晴林雨読願望
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勇払原野のコナラ主体の雑木林。ここは中層をウシコロシの黄色が占めている

一燈照隅 雑木林だより
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●日々の迷想 2021& 2022
2021
first upload: Nov. 29 , 1998
last upload: Sept 25
, 2022

日々の迷想

■9/25 いよいよ千秋楽
本場所の大相撲はどこか違う。平幕力士が天皇賜杯をめざしてしのぎを削るという、それだけではないものがある。どうもそれは、コロナがやや下火になって十分なけいこをするようになった、久々の状況変化が背景にあるようだ。呼応するように、歓声やどよめきが戻ってきつつある。これほど違うものか、と目を見張る。今日は誰が優勝しても祝杯を挙げねば、というのが正直な相撲ファンの心境でないだろうか。

■9/22 朝まずめの風景
人が起き始める前の闇から、夜が明け始める時間は格別の神秘的な時間です。朝4時、外は快晴のはず、とそっとブラインドを開けてみたら、なんと正面にオリオン座、左にシリウス、さらに西には細い下弦の月が控えめに覗いていました。真上には火星が瞬いているはず。おお、これはラッキー、と窓辺に椅子を寄せてそのまま南の空の星々を眺めることに。なににもせかされない、こんな時間は、かつて経験したことのない穏やかさと和みを吹き込みます。

■9/21 朝、石油ストーブの暖に頼る
このたびの台風が近寄るころから、急に北風が入り込んで、今朝は8℃まで気温が下がった。先週は打ち水をしていたのに、今日はこの秋初めての石油ストーブ。こんな時、高齢者は我慢せず、文明に頼ってよい、と決めている。それにしても秋分の日の前に、ストーブを点火したような記憶が、実はなくて、それはたいてい体育の日だった。明日は急遽、申し込んでいた煙突掃除の連絡が入った。いよいよ、である。

■9/20 台風の肩透かし
今季二つ目の台風来訪ニュースに、天気図と被害情報などをにらみながら、9/19午後、ハンギングバスケットやコンテナの移動を、家人と二人ですました。今年は専一の11号に続き2回目の移動だ。狭い物置や玄関内部に大きな鉢も入れるから、ちょっとした仕事になるし、花はいつもそれなりにダメージを受ける。案の定というか残念ながらというか、台風の進路は南へ下げながら減衰し、今日の午前10過ぎにやや強い北風が吹いただけで終わった。家が壊れるような強い風、とか熱帯のような猛暑が襲う本州や九州などでは、西洋起源の軟弱な草花を春から秋まで楽しむなどというのは所詮植え替え覚悟でないと不可能だ。台風一過では、いつもそんな北海道の風土をありがたく思う。

■9/17 ログハウスのリフォーム

オジサンたちのマンパワーはすごい。ガラス窓のはめ込みを早々に終えて、ロフトの片付け、煙突掃除まで終えてしまった。小屋は一挙に洋風のたたずまいに変わった。ほとんどが間に合わせでできている、というのも肩が凝らなくてよい。作業用燃料のにおいもするが、それも悪くない。さていよいよ、新しいヒュッテんレーベンがスタートする。詳細は「雑木林だより119」を。

■9/15 ドングリは豊作、カツラの匂いは今日も不明

清々しい秋晴れが続くので、雑木林に行ってみた。林には乾燥したボリボリがひとつ。一方、林道にはおびただしいドングリが落ちている。特に、ミズナラ。コナラに比べればはるかに粒が大きいから、食べる方は願ってもないだろうけれど、幸い、ヒグマの気配はなかった。同じドングリでも、ミズナラとコナラで成り年が違うこともあるのだろうか。

カツラが匂っているという本州の少し前の情報を聞いたので、思い出して遠浅のカツラのもとに出向いてみた。葉っぱはもうかなり落ちている。わたしの嗅覚はかなり良いのだが、どうも識別した記憶がないのである。だれかがキャラメルの匂い、と表現していたが、さて、数種類の、悪くはない匂いのうちどれなんだ?結局、わからなかった。匂いの識別は難しいのだ。見えず、聞こえず、味わえず、しかし恐らくこれだろうという見当がついた。

