新しい駐車場にて@一周散策 みんなが始めてみる地面に刺さ った枝 あずまやから見るとドロノキは 逆光になることに気づいた ドロノキから見下ろす 使えるものは分別して整頓 昼の憩い |
協働のシンボル「ドロノキ」のまわりで 〜札幌ウッディーズと共同作業日@〜 2010/10/30 sat 快晴 4℃ 先週から、「ドロノキ」の周りを片付け。先週は、入り口や広場の刈り払いからスタートし、根元の埋もれ木まで手を伸ばしましたが、今日はそのフィニッシュ。nokoさんは、道の縁を美的にシェイプアップ、荒木さん、菊地さん、間山さんは先ず池の周辺を手がけ、のちoyamaさんとわたしが抜き切りしたドロノキの枝にふれる樹木たちを片付けてくれました。 今日のメンバーの最長老(80代)の菊地さんは、「なかなかしっかり見えるようになった」と作業後に感想を。それにしても風景が少しずつ良いほうに変わって行くというのは嬉しいものです。こういうケアが実は、家庭にもコミュニティにも社会や学校、職場にも必要なんだと思います。ここの手抜きはないのか。考えて見たいところです。 今日実は、昨年から支援してくれている札幌ウッディーズとの協働作業日で、9時半、早々に集合されたメンバー10人と当方の5人に、今年の作業エリア、作業方法、駐車場のこと、それに今後のコラボレーションのシンボルにNPOのメンバーがシンボルツリーの周辺整備をしていることを紹介しました。まさにコミュニティの森づくりなんだと。 こんなガイダンスのあと、札幌ウッディーズがまだ山林全体をみていないため、フットパスを案内する約束だったので、oyamaさんを筆頭ガイドにして約1時間半で一周。途中、ムキタケ、チャナメツムタケなどを採集。特に、ミラクルな落ち枝が13みつかりました。が、山を歩きなれたウッディーズの面々も誰一人見たことのある人はいません。 札幌ウッディーズの面々は、そば哲で早めの就職をとってからまとめて作業へ、わたしたちはそのままドロノキのまわりで作業を開始。チェンソー2台、ブッシュカッター1台が稼動。昼食は陽だまりでおにぎり。2時、現場を荒木さんらに任せて、3人、今度はしめ縄作りに上厚真へ。長老が刈って干してすべて準備してくれたスゲを、3人で編んで行く。長さ3mほどの立派なしめ縄ができました。 整頓が一服して 完成したしめ縄をトリミング |
落ち葉の下から一杯枝が出てくる 服を汚しながら、ひとつずつ そしてアクセスを刈り払う つた森の池。ソウギョがいるならば もう1m近いはず つた森の山辺、夕日の里 日脚と白樺並木 |
林では計らいがない 〜シンボル樹木の整備と夕焼け遠足、そして一人の秋祭り〜 2010/10/23(土)快晴,24(日) 晴れ 一日に随分いろいろなことをしました。 まず、大島山林のシンボル・ドロノキのさまざまな片付け。oyamaさん、nokoさんと3人、ドロノキの根元に残された状態でうずたかく積まれていた太枝やツルを、引きすりだして、左側の枯れ枝スペースに移動。たったこれだけで小一時間を要します。しかも、まだあるのです。これだけ考えても、祀ろうという樹木の前捌きが不足していることは明白だったとも言えます。ま、その改善のため今週と来週作業するわけですが。ついで、ブッシュカッター3台で、入り口の駐車場から、ドロノキまでのアクセスを刈り払い。午前では終わらず、昼食もそそくさに再び作業に入り、2時前に終了。 移動して2時半からは、10月の月例遠足。つた森山林で夕焼けを眺めることにしていましたが、まず、二人は初めてだろう、つた森の池の「ソウギョ」をお見せすべく、案内。あいにく、水かさが多く湿地を渡れず、ヨシの陰からソウギョを見つけることはできませんでした。が、訪れる人もいなくなった池を少しじっくり堪能できました。手入れをしたくなる山林です。いずれ、手に覚えのある人5人ほどを見つけて、数年以内に手入れしたいところ。 夕焼けを見る山辺として以前から大好きだったつた森山林のもとキャンプ場。今は、天皇の植樹祭が行われてちょっと小刻みな土地利用になっていますが、山辺は健在。30年ほど前、造林で残ったシラカバを植えたところが今は白樺並木になっているのも、隔世の感があります。