林でつながる人びと
NO.42
2007/03/04〜

今年に入ってから、わたしと同じように林の手入れをする方々と
思いがけないつながりが生まれた。拙著「林とこころ」も
その仲立ちをしていた。それもこれも、胸がふくらむできごと。
胸が膨らむ、ということは人をとても積極的にする。かの、中村天風は
人はせっかく生まれたのだからそれだけでも積極的でいなければ、と教える。
簡単なことのようだが、とても大事なことだ。
積極的に生き、よい言葉で発想する。そして人も林もイヤシロチへ。





しらかばの樹液を飲む

樹高20M近い大木だった

病院前の林の雰囲気

小屋の冥想テラス。いい感じだった

初緑(しょりょく的感動&ウグイス 428日(土)はれ 風あり 16

連休の初日。まずU病院の林へ直行。午前中、これまで切り残して準備してきた風倒木を片付けに着手。太いので気をつけながら、一本一本。最後に白樺を倒したとき、まだ切り込みが半ばなのにポタポタと樹液が笹に落ち始めた。かなり早い反応だった。わたしは手のひらにそれをためて二口三口飲んでみた。やはり、甘みとはちょっと違うさわやかな香りがある。風で倒れて2、3年、周りの木々にも迷惑というか凭れかけのプレッシャーをかけ倒れかけたままだった木々らに同情もしつつ、ねぎらいの気分がわく。

がけの向こう側の風景画見えるように、潅木を抜き切りしておいた。あと、もう少し、こういう作業をすればいいが、新緑が出てきてからではためらいがでる。もうすでにつぼみが膨らんでいて一瞬、チェンソーを入れるときに逡巡あり。

小屋に着いたのは一時過ぎ。薪ストーブをつけるのもなんだかもどかしく、お湯だけ沸かしてカップ麺とおにぎりの遅い昼食をとる。なんとなく、陽だまりが心地よく、どうせならと車のリクライニングシートで昼寝。二時間ほど寝てしまった。そのあと、夜も、食後に再び床で2時間も寝てしまった。どうもリラックスモードに入っている。山仕事をすると、お酒がうまいし、眠りこける傾向あり。疲れか、山仕事のもうひとつの効用か。

つたもり山林にミズバショウが咲いていないか、赤蛙は鳴いていないか、と寄ってみる。ミズバショウは見ごろだったが、赤蛙の声はなし。一帯はさすがの早春のたたずまいだ。ヤチダモとカラマツの各々の背にもたれて深呼吸をする。そして山の神にお参り。ウグイスの初鳴きが聞こえ小さなスミレを発見。

広場の緑がまぶしい。そういえば、草が茶色から緑に変わった。「初緑」というべきか。新しい緑の草が茶色の古い草丈を超えるのだ。その瞬間、広場は緑に見え始める。これは「初緑」と呼ぼう。


つたもりのミズバショウはいつも楚々としている。初緑はまぶしい


こんな風にまとめる

こんな風になる

さらにこんな風に

片付けのモデルを作る 422日(日)曇り 14

病院周りの林の手入れ、3日目。思いがけない先週の雪は当然すべて消え、早春の風景に変わった。今日は雑然と切っておいた間伐木や枯れ木、枝を、「こんな風に片付けると雰囲気が変わる」というモデルを作ってみることにした。そうすると、病院のスタッフも目指すもののイメージがつかみやすく、療法のスケジュールも組みやすいのではないか。林を美学をこめて扱いたいわたし風に言えば、「イヤシロチへのノウハウ」。

朝昼兼用の食事をしてから、11時頃に到着、3時前に終了。やりだしたら止まらないが、少し注意力が散漫になったと思ったところで、終わることにした。昨夜、銭湯で股関節を電気風呂でビリビリ荒療治したせいか、今日は股関節がいつもよりずっといたい。きしむ。足に踏ん張りが利かない、というのは結構怖いもので簡単に転倒するのだ。いよいよ来週は大木の掛かり木を倒すが、今日の最後に掛かり木たちが寄りかかっている樹木たちにチェンソーを入れておいた。

