2011年、日々の迷想

12月

■今年(2011)最後の日になりました。還暦を迎えた2011年は、なんとわたしの60年のあいだでももっとも激動の年だった。いえ、わたしではなく社会のほうです。世は無常なものだと、1000年近く前、すでに鴨長明も言っていたんだそうですが、ひと時もとどまっていない、世の移り変わりを凝縮して見守る思いでした。わたしの方は、「加齢に伴う鈍感」という安寧に身をまかせ、おだやかな、実り多い一年を送らせてもらいました。NPOは2年目を、仕事の方はいくつかの研究会が精力的(?)に動いてそれぞれ手ごたえのある方向を目指しています。ソーシャル・キャピタルという門外漢のジャンルの新刊執筆に関わり、2つの章を担当させてもらいました。また、家族はみんな各々元気で仕事をしました。ただ、先に生まれた者(親)として、若年の彼らが将来の展望を持てる社会を、と思うと依然忸怩たるモノがあります。ま、これは世は無常なのだから頑張るように、と、突き放すようですが若い彼らの柔軟な人間性に頼むしかありません。それと、還暦にちなんで、印象深い旅行をしました。以下、勇払原野を中心に。  感謝・合掌。


■12/29 御用納めが終わって今日から自宅モード。何冊かの本をこの年末にと用意しましたが、これがなかなか読めたためしがありません。まずは藤沢周平の『義民が駆ける』。山形弁で描かれる地元シーンの切迫感はさすが。そして言葉がなんと美しいことか。
 もう一冊は『プロボノ』。はまなす財団に出向していた頃から、コンサルや弁護士、研究者などという当時身の回りにいた知識と技術をもった層が、街づくりや社会に参加すれば世の中は変わる、と思っていたその状態が、その後、プロボノと呼ぶことを知りました。環境保全の技術士である当方が勇払原野の里山保全に関わるという図式に今はありますが、職業を離れたあとボランティアで関わっているそのことがそもそもプロボノだったということになります。ちなみにプロボノとは、社会的・公共的な目的のために自らの職業を通じて培ったスキルや知識を提供するボランティア活動、とされます。言葉で割り切ると別のモノが見えてきそう。この機会にNPOとしてもう一度考えて見たいと思います。

■12/29 おとといだったかの朝の通勤列車からの日の出。冬至は過ぎ日は長くなりますが、日の出は確か年明け頃まで遅くなるという話を聞いた記憶がありますが、この朝日は7時10分頃。まさにそんな感じ。

■12/27 U先生に年末のご挨拶に伺った折に、新刊『ソーシャル…』の書評が載ったニュースレターを頂戴しました。碩学の先生でなければ書けない、著者の造詣を超えそうな感想が連ねてあります。その中にあった言葉が「道徳資本」。ソーシャル・キャピタルの根っこは良識かもしれないとわたしは書いたのですが、さらにそれを再生産するとすれば論語などに代表される先人の教育的戦略性と知恵。言い古されたように見えるこのことに、思わず膝を打ちました。

■12/25 きのうは今年最後の山仕事になりました。気温はずっとマイナスで風もあったから、薄手のウィンドブレーカーを脱がないでしまったほど。そんな山仕事で一日を終えましたが、山仕事というのはそれだけでも満足する不思議な作業で、言ってみれば、ドツボにはまるようなもの、と思う。他の事が見えない洞穴、軽い浦島太郎状態。今年は311の大震災があり、放射能汚染がひろがり、政治も迷走、世界も事件タップリ、経済グラグラという年でしたが、そんなことをカラッと忘れさせてしまう。チェンソーを置いたこれから数日、世界と友人と地域と親戚のことなども、ゆっくり捉まえなおそう。

12/24朝、道具一式をそりに積んで、人をまれに浦島太郎状態にする雑木林に向かう

■12/23 駆け抜けるように公私の仕事をしてきた一年も、今週初めの研究発表会で一区切りがついて、数日来、振り返りながらあくる年の枠組みを考え始めています。今、外は雪が舞っており、年賀状のデザインを手がけようという今朝は、まさに風流な年賀状モードにアタマが一杯になるのがわかります。お世話になった方々とことども、訪れることができた未知の土地、新しい出会い、仕事の成果など、すべてを大鍋に入れ込んで風味をだしておいて、それぞれに一筆をしたためようとするこの数日。その時間がすでに幸せと呼ぶに値します。

■12/21 昨夜は小林酒造が経営する「七番蔵」で忘年会があったので、帰苫の電車待ちに、40年以上付き合いの「つる」に顔をだしましたところ、ホーミーの演奏家の嵯峨さんがおいででした。嵯峨さんのホームページでホーミーをやり始め、いまや、小鳥とのささやかな会話に使ったりするわたしめ。プロのホーミーはすごかった。そこでの会話。↓

「わたしは嵯峨さんのHPでホーミーを始めたんです。客は小鳥ですが(笑い)」
「それはメチャメチャ光栄です。で、ちょっとやってみて」
「(ギョッ)そ、そうですか、では、ウェ〜〜…」(ヨーヤルネ、プロノマエデ
「おお、出てるでてる」


http://tarbagan.net/nodo/bureau/sagaprofJ.html
http://tarbagan.net/saga/home.html
そして、馬頭琴のてほどきをチト。

■12/18 NPOのニュースレター5号ができました。続いてこれから、遅れていた通常総会報告などの郵送準備を居間の板の間で始めます。これで雑務は大分片付きます。


■12/18 いよいよ冬本番。今年一番の冷え込みの日の雑木林は手がかじかんで仕方がなかった。しかし、だからこその清冽さは一層好もしい。朝の清浄さに似て。

夕方、札幌ウッディーズの忘年会にお邪魔して、歓談。春香小屋という銭函にある山小屋がいつもの会場で、若者は3時まで、わたしは12時まで。
 


■12/16 昨夜はホームページの更新も不完全なまま、見苦しいモノをお見せしてしまいました。今日は早々に忘年会を終えて明日の山仕事に備えます。大切な作業のために、酒を飲みすぎるなんてとんでもない。これも数多の酒席をくぐってきた悟りでしょう。えらいものです。

■12/15 米国オバマ大統領は、9年に及ぶイラク戦争の終結をとなえ、ロシアのプーチン首相は、自ら今後12年の大統領職に意欲を示していますが、先週、モスクワから帰った先輩の教授によると、リベラルを求めるロシア市民の声は今までにないものといいます。ひょっとして、強気のプーチンをロシア市民はNOの審判をするかも。「まつを」さんによると、アメリカはアホじゃないかという本が紹介されている。ホンモノと本当はなんなのだ。面倒だが、これを自分で探す時代になった。本当に面倒だ、と素直に言うノンポリだった自分も相当に恥ずかしい(-_-;)

■12/11 昨土曜日は、午後、山ノ神を参拝しました。山ノ神の神事はいうまでもなく、山仕事に携わる人が安全を祈願するものですが、凛としたアタリの雰囲気は、心身の一年の汚れもまとめて落としてくれるようなところがあります。だから、家族や近親者のこれから幸せと健康を祈らずにはおれない。そしてこの空気の張りは素晴らしい。シンボルのドロノキ・グランパも大勢の人がくるようになってきっと喜んでくれていると思う。ツリーと池の一帯がかもし出すものは、この一年でまた変わった。人々が目をかける、ケアのおかげと察します。

町内の方と、プレハブで軽く終わるはずの直会は真っ暗になるまで続いた。さらにそのあとマチによって、最後は素敵なワインバーに出会った。市内のホテルでソムリエだったTさんが開いている。雰囲気も美味しさも値段も、そしてもてなしも申し分なかった。で、久々にカラオケ、3つ。(^_^)v

■12/07 NPOがらみで年休。午前、苫東の造林地を見て歩きました。山林では合計5,6回、シカの群れと出会い、最初の群れは20頭ほど。なかなか、居心地がいいようです。かつて、ここで牧草によるシカの餌付けをやって大成功したのを思い出しました。昼前から、小屋の周りで作業して午後はストーブの炎をながめて、放心。

■12/07 ここ2,3日のニュースを見ていると、ベルギーに象徴される富めるエリアの住民が貧しい土地の経済支援を何故しなくてはならないのか、独立して歩もう、というメッセージを出しています。スペイン、スコットランド、イタリアなども同じ流れがある。そして今、信用不安で欧州国債が不安定。建前としてシェアする社会のセーフティネットだったはずが、いまや「なんであなたたちのために負担しなければならないのか」の声に変わった。フリーライダーに対する公平の主張でもあり、最後は民族にいくのか。

■12/06 NPOのページに、道新、苫小牧民報両社が掲載してくれた10/22の環境フォーラム『苫東緑地のフットパス利用と森林健康』の 概要を掲載しました。報道される頻度と活動の評価は別物としているわたしたちですが、フォローしていただけるのは誠に有難いことで、感謝しています。明日は、年休をとって、苫東の広葉樹林の将来的な取り扱いについて、土地所有者側の方と林を歩きながら意見交換してきます。

■12/04 先々月の10/22に行われた環境コモンズのフォーラムのサマリーが「開発こうほう」12月号に掲載されています。『苫東緑地のフットパス利用と森林健康』がテーマ。ご参加できなかった方は必見です。(笑い)

■12/04 日本人は移り気なのか、マスコミのたくらみなのか、3・11すらかなたの出来事のように見え始めています。それにしても、世界中の動きが急。EUは解体するのだろうか。グローバリゼーションからわたしたちは反転するのではないのか。GDPの貿易依存度は10%台で、TPPの年間のメリットは1000億円台というから、TPPとその周辺のやり取りは、米国をはじめとする世界戦略にはまり第2次大戦に追い込まれた日本の袋小路を連想してしまいました。ブータン国王の訪問の裏には、侵略する中国の陰が見える。そんな状況にあって、地方の、ささやかな山仕事に携われる幸せ。この幸せの意味を、グローバリゼーションの反転のゴールとして位置づけるのは、的外れか。眼前の現実、そこと心身ごとぶつかる。その行為は確実に実在する。アタマの地獄に入ってしまう方は、時々、こういう没我の作業に親しむべし。
■12/03 あっという間の1週間でした。今週末の小さなイベントは小屋がけ。テストケースとしての仕立てはまずまずの成功で、来週、もっと大きなシートで完成させ、いずれ、ルンペンストーブを入れます。

11月
■11/29 昨日、樹林気功の小山内和子さんとご一緒しているうちに、姿勢が崩れる癖を指摘されました。はっとする瞬間です。たしかに、坐骨をすべらしてくつろぐ姿勢で時間を使う。それで今日はスケジュールを立てて一日を過ごした。結論、臀部に適度な痛み。よし、しばし、これで行こう。

■11/27 少し節々が重たい、どんよりした朝を迎えました。早々にホームページにフォーラムをアップし、これから、ある大企業の画像森林浴のための写真を400枚ほど編集します。これをスライドショーで流し、いぶりの身近な雑木林を感じてもらう趣向です。

■11/26 出版記念フォーラムの余韻も消えないまま、今日は6回目のこころの森フォーラム。NPOのメンバーの応援を得て、色々なメニューを、多様な雑木林の流儀に沿って用意し、参加する人それぞれの方法でここの里山的雰囲気と手仕事を賞味してもらいました。フォーラムの報告は明日にして、集合写真だけのせます。今回も北の森林と健康ネットワークの応援です。それにしても子供は雑木林に似合う。彼らのフィールド。

■11/24 昨日23日は森林ボランティアのフォーラムで一日札幌でした。フォーラムは有料のもので、タップリ一日、まるでface book のような方々の集まりとも言うべき積極性に目を見張りました。ワークショップのファシリテーターとして気づいたのは、コーディネートをしてる人より、森づくりの現場に軸足を置く人が圧倒的に少ないことです。ここは明日、ソーシャル・キャピタルのフォーラムでも問いかけてみたいテーマ。現場、現実が厭われていないのか?

■11/21 土日出張だった関係で勤務の代休を取って、午前中は静かな山仕事へ。
 
■11/20
「こころの森フォーラム」にお問い合わせと申し込みが相次いでいます。なにもしないで、里山でぶらぶら時間を過ごすだけのモノなのに…。なにか、ひとつのパターンができそうな予感があります。数ヶ月に一度、コンスタントにフォーラムを行っていくことも可能になるかも。簡易トイレのデビューもあります。

■11/20 土曜日から西興部へ行っておりました。そこでコミュニティ・ガーデンをつくり育てているママさんたちを応援するため、プロのガーデナーを呼んでセミナーを開いたのです。小さな地域づくりを支援する勤務先財団の公益事業のプロジェクトのひとつ。まだ、助成金などもほとんどなく、地域内の素材と協力者からトラクターなどで応援してもらい動かしている段階ですが、手法として地道なだけに羽ばたいて欲しい団体。財力と地域の自力を最大限循環させようとする点では、苫東コモンズと同じです。これからの地域活動は、いろいろなアイデアとネットワーク活用がコツ。うまいことはできなくても、関心と善意はつながることが可能です。この原点にどう工夫をこらすか。
■11/17 公私共に忙しいときは、自分を失わない、舞い上がらないことが大切だ。霜が降りた牧場に、まだマガンがいる。

■11/15 午後、北方森林学会60周年シンポへ出てみました。森林・林業再生プランに沿った人材養成プログラムの現場と構想の発表をお聞きし、やや認識を新たにしました。パネルに入って間もなく、研究側の老教授がフロアから進行に疑義を唱え(おーーっと)、60年の失敗や苦難をどう振り返るのか、その総括がないまま、新プランの議論に入るのはおかしい、と。座は多少しらけてももっともな話ではあります。TPPのなかで顧慮もされない林業に成り果てた原因は、産業構造もさることながら、わたしは林政と哲学(環境と経済の)に問題のいったんは確かにあると思うものです。少なくとも、抗った歴史的経過があればむしろ新しい施策の理解が進むと思う。

■11/14 昨日の11/13 はチェンソーの講習会を小屋で開催。開催というほど大げさなものでなく、チェンソーを持って奉仕活動をする者の、心構えを正す、あるいは初心に帰ることが目標の半分になってきている。ハイレベルのスキルを持った人はやはり勉強も探求もしているので、静かな語りでも迫力が違う。そこをうなづきながら伺う。残り半分は、スキルアップと情報交換。お互いフィールドは違ってもどこか通じるところがあるのは、山仕事をする人たちに共通する連帯みたいなものだ。土日の疲れが出て、日曜はホームページを更新する前にPCの前で眠っていた。いや、ビールもワインもうまかったからねえ(^_^;)

■11/12 連日快晴の朝。朝まだ暗き5時に身体をほぐし始め、冥想を終える頃にようやく夜が明ける。そのわずかな時間に、南東の、屋根屋根の奥の茜色に心身を重ね清浄の気持ちを反芻する。先週は、道作り、今週は札幌ウッディーズの応援を得てツル切りなど。明日は、チェンソーのスキルアップの予定。


■11/9 なんと、昨夜から50肩の痛みがどこかへ行きました。60になったら50肩が終わった、というシャレでもないんですが、不思議です。どういうわけか、同じく昨夜から股関節の鈍痛が消えています。なぜか。丁寧なストレッチと風邪っぽかったので念入りな呼吸をしていたこと以外はいつもと変わらぬ日でした。願わくば、このまま推移することを祈ります、ワレナガラ(^_^)v

■11/7 TPPが大詰めと報道されていますが、野田首相はオバマ大統領に交渉参加をハワイでプレゼントするようです。なにか、吸い寄せられるように隷属していく形。中野剛志氏はTPP推進論者を売国奴と呼んでいますが、民主党が財界の票がないと政権は持たないこと、米国の機嫌を損ねるとロクなことは無いと感じ始めたこと、などは見え見え。ですが、動かない国民を甘く見ると、TPPで命取りになるかも。目が離せない。

■11/6 1年ぶりにシンボルツリーのしめ縄を付け替えました。御幣は初回5本、今回は3本となります。古いしめ縄はスゲ製の天然ものだったのですが、さすがに一年の風雪は、これを土に返そうとしていた。このあと、作業用に新しい路を開設。詳細は雑木林だより70へ。帰り道、小屋に寄ってみると、林道の各所にあった水溜りに立派なバラスが敷いてあり快適な大変化。土地の所有者とこのような連携が続けば、これは一帯が見違えるかもしれない、と思います。土地に血が通う、というのでしょう。下記の11/4の道新報道で札幌から荒木会長に問い合わせが3件あったとか。この日も入り口に札幌ナンバーの車から年配のご夫婦が降り、歩き始めました。

■11/4 この日曜日に案内した道新のTさんのフットパス記事が今日の朝刊に。それも最も目立つ右上のトップに据えていただき、メンバーから「結構大きく出てる!」とメッセージをもらい確認しました。10/22のコモンズのフォーラムの記事は苫小牧民報さんからおっつけ出るはず。広報誌は12月号に4枚のレポートで登場見込み。広報はかくしてひとつずつ、お願いもしながら。

■11/3 おととい、還暦を迎えました。早々に赤い日本手ぬぐいをプレゼントにいただいてから、続いて多くのメッセージを頂きました。本当にありがとうございます。ビックリはfacebook。普段、あまりお付き合いしていなかった方々からも大分もらい、気づいたのが翌日だったのであわてました。(-_-;) 欲しかったスノーシューも届きました。還暦は、しかし、なんですね、今までの誕生日とちょっと違って、「おかげさまで」とかなり自然に思える節目でした。志半ば、還暦にいたる前に命を失った方々も回りに大勢おられるなかで、恵まれて、運が良かったとシミジミ思いました。そして産んでくれた両親。ああ、おれも60だよ、とつぶやきながら「こんな洟垂れでいいのかい」と自問、失笑、合掌。

10/31は北大教育学部で院生相手に90分の講義をする機会がありました。生理学のシリーズ講義に、O先生が森林と療法などのエピソードを語るように呼んでいただいているもの。タイトルは「森林と人間、林とこころ」にしましたが、彼らにどのように伝わったのか。盛りだくさんにしたためにかえって焦点を欠いたのではないか、と反省しました。それでも終了後のレポートを見せてもらうと、自分の身と体験に引きこんで考えていた形跡が読み取れましたので、まあヨシとしますが、プレゼンの未熟さにわれながら愕然とします。そして「来年は辞退しよう」と思うのです。その翌日、「北方民族とツーリズム」に関するシンポを北大で聞きましたが、フィンランド人のプレゼンがシンプルでとてもインパクトが強かった。画像で行くのか、文言にするのか。6対4、7対3で文言だなあ、とヒントをえました。


