寄付のセーフティネット
NO.78
2013/03/03〜

安心して暮らせる社会の保障はかつてはまず生活保護だった。
歴史的にはそして年金が生まれたらしい。ついで、雇用を保障する手立てが生まれ、
事後の対策から事前の対策にセーフティネットは変遷したと
広井良典千葉大教授は著書『創造的福祉社会』で述べている。
そして次のセーフティネットとは、いわゆるシェア、寄付などではないのだろうか。
お互いに分かち合う世界である。

24年度、わたしたちは助成やこの寄付などの機会に恵まれた。
活動してきた意味をとつとつと述べ、控えめに展望を書き綴っただけの内容に
随分と共感が得られたということになる。
雑木林で静かに続けていることは未来に向けた無償の地域活動で奉仕なのだが
そこに寄付が来るのである。ありがたい話だ。

わたしたちに人を雇うような力はないが、
せめて共感を得られる働きはしていきたいものだ。
地域ではまったく無名のわたしたちだが、応援団がいてくれるという思いは
持続する力になる。
寄付を受け、自ら寄付もする。損得の経済の次のステップ、成熟社会モデルだ。



枝クラフトについて
2013/04/29 mon 晴れ時々曇り 7℃ 草苅&二橋さん


懸案のクラフトのアイデアをドンドン出して、かつ、現物を作り上げる二橋さんをJR南千年にお迎えして、枝の宝庫・大島山林に到着したのは午後2時。さっそく、枝を探索したのですが、枝オブジェを数箇所めぐって見るだけで、二橋さんが用意したバッグは一杯。

色鉛筆とナイフ、それとバターナイフ&ジャムスプーンの試作品を拝見。とてもいい感じ。5月25日の春の祝祭ではこのクラフトを講習してもらう予定だが、刃物はカッターではなく肥後の守のようなナイフが望ましいとのこと。


 
 






 
 枝オブジェで材料収集。右・平木沼
試作中ジャムスプーンなど



薪祭り 1日目
2013/04/27 sat 曇りたまあに小雨、風強し しかし作業には快適 7℃
苫東ウッディーズ 7名 薪組合 5名 計12名


遠浅というコミュニティ(町内会)の林を手入しているうちにできてくる丸太を、薪にして使おうという流れができて、集めた丸太を薪にするどん詰まりの作業に大勢が集ってにぎやかになった。それでいつしか、その集いを「薪祭り」と呼ぶようになりましたが、今日はその初日。そう、一日で終るようなシロモノではなく、下手したら初夏まで続く、苦しい作業でもありました。

今年は、コープさっぽろさんの環境活動助成をいただくことになり、まず薪割りを機械化できるようになりました。すなわち薪割り機の導入です。この助成も、「メンバーが高齢カして機械化が必要になってきた」という泣き落としが聞いたのではないかというフシがあり、流れは実に自然で世間の同情をも集めやすいものだと知りました。

作業は11名、賄をして参加されたメンバー1名の、合計12名。
そこに登場したのが、薪割り機、そしてもうひとつ、レンタカーのトヨエース積載量750kg、1日約7000円でした。これはとてもいいバランスと投入タイミングでした。
 
おかわり、し放題。満腹で寝てしまったメンバーあり。

お昼は、メンバーの御宅でいつもどおり作り立てのパン(今日は、アーモンドがのったスティック状のパイ、それとジャムパン、クリームパン、それとカレー。たらふくいただいて、午後の部に入り、終ったのは4時前。しかし、薪を積んでブルーシートをかけるまで、あと2,3日以上かかるはず。前途洋洋。
 
助成で購入した薪割り機。威力はさすがに早い。ナラだけを積むとこんな風になる(右)。


 
機械化はトラックにも。従来の会長の軽トラに加え、750kg積載のトヨエースをレンタルした(左)。この威力も小さくなかった。


 
4棚を置けるヤードも事前に設定した。そこには、少しずつ改良が加わる。やはり人力で割るのも捨てがたいとトライも始まったが長くは続かなかった(右)。



早春の里山の楽しみ
〜ミラクルだった落ち枝は今やここではありふれたものに〜
2013/04/20 sat 晴れのち曇り時々小雨 7℃ inaba take,kai,oyama,abe,takizawa 6名