合間に、病院の裏の林をもう一度巡ってみる。通算3回目になるといろいろなことが見える。新しいいいルートがありそう。ゴミ捨て場的な部分は迂回しないといけない。

太い風倒木は椅子に



早春の林道には幸いが住む

あっちにもこっちにも

分担して事は進む

シイタケとクリタケのほだ木

ホッキとフキノトウがほぼ同量では多すぎる

フキノトウとホッキ貝のかき揚げパーティ  421日(土)曇りのち晴れ 14℃

長老がそのうち、わたしが絶賛するホッキとフキノトウのかき揚げを食べたいという。札幌のシェフがシイタケのホダ木を手に入れたいという。そこで、長老はホッキ貝を10個と発電機と穴あけ用ドリル、シェフはたね駒とノンアルコールビールを調達、小屋に10時過ぎ、3人が揃った。わたしが担当するかき揚げは意外と難しく、今回はシェフが上手なかき揚げの方法を書いた雑誌と温度計を持参したので雑誌の骨子を頭に入れる。二人はフキノトウを調達に軽トラックで出かけた。わたしは、せっかくの発電機なので、電気掃除機で小屋のじゅうたんのごみを吸う。

冬の間に間伐したもの約30本に長老がドリルで穴をあけ、シェフとわたしが駒を打つ。しいたけ1000駒、クリタケ500駒の袋だが、おのおの半分ほど残った。シェフをこれを札幌の山仲間に「勿体つけて」配るらしい。歳相応に各々が「農」のある暮らしに傾斜している現状がほの見える。

一時間ほどでけりがついたので、かき揚げに入る。ホッキが10個分、フキノトウ10個ほど、雑誌の知恵を借りて175℃にして揚げる。おやおや、二ついれたらたちまち油温が下がってしまった。ああ、このせいかと、かつての失敗の原因に気づいた。小さな鍋だと簡単に油温は下がるのだ。また、放置すると容易に200℃に達して茶色に焦げる。こうして、毎年恒例のホッキとフキノトウのかき揚げはこれまでになく、かりっと上がった。しかし贅沢な反省がひとつ。「ホッキが多すぎてフキノトウの感激が少ない」。それで最後はフキノトウだけの天ぷらにした。風味を味わうなら花芽ごとのほうがいいようだ。

二人が帰ってから、大鎌をもってフットパスをめぐる。股関節は相変わらず痛み、それに刺激を与えるように何事もなかったかのようにして大またで歩く。早春の雑木林は幸せのにおいがする。


温度計で開眼














こんなに積もったのです。(作業前)

作業後。

掛かり木を整理して丸太のいすへ。

ようやく空が見えてきた。

コブシのほかにミズナラも2本ほど。

雪の中で掛かり木3本セットも完璧片付け 415日(日)雪 1℃

土曜の未明から雪が降り始め10cm近く積もった。今朝の明け方、ドシンドシンと大きな音がするので家内が目を覚まし、その驚きの声にわたしも起きた。屋根から雪が断続的に落ちる音だった。それくらいまた積もったということか。朝、病院の雑木林に向かうときも、作業中もずっと降っていた。

病院の駐車場には九時をやや過ぎた頃に到着。駐車場から事務所に携帯で電話し、先週に続いて作業を始める旨を伝える。林の手入れをする、と言うとしばしいぶかしんでいた様子だったから、T先生の森林療法のプロジェクトだと説明をするとすぐ声の印象が変わった。「あ、聞いております」。森林療法の試みは病院のスタッフに周知されていることが覗われた。チェンソーの目立てをしてから、燃料とオイルを詰めて早速2日目の仕事にかかった。

二つ目のエリアをぐるっとめぐってから、大体の仕上がり具合をイメージして、エンジンをかける。樹齢45年程度の広葉樹2次林で背の高い樹木は大きさがある程度揃っているが、当然2m前後の潅木、5,6mの中層木も数多い。それで先週からこんなやり方にしている。これからの作業イメージも含め簡単にメモしておこう。