敷地をブラブラ歩いてみると、夕焼けには未だ早いのですが、つた森山辺の立派な風景の芯が見えてきます。一眼レフをもったnokoさんが「美瑛よりも美しい!」。 日が傾いた頃、二人は帰途に着き、わたしは日脚が長くなるのを楽しみます。そして夕焼け。しかし、キャンプ場だった頃とは何かが違う。恐らく、木立が大きくなって樽前山の連山が見えなくなったのだ。これは残念。 夕焼けは4時半頃 一人、小屋で、秋祭り。季節の大きな節目に、一人で、あるいはせいぜい数人で、小屋の夜を楽しむ。日が大分傾いてきたので、とりあえず、薪ストーブのセットを済ませ、次に外の焚き火の用意へ。乾いた薪ばかりだからすぐ火がついて、まずビール。今日は奮発してベルギーのシメイ・ブルー。ツマミは、nokoさんからもらった北見枝幸のケイジ鮭の燻製。これは貴重なケイジをとても柔らかく仕上げた逸品で、今度、贈答に使おうと思う一品。ソーセージでチリの白ワインを飲み始めた頃、満月が東の空に昇り始めた。おお、なんと豪勢な夜だ。 秋祭りの主役はふんだんな薪の焚き火。小屋日誌に、この日の出来事を少々書き連ねる 寒くて悪寒が走る。焚き火の前で眠っていたようだ。急いで小屋に戻り、今度は薪ストーブの前で、紅い火をを眺めやる。そして恐らく8時半頃にはシュラフに入ったようだった。 朝、五時半。カーテンのない窓から朝の光りが差して目覚める。6時、靄がかかっているが風もなく、ヨガ日和。蚊もいない朝の冷気のなか、ヨガと冥想ができるのは幸せだ。7時、まだ目を瞑っているさなか、シジュウカラなどカラ類が近くに群れなしてやってきた模様だった。1時間あまりの勤めが終えると靄が晴れて青空が見え出した。ややいさんでフットパスに踏み出す。 朝、コシアブラの白い紅葉を見る。まだ、緑色が残っている。そして、昨日来のキノコの収穫。左から、ヌメリスギタケモドキ、シロノハイイロシメジ、エノキタケ、クリタケ。今日の夜はこれで「白金鍋」を作ろう。 夕べからを振り返ってみて、不思議な気がする。いつもの日常の「わたし」というものがずっといない。こうしたい、どうしたい、あれをどうする、という迷いや欲や不安から遠く離れて、いわば、「はからい」がない。家族のことも仕事も奉仕活動のこともまったく頭から離れており、自分というものすらいない。なんだろう、これは。 |
コミュニティフォレストの誕生 〜木と語る女性のお話を聞いて〜 2010/10/20 wed くもり NPOの通常総会などを終えた10/17の日曜日、家内と長老宅に寄り、小屋にキノコ採りに出かけてみると、先行者がいるようで、キノコはまったくみあたりません。では、と大島山林にでかけてしばらくしてとうとう雨になりました。それでも、チャナメツムタケというナメコに似た結構おいしいキノコをとって四阿(あずまや)に駆け込むと、そこにはTさんの小グループがきていました。 近いうちに、NPOが町内会との協働のシンボルに、しめ縄をとりつけご神木のようなシンボルにしたいと考えていた「ドロノキ」と対話のさなかでした。かなり怪しいグループだったのです。(笑い で、その、木と話す方(女性)は、「ドロノキ」がご神木にされるのを嫌がっている、とおっしゃるのです。木自身は、周りの樹木らとそれほど違わない成熟度にあり自分だけ神扱いされるわけには行かない、そんな未熟な自分が人々の思いをかけられると弱ってしまうようだ、というのです。 わたしは言外に、この樹木の周囲の光景を見た語る人が、瞬時に、わたしなど関係する人々がまだ本気で神を祀る心積もりと場の準備ができていない、と直感されたと、気づきました。 これはひとりのガーデナーとしてです。先の冬からすでに数10人とさまざまな作業をして今の風景にこぎつけたのですが、まだまだ、とおっしゃるのです。そ、まだまだ、道のりは遠い、と。 ここまでは、風景が、履歴と近未来を象徴し、特殊な感性のある人なら瞬時に読み取ることはわかります。しかしこの方は、驚くべきことを言いました。池の右側に数人の人の陰が見える、というのです。そこが、随分、重たくて、気が流れない…。 そこはかねて、町内会の方が刈り払いの際にカナシバリになっていた場所で、過去2回、お祓いをしたあたりでした。