北海道には里山がない、などと言われながら、どっこい、苫東のつた森山林は、数年前にネーチャー雑誌「モーリー」の里山特集で表紙を飾りました。明治の終わり頃から今日まで、林業家と苫東会社のリレーで約100年、手入されてきた山はちょっと珍しかったかもしれません。

今日、雑木林のケアセンター辺りはその里山の、特に早春の最もすがすがしいいい雰囲気をかもし出していた。大島山林の保育も一段落して、薪運び、薪割りの直前のちょっとしたすき間を、今、育林コンペのゾーンで慣らし運転をしながら、小屋をベースにした里山ライフの時間。思い切り、好きなことして過ごす。これが中高年のささやかな贅沢。世の中の動きからは隔絶された別世界がここにある。

inabaさんは先週から、小屋の前の放置されて朽ちた丸太を片付け始めた。ばら撒いて腐らせば、という考えもあるが、わたしは積みたい。積んでゆっくり腐らせて生き物の住処にしてもらうのもいい。枝集めのオブジェのように集積すると、林床に枝や丸太が散らばらなくなって笹を刈りやすいし、どこでも歩きやすくなる。SATOYAMA風の再現にはやはり、inabaさん方式が似つかわしい。
  
inabaさんの作業風景。真ん中は「北の森カフェ」。カップめんとおにぎりの光景はあまり絵にならないので撮影も忘れてしまった。写真右はinabaさんの健康飲料「シラカバ樹液」。嚀猛にまだ採取。

わたしは林道入り口のカラマツの傾斜木を片付け、雑木林修景ゾーンの倒れた看板を直して、その帰りに林道の枝拾いなどをして戻ると、もう昼近かった。kaiさんとoyamaさんは育林コンペのゾーンに行った。大島山林の働き分は今のところ、全量NPOに寄進することにして育林コンペの生産は働きに応じて薪にできるような仕組みを想定しているけれど、この枠組みももう少し弾力的に見直しできそう。

午後、oyamaさん、inabaさんはフキノトウ採りに。わたしは育林コンペのエリアに行きでチェンソーを使ったが、とても形のいいふっくらしたフキノトウがなっていたので帰り際に採取、夜、苫小牧産ホッキ一個180円をみっつ市場で買って「ホッキとフキノトウのかき揚げ」を自ら調理した。油の温度を厳密に測りながら仕立てたかき揚げは、家族から絶賛された。残りはフキミソに仕立てた。
 
駐車場をふさいでいたコシアブラを伐った。数年前の冬、ブルに押されて折れたものを、もう一度カムバックさせたものだったが、やはり駐車の邪魔になってきた。伐ったものでクラフトをしてみる。ただ削っただけで米沢の上杉鷹山が薦めたと言う「オタカポッポ」のようなものができあがる。バターナイフもどきにも挑戦。10分ほどで左の写真にたどり着く。

今日はもうひとつ仕事がある。札幌のあるNPOに、作業用のほだ木をあげるのである。当方が保育で間伐し切捨てしたもののなかからほだ木になりそうなもの細めのものを選んで運び、用立てた。拾い集めるのは結構な大仕事だったが、今週はそれを車に手渡しで搬入。こちらのNPO5名と、札幌から来た先方のNPO関係者合計10人で斜面を手渡しリレー作業。腕がちょっとだるくなった。この依頼が来たのは4月10日だったから、パタパタのタイトな行程だった。来年は冬の間に見繕っておくことにして先方とは半ば約束した。
 
手渡し作業は懐かしい。人力が発揮される典型だ。

散会後、GPSで植苗病院の療法で使うフットパスのマップを創るべく、ひとりルートをなぞってみた。病院裏は最近人が歩いていないためか、倒木と枝が片付けられていない。こうしておくと段々人は離れる。その分、人気のコースは病院の正面の左右。確かに7年前に着手した頃に比べ、天地の差がある。しみじみとその若い林を眺めながら、歩く人と林の交流に思いを馳せた。手入した「手自然」にこそ、人が集う。手のあいた人は、そこをもっとサポートすべきだ。
地域に放置された山林は無尽蔵だ。


