2009年の日々の迷

●12/31 今年も当ホームページにご訪問いただき、ありがとうございました。ご愛顧に応えて、と、特に何もないのですが(^_^;)、こういうときに出来る唯一のことは、メッセージ。では、こころをこめて「どうぞ、よいお年をお迎えください(^_^)v」。
●12/30 今年最後の山仕事を終えました。思えば、雪が10cmにも満たない今、胆振はよその地域では真似の出来ない、森作りの適期。今日も札幌からウッディーズのメンバーAさんがきてくれて、大きなナラの掛かり木を処理してくれるなど、大島山林は、来春の「心地よい林」」に向けて静かに手入れが進行。今年も無事山仕事を終えることができました。
●12/29 昨日夕方から、1時間半、そして今朝1時間半、1,2行の書き込みをすべて終えました。快感、幸せ、そして達成感。50音順に並べた先から一人ずつめくるたびにメッセージを瞬時に思い描いて書き込む…。フレンチのシェフは、送られてきた素材の箱を開けて数秒で、その日のメニューを発想するといいますが、なんだかちょっとそれに近いものがあります。
池波正太郎の、元日から次の年賀を書き始めるという悦楽は、種々のネットワークが張り巡らされた今日、タイムマシンのように遠い世界ですが、いや、意外と未来のことになるかもね。なぜなら、相手に思いを馳せるのが悦楽ならば、長い方がいいし、そのためには、手で書くのが一番だから。今年、御はがきをくれた方が数人おいでだけど、やはりうれしかったし。
●12/28 みぞれ交じりの空模様でしたが、雨ではないのを幸いに毎年のことと同様、山仕事に出かけました。山林のアプローチは、見違えるようになって来ました。来年の春はとても絵になる光景が出現して、林の手入れがどれほどのものか、自治会の方々にも発見があるかもしれません。帰る前の大仕事に傾斜したトドマツの整理を手がけましたが、チェンソーはとられるわ、掛かり木になるわ、で苦戦。今は、腰が悲鳴をあげています(-_-;)
●12/26 28日は職場のほぼ全員で年休を消化することになり、少し長い年末年始の休暇に入ることになります。年末だけで6日もある、ムフフ、しかも掃除は済んだ、ムフフフ、ということになれば山仕事と、NPOのプラニングなど楽しい仕事が待っている。それだけでは代わり映えしないから、今まで出来なかったことを、ちょっとしてみたい気分です。例えば、ひとりカラオケなんか。(^_^)v
●12/23 いい休みです。年末はゆっくり山仕事などをすべく、一足先に床のワックスがけ、外からの窓掃除、風呂掃除をしてから、トドメは夕方まず家内の年賀状の印刷。自分のは後日の後回しにする奥ゆかしさ。で、夜は何回目かの忘年会へ。
●12/20 昨夕から銭函・春香のとある山荘で行われた札幌ウッディーズの忘年会に飛び入り参加して面々と歓談。中高年を核にした成熟コミュニティを見る思いがしますし、そこに人と人、人と社会の新しい関係性のにおいもします。今朝は雪の銭函を後にして大島山林へ。そこは青空。町内会の方々がすでに山仕事をしていました。わたしはしばらくして作業ステージを林道の反対側に移してトドマツ林に入りました。駐車場から池に降りる両側は、間もなくこの山林の手入れの見本のようになるはず。手ごたえは十分。
●12/19 15日から昨日まで、北海道新聞の第4社会面で、大島山林を舞台にしながら「苫東環境コモンズ」のかかわりなどが飛び3連載されました。土地と林を、新しい人のつながりが世話を始め、林がこよなく愛されるようになった、その息吹がここにある、そんなトーンの記事。内容で若干間違いもありましたが、休日に何度も足を運んでくれて丁寧に取材していただき、人のつながりをもやさしく描いてくれています。みなさんにはどう映るでしょうか。
●12/19 毎日書き込みをしようと心がけていたのですが、会合や忘年会でちょっと遅くなると、もう手が出ません。(-_-;) 
12/18は、道民カレッジで二時間のお話をさせてもらいました。満員の方々の目線がこちらに向いているということにちょっと感激します。向学心に向き合った話ができたか、と冷や汗。その冷や汗もひいた夜、桂文珍の独演会に。こちらの笑いを自在に操られ、されるがままに爆笑。あんなに、人を笑わせてみたいものです。
そして昨日12/18。夜、不思議な忘年会に出席して、自分が随分遠いところに「ひとり」で来たんだなあと思いました。いえ、疎外されているという意味ではなく、くどくど話しても仕方がないような世界に、近代的自我を引き連れて(つまり自分)立っている、という自覚。会の中の自分の新しい位置が瞬間的に克明に見えたのでした。そんなことって、ありますよね。あえて言えば、その会の人はあるプロジェクトやイデオロギーで風土とつながっているとすれば、自分は土地そのものとか氏神さまとの出会いを大事に思っている、という違いみたいな。われながら、ちょっと驚きました。

●12/13 札幌ウッディーズのFさんが応援に来てくれ、ズッシリとツルの絡んだエリアを整理してくれた。林は着実に変わってきた。いつも、町内の人が顔を見せて手伝う姿勢はありがたい。帰りはプレハブで暖をとらせてもらって歓談。
●12/12 昨日は山ノ神をお参りする日。他の用事もあったので午後休暇をとって山に入りました。冬至に向けて日の光はいよいよ心細くなり、夕方の参拝は、まさにか弱さの絶頂。しかし、そのなかには、やさしい、温かいものが感じられます。いいです、この感じ。
●12/10 忘年会シーズンに突入。ザ・ブラウンズの「谷間に3つの鐘が鳴る」をレパートリーに入れたいと思っているうち、あ、これはエディット・ピアフの歌だったと気づき、この動画に到達。ピアフはわたしの青春時代の思い出と重なるシャルル・アズナブールの師でもあり、あれた画像ながら、目にあふれてくるものがあります。なぜなんでしょうね。
●12/10 苫東におけるNPOの位置が少し明確に。何回か議論の機会があり、率直にいろいろなことを申し上げてきた結果かと、まずは一応の安堵。。
●12/07 札幌ウッディーズのAさん、明日、時間が出来て、U病院の一人手入れに来られると連絡あり。
●12/06 今日は大島山林で山仕事、昨日は
手稲さと川探検隊のご一行が今年2回目の苫東雑木林ツアー。ここを心身のリラックスできる場とみなしてもらえることは正直嬉しいことです。すなおでしなやかになれるのかも。そういえば、「ネパール・インドの聖なる植物」を読むと、ボダイジュの下では人はウソがつけない、と書いてある。測定できないあるものがあのコナラの若い雑木林に漂っているとしなやかに考えてみるのも楽しい。
●12/04 未明の3時頃に目を覚ましたのでそのまま起きることに。西の寒空には満月に近いお月様。久々にラジオ深夜便をきくと、癒やし系の女性アナが1960年代から70年代のフォークを特集していました。「夜明けは近い〜(友よ)」などと。しんみりきます。と、脇にあった本のページをめくると「愛する者と会うなかれ、愛さざるものと会うなかれ」。シャカ・ムニの言葉ですが、なんと意味の深い…。寒月はブラインド越しに見え始めました。合掌
●12/02 札幌ウッディーズの河崎会長と仕事でお会いしました。「自然と生まれたような奉仕間伐の源はどこに由来するのか」。これはいつか河崎会長に聞いてみたいと思っていたことでした。さすが、数々の明答あり。森林組合の作業班の市民版。ここからブレナイ、というのも素晴らしいことだとわたしは密かに感服しています。また、社会認知やウケをことさら追いかけない姿勢…。
●12/01 師走になりました。雪のない12月の初日。寒月かかれる胆振(いぶり)の未明の走り書き…。
●11/29 土地の所有者から入林と作業の許可を得たので、早速山仕事へ。さすがに雑事を掻き分け、という所為で足慣らしといったところ。そして入り口の駐車場から手始めに順次池の方へ進んで見たところで、自治会長に携帯。早速駆けつけた会長は、近くの方に声をかけ、それまた、いろいろと。で、手伝いの輪は広がった。「出来ることがあったらいつでもするからね」。こういったメッセージが普通に行き来するのはこのコミュニティの財産でもあるわけで。

●11/28 午後から北大で行われた社会的企業のシンポに出席。公共政策を専攻する院生1年生が企画運営しているもので、地域レベルに視点をおろし、起業していく意味を見出していく過程にもつながりそうで、好感を持って聞きました。まさに、北海道の各地で、地域運営の担い方をデザインしていく人生設計、新しい手ごたえはあると思います。そこに潜むリスクを具体的にどう超えるか…。人の入りも質問数も上々でした。