■9/13 歌に見る庶民の共感 14
内憂外患、この頃の世相は、激動の時代を思わせるものばかりです。識者とかコメンテーターはメディアという舞台で、様々なことを言いますが、どうもいまひとつ無責任で信用できないし、SNSなどで過激にも見える言葉を投げつけるエラそうな方々もいかがなものかと見ている。その点、歌に見る市井の人々の短い言葉は短い分だけ、鑑賞する側の心象を反映する鏡になるのでしょうか、すとんと落ちる明言を見ます。
◎てぬぐひの母の一日稲の花  津市・Nさん
…稲の花というから猛暑のさなか、母親はかいがいしく働く(かつて働いていた、と回想?)そばにあった日本手ぬぐい。庭や料理や家事をするために、わたしのポケットにもいつも日本手ぬぐいがある。吸湿性、肌触り、簡単に洗えて干せる。「てぬぐひ」がもろもろを彷彿とさせる。
◎キャラメルの匂い桂の夏落葉  東京都・Kさん
…情景が浮かぶ、匂いも。と言いつつ、幾度となくカツラの木を愛でているのにカツラの芳香を識別できない。他では優れた嗅覚を持っているのに。今週、あらためてカツラの木の下に出向くつもり。
◎カブト虫が動かないと三歳児が持ってきたのは「家庭の医学」  堺市・Nさん
…思わず笑ってから、待てよ、出来過ぎていないか?と立ち止まる。家族の不調時に誰かがすかさずこの本を持ち出した光景を三歳児が強烈に記憶していたのかも・・・。
◎今はまだしゃべれるさかい言うとくわ 世話んなったな仲良うくらせ  葛城市・Kさん
…終活用にメモしておこう。そういえばお世話になった先生がいまわの際で、「今の体制でがんばって!きっと大丈夫うまくいくから」とおっしゃった。迷いの多かった自分はどんなに励まされたことか。先生はその二日後に旅立たれた。人生最後のメッセージの力、わたしは信じるし最大の発信力だとも。 

■9/11 手術から1周年、生活の質QOLは明らかに向上
人工股関節の手術から1年がたち、先週末に担当の女医さんから一年後の定期検診を受けた。
ドクター 「その後、どうです?」
わたし  「お陰様で、QOLは痛みが出る前にほぼ戻りつつあります」 
まさに感謝の万感を込めてこう申し上げた。やってよかった。大げさに言えば、チタンとセラミックの股関節を埋め込んで、再生リバースの心境である。ドクターはわたしのヨガ・アサナのエクセサイズを脱臼予防の観点からいつも心配してくれるが、危ないポーズはとりませんから、とお伝えして、レントゲン写真を見ながら問診は5分ほどで終わった。

■9/7 SNSの功罪
今や個人にも社会にも欠かせないものとなった観のあるソーシャル・ネットワーッキング・サービス、いわゆるSNSですが、先日、竹田恒泰氏は「SNSで悪い方向にいっている」と語っていました。もちろん、プラスも評価してのことですが、匿名の誹謗中傷などは留まるところを知りませんし、1人で沢山のアカウントを持って、まるで多数であるかに見せかける手法なども後を絶たないようです。昨今の都内などでは、noisy-minority 少数のやかましい人たちが、まるで大勢かのように見せかけて大声でデモするようなことが多くなったようです。それを、視聴率を上げたいマスコミが一定のバイアスでこぞって報道する。これで世論操作ができるわけです。実は大勢の肯定派は声を挙げていないから、あたかも日本中が反対者で占められているような絵ができあがります。

いまから20年近く前に、mixi というコミュニケーションツールが出始めた頃、SNSが人口減少化の進む北海道の各地で「地域力を向上させることができるか」というテーマで社会実験を行って、約10年、管理人を引き受けましたが、あの経験で言えば、現状は竹田氏の主張は、わたしも残念ながら賛成せざるを得ません。匿名だと、人は他人をそしることが気にならなくなり、首相であれ皇室であれ横並びのような言動も可能になりました。そんな発信することで、人間は情緒が揺れ人品が卑しく尊大になるのが常ですが、確かにSNSはその傾向を一気に加速させたようです。

