夏が過ぎ、そして秋

NO.33

2005/09/03〜


地味な雑木林だが、このところお客さんがよくおいでになる。
きれいだなと思う日常の風景を画像にして発信はするけれど、
日頃、決して誇大な印象を与えることのないように、言葉は選んでいる
つもりなので、今のリクエストは風土の魅力の故、と考えたい。
その、風土。この土地の魂。見守る地霊・ゲニウス・ロキ。
風土は地域全体が共有すると同様、林も本来みんなのものだと思うように
なってきた。苫東型コモンズ。時代が一皮向けたら、わたしはそんな
コモンズにやわらかく関わるつもりでいる。



柏原展望台から


アルビノのように怪しく落葉を待つ
コシアブラ

紅葉の多くはもう落ちて


色づいたが散発
コシアブラの白葉                  10月30日(日) くもり 8℃

東京から診療内科医の降矢さんがおいでになり、午前の2時間、雑木林を周遊した。早朝
の空港から着いてもてなすことの出来るものは、ここは林そのものの雰囲気と焚き火しか
ない。まず、その焚き火を起こしつつ歓談、しばらくして1時間あまりのフットパス散策
にでた。長野県清里の森林セラピーの林はここよりもう少しわかくやや込んでいる、など
とセラピーのフィールドの比較をされる。                     

静かな語り口の降矢さんは飾らないここの雑木林の雰囲気と良く合う。大好きなスポット
で、降矢さんは白い葉に気づいた。コシアブラである。今日のそれはまるでアルビノを思
わせるように真っ白な色合いで、「こんなに白かっただろうか」とわたしはいくつかの記
憶をたどる。                                  

降矢さんと昼前に南千歳でお別れした後、夕方、家内のリクエストで北大研究林に行って
みる。もう紅葉のピークはすんで落葉が始まっていた。でも、水辺や樹木園周辺には中高
年のペア10組ほどがいて散策していた。                      

 東の林道
研究林にて

日本人は広葉樹林の散策の楽しみを知らない、と書いたのは100年ほど前の国木田独歩
だった。今、わたし達の感性はどうだろうか。頭と体の両方から、わたしたちの何割かは
身近な林の恵みに気づき始めている。その気づきはいずれ、環境を選ぶ力になる。




コラム 【 ヒグマはコナラのドングリを食べないのか 】
2005/10/29
先週、小屋の北側300mの林道に、大きなヒグマのフンを見つけた。頭の中で「居る」と認識することと、 間違いなく居る、この空間をかなり接近して共有している、と思うのは、「鼻歌」と「覚悟」という言葉で表 せるほど異質なんですよね。フンの中身はかぼちゃの種とかとうもろこしが数粒みえたけど、ほとんどは何か の茎のようなカス。どうやらダイズではないかと踏んだ。実はこの結果にひとり随分とがっかりした。思うに 、ヒグマは今年豊作にみえる苫東のコナラを一体どう考えているのか。山で凶作だというミズナラの代替とし て小さいとはいえ豊作のコナラをどうして食べていないのか。これが不思議、そこをわたしは知りたい!    考えられることをいくつか書き連ねると、ひとつは、食べまくっているがフンには混じっているように見え なかった、可能性。しかし、かぼちゃの種皮がまったく消化されないで出てくるのだから、ドングリの皮も、 もし食べていれば確認できる。それがないということは現在食べていないと思われる。            2つ目は、コナラのドングリよりももっと効率のいい食べ物にありついていること。           それが、試験栽培されているという大豆ではないかと思う。かぼちゃにしろとうもろこしにしろあの大きなフ ンにいくつも混じっていないところからみると、広くふんだんにある畑からむしゃむしゃと食べ荒らしたとは 思えない。メインは他の物だ。この場合、3つめの「これから食べる」場合と、最初からコナラなんかあてに してない、のふたつのケースがある。                                  3つ目は「これから食べまくる」。コナラのドングリはわかっているが、それよりもまず畑などに放置され ている高蛋白な物を食し、穴に戻る頃に食べあさって冬篭もりする、という説。でもそんなことしているとド ングリは落ち葉の下になってしまうよ、とつい心配してしまうのだ。                    わたしの思いからすると、「ヒグマは山のミズナラのドングリが不作の時は、里に下りる。→その際、ドン グリは冬眠前の食べ物として有効なので、豊凶のリズムの違う(推定)コナラを求める。→そのため、コナラの 多い苫東、日高方面に出没する」という仮説を立ててみたかったわけ。苫東の北東にある穂別町が、支笏方面 のミズナラが不作の年も、ドングリがあるという噂があるが、同じミズナラでありながら豊凶がないのか、コ ナラが混じっていないのか、という疑問をわたしは持っていた。これは穂別のドングリを調べること、フンの 分析をすることで比較的簡単に結果は見えるが、残念ながら今はその1歩が出ない。           