10月
■10/31 週末に、ちょっと朗報。フィールドの小屋で携帯が通じたのです。ソフトバンクのサービスエリアが拡大したってことのようです。これでもし、事故でもあったときには救急車や応援を頼める体制に戻りました。開拓時代に電気が通った時の喜びもかくありなんと、そんな喜びがひとしお、ジワジワ。銃猟が禁止になったこととあわせ、これはナニモノかが私たちを後押ししてくれているのかも、とお人よしに考えてしまいます。

■10/30 風景を代えていく作業に本格的に突入。小屋のまわりを、こうありたいという里山風の植生と密度までかえていけそう。大島山林のフットパスへ道新のTさんを案内。

■10/29 雑木林の小屋周辺が銃猟禁止区域になりました。今週、林道の入り口に新しい看板がたって、嫌が応にも目に入りました。ただ平木沼一帯はカモ猟のために明けてあり、育林コンペができるかはまだ微妙。
 紅葉は大分葉を落としましたので、林は大分明るくなっています。今日は
薪のオブジェを作ろうという話があって、まず小屋の入り口一帯を刈り払ってのち、薪を積み、栗材の看板を焚き火で焼き、文字を書き込みそして完成。すごい存在感だ。

■10/28 来週の31日は北大の教育学部で90分の講義があるので、忘れてしまったボキャブラリートレーニングで自分の本「林とこころ」を読んで見ました。あまり憶えていないことも少しあって、本にしておく意味というのを再発見します。でも、ちょっとつらい。20代前半の子らのまえで話すのは今回でやめよう、と思って2年目になりますが、そろそろ辞退しよう。この歳だから度胸はついたが、学びの若人の核心部に届いている自信がどうももてないから。明日は現場。楽しみ。

■10/25 昨夜は、今は無き北大青年寄宿舎の日誌編纂の編集会議。もうほぼ5年がかりながら、道半ば。原稿用紙5000枚の日誌をデジタル化するのに2年余り、そこからスピリットと時代の匂う日記を拾って2年あまり。いよいよ、第1章「青年寄宿舎と舎生」、第2章「宮部先生の薫陶と時代」、第3章「寄宿舎の青春」、第4章「青春の○○」、第5章「百年の逸話」という大枠が決まって、やっと体裁が整いだしましたが、第4章の○○が決まらない。青春の蹉跌、青春の挫折、などと搾り出しているうちに誰からとも無く失笑。control your appetite and passion と高らかに謳ったあとに、蹉跌はないでしょう、と。マジメな話が確かにちょっとパロディになってしまいますか。しかし、そういう面も一杯あったなあ、と個人的にはいささか甘酸っぱい雰囲気を思い起こしました。

■10/23 雨の雑木林に出かけてみると、紅葉はほぼピークでした。

■10/23 NPOの第2回総会と環境フォーラムが終了。参加し支えてくださったメンバー、スタッフ、講師の方々のみなさんにこころから感謝します。活動の中身はまだまだ社会貢献にもなっていない微々たるもので歩みも遅々たるものですが、冷静に考えて確実に人の輪ができていてコモンズのコミュニティができてきた、ということははっきりわかります。年配の方々のお知恵をかりつつ、これからも愚直に参りたいと思います。
 そんなシェア、分かち合いの世界がここにもある、と、遠浅町内会と大島山林を囲むつながりをわたしが事例紹介した編著「これからの選択 ソーシャルキャピタル」が10月20日に発刊されたこともお伝えしました。こういう幸運な重なりがよくあります。もしお読みいただけたら、是非ご感想などをもとにお話でもできれば幸い。
この日レストランでお会いした樹林気功の小山内wafuさんが、新たな健康棒を持参された↑。京都嵯峨野など、大体500円程度らしい。それにわたしのをプラスして撮影。

■10/20 段々、脳の力も衰えていて忸怩たるものを持ちながら、ある出版物が出ることになりました。「これからの選択 ソーシャル・キャピタル」ですが、この5章と6章を担当しています。。正式なご紹介は改めてすることになりますが、ちょっとご報告をしますのは、日ごろ、お付き合いしていただいたNPOの面々やソーシャルネットの方々が多数わたしの担当分に登場するからです。そのお礼もいずれ。感謝をこめて、合掌

■10/19 いよいよ政府はTPPに前向きであることを表明し始めました。北海道選出の鉢呂氏を経産大臣にあて苦渋を調整させようとしたのに破談になり、、経団連会長が北海道の米産地で生産者の声を聞いたり、高橋知事が今日鹿野農水大臣にアピールしたのも、「一応やることはした」、しかし国内経済のうえでは農業は引き下がってもらって、という計算、筋書きが読めます。思えば、米国は3・11のあと、オペレーション・トマダチを展開してみせましたが、放射能の存在をいち早く察知し、早々と退散しました。この、かなり泣きっ面に近い日本に米国はTPPを強要している。米韓のFTAのNHKの報道などを見ていると、もう報道はTPP容認へ操作しているかのようなバランスでした。瀕死の米国を助けるのか、まず自国なのか。食料、安全、健康その他の市場を、これまでかいま見たグローバリゼーションという魔手にさらすのか、国益はそれでかなっているのか…。国民は政局を距離を持ってみており、その分、海外を中心としたメディアからの情報にもかなり敏感に反応して、国の情勢を国益の面から見ている。どうも、国民とその代表の動作が逆転してきた。

すみません、環境フォーラムが終了するまで、チラシはそのままにします。m(__)m

■10/17 気功家の小山内wafuさんとお会いしました。気功家として大震災の慰問を続けている小山内さんは、現場に健康棒をつくって持って行きます。ストレスで思った以上に硬くなってしまった身体を、気功とこの棒を用いてほぐすのです。わたしが長い間探していた枝の使い道の3番目は、観音エクボ、ウォーキングポールと並んでこれですね。これを円空のようにひたすら削るのです。この冬から、わたしはその素材集めに時間を割こうと思います。できれば樹種ごとに分別して。


■10/17 google+がいまや最も進んだソーシャル・メディアと考える向きも現れた昨今、昨夜はこれをつかったグループチャットをしてみました。料金はタダで、7時半から11時近くまで、おもいおもいが飲み物とツマミをパソコンの前に持ち寄って雑談。そうそう集まれない遠隔地の友人知人とface to face の付き合いをする、まさにそれ。難点は終わりがないこと。だから、率直に「寝る時間だから、また」と気軽にチャットルームを退室できる習慣がなによりベター。なにせ、明日がある。このツールにも先がある。

■10/16 とりあえず、オープントイレの典型みたいな落ち葉トイレ「リーフレット」らしきものができました。雨が降りしきる中、小屋のベランダでの制作です。詳細は雑木林だより

■10/16 土曜日の午後、地域づくりのフォーラムに参加しました。哲学者・内山節さんの講演は「このままのシステムでは社会がもたない」ことがこの大震災と世界経済の激変で明確になってきたこと、倫理的経済ethical-economyとボランティア、NPOとソーシャルビジネスなどに言及。パネリストは。石見銀山は群言堂の松場さん、馬路村の東谷さん、伊那のグリーンファーム小林さん。いずれもユニークな地域ビジネスの旗手ですね。聞いているうちに、こちらのビジネスヒントが同時並行的に浮かんでくる状態というのは、なかなかないことです。スピーチとはかくありたし。ジェラシーを感じます。

■10/15 環境フォーラムがあと1週間になりました。11月の「こころの森フォーラム6」に気を取られていましたが、こっちの環境フォーラム(3回目)も地域課題解決の静かな試みであり、できるだけ多くの方にご参加いただきたいと思います。ぜひ。


■10/15 今年、寝床でハクチョウや雁の渡りの声を聞きません。サロベツの方とメールで交信しているとやはり、鳴き声を聞かない、とおっしゃる。それで、ふと、いずれ伊豆沼にたどり着く彼らはそこで思い切り泣くのだろうか、と。


■10/13 TPPの動きが気になります。今日のNHKのニュースを聞いていると、米韓のFTAによって日本と韓国の国際競争力に開きが出る、という点に注力しているように見えます。先日、経団連の米倉会長が北海道の米どころを訪れ、農業関係者がさらっと反対する一こまがあったようですが、米韓のFTAが米を例外にしたのと同様、TPPでも基本的にNOと言ってから例外的に日本の米を対象から外すという路を選ぶのかも。いろいろと仕組まれているのではないか、と強い関心をもって事態を見守っているところ。

■10/13 今頃はしばしば寝床の中で、つまり、深夜とか夜明け前など、ハクチョウや雁の物悲しそうな声に気づいて目を覚ますものでした。今年はおとといの夜、べランダでほぼ満月に近いお月様を雁の編隊が南に渡っていくのを見ました。が、それだけ。しかも一句も詩もでないのが我ながら情けない(笑い)

■10/10 来月11月26日に第6回目の「こころの森フォーラム」を開催することにしました。「ただただ林を感じる新里山の過ごし方」がテーマ。だれかが講師になるというのではなく、歩きながら、焚き火を囲みながら、興に任せて好きなメニューをこなそうというものです。先着20名でこじんまりと参ろうかと存じます。
 それに先立つ11月13日(日)は、午前9時半から、小屋周辺で「スキルアップ・チェンソーワーク」を実施します。会員のほか、ご希望の方はお申し込みください。こちらは先着10名ほど。

■10/10 月末に某大学で学生に対して90分の講義をすることになっていて、昨日からパワーポイントの準備を始めました。そろそろ、この手のものを引き受けるのはやめよう、と思いつつ、今年はすでに2件お断りしましたが、これだけはもう一度おさらいもして挑もうと引き受けたものです。一番興味のある本丸であること、依頼してくれる先生の人柄なども微妙に関連してきます。大局的に何を話すべきなのかなどを考えるのはいささか楽しい作業ともいえますが、どう伝わるのか、マジメに思案すれば身が細ります。

■10/09
久々の快晴が昨日と今日、連続。喜び勇んで、現場に行きました。刈り払い機は今回が使い納め、チェンソーは今季の使い初め。デジカメを娘にもらった中古に代えたので、これからは少し画質がアップするでしょうか。それとも、HP用に数キロバイトに落とすから同じでしょうか。楽しみです。今季、初めて、冥想テラスでカナヘビ君を見つけました。それになんと、ピザ窯のまえで、今季5つめのヘビちゃんの抜け殻を見つけました。
 
■10/09 札幌では中心街といえる西16丁目あたりでヒグマが出没している模様。三越まで1kmあまり。今朝の新聞では南16西10丁目の石山通りを横断したとか。これは明治時代のクマの活動圏に戻ったのではないか。確かにどんぐりはほとんど落ちていないが、原因はそればかりだろうか。フィールドには昨日、エゾシカ猟の車は見えなかったし発砲の音もありませんでした。先日の音は、解禁日のためだったのでしょうか。解禁当初は肉質も劣り雑菌も多いのだとか。

■10/09 更新遅れの言い訳など書いても仕方ありませんが、なんですね、睡眠時間が短くなることへの恐怖、そこから来る不安のようなものがいつまでたってもぬぐえません。眠らなくてもなんとかなる、ということは経験上わかっているのに、要は根性がたりないんですね。今回はお詫びもかねて写真満載で。


■10/06 遠距離通勤者にとっては、夜の勉強会や食事が連続すると、とても嬉しい反面、ちょっとつらいときもあります。近年はそれが多く、今週は折角の格好の記事も、アップできずにズルズル。おとといは、古い学友がインドの隣の某大使に就任するのでお祝いをしました。農学部からまさに異色の出世といえますが、海外の総領事体験、また売れっ子○んほう議員の事業仕分けに向きあった話など、地方ではちょっと味わえない臨場感あり。
 昨夜はNPOの理事会。これもかなり談論風発で面白い。こうでなければならない、という方向性は適当にしている分だけ自由度が高く、こんなに時代が揺れている最中、妙に時代にあっているような気もしながら散会。腕がなる週末がもうすぐだ。正直、待ち遠しい。居場所はそこにあり。

■10/05 中島岳志とカン・サンジュンの対談集を読みつつ、パトリオティズム(愛郷主義)と地域愛、地域ビジネスを考える。夜、S・ジョブスの死去、知る。


■10/02 歯医者さんで半期ごとに診てもらう定期修理。看護婦さんにまたもやブラッシングのご指導をうけ「大分上手になりましたね」。そこでわたし、「完全マスターする頃はきっとあの世ですね」と悪い冗談。そんなのを済ませて午後一番、小屋に行ってみると、蛾の大散乱、そしてヘビの糞、さらにエゾシカ解禁を知らせるライフルの音。そして冬を知らせるエノキタケの登場。いやはや、めまぐるしい状況変化ですが、そこはそこ、しっかりベランダで焚き火して帰りました。(^_^)v

■10/01 簡単なスイスのエッセイを左の「森をめぐる」にアップしました。これのおかげで、ある森林健康に関するネットワークから講演の依頼をもらったのですが、与太話ならともかくスイスの奥の深さをお伝えするには自分はあまりに非力浅学に過ぎるのでご辞退しました。飲みながら、スイスを語りつつ、日本を振り返るという時間ならダレガ相手ということもなくいずれもちたいなあ、と思っていますが。

■10/01 NPOの総会が近くなりました。そしてその午後は環境フォーラムの3回目。是非、参加して参集した方々と旧交を温めましょう。(笑い) お申し込みはわたし宛メール、あるいは掲示板で。そして今、楽しみながら思案しているのは野外トイレの簡易バージョン。9/28にクラフトマンとお会いしたのもそのアドバイスをもらうため。また、鷹栖に住む女性マッシャーのきょうこワンさんにも、女性の立場からアドバイスをもらいました。人間の体内から出てくるものは、身近なところのバクテリアに分解してもらうのが一番。バクテリアの宝庫は落ち葉。雑木林こそ、droppingはナチュラルに行きたい。


9月

■9/29 当HPは今日、ようやく11万アクセスを数えたようです。いつもご訪問いただいている皆様、お付き合いありがとうございます。そして、たまたまおいでいただいた方々、どうぞよろしく(^_^)v

■9/29 地域のソーシャルネットの概念がどんどん変わっています。google+が一般公開を始めたようで、Facebookが出て間もなくこのgoogle+が巷を席巻するのはかなり速い移り変わりではないでしょうか。そしていまや地域SNSといえば、mixi型はもちろん、twitter、Facebookはもちろん、その後のgoogle+も含めて定義するようです。というわたくしめ、昨日、Evernote なる万能メモ帳にチャレンジしてみています。

■9/28 クラフトマン二橋さんとnemagariさんと3人で、怪談。お互いが持つ素材情報と、意見交換もさることながら、怪しげなストーリーを紡ぐところが爆笑。なんだかんだ行っている間に、3人で3本のワインが「勝手に」あいてしまった!写真は、二橋さんのお手製ペーパーナイフがみえるでしょうか?それとnemagariさんの折りたたみの「アルカサル」。そして見えにくいですがミドリちゃんの抜け殻の「ラッキーチャーム」。

■9/27 北海道に住んでよかった、と思える朝、気温13度、昼は24℃ほど。もう日の出時刻は五時半近くになり、暮れるのも早くなりました。いよいよ、です。秋というのは、その「いよいよ」までのつなぎのような季節になりますが、それだけにフィールドのトピックスも流れるように顔があるので、大変に忙しい。それを焦らず楽しむために、工夫が要るようです。食して、愛でて、鑑賞して、飲んで、語らって。このあたりを、11月の「こころの森フォーラムY」で企画します。

■9/24 キノコの勉強会は蚊の大群に見舞われました。先週まで蚊のいない雑木林を謳歌したのに、とんでもない展開です。しかしそれも11時まで。日射、湿度、それとトンボの出現などが微妙に絡んでいる感じもします。わずか1時間で焼く30種を採取。詳細は雑木林だよりを、また、判定会の動画はここを。
今日の発見=ボリボリはしょうゆ味の方がおいしい!