 
枯損木を片付けていると、チョウセンゴヨウの実生苗を見つけた。看板は一時しのぎ。杭も背板も腐ってきた。






 
ミラクル落ち枝が実にたくさん発見できた。もはやミラクルではない。
 
太いものでは直径が10cm以上もある。しかし、やはり、落ち枝にはオーラがある。地面に刺さっている、というそのことがすでに何かを発信するのだろうか。


20歳の若者に伝えられる幸福     (コラム)
2013/04/18 thu 晴れ 5℃


浮き世の義理でことわり切れず、先週から苫小牧の高専で非常勤講師をして今日が2回目の講義でした。毎週、45分を二つ、連休も休まず、夏休みを挟んで10月の期末テストまで。教える柄でもないので、辞退してきたのですが、ふと、若い人にまとめて何かを伝えることができるなんて、まずないことだ!、と悟り、無謀にも引き受けてしまった講義、半期に15コマ。スポット的に大学や市民講座などでそこそこ以上に講演はこなしてきたものの、今回の最初のプレッシャーはかなりでした。

しかし今年に入って、急遽、講義計画のシラバスを作っているころに、少しずつ「シアワセ感覚」がにじんできました。だって、こんなチャンスはない!越し方に学んだもろもろの自然観、保全ノウハウ、欧州とのアメニティ比較、コモンズ、アセス、景観形成など、わたしが仕事でくぐってきたことのほとんどをまとめて次の世代に語ることができる…。

現実はしかしそんなに甘くなく、パワーポイントを主とした初回は、テストにしない概論だと自ら言ったせいもあって、眠る学生もチロホラ、今日はプリント主体でいったら、それは驚くほどかなり軽減。

一番驚いたこと=古い資料を引っ張り出してみて、自分が、決して安くない本を実にいっぱい買って読んでいたなあ、ということ。今は覚えていないけれど、アチコチに傍線と懐かしいmemoが一杯あるのでした。学んで向上していく。実はそれしかないんですね。改めて謙虚な気分になりました。感謝、合掌


森林療法用の雑木林保育支援、いよいよ終盤

2013/4/13 sat 晴れのち曇り 7℃ 
苫東ウッディーズ6名 札幌ウッディーズ13名


植苗病院が森林療法を始めるにあたって、個人的に雑木林の保育支援を始めたのは確か7,8年前だったと思う。病院の前の林約0.5haから着手し、裏へ。保育と同時にフットパスのルートを決めメンバーの長老に笹刈りをお願いし、あとは瀧澤さん等病院側から患者さんにPRしてもらって、春夏秋冬の利用と、NPOの支援、そして札幌ウッディーズの応援でここまできた。林のフットパスは踏んでもらって育つ。瀧澤さんはここでの経過を森林学会などで折りに触れて発信してきた。

その第1段階の作業もどうやら終盤にきたようだ。、さきはまだまだと思っていたのが、隣接地の境界がわかり終わりが見えたのである。しかし、振り返ると、林の雰囲気は昔日の感あり。細い木が密集してツルに絡まれたものも弱ったものも一杯含んだ、手入を待ちくたびれたような雑木林だった。それが、ちょっと歩いてみたい林になった。

チェンソーの音を聞きつけて、隣の山の所有者Mさんのお兄さんが顔を出した。Mさんが、「境界を示す石杭があるはず」、と言うあたりを札幌ウッディーズのメンバーが探し当ててくれた。Mさんは「よかった、ずっと探せないで居た」。

恐れ入ったことに、今日の作業で、Mさんの敷地の風倒木を1本越境して倒して玉切りしてしまった。お詫びをすると、「ま、それはいいから」と許してもらった。折角の機会だから、故事来歴を聞くと、ずっと炭焼きなどの伐採と萌芽を繰り返してきた林で、一部に昭和29年にカラマツを植林したらしい。ということは58年生だが、それにしては成長が悪い。「そうなんだ。育ちにくいところなんだ」。石杭とカラマツ林を結ぶ線がMさんの境界である。

かつて間伐した材は病院関係者が利用できるように林に何本かずつまとめて置いてきたが、ほとんど使われず朽ちてしまっている。所有関係がやや複雑でゆるい分だけ正面切って処分できないからである。今回はそこを少し改善すべく、ある障害者施設の作業療法用にほだ木サイズにして、あちこちの間伐木を集積してみた。

一方、作業の現場で、札幌ウッディーズの渡会さんがとてもいいスポットを教えてくれた。そこは尾根上の岬のような場所で、葉っぱのない時期は病院もみえる見晴らし台。出っ張りにいることで少し高揚感がある。こういう小さなパワースポットこそ、フットパスには必要だから、早速今年はここを刈り払ってルートを新設したい。できた暁にはこの出っ張りを「渡会岬」にしようと決めた。(笑い)
  