北大の研究林に寄ってみた。紅葉は
こんな感じ。

林道の真ん中にドロップされたヒグマの
ドロッピング。

闇夜に食べ語り飲む。

oldgirls、紅葉に顔ほころぶ。
紅葉の恵み、人の恵み         10月22日(土=雨のち曇り)、 
                   23日(日=曇りときどき晴れ)   

●22日は東京からくるよさんが雑木林に来訪。あいにくの雨の中、マチから林にやって
きたのだけど、さすが、フットパスを歩く頃、雨が上がった。不思議だ。まつをさんのと
きも滞在時間のうちの外にいるべき時間は雨が上がった。くるよさんの今回は一日雨のは
ずが早々にやんだ。熊本の大見君の時は夜、雨の中のベランダBQだったが、あれは二人だ
けの焚き火独占だったから、ベランダ焚き火を満喫できてラッキーだった、とまあ、幸運
だったことを喜ぶ。先日の森林ボランティア研修の時も、急な温度低下とアキアカネ大発
生で蚊の猛攻を避けることができたのには、心から安堵したものだった。この林の印象が
いたずらに落ちることのないように、土地の神様はいつも味方してくれるように感じる。

と、くるよさんを平木沼に案内する時に、林道の真ん中に奇妙な気になるオブジェを見つ
け、通り過ぎてから確認のためなんとなくバックしてみた。案の定、ヒグマの糞だった。
なにやら種が混じる土状態のフン。かぼちゃのタメととうもろこしが混じっていた。ちょ
うど、長老が軽トラックで差し掛かって棒でつついてみる。くるよさんは、クマゲラにこ
そ出会えなかったが、北大研究林でエゾリスト出会い、新しいヒグマのフンを見つけ、マ
ガン・ヒシクイの群れと出会えたのはちょっと良かったかもしれない とはホストの感想。

●夕方の飛行機で東京に戻るくるよさんを空港に送って再び小屋に戻ると、大学時代の女
性の山仲間4人とシェフがもう料理を始めていた。紅葉とキノコと、豪勢な焚き火を楽し
みもうとやってきたお客さんである。山仲間は段取りがいい。昔どおりのセンスでことは
着々と進み口も達者で笑いが絶えない。後輩のおば様に先輩のわたしがからかわれ、ちょ
される。それもまた、快感である。日々の仕事の現実を一足飛びに飛んで、久々の邂逅と
林の至福を喜ぶ。話はどんどん飛びながら時に慰め、いなし、戒め、褒め、エヘンという
ような無手勝流。かつてテントや雪洞で寝食を共にしてきたもの同士の気安さがある。  

焚き火の煙が体中に沁み込ませた翌朝、フットパスを歩いた後、まほろばを見てみたいと
いうことになった。それでは、とクマスプレーをもってまほろばに行ってみる。Kさんは
まほろばの直前、心臓がドキドキし体が重いと訴える。第6感が鋭いKさんならではの感
知のようだ。無臭というみんなの声をよそに、Kさんはヒグマのフンがにおうという。 
 
