リズムに乗っていこう!!


NO.36

2006/03/05〜


マガン・ヒシクイが本州からやってきて上空を飛ぶ3月上旬。
これから間もなく、林の雪は忽然と消えるが、林の風景は5月の半ばまで
晩秋の風景のまま続く。土が凍っているからだ。
凍結が完全に解ける4月末から連休明けのころ
ようやく大地に春に匂いが一段と濃くなり、新緑。そしてひと月ほどで
林は夏の緑へ移行する。
ここの季節は、このようにガギガギとぎこちなく変化する。
わたし達の体内のリズムのほうがよほどスムーズだと思う。
季節は波動。そのリズムを追い追われる。



ナニワズ、春一番。

二股にアズキナシを渡す。

ナラの土台に載せる。これで
座れる。

つたもり山林のミズバショウ。
フットパスで休むベンチ作る     4月29日(土)快晴 18℃

快晴の連休初日、勇んで林にやってきた。今日はフットパスの沿道に倒れている樹木や藪
を片付ける予定だ(注:今小屋でノートパソコンに向かっている)。恐らく、この仕事のも
っとも大変なところは、ナチュラルトレイルの「まほろば」の角地だ。あそこは、ちょっ
とした頂でありながら荒地状態だったのだが、手を入れてもすぐ荒れてくる。少しずつ時
間をかけてじっくり手を入れることにしようか。その意味がある場所だし。

 で、午前は小屋から番号どおり進んで6番目のサイン前後でとっぷり汗をかかされた。
ハリギリ、桜、ナラの太い丸太が何本もでてきたので、急遽、簡単なベンチを作ってみよ
うと考えた。小屋から歩いて5分もたたないうちに休むのはどうかと思うが、葉っぱがで
ればもうそこからは小屋が見えないし、ちょっとした別天地にも見える。まあ、いいでは
ないか。12時前にそれらは出来上がったが、風倒木を倒して玉切りして道まで引きずっ
てくるだけで、もうへとへとになってしまった。鎌で笹を刈って落ち葉を払い完成。

 話は変わって先般3月30日に、1年以上検討が続けられてきた北海道版の森林セラピ
ーのネットワークが誕生した。その名も「北のもり森林と健康ネットワーク」。理事長は
林芳男氏、前滝川市長で元北海道の林務部長をされた方である。わたしは林理事長をサポ
ートする理事を仰せつかった。その林理事長がおとといお会いしたときに近々この雑木林
に来たいとおっしゃる。ちなみにいつが良いか、と聞かれるので「できれば葉っぱのない
今。たとえば連休中」と申し上げると「では早速連休中に」と相成った。そのとき、この
イスで早すぎる一服でお披露目もできるだろう。

 なにか、うれしくて仕方がない、という気分になるときがある。積極的に生きてみる、
という意味がようやくわかりかけてきた。かねてから考えていた「しなやかさ」やプロア
クティブというのもほぼ同じ意味にあたる。無宗教のわたしであるが、土地の風土に守ら
れているような気持ちをもてるその感性も鍵のようだ。そんな感性が自分にあったことが
驚きだがこれはここ何年かで発掘・開発された感性だと思う。林の手入れ、樹木とともに
いる時間はこの積極心の示唆が多い。

林はきっとそんな雰囲気のメッセージを出しているのだろう。しかしそれを感じるには
人間側に感性がいる、その感性は近年人々が捨ててしまったものだから、もう一度育まな
いと受け取れない。林が出しているメッセージはそうやって初めて受けての人間に届く。
最近聞くアフォーダンスとはそういうことと関係があるのだろうか。そこに修行の意味と
場があるのではないか。



実家の屋敷畑。自宅周りで
ほそぼそ2,3反ほどか。

大好きな月山の白い峰とケヤキと
一帯。
郷里にて「産土(うぶすな)」と出会う    4月22日 はれ 13℃

婚礼のために郷里に帰ってきた。山仕事の一番楽しい時期だが、こちらはちょっとお休み
をもらった。 短い休日ながら里に帰って母親や肉親に会うこと、さらに先祖にお参りすることを心身が 喜んでいる。郷里では実家のイエ屋敷、近所の家並み、はたまた集落を離れて山々と田園 を五十四の感性と分別で見晴るかす。これはひとつひとつが挨拶だ。その時、「産土(う ぶすな)」という言葉が素直によみがえるほど、生まれた土地の神々に迎えられたような 喜びが満ちるのだった。これはなんという反応だろうか。 そして空路、北海道に戻って車窓から勇払原野とあらためて対面。こちらの産土とは神々 士、すでに連絡が取れあっているらしい。すんなり迎えられる。そのことに心底感謝しな ければいけない。 4/23