ガーデナーのわたしは、それは背後が陰鬱な植生の繁茂、ツルの横暴、風倒木の存在などの錯綜した結果だと判断して、昨年末からせっせと手入れをしてきたエリアでした。 その場所は、しかし、やってもやってもはかどらない、足をひっぱられるような、思えばそんな難儀な場所でした。木と語る方は、それらをすべて見透かしたかのようなことをいうのです。 わたしは当初、ちょっと困ったなあ、とおもいましたが、実にリーゾナブルなことをおっしゃる方だと、見なおしました。ただ、異界に立ち入るのは控えようとお名前も聞かずにお別れしました。 そうして、落ちどころを考えました。翌日の深夜、目を覚ましたのです。結果的に実にしっくり行く結論に達しました。これなら関係者の多くがナットクしてくれそうなストーリーだ…。 合意、風土、風景、地霊(ゲニウスロキ)、…。結論から、すぐさまパタパタと色々な行動にうつしていったのは言うまでもありません。この早さは自分でもおどろくようなものでした。 風景は、あるいはもっと瞬時の光景というのは、その土地の履歴ばかりか、近未来も映す、ということをあらためて痛感しました。持続する営みを君たちは続けられるのか、祀るというのは誓いであり、始まりなんだ、と風土はわたしに教えています。 わたしは重ねて直感しました。大島山林の位置というのは、住民・町民と、そこをとりまくよそから来たNPOの協働の場であり、つまり「コミュニティフォレスト」。「ドロノキ」の大木はその協働のシンボルにあたるもので、人々の依り代にもあたるんだ、と。 |
サンガーデンのアトリウム サンガーデンの外 総会にて フォーラム会場 会場風景 |
環境コモンズを考える 2010/10/16 sat 晴れ 11時から、苫小牧市サンガーデンで、NPOの初回の通常総会。9時半過ぎから1時間で、主催者の開発協会のスタッフとNPOのメンバーで準備をおえ、11時から総会、個人会員34名中出席者15名、委任状は12名、小一時間で無事終了。 午後1時半からは同じ場所で環境フォーラム。50名が出席。講演等の講師とテーマは 次のとおり。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 環境コモンズ研究会の経過報告 釧路公立大 小磯学長 講演1 「霧多布湿原のファンはどうして生まれたか」 〜地域の宝と取り組み〜 認定NPO法人霧多布湿原トラスト 三膳時子理事長 講演2 「地域力と環境保全をどうつなぐのか」 〜NPO法人ねおすの実践〜 NPO法人ねおす 専務理事 宮本英樹 (休憩) 特別プログラム 地球環境映画祭出品作品 「森と水の庭・ウトナイ」上映とスピーチ 映像クリエイター 北川陽稔 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 生まれたばかりのNPOに、実に多くの示唆と提言をもらいました。北川さんの映像には、開発と暮らしと産業とでモザイク状の勇払原野の現状を受け入れつつ、やはりかけがえのない環境としてみる視線が、きっといままでなかったように思います。わたしは開き直ってB級自然と呼びましたが、B級こそ今、新しい意味があるのだと思います。 このたびの総会で、気軽に応援できる支援会員(別名ファン倶楽部会員)という新会員枠を設けました。会費は年間1000円。あらたに4名の加入がありました。 |
通年、冬でも立ててあるので発信力はないが、今年も来ているようだ 柏原フットパス 雑木林の小径 予想外のボリボリ 割と美形が多い |
予想に反してボリボリ現る 2010/10/11 mon 23℃ 晴れ 先週末は郷里に里帰りして母親の顔を見てきました。ついでにまた山寺の杉木立を上りおまいりしてきました。 今日、連休の最後の日はいい天気になったので、雑事を済ませて現場へ。フットパスと小屋に別々のお客さんが来そうだったので上手くいけば遭遇するかもという算段もありましたし、蚊の猛攻を浴びるようになってから1ヶ月近くはじっくり歩いていないことも気になります。 まず、フットパス。いくつかの水溜りを超えて柏原へ。どうも、かつて遠浅の酪農家に貸していた当時と比べると、農地の扱いがゾンザイではないかと思います。かつてはきれいに刈られた採草地で、それをつなぐ道も整頓されていたのが今は草ぼうぼう。