昼前、写真家のNさんがやってきて、正午過ぎは、札幌のHさんご夫妻が愛車ベンツでや
ってきた。わたしは新米の玄米2俵を受け取りに長老宅に向かった。       


紅葉がようやく始まった

今日の収穫は、クリタケとチャネメツム
タケ&ボリボリ
2年ぶりに小屋を掃除する          10月15日(土)曇り 16℃

●来週は女性の方々がおいでになりほぼ専用になるので、むさ苦しい小屋を少しだけゴミ
とほこりを片付ける気になった。こういうときでもないと、滅多に掃除などできないから
感謝、である。小屋には、「作業小屋」と「雑木林を楽しむ泊まる場所」の2面があるが
男ばかりの出入りだと、いつのまにか「小屋」と「焚き火」だけでいい、と言うことにな
るのだ。そこへ、女性達‥。わたしも緊張せざるを得ない。女性らは、おおらかに屈託な
く批評するから(笑い)。

●少しだけ紅葉が始まった。昨シーズンに間伐をした場所も、おお、立派にモミジしてい
るではないか。来客があるのなら、せめて美しい素顔を見せてほしいと言うのは親心だ。

まだまだ緑の世界だ




切り株のボリボリ

このあと、もう一山に出会った

陽だまりは啓示である

コシアブラに射す光線にこころ、踊らす
自己内観のフィールドとして             10月8日 晴れ

●コナラのドングリは豊作かも知れない。もともとミズナラよりもコナラの多い苫東だが
ミズナラのドングリはほとんど見当たらない。山のミズナラのドングリは少ないがコナラ
の里は今年、ドングリが豊富だ‥。今、ここに滞留していると言う数頭のヒグマの最終的
な狙いがそこにあるとすれば、すごい。そのコナラ、林の中にたたずんでいると「ボタ」
「ボタ」と落ちる音がする。                                    

●まほろばの分岐点に陽だまりが美しかったので、小径の枯葉の上にひざまずく。そこま
での数10分は、ササを刈りつつキノコも探すと言う少しせわしい作業だったのを、たた
ずむ刹那にスイッチを「佇みモード」に切り替えた。                

ギャーとカケスがやってきたので、ホーミーを唸る。好奇心の強いカケスは5mほどの枝
によってきてなにやら観察していて、ぐるりと周りを飛び跳ねていた。仲間のカケスもや
ってきて、やがて遠のいたので再び無心になって、わたしは陽だまりのモノになる。  

●林の中で、自己内観にスイッチを合わせる。心身をリラックスさせ、日常で気になって
いるはずの事ども、つまり、仕事、家族、人生設計など尽きないネタの中から、いくつか
を反芻し解を探す。こんな風に、自己内観にはいるスイッチを手にすれば、人間、最も強
い見方を得たことと同じであり、それは自分と結ばれる時間だと気づくのである。   

●再び、スイッチはキノコの狩人&林の管理人モードにしてカラマツ林に戻ると、今日初
めてきれいなボリボリ(ナラタケというキノコの北海道弁)に出会った。付近の林床に分
け入ってみると、切り株に鈴なりになっている。その周囲では切り株の二つにひとつで、
ボリボリがついている。手入れした林の素晴らしさがこの辺にもある。その中にはもう初
冬のキノコといえるエノキタケも交じっていた。小屋の周りとか手入れした林の周辺に、
こういった喜びが生まれるのがことのほか嬉しい。                 

●冬に備え、煙突の掃除をした。また、この冬は若い造林地の除伐をするので、雑草を刈
り払って、アクセスと駐車スペースを確保した。                  

*10月2日・雑木長へ原口さんの書き込み                      
「 雨後のアマガエル多数、空にはカケスが20羽ぐらい群れを成して飛んでいた。ブヨ
(蚊?)はいなくて快適。キリン草を植える。キノコ採りの車が数台あり。フットパスで
おいしい空気を満喫。ツタウルシ、ヌルデの紅葉がちらちらときれいでした。小屋の周り
の紅葉は20日前後でしょう。 」                 