●11/27 遠浅の樹林の手入れを申請していたのが、ようやく受理。他人の土地の手入れをする、というのも説明が要りますが、奉仕作業を「やらせていただく」ための手続きも2年がかりになりました。この手続きを説明するのも、実はちょっと厄介です。(笑い)まず、正確な管理図面を作成するために先月今月と4回ほど「ナビを活用した測量」をしました。測量と言ってもマッチ箱より小さい黒い機器をもって散策するだけです。2回目あたりの成果が下記。かなり正確であることを4回目あたりで確認。集落と隣接し、見放された美しい雑木林が70haもある、といえば、都市生活者は目をむくでしょう。
●11/23 どうも当HPが11周年を迎えたようです(^_^)v 約9万のアクセスをいただいたことになります。11年を平均すると一日20件あまりで、人気のHPやブログに比べて、桁違いのかわいい数字ですけれども、よくこの地味でローカルなページを覗きにきていただいたと、こころから感謝申し上げます。思えば、このHPが基点になって始まった交流も少なくありませんでした。情報というスピードに乗らないで一馬力の実の丈のサイズ感覚は、忙しい時代だからこそやはり大切にしたいと思います。頭の知識だけならともかく、心身の体験のスピードは実はとてもスローだと知りました。できれば、ただの怠慢、不勉強、不作為は避けていきたいと思います。どうぞまたお付き合いいただければ幸いです。感謝をこめて。 合掌
●11/22 午前はパソコンの前にいたので、昼前に運動をかねてU病院の雑木林へ行き力仕事に没頭。一汗どころか5汗をかく。山仕事には幸せを感じる。風景の向上、風土との交信みたいな。苫東ウッディーズの初仕事。
●11/21 うまくいけば今日から山仕事が始まる予定でしたが、山林所有者との手続きが滞り、そこは流行の一種、コンプライアンス的に約束を遵守し一服。で、予定を変更し、先ず、じっ魂にしてもらっている田中林業さんに、山仕事の開始の挨拶をこめてツールの相談へ。図らずも健康寿命のハナシになって最後は森林ボランティアの資材購入にはよろしく、とお願い。ついで、遠浅アイリス公園の駐車場では、作業開始に備えチェンソーの分解掃除だけしました。キャブレターの目もしっかりゴミをチェックしました。これは恥ずかしながら久々でした。昼過ぎから道新のIさんと樹林地を一周したのち、いつもの雑木林の小屋まで案内、夕方は自治会長の御宅で往時の回顧談へ。実りあるいい話し=地域の開拓以降歴史と生活史を聞けました。着実に、いろいろなことが「つながりながら」進みます。合掌
●11/19 深夜に熱が出始め腹痛と節々の痛み。朝方も熱が下がらず、「ついにあの新型インフルがオレにもきたか!」と医院に行ったら「熱が…」と言っただけで、裏道のような廊下を経由して奥の個室へ。医者は症状を聞きながら新型ではなさそうといい、各種の薬でしのぐことに。思えば毎日通勤でマスクのオジサンおばさんと一緒だからねえ。
●11/17 年休を取って、NPOのフィールドの相手方との打ち合わせに行きました。関係各方面と合意形成のスタンスに立ってから1年半。少しずつ、場は変化し流れてきました。焦らず、たくまず、相手の身にもなりつつ当方の意図する無私のミッションにどう理解をしてもらえるか…。これは「悦働」の営みといっていいほど、手ごたえがあります。各々、まさに各々の背景がある、これが実に良くわかってきます。
●11/15 チェンソー講習会をU病院で。講師を務めてくれたのは
幌ウッディーズのAさんをメインとする3名。山仕事を全霊をこめてする方に特有の「気」があって、わたしはその輻射にぬくぬく気分。Aさんは伐採の前の祈りから、別の興味深い誓いをしったようだ。こういう話が実に面白いのです。ここだけのハナシ。
●11/14 先日の58歳の誕生日前に、年金の案内が社会保険事務所からきて、今日はその具体的な内容について家内と二人、疑問を解明すべくじっくり聞いてきました。老い始めたこの年代だから初めて聞ける、切実な話。誤解もとけ、なんだか、健全な老後の設計に突入するという実感が生まれました。そして若い職員に懇切丁寧に応対してもらいました。今回びっくりしたのはサラリーマン生活400ヶ月の給与履歴とボーナス、そして月々の社会保険の支払額一覧と、それをカバーするシステム。社会資本というものを実感します。これ限度額も必見。
●11/12 火曜日11/10は森健ゼミで北大の観光高等研究センターの吉田順一先生のお話を聞きました。にこやかに話される表情とは裏腹にとても難しい内容だったのですが、先生は最後に風景と感性のことに触れました。進行役をしていたわたしはすぐ反応して、林とは、死に態のお題目のような言葉ではなく、もっと情緒的につきあわなくてはいけないというテーマのことをポツリと重ねました。樹林気功も実はその線でつながる催しで、これは吉田先生らが提唱するニューツーリズムの大事な条件のようでした。
●11/8 「
こころの森フォーラム」はなぜいつも、主催者がとても迷う天候になるのでしょうね(笑い)。今回は11月なのに霧雨で、屋外は止めようという声が出たほど。でも、海のミネラルを含む穏やかな霧は喉にやさしいとか、ミネラルに富むとか、タラソテラピーだとか、などなど、別の評価軸も示された。いわばマイナスイオンのメッカのようだと。結果的にとてもいい塩梅になりました。樹林気功の小山内和子さん、写真集「森のいのち」の小寺卓也さんのコラボのキーワードは「内観」「静かさと向き合う」「息(呼吸)」。フォーラムのミッションにピッタシ。参加者は45名。
●11/7 遠浅樹林地のかつてのフットパスを超小型ナビをもって荒木町内会長と歩く。大分、道の感じがわかってきました。平坦な林はむずかしい。それにしても、随分たおれていて、正直、腕がなる。
●11/6 あるブログに今日こんなことを書きました。雑木林の小屋の実話です。
「…このところ、わたしが憂鬱に思うこと、それは雑木林の小屋にいくと、必ずなにかが、
ヒメネズミにかじられて、ゴミが散乱していること。もちろん、フンも。これまでは、カップ麺とか蜜蝋のろうそくとか、限られていたのが、ティッシュペーパーや座布団などに移り、やがて、シュラフやザイルも被害を受けるでしょう。そして長靴や金属以外のすべてのものが。アオダイショウの「みどりちゃん」が居た今年の春までは、こんなことはなかった。春、床下で「みどりちゃん」の抜け殻をみつけたあと、事態は変わりました。夏、「みどりちゃん」に会えないのです。昨年までなら、天気の良い日は薪に寝そべり、ベランダで読書の折は、わたしのすぐ後ろの丸太(ログ)に並んで陽を浴びたものでした。どうも、「みどりちゃん」はあの、アライグマに捕獲されてしまったのではないかというのが、わたしの悲しい推測です。その結果、小屋はヒメネズミの狼藉し放題になってしまった…。ヒメネズミを捕獲するのは簡単です。しかし、そうしてどうする…。殺生はしたくありません。そこでわたしはジレンマにはまり、小屋に行く前の日当たりに、ちょっと憂鬱になってしまうのでした。(-_-;)どうすべきか…。あなたならどうします?」
●11/5 気功のN先生に外丹霊動功というメソッドを学んだ頃、ずいぶん、怒りっぽくなったような気がしたものです。確か先生は心身の変化が出て、地がでるような話をしていたような。このごろ、ヨガのあるメソッドを入れたら、うーむ、似た状況が生まれました。呼吸とか気の出入り口とか、その辺のちょっとした変化で、喜怒哀楽のカギが変化するようだ、というおぼろげな感覚。もし、覚えがあればご一報を。
●11/4 小屋の前の今年の紅葉を、秋の始まりから順々に写すと…。
●11/3 1992年に、花のマチづくりを実践する会として苫小牧に誕生したグリーン・サムクラブ Green Thumb Club が17年の幕を閉じることになり、そのラスト・イベントに参加しました。イベントは2000球のスイセンを金太郎池のほとりに植え込む作業でしたが、静かなエンディングでした。始めもあれば終わりもあり、後継者育成などと固いことを言わないで、好きな人が好きなときにやりたいことをする、というシンプルなことでいい、と思います。前半の9年で代表と会員を辞めましたが、主として女性の方々と実に楽しいお付き合いと実験のような日々を送ることが出来、わたしはその後は、もうひとつのテーマだった「雑木林」に専心することになりました。ただ、憩いの庭を創ることは人としての永遠のテーマだと考えます。ともあれ、スタッフのみなさん、メンバーのみなさん、お疲れ様でした、とこころから申し上げたいと思います。
(補)その「雑木林」の方とは、近々NPOの法人として動き始める「苫東環境コモンズ」です。
●11/02 先週末に私用で家内と上京し、ついでに、昨日は念願の箱根神社にお参りして58歳の誕生日のお祝いにしました。パワースポットに人が集まってくる感じが実によくわかります。(^_^)v
今日は、もうひとつ、かねてから訪れてみたかった多摩丘陵のフットパスを午前と午後に合計15kmほど歩いてみました。田園がもっている風景のマジックパワーは、都会ほど感じます。もし、こんな「農あるくらし」の食と風景が良しと思えないなら、その人はどこか人格がどこかアンバランスな成熟をしているのではないのだろうか、という暴論が、ふと、田舎者の脳裏をよぎりました。(笑い 
緑道の沿線にこんな(左)畑があり、柿畑の脇のニオイヒバにはこんな(右)窓もみられます。里の造形はヒューマンアート。 
●11/02 11/08の小山内和子さんの樹林気功と小寺卓也さんの講演は現在の申し込みは30数名の参加でそろそろ締め切り近し。エネルギーセンター「錦大沼」の樹林気功は自分でも興味津々です。
●10/29 4月から7月まで雑誌「世界」に連載されていた宇沢弘文氏と内橋克人氏の対談が、「始まっている未来」というタイトルで1冊になって岩波書店から出ました。市場原理主義が社会的共通資本を破壊し尽くしてきた道筋を洗いなおしています。世は地域づくりに精魂を傾けているときに、根こそぎ地域破壊が行われてきた無明。昨日から鳩山首相の所信表明演説などが続いていますが、「未来は…」はこの転換をクリアにあぶりだす効果があります。