左=渡会岬あたりで。中央=今日の集積具合。拾い集めてこれだけ。右=キックオフの会

夜、これからの数々のプロジェクトに着手する記念と作業の安全を期して、ウッディーズと運営委員でキックオフの会を設けた。5時半から10時まで4時間半。話はつきないまま、散会。@食座「楽々」。
 
朽ちた間伐木が随所に。利用を待っても主体がない現状。乱暴な
表現だが、「林の産物は誰でもいいから原則利用せよ」といきたい。
それもワイズユースだ。

 
inabaさんとnakatuさん
 
運ぶ手間がすごい。人間ばんばは小径に優しい。
 
みつかった石標と境界を示すMさん。



ああ、里山ライフ 〜育林コンペの現場へ

2013/4/06 sat 曇り 4℃ 
inaba,oyama,kai、abe,take total=5person


連休の薪の運搬の段取りは先週でひとまず終ったので(本当だろうか?)、今週からは育林コンペの現場に拠点を移すべく、小屋へ参集。雪解け直後の今の林道は悪路で、車はぬかるみドロだらけ。それでも小屋はいい。靴を脱いでストーブを囲むと話題はつきないし、第一ゆったりしてもう動くのが面倒だ。
  
この薪ストーブは秋や春によく燃えるのが特長。真冬はあまり評判がよくない。なつかしいテーブルも据えられた。

それでも4人のオーナー、各々の持ち場に出向いて選木をしてみる。テープを巻いて、この連休までの仕事が見えてくる感じになった。向かい側の保安林とはまるきり異なった雑木林の風景が出来上がりそうで嬉しくなる。オーナーと書かれた束の間の呼称も初々しい(→)。
 
お昼は小屋に戻る。abeさんがフットパスや林道の風倒木、懸かり木整理から戻ってきた。ストーブを囲んだ昼食後は、各自、思い思いの仕事につく。inabaさんは小屋の軒下の腐れ始めた丸太を移動しイタヤカエデの樹液管理、abeさん、oyamaさんは小屋周りの冬明けの懸かり木など片付け、kaiさんは自宅の薪がなくなってしまったので、もう一度仮称「もち山」に戻って丸太を作り小屋で割っていた。わたしは夜、フキノトウとホッキのかき揚げをすべく、フキノトウ探し。銘々がそれぞれのやることを持っている。里山と小屋のコンビネーションは、やることだらけ、仕事だらけだ。爆弾低気圧が来る前に散会。

 
小屋の周りにシカの糞が多くなった。晩秋、落ち葉の下を漁ったあとを思い出す。小屋を全く軽快しなくなった。ここでも樹液とり。
 そうそう、もう、マガンたちの声がしなかった。移ろいガ早いのか、嵐の前に  じっとしているのか。


  
 オーナーのサインがまぶしい。束の間、「わたしの山」と呼べることは育林コ ンペの参加の特権。
  
 フキノトウはすべてつぼみ。小屋の外で、黙々&勝手に自分の仕事をこな  す人々。


藪出しを終える

2013/3/31 sun 晴れ 4℃ 
ウッディーズ7abe,oyama、inaba、kai、tuduki1/2 take,hosokawa  薪組合5 araki2 ,kikuti ,masuzawa ,kaji、maeda

上空をハクチョウとガンが忙しく飛び始めました。今が渡りのピークのようです。春の陽射しになって、気分は春。広場の雪も3分の1ほど融けて地面が見えてきました。oyamaさんによると、昨日小屋への林道も車でいけたとか。

今日は藪出し。この冬、除間伐した丸太を、トラックで運ぶ前段として、雪のあるうちにソリで作業路の道端まで移動させる作業だ。これにはこの冬除間伐してきた苫東ウッディーズと、薪作りをする薪組合が合同で作業する。いずれもNPOの内部組織だけれども、区分している。薪ストーブを使っている人でも、除間伐まではどうも、という方々などは会員となって薪組合に入るのです。ウッディーズが7名、薪組合が5名と賄いに2名。