久々にクマスプレーを持参した。

いち早く、ツタウルシの効用が始まった。




ヒグマは居ついたのか           10月1日(土)雨のちくもり 20℃

夏のハスカップ摘みの時期から、一帯にヒグマがいついているという噂が絶えなかったの
だが、目撃情報などからほぼ存在が疑いのないものになってきている。一帯のヒグマの移
動情報を提供した「トラジロウ」捕獲と調査に関与したものとして、現在の事態は他人事
ではない上に、事故発生などは心配である。雨上がり、現在潜んでいるらしい一帯に車で
寄ってみた。堆肥などに含まれる生ゴミなどをあさっているという情報もあるから、ヒグ
マをおびき寄せないと言う基本的な予防対策にまず外れている可能性がある。そこを回避
すれば複数頭の滞留は回避できるのではないかと思う。               

小屋へはクマスプレーを久々に持参し、フットパスを歩くときに腰に携行した。この緊張
感は癒し系のリラックスには向かないけれど、ヒグマと共生せざるを得ない状況をひしひ
しと感じさせる。                                

林と隣接する農地では大豆が干されていた。
逆光で、ちょっと見ほれる風景だった。



タマゴタケに見入る。夜、3杯酢で
食べてみた。一応、美味と言える。

小屋の前が教室。ここでシェアリング
など。
森林ボランティアを志す研修生と     9月27日(火) 晴れ時々にわか雨

ボランティア研修の2日目に、苫東の雑木林で実地の研修を組んだ。少し低温になったせ 
いか、蚊が激減して本当に助かった。教室を出がけに、POMSという気分の変化を探る
アンケートに協力してもらう。森を歩いた後の気分と比較する、「雑木林&庭づくり研究
室」の独自調査である。

車でログハウスに移動して、研修生ににわか作りの教室を作ってもらい、身に覚えのある
方に、蚊よけの焚き火を始めてもらった。その後、おもむろにこの雑木林の特長とか歴史
を語り、森づくりの実際を簡単にお話した。フットパスも歩いてもらった。研修生は前夜
の懇親会で、この林を歩くことを大変楽しみにされていたというエピソードを聞いたが、
平坦で明るく歩きやすい現状に、皆さんは大変好感を感じたようだった。       

昼前、樹林気功のようなことをいくつかやってもらった。昼食後、南側にある、かつては
苫東の緑の拠点であったつたもり山林の「山ノ神」に参拝し、市内のセミナーハウスに戻
った。                                     



蚊が激減。一方、アキアカネが大発生。
やはり、食べてくれたのだろうか。


小屋の周りにまだ秋の兆しはない。
懐かしい人との出会いの前後、様々な生き物とも出会う   9月26日(月)晴れ

2年ぶりに瀧澤先生と小屋で落ちあいベランダで歓談2時間。わたし達の心身に眠ってい
る自然から情報を得る感性などについて熱く語る。この感性、都市にすみたがる現代人は
その選択の時点で、多くは捨てることになる。もちろん、林と心に関わる現状などについ
てもあれこれと話は尽きるところがなかった。ドイツには、泣きたいとき嬉しい時、考え
る時などのための森が実は別々に用意されていることが最近わかった、と言う話はおもし
ろかった。個々人の感性に訴える樹木の個性とあわせ、わたしの大きな関心事だ。ヨガ、
冥想、呼吸、丹田、これらについてしっくり話し合える人は、わたしには今、瀧澤さんし
か居ない。                                   

瀧澤さんが来る前に日差しのフットパスでヘビを発見。先日の子供とはまた別の大きさ。
歓談中、クマゲラの声が聞こえた。赤とんぼが出てきて蚊がいない。夕方、講師を務めて
いた森林ボランティア研修の受講生を案内した演習林では、久々にカワセミと出会い、エ
ゾリスが何度も至近距離で顔を見せた。受講生らは大変喜んでいた。         