●10/29 山の先輩Tさんにモンゴルのパワースポットの写真(↓)を頂き、しばし、見惚れてしまいました。風水の気は奥山から流れてくる、というフレーズを思い出します。その気は、やがてわたしたちの体の中へも流れる…。11月8日は小山内和子さんの樹林気功を、地元のパワースポット(?)錦大沼で。
●10/25 約二時間、二つの林を続けざまに散策。市の森林公園は誰とも会わず、北大研究林は、夕方まで、入れ替わり立ち代り人が来ました、。しかし、十分に広いからルートを選べばわずらわしさも感じず、「ひとり」の時間は楽に持てますね。この時期の雑木林は、実にこころをほぐします。昨日なんか、身体もリラックスしてタップリのワインが身体にしみこみました。川のずっと上流では、早くも小鳥が手に乗りました。彼らはさすがに採餌に忙しいのですが、もう上流は紅葉の葉っぱはほぼ落ちています。 
●10/24 苫東環境コモンズを身近に意識して動くようになって、週末の動線が変わったような気がします。まず、雑木林の力仕事から他の事に少しずつ重心が移り始めました。また苫東の外の各地を積極的に動きます。かつ、苫東のなかはもっと満遍なく動くようになってきました。夏場はそうさせる要因もあります。それは、草を刈る以外は仕事がないことと蚊。外も良く見ておくことはこの際は大事なことと割り切ります。今日は遠浅と小屋周辺のフットパスの測量を、ナビで実験してみました。
紅葉はピークを過ぎて、今は落ち葉のパフォーマンス性が高くなってきました。
●10/22 週前半は道東の浜中町に、老舗NPO・霧多布湿原トラストの三膳さん、瓜田さんらを訪問しました。特に瓜田さんには、地元の方々に声をかけていただいたおかげで、霧多布の背景を、感性で聞くことができました。湿原は風土の神様のにおいがします。神様の存在を感じるということかも。当然ですよね、樹木の寿命よりはるかに長い数千年という単位の時間で形成されたのだし。
●10/18 勇払原野は成熟色のパノラマを展開。雑木林は派手さはないけれども、歩いてみたくなる風情でした。ヒヨドリの鳴き声も渡りの前の興奮か、などと気を使います。
●10/17 登別のモモンガくらぶを訪問し、興味深いお話を拝聴。小径にクリの見事な大木を見つけました。その足で昼過ぎに室蘭のマスイチ展望台に。ノスリとオオタカを多数見ることができました。朝からいたという札幌の青年は、このほか、ハヤブサ、チゴハヤブサ、ハイタカ、トビを発見とか。

●10/16 今日、道からNPOの申請を昨日の15日で受理、との連絡がきました。また、8日から始まった苫小牧民報のフォーラム特集が全6回で15日で終了。とてもよくまとめられています。
●10/15 さっぽろ緑化園芸学校で約二時間、講義。60人ほどの緑と園芸に関心の深い、女性が多い会場で、昨年に続いて2回目。40こまほどある年間学習のひとつですが、わたしの担当は緑化技術。そうだったのですが、それは簡単に切り上げてイヤシロチという概念、林のリラクゼーションのあたりを念入りに。(^_^)v 庭や林のガーデニングは結局イヤシロチづくりであり、その事例を探し、そのコツに近づこうというわたしの探訪をも紹介しました。終了後、ある女性の方がこられて、しばし懇談しました。病気の克服を自らの自然治癒力でされた方でアンドリュー・ワイル博士の話でヒット。来年、柏原のフットパスに是非来たいと申し込まれました。
●10/14 今日、NPO認定の申請書について修正したものを道に提出。間もなく正式受理され最長4ヶ月以内に認証の運びへ。プランの広報、お披露目のフォーラムと続きましたが、これを節目に中身の具体化に入ります。先週後半から、地元苫小牧民報がフォーラムの様子を連載でかなり詳しく特集しており、終了後、本HPにもPDFをリンクさせます。
●10/12 地域SNS「どっとねっと」のメンバーを鷹栖に訪ねました。犬橇などを自作するクラフトマンと建築家でマッシャー(犬橇使い)でもあるKさんのグラウンド見学です。クラフトに共感を持つ男たちには、彼はヒーローのように見えるはず。
●10/11 わがヘッポコ研究室・秋の研修、ではありませんが、旭川の上野ファームとメンテフリー酪農のような斉藤牧場へ。上野さんの自然観、田園観がガーデニングに結実する姿のように思えて、造園という表現に襟を正す思いがします。斉藤牧場は、見学の申し込みをしたわけでもなく、ただ黄昏のひと時、牧場と林の空気を吸っただけ。

●10/10 母校の農学部の造林学講座が100周年を迎え記念式典が開催されて、歴代の教授や懐かしい先輩後輩にお会いしました。プレゼンやポスターセッションにも興味深いものがあって久々に普段使わないあたりの脳がプルプル微動。わたしのフィールドと近況に関心を持ってくださる人も少なからずいて、「たまにはいいものだ」、の胸膨らむ夜。
●10/9 スイスやドイツの近自然河川工法について「近自然」という概念で紹介した山脇正俊氏の講演に事務方として参画。やわらかい仕組みの発想、まさにそれはパラダイムの転換なのだと思われますが、その合意は「個別」=「地方」なんだろうと思わせます。
●かように社会実験は進んでいますが、この横断的な。
● 雑誌「世界」に連載された内橋克人氏と宇沢弘文氏の対談をコツコツ探しながら読んでいるうち、次第に市場原理主義の背景の整理が自分なりについてきました。我ながら遅すぎると思うけれども、こののろまさには意味があると割り切ります。さて、今年、山々の紅葉は意外にいいとか。週末は旭川の方へ行ってみようと思います。紅葉を迎えに(^J^)小屋の周りはまだこんな風。
●10/4 秋が深まってきたみたい。朝、気温は10度を下回るようになり、ヤマメの棲む川ではお昼の気温が13℃、1時間ほどフライロッドを振りましたけどヤマメも元気がありません。川にはアキアジが遡っています。が、いつもより随分少ないような気がします。今日は中秋の名月、残念ながら雲が晴れそうもなく、と諦めていたらつかの間雲間に見えました(^_^)v。ストーブ点火間近。

●10/3 小屋は昼寝の天国だ。今はベランダ、もうすぐまきストーブの前。
●10/3 人の「生老病死」丸ごとぜーんぶ、付き合ってしまおうという「どっとねっと」のような地域SNSが、地域の元気のきっかけに本当になるのか、という関心から昨日ある研究者がお見えになりました。待望の研究者です、面白い展開になるかも。
●10/3 ここ2週間の読書日記。山本七平「人望の研究」、続いて谷沢永一の「山本七平の叡智」、連続してやや朱子学などの精神に触れました。NPOの申請をした足で訪問したU先生のオフィスで「世界」に連載されていた「宇沢弘文vs 内橋克人の対談「新しい経済学は可能か」」のコピーをもらい熟読、目からウロコ。市場原理主義をアカデミズムは待ったをかけられなかったこと、そしてその結果が、苦渋を込めて語られています。構造改革の総括とも読めます。奇しくも、指摘されたことのいくつかは、政権交代後の施策や行動のなかでウソのように真逆の対応が進んでいるのは瞠目に値します。今、山折哲雄「早朝座禅」。教育の現場から宗教が消えた事実とその結果、そして言葉の軟弱化あたりで立ち止まり一服、思案中。
●10/01少し古い報告書を見ていたら、いまや、コモンズ研究の第一人者である東大の井上先生の門下生が、わが苫東コモンズの母体の動きを5,6年ほど前にしっかりヒアリングしレポートを書いているのを発見。それはちょうどおととい。びっくりしました。昨日、NPO設立の申請書を道にだしたわけで。(-_-;)
●9/29 グラミン銀行のムハメド・ユヌス総裁の講演を聴きました。社会が作る貧困からほんの僅かの資金で幸福に近づく。そしてソーシャル・ビジネス。儲けと効率一辺倒だった市場資本主義からみると、随分忘れられてきた当たり前の原則で、社会はこの方向に今本当に傾斜するのか。政権交代のあとだけに、日本社会はしばらくこの忘れてきた理想を追うのでしょうか。
●9/29 夕べは6時からNPO苫東環境コモンズの設立総会。先週のフォーラムを踏まえて自然体のストーリーでどうやら申請まできました。ハンコを押していただくあたりはちょっと独特の節目感があります。ここまですっと続いた応援を緊張にかえて、これまた自然体で参ります。
●9/26 勇払原野の記録映像を撮り続けているKさん一行が来訪して、ベランダやフットパスで3時間あまり、インタビューを受けました。30年あまりに及ぶ勇払原野との付き合いを振り返り、最後は土地の神様「産土(うぶすな)」と「樽前山神社」の話になりました。一方、たまたま小屋周辺に来ていたOさんとベランダのニセアカシヤの柱を再点検して、なにか動物がひっかきながら登った痕跡を発見。スズメバチの巣を襲った犯人はアライグマである可能性が濃厚に。ボリボリが出てきました。
●9/24 爪がいい格好に伸びたので、3日前からクラシックギターを再開しました。ま、手先のボケ防止です。股関節もギコギコ泣いて、疼痛が。いやはや、これは風になるまで付き合え、ということのようで。
●9/23 連休最終日は午後から白老の川へヤマメのフライフィッシングに出かけました。いるいる、あんなに餌つりの釣圧が高いのに、入れ食い状態だった。いつもどおり、5つをフックオンしたので終わりにしました。あとは山と川にどっぷりつかって深呼吸をするのみ。
●9/22 雨模様を心配しながら、長老に物置の基礎揚げ(ジャッキアップ)をしてもらいました。おもみで傾斜が生まれ雨水が入るのです。これは春からの懸案。久々の普請で塗料のはげ具合、板の腐れなど点検、初雪までにどうにかしよう、と自ら宿題を背負いました。。。。でも、ああ、手仕事。手仕事は素晴らしい。今、ここ、への集中。そして手仕事のあとの、たわいもない世間話など。
●9/21 この秋の作業の打ち合わせをかねて、苫東最北部の大島山林でフットパス沿いの風倒木の所在を図に落とした。面積も広いけれど、基本的に手が廻っていない。地図ができていないことはすべての解決の足かせになりそう。11月には町内会の協力を得てコンパス測量をする必要がある、と。午後、雑木林の小屋は室内が12度。これ幸いと薪を焚いて、トロリと寝込んだ。快哉。
●9/20 早朝におき出して室蘭へ。前日の旅立ちを年を押すように、今日は室蘭の岬へ
「タカの渡り」を見に行く。長く関心はあったのに初めて。地域SNS「どっとねっと」で知り合ったmidoさんのお誘い。小屋のスズメバチを襲ったのではないかと評判のハチクマにはあえませんでしたが、わたしには大収穫でした。
●9/20 苫東環境コモンズのフォーラムは100人あまりの狭い会場ながら、超満員で終了しました。小磯・釧路公立大学長のわかりやすいコモンズの紹介、展望、北海道環境財団の辻井理事長の勇払原野の話も、とても充実して、B級自然・勇払原野の意味が俄然新しく見えたようです。社会的な第一歩を歩き出したの感あり。合掌