■9/23 次世代のセーフティネットは「寄付」ではないだろうか。ある程度、生活の必須条件が満たされて社会インフラも一定レベルが整った定常型社会と呼ばれるなか、勤め先の安定と並行して、シェア、分かち合いが求められ進むのではないか。NPOによる自己実現を求めるサラリーマンのニーズも高いようだから、余力の持ち寄りは当然期待できる。そこには新しいお布施のような文化が芽生えるのではないか…。 今、『ファンドレイジングが社会を変える』(非営利の資金調達を成功させるための原則)というのを読みながら、中盤以降のページがメモで一杯になった。つまるところ、どのようにして寄付を集めるか、の入門書。面白い。いろいろなアイデアが湧いてくる。
これを読みながら、昼前、こんなもの↑を作ってみました。NPOのスタッフのoyamaさんが張ってくれたミドリちゃんたちの抜け殻を、金運その他のラッキーチャームに仕立てたもの。前回の試作をまたちょっと変形しデザインを固めました。先ずこれを、会費(ある種の寄付)を納めてくれる会員にメッセージ代わりに送ろうか、という試みです。寄付をいただく者は、それなりのメッセージも出していこうというのは当然の話。でも、こんな双方向は非常に楽しい。

■9/21 急に冷え込んできた矢先、またもや台風が大雨を持ってきそうだ。水分が過飽和状態になると、いとも簡単に斜面が滑ってしまうのは怖い話しです。大なり小なり火山灰の列島だったと再認識。この間、いつもの政治が見えない。見えなければそれなりに庶民は心配する。しかし野田さんはひょっとして幸運かもしれない。

■9/19 昨日のニセコは12度まで下がり戻った苫小牧も14℃。「これはそろそろボリボリかな」。というわけで、日中、留守番をしながら雑務を片付けて、林へ。クマスプレーを肩に、竹篭を背に。詳細は雑木林だよりを。

■9/19 土日は娘が帰省したのでニセコ方面ににドライブしました。スキーはもちろん、いわゆるアウトドア系から離れてからしばらく、ヒラフなど顔を出したことがありませんでしたが、予想通りにちょっと無国籍風の様変わりです。外資系のホテル、目に付く英字の看板、そしてカフェとバー。ここに住む欧米人や日本人の大事な社交場らしい。ラフティングのNACに行って見ると、いるいる若者たち。彼らのノリのよさは、孤独な青年の裏返しのように見てしまうわたしはヒネクレモノか(笑い

■9/17 近々の催し紹介。
@キノコの勉強会 食毒判定の力をつけて秋の味覚を楽しむために=9/24 9;30 大島山林集合
講師は胆振きのこ菌友会会長の小山滋さん、通称oyamaさん(NPOの運営委員)
A苫東のフィールドをフットパスと森林健康に活かそうというフォーラムは10/22 13:30から苫小牧のサンガーデンで。参加申し込みはパンフの2面を使ってfaxか電話で。

■9/17 今朝も苫小牧は小さな地震が2回。先日もあり、1週間ほど前は浦河あたりで局地的で極く浅い震源の震度5がありました。地核が活発に動いているのを実感します。

■9/17 月1回のOB会はここ数年、「よいところ」。「ところ」とはオホーツク常呂町。秋刀魚とイカの刺身が絶妙だった。久々の日本酒は、根室「北の勝」。しかし秋刀魚の刺身の写真を撮り忘れ。20時34分の特急で帰宅。

■9/16 物置の床下から、ひと月ほど前からスズメバチが出入りしていたのですが、ここ数日、頻繁な往来が始まり、物置に入ろうとして射されそうになる始末。糖蜜のペットボトルもまったく見向きもされません。mixi型地域SNSどっとねっとで、方策を尋ねてみましたが決め手はなく、床下のは攻撃的だという説を入手。で、結局業者に依頼。10,500円の出費は予定になかったけれど、下手にいじってパニックになったスズメバチがご近所の人を狙っても大変ですから、まあ、妥当なところでしょうか。スズメバチさん、もううちにはもう来ないでね。  合掌

■9/14 わたしの樹林気功の先生,Oさんと電話でお話しすると、東北の大震災に気功師として慰問しているのだといいます。春のはすでに終わり、10月末からは秋バージョン。春は避難所、今度はバラバラに仮設住宅に移った方々を少しずつまとめて最寄の施設で進めるとか。春の避難所では、皆さん、呼吸も浅く、数人相手に始めた気功が会場のうねりになるほど広がった、と。なるほど、こういうときこそ、ゆっくりした呼吸を改めて身につけることは、効果大だと思えます。呼吸は人生の基本。
気功師の津村喬氏が↓のような対応もシリーズでしている。
http://www.youtube.com/watch?v=O76M2FG8jSo

■9/12 金曜に放流した鯉は、よく土曜日、浮かんではいませんでしたので一安心。早来神社の宮司さんからしめ縄一式提供していただけましたので、大気がキリリとしまったら、アップしましょう。11/26、T先生は開けておきますとおっしゃるので「林のある生活」をテーマに実施する方向で動きます。総会案内は今日すべて発送済み。
話は変わって、明朝は冷えます。今日は満月のようだし、天候は一転、秋へ突入。

■9/11 NPOの予定が段々固まってきましたので、決まったものからご案内をはじめています。9/24(土)は大島山林で「きのこの勉強会」、10/22(土)は環境フォーラム(個人会員は総会も)、11/13(日)スキルアップ・チェンソーワーク。これにあわせて、一
緒に森づくりをしたい方、募集します。掲示板などからアクセスしてください。

■9/10 二橋愛次郎さんの二人展をイコロの森で鑑賞したついでに、わたしたちのフィールドを知る二橋さんと「ヘビの抜け殻」のデザイン活用と、「落ち枝」などについて歓談している間に、やろうやろう、と励まされる。二橋さんのようなチャレンジャーは滅多にいませんが、人間、こんな風に前向きに解釈し、ビビッドに生きたいものです。と、こういうことはある種、偶然のようにバーストするから、エネルギーを備蓄・補完する必要があるのですが、エネルギーはどこから?大地や森からいただく「気」から。40歳を過ぎると気は減り続けるから、補うのだ、という話を聞いたことがありますが、まさにこれかも。不思議な出会いの詳細は「雑木林だより」で。あ、今回、動画デビューしました。(^_^)v

■9/09 小さなアイデアを温め、チャンスを見つけて一歩から歩き出す…。森づくりで生じた丸太をドサンコ(馬)に運んでもらえないか。ドサンコとは一帯どんな生き物なのか、それを千歳林業の西本さんに案内してもらいました。研修です。そして午後は恵庭へ。山林の池のヘドロは鯉に食べてもらおうという目論見で、恵庭の西井さんから鯉の稚魚の流通を相談。稚魚は手にはいらなかったけれど、その変わりに3年魚を寄贈していただき、大島山林に戻り町内会長とスタッフとで放流してきました。こういう動き、大好きです。人とつながる喜びと生きがいがこもっています。


■9/08 思えばわたしの一番最初の著作となった「林とこころ」というタイトルは、普通ならすわりの悪い噴飯物の組み合わせと評されたものですが、このごろ振り返って、自分が最も執着しこれからも相するだろうテーマをギリギリに絞ったものだった、と納得しています。そうせざるを得ないことってあります。「林とこころ」はまさにそうだった。そこでもう一度、冥想のことを「林のアジール」に書きました。

■9/03 大雨警報の谷間を見計らって、3時間ほど現場に集って、懸案の林道を集中戦で刈り払いをしました。間伐材を道産子に運んでもらう夢プランが動き始め、池のボウフラとヘドロを鯉に食べてもらう放流プランが決まった。この雨で、ボリボリが出始めた。おお、忙しい!
そして林は益々色とりどり。
■9/01 月刊誌「致知」でこんな言葉に出会いました。
【徳は孤ならず】
徳は孤ならず、必ず鄰(となり)あり
(論語・里仁第四)
【訳】
徳を持った人は一人ぼっちではない、
必ず共鳴する人がどこかにいるものである。
これは一つの主張といったものでも同じだと思う。
たとえば修養なんて流行(はや)らなくても、
修養を説いていれば、
その賛同してくれる人が必ず出てくる。
孤ではなく、必ず鄰があるわけである。   『四書五経一日一言』より

******
人間は歳を重ねさえすれば大人になる、というものでもありません。心がけて磨いて
顧みて、そうしてやっと末期を安らかに迎えられる人間味が備わることを、ようやくこの歳で
知ります。論語はじめ、先達の思考の足跡は、1000年以上隔ててもなお、異彩を放ちます。



8月

■8/30 下川と西興部を訪問。地域で動き始める山のモノとも海のモノとも見分けがまだ付かない小さな事業の芽を、側面からサポートする会の現地ミーティング。プレイヤーと薄暗くなるまで意見交換して(写真左上)、夜が暮れてから立ち位置をやや共有する方と、マチの溜まり場(写真右と左下)で一献。一人単価は、札幌の半分で仕上がってしまうあたりは、都市と地方の関係を象徴的に浮き上がらせます。
■8/28 金曜の夕方、釧路公立大のK先生とコモンズ研究の打ち合わせでニューヨークのセントラルパークが話題になった。マンハッタンにある320haのこの人工の公園の管理費は年間25億、その85%はCPC(central park conservancy)という民間のNPOが集めている。そしてその資金を提供するのは、セントラルパーク近隣の個人と企業だといいます。参加する市民ボランティアは400人。「公園が繁栄し続ける限りは周囲の不動産の価値は高まり、そこにビジネス機会も生まれ、都市は繁栄反映する。また豊かな自然環境によって健全な市民生活が保たれ、人々の日々の活力もここから生まれている」(agora special may 2010から)。CPCとNPOコモンズは全く縁もゆかりもないですが、このキモチはとてもよく通じる。
■8/27 今日も一馬力の山仕事をする。イナゴの群れのように、とは行かないが、それでも満60歳以上のオジサンオバサンの刈り払いスピードは、まずまずであり、わたしたちの出向くところ一帯はきれいに刈り込まれていきます。簡単な段取り後、パッと別れて持ち場に行き、休みや昼食でまた会う。↓の写真のように、突如、自分と出会うこともある。
小屋の周りは、多種多様なキノコが出始めた。胆振きのこ菌友会の会長でもあるoyamaさんは、小一時間の間に、ざっと20種を採取し瞑想テラスに開陳してみせました。何がなんという名前であるか、同定identificationの醍醐味と深みから、とうに離れてしまったわたしにとって、種の名前は念仏より遠いものになっていましたが、そのキノコという生き物の自己主張にちょっとおつきあいするのは望むところ。林に関わるものの醍醐味でもありますからして。

■8/26 今日の海江田さんの満面の笑みを見る限りにおいては、次の民主党3人目の党首は、「オレだ」という確信にみえました。このところ、ず〜っと政局に付き合わされてきた国民は、政治が三流であろうが五流であろうが、あまり期待しないで、いざというときは立ち上がるからね、というプレッシャーだけ見せておこう、見たいなことになっている。

人気ブロガーのちきりんサンは、イタリア流でいいじゃないか、と。あの文化にうるさいフランスが文化面でアタマが上がらないのがイタリアと日本だ、とちきりんサンはいっていましたっけ、つまりとりえは他にタップリあるのだと。だから、ま、ゆるく行こう〜というわけですが、復興その他、難問山積の今、ゆるくやってもらっては困る、というのが世論。

■8/25 夕方3時、札幌だけでなくオール北海道の公園やガーデニングの調査、コーディネートを手がけるRさんと仕事の打ち合わせ。そのあと、U先生に、お借りした資料を返すために研究所を訪問。お茶のあと、5時を過ぎる頃から、手製のピクルスやサラダたまねぎの即製サラダなどを頂く。冷蔵庫から、ちょこちょこと素材を出しては、自ら簡単な調理をして楽しそうに、しかし結構辛口の社会評価とともにふるまっていただく。これまたハッピーな時間であるのはもちろん、料理の魅力を思い出す。料理をアレンジする時間はスケッチするそれに似ている。もっと傾斜してみたい、と今日は思いました。

■8/24 軽く晩酌してのち、9時半頃にPCに向かってHPの更新などするものだから、日々、赤面するような変換ミス、誤字脱字、そして意味不明…。m(__)m (-_-;) (^_^;) (^_^)v 今度、google+ を入れたので、お互い、PC前で飲みながら交信するというやつをせねば。(^_-)-☆

■8/23 人と人のつながるためのツールはいまや携帯を含むITの力が大きいのですが、mixiなどのSNSと呼ばれたもののあとに、twitter とかFace Bookなどの新しい道具も誕生してきました。その、実験サイトとして立ち上げた地域SNSが5周年になるので、総括を兼ねた座談会をすべく、小樽商大のF先生を訪問しました。予想通りの快諾でしたが、ついでにSNSに関する情報交換ができて、こちらは願ってもない訪問になりました。やはり地域SNSが東日本大震災でも活躍していた現状を聞いて、「インターネット」が文字通り「戦時」の情報交換に強いということを実感しました。

■8/23 シンプルなネットの掲示板を復活させるべく、やや頻度を上げて書き込みするよう決意しました。寄りシンプルなものほど活性化する、というのも真理。メーリングリストで十分というのもわかります。掲示板は、出向かないと到達できない点で、MLとは違ってきます。で、再び広報しますが、トップページの右上のボタンで、登録日誌をご覧アレ。それはteke風のブログに当たるのですが、タイトルはHPのそれと同じ。
■8/20 コモンズのスタッフoyamaさんが先日のミドリちゃんの抜け殻を、お手製のアケビの魚籠に収めて持参。すこぶる、バランスがよろしい。また、半端な抜け殻を指でちぎって半紙に貼ってイベント参加者に記念に上げようというアイデアは、見本も持参してくれた。家に帰ってからその見本にいたずら書きをしてみた。あと工夫すると、また別の展開もありそうです。えー、それで、今日も、小屋で抜け殻を発見したので、これは関係者の「福」は保証されたかも知れない…。(笑い
■8/20 昨夜は久々にススキノに出たので、散会したあと9時過ぎに「つる」に顔を出してみました。アマダブラムに昇ったことのあるI さん夫妻と、「つる」では40年以上の止まり木仲間のAさんとDさん。I さん夫妻とは山とカヌーと家内の話し、Aさん&Dさんとは、旧知のへんな友人が実はとんでもない金持ちで、学生の癖に当時、偉い美人の彼女を連れて歩いていた話しなど。まっこと、他愛無い話を拝聴し、かつ、しまくって最終電車に。

■8/18 夜7時のラジオのNHKニュ−スは、トップが天竜川の転覆事故であり、これに延々8分30秒ほど費やしました。大事なことがあるのに意外な長時間報道はよくあることですが、今回は特に執拗な感じでした。国土交通省の施策が絡んでいましたが、はて、国交省大臣の不祥事でもあったか、と妙に気を回すのが平気になった国民。話は変わって、原発の手続き論で国に異を唱えた高橋道知事は、道民の不安にはまったく顧慮せず国へ返信したことに、違和感が持たれてネットは熱くなっています。この辺の、打てば響く感覚を忘れていましたが、これから続々と異を唱える名乗りが挙がります。知事への○電系からの献金など、議会の攻防も出ます。事態を甘く見たツケがでるでしょう。

■8/17 おとといの朝、通勤のJRで隣に変な咳をするマスクおじさんが座って「やばいな」と思ったら、案の定、鼻の粘膜が痛み出して、鼻のうがいやらのどのケアやら、懸命にアフターして今日やっと8割がたカムバック。その間、治癒力の観察はいつもどおりでしたが、この戻りの感覚はちょっとした喜びです。還暦の今、こうした一喜一憂をしばらく繰り返しているうちにもう天命が来るのか。歳を重ねるというのはこういうことか…、良くわかり、すべからく今後に反映したい、と何とも力なく決意!
最近気にしているセリ科植物。レースフラワーのように見えるnative plants も
多いのでなんとも言えませんが、放射状に花開く植物はデザインはレースの原点、
というのは発見です。自然の冥利、ここにも。@苫小牧のJR脇で

■8/14 刈り払いを終えた午後、雑木林に久々のしっかりと雨が降った。気温は23度になっていたから、これで寝苦しい夜におさらばできるのではないか。森カフェにイス2脚を追加し、とてもバランスがよくなった。

■8/13 清清しい朝、朝粥をいただく。セロリの葉とじゃこの炒め物、そしてハスカップのシソ巻き。シソは梅のパートナーと思い込んでおり、ハスカップとの組み合わせはどこか亜流じゃないかと思っていましたが、どうしてどうして。立派なコラボレーションです。塩を振っただけのそれは、時々おにぎりにも入れています。作り方は無造作そのものですが、オススメです。東京で夏ばてが心配な娘にも送った、と家内。

■8/12 自宅近くに保険の使えるはり灸マッサージ&整骨の治療院が開設し、若い施術士とよく話をするようになりました。施術士は「誰でも歪むから要はバランスなんですよね」といいながら、電気マッサージと手わざを使います。即効性ある快癒を患者は切望しますが、いやいや、ゆっくり自律的に歪みを小さくするしかない、という地味なメッセージは説得力があります。こころの歪みもそうですね。この歪み、ひずみこそ、よほど念入りに己を無にして観察しないとわからない。基本、人のこころはすぐマヒする。ヨガの教え、先達の一言、ブッダの言葉の数々、キリストの導き、なんでもいい、毎朝あるいは寝る前、少しでも立ち止まってみる。こころと身体が、自分にケアを求めていることに気づいている方と、たまにお会いし静かな対話を経験するのは至上の楽しみでもあります。

■8/11 ちょっとめまぐるしくアポを採ったりお願いしたり、ネット会議の段取りを始めたり、短いけれど密度のある打ち合わせができたり、我ながら手ごたえどっしりの一週間でした。その合間に、10日には農業関係の方と北広島で一献、翌日は、「どっとねっと」のオフ会で、歓談、久々の二次会へ。すべてが順風満帆とはいかないけれども、いずれのプロジェクトもまずまずまとめて着実に前進していて、関係する方々のおかげと感謝、合掌。
ps:北11西2丁目の「魚桜酒桜」。食事2500円。タコの陶板焼き、ブリかまなど、堪能できた。また英国から帰省中の方が円高に泣いていたので飲み放題をやめ、自己申告制にして代金精算表を作った。勘定はばっちし。


■8/8 昨日小屋に顔をだしたところ、スズメバチの営巣はなし、ヘビのミドリちゃんの姿はなし、蚊もいない、という環境の現状。ところが、小屋の中に入ると、ジャーン!なんとテーブルの上には1.5mはあろうかという抜け殻。この大きさはこのあたりに建設当時から居ついているミドリちゃんでしょう。昨日でも顔を出したスタッフ(oyamaさん)が見つけて壊れない状態で移動してくれたもの、と想像。いやあ、それにしても長い。フットパスを一周すると、エゾシカの親子に遭遇。雑草のいきおいはもちろん、自然王国に押しつぶされそう(笑い

■8/7 土曜日は猛暑の平取訪問。かえーるクラブというママさんグループの平取の魅力発信イベントに参加したもの。10月に出版する原稿でこのママさんたちにお世話になったのが縁。平取牛や野菜を味わえるツアーとしてすで固定客もいる集い也。夕方3時前の集合で、アイヌ関係の博物館を3つはしご。3番目の「萱野茂アイヌ文化資料館」は初めてでした。そこでの発見は、

@=沙流川歴史観の展望台から望む沙流川の光景は、四万十川に通じるパワースポットである。気宇壮大にさせる。…比較写真は下記。悪気はないのでしょうが、ゴミ入れのサインがスポットをただの場に代えてしまっている。
沙流川。ダムは左、川はもう埋まっている

Aアイヌの人の間では、「ミラクル落ち枝」らしい口承はない。…あわや、と期待したが残念。でもアイヌの方にも直接聞いてみたい。
B唸ったのが揺りかご↓。アイヌ博物館は普通褐色になるのだと学芸員はおっしゃる。天然素材だから、と。

ツアーはとても丁寧に企画されて、平取牛などのBBQも、これがホンモノの牛肉か、と驚く柔らかさで、ブランドトマト「桃太郎」にいたっては食前と食中に2個も食べてしまった。丹精込めて地域ぐるみで案内してくれるために、やや痛々しさを覚えてしまうほど。地方=農村社会が中央=都市住民をもてなすような構図がどうしてもできてしまうからだろうか。「元はとれてます。ビジネスだと割り切れます」といわれればいいのだけど、少なくとも情報発信のお母さんたちの地域奉仕が純粋なだけに、もてなしぶりがクローズアップされてくる。でもとても上品でお上手。
 BBQ時は、広場で女の子中心の「幌尻太鼓」が演奏された。広域分散の平取町でよくこんなにまとまりのあるグループが維持されているものだと、まずそこに感動。4,5歳の子もいた。
夜は8時から、星座観察と蛍鑑賞、散会は9時。