何の高ぶりもなく、淡々と
来し方を振り返る、など。


さすがに年季が違う。ここで
薪を割った人のかなではフォ
ームが最も決まっている。
九州の山仲間と雨の中の焚き火         9月22、23日 雨のちくもり

九州から古い山仲間がやってきて、雑木林の小屋に泊まった。ほぼ30年ぶり。どえらい
月日が流れたものです。といっても、みかん農家である彼からは毎年、デコポンなどおい
しいみかんを贈ってもらっていたので、音信はあり、どんな按配で仕事してるかは、だい
たいわかっておりました。                             

彼もわたしのHPを見ていたので、小屋の様子など知っていた模様。で、雨のなか、レン
タカーでやってきて薪に火をつけ、ろうそくで明かりをとり、仕事帰りのわたしを待って
いたのでありました。薪をくべたり調理したりのもろもろの段取りは、そこはかつての山
仲間、アウンの呼吸ですべるようになめらか。こういうことってあるんだなあ、としみじ
み思う。                                     

で、屋根付きベランダで、焚き火。雨は結構な降り。快適なり。この春の小屋の改築は、
長崎のまつをさんや熊本の彼のためにやったようなものです。不思議な縁と申せましょう
。こうしたネットなど情報でのつながりを、地縁ではなく、「通縁」と呼ぶのだそうな。

わたしがまだ寝ている間に、彼はフットパスを一周してきたようだった。ものすごい蚊の
来襲だが、彼はあんまり応えていない。「薪でも割るかな」。彼はそういって快調にまき
を割り始め、わたしはひとり林道を巡った。              

(小屋ノートに書かれた彼からのメッセージ)
「(20日北海道に入り、懐かしい日高山脈を一周して)昨日、草苅君の指示通りに迷わ
ず小屋に到着。焚き火をしながら草苅君を待つ。雨は着いた頃より降り出し、時折強くな
るが長くは続かず、九州の雨とは異質である。
 ベランダで、焚き火を間にはさみ、ジンギスカンなどつつきながら語り合う。ほぼ30
年ぶりの再会であるが、昔と変わりないと思う。このベランダと突き出しの屋根は正解で
ある。雨の中で焚き火が出来るなど思いもしなかった。焚き火をするとなぜか落ち着く。
 朝、雨はやんでいた。草苅君の寝ている間にフットパスを歩く。道はきれいに払われて
いて、靴もさほどぬれない。蚊がすこしうるさいので足早にたどる。低いササと、すっく
と伸びた木々のバランスがとてもよい。この林の広がり方は九州ではお目にかかれない。
コースを順番どおりに回って戻った。まほろばコースは靴がぬれるので諦めた。    
 まきを割ってみた。気持ちよく割れた。                     
 それでは、行かねば。また訪れる日を楽しみに。11時頃。熊本より・大見正治」  



まほろばの分岐で

野生草花の植え付けを終えた原口
さんご夫妻(中央&右)

寄贈された唐鍬。笹の根きりにも良さ
そう

この日のめぐみ・収穫はこれだけ
白老グループ来訪と蚊の来襲       9月17日(土)曇り時々小雨 20℃

ほぼ2間ぶりの林。先週末は本州に出張しており日常の唯一の林の時間を持てなかった。
こりゃ、ちょっと辛いものがあった。仕事がらみでエクスポにも行く時間があったが、無
意味な人ごみ、屋台の集合にしか見えなかった。あの人ごみの意味は何なのかと思う羽目
になった。その反動で瀬戸の海上(かいしょ)の森に逃げたが、つくった緑に脚光を浴び
せている構図が見えた。今回の万博の売りは、この海上の森の計画をキャンセルしたこと
であり、皮肉は、環境の万博が込みすぎるなど「人間」に対する配慮が見えないことだっ
た。                                      
 ともかく。あの人ごみは、わたしに関係のない世界である。知識欲も刺激しないし、な
あんにも関係がないと思う。実体験を重視するなら、ゴミみたいなもの。わたしは海上の
森で、あるトークに付き合った後、約5,000円の入場料に未練を残さず、夕刻、逃げ
るように会場をあとにした。                           