わたしの感じでは昨年よりやや多いような気がします。過去2回、計4頭の馬搬用ポニーに藪出しを手伝ってもらったので、確かにその分は作業が楽になったものの、いやいや、どうしてどうして。薪組合の荒木会長は、トラックを林に入れて運ぼう、とおっしゃる。けれども雪で覆われた今は障害物が見えないだけで意外と切り株や枝やなんやかやとあるもので、わたしは若干懐疑的。まあそれでも今年は軽トラのほかにレンタカーも借りるから、ナントカ、いい線いくかも。

今後の予定は、4月6日から育林コンペへ、4月13日に植苗病院、4月27日(土曜日)と5月3日(金曜日)に運搬、薪割り。それと、旭川のNPOもりねっとへの視察研修旅行は6月21日(金)に決定。翌日は上野ファームや上川にできた森のガーデンなど見てみたい。宿泊は層雲峡か、東神楽の「花神楽」か足を伸ばして旭岳温泉あたり。NPOが研修費として経費の一部を補助する予定。

土壌凍結は浅いように見えるから、来週から小屋周辺になる。それもまた楽しみであります。









  
 渡り鳥たちがなき交わすのを聞くだけでも兎に角にぎやかになる。日  中は落穂ひろいをしている。広場はこんな風に開き始めた。
  
 人間ばんば。このあと会長は疲れて木に持たれていた。(右)
  
 こうしてトラックのアプローチしやすいところへデポ。原始的だ。しかし これをいとわなければ、コミュニティ林業は可能。わたしは、高い伐根 を切って回り、根元の35cmを再利用すべく切り戻し。れほど雪は  深かった。
 
 合計12名の馬たち。


樹液採りとフューチャー間伐

2013/03/23 sat 晴れ 3℃  作業6人+会長
    

*今日からフォントを大きめで表示してみます。→やはりやめます4/7

陽射しは間違いなく春のものになっています。朝の5時はもう明るい。つい先日、出勤時に暗かったのが嘘のよう。inabaさんの呼びかけで、イタヤカエデとシラカバの樹液採りが行われた。tudukiさんのたいち君が、「春休みの宿題」のように目を輝かせて大人の作業を手伝っていた。お昼、イタヤの樹液を飲ませてもらったら、ほんのり甘かった。平成25年の春の味。
春の談笑

今年みんなで大島山林の伐採作業をするのは恐らく今日が最後になるのではないだろうか。例年、4月のあたまにはあらかたの雪が消えている。来週は藪出し(林から林道まで丸太をソリで出す)だから、間伐はしない。そして雪解け後は、育林コンペのゾーンと小屋へ移る。そして連休は薪割が開始だ。だから恐らく「大島山林の除間伐の今季最終日」。

フューチャー間伐というものをしている。オーストリアだったかで聞いたという、国有林関係者の話にヒントを得て心がけているものだが、本当ににあるのかは実は不明。文献にもちょっと見えないし、検索でも出てこない。しかし、考え方としては正しい。その考え方とは、将来、高価な材(ナラやハリギリやニレなど)として利用できる大木を、さらに大木に生長させ天寿を全うさせるために周辺の樹木を切るのです。専門的には将来の希望の星を「立て木」と呼び、周りの樹木を切ることを「疎開させる」という表現をします。

これまでも樹齢100年と想定されるドロノキ(これはシンボルツリーにした)やコナラの大木(一昨年、疎開作業完成)を対象にしてきたほか、ここ2年ほどは希望の星に黄色の蛍光テープを巻いています。よく、初めての訪問者に「これ、なに?」と聞かれます。要するに、その一本を大事にするためにその木の枝に触れるものを抜き切りしていこうというのが、わたくしめ、聞きかじりで想像したフューチャー間伐です。黄色のテープは希望の星。これは苫東でナラの雑木林を20年以上除間伐してきた経験からも、とても理にかなった方法だと思うのです。SATOYAMAの広葉樹たちは、それほど、枝の触れ合うことをストレスに感じ、細枝を枯らし、大枝を諦め、身内を捨てていくのでした。しかも枝が触れ始めた若い木などは、切ると早々にクサレが入っていた。

で、昨日、フューチャー間伐としてはちょっと稀な大木を手がけました。スターは直径60cm、樹齢およそ100年、ふれあった脇の木は直径50cmあまり、年輪を数えたら90年+αでした。傾斜木とはいえ元気なナラで90年生を伐ったのはあまり記憶にありません。年輪を2回数え直して、「伐らせていただいた」と言葉遣いを改めました。さすがにこの大きさになると、35cmの薪材に玉切りしても30kg以上もあるので、藪出しのためにも幹のすべてを薪サイズに玉切りする必要があり、結局、この日の仕事はほぼこれにかかりきりになりました。