これでは、かつてのイメージのようなフットパスには程遠い。来年は、NPOが一部を刈り払う必要があるようです。 その足で小屋へ。薪の足元でキノコを見つけたのでよくみると、なんと、ボリボリ(ナラタケ)。猛暑のために発生の環境にも影響がでて今年はでないのではないか、という噂を耳にしていましたが、どっこいそうでもないのか。何かの木の根元でしたが、木に出るボリボリは地面に生えるものに比べおいしい。よし、それでは、フットパスのササ刈りがてら一周してみようと出かけてみました。 今までもよく見たあたりに、ばっちり出ています。ただし、そこいらの藪は蚊が避難しているようで、キノコを採るためにはその寝ている蚊をぶんぶん追い立てることになる。折角寝ていた蚊に、わざわざ刺されてしまったのは予想外でした。残念ながら、昨日の雨のせいか、ちょっと水っぽいものもあったけど、まずまず。まだ出始めだからもう少し楽しめそうだ。ラッキー! フットパスを歩きながら、今日は5つのミラクルな落ち枝を見つけました。どうも太いほうから刺さっています。ということはやはり回転している可能性があります。 赤とんぼの整列 ベランダの赤とんぼは、手すりがもっとも暖かいのか、そこに勢ぞろいしています。わたしの身体にも指にも止まって、行く秋のひなたぼっこに余念がなさそう。その足で久々の長老宅に寄り、歓談。「おぼろづき」の新米を2俵うけとり、割れたおいしそうなキャベツ、白菜、大根などいただく。 |
作業開始 丸太も縁へ動かし 車7,8台が入れるスペース確保 rebirth の象徴「抜け殻」 17年前の手入れ地であることを 表示する看板。こうすると履歴 が浮かんでくる |
大島山林内に作業用駐車スペースを作る 2010/10/02 sat 晴れ NPOで、チェンソーを含む山仕事道具一式を田中林業さんに頼んでいたので朝8時、まずそちらへ出向き一部の受け取りとすべての支払いを終える。そのまま、大島山林におもむき、新調した燃料タンクその他を作業モードに準備。oyamaさん、nokoさん(運営委員)が顔をだして、そこへフットパスをご一緒した「好調先生」が山仕事初参加。先生のブログはこちら。正しく、愛に満ち、しかし、やや、いやかなり怪しい…(爆 18日の植苗フットパスの遠足をレポートされています。 今日の仕事は、月末から始まる山仕事のための駐車場を、山の中に設けること。入り口に車を置けば、チェンソーなどをもって3〜400m歩くことになるため、内部にパーキングを作っておこうと言うものです。ちょうど、かつて大島さんが住んでいた廃屋のあとがあったはずで、今回、そのおぼろげな空き地を見つけて、ササを刈り払い、丸太と枝を片付け、シダのモッコリや潅木を切って終わったのが12時過ぎ。 その足で、小屋へ向かい焚き火を囲んで昼食。蚊は大分少なくなってきましたが、それでも後半は随分刺されました。 今日の発見は、もう一つのヘビの抜け殻。これはoyamaさんが薪の上に見つけました。8月のモノよりも大きめで美しい模様もはっきりしています。もうアライグマの餌食になってしまったかと悲しく思っていた愛称ミドリちゃんが、かねてから、薪の上に寝そべるのが好きだったことなどを考え合わせると、しっかり生き延びていた可能性があります。 8月に抜け殻を見つけたのは、ちょうど英国から地域SNS「どっとねっと」仲間のみかんさんfamilyが訪問しているさなかでした。そのみかんさん(英国ブリストル在住)にメールで伝えると、それは Rebirth の象徴ではないかという返事をもらいました。なるほど、です。 もうひとつの発見は、oyamaさんが小屋の裏で見つけた「不思議な落ち枝」、例のミラクル落ち枝です。先週、下川に全国から集まった森林と療法の関係者に、このような落ち枝を見た経験があるか聞いたところ、ゼロ。9月初めの造園学会でも誰もいないようでした。やはり不思議です。今回は太いほうが刺さっていました。 ウエルカムボードも書き換え、台座に薪を加えた 残りの作業は、作業年度表示などの看板の書き換え。バーナーで焼きなおしてから、水性の白ペンキで書き込みです。小屋の北側は一部やり残しましたが、先ずは一段落です。 |