●9/17 フィールド界隈で今年はヒグマが目撃されているようです。あ、ボリボリも出始めたようですから、雑木林ではくれぐれも気をつけて。視覚と嗅覚、もろもろ総動員して。
●9/16 リースのススキが歩を開いて、もじゃもじゃ。これも一興。(^_^;)
●9/15 遂に今週、新生するNPO苫東環境コモンズをおひろめするフォーラムを9/19の土曜に。開催は苫小牧サンガーデンですから、講師も観客もフラットな、そんな雰囲気の会になる予定です。メンバーには論客も行政の方もタップリ(笑い)。建設的な会になればいいと思います。

●9/15 「こころの森フォーラム」という催しを医療法人のサポートを受けながら昨年晩秋から今年の春へ向かって好評のうちに2回開催しました。さらにリクエストがあって、11月、3回目を開催することになりました。場所は北大研究林を離れて、錦大沼に移動します。ここは知る人ぞ知る苫小牧のパワースポット。樽前山のふもと、葉っぱの落ちた雑木林の樹林気功は郷土再発見になる…。

●9/13 手稲山にある北大のパラダイスヒュッテで、週末、われらがAシェフが小屋番をやるというので現役に山の歌の歌唱指導でもしようというプランになりました。が、歌はキャンセルになって大勢の飲み会に。ま、正しい変化・結末というべきでしょう。留学生も夫婦も友人もで国際色豊かで年齢幅も広い面々が豪勢な料理に舌鼓を打ったのはもちろんですが、感心するのは、訓練された人たちの準備と後片付け。社会的な地位に無関係に誰に言われるわけでもなく、自分の今すべきワークはなにか、を的確につかんで動いて行く慣習。これは山という訓練の中で身につけたコミュニティのルールといえますが、いい慣習、マナーとはこんなに気持ちがいいものだとは改めて実感。このように家族や職場やコミュニティはいくらでも進化できる…。
●9/12 山本七平著「人望の研究」を読破。問題意識へのヒントを見つけられる喜悦、かかえてきたモヤモヤが整理される快感あり。若い頃、論語を少し読んでいたこともある気安さなのか、朱子学の寺子屋版「飽食暖衣、逸居して教なければ即ち禽獣に近し」などが抵抗なくずしんと響き、旧約聖書・ベン・シラの「主を畏れることが知恵のはじまり」…などに傍線をひきました。人望の九徳などもわが足元を見つめさせます。

●9/10 おととい、工業経営研究学会という、かたーい学会の全国大会特別講演会に行って見ました。トップ企業2社のトップの話を聞いたのですが、これが実にヤワラカイと思いました。経営の背後にある理念に、マントラにこめられるような、積極心、可塑性、自律性などが入れ込まれているのを感じたからでした。そこには、競争社会を勝ち抜くというギラギラでなく、共存共栄して行く調和の仏教的な世界観も嗅ぎ取れるのでした。
●9/10 と、BSのハイビジョンで横尾忠則90分モノに偶然出くわしました。何となく近しい感じで見ていた得体の知れない人でしたが、スリナガールのある丘に登ったとき、そこがヨコオがUFOを見た場所だと知ったことがあります。1970年代、ヨコオは精神世界に入り込むのですが、実に反省と内省とから活力を得る、ヨガ的な人だなあ、と。冥想をしていた人でもあります。

●9/06 この夏は、スズメバチの営巣を契機に、たくさんの生き物と共にいる、ということを考えさせられています。昨日はアワダチソウのリースを作りながら蚊に悩まされておりましたが、顔のほか体中を刺されているうちに、女性の少なからざる方々が田舎や自然をきらい(あえて敬遠としときます)都会志向になるのをもっとわかってあげたい気がしてきました。水洗トイレがあり、エアコンの効いた部屋で、冷たいものをいただき歓談する、もちろんしゃれた衣装で。こちらはその逆の世界ですもんね。蚊や獣などに襲われる不快や危険は現場で個別に回避するのか、それとも住環境をうんと離れた快適な場所にして、いいときだけ田舎や自然に行くのか…。どう考えてもいいときだけお邪魔するのが理にかなっている。でもねえ、ケースバイケースで回避措置をとらなかった当方が今回は軽はずみだったのは事実であり、蚊の中に入らなかったら野の花リースはできなかったわけでして…、とまたもや歯切れの悪い話で終わります。
■9/04 夜になって、雷雨。しめしめ、これで天気が変わる。(~o~)
■9/02 秋の野の花が咲き乱れています・。そこに、ススキなども。今週末の土曜日は、これらの野の花を大き目のリースに活けて、早めの秋祭りをしようと思います。幸か不幸か、スズメバチがいなくなったので好都合でもあります。
■8/30 ひそかに「わたしのファーブル先生」と仰ぐ養蜂家Sさん。小屋でT先生と歓談の折、我を捨てた先にある観察眼の話になりました。その時に、まず最初に思い浮かんだ人でした。いろいろな事例、日々の経験の中から帰納法的に法則を発見する人が、実は、名人といわれる人だと言えます。わたしのような凡人は、それがなかなかできない。「ほら、そこに」とヒントを丁寧に教えられてもそれでも見つけることができない…。そんな状況に近づける第一歩は、思い込みを大胆に振り払った「集中」「没我」だというなら、それに対して凡人はどうすればいいのか…。ここのところの議論は、とてもむずかしいようだ。ヒントあるいはエネルギーを受け入れる「すきま」を人は、森羅万象にひれ伏すような敬虔な姿勢が可能にするのではないか、というのがここのところいただいた意見の中核。自然に覚える祈り、そして帰依。そのステージになって初めて、光が差し込むように気づきが起こるのではないか…。なるほど…。ハチクマとスズメバチのエピソードにも、それに近いものがあると思われるのですが、全貌は依然として不明のまま。
■8/29 鳥に詳しい人たちの見立てだと、小屋のスズメバチの巣を落としたのは、タカの仲間の「ハチクマ」ではないかと言います。先日TVでも紹介されていたスズメバチを襲う猛禽類。そこにアライグマも絡んだとすると、食の連環の妙が倍化されます。
■8/25 先日樽前山に行きたいと言う軽い衝動を実現した。樽前山にパワーを感じるのである。それが上の写真。思えば、鹿児島のパワースポット霧島と、形もサイズも火山レキの形もとても似ていた。
■8/24 地域SNSのフォーラムを終えましたが、人とつながるという当たり前のことができにくくなって、その分をネットが補完しているという再認識をしました。ある課題に集うつながりをテーマコミュニティと呼ぶとすれば、地域SNS「どっとねっと」は
まさにそれ。実験サイトの意味は一向にに消えない、と痛感。関心のある方はこちらへ。
■8/22 先日の日曜日、小屋に行くとスズメバチの巣が壊されていてハチたちは殺気立っていた。長老に「(そのままでよかったのに)退治してくれたの?」と聞くと、「そんな危ないことはしなお」と一笑された。タカが襲うことがあるらしい。そういえば、巣のかけら以外、本体がない。自然の連鎖をまた目のあたりにする。
■8/17 夏風邪6日目。だるさ、痛さに身を任せている間に、体は眠り、元気が湧いてきました。風邪の効用に感謝。風邪は予定をすべてキャンセルしてくれることがあります。その威力!
■8/17 こころの森フォーラムを年内もう一度というリクエストがあり、動き始めました。それを機会にページを起こしました。
■8/16
人と林がもっと近くなるためには、林をもっと情緒的に表現するのが近道だ、という思いを、手をかえ品をかえ試してみたいと思っている。昨年の市民アンケートを元に一歩踏む出すツアーに出ました。
■8/13
 まったく山登りをやめてしまったのだけど、昨夜は胆振(いぶり)管内に縁のある山の先輩数名と楽しく一献してあげくご馳走になってしまいました。と、今日はOBの会報が届き、訃報や弔辞と並んで懐かしい近況報告が見えます。クラブができて50年以上経ちますが、おもえば自分たちの年代は遭難ばっかり続いて反省と議論ばっかりしていました。訓練しても小さなミスは頻発し不測の事態もショッチュウだった。小屋暮らしも入れると年間100から150日を山で暮らしたあの時代をくぐって、少しはバランスのある自然観はできたのだろう、とは思う。一方、議論ばかりしていたあの頃の交友が今少し太くなり共感のあるものに脱皮している観もある。時間を経てみると、当時議論した、コトの真実なんてアヤシイモノダと思う。愚直に、流され、時には抗いつつ、その日その日を積極的に生きるのみだ。
■8/10 設立準備中のNPOのページを作りました。フォーラムの案内と、「そもそも苫東環境コモンズとはなにか」を簡単に示したもの。しかし一般モニターの家内は、「内容がむずかしい」と。(笑い 改善にはちょっと時間が要りますね。
■8/9 1ヶ月ぶりにフットパスを刈り払った。ベランダのスズメバチの巣は大きく成長してきた。こちらは借家人のようにそっと小屋に入り、ハチたちが落としてよこす数多のゴミを掃除。巣作りの間はこれで行こう。霜が降りるまでか。
■8/5 いよいよ、NPOは前半のヤマ場が到来。今日は、環境コモンズのフォーラムの広報に市のTさんを訪問。Tさんは記者クラブに話を通してくれており、4紙の記者にお話しする機会をいただいたばかりかとても好意的に取材してもらった。感謝。ついで午後一番に苫東の会社を訪問して一時過ぎからの勉強会でパワーポイントを使って一時間スピーチ。自治体の関係者もおいでになっていたので、とても幸運。これにも感謝。
■8/2
苫東環境コモンズの概念を初めて大勢の前で披露。40分で50枚以上のスライドをパワーポイントで話したのはちょっと欲張りでしたが、これで感触がついた感じ。それにしても、プレゼンが下手だなあと痛感します。要点は手短にずしんといかねば。研究会のテーマからして、恐らく、畑違いの方々が多い中、勇払原野の名前に惹かれておいでになった方も数人。名刺交換したら、思い出の光景を共有していました。プレゼン翌日の8/1はフィールドを案内
■7/26 いやはや、小屋には実に色々な生き物がいる。里山の生物多様性はしかし、あまりではないか。定点で日常的に感じる生き物の存在。そこにいるぽつんといる自分…。遠くではアオバトが鳴いていたようだ。
■7/25 今週は社会関係資本social capital と呼ばれる事例調査で西興部村と幌延町を訪問しました。要するにコミュニティの元気の元探し、というわけですが、具体はその陰で支えているだろう女性のネットワーク。西興部でまず女性中心の4グループ10人。女性の思考回路の柔軟さをとくと学びました。そして本音の使い方。参りました。本音は継続のもと、かも。
■7/20 明日21日から西興部と幌延に出かけます。仕事ではありますけれど、セッティングの労はボランティアの方々のような感じで進めて頂きました。出会いの妙、日常の中の宝、…、出口のまだ見えない旅に行ってきます。
■7/19 米寿を迎えた義母のお祝いに、昨夕、雨の中朝里川温泉へ。米寿の母を筆頭に、若い方は中二の孫娘まで。3家族十数人。母から見た孫という若い世代が、(わたしを含む中高年を建前上たてながら、米寿の母を頂点にピラミッドを形成する感覚は悪くないです。これがしっかりしていれば、社会の軸は定まるんだなあ、とふと思いました。「立派な大人になったねえ」「良い娘になったねえ」「すっかり美しくなって」とまばゆいメッセージの久久の大盤振る舞い。こんなことは滅多にない。さすがにこの日はいい面ばかり見せながら、子等はすこし胸が膨らんだだろうか…。