午後、白老などの森づくりグループが胆振支庁の音頭でやってきた。故事来歴を説明した
後、フットパスを歩いてもらう。ちょうど予定の1時間だった。参加していた白老のKさ
んは、手入れのにおいがしないことの理由を聞いた。わたしは、美しく快適な林を目指す
ために、間伐した木の先端や枝を出来るだけ細かく切って林に寝かせたこと、できれば焼
いてきたことを話すと納得してくれた。手入れした林と言うのは、よほど気を使わないと
、荒れ野なのだ。                                

札幌の原口さんご夫婦が昼過ぎ来訪。「明珍」の唐鍬をご寄付いただいた。吉永さゆりの
映画「北の零年」で彼女がつっかたと同じ代物。フットパスのササの根っこ切断などに最
適みたい。ご夫妻は苫東の野生草花を広場に移植する作業をこつこつ、札幌からこられて
実践中。ヤマシャクヤク、チョウセンゴミシなどなど。ちょうど、コシアブラやミズキ、
ヤマグワなどを小屋周りに残してきたから、それらとマッチしてバラエティの高い天然の
樹木園・野草園につながるかも。              

ものすごい蚊だった。白老の方々を見送る頃、顔と手はぼこぼこだった。でも、むやみな
殺生はよくない。ちょっと辛い日だった。ボリボリがでるころは、結構こんな思いをする
ことが多い。                        








きのこの季節だ               9月3日(土)くもり 25℃くらい 先週、黒松内のフットパスを実地研修?し街中フライフィッシングをしており、林の作業 を休みましたが、1週に一度も小屋に来ないのは心にポッカリ穴が空いたような虚ろな気 分を味わう。その間、キリンさんが小屋においでになったようだ。それはノートの書き込 みでわかった(下記)。このごろ、お客さんがよくおいでになるが、かつて来られた方が 再訪されるというのは格別うれしい。                        (キリンさんの書き込みから)                           「くるり、フットパスを歩いてクモの巣だらけになりました(ちょっと爽快)。     ここの林はとても静かですね。                           視界がすべて緑と言うのは、普段ありそうでなかなかない事だなあ、と思いました。   上も緑、足元もミドリ、ミドリ‥。まだ夏です。                   はじめは原野を突っ切って帰るつもりでしたが、大雨の後なので、おとなしくアスファル トの道を通って帰ることにします。残念。」                     アクセスのオオバコが小さいままだ。再三刈り込まれると学習するのではないかと思う。 北大キャンパスのタンポポなども低く刈り込まれているうちに、低茎の状態で開花するよ うになった。「伸びると刈られる。だから、別の方法でいこう」。オオバコもそう決めた のだと思う。                                   ササミチは鎌で整える。小径にさまざまなキノコが出始めている。きのこの季節なんだ。 次の冷え込みあたりでどっと食用がでるかも。昼ころ、藪に転がっていた薪を一輪車で小 移動を小1時間。最近、付近にヒグマが来ている情報があるので、足跡や踏み分けに注意 してみたが気配はなかった。ただ、小屋の軒下を歩いていたら小さなシマヘビが藪のほうに 逃げていった。久々に出会った。                           ベランダにじっと座っているだけでここはリゾートである。風景が見飽きないし、緑のイ ヤシロチだ。                                   

ミズナラの切り株から生えた萌芽。
その生きる勢いについ刈りそびれ
る。

藪のまきを積んでみるとこんな
になった。薪割りは、時に生き
る目標となる、かも。



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