そして複雑なテンションの懸かった枝を始末しているときに、枝先が左足の甲を打ち、家で確認すると案の定、外反母趾を直撃して醜く変形、変色しています。おもえば、この外反母趾も、15年ほど前に、小屋の側のカラマツ保安林で独りで作業している際、根に足をとられて靭帯を損傷したためにできたキズでした。今回のソレもなにか、とても記念になる負傷というべきかもしれません。股関節痛もそのとき以来のものであることを思い出しました。inabaさんと電話で話していると「それって、タタリ?」と聞くので、「いいえ、記念!」とお答えしたところ。
  
 イタヤカエデに穴を開けホースでペットボトルに。もうひとつは直接。
  

 

 このコナラを立て木にした。右は間伐による空の変化
  
 かわいく見えるが偉く重い。右は枝部分
 
 

シラカバの懸かり木は要注意

2013/03/20 wed  湿雪 2℃

色々なことが一段落して、やはりこの休日は山に行かねば、と小雪の大島山林へ。17日はポニー1頭にプラス、藪出しの人力作業になった模様。画像も一杯頂きましたが、今回も人とポニーの心温まる協働の時間だったようです。

小柄なリトルボーイが7,8回こなしてくれた成果は、小さな広場の入り口に丸太が積んであるのでわかりました。さすがに1頭と3頭の違いは歴然。当然ながら、山の方にまだまだたくさん、藪出しの丸太が残っていました。雪が消える前の4月上旬には片付けねば。

ウィンドブレーカーが濡れる嫌な雪が降っていた。今日は、テント小屋の裏のやり残しと懸かり木が懸案。午前中は、被圧された大き目のナラを2本、サクラを一本、シラカバを2本。午後は空中に懸かり木になったシラカバを片付けた。2点で支持されていたシラカバの太い枝は先ず、真ん中で折れているサワシバを切って、次に先端が懸かっているヤマモミジを恐る恐る切った。ロープを持っていれば引くことができたが、ソレもできないので、慎重に。それでも逆さになったふと枝が二股にかかったままになった。もう少しなのだけど、あとは人が居るところでしよう。週末、oyamaさんにロープを借りて引っ張るべし。

ちなみに、シラカバは樹皮がしっかりしているので表面は腐っていないように見えて、中がグズグズのことはよくある。だから、シラカバの懸かり木は軽々に取り組むと危ない目にあう。わたしは死にそうな目にもあったことがある。いきなり、100kg以上もある枝がすとんと落ちてくるのだ。

 
やっと落とし込んだ。あとは一気にいけたかも、しかし安全策に来週
 
リトルボーイが運んだ丸太と右・人力の藪出し
 
oyamaさんの細面を訪ねて。右、今日の朝いち

 

どういう訳か、あの東大で事例報告?! 
2013/3/18 mon


3/18 東大農学部で行われた「環境資源の排除と共有に関する研究会」(写真左下)。ここで事例報告「苫東環境コモンズの背景と展望」を1時間15分ほどしました。

日本のそうそうたるコモンズ研究者が集うコモンズ研究会と環境資源排除研究会の共催。担当は東大癒しの森研究所の斎藤さん。コメンテーターの三俣学教授が急用で欠席されるなどして小さな会になりましたが、コモンズ研究の最前線をほうふつとさせる質疑、そして懇親会で大いに勉強になりました。会場は、弥生講堂隣のアネックス・セイホク・ギャラリー。

日頃から、コモンズの先行研究の層の厚さには学ぶほどビックリします。それだけ勉強のしがいがありますが、所有権をめぐる法律、環境社会学、経済、それと北海道ならアイヌ民族と開拓の歴史など、重たい、難しい問題も多く含まれます。襟を正して、これら応用問題も関心を持っていきたいところです。

右下はこの日の朝、娘の居る町田の満開のサクラ。9時半頃、二人で遅い出勤。前夜、代々木上原でいただいたポルトガル料理、さすが東京!という刺激だった。

 


ポニーの馬搬2回目 

2013/03/17 SUN  晴れ  会員 7名 応援 3〜4名

前日に続いて、山仕事全開。17日はポニーの馬搬の2回目。リトルボーイが午前中、応援に来てくれた模様。わたしは東京へ出張、荒木さんは所用で欠席、現場はoyamaさんに段取りを一任。NPOからは獣医さんが2名と人間の方のお医者さんが1名参加という、ポニーにとっても人間にとっても万全の豪華キャスト?!