■7/18 昨夜はNPOサポートセンターで定款などの相談。設立趣旨書というのを先日の休みの日からちょこちょこと書いていましたが、これがまた、来し方と地域での身のおき方など、一切合財を総合的に組みなおす実に微妙な時間であることを発見。つまり、オヌシはこれからこの地域にどう関わっていこうとするんじゃ?と氏神様に問い詰められているような状況なのです。(-_-;) まさにそうなんだよなあ、とこちらもあくまで謙虚に、ステップ・バイ・ステップ。
■7/12 ハスカップ採りのあと、先日まであるNPOの理事長をしていたOさんと小屋へ。「NPOで皆で力をあわせるには、役職を一杯つけたらいいよ」。そうだよなあ、自分だって任せられると張り切ったもんなあ、とあらためて合点。古希を超えた方の、穏やかな語りには、特別の重みを感じます。ありがたさに近いような。
■7/09 最近、コミュニティFMのことを、正直見直しています。あの、元NHKの木村太郎氏も鎌倉かどっかで入れ込んでいるのを聞くと、やはり、大きなパワーとは違う力というか、「能力」が随分凄いんだなあ、と。そう思わせるのは、長崎の「まつを」大兄であり、札幌では「おーちゃん」が身近でした。グローバルとは背中合わせの、この時間。
■7/05 木曜日から、早い夏休みを利用して鹿児島は霧島の桜ヶ丘病院で行われた森林療法の準備作業と検討会に参加することができました。正味一日半とはいえ濃密なお付き合いを得て、なんとなく霧島の「人」と「風土」を心身の全感覚で感じ取り深い感銘を受けました。思えば不思議なご縁というほかありません。多謝、合掌。
■7/01 雑用で押しつぶされそうになりますが、しっかりと森と川を見つめることは止めないでおこう。
■6/28 午後、登別のふぉれすと鉱山で活躍するNPOの事務局長Yさんにお会いしました。新しいタイプのパブリックが社会のすき間を埋めて行くという流れは確かに各地にありますけれど、ここのオジサンチームなど関係者のミッション感覚はどうも一歩ぬきんでた感じ。すべて奉仕でいく、気持ちの上での需給。みかえり。地域が生き生きする時代への大事なヒントが、あの、懐かしい鉱山跡には。
■6/27 イコロの森で勇払原野と水を語るシンポにパネリスト。イングリッシュガーデンを歩いてから苫東でフットパスの刈り払い。暑い!!!先輩のYさんに薪割り片づけをフィニッシュしていただいた。感謝!まずめ時の林道は「美」。