@小道は笹刈りを繰り返し必要によってはレーキで表土を露出させるなどしていず れ道と認識できるようにする。しばしば歩いてもらうことでもこれは可能。
A小道の両側は手入れのされた気持ちよい雑木林レベルまで上げる。そのレベルは「手自然」。落ち枝、枯れ枝、枯れ丸太などを、整頓する。「人の手によって清掃された半自然」。小道(幅1.5m×長さ30m)と小広場(40u)でひとつのエリアは100uだが、実際は小道の両側30m、奥ゆき40m程度は整理するので120022400u 、一部は重複するので3箇所合計すると5000uほどにはなる。
B
直径30cm近い中心的なナラの木は、近づいて手で触れやすいよう、あるいは背をもたせることができるよう、根の周りの潅木はやや潔癖に除去しておく。

C風倒木、傾斜木のほか、込みすぎで生長の望めないものは間伐して利用する。
D 快適な林は太い樹木が低い密度で散生するもの。ある見通せるように低木類はできるだけ刈っておく。しかし、多様性、紅葉を加味して、珍しい低木、個性を演出するもの、紅葉するモミジなどは適宜残していく。今日は、ミズキとコブシの1mクラスを刈り残した。
E立木密度はおそらく1000/ha程度となる模様。

掛かり木の3本組みがあった。少しずつチェンソーを入れながら、最終的にどれに加重が掛かっているかが見えてきたので手回しよく進めた。見立て通りに直径30cmの傾斜木を最後に切り込むと3本一緒にドッと倒れた。大成功だった。危険な掛かり木だが、こんなに計算どおり行くこともある。

ここはコブシの木が多い。春先はさぞ見事だろう。2本並んだコブシの片方を伐採すべきところがあって実行。そのとたん、木口からなんとも心地よい芳香。枝先もよくにおう。それでは、と思い立って枝を水差し用に何本か細かく切って持ち帰ることにした。今年は、先ずサクラ、次に桂をそうした。居間に春がやってくる。

ガーデニングのように至福の手自然作業は進む。






キャタがはずれたううむ。

のどかな早春風景だ。

丸太の木口に表情あり。

小屋周辺の今。

フットパスはこんな風。

運材始まる  47日 土曜日 晴れのち曇り 12

朝、鼻の粘膜が痛み、塩をぬるいお湯で溶かし鼻のうがいをした。職場の女性がインフルエンザで長く休み、3日からは家内が熱を出しインフルエンザと診断された。できるだけ近づかないで過ごしたが通勤列車のなかでもあちこちでゲホゲホやっている。微熱があるようで少しだるい。身体の中で、免疫が戦っているのをイメージしつつ小屋に向かう。

車中に精神科医のT先生から携帯電話。午後、U病院の周りの林の手入れをするのだが、本州の出先からそのことで「よろしく」との内容。英語の世界ならすかさず my pleasure と返すところだ。喜んでする奉仕なのでかえって恐縮するくらいだ。小屋でブッシュカッターの試運転をしていると、近くでブルの音がしてきた。長老が運材を始めたのだ。試運転をそこそこにして出かけてみると、キャタビラが外れて修理にいくところだった。わたしがこれから病院の山仕事に行くと告げると、長老は「そのうち、手伝ってやるよ」という。ありがたい。ちょっと運び出した材を見に行く。少しずつ集まっているようだが去年より少ないと長老は言っていた。林道や土場にはのどかな春の風景が待っていた。心身が小躍りして喜んでいる。

燃料やオイルを詰めなおしていると昼になった。1時にU病院に向かって、秘書のSさんにこれからの作業の予定について話す。Sさんは林のビフォー&アフターの写真を撮っておくという。作業は実に快適なものだった。まず、Uさんが過日テープで囲った療法のエリアとアプローチの笹をブッシュカッターで刈り払った。所要時間は約30分。

それから、3つあるエリアの南側の部分でまず周囲の枯れ木、風倒木、込みすぎの木を伐採する。視界の見通しがつかないと快適度や安心感が落ちるから、これはさりげなく進めておかなければならない。また、療法で運搬などができるように、倒した材は1.2m程度に切っておいた。枝もいずれ束ねやすいように切ったが、後日の作業用にと放置した。このあたりの目利きは森林美学的なセンスも援用するので、修景者としてもっとも楽しい時間。ガーデナーとしての至福のひとときである。樹木たちには心の中で祈る。