粗朶のスタンドは、一見、ビックリ
ドンキーの苫屋の造作を連想さ
せる

小屋の前のカラマツ林。里山の春
の最も輝くひととき。

道を歩く幸せのために、道を掃
除する。空き缶2とペットボトルも
回収。

テラスが温かいのは発見だった。
林道をきれいにする                   4月15日 晴れのちくもり 6℃

雪がなくなった。雪がなくなっただけで木々がどう変わったわけではないが、風景はとた
んに季節が変わることを告げている。不思議だ。で、そうなるといよいよ里山らしい、こ
まごまとした楽しい仕事が始まるのだ。まず除雪のブルが押して壊れてしまったウェルカ
ムボード。朽ちたホダ木に乗せていたのだが、装いを変えたほうが良さそうだった。そこ
で今年は粗朶を積んでその上に乗せてみることにした。

それから林道の落ち枝を拾う。これは意外と効果がある。できれば掃き清めたいくらいだ

それからスコップであちこちの轍(わだち)を崩す。ブルが作った作業同の不陸(でこぼ
こ)も均しておく。気持ちのいい手自然は極端な人工を嫌うからだ。こういう些細な風景
のケアが、里山的景観形成ではボデーブローのように効いてくる。道端の除草なども潔癖
ではなくとも荒れた部分をそっと刈っておくと次回にはとてもよく収まっていることが多
い。

雑木林の南端の風倒カラマツを手がける。長老がある程度抜き切りしてくれたが、係り木
がまだ目立つし、弓なり状の広葉樹も数本ある。気をつけながらそれらを片付けるともう
1時を過ぎていた。

冥想テラスが半年振りにわたしを呼んでいる。昼のおにぎりをほおばる前に、簡単なヨガ
・アーサナをしてから座す。テラスの枕木が太陽の熱を吸収しているために暖かい。虫も
おらず快適この上ない。おにぎりを食べて横になったら睡魔が襲ってきた。薪ストーブの
ぬくもりに逆わらず眠った。自分のいびきに気づきながら眠っているという、妙にさめた
午睡。

帰りがけに薪を切っておく。今年はできるだけ早く割っておこう。1年放置したら樹皮が
めくれたものが多く、勿体無いし薪としての見た目もよろしくない。ああ、こうやって里
山のささやかな仕事が始まっていく。自分のために周辺を片付けて循環型の環境の一員に
なりきる里山生活は、自分と環境の対話だ。

4時前にフットパスを逆周りする。落ち枝や間伐のうら木は散乱しているが、これを少し
まとめながら進む。ドイツのポツダムで見つけたあの方法(枝を筋状に延々と積んでいく

の変形をわたしはここで試している。枝は少しずつ集めておくのがいい。

ようやくフキノトウがでてきた。夕餉は2回目のホッキとフキノトウのかき揚げにしよう

それと好評だった蕗味噌をもう一度つくろう。


細いホダ木を切ってみる

まだ寒いけど焚き火のまえで





大勢の初仕事               4月9日(日)曇り、風あり  5℃

安平町の教育委員会関係の方々が8名ほどおいでになり、林の手入れのことを話した後、
チェンソーを使って伐採、玉切りまでを体験された。子供たちとしいたけのほだ木をつく
るらしい。すでにほだ木を作るには時期は遅いが、伐る講習みたいなことになった。

直径8センチから14センチぐらいをホダ木にして、太い部分は小屋の薪材にすることと
して最後は運んでもらった。さすが頭数。早い。昼過ぎ、予定の収穫と講習がすんだ。風
が少し冷たいが外で焚き火を囲んで会食する。若い人たちは1時過ぎに現場を後にした。

遠浅にすむMさんが古い知人の消息を知っていたので懇意になって話を聞いた。季節の中
で生きて生きたい、そうでないとボケる、とMさんはいう。そう、田舎で生きるには本当
の教養がいりますね、とわたし。

先週、これらの一部の材を除いてほとんどが
片付いた



「林を背負いながら小さな畑を耕す
暮らし」。里山の春だ。

葉っぱのある手ごろな物だけ。

わたし、ろうそく大好き人間。
ふきのとうとホッキのかき揚げ                4月1日(土)晴れ  7℃

ふきのとうが出始めたという知らせに、ホッキのかき揚げパーティを開くことになった。
当初、青池シェフと二人だけだったが、村上、小池の女性二人が急遽加わった。2時半、
小屋に集合後、厚真の軽舞方面にふきのとうを探しに出かけた。雪が解けたばかりの田ん
ぼと畑はこざっぱりした風景で、ほとんどふきのとうらしいものも見えない。

山のそばまで来ると少しずつ見え始めたが、ごっそり見つかったのは沢筋に入り込んでか
らだった。やはり、風の当たらない日当たりのよい場所だ。そこには福寿草が咲き始めて
おり、シェフは早速撮影を始めた。