■8/6 脳は衰えないのだといいます。で、どうすれば衰えないようにできるのか。パズルや計算をしたりするのもいいらしいが、要は、脳がついつい楽をしたがって嫌がってしまうことを、いとわずやり続けることではないか。で、いつでもすぐできることは、言葉の選び方ではないか。そう思って数日、言葉選びのとき、「よりよいコピー」「ちょっとひねりのある言い回し」などと心がけてみた。手ごたえあり、であります。

■8/4 広井良典著「創造的福祉社会」がなかなか先へ進めない。3章に入ってから、とかかりに「倫理の外部化」という言葉が出てくる。ここでもタップリ立ち止まった。市場経済の前で、自らを律する構えというのがかなぐり捨てられた経過を分析してみせている。ついこの前、「こころの外部化」ということで議論した覚えがある。こころや倫理を、埒外に置いてしまった誤謬を再認識する。そしてふと、わたしの5年ほど前の本「林とこころ」鋸とを思い出した。あのときの気恥ずかしさはきっと、この外部化されたこころというものをわざわざまな板に載せる意外性というかルール違反みたいなものだったのだろう。あの本はそこにコミットしてみようというささやかな試みだった。しかし未だに恥ずかしい。その理由が少しはっきりしたのはうれしい。

■8/3 「へえ、takeさんは、、山形の出身でしたか。そういえば、ちょっとナマリがありますね。」
     「はい、わざと残しているんです。記念に。」
我ながら、とっさに実にいいこと言ったと惚れ惚れ。
 ps:今朝、カモメがヒューイと空中で何かを採るしぐさ、今年は初めてみました。茶Aリでしょうか。

■8/2 苫東の立地企業の懇話会で環境コモンズの概念とNPOのこれまでの活動をしゃべりましたが、取り付く島がありませんですね。このNPOを年間一万円の団体会員で支えることは社会貢献に直結する、と珍しくドラスティックな発想を述べたのですけれど、このあとコンタクトは期待薄。逆にそう思うと気も楽で、立場上、広報もしているけれど業界の食いつきは極めて悪い、と総括することにします。それはそれでOKですし、粛々と目的の光景を作っていくだけです。
■8/1 断捨離という言葉を最近よく目にしますが、あれは仏教用語なのでしょうか。だからというわけではないですが、週末、部屋を大幅に片付けた。行程はまだ3分の一だけど、よくもまあ、不要なファイルやら雑誌や書籍があるものです。ですが、還暦の今年は今までとはちょっと違う。「自分の長くない余生にとって、これは必要か」という尺度が厳然とプラスされたから。これはいける。今週も片付けよう!
■8/1 夏休みを1日とったので、午前中、#2と#3のロッドをかかえて白老へ出かけてみました。昨年はフライの日記を書いていないほど、なにか、乗り切れません。で、久々の感じ。これも、これからのフライ・ライフを考えてしまった。ついでに野の花の撮影。オカトラノオとサビタ。

7月
■7/31 もう7月が終わる〜。暑い日が何日かあったのに、どうもオホーツク海高気圧が居座っているようだ。サロベツの友人から「がっちりまかなって花火やった」と行く夏を惜しむ便りがきていました。なるほど、浴衣をきたり、うちわで扇いだりBBQしたり、やっておきたいこと、あります。ヤマメのフライフィッシングなども是非やっておかねば…。原野は野の花の百花繚乱。
■7/31 植苗病院のフットパス延長のリクエストを頂いたので、既存のルートからさらに奥へ伸ばし低みに下りまた病院へ行く道と伐採あとの萌芽林につなげるのとふたつが完成。職員が刈った丁寧な道と、作業療法で片付けたと見られる材のたたずまいはなかなか良かった。こうした作業では寸志や足代をもらうことがありますが、こういった見返りを当てにしないボランティア活動へのお布施みたいなものは、地域ビジネスなんて大きなこと言わずに、ちょっと新しいシェア、あるいはwin-win の方策として注目してみようと思います。作業する人が固定しているので時折、ご苦労さん会をやるにしても。

■7/28 おなかが出て困り気味だったのに、気持ちを修行モードに切り替えて2週間、大分戻ってきました。気持ちのちょっとした切り替えは、胃がもたれたら食べないとか、空腹の方が健康だ、とか、兎に角節食に惹かれている自分をイメージするだけでもok。かつてこの流れで、日曜は夜の一食にしていたことがありました。コントロールできる自分という自信がなにより。ただビールとワインはそうはいかず(-_-;)
■7/27 先日アップした地域SNS「どっとねっと」のレポート第2弾「どっとねっとの軌跡U」を、地域SNS研究会の庄司昌彦代表が、「大作」の折り紙をつけて評価。5周年の時にお呼びして議論しようかと思案中です。バーチャルなコミュニティが集合知をつくり、コミュニケーションももちろん深化する…。これが世の地域SNSのアベレイジとちょっと違う位置にきてるのかも。

■7/25 ソーシャル・キャピタルの原稿を入稿。これで、今年上半期の大事な用務の一段落を静かに迎え、今度はそのフォーラムなどの準備を並行して進めていきます。コモンズの研究会もNPOも、別の委員会も、結局底の方でつながって、揚句、公私の「私」の部分はどこへいったか不明なるも、本人としては納得の状況で連日いただくお酒も美味。しかしやはり、近いうちにフライロッドは振らねば。きっとヤマメも大きくなっただろうから。
■7/24 ちょっと区切のページをアップしました。ひとつは、「スイスの旅レポート」。事前の情報収集も含めて記事にして旅日記は3章目に簡単に。もうひとつはNPOのパンフレットver.4。画像は今年一年の活動で構成してあります。
■7/24 刈り払い作業の魔力に浸る。もっともっとやりたい…。これはきっと風景を変えていく自己実現感覚と、行動的瞑想という媚薬によるのだとわたしは想像してきた。この瑣末な行為が、表の日常社会の裏にあるような感覚、これは是非体験されることをオススメしたい。
 オニノヤガラを掘って見たら、ヌスビトノアシがでてきた。↓
■7/22 地域おこしの相談役ケイパビリティ研究会を案内。小さなビジネスシーズについてアドバイスを受けるのがねらい。大島山林から浜厚真の海岸まで、駆け足で3時間でした。

■7/22 NPOのパンフを更新。中身の概念やビジョンは変更がないのですが、メインとなっているのは、1面の画像の組み合わせとバランス。今回はこの1年の、中心的作業に焦点をあてて編集しました。アップまで、あとちょっと作業が必要ですので、お待ちくださいますように。
 それとあわせてスイス日誌も遅ればせながら制作中です。スイスの隠れた一面をご紹介できると思います。
■7/20 mixiが代表したSNSも、このところtwitterやらFace bookに押されたか、ピークを過ぎた模様ですが、わたしの感じでは、流行が終わっただけで、これらは使い分けざるを得ない時代に突入するはず。この御三家には、さらにMLがどうどう入閣です。ところで、わたしたちの地域SNS「どっとねっと」がもうすぐ5周年になるのを記念して、運営レポート「どっとねっとの軌跡U」を出しました。↓
http://hkk.or.jp/kenkyusho/file/sns201107.pdf
テーマは「集合知」。昨夜、その小さなオフ会が札幌駅前で。そこでは、フットパス補助具「アルカサル」の海外マーケティング戦略も話し合われた模様。

■7/18 かなり微妙な天候だった昨日の反省もあって、万が一のため、今日もつた森山林で、関係者をお待ちしたところ、2名が来訪、当方など都合5名。しかし、昨日は合計12名がファンクラブに加入された。薪とハスカップという、地域産物の、土地と人を結びつけるミラクルノちからはかなり大きいようです。

■7/17 霧と雨の中のハスカップ摘みとあいなった。開始前後は雨が降っていなかったが、やがて断続的に雨が来た。札幌からなど約30名がお昼までの短時間に、勇払原野ならではの風物詩を楽しんでいただいた。霧と雨は、本場を演出したかもしれない。この霧のために、湿原とハスカップはあるから。忘れていたハスカップのエピソードを語る羽目になったが、耳を傾けていただいて思いをあらたにする。
■7/16 雨の中で刈り払いをしました。明日は、ハスカップ摘みですが、天候はいまのところ、思わしくありません。たかがハスカップ、されどハスカップ、幻になりつつあるこの小さなベリーは、やはり、人を呼ぶ力があるようです。
■7/14 なでしこジャパンの活躍には涙腺がゆるみっぱなし。。がんばれ。ここのところ、日本独特のメンタリティを復活させ出したのはプロの競技選手です。サッカーの岡田監督は瞑想の感じがするし、長谷部の本を見てもとても自律的な修行のにおいがします。政治家も忙しい世事からいったん瞑想のようなニュートラルな世界にもどっていってほしいもの。
■7/13 朝、半そでシャツで電車に乗ると、1時間あまりの通勤の間に冷えてしまう。ジャケットを着てくれば良かったと反省しつつ、その後の身軽さゆえについ、このスタイルを通してしまう。都内の電車の具合とはここが大きく違う北国の通勤です。
 昨日は駅前商店街の勉強会。大型インフラに守られた自治体のそれは、どうも住民自らから生まれてくるパワーやもっと遡った危機感や課題解決の動機も薄らいでいっているのが、手に取るようにわかりました。そもそも、空き店舗があっちゃ悪いのか、自治体とはそもそもなにか、ドラスティックな議論につながって行きます。議論は尽きないけれど、助成金などに踊らされない取り組みがあればお聞きしたいし、応援もしたいと思います。

■7/11 現場は土地所有者が約束してくれていた大面積広場のトラクターによる刈り払いとか林道の不陸均しなどを予定通り実施してくれたのを、遅ればせながら昨日確認したので、メールですが御礼を申し上げた。NPOが提案して保留されたいた、苫東フットパスについても、前向きな話が逆提案されつつある。そのほかにも、掲示板に記入したような、自然保護団体の苫東を歩く会みたいなものが連続します。きっと、震災の廃棄物の受け皿を提案している道ノ動きに呼応して、ウトナイ湖をはじめとする勇払原野を保護しようとするグループの活動が本格化するところだろうか。2011年夏、勇払原野はある意味、かようにホットなのですが、わたしたちは、愚直に雑草の刈り払いに汗する日が、きっと9月一杯、続くでしょう。
■7/10 現場を2週間休んだら、穴がぽっかり空いた気分でしたから、今日は早めに着いて万端進めたはずが、なんたることか時差ぼけの影響だろう寝坊してしまった。しかしこんなに楽な時差ぼけは今までなかった。丸々1週間、人知れず耐え忍んだものだ。きっともう日常の睡眠時間が浅く短いからではないだろうか。あ、現場の驚きの@蚊がほとんどいないAまたもや2リットルほど水を飲んだ。

■7/10 昨日土曜夕方から、今はもうない北大「青年寄宿舎」の座談会。明治37年からの日誌復刻と解題の出版に当たって、ご高齢の先輩から故宮部金吾博士のエピソードを聞き出し、107年続いた寄宿舎の、初期のスピリットを探るのを裏のねらいでしたが、折々数々のエピソードを聞き、時代間に見えてくる疑問を解くことなどで精一杯になってしまった。当然のように、還暦のわたしは最年少で、雑用と進行。
■7/08 今日は、久々の北海道の週末ですが、時節柄、明日は札幌で編集会議など、あさって、やっと刈り払いにありつける…!さて、苫東の落ち枝は、寺田寅彦流の格好のサイエンスであるばかりか、ちょいとスピリチャルなものではないかというのがわたし的考察。しかし、この提案はあまり、いや、ほとんど賛同を得ませんでした。この方面ではかなり理解が高い精神科医のT先生ですら、わたしの話を「耳にタコができるほど聞かされた」とあるところで、こぼしていたほどです。(笑い
 そこに新星N氏、現る。氏は今週、大風のあと、独り雑木林を訪れ、何本かの落ち枝を発見します。氏もどちらかといえばこの現象に懐疑的だった一人ですが、下記の便りをみると、もう、落ち枝神秘のとりこ。やったね!

=====7/8 掲示板から====
昨日の午後、十勝からの帰り道にtakeさんの小屋に立ち寄ってみました。
小屋の中には入っていません。
小屋の周囲をちょっと歩いただけで、10本くらいのミラクル落ち枝を見つけました。
太いのから、細いのまで。
斜めに立っているのが結構ありました。
それも直立していたのが傾いたのではなく、しっかりと斜めのまま地面に食いこんでいる。
中には、地面とほとんど角度がないくらいに、それでも刺さっているのや、
抜いてみると、先端がアルカサルみたいに湾曲しているのもあったり、
これが落下して突き刺さる?という疑念が強まるものが多かったです。

そして、抜き取ってみると、皆、刺さっている部分は土が枝に密着してカビなどが発生し朽ちかけ始めているのです。

まるで、土壌が枝を端の方から飲み込もうとしているような感じにも見えます。
この立った枝はこれから時間の経過でどうなっていくのか・・・

たしか、今週の月曜日はきつい雨が降ったと思うのですが、
豪雨による枝の落下と、雨でぬかるんだ地面が関与しているのではないか
とも考え始めています。
===========
(それに以下、わたしのレス)

落ち枝のなぞは、まさに深いお知恵がないと解けない、という感じですね。

>抜き取ってみると、皆、刺さっている部分は土が枝に密着してカビなどが発生し朽ちかけ始めているのです。

そうなんです。地球の重力に絶えられないで落ちてくる=腐朽、と言う場合と、
おそらくこの自然落下のやや早い時点で、風などの圧力によって、切断されて
落下する場合があるでしょう。

あと、樹上で腐朽が進んだものが雨によって水分を吸収し自重が増し、やはり
「予定」より早めに落下してくる。きっと、落下の「予定日」というのがある
のではないか。そして予定日は計算されるのではないか。しかも、そうして落ちる枝のうち、ある「仕方」で落ちるもののみ、刺さる…。

受ける土壌は、…(持論、省略)…。

次なる実験をお待ち申し上げます(笑い
================

■7/07 歴史の誤解、洗脳はかなり根深くて、特に中国の歴史教育などで注目されていますが、それは国家としてのそれだけでなく、北海道の開発というドメスティックなものも、どこか、正統な評価をはぐらかせたバイアスのかかったものだったと思います。象徴的なものは、中谷宇吉郎博士の「ドブに捨てた800億」という報文でした。でも華々しいそのレポートが時代と現実を正確に描写したかは違っていたのではないか。それは開発された港湾などが道民の経済や雇用に大きく貢献していることで十分証明しているでしょう。

先日、、『戦後の北海道開発』が発刊され読んでみました。復員者と雇用のため、国の課題に応える北海道の取り組み、とりわけGHQとのたたかいなどがリアルに再現されています。歴史観は、教育とメディアによって浸透していく、この複雑なからくりは、いずれ明確にほぐさなければいけないと思います。

イデオロギーを脇に置くわけには行かないのでしょうが、暮らしはそれとは別に「どっしり」ある、という感じです。

■7/06 もう随分フィールドに行っていない。蚊が少ないという報告がありますが、さて、快適な夏の雑木林は本当にありうるのか。アオダイショウのミドリちゃんも健在のようだし、そろそろスズメバチの巣作りも始まるかも知れない。万物、みな、生ける里、万歳、合掌。

■7/05 いつもより順調に時差ぼけ調整中!(^_^;)

■7/03 先ほど苫小牧に戻りました。スイスを中心とした旅先のネット環境はばらばらで、ホテルの無線ランはドイツと異なり基本的に有料でした。外は明るいので、夜9時頃部屋に戻ってネットのID取得の交渉から始まるのは、いたずらに睡眠時間を少なくするだけですので、現地報告は「どっとねっと」だけにしました。いや、それしかできませんでした、というのが真相です(^_^;) で、ほんのちょっとだけ、掲示板に。これはNPOのメンバーへの近況報告と北海道の現地情報交換の場として、でした。

このホームページの更新は、ブログやSNSと違って小さな工房の作業みたいなところがあるので、環境が安定していない旅先などは気が重いもので、一度トラブッて修復でもしようものなら大変です。それから、街角や駅に無線ランはあふれてましたが、swiss.comがことごとく有料で支配しているようでした。ちなみにホテルでは24時間で600円ほどですから、驚くほどではないのですが、東横インなどのようにマイルームを移動するような感覚なわけにはさすがにいきませんでした。これでもうすでに気が重い(-_-;)

で、くどくど言い訳しましたが、スケジュールがハードで、その日のアルプスと森林、牧野風景の写真をPCに収納するだけで、夜は終わりました。メモする時間は朝、4時ころから、時差の関係で目覚めてしまったアタマで。いずれどういうレポートをアップできるか思案中ですが、簡単なアルバムに終わるかもしれません。題名だけはアルプス日記、とかなんとかにして。以下、その前触れとして。数枚。

山と森と湖の観光立国スイスを旅行してきて、わたしたちNPOの最大の関心事のひとつ、森のあり方について言えば、スイスは「おいでよ」「お入り」というメッセージを出しているのに対して、苫小牧や道内の多くのそれは、「入林はやめた方が無難」というもの、それほど違います。そして高山との劇的出会いを作るインフラの充実の歴史。こちら日本は観光という視点もさほどなくその面のビッグなインフラはあまりできなかったかわりに、里山という手入れ=ケアのたゆまないインフラをしてきた。これは西洋人をガーデンだ、と言わせました。この線を、当NPOや研究室は自覚的に歩んでいるといえるようです。

6月
■6/22 明日から2週間弱、北海道を離れます。旅先からの更新はできませんので、画像はたまあに掲示板に送ることになるかもしれません。今回の旅先はスイス。EUにも国連にも加入せず、徴兵制度をもって国防という緊張と観光というビジネスをこなす国。行く前に、随分と本をよみましたが、本当は、アルプという牧野がコモンズであること、そしてハイキングコースが快適なフットパスにあたること、それがどんな塩梅なのか、このあたりを体感したいと思います。いずれ、紀行と淡彩画でご紹介したいとも思案中。乞う、ご期待。

■6/21 週末の山仕事の影響がバッチリ出ています。「うるしかぶれ」。地面にはびこる草に混じってツタウルシがおびただしくあるせいでしょう。なにしろ、刈り払いという作業は、刈った草の汁がもろに身体にふりかかってくるからです。わたしのかぶれは、首と左右の手の甲。就寝中に、掻いている自分をまどろみながら意識し、また眠りに落ちていきます。湯上りに塩をまぶしてもう治りそうです。