これはきっといいフットパスができるだろう。いろいろな人が関わるいわばちゃんとしたプロジェクトであり、精神科の病院のまわりに、気持ちの休まる雑木林のフットパスがあり、患者さんが随時そこを歩ける環境はありうべきことではあるが、かつてならいささか夢のような話だったかもしれない。精神科の病院が郊外に造られることが幸いした。心の専門家として緑に関わってきたT先生、森林療法と森林そのものも専門とするU先生、そして緑の現場から心の領域を観察するわたし、という3人がこの新しいフィールドで連携しながら少しずつ進んでいる今。いずれ、「林とこころの勉強会 part2」も始める。こんな新しいステージに胸が膨らむ。


U病院でつかった道具と修景作業の後。まだまだ変わる。これで葉が茂るとかなり
暗い。




出掛けに海に寄った。穏やかな太平
洋。



林道には水溜りあり。いつもはこんな
ものではない。でも好きな光景だ。


ああ、春の小道。大木には挨拶して
歩く。


整理した樹木の溜まりはあちこちに目立つ。

南斜面の憩い。

フキノトウ。こんな風にして出て
いる。

フキノトウ、あらわる  331日(土曜日)はれのち曇り 10

実は今日は道南・熊石の鮎川海岸に北海道の誇る海の巨大岩魚「アメマス」の釣りに出かけるのを楽しみにしていた。長いフライフィッシングロッドで、鮭稚魚を模したフライをふりアメマスと遊ぶのである。残念ながら、到着予定時刻から雨や雪に変わって明日も、という天気予報にやむなく断念した。

振り替えの雑木林だったが、こちらへ来て正解だった。うるわしい早春のステージを見逃してしまうところだった。ササミチからまほろばコースへゆっくり2時間かけて回った。この春、新たに刈り払いをしたい新ルートにテープをつけてみた。ううむ、これはひょっとしていいかもしれない。途中、カラマツ林の空がいつもより明るいな、と感じて見渡してみたら、どうも久々に長老が出てきて煩雑だったカラマツの風倒などを片付けたようだ。

まほろばコースは、今が至福の光景だ。南の斜面にはのどかな喜びが転がっている感じで、つい座り込んで深呼吸した。新しい奏法のホーミーを試してみる。うん、なかなか、音色に幅が出てきたようだ。朝日沼のそばでは、たくさんのナニワズが開花を待って黄色いつぼみを膨らませていたが、意外に個体数はなくどこかしこもという風でない。そうだったろうか。

いつもやわらかいフキを採るところで、フキノトウを見つけた。おお、来てよかった。10個ほどをいただいた。今夜はフキ味噌にしよう。

まほろばに降りてみると、シカの歩いた後が雪が解けず、白い獣道が浮かび上がっている。珍しいサインだ。また、まほろばコースそのものが、決して利用者が多いわけでないのに、ケモノミチのようにかすかに跡がつき始めた。

食後、ちょっと横になったら、2時半だった。ストーブを背にしてエビのようになって眠っていたのだ。今週から朝4時半起床というのが、しらずしらず寝不足になっていたかもしれない。

今日は小屋に来てすぐ、ほうきでベランダを掃いた後、古くなったスリッパを焼却し、小屋の入り口も整理してみた。じゅうたん系のマットなどはどちらかというとないほうが清潔で、フローリングがむき出しのほうがいいと思うようになった。

帰る前には、シナノキの枝をカッターで削った。いわゆる、わたしのパワークラフト作りだが、削りやすさは、伐ってから2ヶ月近くなるけどまったく刃物を受け入れてくれる柔らかさ、そして軽さ。そしてかすかにシナノキのにおいが残っている。シナノキのこの方面の実力を知った。

ケモノ道。鹿がつくったもの。

  
上の写真:今日の巡回荷物。中央が収穫物・フキノトウ。
右の写真:晩酌開始時の食卓。右手前が蕗みそ。左は自慢の大根の
ヌカヅケ。奥は得意料理「ねぎワンタン」と、ワイングラスをがっちり
握る妻の手。








絶対絶命。しばしばこれをやる。未熟というより運だ。

間伐の軌跡1。

間伐の軌跡2。少しずつイヤシロチへ変わる。

春はさまざま  324日(土)はれ 9

先日精神科医のT先生にお会いしたら、こころの病は3月の今、もう増えだしているのだとか。わたしは新緑やそのころが兆しの出る頃とばかり思い込んでいた。確かに、日の長さは歴然としものみな活性化し始めている。