■9/5 山仕事、庭仕事、関連する雑務、そして読書、料理の楽しみ
やりたいこと、すべきことを些細なものまで拾い上げてくまなくこなしていこうとすると、70を過ぎても結構忙しい。いや、一向にヒマにならない、というべきか。勤め人時代と違い、かなり余裕をもってのスケジュールだから融通が利くので重荷でない。次々と湧いてくる雑務も「楽しい」と数回呪文を掛ければ、たしかに恵まれたものだと思えてくる。誰にも迷惑を掛けず、かつ、誰にも余計なほどの気を使わなくてよい。さらにもう昔のことはどうにもならないから後悔しない、ということにすれば「人生は70から」とまた謳歌したくなる。明るく前向きに生きたいものだ。

■9/3 山小屋のリフォームに着手

いよいよ、雑木林ケアセンターのリフォームに乗り出した。センターは平成9年に厚真産のカラマツを使用して建設した、小さいが一応はログハウスだ。棟上げをしたのは苫東が破たんしてわたしが札幌勤務になるちょうど1年前で、築25年になる。ここにはわたしの周りの多くの雑木林ファンや山仲間が寝泊まりし、焚火や薪ストーブを見ながら、林や山や人生を語ったものだ。平木沼緑地を管理観察し育林コンペの拠点にするのが狙いだったが、奇しくも、のっぺらぼうで放置された雑木の山が人の往来によっていつのまにか「里山」に変化してきた。それを平成22年にNPO苫東コモンズを設立した際に、NPOが周囲の里山景観とともに管理を担うことにしたものだ。

実は、丸太の腐朽をストップさせるためにベランダに屋根をかけたために室内がとても暗くなった。それを見過ごしてほったらかしにしてきたが、我慢の限界に来た。それで窓をひとつ増やすことにしたのだが、ついでに、床に座る方式を椅子モードに替え、作業小屋兼物置になっていたものを、いわゆる山小屋生活、山仲間風に気取って言えばちょっとしゃれたヒュッテンレーベンができるようなアズマシサを持たせたい。リフォームついでの再活用、といったところか。


ログハウスには倒壊防止のためにダボや通しボルトが縦に打たれているものだが、その位置がわからないと丸太の壁をぶち抜くことができない。そのため鉄板や裏地センサーなども導入してひとりコツコツと調べていたがどうもらちが明かず、つてをたどって設計図を探してもらってようやく概略をつかみ、いよいよ、壁をぶち抜く今日になった。大小二つのログハウスを手掛けてきた当方だが、ぶち抜く採寸、レベル取りなどの段取りをしてとっかかりを手を付けただけで、メインのチェンソーワークは若手の urabe さんに任せた。壁をぶち抜く、というのは実際のところ結構ドラマチックな儀式なのだ。また、難しく考えずいくらでもごまかせるというのがログビルの隠れた愉しみだが、 urabe さんは結構器用に形にまとめてくれた。このプロジェクト、まだまだ、先が長い。  

■9/1 ままならない世の中と国益
かねて仕事でお世話になっていたS先生から久々のコンタクトがあり、何かと思えば外国人の土地買収について資料の問い合わせだった。日頃から、かくもむしばまれているのに、国の防御態勢がユルユルであるのは、防衛や安全保障と同じで、平和に慣れた国民の緊張感のなさも背景にあるのだろう。外国人による土地買収もそれと同じで、外国人が自由に国土を買える先進国などはないし、アジア各国でも禁止されていると聞く。領土の消滅だ。現状では北海道の田園地帯に行けば、「土地買います」の看板も目立つ。脱炭素の掛け声と買い取り制度で広まった電気の買い取り制度のおかげでソーラー施設が蔓延しているが、底地は誰のものか知れたものではないという。

外国人土地法という法律もあるにはあるがザル法のままと指摘されて久しい。国益はどこへ行ったのだろう。国を守りを誰に託せばいいのか。このごろは政治家も行政もその場しのぎの事なかれに見えてきて、はなはだ不安が募る。日本が危ない、と強烈に感じるようになってしまった。