生物多様性とか、自然との共生と言いますが、それは、蚊、アブ、スズメバチ、数多の鳥たち、コウモリやリス、ウサギやキツネやアライグマ、そしてエゾシカやヒグマ、これらもろもろとのつきあいなわけで、さらにそれを基底で支える植物群がある。都市は、それを排除していってできあがり、そのいいとこ取りがリゾート。

快適さをお金で買うのか、我慢し慣れる環境で共生を悟っていくのか、震災と原発は結構、そこを問いただしている、と思いますが、便利さと快適さから逆に引き返すのは至難。今年、やや、蚊が少ない気配はしみじみ助かる。m(__)m
■6/19 昨日は、ブッシュカッターを車に積んで作業場所を点々としました。それだけでも30km以上移動したでしょう。幸い、人のいない現場ではなく、弁当をご馳走になったり、コーヒーを頂いたり、最後は、現場監督から「ゲート閉めますよ〜」と教えてもらったり。↓はnokoさんの瞬間リース@弁天の原野。
気を引き締めたいのは、ハスカップの消滅。もうこんな現状に思いをいたす人は見当たりませんが、わたしたちはしっかりフォローしていきたいと思います。写真は、乾燥が進み樹木に覆われ、枯れたハスカップ。20年前は、ハスカップだらけの自生地だった。
■6/17 2日前から、一年遅れの「どっとねっとの軌跡U」をまとめておりました。出版ではないので、劣後にまわしてしまったのですが、300pのアーカイブは、なかなかのものです。早速、SNSにもその旨を書いて、公表前の内部の合意をとっているのですが、参加者にはまずまず驚きの評価ばかり。足掛け6年、地域SNSが地域のためになるのか、集合知をつくるのか、その実験が形になってくるような、まあ、不思議な気分をひとり、味わっています。またまた、乾杯でした。1冊目の報告はちなみにこちら

■6/16 ひょんなことからSEOチェキなるものを知り、管理する地域SNS「どっとねっと」のGoogleページランクを見ましたところ「2」、これはまずまずのランクらしい。0から7までのランクがあるようです。それでは、と自分のHPも評価のアプリに入れてみると、なんと、「3」でした。この分野に詳しい人に聞くと、これはなかなかいい評価だと言います。ひさびさ、ちょっとニンマリしました。

■6/14 原発事故のもとになる取り組み上の欠陥を考えていくと、そこには「不作為」というものがあるのではないかと思うようになりました。誰かがやってくれる、とか、先送りとか、結果的に甘えてしまう。前向きに喜んで仕事をこなしていく人に共通すること、それは「不作為」ということがない。

■6/13 感性はマヒします。だから初心も忘れるし、恩や感謝の気持ちも、自分を下座に置く気構えも、学ぼうという姿勢も、ことごとく。でも、反省や後悔も多々経験すると、修行のように日々を送ろうという意味がわかってきます。ギリギリまでマヒしちゃいけない。そう思いつつ、今日も数行、先達の本を読もう。

■6/12 雑木林はセミの大合唱だった。いきなり22度の快適温度になったから、山仕事はどんどん進んだ。そして、夕刻、至福の時間を迎える。でもなんとなく、そのあとにくるマジック・アワーの直前に場をあとにする。まあ、楽しみは先に残す見切り、つまり貪らないという抑制、かくして時間のつながりが次の機会を産む。
ベンチが完成した。関心のある方は是非座ってみてください。

■6/9 昨夜は、日ごろフィールドで汗を流す面々と、理事の人たちと交流会を行いました。大事だなあ、交流って。話したりない、と思っているまにお開きになってしまったのではないでしょうか。ではまた、、次回。

■6/7 世の中に受けるかどうかなど、まったく埒外のこととして動いているわたしたちですが、しばしば、そのようなスキームをパクッて我が物顔に位置づけられるようなことが起きるようです。でも、ホンモノとそれ以外はいずれ判断されるものです。というように、愚直な山仕事にもしばし雑音が入ることがあります。

■6/6 フットパスの小川巌氏一行を柏原フットパスに案内。10月に行われる環境フォーラムの下見をかねたもので、一行は、大島山林から柏原をへて、小屋周辺とつた森山林を駆け足で巡りました。一行に加わった北大のフットパスの研究者Oさんも、「はじめて経験する風景」と驚いていました。

■6/5 いよいよ、雑草の刈り払いが始まった。草を刈るという行為は、3Kの単なる労働のように見えるが、それはアタマでっかちの一面的見方。除草の作業は、実は究極のガーデニングであり、運動であり、そのまた深いところでは行動的瞑想であります。わたしは一冊の本を読むのと同じように、除草を薦めたいし、事実、わたしはそのバランスに重きをおきたい感じがする。冬の間伐ももちろんスケールの大きな風景作りだから、わたしたちは一年中、勇払原野の一角でガーデニングをしていることになる。繁茂する植生を懸命に抑えつつ、再利用していくサイクルは、なんというか、持続可能な現代の里のくらしを追体験しているのでしょうか。

■6/4 週末、札幌の市民ホールで立川志の輔独演会。落語を聴いて涙したのは初めてだったような気がしますが、泣き笑いは志の輔最後の演目「メルシーひな飾り」。フランス公使の夫人と5歳の娘が、時間をぬって成田のそばの雛飾りで有名な匠の作業場を見学にいく話で、この話を外務省からつないだ町内会長の絶妙な日本人的庶民的発想を描いたもの。作業現場は、各地に分業されていて、この人形の作業現場は美しい首から上、つまりアタマだけを作る工房で、その様は5歳の子には見せられない、との大人の判断から、さんざん、国際関係?にもまれながら、最後は、苦しまぎれに町内のオヤジと奥さんたちを集めて、紅い毛氈を境内に敷いて久々に振り袖などで着飾った中高年がならび「ひな飾り」を組織し、黒塗りの専用車が通るときいちべつしてもらおう、というもの。このいたいけな配慮と婦人のメルシーで終わる。ああ、こんなに書いてしまうほど、話の襞がこまやか。震災と政局、庶民のこころ、全部一緒くたにした志の輔ならではの創作落語だった。写真は帰途、入り口に張り出された演目。
6/4 しばらく更新が滞りました。あっという間でした。夜が遅いと、もう、パソコンで作業する時間がとれません。それと政局や震災情報も目を離せない、それをフォローしきっていないことにちょっと焦りもでる。駅前の書店の新刊在庫のスウセーを見るのは面白い。今、有本香の「中国による「日本買収計画」」がない。震災以後、ちょっと忘れ去られた感のある大きな命題だった。この間、ジワジワかドンドンか、一体どう進展しているのか。現場から帰ったら、フォローしてみよう。

5月
■5/31 「スイスと日本 国を守るということ」を読み始めました。あの一見華やかな観光の陰に、国防、永世中立の緊張が横たわります。国が辛酸を舐めてきたかの国では、メディアは盗難事故など日常ネタは、観光に響くから材料にしない徹底振り。街角に戦車砲が隠されて徴兵制度があり。

■5/30 雑誌「サライ」が、『日本「森」紀行』を特集していたので、即、購入。タイトルは「深呼吸をするために出かけませんか」。大人しくて好きなキャッチです。中身は、稲本正、C・W・ニコル、成沢由浩(シェフ)の懇談と、稲本氏が選んだ日本の森15選など。15選のうち、わたしは9つを体験していました。サライの、あまり軽はずみな言葉を使わず、はしゃがない言葉遣いは、他のメディアにもちょっと学んで欲しいことだと思います。下手したら行政の方が、啓蒙の意識からかフライングして軽かったりします。
■5/30 先日、苫東の会社で早朝行われた企業との情報交換会(朝飯会)で当NPOの概要などを話したことが苫小牧民報社から報道されました。

■5/29 昨日はクラフトな一日でした。フットパスのサインを修復し、小屋の裏に懸案だった丸いベンチを製作。前者はメンバー直営、後者は、chiba匠の指導で共同作業。一歩一歩、少しずつ。わたしはこのゆっくり積み上げていく里山的雰囲気のビルドアップに、密かに大きな意味をみてきましたが、なんだか浮世離れしているような気もします。

■5/29 加齢にともなう職業人の常なんでしょうが、何年か前から、公私の境が不鮮明になっています。公私を混同するという悪い意味でなく、どちらかというと仕事とは直接関係のない人や情報が、結果的に仕事に生かされている、という「つながり」のこと。ある成就にむかって全部がつながっていくという感覚。だから何事にも全力で取り組む、ということになる。むしろ、全身全霊で取り組めないものは手を出さない、または手を引く。かくして、山は遠ざかり、運動一般も、庭造りも絵も、次第にフライフィッシングも思い出だけの世界になりつつあります。もちろん、それに連れて人も疎遠になっていくけれど、でもこれは仕方がない。当然、別の出会いもたくさん待っているのだし。
■5/26 それにしても眠い!シュンミンアカツキ…あの世界か。それにしても新緑がすごいです。

■5/25 夕方、青年寄宿舎の編集会議。肝心な方が欠席になり急遽、ビールを楽しむ会にはや代わり。喜寿を迎えたお二人と、葬式や老いの店じまい、孫不在の昨今の世相の話など。それなのに、編集会議はいつも楽しいから、いつまでも編集していたいね、とTさん。爆笑。
■5/24 朝7時半から苫東でコモンズの話を少々。早朝、目を覚ました脳裏には、35年の歳月が走馬灯のように浮かんでは消えました。

■5/23 どうも、Hさんのエコライフ↓に心地よいジェラシーを感じている自分を発見。(笑い
ああ、いいなあああ!

■5/22 地方に住む意味と魅力。訪問した、山とフライフィッシングの先輩Hさんの余市のお宅で半日過ごす。家に夫婦の哲学、ライフスタイルが凝集。窓辺から見る野鳥の話だけでも数時間過ぎる。

■5/21 ひと月ほど前に、街灯が車にぶつかってきて破損し、熟慮の結果、車を買い換えることになり、それもまた熟慮の末、いや、成り行きでハイブリッドのプリウスに。本当は、このプリウスの、なんというか、美しさをかなぐり捨てたような不細工さが大きらいで、まったく食指を動かさないできたのですが、いざのってみると、悪くない、いやそれどころか、いい、乗り心地も抜群に良い…。要するに、なってしまった運命は、すぐさま肯定していくこの変わり身の早さ。これって、結構大事です。

■5/20 NPOのHさんが大きな病気を克服して元気に戻られたので、前の職場関係者らとススキノでお祝いをしました。ススキノの金曜日夜の雑踏は、気分が高揚するなにかがあり、それは地方にはないものである、と良く感じる。ただ、齢を重ねた分だけ、その高揚が結構虚しい、あだ花のようなものだ、という記憶も脳裏に浮かんで、肯定を打ち消します。今は、雑踏よりも、静謐、あるいは確かな手ごたえのある人の輪こそ、自分の安らぎの場だ、と。

■5/19 春のピークは新緑と山菜ではないでしょうか。その山菜の最も盛りは今週末になりそうなのですが、あいにく出かけて不在にするので、今日は仕事を休んで今年の山の幸を祝いました。本当の「春の祭り」をいえましょう。その素材は小屋で、「スドキの瞬間おひたし」と「コシアブラの天ぷら」として賞味しました。

■5/19 昨夜8時頃、糸井駅からママチャリで帰宅する直前、北の方角にものすごい明るい流れ星のようなものが飛んで消えました。流れ星というより、大気圏に突入する隕石のような感じでした。なにか、関連ニュースはないか、とみておりますが、気がつきません。ナンだったのでしょうか?

■5/17ね、眠い!思考停止…

■5/16 ある雑誌を開いていると「菅首相は戦後教育の完成品」と明言されています。絶妙な皮肉とばかり言っておられません。人間学の問題なんだと。

■5/15 小屋に忘れ物をして今日も顔を出してみると、うす寒かった昨日と違い、今日は森羅万象、早春の宴状態。とくにシジミチョウがわたしの周りを飛び回るのがうれしくて、ついカメラで追いかけることになった。早春の女神がにこっと微笑んだような、そんな昼下がり。

■5/14 60前後のオヤジ3人が、設計図なしの階段づくり。これは手ごたえあり。設計変更の連続でいく!思えば、この感覚は大事かも。おもえば人生も、見取り図のようなものはあやふやで、足跡だけが残る。歳をとると、その足跡を振り返っては段々、肯定するようになる。老いはかくも素晴らしい!

■5/13 春のせいなのか、体が眠たい。今、睡眠は5時間程度ですが、8時間、トイレにも起きないで眠り続けたら、、もうまさに天国。天国は身近になるわけです。(最近、こういう話が多いです・笑い)

■5/12 帰宅後、ビールを飲みながらTVを何となく見ていたのが「紳助のかけこみ寺」。坊さん数人が、色々な悩みにアドバイスするもののようですが、ついにでたか、と思いました。小中学校の先生よりも、やはり話のツボを的確に告げる。仏様の面目躍如だと思う。ただ司会の紳助が、自分の実体験に引っ張ってきて坊主を超えるので、縦のつながりにはならない。紳助が坊主を手玉にとって見せるからだ。不自然な敬いも変だけど、「紳助教」はまたどこかで、勝手にやればいい、と思わされる。まあ、これはマスコミの商法を知らないもののたわごとになるので、寝ます。(-_-;)

■5/11 昨夜はNPOの理事会。22年度の経過と新しい年度の計画などについて報告と意見交換。わずかな運営委員と実働部隊で、今年だけでも170人近い人が、林の手入れなどに加わったことを、事前の資料作りで発見し、それも報告。ゆるやかな、コモンズらしい運営は、とかくビッグプロジェクトにありがちなひと気のなさの逆方向、つまり一馬力の人のつながりにどうもヒントがありそうだ、というのがここのところの印象です。
このところ、実にいい天気。日の出とともに起きるのですが、思わず外にでて深呼吸したい、という願望が沸きます。

■5/09 長崎のまつをさんが、昨日、鳩山さんの中国に対する「ごめんなさい発言」に怒っていましたが、わたしも別のところでアレを見たとき、たまげました。それにしても、元首相の肩書きで、中国に行き、次の主席候補に放射能を謝る…?。長崎で中国から来る黄砂と光化学オキシダントに悩む氏らの実情など、全く知らないお方よ、出歩かないで欲しいという国民の声は切。発言しないでひっこんでろ、と口の悪い人は言います。あなたに任せる役などない、という国民の声は伝わらないようです。「こういうときこそ、起死回生のパフォーマンスを」とねらう、そんな状態ですか。

■5/08 今年3回目の薪祭り。午後から雨の予報でしたが、辛うじてポツリと雨粒を感じた程度で、降られることなく14人で藪だしから薪の玉切りをほぼ終了。残りは割って積む仕事。若い人二人が飛び入りで参加してくれたおかげで、見る見る進みました。今年は、オーク(ナラ)を中心にしたイイモノが揃っています。それだけ、冬の除伐が進んだ証拠でもあります。林の手入れをした産物をこうして利用するエコ。いい循環になります。

■5/07 柏原のフットパスの草ボーボーを整頓。その足で小屋へ。小屋は新しく作る里山の典型ですが、その風景を変える満足はこのうえない。林の保育、林道の刈り払い、これらは普通の人が普通にできる、大きな風景のガーデニングですが、刈り払い機の先を鋸歯にかえて潅木を切りながら、そのチカラをあらためて感じています。ササも刈っていくので、その改変の速さには瞠目せざるを得ない。林床植物にも影響大で、かつて見られなかった潜在植生も出始める。手入れする前、ヒメイチゲがこんなに出ていただろうか?
■5/05 きのこの植菌はヒラタケの1000駒が残ったのでリターンマッチ。階段補修のカラマツ材の運搬と皮向きも完了。充実した手作業でした。

■5/04 ニュースから完全に意図的に離れていた一日でした。。苫小牧〜札幌の移動間もいつものラジオを切ったままにし、メディアには接続しないままでした。昨日今日はFace book や Twitter でも書き込みは限られて、人がPCの前でなく結構動いているんだなあ、と実感。桜には早いけど、外を出歩くにはちょうどいい温度。お金を使わないで楽しめる場所はいっぱいですが、すこし使わねば、という声も。明日は晴れるか。

■5/03 今季2回目の薪祭り。雨の谷間の連休で、平均年齢は恐らく65歳ほどの老若男女が、冬の間の林の手入れで出てきた大量の除伐木を、持続可能なエネルギーとして、ことごとく「人力」で薪にすべく、まさに「尽力」。文字通り、ご苦労な話ですが、手仕事をしなくなって頭の地獄に足を踏み入れている現代は、この一馬力の荷役もこなしながら、頭でっかちにならない方法を考えなくちゃいけない。世の中にとって何の足しにもならないような、こんな作業が、どうしてこころを潤すのか、できれば多くの人にも味わって欲しい気がします。

■5/03 芥川賞を受賞した西村賢太著「苦役列車」を前日の通勤列車内で読みました。わたしには娯楽性よりも社会のひずみが強烈な描写にうけとれて、重たいものが残りました。読後の雑感はこちら

■5/02 連休の谷間、人が半分に減った職場。ヒアリングした先の代表6名の方々へ原稿の校正をお願い。そうしてやっと、気分は次の仕事へバトンタッチ。明日は大島山林で町内会と丸太を運び薪を作る、薪祭り。公私の境界がやや不明になりつつあり。

■5/01 新しく「北の森カフェ」を設けたのはいいのですが、見掛け倒しになりそうです。(笑い  すとんと落ちる森語りやエッセーや詩になかなかたどり着かないのです。でも、焦らず、探すものにたどり着けるよう努めてみます。探しながら気づいたのは、いつの間にか、か細い小路に入っているのかなあ、という感じです。でも、考えてみてください。社会からウケルことと、自ら動いていて感動して先に導かれていくこと、というのは全然別なのです。静かな、our way。充足の手仕事に手応えを感じて発している更なる現場の先達。きっと、いるはず。

4月

■4/30 冬の間に除伐した丸太に、シイタケなどのキノコの菌駒を打ち込む。単純作業だが、これはこれでかなり心地よいもの。他人と比較したりジェラシーを覚えたりする日常の比較地獄は、こういった単純な作業でアタマを空っぽにすると大分軽くなります。目の前の何かに集中すると、そこは瞑想に近くなるのでしょう。。ともあれ、約100本に2000の駒を打った。キノコが出てくるまでは1,2年を要する。気の長い話ですが、これまた、あくせくあわただしい日常を振り返り、こちらが自分に合ってる、と思うだけでも気分は変わります。セラピーとリフレッシュの原型があります。