■6/25 地域づくりと社会関係資本を考える研究会の今年2回目。札大のS教授の膨大な資料を基にして、シェルのグローバルシナリオからある自治体の社会福祉協議会、そして日ハムの戦略などまで。ある目的をもった議論とそれによって深まって行く視点。その行き先に少し希望を持った日。雨の天気がうって変わって夏日に。
■6/20 今日の天気予報は大きく外れ、北大研究林はほぼ終日雨。フォーラム決行を決めた6時過ぎには軽い霧雨でしたのに、オープンの10時には「雨」。芝生会場が使えずやむなく歩いて15分のあずまやへ。そこで、「樹林気功」と午後は「森林アートセラピー」を敢行。気功の小山内さん、セラピストの西川さん、お二人とも機転を働かせて雨を気にしない方法へ。ズシリと手ごたえある野外フォーラムに仕立てあがりました。
■6/19 明日の「こころの森フォーラム」の講師・西川直子さんを空港でお迎えし、会場になる北大研究林を案内しました。で、その後、展望台や支笏湖に行ってみて、あまりのヒサビサぶりに土地勘が大分迷走していることを痛感。圧巻は夕食時の会話。結論だけ言えば、西川さんはわたしが求めていた林と人をつなぐツールを、しっかりとお持ちでした。そしてプレゼンも英国の訓練の賜物かと思わせる魅了さ。ふー、今宵は勉強になりました。これからもっともっと羽ばたいてもらいたいおひとりです。
■6/17 月曜から、阿寒の前田一歩園訪問する好機を得て、森林の保全、経営の理念・現状などまで真摯に深く勉強してきました。理事長そして精鋭スタッフとの森を挟んだ往来は、幸運の一言に尽きました。ミッション、それから人。刮目の日なり。
■6/14 夜から雨。たくさんの予定も足踏みになります。が、これは骨休めせよとの天の声也、と甘えて、出かけるのを伸ばすことに。この切り替えでほっとします。6/12は札学院大学のコミュニティカレッジで二時間、林と小径づくりのオルタナティブをお話ししました。スピリチャルな部分もちょっと絡めて様子をみながらややスリリングな試みでしたが、林との付き合いはもっともっと情緒的でいいんだ、というメッセージは届いたかどうか。イヤシロチをご存知のかたはほとんどいらっしゃらなかった。6/13は午後、道内のNPOの方々約30人とのWG。職場の公益事業の一環でもある地域SNSの実力を10分あまり紹介。時間がないので飛ばしているうちに肝心のこと、つまり参加者の平均年齢が50以上、というところを言い忘れた。肚が座っておらず未熟だなあ、と痛感&後悔。
*追伸:8月、地域SNS「どっとねっと」のフォーラムを開催します。関心のあるかた、お申し込みを。
■6/10 一種の遠隔通勤をしてる間に、「地元」のネットワークは虚ろになったなあ、という実感がずーっと。でも、そう反省してから、いろいろな方に会うように心がけていたら、会うわ会うわ、要するにこちらの心構え次第だったと猛省。そして「地元」という感覚もリニューアルせねば。もはや、自治体の境界内で動く時代ではないのは自明なわけで。
■6/10 小屋の日誌をベランダにおく様にしてから、いろいろな方の足取りがつぶさに。これからは秋まで刈り払いは欠かせず、直接お会いすることも多いはず。
■6/07 予定表をみると、どんどん、色々な予定が入ってきて、とても庭づくりに精を出す時間はないなあ、と思い始めました。近年の特長は、仕事ともプライベートともつかないけれど、結局仕事と密接につながること。ネットワークが混然と繋がっているからでしょうか。昨日は、川仙人さんがフライに誘ってくれたので、雨もものかわ、数時間の遡行をして、副業としてタケノコをゲット。こうして、花鳥風月のアンテナを育むのであります。
 それにしても、今年のセミの量は凄い。雑木林の小屋のベランダに立つと圧倒される音量。是非、試してみられたらどうでしょう。マガンの渡りとも匹敵する音のスペクタクルと輪廻転生。確か前回は7,8年前。
■6/02 取り組みには、横ばい状態もあれば盛り下がることもあり、またまた、いくつかのネットワークが突然繋がり血流が起こる、ということもあります。6月頭の今日日、そんな具合でした。思い起こせば1年前もそんな状態で、その後、実にスムーズな展開でした。多謝、合掌。
■5/31 草も笹もやや伸びたので、雨とはいえ一応でかけてみたものの、なんと、ブッシュカッターのエンジンがかからない。これ幸いと、雨に濡れてビューティフルな新緑にこちらがとっぷりと、ただただ包まれる。昨日は珍しいお客様がおいでになっていたことを、小屋の日誌「雑木帳」で発見。welcome !&残念。(^_^;)
■5/31 森のNPOの総会のあと、新進気鋭の、森の写真家小寺卓也氏の写真付き講演。森に生まれ死ぬ命をファインダーで出会った変遷を自然体で語りました。平易な言葉で自然を語るのは難しいのにそれをすーっとやりぬける力はさすがです。
■5/29 夜の研究会のあと、フットパスの会合で南3条まで。そこで、アイデアグッズであるフットパスの杖
「アルカサルの製作者・益子さんご夫妻とお会いする。胴元の小川さん、産婦人科医のKさん、スポーツ医学のNさん、最後は呼吸の話に花が咲いて最終電車に。
■5/24 手稲さと川探検隊の子供と大人が来訪しました。折もおり、セミの大発生を予測される抜け殻が多く、アマガエルが随所にいる。今年一番のビューティフル雑木林、しかもダニはゼロ。
■5/22 車椅子の方々とつた森山林でお会いする。ボードウォークを取り込んでみんなの森のフィールドをどう築いて行くか。明るい課題が一杯ですが、そこは人繋がりでなんとかいけそうなのがいいところ。凶悪犯罪の反対にある善意の世界。
■5/20 職場の若いスタッフを柏原フットパスなどに案内。しばし沈黙の風もありましたが、感想は聞き漏らしました。初めて食したコシアブラの天ぷらはすごく美味しかった、とこっちの感想は翌朝聞きました。「ね、やっぱり。」
■5/17 柏原フットパスを歩いてみる。やはり、勇払原野のスピリットが濃厚に伝わってくる。
■5/16 今年も勇払原野からシドケとコシアブラをいただいた。特にコシアブラは樹木の芽をもらうから、採りすぎないよう、詫びながら収穫。合掌の思いで。
■5/14 チューリップと雑木林はとてもよく似合います。早春の、どことなく寂しく見える風景に、原色のチューリップが映える、というそのことのほかに、わたしは役割の交代のような互譲精神も見ます。
■5/14 2日前の5/12に、岩波新書「森の力」を書いた浜田久美子さんが来訪。日ごろのテーマにしている部分に重なる部分も多く、喜んで案内。あいにくの英国風天候(早い話が降ったりやんだり)も楽しみながら、小屋では遅い昼食をはさんで歓談。
■5/10 小屋の薪はほぼ片付きました。いや、片付けていただきました(笑い ボランティアのMさん、Yさんという、わたしより先輩の方々の応援の賜物。床下をみると、これは珍しい!「ヘビの抜け殻」。小屋の主の彼(彼女?)のものに違いない。いつ脱いだのだろう。先週は気づかなかった。生き物たちのなか、という実感。
■5/9 帰宅時のJRの車窓から、闇に包まれ始める植苗の牧場の空にかかる満月をほれぼれと眺めました。と、勇払川に差し掛かったとき、橋の下の川面に見覚えのある姿、アオサギ。孤高の狩人。もうほぼ真っ暗ななかで、鬼気せまる一瞬の光景を見つけました。残像として脳に焼きついたあの姿はまさに、湖のまずめ時、フライを凝視していた自分と重なります。あの、いわゆる自然との一体感…。自分はただの動物なんだと思う感覚…。あの頃は、釣れました。
■5/8 社会人3年目の娘が連休に数日帰省しました。華やいだ都会で、華やかで不規則な生活を強いられている娘を母親は始終心配しています。わたしは娘が地方でのもっとスローな暮らしたいと決意し実行するのは本当に体調を崩すときだろうか、などと残酷なことを、空港に送りながら考えました。しかし、どこで住むかはともかくそこを乗り切って欲しい…。これは親心。
■5/4 やはり午前は庭仕事で小さな芝を張り替えた。午後、久久の支笏湖へ。石に乗ってロッドを振るフライは腰に悪すぎるので歩くルアーに切り替えた。早春の風土のにおいは濃厚だけど、いつもどおり、生き物の気配はのぞかせてくれなかった。
■5/3 昨日は、一日いっぱい、ガーデナー。メインは、昨秋根回しした庭のハルニレの移植。幸い細い根がたくさん出ていて成功する可能性に、、、やや、自信。そして、柏原のフットパス。ルートマップを作るために今年3回目の踏査。うーん、早春の感動。勇払原野のスピリットが漂います。
■5/2 「こころの森フォーラム2009」の案内のちらしをアップ。昨年11月に続く2回目は「樹林気功」と「森林アートセラピー」です。樹林気功の小山内さんは、林の気と自分をつなぐ名講師。アートセラピーの西川さんのお話は先月、京都の日本森林学会で内容をお聞きしましたが、たくさんのヒントが浮かびました。希望者が多くなりそう。このフォーラムを苫小牧で静かに開いて行くことにどういうねらいと意味があるのか、これままたの機会に。
■5/2 故あってほぼ独りで進めてきた森づくりの活動を、これからはパートナーを求めて動くことになりそう。ネットワークを掘り出し着々と輪が広がっていますが、思い起こせばそう心がけた途端、どんどんつながっていく進展の様子には驚愕。つまり、いままで、つながるための触手を自分が出していなかったのではないか、と。(-_-;)

■4/29 釧路公立大の小磯学長を苫東とわが雑木林のフィールドなどに案内。苫東環境コモンズというNPOの設立を準備している当方の、理論的精神的な支援者です。ちょうど、コモンズの先駆「遠浅樹林地」で、Aさんと偶然お会いでき朗報を聞けたのもラッキーでした。いい日和、ご訪問いただけたことはなにより幸運。風土がとりわけ輝いて見えます。
■4/27 今日は連休にあやかった休暇。気になっていた青年寄宿舎の日誌をまとめて
ホームページにアップしました。そう、精神統一をして一気呵成に進めないと間違いそうなんです(笑い)。原稿用紙5,000枚の膨大な日誌。よくもまあ、書き起こしをしましたね。奉仕のOB諸氏、お疲れ様でした。歴史年表(虫食いだけど)と照らすと昔日の感あり。昔、北大生は手稲あたりでウサギ狩りをしており、ウサギや鶏も自らさばいていました。さて、これを本にして世に出す作業が残っています。フーッ
■4/25 済んだ仕事の精算と、来るべき季節への備えとして薪の片付けはあります。作業といえば、まさにそうですが、それが達成感をともなう「悦働」であることは、知る人ぞ知る世界。あなたも、とお誘いしたい早春の山仕事。
■4/25 21世紀、時代のキーワードは「つながり」「つながる」ではないかと感じています。人が、他人、コミュニティ、社会、そして風土と本当につながる。そのベースには、人自身が、自らとつながるという、手強い所業もあったり。特になにがあったわけでもなく、ずしんと響くただの日常感覚、でした。(^J^)
■4/18 わたしが敬愛する「札幌ウッディーズ」の面々17人が、見学に来られました。間伐ボランティアのさきがけとして今や北海道を代表するグループ。フットパスを案内してから昼食、そして北大研究林へ。
■4/18 北海道のネーチャーマガジン「モーリー」に掲載された二つのレポートを、編集局の了解を得てアップしました。ひとつは、vol15の「林の手入れで気づくもうひとつの森の恵み」(2006)、もうひとつは昨年末vol19の「里山とフラジリティ」(2008)。特に後者はつた森山林が「北海道の里山特集」の本郷の表紙画像に使われた記念すべき掲載でした。
■4/18 先日から、関与するITのネットで個人同士のトラブルが発生し神経の疲れるフォローを。病理、悪意…が頭をよぎりますが、ノロマで後手後手の、相手にとうとう舐められるような対応に終始しました。なんとか、コミュニティで正常な人の心に戻れないか、と協力してくれたメンバーもいてくれましたが、展開は平行線で、結局選ばざるを得なかった選択は「強制退会」。しかし、迅速な攻めより愚直なケアのこころをやはり方法として選びたい…。ITは掃き溜めになる可能性がある…。
■4/17 am5:00 気温1度、快晴。生まれたばかりの赤みを帯びた朝の光線。浄化という言葉がふさわしいようなシャワーです。邪念をひとまず吹き払って、今日も、という気になります。

■4/12 定例の作業日の昨日は、早春の至福を絵に書いたような日和でした。そこへ、山の先輩Yさんが手伝いに来てくれて、歓談と山仕事。かつてはアルピニストのはしくれであった同士が、いまはこうしてウラヤマニストのようにして出会う。それもどこかとっても似つかわしいように見えます。時は春、・・・・そう、ヒバリは6日頃に聞こえたようです。
■4/8 通勤の車窓の風景が美しくて、密かに命名しているのが「リゾート通勤」。本など読むのはやめて日々変化する植苗あたりの牧場の景色を眺めるのです。明日は苫小牧青年会議所が主催する観光のパネルに呼ばれているので、雑木林を含むB級自然の面白さをお話しする予定。それにしても、植苗の魅力はつくづく高いと思うのです。そもそも勇払原野がそうなのですね。
■4/6 昨日の話の続編。おふたりは苫小牧の白老よりにある錦大沼が、とても好きだといいます。病との付き合いのなか、あるいは弱った心の時にシバシバ訪れたと。
わたしはといえば、あの広々とした風貌の樽前山という山が、とても見飽きない霊山だと思うのですね。と、出てきた話が「風水」。樽前山を背負って海に開けるロケーションが、風水にもかなった落ち着く場所なんだ…