里山のたたずまいは落ち着く。医療関係の仕事についている村上女史は「心底癒される気
分だ」とつぶやいている。背中に林を背負いながら小さな畑を耕す暮らし。わたし、私た
ちははどこかそんな夢を描くが、見えている風景はまさにそれに近い。

ふきのとうとホッキのかき揚げは、山海のハーモニーといえる抜群のコンビだ。年に一度
必ず食べてみたい一品であり、いつのまにか、ファンが増え始めた。ふきのとうの葉の部
分と、ホッキを短冊状に切ったものにちくわの千切りをつなぎに入れて天婦羅にする。最
初、温度が低く油っぽいとシェフからクレームがついたが、後半、ひとつずつ温度調整を
してみてカラッと仕上がるようになった。随分揚げたつもりだったがまったく残らなかっ
た。やっぱり、ふきのとうの山の香りがホッキの甘みとうまく溶け合っている。幸せを感
じる。山と海から「気」をいただく春の儀式だ。合掌。

追記;長老が今週から集材をはじめ、一部運搬も始めた。翌朝、シェフとフットパスをめ
ぐってみると、気持ちのよい空間が広がったと実感する。いろいろな人の手を借りつつ、
里山は維持されていく。今のような土地利用が、ある種、新しいコモンズに相当するので
はないかという思いがしている。
 


いつもならマガンたちが小屋の
上を往来する。うるさい時もある。
(これは平成15年の写真)


間伐した丸太はあとで運搬し
やすいように、こんな風にまと
めてある。北斜面はまだ雪が
ある。

林道は早春の風景だ。
予想以上の仕事振りに驚く          3月25日(土)晴れのちくもり 7℃

また今日もマガンの群れを夕方にかけて探してみたい。厚真や鵡川でなく、もう少し北の
早来(はやきた)、追分に採餌に出かけているという情報がきたからだ。もうすぐマガン
たちはウトナイ湖から北の宮島沼へ移動してしまうから、本格的春を迎える前に、通過儀
礼として年1回の出会いに「感動」しておく必要がある。まだ、間に合う。ふきのとうも
福寿草も出始めたという知らせも受けた。

だから今日は昼に出て暗くなるまですごそうと雑木林に向かう。林は7割の雪が消え、雪
の下になっていた丸太が見え始めた。ある、ある。意外といい仕事をしていたんだなあ、
と方々に小さく積みあがった丸太の山をみて思ったのだが、そばに行ってみてがっかり。
しばし休養していた長老がサポートしてくれたらしく、ところどころに新しい切り口があ
る。

林道に倒れこんでいた柴やつるを片付けていると、長老が息子さんとやってきて「これで
おしまいだね」という。まさにこざっぱりした。あとは、小屋の薪を若干確保すれば完結
だが、それは昨年同様小屋の周りにしようと決めた。早来にあげるホダ木と薪用のナラに
しるしをつけて小一時間小屋の周りですごす。

夕方、長老の家により、山わさびをいただく。その足で早来と千歳方面に足を伸ばしてみ
たが、雪が残っているところはあるけれど、マガンの大群は見当たらず、たそがれ時の群
舞もなし、ウトナイ湖にも群れは少々だった。3月25日。もうマガンたちの本体は北へ
向かった模様だ。









薪になる間伐木を無造作に積む


ツルに絡まれたシラカバを倒す

マガンたちの群れ
林の「わだかまり」を空地にする       3月18日(土)5℃ くもり

日差しはほのかにあるのだが風があり、気温の割には寒い午後だった。1週間の出張のあ
とでメールなどの整理をする必要があったこと、夕方ならばマガンの大群にあえそうなこ
との二つの理由で、雑木林へは午後から出かけた。林道はぬかるんでひどい状態だった。
先週間伐したものを所定の長さに伐る、いわゆる玉伐りという作業からはじめ、マガンの
声が聞こえた4時前に、私の今年のエリアでは当初から気にかかっていた箇所、「ツルの
からまったシラカバ」を片付けることにした。いわば、林のわだかまりだ。

直径30cmほどのものだからボリュームがあり、そのシラカバの周辺の何本かを抜き伐
りしないとシラカバそのものが倒れない。したがって、シラカバが倒れるとき、あたりに
とても大きな空間ができてしまう。でも仕方がない。今日でなくてもいい作業だったけれ
ど、今日はなにか目印のような記念がほしいと思ったのだ。久々に考え事をしては打ち消
したり、そんな煩悩状態だった。集中していないというわけでもないが、平板な単調な作
業だったからかもしれない。