■4/29 何も出歩かない連休もいいものです。が、ポロト湖のミズバショウは見ておこう、と出かけてみました。つぼみ状態で、まさに見ごろでした。雨模様でしたが、さすがに数パーティに会いました。このあと、樽前の源頭部、錦小沼と気のむくままはしご。そのまま温泉によって、夜は蕗の煮物で一杯。ウィ。

■4/28 『老いの幸福論』(吉本隆明)をよみました。思想家にして碩学、吉本氏の10年前のものが今年の春復刻されたものです。米寿に近い吉本さんが、ほとんど言葉に衣着せない(歳で超越したか)語りの本で、前半の数10ページを見ただけで、もう仏に近づいた肉声を語っていると直感しました。老人問題は心身症の問題だとか、夏目漱石は死ぬ間際に、もうそろそろ泣いていいよ、と娘たちに言ったとか、自分の主治医は結局自分しかいないことだとか、子の親殺し&親の子殺しの根っこは全部親が悪いとか、学校の先生はとんでもない人がいるとか、親鸞の理解を「煩悩にみちたこの世はふるさとと同じ」と解説したり、自在です。
とっくに法を超えた先達に近い思想家が、かなりほっとする心の動きをつぶさに語っています。吉本ばななを生んだ、いや創ることに関わった(いやいや難しい(-_-;))父が、放任しながら心配もした心のひだも吐露。そのあたりもすごくいいです。ひょっとしたら、現代の日本人を肯定する宗教的な教えになるのかもしれないなあ、と、今なら思えます。

■4/27 久しぶりに通称「ツル」こと「ちとせつる」に顔を出しました。20年ほど前に35年か40周年記念パーティというものをしたので、店は移転はしたけど札幌の飲み屋さんでは結構歴史のある場所といえます。わたしが学生の始めの頃からだからもう40年。いけば、カウンターの向こう側にはおばさん、今は先輩のOさん、こちら側にはたいていなじみのだれかが居る、というのは、やはりブラリと行きたい止まり木みたいなもの。そうか、和風パブだったわけですね。リアルな語り、やり取りに、自分が日ごろネットの世界に入っていることを痛感。
そういえば、表に看板がない。そう、地下の秘密結社のような店なのだ。
なじみの人しか入れない(結果的に (-_-;)
カウンターでは山岳部OBのTさんと一緒になった。立松和平氏の
裏話を聞いた
列車の時刻にあわせ、8時前に店をあとにした。パブはそれから、
独りだけの「バーJR」となる。乗り越しは禁物

■4/26 昨年のiphone4以来、ADSLのキャンペーンなどでちょっとお付き合いのあったsoft-bankですが、孫正義社長の原発がらみのメッセージが熱を帯びています。こんなあたりが特に目をひきました。欧州のエネルギー変換は政府のインセンチブが大きいのですが、こんな大きな格差があったとは知りませんでした。
 ・ドイツなどのEUの国々では太陽光発電による電力を電力会社が20〜25年間、キロワット当たりEU平均で58円の価格で買い取るよう義務付けた。この自然エネル ギー電力固定価格買取制度によって、爆発的に太陽光発電の発電量が増えた。
 ・日本では電力会社に買い取るかいなかをまかせてきたために、電力会社はキロワットあたり10〜12円の低価格でしか買い取ってこなかったために、自然エネルギー発電の普及が遅れた。ようやく今年3月11日、地震発生当日に、全量買取制度(20年間、40円)の推進が閣議決定された。地熱発電も世界の設備の5%は日本製だが、日本国内での普及は遅れている。
 孫正義記者会見 自由報道協会主催 http://www.ustream.tv/recorded/14195781から

■4/25 澱筋が痛んでつらいのですが、なんと全く無痛の朝もあります。今は、澱筋を連想しながらその裏の
梨状筋をつかめないか、微妙の時期にいます。体というものが、これほど語り合える相手だったとは、近年の
新発見。

■4/24 こう毎週、週末を雨で閉じ込められるとうっとおしくなる。雨のなか、傘をもって市の公園へ向かいました。家から数分のところに、あらためて施設がふんだんにある幸せを実感。
大好きな尾根筋の道

■4/23 外の雨もものかわ、仕事がはかどって、昼ごはんもとらずにHPの更新へ突入。ちょっと思いついて、長らく休んでいたリンクの部屋を作りました。その名は「北の森カフェ」。あるところで素敵な「森カフェ」に出会ってから、いつか使ってみたい名前でしたが、チャンスが意外と早く来ました。自然、林、里、林業、こころと体、これらについてわたしが日ごろ、感銘を受けているヒラメキと継続の方々を少しずつ、勝手に、足していこうと思います。できれば、これらの同人誌を創りたい気分です。アカデミックな論文からエッセー、ポエム、スケッチあたりまで。一緒にやろうという方がいれば倍のスピードで進むでしょうね。(^_^)v

■4/23 またまた今週末も雨になりました。NPOの道への報告書類などそろそろ手がけ始めねば、と思っていたし、仕事も持ってきたので、ちょうどいい塩梅ではあります。それにしても、樽前山のパワースポット(自称)はちょっと忘れがたい場所でした。できればこの週末出かけたいと思っていたので、残念といえばそれが残念。今朝は樽前に向かって瞑想をしました。

■4/22 非営利の年次総会打ち合わせを終えて、特急スズランで家路に向かうわたし、サンドウイッチでビールを飲んでいる、と想像してください。前方から順次車掌が改札に来て、前の席の女性が切符を探してなにか、車掌と交渉していました。2600円ほど仮に払って、見つかったら改札で戻すから、みたいなやりとりです。
苫小牧に近くなった頃、席を立ってコートを着ていると前の席の下に切符のようなものが落ちていました。すかさずそれを拾って、
「これ、あなたが車掌さんと話していた切符じゃないですか?」
「あ、…はい、それですぅ。もうショックでショックで、どうしようか、困ってましたぁ」
で、照れくさい笑みと、軽いぺこり。…たったこれだけなんですが、20代後半のその女性の立ち居振る舞いが美しかった。顔と全身で、ハズカシさとお礼を表現。その、しっかり表現、というところがミソですね。「ありがとうございます」など陳腐なことは言わないで、ちょっとだけ気持ちの動きを言葉で紹介する…。
すごいなあ、育ちかなあ、いい性格だなあ、とか思いながら、おじさんは結構いい心持でした。(^_^;)わかりますぅ?この微妙な感じ。で、顔は覚えてない。(笑い

■4/21 倶知安の千歳林業の角田社長をお訪ねしました。いやあ、楽しかった。相手は山作りのプロで、北海道内外に1万へクタール以上を持たれる篤林家。山林への思い入れは格別であり、各地で取得される山林の木材生産と保育のビジョンもわたしはストンと落ちました。胸膨らむ話の数々。そして、当方の取り組みも好意的に受け止めていただきました。そして、お互いが関わるかもしれない新しいプロジェクトの芽も見えてきました。これはひょっとしたら忙しくなるかも。(写真↓は、会社から見た雪解け、「まだ、こんなに」)

■4/20 昨日から往来の活発な巡りあわせに入ったみたいで、午後は立て続けに3件のお客さんが見えて、ほとんど自分の席におらず。今日は、電話を含めた数軒の往来があったのち、U先生を訪問。
 結局、つながりを最大限に活用して課題解決しようと積極心のチャンネルに入れると、間もなく、別展開が始まる、ということでもあります。また、場が動かないときはじっと待て、という教えも感じます。明日は倶知安に本社を持つある林業会社の社長さんに会ってきます。
 ここでできる大震災支援として、今、福島の地酒を飲んでいますが、この方法、一緒に参画するノンベや下戸もいて、結構、つながりを感じています。これならできる、庶民のもうひとつの支援!

■4/19 やはり、復旧ではなく復興であり、そこにあたらしいスタンダードを築くというのは、改めて国全体のかなり重い責務だと思います。で、民はそのはけ口を探して、すでにライフスタイルや日常の節約やらに入った。問題は国の体制だ。一向に政局レベルを超えることができていない。民は、そこに、無力感、閉塞感をずっと感じている。ここに風穴を開けない限り、復興の始まりは実感できないかもしれない。

■4/18 昨日、ニュースレター3号がお届けします。正式には週末の発刊ですが、もうアップしましょう。(^_^;)

■4/18 復旧ではなく、復興だ!そんなメッセージが目白押しだ。維新のような若い顔ぶれではなく、まずは著名人の多士済々。4/15の業界紙には、元北大総長の丹保憲仁氏が、「世界に冠たる東北に」と述べている。この契機を生かして、叡智の粋を集めよということだろうと思う。「野放図な成長戦略から撤退を」と述べ、「日本は近代の次の時代に進むための先駆者になるべく引き金を引かれた」という緊張を吐露している。
 新しい社会、今受けたハンディの復興を、人が生きていくための本質論に沿って、と提言している。それにしてもこの大惨事で気づかされたことは多い。犠牲が多すぎると思うから、そのリカバーができるか、自信がないけれども、これがこれからの舵取りに生かされないことのないよう、と考えると実に我ながら心もとない。政治を変えることに集約できるだろうか。
■4/17 と昨日今日の「迷想」の記事をみると、まさに怪しい世界にどっぷり踏み込んでいますね。(笑い) 実際、アタマの地獄から離れてリフレッシュするために、無言で野山に出てみることをお薦めします。群れてはいけません。

■4/17 やはり時代は少しずつ日本の伝統に寛容になっているのではないか。仏教や神道、キリスト教など信仰と冥想などについての情報がやや増えていると感じるのです。今朝の新聞の新刊の広告にも、斉藤孝著『すすっと冥想スイッチ』と沢井淳弘著『中村天風から教わったやさしい瞑想法』が大きく出ています。そこに瞑想の8つ効用が紹介されていて、これはわたしが日々、感じていることとほとんど同じでした。以下そこから引用。

 @疲れた心が自然の状態にもどる
 A自分の良心の声を聞ける
 Bプラス思考に導く
 C悩みや心配事から救われる
 Dよき助言者を自分の中に持てる
 E睡眠より深い休息が得られる
 F自然治癒力が高まる
 G無限の生命力が心の奥から湧き出る

今日の午後は北大の研究林を1時間ほど歩きましたが、ABCDあたりの自己内観と自己受容は、林の散策の時間にも達せられるような気がします。独りの林の散策がちょっとした行動的瞑想にあたるのでしょう。

■4/16 平成の国づくりがスタートするだろうか。国民はそこに熱い注目を集めていますが、民主主義の本来の形とというべき、「誰にまかせようか」という自問は、かつてないほど自覚されているのではないか。そこでは、「財産」をもって身を守ることから、「社会保障」の制度への転換というここ数年の底流れは無視できないだろうと思われます。そして復興のための増税は当然容認されるのではないか。それと、信仰への傾斜。パワースポットがツアーになるような、軽く日常的な縦のつながりが、もう一度、表舞台にでてくるのではないか。いずれも行き過ぎたことへの反省、反動としてのブレ、のように。今、政治と社会の動きから目を離せない。

■4/16 そんなさなか、胆振の雑木林に特異な「落ち枝発見」のツアーを、雨のなか、果敢に実施しました。傘を差してのフットパス歩きで、大島山林で7,8本、小屋で3つ。しかし残念ながら、存在感のある大物には出会えませんでした。そして不思議さは募るばかり。初参加のnemagariさんは、新たな仮説を用意して再訪されそうな気配。

■4/15 ドイツとオーストリアの気象庁が、独自に福島からの放射能の拡散をシミュレーションしていて、MLがそれを教えてくれます。震災まもなくから、各国は独自の方法で現状をリリースしてきたので、レベル5と発表した日本の当局は驚かれたのでした。ねがわくんば、あの時、「顔」がでて、なぜ今、「5」と考えるのかを、苦しい中言ったりすれば内外の評価は全然違ったのではないか。その一歩がないばかりで、オープンな世界のなかで奇異な構図が浮かブことになった。ネットはウソも一杯だけど、均等にあぶりだす力は抜群だ。逃げられないと知るべし。話は戻って、シミュレーションは、今頃から放射能が北海道東部に差し掛かることを知らせています。

■4/14 塩野七生氏が文春5月号で、日本の現状を鑑み、世界の、特にイタリアの禁じ手を紹介しています。イタリアでは、あるとき首相と中央銀行の総裁が談合してすべての預金口座から0.05%徴収することを密かに決めて実行したとか、富裕層に無利子の国債を強制的に買わせ、その代わり相続税も贈与税も免除した話しとか、日本の宗教法人の免税はやめよ(やめてその分を国難に充てよ、という意味)、とか、最後は、日本の政党は5年ほどに限って与野党の壁をとっぱらってやるべし、というもの。さっすが、斬新であります。その垣根を笑って越えられるようなカリスマ政治家、でてこい!…居れば世話ないよね〜(-_-;)

■4/13 会社のリストラ後に勤務したのが「はまなす財団」。能力もないのに、そこで結構めまぐるしく働いて居た時代に、支えてくれた若いコンサルの面々と、久々の同窓会。いやあ、人生は本来いろいろなんだけど、変わらず、一見、ひょうひょうとしている。様々な、わがままなクライアントのオーダーには基本的にしたがって対価をもらうわけではありますが、クライアントと上手に議論もして、少なくてもはまなすでは、結果的になんとなく参画しながら積み重ねていくパターンでした。これもたまたま同じ船に乗った縁。遅からぬ次回の邂逅を約束して、しずかに参会。お互い、歳とったね(爆
■4/12 なんとなく、自分は孫の顔を見ないで終わるのかな、と思うことがあります。娘と息子に結婚と言うものとちょっと違うものを感じるからであり、見回すと同じような方が結構いる、というのがその原因です。
思い出すのは20年ほど前、人口爆発で困っていたインドに行ったときに、エージェントのインテリ青年に「インドの人口問題の解決は簡単だ。避妊という方法がある」というと、インテリの彼は「それは無理だ。わたしはワイフを愛している。愛すれば子供ができる。それは自然だ」と言うのです。人を愛する、ということをこんなにシンプルで包括的に表現されたのは初めてでした。その連環が途絶える社会。それがこんなに身近な世界だったとは…。孫の話はタブー、などという社会がすぐそばにあるかも。

■4/11 まだまだ余震は続いています。その余震たるや、今までわたしが経験したことのない強度です。『文芸春秋』5月号は「日本人の再出発」特集号。再出発の第一号が昨日の統一地方選挙だったとは思いませんが、ここでわたしたちは眼力を付けておかねば。それにしても、この情報の渦にもまれているうちに、真贋の乱れるなかから、何となく良いものをチョイスする能力はできつつあります。社会の再出発のために、まず己の再出発を。今年、キーワードは出直し、再出発。

■4/10 山のC先輩から急なお誘いで午後、樽前の秘境を家内と案内してもらいました。源頭部の植生、雰囲気のやさしさ、そして驚くようなパワースポット。そこは山懐の別天地でした。

■4/09 フットパスを歩いて帰るときの日当たりのいい小径に、フキノトウのつぼみがたくさん見つかりました。ゲットです。今季はじめての「ホッキのかき揚げ」をせねば。夜7時、山仕事の帰宅後、わたしはおもむろにエプロンをつけたのであります。

■4/09 植苗病院の山林保育。当NPO側が、7名、札幌からの応援11名、旧来のモノはそのままに、もっと広く長いフットパスを思い浮かべつつ行った間伐はこれで一段落。

■4/09 さ、1週間ぶりの山仕事へ。土曜の朝、七時半。今日は、森林療法を実践する植苗病院の
雑木林の保育。苫小牧と札幌のウッディーズが共演。じゃ。

■4/07 昨年、女性だけの座談会を開いたときに、「おしゃべりは社会へのコミットメントだ」とした。玉石混交のさまざまな語りの中に、核があり、触発しながら進む。このときは少々開眼しました。梅原猛翁 vs 五木寛之翁の対談集『仏の発見』は平易な傑作。女性だけの座談会はこの巨頭会談にひけをとらない存在感が、わたしにはありました。不思議です。(夕べ、晩酌後に書いた↑記事は意味不明で、後半書き直しました、スイマセン m(__)m

■4/07 東日本大震災に何ができるか、について、岩手の商業関係者、とりわけ、杜氏の本場、岩手では、花見など自粛しないで、是非、東北の酒を飲んでくれ、というキャンペーンを張っています。そうなんです、消費を増やす、風評被害をぶっ飛ばす、野菜も食べる、旅行もする、そんなアフターの協力もあるなあ、と。原因究明の剣と、消費の民の立場、この両方が重要です。ま、一応、考えております。(笑い ワインをやめて「東北の日本酒を!!」。

■4/06 パソコン関係にまったくオクテだったのに、HP(15年ほど)をベースにstartし、mixiや道内版の地域sns、Twitter、Face book などに形だけお付き合いしている格好になります。で、twitter と Facebook をじっくり覗いてみました。
 ありがたいことに、このHPをよく訪問してくれる方のほか、なんと拙著まで購入してくださった方もおいでだと知りました。ガーン!まことにありがたいことです。本日、レスしたのは長崎と山形の方でした。ピントのボケたような記事しか書けておりませんが、よろしかったらどうぞお付き合いください。

■4/05 世に腰の不具合と痛みに泣く方は多いはず。わたくしも股関節痛と坐骨神経痛に悩む一人このところ、起床時から腰全体の痺れがある状態に、昨朝あおくなりました。自分の見立てでは梨状筋による坐骨神経の圧迫かと思います。昨夜は早退して整体へ。小一時間の見立てと施術でしたが何となく楽になり、今朝は久々の快調、帰宅時は走りたい気分でした。人間に歪みはつきもの、といいますから、この整体やマッサージは、ビジネスであり人助けでもあります。経済はこういう内向きの需給をちょっと軽んじているかも。できれば自分でやって、震災の避難所に応援に行きたい。

■4/05 梅原猛と五木寛之の対談集『仏の発見』を通勤中に読み始めました。面白いことに文学で宗教を描くとある種、堕落と烙印が押されたとのこと。この両人は、そこに真っ直ぐアプローチしますが、時代はますます宗教を必要としているのではないか。いや、もっと正確に言えば、「信仰心」かも知れません。美空ひばりとイチローのたとえが面白い。イチローについては「、「今のイチローは仏に近い。お釈迦さんも文句を言うまい」。