そのせいかどうか。雑木林の小屋のベランダに女性の下着が一枚おいてあった。直感、あ、春の仕業か…。泥棒も近年はなく、ごみを常々拾っているせいか、ごみ投棄もなく平穏を満喫したところへ、これ。昼休みに戻ったときに、薪ストーブで燃やした。

なんか、いやな感じは作業にも出てしまった。小道沿いのカラマツの風倒木を倒す今日一番の仕事始めにチェンソーががっつりとはさまれてしまった。のこぎり、丸太など総動員して脱出したときには、腕がだるくなっていた。

悪いことは続くもので、このやり取りのさなか、左足の動きが悪く左足の親指を捻挫してしまった。ズキズキ痛み始め、重心が乗せられない。昼、小屋で靴下を脱いで観察してみると、その部分が紫色になり、腫れ始めていた。それというのも、丸太の運搬で骨盤が開いてしまって坐骨神経痛にやられている結果である。

でも、こういった身体の観察、ためになる。養生の気づきである。


  *下着は羽衣でなかったのか、掲示板で盛り上がる。
     スタートは3月26日ころ=ひとつ前のページです










窓から見る林。一見冬だが、
日差しは春。


丸太に雪降りつむ。

シカの足跡は、間伐の枝に多かった。アズキナシなどの冬芽を食べていた。

今日も最後は倒したまま、来週に持ち越すことにした。

キハダ(シコロ)が多い。枝がぶつかり合っていたので 間伐した。切り株は椅子にしよう。

また冬に戻る   317日 土曜日 快晴 6℃

今週は月曜から四国を回る機会があった。高松から徳島、高知、四万十川沿いに愛媛に出た。平地のほとんどない、と思えるほど山間のちょっとした平地に集落があり、大きな平野は高松や松山だった。都市形成の原形みたいなものが見えた。だから、ほとんどは杉やヒノキの人工林だった。北海道よりもずっと森林率が高いはずだが、道路にシカや狸が出てくることはなかった。不思議である。
 

(写真左は、カヌーイストとして一度は下ってみたい四万十川の薄暮。高知から愛媛に向かうとき国道441号の細い道が四万十沿いだったのは超幸運でした。が、道は細いつづらおり、そこの源流近くにどっこい人々は生活していた…。

写真右は愛媛・松野町の森の国ホテル。本当に山奥の渓谷の滑床フットパス12kmはかつてから森のセラピーと滝のマイナスイオンに人々は惹きつけられていたようです。今、そのエビデンスが調査されようとしていますが、人間の感性がず〜っと先行していますね。素晴らしいことです。)


左足がしびれるのでカイロプラクティックに先月から2回通ったが、効果はなかった。それどころか、ますますしびれがきつい。とうとう腰痛のときになじみにしていた整体師に行ってみた。響くように痛いところをあてて、もむ、押す。「ここ痛いでしょ」などといいながら、筋と筋肉を交互に弾いている感じ。「骨盤が落ちていますね。開いている。だから左の坐骨神経が刺激されて外側がつる、当然しびれが出る」という。「重いものを持ったときに骨盤が開いたんですよ」。2月の中ごろ、あの思いナラの丸太を持ったころだ。腰痛は出なかったが、ジワジワとしびれてきたのだった。これが山仕事のせいなら、これからどう仕事をこなそうか。そう考えながら小屋に来た。

雑木林はまた冬に逆戻りしたような白い世界になっている。着いたころ、外気温は4度くらいだったが、風があるので結構寒い。現場でワイシャツ一枚になっているとき、何回かくしゃみした。

先週倒しておいた間伐木を丸太に玉切りする。それを終えて新たに隣の小さな区画で間伐を始める。抜き切りすべき対象が比較的はっきりしているから、とても作業はしやすいが、わたしは玉切りを嫌がっているようなことを先週あたりから感じている。どうして玉切りが嫌いなんだろう。単純だから、前かがみだから、正確に指しをあてなければならないから、いくつか理由が挙げられるが、どれもぴたっとこない。いってみれば間伐という作業の後始末的作業だからかもしれない。伐倒も丸太運びも前向きにするのに、どうして玉切りをわたしは避けたいのか、わからない。長老にも聞いてみよう。