案の定、ずしりと重たいフィニッシュとなった。冷たい風に吹かれ、多少気になることを
秘めながらの山仕事はやはり気も重い。ひょっとするとこれは午前と午後の違いでもあろ
うか。ともかく、何事もなく暗くなる直前に仕事を終えた。

上空をはぐれたマガン・ヒシクイや小さな群れが鳴きながら飛んでいた。今日あたりは大
群を見るチャンスだと思う。小屋で、冷えきった足を暖めてから柏原経由でウトナイ湖へ
寄って見ようと出かけた。が、あいにく、湖面の風が寒いばかりで、まだ5万羽の鳥たち
の群れは極端に少なかった。




こんな風に道がでてきた

枯れ枝が落ちてのどかな風景

ホオノキのツインタワー。間伐後の空は
明るい
光の春、それは希望                   3月12日 快晴 4℃

昨日とはうって変わって気持ちのいい快晴。なにか発想そのものが明るくなるような、そ
んな朝。林道はほぼ雪が消えて林の幹だけが雪にすっくとたち、実に頼もしい雑木林の光
景になった。日差しが強くてうきうきする。照り返しでものすごく明るいのだ。光は人の
心をこんなに明るくするものなのか、とあらためて五感と季節に思いをいたした。春。讃
えるべき季節、ということになる。

薪がかなり減ってきた。泊りがけの小屋の利用があると、丸太の壁が隙間だらけの小屋は
どうしても燃料の消費が多くなる。それを受けて、ようし今年は薪をつくろう、という誓
いが生まれる。この単純な回路が日常にはあまりない、だから素直ないい動機だと思うの
である。この冬、薪は大幅に減ったのが一目瞭然だ。薪が減ったのがなぜうれしいのだろ
う。これはきっと世話の焼ける子供がいる嬉しさに近い。などと思っているとケーンとい
うクマゲラの声。9月に滝沢先生と聞いて以来だ。

作業も山場を超えた。今は休んでいる長老の作業エリアにつながり、あとは調整の抜き伐
りをすればあらかたけりがつく。1時近く、太目のミズナラを息切れしながら片付けたあ
と、陽だまりのコナラの大木に背をもたせて大きく深呼吸をする。早春の雑木林のしあわ
せ。数々のはずかしい失敗や非礼や、不幸な出来事の数々が許され受け入れられ新しい一
歩を始めるような、ささやかなひととき。わたしにとって、林にはいつも恵みがある。
*雑木林の東に隣接する田園。
  地面が見え始めたがマガンたちは
  今日は見えなかった



シカもお腹がつかえているのか、
足跡は歩きにくそう。ふみ跡を何回も
使っている。


歩き始める前にまず薪に火をつけて
おく。そうすると戻った頃に手ごろなオキ
火となり、BQにすぐ入ることができる。

二人に拙著を送る。と、帰りしなの記念
撮影に拙著を掲げてくれる。めんこい
後輩だなあ。
春祭り       3月4日(土),5日(日) いずれも晴れ 日曜の気温5

冬の真っ只中には真摯に冬を受け入れる冬の祭りをしたい。春の匂いがし始めたら、すか
さず来るべき春を心から喜ぶ宴を、やはりこの雑木林でしたい。そんな折に、札幌から若
い二人の学生が来訪。森林セラピーに関心があるという前触れに歓迎を約束、土曜日の昼
過ぎ、南千歳でピックアップした。

寒風吹きすさぶ柏原の展望台で、林の全体像を見せてから小屋へ。バーベキューの段取り
などし焚き火に着火してから、ツボ足で雪に埋もれたフットパスをショートカットしつつ
ほぼ1周する。北大のマスター2年であるMさん(女性)は、フットパスの研究をしていた
からわたしは少し面識があり彼女の卒業論文のコピーも拝見したことがある。ここは林だ
けのフットパスである。

あいにくフットパスのいつもの状態を見せることは出来ないが、まあまあ、しかたがない。
時折、ズボッと足をとられながら、早足で小屋にもどると、ベランダで燃え始めた焚き火
を囲んでビールで乾杯。牛ロース、ラムロース、シマホッケなど合間に、ホッキをまず刺
身で少々食してから次にBQで塩コショーしていただいた。量は多からずだが、ホッキは
今日のメインである。

冬のベランダのBQは結構寒い。3時間ほどしてから、温い小屋に入って飲んでいるともう
眠気が襲ってきた。10時前にシュラフに。

朝のストレッチなど勤めを終えて8時、チェンソーの目立てをしてから仕事を始める。あ
る程度雪が硬いから、移動はらくだが切り口は高くなってしまう。枯れ木を中心に落とし
ていくと、昨年の境界に達した。と、そこへ長老がやってきて小屋に戻り昼前まで歓談。
途中、若い二人はスキーで朝日沼までミニツアーへ出かけていった。




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