■4/04 震災の応援に身の回りで出かけている方々がいらっしゃいます。その反面、なにも特にできずに義捐金だけで済まさざるを得ないわたしのようなものも少なくありません。その思いをえぐると、災害について、どこか明日はわが身、のような諦めに似た覚悟を持っているような気もします。例えば、太平洋に面した道内の各地の、地先の海を発生源として大きな地震が起きたら、どうか。海岸段丘の下の町並みは津波に耐えられるのか。札幌の活断層が思い切りずれたとき、対応は大丈夫か、樽前山の噴火では避難することができるのか、など。大小の自然災害に見舞われて「しかたない」と耐え忍んできた日本という風土ですが、まだ1万人以上が行方不明で、復旧のビジョンが見えない混沌は、新規まき直しに値します。

■4/03 今年の雪解けはちょっと不思議だ。林道がうんでおらず水が引いている。林床に針金を刺したら、ブスと入っていった。なぜか?ひょっとして、今、寺田寅彦的にもっと解明してみようという落ち枝が刺さりにくくはないか。いぶり特有の、寡雪と低温によって土が凍る現象は、これからまず新緑の速さに出るだろう。いつもは5月25日頃。このままなら1週間ぐらい早まるのではないか。科学的なテーマとしては、イタヤカエデの樹液は、何故甘いか、なぜ早春の一時期、水を上げるのか、焚き火談義の主役のようなテーマだ。
■4/02 チェンソー講習会を開催。技術度がさまざ違う人たちが、ひとつのレッスンを受けて同じようなスキルアップを遂げるのは不可能ですが、マンネリから来る事故を避けるのが講習の意味だと視点を変えると、それは視野拡大、技術研鑽の場に変わります。今日はそんな日。

■4/01 掲示板で「プチ寺田寅彦プロジェクト」が動いていることをご存知でしょうか。ケアセンターとつた森山林など、ほとんど胆振だけで見られる珍しい現象を、物理学と土壌学等の自然科学と、スピリチャルの両面からアプローチするもの。今月末は、落ち枝ツアーと意見交換会をします。乞う、ご期待。
■4/01 ビールとワインの晩酌をしたあとにホームページをいじると、往々にしてちぐはぐな設定になります。昨夜は失礼して、妙なページをお見せしたかもしれません。m(__)m
えー、それはともかく、苫東・勇払原野に展開できること、というものを弾力的に考えています。雇用する組織もいいのですが、それだけでないもっと大きな枠組み。これは現場の面々と語りながら、ということにしましょう。そこが実は一番楽しい!あ、明日はチェンソー講習会ですが、abeプロは、新しいテクを入手したらしい。飛び入り参加の申し込みも2件あり。

3月
■3/31 お尻(臀部)の痺れが限界に達してネットで症状を調べると、梨状筋というあたりが傷んでいるらしいです。股関節と坐骨神経痛は相変わらずで、あたらしい病理を授かってしまいました。暖めて、運動ということになりそうですがなかなか沿うばかりもいかず…。

■3/31 特にストレスもないんですが肩甲骨の内側がとても凝るんだ、と話していたら、娘からマッサージクッションなるものがプレゼントで届きました。あの、○十万円ももするマッサージチェアと違い、その機動性がすごい。肩、背中、腰、足とクッションのように移動させればいい訳。ありがたい。背中がバンバンに張っているのが、ここ数日、とてもリラックスできています。
■3/30 早朝の通勤列車の窓から、マガン・ヒシクイ、そしてハクチョウの群舞が望まれました。ちょうど、苫小牧市植苗のあたりです。これをみると感傷的になります。春の雁行は長い間別れの象徴だったのです。今年は、その感傷と大震災の悼みが重なっています。日本は厳しく見なおし、出直しの構えに入るべきとき。 合掌

■3/28 札幌で過ごした学生時代の山のクラブから、現役の活動報告とOBの会誌が届きました。振り返ると、あれほどのめりこんでいた山から、すっかり離れてしまった現在、その理由を探ると、適切なことが見つからないのです。あえて言えば、「もう十分登った」。今は、平坦地の雑木林でワンデリングと山々の粋を堪能しているけれども、焚き火を含むポエムのような付き合いは、あの、多感な山の時代に学んだと思う。学んだというより、先輩や仲間に山々と酒で鍛えられた、というべきか。お金に換算できないが、あるNPOがやっていた春夏秋冬のカリキュラムの料金は年間80万円ほどだったと思う。毎年、なつかしく、悔いもあり、ちょっと切ない会誌・レポートでもあります。

■3/27 ほだ木づくりに着手。abeプロが新人のチェンソーワークを手ほどきしてくれる。そして来週は正式なチェンソー講習会。山仕事はこの講習会を毎年受けて、技術の自己研鑽を積んだ人が原則参加可能としていますが、それが危険な作業を自らが事故を回避する心構えと技術につながります。

■3/26 昨夜は青年寄宿舎の日誌編集会議。どうにか、今後の目途がついて分担もしっかりしつつある。すでに数十万の寄付も集まって、出版の機運が盛り上がる。還暦のわたしは最年少だから、雑務を引き受けるが、ゆっくり流れる時間が素晴らしく、この編集会議に参加したいという高齢OBもいらっしゃるらしい。そこでこれからはオープンにして、飲み会もくっつけることになった。サンドイッチとビールで、軽く祝杯を挙げた。編集はこれからが本当の後半戦に。
■3/24 大前研一氏の原発解説にであって、目からウロコ、ぼとり。1時間15分のライブの中に、国のあり方はじめもろもろのビジョンが凝縮されているようだ。専門家、総括者、責任者、リードする人、ビジョンを描ける人。一体なんだったのか、ぐさりと突きつけられたも同然です。民としては、なんとか、このドツボから脱出したい!
http://www.hokkaido-sns.net/OpenPNE2/public_html/?m=pc&a=page_fh_diary&target_c_diary_id=5479&comment_count=6

■3/23 HPの意味など、大きく変わってしまった今だから、ページを新しくする理由などはかなり小さくなった!〜、という感じになってきて数年たちました。(笑 で、しかし、ま、いいではないか。今年はいろいろ、新しい体験もしよう…。その第一弾ではありませんが、念願の御嶽(うたき)を巡ってみました。土地とつながる、なんていかがわしいことは、普通、しないわけですが、これは実際、日本人のこころが求めているのだと思います。そこにきっと、現代人が求める安らぎがある…。(報告は週末に)
■3/19 午前は、メールや各種情報に目を通して終わってしまったけれども、とりあえず林に行って見るとoyamaさんが独りで仕事をしていました。こういう風に、来たい時に山仕事をできるチームのありようは、わたしは結構好きなスタイルだ。なぜなら、そこにきっと哲学と癒し、祈りがあるから。このたび頂いたメールの悟り(↓)はやはり核心をつくので、雑木林だより66で紹介させてもらいました。  

ps:明日からまたしばし不在にします。HPの更新はできませんが、掲示板を利用します。皆様もぜひ書き込みにご利用くださいますように。
■3/19 おととい旅先から戻って、昨日は職場へ行って遅く帰り、さあ、今日は山仕事に、と淡い期待を持っていましたが、どうも、震災後のメールのやり取りをしているうちにお昼になってしまいました。旅先であまりニュースを見ていなかったせいか、いまごろじわじわと惨事の意味と深刻さが理解されてきます。避難している26万人の寒さはじめライフライン、そして医療従事者の窮状も一般サラリーマンのそれも。そんなさなか、東京でゆれを感じて長野に戻った知人の女性が、山仕事で枝葉を片付ける作業をしているうちに、「これは喪の仕事だ」と小悟したというメールを見ました。わたしたちの山仕事にはそんな意味と功徳があります。掲示板に山中温泉の三又大杉をアップしましたが、鎮魂の思いを込めてここにもご紹介しておきます。

■3/17 【訃報】当NPOが今、パワーを傾注しているひとつ、大島山林の元所有者で、当NPO最高齢だった山本清さんが昨朝、ご逝去され、草苅(事務局)が苫小牧市内で行われた葬儀に参会しました。享年90歳。葬儀委員長(荒木自治会長)のご挨拶で、大島さんは、「自分もNPOの仲間に入れてくれ」と、新しい里山づくりをことのほか、喜んでおられたようです。昨年秋、お話を伺ったり、シンボルツリーへのしめ縄取り付けの儀の写真集をお届けしたりして、往時の山林の話をたくさん伺って、春にはまたお邪魔して、この冬の作業の成果を自慢しようと思っていただけに残念です。ご冥福をお祈りしたいと思います。荒木会長は葬儀委員長としての挨拶の冒頭、大島一族の歴史は遠浅町内会の歴史そのものだ、と話された。

■3/14 今日から北陸・滋賀県方面へ旅します。見聞するテーマがたっぷり。楽しみです。では。

■3/12 不覚にも、3月の半ばに小屋の前で雪に車が埋まってしまった(^_^;) メンバーと別れ、さらに雪が腐って、孤軍奮闘30分。降参して長老に応援を頼むと、もう晩酌のさなかだった。しかし、しばらくして息子さんと軽トラックで応援に来てくれた。押してもらうとなんのことなく脱出。こういうときは非常にハズカシイ!密かに次回訪問時のお土産を思案。

■3/11 三陸沖の大地震、大惨事になっています。お悔やみ申し上げます。政治には一服に見えるから妙ですが、辛うじて既存の社会システムが動いていて粛々と進んでいる最中に、ポッカリ、政府代表が出てきて、「あ、政府というのがあったんだ」と気づいた人は、わたしだけでないはず。そう、システムは自動的に動くから、党や政府がどう変わろうと関係ないよ、という面もひとつの事実だった…。

■3/09 ホームページのURL表示の不具合を修正しました。バカですねえ、ずっと放置していたなんて。(笑い)ま、これでみるみるアクセスが復活してくれればいいのですが。face bookへの参加を契機に、ネットへの積極的関わり、というのは壁があるなあ、と改めて思います。発信することへ日本人の特に男は大いに「はにかみ」ます。はにかまない?のは女性。だからこれからは女性の時代だと思うんですねえ。コミットメントしないと世の中を改善する社会力にならない。発信こそ、「力」、女性はおしゃべりでコミットメントをしていく…。

■3/08 夕方、日本生態学会の自由集会の湿地部門に参加。生態学プロパーの会ではなく、社会学、とりわけ環境社会学にツーリズムを足したような世界で、各々の論旨が明確で熱いものだった。苫東コモンズもそんな社会的課題を解決する一歩を踏み出して丸1年経ちましたが、霧多布のトラストは動きが出て30年。人と地域ぐるみの営みはかくもゆっくりです。現場を大事にして参りましょう。座標軸を描けば、結構いい線チャレンジしてると思います。
■3/07 ホームページという言葉をあまり聞かなくなってきました。かなり大掛かりなプロジェクトや大学、企業紹介など以外は無料のブログで済ますことも多くなったからでしょうね。当HPも、ピーク時の1/3から1/2にアクセスになったような。でも、履歴として重宝しています。ここに整理しておけば用は足りる。現在は、NPOの連絡告知、そのほか、森づくり系の記録係になるなどですが、それ以外の機能の多角化は進まず、新たな顧客は生まれていないという可能性大でしょう。で、それがなにか?というところですね。(爆) 日々、ご愛顧いただいている方々には大感謝!掲示板へはトップページを経由していかれると助かります。足跡がプラス1になります。

■3/06 冬の間に切ったものを林道まで出す「藪だし」を11人で終了。満足感に浸りつつ、今、ビールを開けました。

■3/06 いつもは山仕事のことばかり書いていますが、これからはもう少し社会ネタも書き込んでみようと思っています。まず手始めですが、いつも思うこと、NHKの報道の優先順位というのは一体どうなっているんでしょうね。携帯で入試の不正をしたニュースが国会の審議に優先してトップで10数分も割いてしまう、その根拠はなにか。このごろ、益々おかしいようです。

■3/05 Seicomartは偉い!道内の小さな町村にしっかりあって、宅配もする。しかも一品でも。もっと偉いのは、チリ産白ワイン「G7」。しっかりとしたCHARDONEYを超安値で提供している。タップリ飲んで久々爆睡しました。今週の山仕事は明日だし。今日は仕事に専念。

■3/02 所用のため今年はじめての年休。用事が済んでから、山林で欧州流儀の間伐をする。伐倒の方法はabeプロ直伝の突っ込んで、クサビを用いる方法。2年前から欧州では安全のためにこれ以外はしてはいけないことになった。間伐方法は、将来のメインに残す木以外を伐っていくフューチャー間伐。いずれもうまく進んだ。
ヤマハンノキの雄花

■3/01 東京財団の外資系による森林買収の政策提言は、農水省系のプロバガンダではないか、と思いつつ関心を寄せているものです。森林・林業再生プランの中身を見ていくと、それらしいテーマも見えますが、それよりもよくぞここまで放置してきたこと、生産とマーケットがつながっていなかったことなど、唖然としてします。森林行政を担っていたセクションはどうしていたのだ、という声が聞こえそうですが、ここは本当に「反省」と「覚悟」が要る。まず、人材育成から、というのも「もと来た道」。根が深すぎて素人には手が負えそうもない。 

2月
■2/28 Face book はちょっと画期的かも。実名で登録し自分の属性を開示していけばいくほど、自分に付随するネットワークが重層的に見えてきて、そうか、こういうつながりの中でいきているのか、という妙な実感が生まれます。でも、ICTにのる方、のらない方、のれない方、のりたくない方も当然いる。人生ここがまた面白い。

■2/27 植苗病院の係り木が心配だ、というので今朝は病院で3人待ち合わせて、係り木処理。その跡、イタヤカエデとシラカバの樹液採取のセット。先週、山の先輩である北大工学部のH教授に実験用に使うプラスチックジョイントとプラスチックチューブを分けてもらい、それを利用して実にスムーズに取り付けを完了。フットパスを歩く患者さんに、是非飲んでもらいたいな、と。それから大島山林へ。おお、忙しい!(笑い


■2/27 北の里山の会10周年の講演会に出席。林業と森林は、今、一部ではとてもホットな問題ですが、欧州の林業をじっくり見ている二人の話には刺激されました。特に懇親会で聞いたドイツのフォレスターが語る森林観などの石山さんの話はいずれじっくり聞きたいことばかり。で、10月のNPO総会のフォーラムで講演を頼んでおきました。雑木林だよりに若干メモしておきます。昨夜の案内PDFから下記引用。

<話題提供> 
北海道大学農学研究院 教授 柿澤宏昭氏
(株)森林環境リアライズ 専務取締役 石山浩一氏

…「二人はこの2 月に、連れ立ってドイツの林業とフォレスターを視察。大いに受けてきた刺激と体験をいち早く、話題提供してくれます。ドイツと日本では森林環境、環境取組、林業政策などさまざまな違いがありますが、石山さんの、「ドイツは田舎暮らしの林業が成り立ち、フォレスターが誇りを持っている」という言葉は印象的です。お二人の話題をもとに、日本の持続可能な林業&森林づくりに対する「思い」「疑問」「ぼやき」を意見交換的にどんどん解放しましょう!」

■2/25 長い間、ミュンヘンとスイスに滞在されていたHVさんに、日本の今の苦境の依って来たるところを伺ったところ、そのひとつについてanswerをいただいた。いつもながら、目からウロコ、ぼたっ。国民の多くは、状況の変化に注目しつつ、その原因を思い思いにかつてない深刻さで内面に掘り下げている。そして今、このような論壇はとても活性化している。特にわたしには保守の復権が注目される。また、ナニカによって表の世界から葬られたかのように見えた植草秀○氏が、厚い一冊を出している。いずれ、読むことにしたい。

■2/24 ITの進歩は、みんなが使えるという最大公約数的意味では、いわゆる e-mai lと ML あたりで限界だろう思っているわたしですが、世の中のサキッポも一応立場上経験すべく、twitterもチョイとかじり、このところはface book を始めてみました。が、このface book はよくわかりません(^_^;) 困ったことに、ある人は twitter 、あるひとは地域SNS、というように分散しています。で、そういう場合のプラットホームは、 mixi になっています。(笑い

■2/23 山の先輩の工学部H教授と大学のレストランで昼食。
教授「あの、落ち枝の科学的究明はどうなったの?その後」
当方「教授のアドバイス後、ますます寺田寅彦的アプローチ待望中です。どうも土壌凍結と腐葉土層の堆積など、ますます多様な条件下で発生することがわかりました。直径5mmもざらです。」
教授「これは論文になるよ。総合科学みたいな。」

当方「わたしは、パワースポットのような気がするので、落ち枝ツアーをしようかな、と思ってました。(笑い)だれもこんな経験がないようなんです。」
■2/20 フィールドが広すぎるので、ある場所に拘泥すると、別のあるフィールドがおろそかになる…。てなわけで、小屋(雑木林のケアセンター)に1ヶ月ぶりに顔を出してきました。そ、フィールドや小屋はジェラシーを持つのだと思っています。本音は、春が来る前に、じっくり「薪スト−ブする」必要がある、と直感したから。それに薪ストーブと雑木林は、わたしたちのセラピストみたいなものですから。可能ならば焚き火も含め、もっと身近なものにしたいところです。

■2/19 日本森林保健学会の北海道セミナーが植苗病院であったので、苫東ウッディーズの山仕事は午前中、いつもの大島山林から植苗病院の保育支援に振り替えて、午後は、学会のセミナーに参加。テーマは「森で子供が花開くために」。予想以上の盛況で30名。森林が心身の健康、特にこころの成長や情操に欠かせない、ということを新たに発見された報告を聞く。冒頭には、いち早く取り組んだというドイツなどの事例を東京農大の上原巌さんが基調報告。
 日本文化が森や里山の恵みに気づかなかったわけではなく、自然や林と付き合う精神風土があるところで寸断されているのだ。寸断したなにか。そこには教育の舵きり、教育へのバイアスがあると思う。それは「尊厳」というものの軽視と、言葉の自然保護への過度の傾斜が原因ではないか。身近な自然の場に光りをあて子供を連れて行き、大木や神社や高い山を経験させ、祖父母ともよく付き合い、手仕事の気持ちよさを繰り返し体験する。
 雑木林をプレイパークにしていくコモンズのささやかな営みは、その一部に関与するというミッションを秘めている。

■2/18 おお、週末!