作業をしながら、ふと、自分だけの「雨ニモ負ケズ」を作ろうと思い立った。自分をリードするいい言葉、勧戒。「雨ニモ負ケズ」はそれだったのではないかと思うのだ。

 




2月10日にシナノキを間伐したとき
の枝。3月頭に開葉。美的な春、
櫻に続いて。



そのシナノキの丸太。日差しの中で。


今日はキハダが混じった。

ストーブでチャパティを焼き、
キーマを乗せるシェフ。

青池シェフ、タンドリーキチン振舞う 310日 土曜日 曇り 5

林床に雪はないが、植生にはまだ春のにおいはない。ナニワズもまだ自己主張していない。気持ちのよい「馬車道のあと」の間伐を手がける。シーズン最後の仕上げをするにはとてもふさわしい場所だ。切り倒して、眺めているころ青池シェフが友人Kさんと参上。折りしも、日差しが春のように明るくなる。Kさんが早来に縁があり、昔の木炭生産と林の話をする。林で土地の歴史の話をするのはゴージャスな喜びを伴う。風土に感謝である。

いつもどおり朝から何も食べていないのでおなかはペコペコ。小屋に戻ってベランダで焚き火を始める。シェフは今日、タンドリーチキンとチャパティとキーマ(ただしターメリック抜き)、マサラティをご馳走してくれる。チャパティはストーブの上がいいみたいで、がんがん薪をたくとチャパティがところどころぷっくり膨らむ。ネパールの山奥の村でたべたチャパティやナンが懐かしい。キーマの香料のかおりも、時と場所をタイムスリップさせそうだ。

3人で香辛料や料理のウンチクをあれこれ。インドにちなんだ話、ダライ・ラマとブータンの生まれ変わり認定、ロンドンのインド人、アイヌの人と都市、などなど。話題に富んだランチだった。と、Kさんはタンドリーチキンに再挑戦し仕上げは十能にのせて薪ストーブに入れた。肉の焼ける濃厚なにおいが小屋中に広がる。

二人は厚真のマガンの写真を撮りながら帰札。わたしは夕方5時ころウトナイでマガンの写真をとって銭湯へ直行する。股関節の痛みを和らげるため、今日は岩盤浴をしよう。

Kさんは、タンドリーチキンを先ず外の薪で焼いてから、ストーブに
突っ込んだ。「十能焼き」。














緑の糞。結構散らばっている。

3月の小屋周辺。

なんじゃこれは、のクラフト群。
わたしには小さな宝。


薪ストーブは快調。
マガンの糞   3月3日(土)曇り 4℃

小屋の周りの雪の上に、緑の糞が散乱している。周りに足跡はないから、空から落ちてきたものであることは明らか。緑色ということは牧草のようなものを食しているのだろうか。小さな群れが上空を飛んでいる。時折、迷子のような単体が悲しげに鳴きながらウトナイの方へ向かっている。たいていそういう鳥は鳴いている。 

重い丸太を持ちすぎたせいか、この2週間腰が不調で、左足がしびれている。股関節のストレッチを念入りにする一方、先週はマッサージに行ってみた。施術者は股関節がとてもに硬いというから、運動もせねばと思う。よりいっそうの筋伸ばしも。これが実に痛気持ちよいのだが。

で、今日は作業をしないでベランダでシナノキの枝をカッターで削った。そのため、ベランダの半割りドラム缶で焚き火する。妙なクラフトだが、随分たまってきて記念になる。ただ無心に削って木片が焚き火に落ちる。

昨夜、月を見たら満月に近かった。このごろ、よく月を見る。上弦の月をwebで知ってから、月齢とつきの形に注意している。月日がたつ、というが太陽を見ていても時間がたっているのに気づけないが、月の形を観察していると一目瞭然だ。月日の経つのを月で知る。

マガンたちが採餌しているだろう田園地帯にいってみた。緩衝緑地をはさんで小屋の東隣、500mほどのところ。そこにはなんとオオハクチョウの群れ、約500羽ほどとマガンの小さな群れがいた。牧草ではなく小麦のように見える。近くにはマガンの群れもいたが遠すぎた。驚かせないように写真を撮って帰る。


マガンたちは追分の方に向かっていた。










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