■8/28 いよいよ結実の季節に本格突入

ハンギングバスケットの花々が今月に入ってたくさんの実をつけるようになっています。こちらガーデナーは10月の中旬までモリモリのまま花期を引き延ばすべく、できるだけ実をつける前に花を摘み、実も採るように、せっせとハンギングやコンテナを観察して回ります。
そこをご近所の方々が通るので、自然と花談義が始まります。こんなに丸く大きくモリモリにはなかなかできない、と経験したことのあるおばさんたちはおっしゃいます。時にはヨーロッパの花飾りの話をされる方もいます。町内の人たちと風土を共有する感覚、というのでしょうか、なかなか、心温まるひと時です。

■8/25 白老の河原で拾った日本のグラス系の試み

数日前、白老の川でフライで小さなヤマメと遊んでいるとき、同行していた家人が、庭に使えそうな手ごろなヨシを見つけました。ガーデニングでよく使われるヨーロッパ系のグラスです。ガーデニングでは、「グラスとは一般的にイネ科やカヤツリグサ科の草で細長い葉や色が特長で、装飾的な演出ができるので「オーナメントグラス」と呼ばれています。ススキやパンパスグラスなどはよく使われてきました」とされ、どこか舶来のバタ臭さが、庭の雰囲気を変えます。
では、イネ科ヨシ属のジャパニーズ・グラスはどうか。
ん~ん、余りに見慣れているせいか、あの物珍しさはありません。というか、はるか離れたところの風土で培われた目新しさというものが出てきません。ススキも束ねてツボに挿してみましたが、いまひとつ。かつて、ススキで大きなリースを作り玄関ドアに掛けてみましたが、ちょっと難しかったのを思い出します。穂が早々に開いて飛んでしまうのも難の一つでした。。

■8/23 処暑
おととい、雑木林でこの冬の薪ストーブ用焚き付けを集めている光景に出会い、気持ちはもう思い切り夏から秋に傾斜しつつあります。

現場ではようやく薪積みや刈り払いが終わるか終わらないか、というまだそんな頃合いですが、奇しくも今日は、暑さの峠とされる24節気の「処暑」

相も変らぬ気象災害もさることながら、一日一日、戦争や政治や数々の事件が目白押しの夏だったような気がします。

白老の海の宿に行ってきました。身近な人に病気が絶えなかったり喧嘩や争いごとが続いたりする生活はできるだけ早く脱出したいし、できれば、元気の出る人や場所に出会いたいものです。

自称「パワースポットの旅人」のわたしは、訳のわからないチカラがもらえるところに赴くことに出費を厭いませんが、白老の海の宿も間違いなくそのひとつ。いわゆる太平洋というオーシャンビューにたっぷり浸るだけのロケーションに、地元の野菜や海のものを食することができ、感性と味覚の両方から少しチカラを補ってもらえる、そう考えて部屋や風呂から時間があればひたすら海を眺めます。このスポットは詩人・茨木のり子の海の詩が壁に書として描かれているプライベートブースで、風景を独り占めできる個室。若い人には人気のスポットのようです。

■8/22 国のプロジェクトと住民の争点
紙の街の小さな新聞『ひらく』に連載されてるコラムで、元苫小牧市副市長・中野裕隆さんは、千歳川放水路計画で振り回された酪農家などに国はちゃんと謝罪したのだろうか、と問いかけている。先祖から引き継いで、美沢一帯の風景と風土に惚れ込んでいた酪農家に突然降ってわいたプロジェクト。国の大きなプロジェクトなら、大車輪で動くから小さな住民の声など届くわけもないし、国側の担当者も高飛車だったりすると聞く。市町村なら、街路樹が日陰をつくるから伐ってほしいと苦情がでれば伐らざるを得ない現状との開きは大きい。壮大なインフラのプロジェクトにこの手の話はつきものだが、美沢という地名も象徴する「風土」に思いを込めた酪農家の声に、重たく、かつ新鮮な動機を感じた。身の回りの多くの反対運動の根拠は、自然度、希少性、貴重種の有無など自然環境が主役だったからでもある。河川改修のコンセンサスの醸成に100年以上かかっているという欧州の「熟議」のエピソードをふと思い出した。

