに高い高度ですが、これはどうしたのでしょう。この鳥たちの南への渡りの頃になると、こちらは否応なくここに這いつくばって生きていくことの意味を知らされ、冬を迎える心がけを思い知らせるのが毎年の常でした。たいしたことではありませんが、夏の服と秋冬物を多少入れ替え、庭のコンテナの花々を霜が降りる前に器から出して片づけます。簡単そうに見えてもハンギングやコンテナの内面に根をへばりつかせているので、それを剥ぎ取るのは実は一仕事です。その反面、春先に自分が見立てた施肥案分が完璧だった証でもあり、4か月の頑張りを称えながらの、にんまりしたいやではない作業になります。今年は何にも追われることなくのんびりやって土日の2日を使いました。薪ストーブは16日の土曜日にこの秋初めて点火をしました。焚き付け乾燥を調べるために割ったドロノキの小割はさすがにマッチ一本で火がつきそうな逸材(写真)でした。毎年手に入ればしめたもの。
■10/16 霜直前の「クロホウジャク」飛来
昨夕、リハビリの散歩から戻ると、インパチェンスのコンテナに懐かしいホバリングを見つけました。スズメガの仲間クロホウジャク(あるいはホシホウジャクかも)です。いつもは盛夏のインパに時々訪れるのを愉しみにしていました。今年はなんと霜注意報の出る前日です。持ち合わせのスマホで撮影したため羽が動いていますが、もう少しシャッタースピードが速ければ、羽は止まって見えまさにハチドリのホバリングそっくりに見えるものです。実は霜の降りる前に、花々を地上に下ろしてもう片づけるつもりでした。でもこの飛来が彼らの大事な蜜集めだったと考え、片付けは明日にしました。残念ながら昼から小雨交じりの強風のため、庭では見かけることができませんでした。上空は昨日も白鳥の群れが西南の方角に飛んでいきました。
■10/15 中西悟堂
この方との出会いは、幼少の小学校の高学年か中学生なりたての頃に読んだ『定本・野鳥記』でした。山や里山で野鳥の観察を超人的に粘り強く続け、片やでは冬も裸で暮らすような修行のような姿に強く惹かれて、これらはNHKの白黒の「自然のアルバム」というナチュラリスト養成番組のような誘いと、わたしの中ではペアをなしていたように記憶しています。この中西悟堂ですが、現在読んでいる『山と詩人』 の中では詩人として登場し、しかも15ページというとても長い解説が展開されています。著者の視点を簡単にいえば、西洋の影響を受けた近代化に多少とも引っ張られる詩の流れの中で、中西悟堂は宗教的な感性を背負い、山と自然、特に野鳥と渡り合ってきた、という純日本的感性あたりにオリジナリティを見出しており、長いページを割いた理由がそこあたりにあるように読めます。しかしかなりの変人で怪物と言われていた中西は、昭和9年に創設した日本野鳥の会のその後をもれ聞くと、どうも晩年の評価が曇っていることに気が付きます。ウトナイ湖のサンクチュアリが縁で苫小牧は野鳥の会の位置は今、半ば不動のものですが、自然保護運動という側面もあって、マチと野鳥の共生にはまだ課題も多く、人と自然のあり方はまだまだ折り合いを得たようには見えません。
■10/13 宿根草の庭
庭の造作も変わり花を植えるスペースなど無くなったのに、花で彩られた空間を自由にできるのは喜びの溢れる自己実現であることは、今も代わりません。できれば自分の棲む町内も町全体の風景も優しい好ましいものに変えていきたいものです。ニュージーランドのクライストチャーチは、そのような夢をホームガーデンと公園でガーデンシティとして創り出した街です。1996年の年明け早々、飛行機とホテルの予約だけとって、こんなNZの街に一人で出かけたのでした。圧倒されるのは写真のような宿根草のボーダー花壇。今まで見た宿根ボーダーの中でも、ここハグレー公園のそれは群を抜いているように思います。そしてこの公園は樹木のなかったカンタベリー平原の一画に100年以上前に樹木を植えて作ったものと、公園案内に書いてありましたが、樹木のほとんどは直径が1mを超える大木ばかりだったのには驚きました。残念ながら、おびただしい数のスライドから数枚を選んでスキャンしデジタル画像にしたのですが、どうも解像度が良くありません。なので、トリミングもさぼってしまいました。苫小牧はあと数日で霜が降りるので、まず物置に掛けたハンギングを降ろし片づけたのですが、来シーズンはできればコンテナで宿根草をアレンジしてみたいと思っています。
■10/11 山と詩人
入院中に林真理子著『小説8050』を読んでから、分厚い本を読んでいないのに気づき、たまたま本棚をさがしたところ、ありました!買っては見たもののなかなか入っていけず何年もの間、仕舞っていたわたしにとっては超高価な本です。よくほったらかしにしたもので、1986年発刊ですから35年も前のもので8500円。山と詩人は当時もっとも関心のあったテーマであり、新聞の書評を見てすぐ購入した記憶があります。今月初め、ゆっくり読み始めて、現在700ページのうちの3分の一を過ぎたあたり。買ったのは山登りから離れ、ウラヤマニストを意識し始めたころで、山を自然と読み替えることで日本人の自然とは何だったのか、詩の言葉を通じてじわじわと伝わってくるのを感じます。まさに古希の今読むにふさわしい出会いになりました。ただ、あまりに高ぶりが高く没入が深くて書評めいたものを書くにはちょっと頭の整理が必要になりました。著者は詩人の田中清光。これを読み終えたら、隣の『小島烏水』、伊藤秀五郎さんの『続編・北の山』を再読するつもり。その間に『伊勢物語』や『夜と霧』に寄り道したい。自由な読書の時間を得て、初めて、入り込めるという特別の世界がそこにあります。至福の時間と呼ぶべきか。。
■10/9 寒露から霜降へ
快晴の昼下がり、膝まづきながら軒下の草取りをしていて敷砂利の間に見つけたのが写真のハタケシメジ。去年は気づかなかったのですが、おととしから玄関わきのここに薪を積んできたせいでしょうか。とすれば正直なものです、その足元に発見した秋の恵み。でも競争相手はいないから、あと一日、オガラセテからいただくことにします。今年はキノコ採りらしいことをしていないので、ちょうど記念の一品。それにしても温かい日が続きます。昨日は24節気の寒露ですが、長期予報では霜が降るまでにはあと数日から1週間はかかりそうな気配。24節気の霜降まではあと2週間。
■10/7 霜が降りる前にバラ香る
昨日は大雪山旭岳に遅い初冠雪。いよいよ、里も初霜が降りて雑木林は紅葉が始まるころ。近所をウォーキングポールを持ってリハビリの散歩をしていると、どこからともなく、甘いバラの香りがしてきます。向こう三軒両隣でバラを競う一画でした。まだまだ立派に花を咲かせていて、霜を待ち受ける最後のパフォーマンスのようです。当方の庭もハンギングを下ろすのも間近であと数日と見ました。そんななか、再びけなげに葉を広げ花を咲かせ始めたのが、今年初めて植えたエリゲロン(ペラペラヨメナ)。マイナス15℃まで耐える多年草で、ハンギングとコンテナの隙間を埋めるつもりで数株使ってみたのですが、意外に生命力あふれ、伐り戻したあとに写真のような繁茂状態に戻りました。
■10/5 薪ストーブを焚く準備