雪をいただく山々 感動した夕焼け 長期滞在もできるヨックル。ここを一人で借りきり 渋谷さんの山へ よく手入れがされていて気持ちいい |
道北の下川にてイヤシロチを語りイヤシロチ創造現場を見せてもらう 2010/09/25-26 土から日曜 晴れ時々曇り 前日、娘の遅い帰省にあわせ家族で支笏湖に泊まり、わたしは25日、そそくさと朝食を頂いて一路、下川へ。その距離は約300km。途中、比布のインターチェンジから見る大雪山の旭岳周辺は真っ白。これは寒いはずです。 わたしの下川訪問目的は、24日から始まっている「森林療法フォーラム in 環境モデル都市下川」で1時間の講師を務めること。お話のタイトルは『里の林をイヤシロチにすること』(要旨はこちら)。時間をオーバーすることなく、みなさん熱心に耳を傾けてくださいました。 終わって会場をでると、折しも、山際がまっかな夕焼け。それはそれは美しい、感動的な、久々に見る焼け方でした。わたしは、これで9月の発表ラッシュがすべて終わったという安堵感がありました。夜は、懇親会と研修。地産地消の下川産食材を多用したバイキングで、わたしは安斎町長とともに食事をしました。 そのあと、ワールド・カフェという手法のワークショップ。最後は自分にとっての森林療法とはなにか、という命題に応えて行くような道筋でしたが、なかなか、発見の多いグループ討議手法だと思います。これはブログの9/29[ワールドカフェ@下川] にもちょっと載せました。 翌朝6時半、NPO森の生活の副代表をしているSさんご夫妻に案内してもらい渋谷さんというおじいちゃんが手入れしている林を案内してもらいました。実は講演を終えて間もなく、「お話のような、手入れがイヤシロチを創るという見本のような林があるので行きませんか」と誘われたのでした。「参りましょう」。長野県の信濃町からおいでになった信濃町森林療法協議会代表の鹿島さんも一緒です。 そこは高齢の渋谷さんが毎日手入れを怠らないという足跡がタップリ残されており、Sさんご夫妻が気持ちのいい里山、とひいきにしている意味が良くわかりました。 |
なにものかがほじくっている 2010/09/20 mon 敬老の日に小屋にいったところ、「奥のささみち」のフットパスのサインを置いた丸太が、 ナニモノかに穿り出されてました。目当てはアリか?して、ナニモノの手によるのか? アライグマか、それともクマか? *10/2 も小屋の前にサンダルが片方だけ落ちていました。やはり、ナニモノかが 遊んでいる…。 |
沿線フットパスで電車を見 送る 沿線で見つけたシカの角と 骨 道を外れてでんとコーン畑 に。これは歩きやすい ミニ美瑛を一望 五十嵐牧場の草地を横断 させてもらう 溝口牧場もショートカットで 使わせてもらった |
勇払原野のミニ美瑛を歩く 2010/09/18 sat 晴れ 26℃ 月例の大人の遠足「苫東休日」は、猛蚊を避けて苫東の隣、植苗の田園を歩くことにしました。ここは知る人ぞ知る、勇払原野のミニ美瑛とも呼べる「B級自然」。なだらかな地形と、里に近い雰囲気が展開するまさに隠れたスポットですが、わたしは札幌への通勤時、実は毎日四季を眺める立場。このあたりの風景は、JR千歳線沿線でも出色であり、このシーンのために密かに「リゾート通勤」と豪語する自分です。当然、朝の座席は右側、帰りはできれば左側。 ミニ美瑛はこんな子供たちにも絶賛されていた。10年ほど前になるだろうか、 都会っこのようだった。「見てみて。すごーい!」と。 今日は、この一帯に約10kmのフットパスのコースを想定し、JR植苗駅に4人が集合。沿線を北上し、五十嵐牧場を東に横断させてもらい、エントランスの日陰で昼食。帰路は農免道路を南下してから、溝口牧場の草地を斜め横断して植苗駅につきました。 オリエンテーリングの専門家・宮川さんのGPSを用いた測定では約10kmあまり、これをランブリングしながら計4時間。ランブリングは、環境、地域、政治を語りながら、日常と人生とを目の前の風景に溶かしながら遊ぶ世界。JR沿線ゆえに、何本もの列車とすれ違うので、現実感は濃厚、自称「B級自然」のBとは、その里の近さを意味します。しかし、なんという絶景。