■4/5 枝拾いの作業のあと、精神科医のT先生とお客様のNさんとで冥想テラスに椅子を置いて歓談。「早春の雑木林は今が旬」としみじみ。しかし、新緑まで50日かかる。この間は、もっとつきあえ、という風土サイン。
■4/4 気持ちのいい日の連続。生まれたばかりの朝日を浴びることの幸せを味わっています。今日と明日は、病気とつきあっている方と林の手入れ。春一番の仕事は冬の間に落ちた枝を、林道とフットパスで拾うこと。楽しい仕事なのです、これが。(^_^)v
■3/31 おお、明日からは年度が替わります。が、年度って事務であり魂は動きませんね。…といっていたら、転勤、転職、定年、退職も一杯。
■3/30 去る3/27に京都大学で開催された森林学会で、当研究室のささやかな試論を述べた後、伊勢を再訪。前回は駆け足だったけれど、朝まだきの、モヤに煙る誰もいない内宮だったので、大混雑との今回とはかなりの印象の開きがあります。しかし、雑踏の中の孤独を維持すればそれも気になりません。今回は、薦められて月夜見宮を訪れてみました。パワースポットでした。

■3/26 緑化木の剪定でいらなくなったというサクラの枝先をもらって先週活けたサクラが、昨日の朝、八部咲きになりました。朝まだきの光の中で、その淡い、上品な色に見惚れます。↑

■3/25 昨年からコツコツと動き始めた環境保全の法人組織の第2のハードルを通過。通過はしたものの、目の前には新しい次の壁。今度は別の手強さ。ううむ、と唸ってしまいますが、今年はじっくり仲間を探しながら気楽を装って行こうと思います。
■3/21 夕べは約1時間、寒風のウトナイ湖に立ってマガンを見ていました。手も体も冷え切っているのに、次から次へとほそぼそと戻ってくるマガンたちは見飽きない。結局、ピーク時刻は18:15ころ。今日は、春の陽射しのなかで、気持ちのよい山仕事。手伝いの方がいると後片付けが全く違う。手入れは片付けなり。
■3/20 先週イタヤカエデのシロップをいただいたのは季節を橋渡しする「春の儀式」「祭り」。暦は今日がその彼岸。昨日からママチャリ通勤を開始、みると自宅の庭の雪はきえました。日本海ではサケの稚魚が海に降りる頃。マガンたちは今ウトナイを根城に胆振に集結している。今日はその大パノラマをデジカメの動画に写し撮ろう。
物置の掃除なども。春は気分だけでも多忙です。
■3/14 札幌から、この微妙な季節にカエデの樹液の恵みを体験しようと20人ほどが訪問。昨年の逸品シロップ「勇払原野のspirit」(雑木林だよりの3/27,4/5,4/18)もシェフ青池のホットケーキなどでご披露。午後、面々が初めて訪れる研究林では小鳥・マガモと濃密な出会い。子らの目には、何が残ったでしょう。おじさん、おばさん、青年らみんなはどんな印象をもったでしょう。「つかの間」よりはやや長い、"ゆったり高速”の休日だったのでは(^_^;)

■3/12 ヒサビサに地元で懐かしい人たちに仕事関係でお会いできました。畑違いの仕事を10年もしているとなかなかそんな機会もないものですが、このところ省力化の相乗りができた。で、なんというか、この土地とよつに組んだ人特有の熱いもの、それを淡々とした語りの中に感じます。ディテールに生きている人だけに通じる串みたいなもの。そうして生きることにとてつもない意味があるのに、今、それがうまく表現されていない。串、それは世間のお返しみたいなもの、奉仕、かもしれません。
■3/9 「林のレポート」に
喜怒哀楽でつながる林の報告を挙げました。正式なタイトルは、「身近な林の印象表現に関するアンケート調査結果」。昨年11月末の「こころの森フォーラム」の際にいただいたアンケートをまとめたものです。人はかくも情緒的に林をとらえるのか、そして豊かなボキャブラリー。この結果をみながら、わたしたちはもしかすると情緒で林や自然を見る感性が何らかの理由で封印させられているのではないか、と思うほどです。
■3/8 季節の付き合い方がかわってきており、近年は、自覚的に、かつ積極的に季節の前後左右に気を配りたくなってきました。左右というのは変だけど、付随する逸話、例えば、ホッキやフキノトウなどすべて。土地と季節、つまり風土と何らかのかたちでつながっている、という実感は内側に「気」をもたらす…。そのためには、…さまざまな儀式があります。
■3/6 ↓の2/27に北大の観光創造フォーラムのアウトラインを書いてみましたが、さらに基調講演O教授のメモをもう
一度文章に再現してみました。それほど、記録しておきたいものだった、と言うことになりますが、旅の動機と土地の精。ここは押さえておきたい…。
■3/3 北海道の地域おこしを考えるSNS実験サイト「どっとねっと」が3/3 am3:00 新バージョンに移行しました。アクティブに書き込むライターはわたしを含めて平均年齢は恐らく56歳あたり。一説では「知のコモンズ」とも言われ始めたこの社会実験へのご参加は大歓迎です。
■2/28 冬は終わった、と陽射しに感じます。U病院の新しいゾーンへ作業地を移動。もう体力がないのか、雪に足を取られての作業は、こたえます。
■2/27 北海道大学の観光創造フォーラムに参加しました。退官する大平教授が最終講義「ラフカディオ・ハーンにおける旅と創造」で旅の動機は土地の精霊とつながることだと言及しました。題からしてワクワクしますね。これは年末に発刊した共著「生活見直し型観光…」でわたしが遠慮がちに書いた「土地の風土との霊的なまじわり」と底通する論旨であり、実は小躍りしました。観光を深掘りしていくとそのあたりにつくというのは身の回りではほとんど相手にされない話だったので、安心もしました。緊張感があり密度の濃いディスカッションを、参加していた九州大学の教授は知のバトルと表現。北海道の観光創造を考える「知のコモンズ」ができつつあるという予感も。ゲニウス・ロキ(土地の魂)がまったく顧慮されない、というのが北海道的特徴なのかも。これでは異端児になるわけです(笑い) 旅を存在から解き起こす、そこにも創造的スピリットはあると痛感しました。
■2/26 昨年秋の欧州ツアーの思い出をネットワークに提出。題はと考えると、ここは素直に森林で健康になるという概念の先、感性をとりあげたくて「森林感性」という造語を上げてみました。森林では行動的冥想のような状態になって、心はニュートラルになる、そこへ「ひらめき」が訪れる…。どうです?かなり深遠じゃないですか?
■2/22大雪のため、どこへも出かけない週末。雪かき以外はパジャマ、みたいな。これって、北国の風土特有ですけど今の時代、特権だといって安穏と暮らせない、そこが問題と言えます。酷寒はしのげますが年数回の「多雪」は、交通も麻痺するのだから、「一年を考えるオリジナル休日」みたいな休暇制度を考案して欲しいところ。

■2/21 先週帰省した時の日記を「雑木林だより53」に書きながら、これまであまり考えたことのない郷里というものの潜在意識に気づきました。なにか、氷が解けるような快感があります。記憶の中で、郷里というのはどこかわだかまりと屈折があるのでしょうか。度重なる風土との出会いともいえるのですが、どうもうまく表現することができません。
■2/21 ドロシー・マクレーンの『樹木たちはこう語る』(call of the trees)とハワイ・ヒューレン博士の『ホ・オポノポノ』をほぼ同時に読みました。前者は、スコットランドの聖地フィンドホーンでさまざまな奇跡を表した創設者が、さまざまな樹木たちから受け取ったメッセージを綴ったもの。後者は、過去の記憶をゼロにしてあらゆる問題を解決して行くハワイの癒やしの秘法を紹介。いずれも平易な言葉で書かれていますが、なかなかイメージするのは容易ではありません。、ま、波長で理解、ですか(笑い) 自分と向き合いより高次の自分と出会ってインスピレーションを受け取るそのモトは、冥想的な一人の時間かと想像します。人はみな自らの中に、ぶれない良心のような羅針盤をもっていて、こころがけによって、樹木や草花だけでなく森羅万象と語り合うことができる、という可能性もにおって来ます。恐らく、誰も言わないけれど、いるはず。すでに、周囲の総ては人にメッセージを出し続けているというアフォーダンスの考え方も、この本たちによって、より意味を持って迫ってきました。このブログ↑の筆者は、こう言っています。
「個々人によって無限に存在するというのは、もともとあったアフォードを知覚者が経験によってピックアップするかしないかの違いなのである。」…
これを樹木や動物に置き換えてみると、俄然、ネーチャーというものが変わって見えてきます。メッセージは既に出ている、あなたに聞こえないだけだ…。