薪ストーブを焚く日は近いと予想して、焚き付けと薪を居間に運びました。術後とは言え、このぐらいの負荷は、気をつければやれます。しかし今季は、チェンソーを持つ山仕事は断念しました。持ち運びなどしながら、薪を燃やすまでの長く非効率な作業の日々を振りかえると、この暖房をフルセットで自賄いする営みも家族にとってはエッセンシャル・ワークそのもので、共有財を利活用する新しい社会の入り口ではないかと思いいたります。


■10/3 不安(その2) 不安神経症
不安といえば今から20年以上前に「不安神経症」とか「パニック症」、あるいは「心臓神経症」という診断を下されたことがありました。例えば家人が車で出かけた、という場合、心配で心臓がおかしいのです。閉所恐怖症もあったので地下鉄などはとりわけ不調でしたが、もとはと言えば自分の行動様式、アクセルを踏みっぱなしのような仕事の仕方などに原因があることに気付き、5年ほどで脱し幸い鬱にもならないうちに新しいライフスタイルを得ました。心身の不調とか病気というものは、気づきのための天の采配だと言いますが、まさに有難い回復力でした。杞憂とか不安とか、もとになる根源を見据えて生活をリストラすることは容易ではありませんが、結局、心身の主治医は自分しかいない、と知ったのは大きかった。
■10/1 漠然とした不安
朝の目覚めの時に、漠然とした不安を感じる人というのは世界中に大勢いるようです。時間に追われたり生活や将来の不安、仕事や抱えているプロジェクトの不安などストレスの種類に枚挙にいとまがありません。いい加減な人生を歩んで来て反省ばかりしているわたしも例外なく、この不安は何だろう、何故だろう、とずっと考えてきました。が、なんと仕事を辞めて約2年で、これがかなり軽減、いや激減しました。「もう、何をやってもいいんだよ」「何にも追われてはいない」「わたしは今や自由」、とわざわざ言い聞かせる必要が無くなりました。不安というのも避けられない癖の一種のようだから、起きがけにヨガをしたり冥想に入ったり、カーテンを開けたり、とにかく所定の行動を起こしてしまうのがいいようだと知って、実践したのも大いにプラスだったようです。祈りも呪文も有効でした。不安はこころにつきもの、上手に付き合っているうちに消える・・・。これは儲けものですが、ここまでが実に長かった。(-_-;)
■9/29 道央圏は薪不足?!
春から秋までの勇払原野からの発信 ニュースレター28号をアップしました。聞くところによると、今年(も)、道央圏で薪が足りないようですね。、先日、自賄いで残った2年乾燥ものを譲る話を持ちかけたら2,3時間で2件の話がまとまりました。あと10日もすればストーブを焚くこの時期まで、入手できなかったのでは心中察してあまりあり、です。
ところで積んだ薪は膨らむというか、乾燥につれて動きます。薪ヤードの薪小屋の薪は何回倒壊したか数え切れませんし、拙宅の間に合わせの薪小屋がはちきれそうで応急処置をしました。ほぼ半日で仕上げ、材料費9,000円の安普請ですから覚悟はしていましたが、崩れないか心配です。春までなんとか持ってほしいところ。



●日々の迷想 2021