自然と農と暮らしの現実が出会う光景は、国立公園のような荘厳さ、厳粛さはない代わりにアットホームな「ゆるやかさ」があり、緊張がほぐれなごみます。できれば、簡単な椅子やベンチを設けて、数時間座っていたいものです。 nokoさんお手製のシソジュース(左)と、後半のアスファルトで、疲れが出たわたし(右)。 杖が天秤棒にかわった 参加者はシソジュースを提供されたnokoさんのほか、初参加の「さくらぎ笑楽好の好調先生(変換ミスではありません)」、宮川さんとわたしの4人。平均年齢は恐らく59歳。「好調」先生は、「地球交響曲第7番」の苫小牧上映会の事務局で、ビラを一枚もらいました。11月11日(木)、場所は苫小牧文化会館。 |
蚊が納まったら看板の書き 換えと藪だしをしよう ササミチフットパス。ちょっと 入る気がしない 小屋からの入り口 |
依然として猛蚊状態 2010/09/12 sat 晴れ 24℃ 昼前に小屋にいってみました。残念ながら、まだいっぱい蚊がいます。わざと半そででい ったものですから、もうあちこち、指も首も耳も。林の手入れで景観を改変するテクは何と なく自分の物になりつつある今、もうひとつの快適さ、「蚊」の問題は、今のところ、天気任 せ。さて、どうするのだろう? 樹木に虫害が多くないのは意外。コナラのドングリが結構落ちている。 先日、札幌と英国ブリストルの10台半ばの子らを案内したのだけれど、彼らも閉口していた。親 の手前、不平をこぼさなかったものの、恐らく「あんなところ、だいっきらい」と告げたでしょ う。これは、実は大きな問題です。とはいっても、湿原の現場のどうしようもない天与のもの 、と諦めざるを得ない「運命」的なもの。まさに、日本がアジアモンスーンの中にあり、台風 を避けがたいのと同じ。 かつてはこんなとき、小屋の生活はそれなりに捨てがたいので、野外作業はやめて小屋で 読書をしていたもの。昼寝も。そうやって、蚊の多い年はやり過ごすのが賢明かなあ、 と思い始めています。思い切り、よそのフィールドを見て歩く、なんてのもいいです。 |
会場は150人で満員 柳生さん、コテージガーデンの梅木さんと 数年前にわたしが訪問した3月の八ヶ岳倶楽部 |
柳生真吾氏、雑木林を語る 2010/09/04 sat 晴れ 日本造園学会の北海道支部と環境省が主催する『北海道のミドリと生物多様性フォーラム』がかでる2・7で行われ、柳生真吾さんの講演「雑木林はテーマパークだ」を聞きました。生い立ちから始まって虫少年がやがて週末、八ヶ岳のふもとの藪を手入れしに通う話し、そして今は八ヶ岳倶楽部を経営するオーナーで園芸番組などの人気パーソナリティ。そんな経験を記した同名の新著「雑木林は…」が講演テーマ。 ある雑木林を定点としてつきあうと、やはり同じような気づきや感性の喜びがあるんだなあ、としみじみ思いました。かれの祖父が、「いいよ、いいよ」と育ててくれた光景は、まるで天性として博物学の能力が眠る子供の芽を育ててくれることを実証するようなエピソードでした。 国がリードする「生物多様性」は、なかなか難解な世界です。具体的に自然保護とどう違うのか、自生種をどう取り込むのか、外来種をどうブロックするのか、これらが第2部のパネルディスカッションでまず3人のパネリストによって話されました。4人目のパネリストがじつはこのわたしめであり、わたしは、里山がテーマパークであると同時に「セラピスト」であり、その放置されて荒れたステージを「イヤシロチ」にしていく過程が、じつは多様な生き物が生きる空間作りだった、ことを市民とNPOの立場で語りました。 それにしても、柳生さんはタレント性抜群でまわりへの気配りもあり、語りと身体からオーラが出ているように感じます。懇親会でも多士済々にお会いし興味深い話をお聞きしました。学会という集まりは典型的な社交の場といえますが、そこはアクションを起こしている人々の熱気のようなものが集まります。エネルギーの渦のようなものです。 来週10日は日本計画行政学会の全国大会で、そのひとつの分科会では「新しい公共」として雑木林保全に関わるわたしたちNPO等が課題と展望についていろいろな立場から意見交換の予定。 |
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