中高年がメインの当NPOの特長としては、近年、いつのまにやら役割分担ができていて、いつも適材適所。kikutiさんとtudukiさんは積み下ろし、女性獣医師のMさんはポニーのストッパー兼あやし係など。画像からは、いかに各々が働いているか、が伝わってきます。

7〜8往復してくれたというから、大分片付いたかな、と想像、でも終ってはいないはず。

以下、inabaさんの掲示板への投稿記事。その下は千歳から見学にこられたHさんの感想。

=======inabaさんの投稿記事3/17 夜=============

まず、千歳のHさんは迷わず来られて集合場所には、ほぼ同じ時間でお会いできました。Hさんは見学の為に来られたかも知れませんが今回、藪だしのキツーイ仕事に勢力的に参加して頂きましたm(__)m
さぞ、お疲れの事と思います。

下記のメンバーの他にtsudukiさんも参加でした。タイチ君のお土産に、面白い切り株を持ち帰りましたので、添付しておきます。

Tさんとご子息は、用事があるようで少ししてから、リトルボーイを置いてお帰りになりました。リトルボーイは、床屋さんに行ったようでタテガミがスッキリになり男前が上がってました(^_^)

暖かい一日でしたので 午前中はかた雪でスノーシュ要らずでしたが馬搬が終わった午後からの人力搬は、ズブズブと埋まり結構難儀しました(-_-;)

今日、一番大変だったのは積んだ切り株が凍っていて、それをほぐす作業でした。千歳のHさんには、休まず作業して頂き本当に有難うございました。

基地のお昼は、Mさんからロールケーキ・コーラ・お茶の差し入れがあり有難く思いました。

今日撮った写真何枚か添付します。20枚位撮りましたが、ここではその一部を。takeさんにはメールで送りますが、明日早くから用事があります。
ので、 今日はこれだけでご勘弁をm(__)m

====================

以下は千歳のHさんからのメール。

========Hさんから==================
草苅様

お世話になっております。
本日 藪だし伺いました。

私にとってはたいへん新鮮な体験をさせて頂きました。

森林保全では伐採した木の運搬が問題との事を
良く聞きますが、その事を身をもって実感しました。

また皆さんにとても親切にしていただき、楽しいひと時を
過ごさせていただきました。

また機会がありましたら是非参加させて頂きたく
宜しくお願いいたします。

皆様に宜しくお伝えください。
御礼まで。

=================

kaiカメラマンの写真
 

 

 

フォトグラファーinabaさんの写真
 

 

 

余市の樋口さん、来林

2013/03/16 sat 雪 2℃ 5人 お客さん1名

家人を空港に送って10時過ぎに現場着。すでに3台の車が止まっていた。ソリを引き始める頃、oyamaさんが到着。これで5名か。雪原は比較的雪がしまっていてスノーシューはほとんど埋まらない。tuduki、kai、nakatuの3氏はもう作業を始めていた。ストーブも万全。わたしもすーっと仕事に入る。oyamaさんと先週に続いて、明日の馬搬の打ち合わせを少々。

昼前、oyamaさんが、先日kaiさんが係り木にしたシラカバにロープを架けているのが見えたので、kaiさんと応援にいった。無事、シラカバ・ブリッジは形をなくして、エリアはやや広い穴になった。ここはもともとツルに絡まれた樹群を片付けたところであるが、ますます広々としてきた。

昼食後、余市から野菜どころか魚を自給するナチュラリスト・樋口さんが来林。自宅前の林の手入れの参考に、この山林を見学にこられた。山の保育はややこちらが先輩なので、少し歩きながら広葉樹の間伐の話をする。色々な現場を見るのも楽しいし、林の手入を語り合うのも勉強になる。ちょっとした醍醐味だ。

樋口さんのお宅は余市の中心に近い高台にあって、ベランダには小鳥が集まっていた。最近は、野鳥が手に乗り、氏がウラヤマに仕事に出かけると、小鳥たちは追いかけてきて仕事にならないのだという。また、窓を開けておくとエゾリスが入ってきて、バスケットに入れておいた胡桃などを持っていくらしい。ペット要らずである。そして薪ストーブの薪は農園のリンゴの木やウラヤマの枯れ木などで自給。なんとも恐れ入る方だ。おととしの雑木林だより67、 5月22日参照。