■2/18地域SNS「どっとねっと」。登録者数500人を前にバージョンアップのためこれまでのバージョンを捨て新規にスタートの予定。バージョンアップを見送っている間に、データ保全が出来ないまでに進んでしまったためですが、これって文明の縮図でした。結果的に、少し不便な今のでもOKという人が、いわば、浮かれない愚直なコミュニケーションをしてきたといえます。自分の住む地域を、地元の人と考える…。意見と情報の交換の間に到達した関係性は、意外と大きなものだったといえそう。出て行く人、入る人、和む人…、結局、静かで建設的に和める人の場になって行きます。
■2/15千歳に帰道したした足で、N町でおこなわれたフットパスのパネルディスカッションへパネリストとして滑り込み、セーフ。パネルの結果は、ひまひとつ、かみ合わないまま終了したような気もする。フットパスの傍系である当方は、主催者が今後の幅広い運動展開と広報に関心が移っているのに、終始、歩く動機にこだわり、最も関心がある歩くメンタリティに戻ってくる。当方にしてみると、そこに触れないとフットパスはただのエキセサイズだ、と言いかねない。結局、主催者も聴衆もあまり関心のないあたりをしゃべったかな、と少しがっかりしておりましたら、若い女性がやってきて自らを紹介し、これまで未解決でしまっていたことがわたしの今日の話でストンと落ちたとおっしゃる。今日、話したかった核心をズバリと射抜いていた。うれしいね、いつも、こういうのって。これだと100人の敵でも恐くないぞ(笑い)
■2/15婚礼のため、郷里へ。濃厚な親類縁者の付き合いはいまだしっかり残っている婚礼はその前後には涙ぐましい段取りがあります。終わって自宅でのふるまい、次第に遠い親戚から暇乞いをして甥や姪などの場へ。「takeおじさん、どうして北海道へへいったの?」「しがらみがつらくてね。でも40歳から帰ってきたくなった」「へええええ!」。こんな一幕もあり。

■2/13山仕事の仲間に通ずる心地よさを考えていたら、それは行動的冥想のつながりではないかという「迷想」に思い当たった。これは立ち止まって考えてもいいかも知れない。
■2/12熱帯雨林などでは20kh以上の周波数の音があり、それらが入り混じるそうだ。ホーミーの真骨頂である倍音もその中に数多含まれるとか。そうか、それならば、もっとホーミーの練習をせねば。2009年はホーミーで林と語る本格的な年にしよう。

■2/7札幌から、市民レベルの森づくり集団「札幌ウッディーズ」のスタッフが応援に来てくれました。腕の鳴る面々が来られるなら折角だからと、U病院のエントランスにある「悪魔の空間」(ツルに絡まれた呻吟の空間)をリクエストしました。で、一時間あまり、女性とわたしを含む4人の、イヤシロチ化作業がはじまり無事、完了。病院の方々は果たしてこの劇的変化に気づいてくれるか、興味深深?森森?津々?心神? 作業後、苫東の雑木林のベランダで焚き火を前に歓談。山仕事をする間に達した感覚には、ものすごい共通点があるのです。森羅万象に対する謙虚さにも瞠目。お互い、山仕事から薫陶を受けてきたのではないか、という気になります。これはいずれじっくり書かせて欲しいな、と思っています。
■NPO設立にむけて勉強を始めました。手始めは手っ取り早く講座を受講。夜学に通うような気分でしたが、勉強になりました。社会のすき間というものを考えております。まぎれもなく、新しいパブリック。限りなく、社会的道楽。いやいや、悦働と呼ぶべきか。2/6
■日曜の昼前、雪原を歩いた後、つた森山林の中を歩く。エゾシカ4、ノスリのようなタカ、アカゲラ、ミヤマカケスと遭遇。大雪だとは思えないが、動物たちはせっせと採餌に懸命な様がわかる。1週間の気分がこれで変わる。なんとなく、ニュートラルになる。ありがたい身近な自然。2/1
■果てがないほど深い雑木林をのぞむ森の部屋に泊まった。樽前山麓といえ、また、まぎれもなく勇払原野の一角。笹がない、若い広葉樹林を評価する価値基準がまだないために、トータルとしてはサロベツやくし路湿原などと違い、いわばB級グルメならぬB級自然として扱われてきたきらいがある勇払原野ですが、表現者が刻々現れており、その担い手の静かなつながりが感じられます。これは地縁であり「知縁」ともいえそう。1/31
■この2月に全国のフットパス協会ができる模様で、その設立シンポが東京・町田で行われるとか。その案内と一緒に、5月から大通りのある大学サテライトで健康とフットパスの連続講義があり、その一こまのオファーがきました。今、フットパスは展開の楽しい時期なので即OKしました。といいつつ、当方は林の小径の自己内観を語るので、そこで受講者があとずさり、…てなことはないようにせねば。サイエンスでないから、と剣呑がる人は3割、面白がる方3割、と見ます。1/28
「こころの森フォーラム」(昨年の11/29)で書いてもらったアンケートを暇を見て少しずつ整理していたところ、先週やっと完成。A3サイズの整理表を見ての先ず野感想、@林はとてもメンタルな部分でしっかり受け止められている、A身近なところに林があれば日本人、北海道人も森に出かけ歩く習慣はあり機会に極端に恵まれていないだけだ、B原生自然重視が徹底しているので人が手を入れところを好まない傾向がある、Cしかし、手入れという微妙なかそけきかかわりの跡について独特(≒里山)な感性がある…。これらはいずれ簡単なレポートにしてアップしたいと思います。できれば、レポートを題材にフォーラムを開きたい気分です、と書いて、そっかあ、次回のなにかのフォーラムで使おう、と思いつきました。1/26
■閉舎した北大の青年寄宿舎の学生の日誌(明治31年〜)編集作業はようやく原稿用紙5000枚(!)のデジタル化がほぼ終了。近々、抄録と解読・解説を織り交ぜた出版物に向けて本格的編集へ入ります。折も折、昨年夏に開いた寄宿舎専用ホームページを契機に全国のOB間の繋がりがやや進んで、昨日、東京のOB会の模様がメールで送られました。こうやって、縦横の糸が探し人を求めるように連なって行く様。これはちょっと圧巻でもあります。1/26

■「欧州の森で健康を考えるツアー」などの報告会が土曜の夕方、札幌駅前で。さらに9時半から苫小牧で地元の賢人との新年会。風邪は徐々に悪化してきていたが、前向きな肩のこらない新春放談は爽快感をがあり疲れはあまり出ない。いくつかのアイデアも出された。症状をおしてでも出かけたい、という変わった夜だった。1/25
■風邪にて早退。JRの通勤中かどこか、いつのまにかもらっただろうこの症状、2年ぶりではないか。休めない週末なので大事をとった。で、風邪は、体の変化をみる観察場。お、鼻の粘膜が痛み始めた、今度はのどに来た、段々気管支に移って来た、と症状とだるさを観察しながら打っちゃる。野口晴哉はその養生訓で、風邪は体のアンバランスを精算するというような意味を語っています。つまり、風邪を突き抜けると新しい健康がある…。これは実感されます。おお、風邪。(笑い)1/23
■週一回はやはりホームグラウンドの雑木林で゙過ごさないと情緒が安定しない、と思いたい、だからどうしても行かねばならない…。思えばホームグラウンドは今季、初めてだった。こんなことは本当に珍しい。で、行ってよかった。やはり、小鳥が大盤振る舞いで出てきてくれ、当然ながら獣の足跡もびっしり。それらをスキーをはいて徘徊しながら見て歩いた。1/18
■すすめられ、映画「おくりびと」をみましたが、ハンカチはしとど、涙に濡れました。悲しいのではなく、人間の死そのもののひきこもごもと、旅立ちに泣くのです。参りました。郷里の山形がロケ地であったことも涙を倍化させたかもしれませんね。古代、人は、言葉を伝える前に石を選んで渡し、相手に思いを伝えたという石文なるもの、唸ります。その筋では、川原の石などは拾うものではないという方もおいででした。新しい意味を知りました。重く、力のある、美しい映画でした。流れる涙の意味が、今までとはちょっと違う。それがなにか、不明なり。1/17
■通勤時に五木寛之の「人間の覚悟」(新潮新書)を少しずつ読んでいます。おいしいものはゆっくり味わうというスタイルです。で、ですね、目次では章のタイトルにアフォリズムがくっついています。これ、欝で悩み続けた氏の、仏教の遍歴ともかさなって今風でわかりやすい言葉で埋められているのが目を引きました。
コメントなしで以下、写しましょう。気分は写経です(^_^;)
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第1章 時代を見すえる
時代は地獄に近づいている。資本主義が断末魔の叫びをあげ、あらゆることが下降して行く中、「命の実感」が薄らいでいる。
第2章 人生は憂鬱である
どこの国でも、いつの時代であっても、だれの内にも棲みつづけているもの。人が生まれながらに抱えた「悲苦」を見つめなおす。
第3章 下山の哲学を持つ
権利とは、何かを保障されることではない。安心・安全はありえない。下り行く現代、自分を見つめる「哲学」が必要ではないか。
第4章 日本人に洋魂は持てない
神はあるのか。罪とはなにか…。その答えは、洋の東西で根本的にちがう。21世紀にこそ活かされるべき日本人の心性とは。
第5章 他力の風にまかせること
人間は、生と死の間で引き裂かれた存在である。不条理で、ままならない日々を生きるために、「他力」という意味を知る。
第6章 老いとは成熟である
アンチ・エイジングはあり得ない。だが、老いることは人間が成熟して行く過程なのだ。「玄なる世界」で豊かに変わる関係性を知る。
第7章 人間の覚悟
いかに生きるか、ではなく、生きて在ること。そのことにこそ価値がある。その思いが、わたしたちの唯一にして不滅の光明である。
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以上で写経オワリ m(__)m  1/12

■金曜日の夜から、「歓喜の歌」「クライマーズ・ハイ」と2本の映画(DVD)をみました。邦画にこんなものがあったのか、と己の無知加減にがっくり。眠った感性がゆすぶられるように、随分、目から液体がでました。一方で、地域SNSの位置づけがぐんとフォーカスを受けています。ブログ「北の心の開拓記」をアップしているこままささんは「どっとねっと」は集合知を形成できるのでは、とおっしゃる。地域SNSが社会関係資本を地域で豊かにできると実体験のなかでおっしゃるかたもおいでになります。やはり、社会実験として動いて行く意味は十分あるなあ、と。登録はこちらからお気軽にどうぞ。1/11
■新年明けましておめでとうございます。今年も、足元の雑木林から発信します。1/1