■8/20 世界遺産の神社
朝からの雨で、雑木林に行くのは明日に回して、朝から『世界遺産の神社』(神宮館著)を読んでいる。今となってみると、希望の旅行先は風光明媚な場所でかつ、神社仏閣が中心になって来た。そこに奥の深い日本の歴史があって人々の生活や言葉とともに土地特有の食にも深い感銘を受けて北海道に戻るのが常になった。この本で紹介されている七社のうち4か所は訪問したが、福岡の宗像神社や京都の下鴨神社など、まだまだ有名な古刹に出かけなければならない。そう考えると、これらの未知を探訪するために、もっと足腰を鍛え胃も元気でいなければならない、という意欲が湧いてくる。

■8/18 また雨が降る前に

そろそろ早いアキアジが遡上を始める。そうすると渓流においてヤマメの出は悪くなる。一方、長らく続いた大雨による出水で、川のヤマメのポイントはしばしばシャッフルされて意外と釣果があがることがある。そんな思惑とともに、また昼からは雨が降るという予報を勘案すると、今日が今季初で最後の絶好のチャンスという結論に達して、ちょいの間、白老へ出かけた。

水温は14℃だから温度が下がり過ぎて魚の活性は低い。この時期は20℃以上あることが多く、さすがの大雨だったのだな、と事情を思い起こした。

それにしてもさすが白老の川だ、濁りがない。10時に川へ入り、11時前に上がった、その小一時間のFFで、手のひらサイズのヤマメを二つ、わたしはいつもどおりこれで十分満足だ。10cm前後のヤマメがかなり泳いでいるのが見えるから、魚はやはり結構散らばったのではないか。

ウェーダーをはいて石の上を漕いでいると、正直言って今にも転倒しそうになるから、バランス感覚や足腰状態は思ったより悪い。もう昔のようなフライの遊びはできないけれど、こうやって気を付けて過ごせば、なんとか転ばないでいられる。これは小さな発見だ。実は、川のフライもそろそろお別れの時期かと観念仕掛けていたのである。

小さなシンコヤマメでも楽しむため、フライのタックルは、ロッドがUEDAのスーパーパルサー#2、フライはカディスとバイビジブルの14番あたり、ティペットは6X。ここならまだFFが楽しめる。なにせ、車を降りて10mのところで釣っているのだから。今季初めての白老フライ行、この調子なら今季もう一度くらいいけそうだ。

■8/16 日本人の森林観と柳田国男『山の人生』
偶然出会った秀逸の力作『山の人生』。文語体も多く、なれない言い回しに二度読みし、一日10ページ余りを読み進むのがやっとだった。
しかし、なんとなく懸案の読み解きができたような感じ。わたしたちの山や森に抱くイメージのもとは、このような民話や言い伝えの中にこそ凝縮され、脳裡のどこかにDNAとして眠って伝わっているんだろうなあ、と推測された。