立ち話で冷えたのでテント小屋に入って話していると、薪の上を7,8cmのネズミが行ったりきたり。やはりいた。かなりずんぐりむっくりだった。

雪は止まず、kaiさんが3時に帰途に着くのと、荒木さんが「タクアン」をくれるのというので、3時前にみんなで上がる。
 
kaiさんはつっこみ切りを基本基本どおりに進めクサビを打ち込む。だが、微妙にずれた。昼、やかんのお湯はチュンチュンなっていた。


樋口さんとナギラケンイチをする


みんなで早い帰途に着く

またまた大荒れの合間に

2013/03/09 土曜日 晴れたまに雪 -3℃ 5人


先週に続いて今週も大荒れの天気予報、それにポニーの馬搬も難しくなって、メールを中心に色々と連絡が必要な数日だった。そこへ来訪希望者もいらしたから、珍しくちょっと応対が生じた。できるだけご要望にお答えするのが事務局のモットーだから、当然のこと。所詮、訪問者は今まではわずかだった。しかし今年は違う。今までの数倍は覚悟せねば。メンバー各位によろしくお願いしたい。

で、大荒れの警報、注意報をよそに、朝から苫小牧は快晴だった。自宅2回の窓から西を眺めると、遠い白老あたりに雪雲がかかっているけれど、あとは紺碧の青空だ。行かない手はない。inaba、tuduki父子、oyama、kaiの各氏がやってきた。kaiさんは吹雪の札幌を脱出しての来苫。
快晴の苫小牧

粛々と進んだが、tudukiさんのソーチェーンが切れ、kaiさんのバーとソーチェーンが不調。何となく、スチールのちょっと華奢なところが気になった。わたしはハスクバーナのあとメインはゼノアにしたが、総合評価すると、ゼノアの堅牢さを評価したい気がしている。

昼、道内の荒れ模様をよそに

3時近くになってから、oyamaさんと次回の馬搬のルート開拓をする。ポニーとソリが大きく気持ちよくカーブできるようにコースにかかる潅木を切って、ルートの真ん中においてある丸太を脇に移動したら、前回よりはちょっとましなルートになったような気がする。

テーマであるドロノキ広場予定地は
着々と保育が進む


薪の長さに玉切りして積んだ

kaiさんは複雑な係り木に連続
して迷い込む


嵐の後の晴天に

2013/03/03 晴れ時々曇り -2℃c    2人


北海道は土曜日から荒れて、苫小牧は深夜、地吹雪だった。夜中の2時過ぎにカーテンをめくって見たときは、それでも南の空に月齢21日の月があった。

こういう日は除雪車が現場のアイリス団地を巡るから、路上駐車のわたしたちは早い時間は行かない方が無難。ありがたい理由が見つかってやり残した仕事を片付けてから現場へ、到着は10時過ぎだった。すでに札幌のkaiさんの車が止まっていて、前進キャンプについたらストーブの煙が元気よく出てkaiさんがチェンソーをもってテントを出たところだった。
 
二人のキャンプ。昼、合流したときに撮った写真。わたしはまるで「なぎらけんいち」。そして午後の作業時は、陽射しの強さにしばし、メガネをサングラスに代えた。「なぎら」から「マツダユーサク」へ。(爆

春の陽射しはまぶしい。こころも弾む。わたしはドロノキ広場作りへ。kaiさんはテントとわたしの間でテープを付けておいたやや太目のモノに着手。午前は丁度12時にひと段落、午後は3時過ぎに終えて4時頃までチェンソーの掃除を交え二人で歓談。小屋は雪解け水で水溜りができて、ややアズマシクない状態だった。

 
ダルマストーブはよく燃えた。美しい炎だった。帰途、わたしの運んだそりにKaiさんの荷物も載せてアスリートが引っ張ってくれるパターンになってきた。ラッキー
 
膨らみ始めたサワシバの芽。壮観だった。右は黄砂。
美しいはずの雪が茶色に染まった。

 
コブのあるナラを倒した。コブを断面にしたのが右。かなり硬い。
 
ドロノキの周辺を疎開させた。のびのび生きてもらうための世話は、人も樹木も結構裏方仕事が要るのである。

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