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 日々の迷想

■1/23 ふだんの山仕事とは

東京などでは4,5cmの雪が降るので対策を!などと予報されている厳冬期、勇払原野の雑木林では、写真のような山仕事が淡々、粛々と行われている。総勢11名。左は、なかなか達成感の得られない骨の折れるツル伐り、右はかかり木を大とびで引きずって片づけている所。

■1/22 庭のエサ台、やむなく撤去す

1/11 に書いた庭のエサ台の続報ですが、余りに無様なので程なく強力なナイロンのネットを用意して、写真のように囲い、スズメたち小鳥が入れるような小さな入口を数個もうけ待つこと3日。ところがスズメたちは、警戒して入り込まず、主の良かれと思った手仕事が不発に終わりました。そこでちょっとだけ穴を大きくしたところ、今度はすかさず、鳩がさらなる大群でやってきて無理やり入り込み占拠するようになりました。鳥に対してわたしより凶暴な?家人が追い払っても逃げません。ちょうどその頃、鳥インフルエンザのニュースが飛び込んで、家人は全面撤去を主張。しかしなんとか群がるのは小鳥だけにしようと、吊り下げ型2本に変更しました。大分前、千歳の蘭越にあるレストラン・ミオンでは、エサ台を大きな鳥かごに入れていました(写真右)が、あのようにして welcome モードをアピールするか、十分時間をかけて学習させないと、小鳥だけのエサ台は無理かなあ、とひとまず断念です。ヒヨドリやレンジャク、ツグミの大きさまで居間から観察したかったのですが、これは林に出かけることにしましょう。


■1/21 大寒と暖房と熱源
昨日 1/21 は24節気の大寒、72候ではフキノトウの花が咲く頃とされます。折からのこの寒波で全国的に電力の需給が98%などとひっ迫しているとのこと。特に本州では暖房に電気を使うせいでしょう。また太陽光パネルなどの発電量が落ち、気象に左右される再生可能エネの弱点が露呈することになりました。電力各社はLNGによる火力発電に力を入れているものの、中国や韓国との競争でこれは原料不足。もう少し原発を稼働させておくべきだ、との意見が聞こえます。電気という高次のエネルギーを暖房に使う勿体なさ(無駄)はともかく、もしかの時のためにエネルギー源はできるだけ分散しておくというのが重要だという鉄則がクローズアップされます。暖房が途絶えたら、寒冷地は「死」に繋がります。エコ先進地スウェーデンでも数年前の停電で国民生活に大打撃を与えたのを教訓に、「脱原発」の方針をやめた、というのがそれを証明しています。逆に言えば、薪のような身近な原料から、もっとも原始的な熱エネルギーを取り出す意味は、俄然浮かび上がってきます。しかし、買えば高い贅沢品であり、かと言って自賄いを実践するのは、言うは易く、行うは容易でありません。北海道の薪ストーブ愛好家は、今、そんな思いの真っ只中に居ます。そしてわたしたちの山仕事は、今が本番。

■1/19 薪の愉しみ、ゆらめく炎
拙宅の薪小屋をのぞいた近所の年配の女性が、「今年はハカイクっしょ?」と言います。「結構、冷え込みますから」とわたし。確かに年の瀬あたりから、薪の減り方が早いような気がします。この薪、早朝の焚き付け時や、家人が出かけた一人の時間に、ストーブの炎を見ていると、まさに独りであることをひしひしと感じさせます。炎は人を回想や内観に引き込むのではないでしょうか。そんなひと時、たまにオーロラのようなゆらめきに出会います。

■1/18 災害文学『方丈記』
を読む
阪神淡路大震災から26回目の追悼の日をはさんで、何度目かの『方丈記』を開いています。浅見和彦氏の解説を聞いて後、鴨長明の魅力に目覚めもしました。「ゆく河のながれは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。・・・」。この出だしで始まる文節の響き、意味とも、どうも今までとは違うのです。浅見氏のいうように鴨長明は「この世にとどまるものはない。・・・人間も住居も、すべていつかは消え果るものである」というのですが、長明が生きた約800年前、時代は、天変地異や疫病に見舞われ、戦が絶えず政情も不安定な、まさに厄災の連続で、大火や地震、辻風(おそらく竜巻)、飢饉(京都界隈だけでも4万人以上が餓死)、遷都など五大厄災が続くのでした。このようななか醸し出され、中世の特徴とされる無常観は、地震の多い、モンスーンの島国日本が持っていた必然だということに、この歳でやっと実感が切実になってきて、文明の進んだ現在と大きな違いがないことにも気づいた、ということでしょうか。文章の美しさもさることながら、長明の選んだ出家遁世、草庵の生活という生き方が少し共感が持てるのは、自分が終活を始めなければならない立場になった証のようです。