今はむき出しにされている精神を病む人々にだって、こんな逃げ場あればどうなっていたのだろう。それに日本人は森林の実像というものに段々遠ざかっていないだろうか。








■8/13 歌に見る庶民の共感 13
俳句を詠むようになってから、よくモノを見、メモするようになった、とどなたかが言っていました。そもそも句を詠む、歌を創るというのは自分以外の方との共感を意図し発信することが前提だとすれば、当ブログのこのシリーズは絵にかいたような共感メッセージか。
◎ムンバイより暑しと聞けばなお暑し  川口市・Kさん
…かつて暑さの象徴と言えば、漠然とした熱帯よりインドだった。初めてインドはデリーに行ったときの夕方、38℃の熱風にさすがと思ったが、そのあと行ったムンバイは海のそばだったせいか、少しカラッと感じた。このごろ、本州はあのインドより暑く、熱帯雨林より雨が多い。
◎為すことの全て終活草を引く   前橋市・Tさん
…庭の草を抜く作務のイメージが、仏道の小さな悟りを思い起こさせ立ち止まって読んだ。いつ、本格的な終活体制に入るか、古希を過ぎればだれしもが考えるだろう。そんな覚悟をしつつ、人生最大の収穫期である白秋期のプランも芽生える。忘却とともにそろそろ自分を許して放とうと寛容になって。
◎ゆったりと来て王者めく黒揚羽   千歳市・Tさん
…これは言える。今日も先日もわずかな晴れ間にやってくるのは黄色いアゲハ。その点、カラスアゲハはひと味違う。確かに風格がある。そしてこのあたりではある日突然、カラスアゲハが何頭もやってくる。庭で花を育てるとこのような光景に出会えるのも特典の一つだが、もうひとつインパチエンスにはハチドリのようにホバリングして蜜を吸うクロホウジャクという蛾がやってくる。年に一二度、これが楽しみ。
◎電車でも先に取りたい角の席オセロみたいに挟まれぬよう  横浜市・Yさん
…20年以上札幌への長距離通勤をしたので身に染みて感じる。快適度は5割増す。これが高じて特急列車はバッグで席取りが横行して、先客が一人で2席をとるのが常態化してしまっていて、大いに困ったものだ。
◎ひととおりの恥をかいたという人にいくとおりものやさしさをみる   国立市・Tさん
…悔い改めるべきことのオンパレードだったわたしの来し方だから、このような歌に癒されてしまう。もしこの歌のように優しくはなれないとしたら、せめて、人のミスにはいいよいいよと寛容でいたい。が、もう謝っても仕方がないことばかりだが、有難いことに記憶にカスミがかかり始めるのだ。実に勝手でいい加減な話だけれども、神様仏様の采配と考え、仕方がないと諦める。。

■8/12 ラジオ体操
残暑お見舞い申し上げます。
子供たちに交じって朝のラジオ体操をしてみました。どうもテンポがついていけない。わたしより数年先輩の方からのメールでも、「意外とハードだと気付いた」というつぶやきをお聞きしましたが、まさに然り。特に第2体操などは今急にと言われてもハード過ぎる。それでも、人工股関節手術をした一年前までに比べれば、雲泥の開きがあります。身体機能が回復する喜び、感謝は忘れないようにしようと思います。
 数日前、立秋の声を聴きました。本州各地の方々には申し訳ないような適温に、勝手に秋の兆しを感じているこの頃です。

■8/6 ボサノバに本格的に乗り出す
半世紀以上前の高校時代にボサノバに出会い、遠回りながらクラシックギターを始めた。勤め人となり子供ができたころから長く中断していたのを、リタイヤしてから少しずつクラシックギターを再開して、今や学生時代より上達しているような気がする。そこで一念発起して、本格的に本命だったボサノバに精を出すことにした。札幌の青年寄宿舎時代の舎生たちは、わたしの下手なボサノバ風のつぶやきを聞かされて迷惑したはずだが、今回は you tube でいい先生が見つかったので、なんとかいけそうだ。久々に胸が躍った。

■8/4 林を庭のように扱う

霧の晴れ間に大島山林に出かけて、林の散策におけるお休みどころの仕上げをして来た。仕上げと言っても、椅子やテーブル、それとベンチが居心地のいいように周りを刈り払っただけだが、これをするかしないかでは、天地の差がある。一方は月見草やスイバの雑草、片やはオオバコがびっしり生えていた。

■8/1 『手仕事の日本』を読んで
6/30の迷想に書いた『民藝の日本』に続いて、同じ著者・柳宗悦のこの本を読んだ。歴史学者の熊倉功夫は「・・・(柳は)そうした日常の道具の美しさを指摘した最初の人物であった。そして美に輝く日常の道具を民衆的工芸の立場から「民藝」と名付けた。これは新しい美の発見であり、新しい美の創造であった。民藝の思想こそ、近代日本が生んだ普遍性をもつ数少ない思想のひとつ・・」と解説している。この、身の丈の庶民の実用のモノと評価に、今まで感じたことのない地鳴りのような感動を覚えた。『手仕事の日本』は手仕事の全国案内マップのようなものであるが、特に東北に多くのページが割かれ、郷里山形の民藝が数多く紹介されていることもうれしい発見であると同時に、独自の民藝を生むほど、中央の文明から隔絶された地勢にあったことを思い起こさせた。

■7/30 これまでで一番大きい

刈り払いをしている苫小牧市静川のログハウス脇の林道に、大きな足跡があった。おそらく、かつてない大きさだ。あってみたい気もする。



●日々の迷想 2021& 2022