■2/16 昨夜は「北の森林と健康ネットワーク」主催のセミナーでテーマは「園芸療法」。かねて森林療法の勉強をしたことがありますが、今は療法という名前のモノとは距離を置いて「山仕事のオヤジ」一筋。一方、園芸、庭づくりは楽しさは十分知っているから時間があれば今でもやりたいと思うのに、療法へのこのアレルギーはなぜなんでしょうか?きっと「園芸」にしろ「森林」にしろ、その本来の属性とはちょっと異質なんですね。いわば森林と園芸の外部性を利用して経済につなぐジャンル。社会的な共通資本のような外部性をビジネス化しようとする場合、霊感商法にならないクッション(仕切り)のようなものがいるのかも。それがまだこなれていないか、できていない。CO2クレジットもわたしにはちょっと同じカテゴリーにみえます。写真は昨夜のレッスン「ビーンズアート」の作品。

■2/16 3月までに仕上げねばならない予定の原稿がある。専門の研究者でもない自分が書いても良さそうなすき間を探してウンウン唸りながらストーリーを組み立てていくのは、はっきり言って逃げたいと思うこともあります。しかし、なんという幸せだろうと感謝することの方が実はずっと多いことに気づきます。そこに向かうために己の血と肉になっていることに感謝せねば。「悦働」とまで書いたら世のサラリーマンの顰蹙を買いそうだが、喜働あたりなら許してもらえるかも。(注)「悦働」を検索したら2008年暮れの「雑木林だより」がでてきた。(-_-;)

■2/15 平成10年のリストラ後を振り返ると、ステージは2〜4年で変わっている。この人とずっとプロジェクトができる、などということはない。いずれも一期一会の世界。心せねば。

■2/14 苫東の里山的自然を戦略に入れ込む、という記事が今度は苫小牧民報に。かみ合ってきた、という感じがします。

■2/14 中国など外資系の土地買収について、ちょっと資料を集めたり耳をそばだてたりしていました。当初は、どこか農水省系のプロバガンダか、「きっと裏がある…」と真剣に疑っておりました。が、そうだとしてもなにに基づくのかが今ひとつ不明でした。そうしているうちに、根っこは「森林・林業再生プラン」で、特に「地籍確定」ではないかという点に到達。農水省がからむ大プロジェクトになります。尖閣列島、北方4島の外圧と内側の法の不備という内憂外患状態というですから、これは安穏としてきたナショナリズムを刺激せずにはおかない。頼りない政府が結果的に逆のいい役回りを演じた、ということか。脇をしめて政治、政策を監視したいと覚悟した国民は多いはず。。

■2/13 山仕事は用心に越したことはない、と、苫東ウッディーズのabeプロに習いSTIHL社の安全長靴を履き始めたのですが、幸か不幸か、思わぬ役にたってしまった。昨日、ちょっとした拍子にチェーンのバーがつま先に……。だから、わたしは山仕事を人に勧めたり誘ったりはしない。自分では、できるだけ集中し(そのために独りで作業をしてきた)、道具を点検し、万全の安全策をとりスキルアップも心がけていて尚且つ、こんなことが「たまに」ある。チェンソーはその「たまに」が命取りになりかねない。自分の怪我で精一杯なのに、どうして他人の怪我まで面倒が見られようか、という思いがする。そこへ責任などとくれば、やめたほうがいいような気になる。

■2/13 ほくとう総研の季刊誌NETTに鞄マ東の吉田専務が会社の新戦略について
「SATOYAMAイニシアチブと苫東の新たな取り組み」と題する寄稿をされています。当HPが発信してきた苫東や勇払原野の里山的自然を、経営者が正面から評価し発言したのは初めてではないか。また多様な主体を肯定的に描いたのも、ひょっとして初かもしれません。大きな舵きりかと拝見した次第。

■2/11 長崎インターネットラジオで面白い話をしていました。世界各国から高校生が2週間日本を訪問するツアーで、長崎県のある民泊プログラムが最人気だったとか。その理由は、エコツアーなどの「体験」でもなくて、意外にも「愛情」。「愛情」とは、例えば、朝、ステイ先のお母さんがご飯作りをしているときに、excuse me といった声をかけたとする、そうするとお母さんは、ご飯支度をやめて「なあに」と彼の話し相手をしてくれる、そのあたり。ある米国の少年は、涙を流さんばかりに喜んだ、と。

■2/10 日ごろから、ITをタップリ使っている片方で、ITの限界を感じている、というのがわたしのこの頃。極論すれば、ネットの基本装備はもうE-メールあたりに戻るのではないか。無縁社会の解決の方法としてITが出てくる番組を見て、まてまて、それは違う、と思うのです。あくまでナマミ社会の補完であって、やまあらしジレンマを突き抜けて、ナマミのコミュニケーションを自在に使いこなすことにスキルアップして注力すべき!、と。このトピックは、さきほど民報TVで、無縁社会の乗り越え方方指南みたいな形で、ITに引きこもって満足しているある若者登場に反応(↑)しました。出演していた若者は、日中もカーテンをしたまま部屋にこもり室内をカメラで発信…。

■2/09 ドキュメンタリー映画「こつなぎ」をみました。土門拳の静止画を動画にしたような生活景に目を見張りますが、何と言っても、赤貧のなかの団結と法廷闘争の農民の迫力。上映は札幌北区のフェアトレードショプ「みんたる」でだったのですが、映画のあと、北大でコモンズの研究をしている宮内慶介教授が「こつなぎ」とコモンズを解説。東京から制作者の菊地文代さんもいらして、臨場感が増幅されました。土地、所有権、コミュニティ、つながり。現在の大きな問題を凝縮したようなひとときだった。コミュニティ・フォレストで苫東環境コモンズの原型のひとつでもある大島山林(写真下)をつないで連想。最終電車で帰宅。

■2/07 大相撲の八百長問題が紙面のトップを飾る。しかし今、日本の病弊はずっと深いと思う。事態を超える方法論は…どこからも生まれないだろうと思うそんな時、「ボヤキ川柳」ではないけれど、庶民にできることはなにか、を問い続ける。と、まず自ら変わっていくこと、そして笑い飛ばすこと。普段そんなことをしない庶民も、この頃ばかりは、悲鳴とボヤキが同時爆発。

■2/06 一灯照隅万灯照国。志をもった人間の営みですら世の中のほんの片隅を照らすことも能わないかもしれない、しかし、微力を諦めてはならない。冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、また閑にも耐えて、激せず、躁がず、随わず、自強していこう…。先人の言葉に、精進せよ、と励まされる。

■2/05 隣町の厚真町で、シカ猟の流れ弾が原因かと思われる死亡事故が起きた。仕事を始める前の立ち話で、この秋、小屋の周りに銃猟自粛の看板を立てようと打ち合わせた。焚き火は今日も主役だった。丁寧に火を大きくしていくと、オキがマグマのようにたまる。そうなったら恐いものなしだ。

■2/05 マチでかつての仕事仲間と、人生を振り返る。ただ振り返るのもなんだから、こういうときは思いっきり楽観的に、本音で、さらけ出して爆笑するに限る。喧騒、というのはこういうときに助かる。

■2/04 朝、6時半ではもう、薄ら明るく、日の出は7時前になりました。もう冬のピークは越えた!、そんな実感があります。ヤッホー

■2/02 鹿児島の新燃岳。一昨年森林療法のフィールド支援で訪れたS病院に、今、退避のエリアが迫っているとのこと。耳をつんざく爆音で、窓ガラスが割れたといいますから、その威力がしのばれます。自宅の北西にある樽前山も、いつ噴火するかわからないほど危険な時点。火山灰の処理の様子など、霧島の画像を見ながら自然と学習。
平成21年の霧島連山

■2/01 野菜を売っていた青年が警察にとがめられたことに抗議してその青年が焼身自殺し、反政府運動が始まったチュニジア。そこから飛び火した、エジプト。ダイナミックな政治×国民のドラマ、目が離せない。歴史にのこる革命という呼び名も。

1月
■1/31 NPOの瀧澤理事から連絡があり、2/19sat 植苗病院で「日本森林保健学会北海道セミナー”森で子どもが花開くために”が開催されるとのこと。当日、早めに山仕事を開始し、午後1時のオープンにあわせ、どっと行きましょうか。要、申し込みです。わたし宛にメールで。
■1/31 熊本でみかん農家をしている山仲間から「でこぽん」が届きました。果実が割れるのを避けるのに水遣りを控えたので小ぶり、とはいうものの箱一杯、まるで我が家は「でこぽん長者」の気分です。家内は東京の娘にもいつもどおり送るんだといいます。産物の贈り物は土地と土地が底のほうでつながっているという感覚が潜みます。土曜日は、茨城の山友達から「ほしいも」が。「贈り物」には贈与の霊が伴い、それはどんどんその霊が動かないと世界が止まる(中沢新一)、らしいですが、その毎年のやり取りがきっとお互いボケるまで続く、と思うと爆笑です。
■1/29 今日の山仕事もにぎやかでした。いつもの5名に、手伝いが4人、町内会から1名が訪問。で、何がいいかというと、相互の研修かな。馴れた先達に気軽に聞いたり応援を求めたり。そうやって、刺激をうけつつ少しずつ自分のスキルをアップする。もうひとつは、昼や帰りしなの焚き火を囲んだ団欒&ミーティング。異世代、異業種、異郷里、そして女性あり男あり。
■1/29 夜、帰りがちょっと遅くなると、もう、ホームページの更新は難しくなります。今回も25日から3日間、中断。そして、もう土曜日の夜。山仕事のあとのビールの酔いと闘いながらページづくりは緊張が途切れます(笑い)、さて…どうなる…。↑へ続く
■1/28 健康保養ネットワーク主催の道民カレッジ講座(@かでる)で、計二時間を受け持ちました。 テーマは「風土」にしました。今回は方針をごろっとかえて、ゆっくりしゃべることにして、もしパワーポイントが途中で終わったらそれはそれで適当にまとめることにしたのです。むしろ、画像の意味するものを丁寧に「伝える」ことに徹します。なにより、「考えながらしゃべる」というペースが、身の丈の速さだと知ったからでした。アーでもエーでもいいから、語りと脳の動きを同期させた速さ。これの2回目の実験は成功でした。
■1/27 仕事の帰り、ねまがり工房のNさんとイタリアンで一献。もう遠く離れてしまった園芸の話をしたので、さび付いていたボキャブラリーが脳から出てくる「きしみ」を実感。人と会うこと、これは素晴らしい!ましてやそこにワインと旬の食があれば!
■1/25 さあ、日本対韓国のサッカーだあ!普段はサッカーファンではないのだけど、国際試合は注目。では…(今、1:1状態)
■1/24 この頃は夜半に月が出て、深夜、天窓から月が望まれ、わたしが起きる5時前にはブラインンド越しに西北西からちょっとあでやかな月光が射します。朝の清浄を独り占めして、ゆっくり身体をほぐして深呼吸していく。ヨガは結ばれる、という意味だそうですが、しばし、宇宙と地と自分がつながっていくような気分になるときがままあります。朝の暗がりから黎明の射す頃合に、呼吸とともにすべてが一新していく。それほど、人の心身は一日でホコリにまみれるようです。
■1/23 日本立地センターが発行する「産業立地」1月号に、苫東の環境ビジョン「苫東価値」に関する提言(宣言)が掲載されています。よそとは違う「価値」、北海道も「北海道価値」とウリを表現しているアレですが、まだ誰もやっていない「苫東イニシアチブ」と言ってもいいものです。その代表にあがっているのが、当NPOの環境コモンズ活動。市民側から自然発生した取り組みに、関係者の認識は色々変遷を見せていることがわかります。
■1/22 新しいスタッフに新しいチェンソーを用意し、作業に導く。自分ひとりのことならともかく、慣れてもらうまでは心配も大変。スタッフ5人。順調に大寒の山仕事を終える。
■1/22 ちょっと遅い昼食を、独り、どこでとろうか。(また昨日の話し)と、数ヶ月前に見つけた小さなレストランに入ってみました。誰もいない店内ですが、品のよい感じ。案の定、味もサーブもレベルが高かった。しかしやっていけるのか、それが心配。いいお店とか若い人の仕事を応援したいのですが、お金が続かない。よし、日ごろは弁当で節約して週一回は行くことにしよう!
■1/19 昨日、町内会長とお会いした際、山林の作業の昼など、暖を採るための焚き火=揚煙行為の届出を申し出たところ、その日のうちに受理。1/22から3月末までの毎週土曜日、ささやかな焚き火が合法的にやれる。シアワセ!
■1/18 豊富な雑木林を持つ苫東プロジェクトは今、持続可能な環境や生物多様性重視に舵をきりました。その試みのステージに「環境コモンズ」がある、といってもいいのですが、持続できる雑木林の実践的な研究も現場では行われています。今日は当方が提案したモザイク間伐の現場を視察。
■1/17 ついに雪のためにダイヤが大きく乱れ始めました。寒さも雪も冬らしくて気持ちはいいのだけど、一日の時間繰りがどんどん変わっていくのは、やっぱり不都合。帰ってきたら、サッカーアジア杯が始まりパスが良く通り立て続けに得点したので、サッカーファンでもないのですが、列車の遅れは忘れました。(^_^)v
■1/16 山仕事の疲れというか、その後の晩酌の心地よさのせいと言うべきか、ホームページを書きかけているうちに睡魔に勝てず、11時頃に布団に入りました。ツルに絡まれた一団に手を焼いて、終わりのないような焦燥感を味わわされますが、終わってみれば何物にも変えがたい「課題解決」。作業は4人、陽が傾く帰り際、焚き火を囲んでミーティング。林の焚き火は、人を一段と素直にさせるのか、つかの間の団欒が宝のような思い出になる。
■1/14 世の中不思議なことはあるもので、1/12↓に書いたそのモノが、翌日、「一部、あったよ」とPDFできました。たまげます。これで元気がでました。探します(笑い
■1/12 王子製紙の栗山林木育種研究所でお世話になったZさんと電話でお話しました。20年ほど前、5年計画でやったハスカップの共同研究の成果が残っていないか、質したもの。答えはNO。昨年4月、研究所閉鎖時に箱詰めしてどこかへ移動されたと。もう2度とやれない貴重な調査研究の資料だったのです。わたしもリストラの際、職場においてきたのが捨てられてしまったようで、確かに価値がわからない人にとっては無用なゴミなわけで。(-_-;) ただ、あとひとつだけ望みが。
■1/11 年前に郷里の小学校時代の同窓会の案内があり、欠席を告げ所用の会費だけは納めた私に、集合写真と名簿が送られて来ました。眺めているうちに物故者がやはり少なからずいることに気づきます。そして物故者は、どちらかというと冬至から優しく、あまり主張せず、控えめな子供だった、と思い起こします。一方、生き残ったのは悪がきやでしゃばりな女の子たち、ということになります。ここで、人間は、生まれたときに何がしかの定めを背負って活きているのではないか、と思い知らされます。自分で勝手に生きているのではなく、なにものか、見えない力に生かされている。名簿を見て直感しました。
■1/10 NPOの一年の活動計画を決める運営委員会をサンガーデンで昨日午後。新しく anさん も加わることになり、4人でいわば2年目の小さな船出。絵空事ではない実働とよそとの協働に喜びを感じるスタッフとの活動は、細々とでも手ごたえは大きい。今、日本は、本当の手ごたえと言うものを忘れかけて、みんな虚ろな評論家になろうと悩んでいるように見えます。手仕事は違うのだと思うのであります。
■1/08 山仕事の前に小屋に寄ってみた。雑木林の雪景色は小屋も含めて快哉を叫びたい光景。帰りはスキーをはいて林を縫って戻った。大島山林では、仕事の前に、U先生の前から採草地を横切ってみた。気持ちいい!!緩やかな傾斜にシュプールが美しく描かれた。
■1/08 札幌は一昨日からなるほどの大雪。そんななか昨夜は昔の職場の定例OB会。視界を悪くするような風雪の中を会場に向かいながら、ここまでしていくだろうか、と自問していた自分(爆 昨夜は、「老い」がテーマになりました。
■1/07 このひと月、職場のオフィスの2階の窓から向かいの工事現場を眺めていたら、撤収された建物のあとの一角に、蔦の生えたややくたびれた建物が出現。これはナンだと、昼に表札を見に行くと、北大生が入っている汝羊寮。ドヒャー!わたしが北海道に移り住んで寮を探していた昭和45年春、手始めに面接を受け、落ちたのがここでした。寮生20人ほどの集団面接で、トラウマになりそうな冷や汗の洗礼でした。そのあと、この寮よりもっと古く貧しい青年寄宿舎(数年前に閉鎖)に応募して、見事(当然)パスして今日があるのでした。いやはや。
■1/06 今年は国連の森林年だとはじめて知りました。が、この手のものはあまりあてになりませんね。生物多様性もいまやクレジットで売り出すことになるでしょう。CO2しかり、ったく、森や林のイメージに弱い日本人はいちころです。鳩山さんが25%なんて言い出したアタリを、愚のピークにして、日本はもっと現実にあった戦略を練らねば。下はそのロゴマーク。使うときは申請しなければいけないようですが、2,3日で消しますので、お目こぼしを。(笑い
■1/05 しっかり仕事モードに突入しましたが、余韻のある年末年始だったかも。
■1/03 山ノ神にお参りしてから初山仕事。車を降りてから現場まで移動時間が長く荷物が重すぎるので、とうとう大型のソリを使用。
■1/02 今朝は元旦よりさらに晴れ渡りました。朝の清浄さに新年の希望を日の出に託するなどというのは、そうそういつもできるわけではありません。で、やっぱり今朝もひとっ走り出かけました。新年2日目の日の出もお届けしましょう。
■1/01 新年明けましておめでとうございます。今朝の苫小牧は数日前の予報に反して晴れたので、これはラッキー!、早速海辺に走って襟裳岬あたりから出ているはずの初日の出を見ました。最近、安岡正篤翁の本を時々開くのですが、その一冊に「一日一言」という手ごろな一言集があり、こうあります。『活きた時間というのは朝だけだ。言い換えれば本当の朝をもたなければ一日ダメだ。昔から優れた人手早起きできない人はいない。…常態では朝が一番大事だ。これを外したら一日ダラダラと無意味に終わってしまう』。「本当の朝」。2011年の元旦は辛うじてそれに近かった。