■1/16 林を巡ると

雑木林の除間伐に並行して、風倒木のマッピングを始める。これまで管理してきたフットパスを巡りながら、その位置をおとしていく。雪のある時期に、伐倒と玉切りができれば、春には搬出して薪に利用できる。除間伐はそのうち風倒木処理に替わるときが来るかもしれない。それだけ大木になって倒れやすくなっている。

■1/15 日本ファーストで
米国はトランプ政権になってから保守とリベラルの対立を軸に、政治バランスがかつてなく暴露されてきました。政界の腐敗、公然と選挙不正が横行して、かつメディアが無視して報じない国情も驚きです。ネットニュースしか真実は発信されていない感があり、目を凝らし耳を澄まして世界中が米国型民主主義の行方を見守っています。ともあれ日本はどうか。心ある人々は既存メディアと距離を置きつつ、日本の国益を棄損しない方向と言動に注目しています。国を任せられる方も大変でしょうが、任せる方も「もしもし、大丈夫ですか~」と呟かざるを得ないシーンが多いこの頃ですねえ。

■1/14 林真理子氏の対談を聴きながら
若いころ、「笑っていいとも」でよく茶化されてムキになっていた林さんは、名だたる文学賞の選考委員になったり、今や文壇の大御所と言うべき位置にいる。連載しているエッセーは大体都会のどこにでもありそうなおばさんネタだが、お茶飲みながらくつろぐ時などわたしにはちょうどいい。だが彼女の庶民的な低い目線はしっかり世間を見ていて、最近の美輪明宏氏との対談も、先輩を丁寧に立てながら面白かった。大意を紹介すると「スマホで知識を得るのは自分が卑しくなった気がする」(me too)、「まともな人は他人の悪口を言わない」(それが望ましい伝統的日本人の美徳)、「夜中にSNSで他人の悪口を書き込みをして貶め満足している人は所詮ろくな人でない」(最近特に目立つ)、などなど。「LGBTへの今日の理解は美輪さんあってこそ」とも言っている。SNSの一部は、相手が首相であれ誰であれ、匿名で自分を横並びにおいて罵ることのできる道具に成り下がった。「あんたはなんぼのもの?」という美輪氏の視点もオーソドックスで好ましく思えた。分をわきまえない無作法さは国会議員の質疑などにも表れ、世は虚ろなパフォーマンスに血道をあげていると言えなくもない。なんとか振り向いてもらい、認められたがっているのだろうか。

■1/11 無手勝流の鳩バリヤーや、いかに

ペットボトルを利用した吊り下げ型エサ台は一つでは物足りないし、二つでは小鳥の数は楽しめるが種類数のわりに餌代ばかりがかさむ(写真左はそのひとつ)、そこで今シーズンは右のようなオーソドックスなエサ台にしたのですが、これだと鳩が入ってきて占拠します。最初は2羽だったのが友達を呼んだのか、6,7羽に増えて、さらにこのまま増える可能性は否定できません。その間、スズメを主とした小鳥たちはレンギョウの藪で、じっと待機。これではいかがなものか、というので、テープでブラインドを試みましたが、それは鳩には全く効果なく、端材を打ち付けて当座しのぎのガード、それでもしっかり入り込むので、さらに段ボールをホッチキス止め。その結果がこれで、見るも無残なエサ台になってしまいました。
また、物置においた野鳥保護連盟の餌とヒマワリは、いつの間にかネズミが侵入したとみえ、食べ殻が見えたと思ったら、餌を入れた段ボールをかじって袋をこじ開けて食べ始めました。これはまずい、とネバネバのトラップをふたつセットしました。かつては翌日には生け捕りになったのですが、これが、もう4日目になるのにまったく掛かりません。さて、どうしたものでしょうね。





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